2025/05/31 - 2025/06/05
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nichiさん
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プロ野球のセパ交流戦でベイスターズvs楽天を観戦するために仙台を訪れることにしたのですが、その前に石巻や女川、南三陸、気仙沼などに伺ってみることにしました。
東日本大震災の時、私も相方も日本にはいませんでした。
海外で日本の大変な状況を案じていましたが、今回は初めて被災地を訪ねてみました。
今回は首都高から常磐道を北上しました。
ずっと曇りだったのですが、福島県の相馬あたりから雨が降ってきて、宮城県に入ってから大雨になりました。
まずは、石巻市水産総合振興センターでランチ。
相方は海鮮三色丼。私はクジラ刺身定食を戴きました。
そして震災遺構である門脇小学校へ。
津波と津波火災に襲われた門脇小学校ですが、校内にいた児童224人と教職員全員は学校裏にある日和山に避難して全員無事でした。
しかし地震後にすぐに帰宅した児童7名が犠牲になってしまいました。
今回門脇小学校に伺ってみて、ニュースや報道で見て聴くだけでなく、実際に自分の眼で見ないと判らないことが多いことを知りました。
助かった方々がその時どんなことを考えどんな行動をしたのか?
一人一人の思いもじっくり読むことができました。
拝見していて、何度も目頭が熱くなりました。
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横浜の自宅から30分の休息を挟んで車で5時間30分。
大雨が降る中、石巻市の港近くにある石巻市水産総合振興センターに到着しました。
震災後の2016年に石巻漁港にできた、魚市場の付属施設です。 -
お目当ては、石巻市水産総合振興センターの1階にある斉太郎食堂です。
営業時間は14時まで。
ギリギリ10分前に滑り込みました。
こちらが日替わり定食です。お魚は、
シラス、メカブ、ネギトロの三色丼 980円
クジラ刺身定食 980円
生カツオ刺身定食 890円 -
他にもこのメニューの種類。。。。。
多くの漁師さんをはじめ、水産関係者の方々の胃袋を満たしているのですね。 -
魚介以外に何でもありますね~
-
相方は、三色丼です。
シラス、メカブ、ネギトロが載ってます。
黄色い小鉢はなななんと、ホヤです。
豪華ですね~ -
私はクジラ刺身定食にしました。
クジラって小学校の頃、竜田揚げが何度か給食で出たことがあって、あとは大人になって就職してから先輩に渋谷のクジラ料理屋さんに連れて行ってもらって刺身を食べたことが記憶にあるぐらいです。
美味しかったです・・・
お店に入った時はほぼ満席でしたが、私たちが食べ終わったころは店内のお客さんは私たち2人だけでした。 -
石巻市水産総合振興センターには、「石巻うまいもんマルシェ」という地元の名産を扱っているお店がありました。
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そして隣には、石巻の水産業の紹介する部屋がありました。
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これは観光客向けというより、バイヤー向けの展示に感じました。
石巻の水産加工技術の取り組みなどを紹介していました。 -
そしてこの建物の3階には、漁を終えた漁船の船員専用の浴室があるのですね。
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石巻市水産総合振興センターに着いた時に比べ少し小降りにはなりましたが、まだ雨降ってます。
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石巻市水産総合振興センターから車で5分。
石巻市震災遺構 門脇小学校に到着しました。 -
2011年3月11日、津波と津波火災の延焼により、一夜で黒い校舎になってしまいました。
校舎の両端は損傷が酷かったので解体したのですね。 -
これが今の校舎です。
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2010年に撮られた写真です。
震災前はこんな真っ白な校舎だったのですね。 -
酷い状況ですね。
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配置図です。
総合受付がある展示館から拝見しましょう。
展示館は、門脇小学校の体育館をリフォームして造られた施設ですね。 -
お邪魔します。
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チケット購入。
600円×2名 -
マップを拝見してから中へ。
受付を済ませ、隣りの部屋に入ると、 -
げっ!
そこはどこの学校にでもあるような体育館なのですが。。。。 -
これは消防車?
-
展示されていたのは、石巻消防団の被災したポンプ車です。
地震発生直後、団員がポンプ車を置場から出そうとしたところ、地震でシャッターが歪んでいて開かず、その後襲来した津波に60m流されて、大破した状態で発見されました。 -
これは乗用車?
