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「知床観光船おーろら乗船場」に向かったバスは「オロンコ岩」のトンネルを抜けたところで我々を降ろしました。前回欠航になったのは「ルシャ湾」までのクルーズでしたが、今日は「知床岬」ルートなので往復で4時間ほどかかります。停泊している「おーろら号」を見て昔の記憶が蘇りました。1998年の冬に札幌にあった「五番舘西武」のB館をLOFT館にする仕事を終えて、その当時瑠辺蘂に住んでいた弟を訪ねたことがありました。翌日に網走からこの「おーろら号」に乗って流氷クルーズに行きました。その当時4歳だった姪は今では2人の娘のお母さんになっています。<br /> 船に乗り込んだ後は右舷のソファに席を確保して上階のデッキに出てみます。結局は景色を眺めこちらの方が良いので往路はずっとデッキで風景を眺めていました。天気は良くこの4時間で顔は真っ黒に日焼けしてしまいました。<br /> 午前10時15分にウトロ港を出港するとすぐに「プユニ岬」が見えてきます。その先には弓型にえぐれた岸壁から幾筋もの細い滝が流れ出ています。ここは「フレペの滝 (乙女の涙)」、そして「象の鼻」と続きます。この辺りまでは比較的海岸線に近い辺りを航行していましたが、急に沖合いに向かうことが何度かありました。これは漁師の定置網が掛けられているからのようでした。「こけし岩」のある辺りが先ほど散策してきた「知床五湖」の遊歩道のある床のようです。しばらく沖合いを航行した後は「カムイワッカの滝」近くに寄ります。ここからは「知床硫黄山」がきれいに望めました。ここまでは風もなく波も穏やかでしたが、「ルシャ湾」に差し掛かると船内のアナウンス通り急に南からの強い風が吹き抜けていきます。「知床硫黄山」と「知床岳」の間の山が低くなった辺りを通り抜けるようです。「カシュニの滝」と「観音岩」はすぐに分かりますが、細かい奇岩などはアナウンスを聞いていても分かりにくいものもあります。どこまで行っても終わりの無さそうな知床半島でしたが、2時間弱の所でようやく先端の「知床岬」と「知床岬灯台」が見えてきました。船内では加藤登紀子や森繁久彌の「知床旅情」が何度となく流れていましたが、半島でハマナスの花を見ることはありませんでした。置き合うで「おーろら号」はUターンして戻りの航路に入ります。ここで下の階に降りて乗船時にもらったお弁当をいただくことにします。船内には売店もあるのでここで青い色の「流氷DRAFT」ビールで乾杯します。美しい景色を眺めながらのお昼は格別なものになりました。復路になってから「知床岬到達証明書」も船内の売店でいただけました。復路も同じ景色ではありますが、太陽の位置も変わって、往路では日影だった岩壁もきれいに見渡せました。約4時間のクルーズからウトロ港に戻ると追いかけるように海岸線は霧に覆われてしまいました。バスに乗り込んだ後はそのまま「知床峠」方面に向かい、羅臼を目指します。<br /><br /><br />

