2025/05/31 - 2025/06/05
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nichiさん
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昨晩は大雨の中での野球観戦。
ビショビショでヘロヘロになりましたが、ベイスターズが勝って良かったです。
朝は少し遅めに起きて、ホテルでビュッフェ形式の朝食です。
そしてタクシーで仙台市博物館へ。
支倉常長に関する資料を拝見するのが目的です。
ボランティアガイドの方が若いりゃすく丁寧に説明してくださり、勉強になりました。
伊達政宗の命で支倉常長が率いる慶弔遣欧使節はヨーロッパを訪れますが、スペインにいる時に日本ではキリスト教の迫害が激しくなり、その情報はヨーロッパに伝わり、「この日本人の使節は信用できるのか?」となってしまったようです。
外交交渉をしている時に、本国が不安定な状態になるという最悪な状況だったのですね。
支倉常長は気の毒でしたね・・・
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宮城県の旅行4日目の朝、少しゆっくり起きました。
コンフォートホテル仙台東口の朝食です。 -
ビュッフェ形式の朝食を戴きます。
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私の朝食です。
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相方の朝食です。
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ホテルのロビーにあるミニ図書館。
ちょっと気になるな~
蔵書数は少ないのですが、地域に密着した本もあり、本の選択のセンスがいいです。 -
コンフォートホテル仙台東口からタクシーで約10分。
仙台博物館にやってきました。
ここは仙台城の三の丸です。 -
戦後、伊達家が多くの文化財を仙台市に寄贈し、それを保存、展示する施設として博物館が建てられました。
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チケット購入
460円×2枚 -
仙台には、縄文時代から人が住んでおり、縄文式土器が多く出土しています。
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そして弥生時代になり、仙台では稲作が始まります。
多くの水田の跡が発掘されています。
また、この時代の古墳も見つかっています。 -
飛鳥時代になると、中央集権的な制度の整備がすすめられます。
仙台には、当時の日本の北端を支配するための役所が造られています。
8世紀になると、聖武天皇の命で陸奥国分寺が造られます。 -
当時の陸奥国分寺の模型です。
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鎌倉時代になると、武士が仙台に屋敷を構えるようになりました。
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東光寺の磨崖仏の模型の展示です。
東光寺の寺の中の地層に掘られています。
東光寺には、鎌倉時代から南北朝時代に自然の岩肌に掘られた仏像が、150基以上あるのですね。
そのうちの2つの復元模型が高尾仙台市博物館があります。 -
模型であることが判ってはいるのですが、神秘的に見えます。
中央の2体ですが、左が阿弥陀如来で右が薬師如来です。
その左右は菩薩立像です。 -
これは、豊臣秀吉が伊達政宗に宛てた書状です。
本物です。
正宗が贈った目の赤い鶴と、それを捕った鷹のお返しとして、秀吉が政宗に太刀を贈るとあります。 -
この縦長のなが~~い書面は何?
図にも見えるけど・・・
これ、秀吉が小田原の北条を攻めた際の各武将の配置図です。
当時の著名な戦国大名が名前を連ねています。 -
このボロボロの書面は、秀吉が伊達政宗に宛てた朱印状です。
東北で秀吉に反発して蜂起した大崎・葛西一揆に対し、豊臣秀次や大谷吉継、石田三成らを派遣するので、正宗の領内の城を使わせるように命じています。 -
これは吉野懐紙と言って、豊臣秀吉が開いた吉野山での花見で催された和歌会で詠まれた歌をまとめた資料です。
徳川家康や前田利家、伊達政宗などが参加してます。
最初は秀吉の和歌です。 -
石田三成から伊達政宗の家来への手紙です。
関白の秀次が秀吉への謀反の疑いで切腹を命じられ、正宗も謀反への加担が疑われ、正宗の上洛を命令しています。 -
これは仙台城の復元予想模型です。
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低い所は二の丸と三の丸。
政治の中心になっていました。 -
高い所は、正宗時代の本丸があった所で、天然の要塞になっていました。
自然地形を活かしたお城だったのですね。 -
これは江戸初期に造られたお城の石垣の石です。
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ここで、上映時間の都合で一度展示を離れ、シアターに行って支倉常長に関する映像を拝見しました。
館内はほぼ満席。
20分の映像でしたが、初めて知ったことも多かったです。
勉強になりました。
そもそも今回、仙台市博物館を訪れたのは、支倉常長に関する資料を拝見することだったので、この映像は重要ですね~ -
支倉常長に関する映像を見た後で、再び展示に戻りました。
ここからは、伊達政宗に関する展示です。
伊達家の17代目として米沢城で生まれた伊達政宗。
宮城県北部の岩出山に移り、関ケ原のあとに仙台に城を移しています。
これは、黒漆五枚銅具足の複製で、伊達家の歴代の藩主が同型の具足を着けていました。
街づくりに、そして国づくりに力を注いだ伊達政宗は、能楽や茶の湯、和歌など文芸を嗜む文化人でもありました。 -
仙台城の本丸跡から出土品が展示されていました。
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菊唐草文飾り金具
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伊達家の家紋が付いた丸瓦です。
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座敷の飾り金具です。
左は葉型。
右は牡丹型です。
釘隠しに使われたのかな? -
ここからは三の丸の跡地から出土したものが展示されています。
正宗の屋敷があったと考えられているため、生活に使う食器や道具が多いですね。
これは織部焼。 -
これも織部焼の器です。
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煙管ですね~
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下駄だ!