北上総合支所の公用車です。
支所の駐車場に停めてありましたが、大津波で流されました。
北上総合支所は避難場所になっていましたが、屋上を越える大津波が押し寄せ、避難してきた市民や職員の多くが犠牲になりました。 -
繰り返しですが、ココ、小学校の体育館だった所です。
-
ココで言う「わたくしたち」とは、震災で亡くなられた方、行方不明の方そして今を生きる私たちのことです。
「記憶」は震災の記憶だけではなく、大地震が来る1分前、1秒前までの日常の記憶であり、すべての人々の記憶です。
あの日、いつもと変わらぬ日常を過ごしていましたが、地震と津波によって、日常は突然消えました。
そしてたくさんの大切なものを失いました。
どうして失われなくてはいけなかったのか?
それを問い続けながら、未来に何を伝えなくてはならないか? -
石巻市は、震災前は人口16万の豊かな漁場に恵まれた漁業と工業の街でした。
-
震災前の石巻市の航空写真です。
北上川の河口に街が広がっています。 -
そして門脇小学校の航空写真です。
この時は、海まで家々でいっぱいですね。 -
あの日、震度6強の地震が石巻を襲いました。
津波の高さは最大8.6mです。
3187名の方がお亡くなりになってます。
415名の方が行方不明で、56708棟もの家屋が被害を受けました。 -
展示館である体育館を出て、校舎へ。
-
廊下から部屋の中を覗きます。
ここは校長室です。
こりゃ酷い!
これ、リアルな現実です。
真ん中の倒れている四角い箱は金庫です。
卒業式を一週間後に控え、卒業証書がこの金庫に保管されていました。
金庫内の卒業証書は無事で、4月に生徒たちに校長から手渡されたとのことです。 -
こちらは、少人数指導室。
少人数の授業の際に利用していた教室です。
震災時、誰もいませんでした。
石巻の港に近く、海抜が低い所にあった門脇小学校に津波と共に流れてきた家々と車が押し寄せてきました。
電気のショートによって車のガソリンに引火し、家々や車が燃えながら校舎までやってきました。津波火災です。その影響で校舎の中は、がれきの山です。
散乱するコンクリート片、焼けて骨組みだけになった椅子や机。 -
廊下から被災された教室の中を覗きます。
-
この教室では、地震の際に生徒たちは真ん中に集まって揺れに耐えていたのだそうです。
怖かったろうな~ かわいそうに・・ -
この教室も2011年3月11日から時間が止まってます。
-
ココから外を眺めることができました。
-
ここは多くの住宅があった所です。
-
ここから暫く読み物が続きます。
シニア夫婦は全部読んだのですが、深く印象に残ったものだけ抜粋して記します。
体験者の言葉が心を打ちます。
記憶を紡ぐ
869年の貞観地震と大津波
1611年の慶長三陸地震と大津波
これら過去の大きな災害が生かされませんでした。
それは、記録はされていても記憶(伝承)されなかったから・・・
自然を前に人間は無力ですが、先人たちが築き上げた歴史と知恵があります。
今回の震災で過去に学ぶことの大切さを知りました。 -
このパネルに衝撃を受けました。。。。
耳が聞こえないということ
音の無い状態で、大きく揺れ物が落ち、ガラスが割れる。
何が起きたのかわからない中で恐怖心との戦い。
音の無いこんな状況で避難できかどうか?
防災無線の避難の呼びかけがに気づかない。
目からの情報が頼りなのに、停電でテレビは映らない。
よって津波が来たことを知らずに家にいて亡くなった障がい者がいらっしゃったこと。
ココを訪れるまで知りませんでした。 -
生きてください
あの日を生きた命を
どうか大切にしてほしい
生きたくとも生きられなかった命があるのだから
「生きていていいんだよ」 -
現在進行形
東日本大震災で犠牲になった方は、
死者 15899人
行方不明者 2526人
関連死 3774人以上
以上とは、今後も増え続けるということ。
現在進行形を意味しています。
震災からの復興は単純なことでないのです。 -
この文章は衝撃でした。
津波が町を襲うニュース映像は色々見ましたが、そこにいる生存者の方は何を見て何を感じていたのか?