トラピックス 2度目の北海道道東の旅(3)前回欠航になってしまった知床半島の「おーろら号」で知床岬を目指すもハマナスの花さえ見えず。

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2025/06/11 - 2025/06/11

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旅行記グループ 2025北海道道東の旅

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kojikoji

kojikojiさん

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「知床観光船おーろら乗船場」に向かったバスは「オロンコ岩」のトンネルを抜けたところで我々を降ろしました。前回欠航になったのは「ルシャ湾」までのクルーズでしたが、今日は「知床岬」ルートなので往復で4時間ほどかかります。停泊している「おーろら号」を見て昔の記憶が蘇りました。1998年の冬に札幌にあった「五番舘西武」のB館をLOFT館にする仕事を終えて、その当時瑠辺蘂に住んでいた弟を訪ねたことがありました。翌日に網走からこの「おーろら号」に乗って流氷クルーズに行きました。その当時4歳だった姪は今では2人の娘のお母さんになっています。
 船に乗り込んだ後は右舷のソファに席を確保して上階のデッキに出てみます。結局は景色を眺めこちらの方が良いので往路はずっとデッキで風景を眺めていました。天気は良くこの4時間で顔は真っ黒に日焼けしてしまいました。
 午前10時15分にウトロ港を出港するとすぐに「プユニ岬」が見えてきます。その先には弓型にえぐれた岸壁から幾筋もの細い滝が流れ出ています。ここは「フレペの滝 (乙女の涙)」、そして「象の鼻」と続きます。この辺りまでは比較的海岸線に近い辺りを航行していましたが、急に沖合いに向かうことが何度かありました。これは漁師の定置網が掛けられているからのようでした。「こけし岩」のある辺りが先ほど散策してきた「知床五湖」の遊歩道のある床のようです。しばらく沖合いを航行した後は「カムイワッカの滝」近くに寄ります。ここからは「知床硫黄山」がきれいに望めました。ここまでは風もなく波も穏やかでしたが、「ルシャ湾」に差し掛かると船内のアナウンス通り急に南からの強い風が吹き抜けていきます。「知床硫黄山」と「知床岳」の間の山が低くなった辺りを通り抜けるようです。「カシュニの滝」と「観音岩」はすぐに分かりますが、細かい奇岩などはアナウンスを聞いていても分かりにくいものもあります。どこまで行っても終わりの無さそうな知床半島でしたが、2時間弱の所でようやく先端の「知床岬」と「知床岬灯台」が見えてきました。船内では加藤登紀子や森繁久彌の「知床旅情」が何度となく流れていましたが、半島でハマナスの花を見ることはありませんでした。置き合うで「おーろら号」はUターンして戻りの航路に入ります。ここで下の階に降りて乗船時にもらったお弁当をいただくことにします。船内には売店もあるのでここで青い色の「流氷DRAFT」ビールで乾杯します。美しい景色を眺めながらのお昼は格別なものになりました。復路になってから「知床岬到達証明書」も船内の売店でいただけました。復路も同じ景色ではありますが、太陽の位置も変わって、往路では日影だった岩壁もきれいに見渡せました。約4時間のクルーズからウトロ港に戻ると追いかけるように海岸線は霧に覆われてしまいました。バスに乗り込んだ後はそのまま「知床峠」方面に向かい、羅臼を目指します。


旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
観光バス JALグループ ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • 「知床五湖フィールドハウス」を出たバスは急いでウトロ港に戻りました。「オロンコ岩」の手前のチケット売り場に添乗員さんが走ります。そしてトンネルを潜って乗船場に進みます。

    「知床五湖フィールドハウス」を出たバスは急いでウトロ港に戻りました。「オロンコ岩」の手前のチケット売り場に添乗員さんが走ります。そしてトンネルを潜って乗船場に進みます。

    知床観光船 おーろら 乗り物

  • 駐車場でバスを降りて「おーろら号」に向かいます。まだほとんど乗船している人がいないので良かったです。網走港から乗った「ガリンコ号」では到着が遅くて座る席もありませんでした。

    駐車場でバスを降りて「おーろら号」に向かいます。まだほとんど乗船している人がいないので良かったです。網走港から乗った「ガリンコ号」では到着が遅くて座る席もありませんでした。

  • ここまで来て、このカラーリングと姿…。30年近く前の記憶が蘇ってきました。1998年の2月28日にその当時札幌駅前にあった「五番舘西武」のB館をLOFT館にしてオープンさせ、その翌週に休みを取って汽車に乗り当時弟の住んでいた留辺蘂まで姪たちに会いに行きました。<br />

    ここまで来て、このカラーリングと姿…。30年近く前の記憶が蘇ってきました。1998年の2月28日にその当時札幌駅前にあった「五番舘西武」のB館をLOFT館にしてオープンさせ、その翌週に休みを取って汽車に乗り当時弟の住んでいた留辺蘂まで姪たちに会いに行きました。