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伊達政宗画像
えっ?
独眼竜じゃないの??
政宗は小さいときに右目が見えなくなっていますが、絵を描くときは両目を書かせていたそうです。 -
正宗の廟所だった瑞宝殿は空襲で焼けちゃいましたが、そこから出土した慶長一分金と複製の鉛筆。
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伊達家に伝わって来た品々です。
お酒を入れる容器です。
どうやってお酒を注ぐのだろう? -
旗箱?
中央に伊達家の家紋が大きく描かれています。
豪華ですね~ -
書物を読むための台である見台です。
黒漆です。
これまた豪華ですね~ -
仙台藩の国絵図です。
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仙台藩の要害図です。
政治や軍事、交通上の重要な場所に、上級家臣を配置していました。
城に準ずる要害と言う所で、そこを治める上級家臣の屋敷が設けられ、周囲には彼らの家臣や商人の屋敷、寺社が並び、小城下町を形成していました。
そんな要害がこんなにあったのですね。 -
これは、角田の要害図です。
宮城県南部の角田市にあった要害ですね。
白石城と並ぶ、南方の重要拠点だった要害です。 -
これは、伊達騒動の中の、仙台藩一門連署起請文です。
仙台藩の3代目の藩主伊達綱宗は、遊興放蕩三昧。。。
遊びまくっていたため、危惧した親族大名が幕府に願い出たことによって,綱宗は21歳で強制隠居。
4代目はわずか2歳の亀千代が継ぐことになりました。
亀千代が成長するまで、異論があっても差し控えることを誓う起請文です。
この伊達騒動の話は、山本周五郎の名作、「樅ノ木は残った」で読みました。
これ、めっちゃ面白かったです。 -
仙台の街割りの図です。
伊達政宗は、仙台城を築城するとともに、城下町の整備を始めました。
城から東に延びる大町。
南北に通じる奥州街道を基軸に、碁盤の目の街づくりを行いました。
街の発展と共に城下町はどんどん拡大していきました。
これが今の仙台市の基盤になっています。 -
この図、細かいですね~
でもこれが今の仙台市の基盤なのですね。
伊達政宗ってデベロッパーですね~ -
旧暦の3月3日、仙台城下の白山神社の祭礼であるぼんぼこ祭りが開催されていました。
これがその様子を伝える掛け軸です。
何やらにぎやかですね~ -
祭りで売られていた、ぼんぼこ槍の瓢箪。
これを買って帰ると火事除けになったようです。 -
仙台藩内の名所旧跡を記したガイドブックです。
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江戸時代の花見の様子を伝える大きな屏風です。
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皆さん楽しんでますね~
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屏風の中の画をじっくり覗いてみます。
赤い敷物の上で飲んだり食べたり踊ったりしてますね。
花より団子ですね。 -
吹き抜けの茶店の前でお侍さんが田楽を食べてます。
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鳥居の前では野菜売りや魚売りがいます。
傘を建てたお店にはお菓子が並んでます。 -
この方は、林子平という、海岸防備の必要性を説いた仙台藩士です。
-
これは、
三国通覧輿地路程全図
といって、日本を取り巻く朝鮮、琉球、蝦夷の三国の位置関係を示す地図です。 -
これは
三国通覧図説
四方を海に囲まれた日本。
国政を担う者は、有事に備えて地理情報を把握すべきと主張しています。 -
林子平による海国兵談という本で、
欧米諸国による植民地政策を知った林子平が、海に囲まれた日本の沿岸防備の必要性を説いた兵学書です。
仙台藩には日本全体のことを考える藩士がいたのですね。 -
林子平による阿蘭陀船図説
当時の幕府は、日本は天然の堀である海に囲まれているので安全。
敢えて外国に備える必要性ないとしていましたが、林子平は日本とオランダは海路でつながっていると危機感を訴えていたのですね。 -
この人は、玉蟲佐太夫という仙台藩士で、蝦夷地を調査して「入北記」を記し、遣米使節の記録係として渡米して、ポーハタン号での生活やアメリカの風俗などについて詳細に記録して「航米日録」を残しています。
-