自分たちはニュース報道だけではごく一部しか見ていなかったことに気づかされました。
かなり衝撃的です。
相方は少し泣いちゃいました。 -
このパネルの文章もジ~ンと来ちゃいます。
長靴と歌
いつもと変わらない普通の日常の中の保育園。
雨は降っていなかったけど、なぜか園児は朝から長靴を履いていた。
そこに大地震が襲いかかります。
お母さんは保育園にやってきて子供の無事を確認すると、海沿いの仕事場へ。
翌日、津波にのまれそうになった泥だらけのお母さんが迎えに来た。
園児は津波を見ることはなく、卒園式で歌うために練習してきた歌を歌っていた。
何日かして歩いて家に帰ることになったのだけど、その時長靴が役に立った。
なんであの時に長靴を履いたのだろう? -
隣は「門脇小学校の想い出」という表記のある教室。
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中に入ると懐かしさを感じる教室です。
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門脇小学校は明治6年(1873年)の開校なんですね。
142年の歴史を物語る品々も多く展示されています。 -
門脇小学校で使われていた楽器ですね。
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震災前の石巻市の写真です。
海までビッチリ多くの建物が建っていますね。 -
右の広い建物が門脇小学校です。
この写真に写っているほとんどの建物が津波で流されてしまいました。 -
伝統ある館銘板です。
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震災前の石巻の工場地帯の模型です。
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グランドピアノも被災したピアノです。
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門脇小学校校歌
なななんと!
「太平洋はひろびろと のぞみを今日も思わせる」で始まる校歌なんですね。
その太平洋が牙をむいたのですね・・・
なんか考えちゃうな~~
ココで相方が、「この校歌、作詞が石森延男だ!」
私「誰? 知ってるの?」
相方「児童文学者なんだけど、”コタンの口笛”っていう、アイヌを主人公とした小説が有名よ。」
私「ふ~ん。知らない。」
相方「まさか津波でこんなことになっちゃうなんて石森延男は想像もしていなかったろうな~」 -
ここは音楽室だったのですね。
-
この展示は何?
柱時計です。 -
門脇小学校の中央昇降口に置かれていた柱時計です。
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津波で押し流され、約40m先の会議室で堆積物に埋もれていました。
-
東北地方太平洋沖地震発生!!
そのとき、教職員は
児童の避難誘導
防寒用のブルーシートの準備
避難してくる嬬民の対応
襲いかかる津波と津波火災
教職員たちは、保護者や住民たち声を掛けながら協力して、素早く避難していきました。 -
そのとき、児童は
校庭に整列し、日和山に避難しました。
避難途中、6年生が下の学年の子の世話をしたり、元気づけたりと、日ごろの縦割り活動がココで活かされました。 -
児童・教職員の避難ルート
児童と教職員たちは、教室で揺れが収まるのを待ってから校庭に避難しました。
そして避難訓練通りに日和山に避難しました。
日和山公園に到着してから30分後、南浜・門脇地区を大津波が襲い、その後津波火災が発生しました。
そして日和山の一番高い所にある鹿島御児神社で、児童たちは保護者に引き渡されました。
この時、教員の一人がとっさに持ち出した児童名簿が大きな役割を果たしました。 -
住民の避難ルート
門脇小学校には多くの住民が避難してきました。
地震発生から1時間後、津波が迫ってきて、住民の一部が校舎に逃げ込みました。
屋上まで避難し、さらに津波が迫ってきたため、校舎屋上から教室の教壇を橋にして裏山に避難しました。
子の教壇、体育館にいた住民が裏山に避難する際に梯子代わりにもなった教壇です。 -
門脇小学校を襲った津波
この南浜・門脇地区は、石巻市の中でも死者や行方不明者や建物の被害が多い地域です。
津波の流速が早かったことと、旧北上川を遡上してあふれた津波と海から侵入してきた津波の2種の津波に襲われたようです。 -
青い矢印は津波の方向です。
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津波火災の発生
津波の襲来から間もなく津波火災が発生した門脇小学校です。
見終えながら流れてきた家屋や車の火が校舎に引火して燃え広がりました。 -
鎮火後の校庭や校舎には、津波で打ち寄せられた車やがれきが積み上がっていました。
何とも痛ましい光景です。 -
津波火災で焼けた教室のものを展示してあります。
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黒板と下駄箱。
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黒板は焼けただれています。
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これ、なんとオルガンです。
オルガンって燃えるとこんなことになっちゃうのですね。 -
色が変わってしまった消火栓です。
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防火ドアは機能してココで火を止めていたのでしょう。
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児童のテーブルと椅子があり、「すわってみてください」の表記。
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座ってみると、前の席の机と椅子は焼け落ち、床には焼けた後のカスが落ちています。
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地震発生後約1時間後、石巻に津波がやってきました。
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津波は旧北上川を遡上していきます。
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街中に容赦なく押し寄せる津波です。
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市立病院の屋上から見えた津波火災です。
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津波の影響で停電。
街から明かりが消えました。 -
市役所に避難して、一夜を過ごした市民の方々です。
皆さん、不安だったでしょうね。。。
お察し申し上げます。 -
震災翌日の石巻です。
水が引いた南浜・門脇地区です。 -
石巻駅周辺は、3日間水が引きませんでした。
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浸水により、ボートによる救出作業が行われました。
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これが感動でした!