  • その翌日に弟家族と紋別港まで出て、乗ったのがこの「おーろら号」でした。初めて乗った流氷クルーズでもありました。

    その翌日に弟家族と紋別港まで出て、乗ったのがこの「おーろら号」でした。初めて乗った流氷クルーズでもありました。

  • 当時4歳だった姪もすでに30歳を過ぎて2人の娘のお母さんになりました。

    当時4歳だった姪もすでに30歳を過ぎて2人の娘のお母さんになりました。

  • 「宇登呂港北防波堤灯台」の先に「硫黄岳」がきれいに見えます。このまま天気が持ってくれることを願うばかりです。

    「宇登呂港北防波堤灯台」の先に「硫黄岳」がきれいに見えます。このまま天気が持ってくれることを願うばかりです。

  • 「おーろら号」は定刻の午前10時15分に港を出港しました。今回は「知床岬航路」なので往復で4時間ほどのクルーズになります。前回はウトロに到着する前に欠航が決まって残念な思いをしたので、今回はそのリベンジが果たせました。

    「おーろら号」は定刻の午前10時15分に港を出港しました。今回は「知床岬航路」なので往復で4時間ほどのクルーズになります。前回はウトロに到着する前に欠航が決まって残念な思いをしたので、今回はそのリベンジが果たせました。

  • 昨晩バスを停めてエゾジカの群れを見た「幌別橋」が見えてきました。最初のうちはかなり真剣に目を凝らして動物を探してしまいます。

    昨晩バスを停めてエゾジカの群れを見た「幌別橋」が見えてきました。最初のうちはかなり真剣に目を凝らして動物を探してしまいます。

  • 先ほど看板の前を通過しただけの「プユニ岬」が見えてきました。大地の上からでは木々に覆われて何も見えませんでした。

    先ほど看板の前を通過しただけの「プユニ岬」が見えてきました。大地の上からでは木々に覆われて何も見えませんでした。

  • 「プユニ岬」は水平線に沈む夕陽の名所として知られているそうです。ここからの眺望は知床八景の1つに数えられています。プユニとはアイヌ語で「穴のある場所」のことで、元々は上部が橋のようになっていて穴が開いているように見えたそうです。その部分が崩壊してしまい、現在のような形になったそうです。

    「プユニ岬」は水平線に沈む夕陽の名所として知られているそうです。ここからの眺望は知床八景の1つに数えられています。プユニとはアイヌ語で「穴のある場所」のことで、元々は上部が橋のようになっていて穴が開いているように見えたそうです。その部分が崩壊してしまい、現在のような形になったそうです。

    プユニ岬 自然・景勝地

  • 「プユニ岬」の先を周り込むとえぐれたような岩肌が見えてきます。これはオホーツク海を南下してくる流氷やぶつかったり、風雨によって浸食されたそうです。

    「プユニ岬」の先を周り込むとえぐれたような岩肌が見えてきます。これはオホーツク海を南下してくる流氷やぶつかったり、風雨によって浸食されたそうです。

  • そんな岩肌の割れ目から水が流れ出しています。これは「フレペの滝 (乙女の涙)」という場所です。

    そんな岩肌の割れ目から水が流れ出しています。これは「フレペの滝 (乙女の涙)」という場所です。

  • 「フレペの滝」は流れ込む川が存在しない不思議な滝です。山々に降り注いだ雨や雪どけ水が地下水となって断崖に染み出し、オホーツク海へとそそいでいます。年間を通して水量が少なく、しとしとと流れ落ちる様子から別名「乙女の涙」とも呼ばれているそうです。

    「フレペの滝」は流れ込む川が存在しない不思議な滝です。山々に降り注いだ雨や雪どけ水が地下水となって断崖に染み出し、オホーツク海へとそそいでいます。年間を通して水量が少なく、しとしとと流れ落ちる様子から別名「乙女の涙」とも呼ばれているそうです。