これが「航米日録」です。
玉蟲佐太夫は、ポーハタン号に乗って世界一周してます。 -
「航米日録」の挿絵です。
手書きの地図が見えます。
1月に横浜を出航。
太平洋を渡ってワシントンんで日米通商友好条約批准書を交換。
帰路はアフリカの喜望峰を回って9月に横浜に戻ってきています。 -
この長~~い書面は、玉蟲佐太夫による、仙台藩主である伊達慶邦に出した意見書です。
①長州藩への寛大な処置
②外国への対応の改革
③朝令暮改の幕府の態度を改めるよう幕府へ建白 -
ここから、今回ココを訪れたの区的である支倉常長に関する資料の展示です。
ここから、ボランティアガイドの方が説明してくださいました。
慶弔遣欧使節の行程図です。
慶弔遣欧使節は、仙台藩主伊達政宗が1613年にスペインやローマへ送った外交使節です。
代表者はスペインの宣教師であるルイス・ソテロと支倉常長です。
メキシコとの貿易と仙台藩への宣教師の派遣を求めることを目的としました。
1613年に180人で日本を出発し、その中の約30人がメキシコからスペインに向かいました。
1615年にスペイン国王やローマ教皇と直接会って交渉しています。
しかし、日本ではキリスト教の弾圧が強まり、その知らせがヨーロッパにも届き、使節の交渉は失敗に終わります。
1920年、支倉常長は寂しく帰国しています。 -
これは、ガレオン船の模型です。
慶弔遣欧使節が乗った船は判ってはいませんが、このような船であったのではないかと考えられています。 -
ローマに滞在していた時の支倉常長の肖像画です。
ロザリオを手にキリストに祈っている支倉常長です。 -
この金箔と銀箔の鮮やかな書面は、伊達政宗がローマ教皇へ送った書状の複製です。
・フランシスコ会の宣教師を送ってほしいこと
・メキシコと交易したいので、スペイン国王に仲介してほしいこと
が書かれています。
これが日本語です。
支倉常長とルイス・ロテロがローマ教皇に渡しています。 -
左下には、伊達政宗の花押と朱印が押されています。
-
これがスペイン語バージョン。
-
支倉常長とルイス・ロテロが謁見した当時のローマ教皇であったパウルス5世の肖像画の複製です。
教皇の名前と年代を示す金文字の跡が残ってます。 -
ローマ市民権証書です。
ローマ市議会が、支倉常長にローマ市民権を与え、貴族として扱うことを証明する文書の複製です。
文章はラテン語で、羊の皮に金色のインクで書かれています。 -
支倉常長が日本への帰路、マニラから息子に宛てた手紙の複製です。
同行した家来たちは無事であること
殿様(伊達政宗)の買物や船の支度で忙しいこと
来年の6月には帰国すること
祖母と母の世話を頼むと同時に、正宗への奉公を怠らないように記しています。 -
支倉常長が持ち帰った剣です。
上は、カスターネというスリランカ特有の剣です。
象牙の柄には獅子が彫られています。
下の剣は、クリスという東南アジアの剣です。
真ん中の鞘には、山や動物が描かれています。 -
支倉常長が持ち帰った、ロザリオの聖母像です。
三日月の上に立つ聖母マリアが、幼いキリストを抱き、左手にはロザリオを持っています。
天井には神と天使。
山の中には4人の聖人が描かれています。 -
これも支倉常長が持ち帰った、木製の十字架と鋳造のキリスト像です。
キリストは両手首と片方の足首が失われ、十字架は4つに割れてます。
キリスト教の迫害の証ですが、それでも大切に保管されていたことが判ります。 -
木製の黒漆塗りの十字架と、聖堂のメダイです。
元々は紐でつながっていたようです。
メダイの中は、聖母マリアが幼いキリストを抱いています。 -
左は木製のロザリオ、右は骨製のロザリオです。
-
メダイです。
左は割れちゃってますね。
洗礼者ヨハネが描かれています。
キリスト教の迫害で割られたもののようです。
こんなになっても大切に保管されていたことが判ります。 -
馬具の鐙です。
イタリア製のようです。
支倉常長はこのようなものも持ち帰っていたのですね。 -
これはマニラで入したと思われる中国製の鐙です。
-
祭服です。
司祭がミサの際に着る衣装です。
天使が描かれています。
ヨーロッパへの輸出用に中国で制作された服のようです。 -
フランスのイエズス会士によって描かれた日本です。
仙台の所に、「Xendai」と記してあります。 -
こちらは、ポルトガル人のイエズス会の宣教師が描いた日本図です。
ボランティアガイドの方に丁寧にお礼を申し上げ、仙台市博物館をあとにしました。
つづく
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