手書きによる地元石巻日日新聞の号外です。
日付を見ると、震災の翌日です。
避難所に貼られていました。
このデジタルの時代に素晴らしい!
新聞記者の意地とプライドを感じる素晴らしい仕事ですね。
避難していた人たちは少しでも情報が欲しかったでしょうからうれしかったでしょうね。 -
市街地には船が打ち上げられていました。
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市立病院の患者を搬送する災害派遣医療チームです。
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「患者はんそう求む」
救援を求める市立病院の職員です。
大変だったろうな~ -
避難所からのSOSのメモです。
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患者であふれかえる石巻赤十字病院。
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長机が橋になっています。
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津波で大破してしまった北上総合支所です。
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車が突っ込んだ船が建物にめり込んでいます。
どうしたらこんなことになるのか?
津波の恐ろしさですね。 -
公民館の屋上に流れ着いた観光バスです。
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津波と地盤沈下で集落が水没してしまいました。
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避難所に貼られた伝言板です。
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自衛隊が支援物資を運んでくれています。
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米軍の支援物資提供の様子です。
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市の総合運動場が救援物資の拠点になりました。
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道路が分断され、車が流され、しばらくは自転車が有効な交通手段でした。
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給水支援もやってきました。
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自衛隊による、入浴支援も始まりました。
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仮設住宅ができ入居が始まりました。
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復興市も始まりました。
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順路に従って歩いてきて、校舎から再び体育館に戻ってきました。
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どこにでもある学校の体育館です。
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門脇小学校の卒業生がつくった大きな画がかかっています。
なんかこれ見てたら自然と涙が出てきちゃいました。 -
これは仮設住宅です。
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仮設住宅の航空写真です。
ここには487戸の仮設住宅が建てられました。
地震や津波で家を失った方が多いため、仮設住宅は急ピッチで建設されました。
土地は、市民から「空いている土地があるからここを使ってください」とか、企業からの提供もあったとのこと。
抽選してすぐに入居なんですが、そもそも住所が細かく決まってない所なので、市役所の調整も大変だったようです。 -
20平米、30平米、40平米
の3種の仮設住宅が建てられました。
スピード感を持って建てられたプレハブですから、夏暑くて冬寒く、快適とは言えない部分が多かったようです。
それでも体育館での避難生活より数段ましだったようです。 -
仮設住宅の様子。
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避難所生活よりは良かったでしょうが、
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色々大変だったようです。
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プレハブですからね。。。
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外に出たら雨は止んでました。
校舎を側面から見ると、 -
津波がココまで来たという表記がありました。
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ココが学校の中央正面です。
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これって。。。。
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正面の門脇小学校の校章です。
焼けずに残っていました。 -
開校百周年の記念碑です。
これも焼けずに残っていました。
校歌が刻まれています。 -
学校の前は校庭だった所です。
震災直後は多くのがれきで埋もれた所です。 -
この校庭も向こうは多くの住宅が立ち並んでいました。
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津波が来て一瞬で多くの住宅が流されたのですね。
今はココには住宅を建てることができません。 -
暫く海側に歩いて、門脇小学校を眺めてみました。
シニア夫婦はココでも手を合わせて頭を下げました。 -
小学校の後ろは日和山です。
児童たちはみんなでココに避難しました。 -
日和山の一番高い所にある、鹿島御児神社の鳥居が見えます。
門脇小学校の児童は、あそこで保護者に引き渡されました。 -
石巻の駅までやってきました。
ここも震災の時は大変でした。
つづく
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