    フレペの滝(乙女の涙) 自然・景勝地

  • 「象の鼻」の辺りは小さな洞窟がいくつも出来ています。これも流氷のなせる業なのだと思います。ものすごい圧力で「知床半島」に押し寄せてくるのでしょう。

    「象の鼻」の辺りは小さな洞窟がいくつも出来ています。これも流氷のなせる業なのだと思います。ものすごい圧力で「知床半島」に押し寄せてくるのでしょう。

  • 「イワウベツ川」には魚が数多く遡上することから「岩尾別ふ化場」があり、ここでの養殖の対象種はカラフトマスだそうです。この川筋にはヒグマが多いというのを以前のガイドさんから聞いたことがあったので目を凝らしますが、この時期に俎上する魚もいないので熊の姿はありませんでした。それよりも先ほどはこの川筋が霧で埋まっていた方が気になります。

    「イワウベツ川」には魚が数多く遡上することから「岩尾別ふ化場」があり、ここでの養殖の対象種はカラフトマスだそうです。この川筋にはヒグマが多いというのを以前のガイドさんから聞いたことがあったので目を凝らしますが、この時期に俎上する魚もいないので熊の姿はありませんでした。それよりも先ほどはこの川筋が霧で埋まっていた方が気になります。

  • 進行方向にはどこまでも続く海岸線があり、果たしてこの先に「知床岬」があるのだろうかと思ってしまいます。

    進行方向にはどこまでも続く海岸線があり、果たしてこの先に「知床岬」があるのだろうかと思ってしまいます。

  • 先ほど木道を歩いた「知床五湖」のあるイワウベツ台地の下あたりを通過します。先ほどの湖越しの「知床連山」もきれいでしたが、海上から台地越しに眺める連山も美しいです。

    先ほど木道を歩いた「知床五湖」のあるイワウベツ台地の下あたりを通過します。先ほどの湖越しの「知床連山」もきれいでしたが、海上から台地越しに眺める連山も美しいです。

  • 5月には2週間の英国1周のクルーズに行き、その時の風景も美しかったですが、日本の風景も負けてはいないと思います。

    5月には2週間の英国1周のクルーズに行き、その時の風景も美しかったですが、日本の風景も負けてはいないと思います。

  • 「おーろら号」が進むにつれて「知床半島」の姿は刻一刻と変化し続けていきます。この先に半島の先端があるとは思えないほどの山々の連続です。

    「おーろら号」が進むにつれて「知床半島」の姿は刻一刻と変化し続けていきます。この先に半島の先端があるとは思えないほどの山々の連続です。

  • カムイワッカ湯の滝の約1キロ下流にカムイワッカ川の水が直接オホーツク海に落下する「カムイワッカの滝」があります。落差は約30メートルで幅広の姿形を持っています。こちらは陸路で近づくことは困難であり、ウトロ港から運航される遊覧船から見ることができます。

    カムイワッカ湯の滝の約1キロ下流にカムイワッカ川の水が直接オホーツク海に落下する「カムイワッカの滝」があります。落差は約30メートルで幅広の姿形を持っています。こちらは陸路で近づくことは困難であり、ウトロ港から運航される遊覧船から見ることができます。

  • 落水が硫黄などを含む強い酸性であるため、海岸線付近は岩場に藻がほとんど生えず、化学反応で海水がエメラルドグリーンになっています。また岩も硫黄成分で黄色くなっています。

    落水が硫黄などを含む強い酸性であるため、海岸線付近は岩場に藻がほとんど生えず、化学反応で海水がエメラルドグリーンになっています。また岩も硫黄成分で黄色くなっています。

    カムイワッカ湯の滝 自然・景勝地

  • 以前ギリシャのサントリーニ島へ行った際には沖合に浮かぶネアカメニ島に行って火山の島を歩いた後に近くのパレア・カメニ島の沖合いで泳いだことがあります。ここの葉海中に温泉が湧いていてここに似ているなと思いました。

    以前ギリシャのサントリーニ島へ行った際には沖合に浮かぶネアカメニ島に行って火山の島を歩いた後に近くのパレア・カメニ島の沖合いで泳いだことがあります。ここの葉海中に温泉が湧いていてここに似ているなと思いました。

  • 海岸線の地質を見てみると柱状節理のように見えました。以前に行った根室の花咲港近くの「根室車石」や「層雲峡」でも柱状節理がありました。アイルランドでジャイアンツ・コーズウェーの石柱の上を歩いてきたばかりなので気になって仕方ありません。

    海岸線の地質を見てみると柱状節理のように見えました。以前に行った根室の花咲港近くの「根室車石」や「層雲峡」でも柱状節理がありました。アイルランドでジャイアンツ・コーズウェーの石柱の上を歩いてきたばかりなので気になって仕方ありません。

  • また新しく半島の先が見えてきました。まだ1時間も経っていないのでもっと先まで行くのだと思います。

    また新しく半島の先が見えてきました。まだ1時間も経っていないのでもっと先まで行くのだと思います。

  • 「知床一湖」の展望台からは見えなかった「知床硫黄岳」の山頂部分があらわになってきました。

    「知床一湖」の展望台からは見えなかった「知床硫黄岳」の山頂部分があらわになってきました。

  • 火山活動のためか植物の生えていない山肌が良く見えました。ここでも硫黄採掘事業は1859年の安政6年に会津藩によって試みられるも1867年の慶応3年に取り止めとなります。ロシア南下に対処すべく、津軽藩が1807年の文化4年に宗谷と斜里に配置されましたが、厳寒から来る浮腫病や脚気によりたくさんの人が亡くなります。翌年からこの地の守備を担ったのが会津藩でした。利尻島で行った「ぺシ岬」には会津藩氏の墓があったことを思い出しました。

    火山活動のためか植物の生えていない山肌が良く見えました。ここでも硫黄採掘事業は1859年の安政6年に会津藩によって試みられるも1867年の慶応3年に取り止めとなります。ロシア南下に対処すべく、津軽藩が1807年の文化4年に宗谷と斜里に配置されましたが、厳寒から来る浮腫病や脚気によりたくさんの人が亡くなります。翌年からこの地の守備を担ったのが会津藩でした。利尻島で行った「ぺシ岬」には会津藩氏の墓があったことを思い出しました。

  • 「おーろら号」の船員さんは大きな双眼鏡で海岸線を見ていて、ヒグマがいたと教えてくれます。大型船なので海岸線からは離れているので200ミリの望遠レンズでもゴマ粒くらいにしか見えません。デジタルズームで800ミリにしても揺れる船上からは捉えられません。旅行会社のパンフレットのようなヒグマの写真は100%撮ることは出来ません。

    「おーろら号」の船員さんは大きな双眼鏡で海岸線を見ていて、ヒグマがいたと教えてくれます。大型船なので海岸線からは離れているので200ミリの望遠レンズでもゴマ粒くらいにしか見えません。デジタルズームで800ミリにしても揺れる船上からは捉えられません。旅行会社のパンフレットのようなヒグマの写真は100%撮ることは出来ません。

    ルシャ湾 自然・景勝地

  • 船は「ルシャ湾」に差し掛かりました。その前に船内放送で「風が強くなるのでご注意ください。」と案内がありました。ここだけ雲が湧き上がり南から強う風が吹いています。「知床硫黄岳」と「知床岳」の間の谷筋のようなところを通り抜けるようです。

    船は「ルシャ湾」に差し掛かりました。その前に船内放送で「風が強くなるのでご注意ください。」と案内がありました。ここだけ雲が湧き上がり南から強う風が吹いています。「知床硫黄岳」と「知床岳」の間の谷筋のようなところを通り抜けるようです。

  • ほんの10分ほどの強風に自然の厳しさを感じました。

    ほんの10分ほどの強風に自然の厳しさを感じました。

  • 「知床岳」側に移ると海岸線の風景も少し変わったように感じます。岸壁と共に植生も変わっているように思えますが、専門家でもないので詳しくは分かりません。

    「知床岳」側に移ると海岸線の風景も少し変わったように感じます。岸壁と共に植生も変わっているように思えますが、専門家でもないので詳しくは分かりません。

  • 行ったことはありませんが映画「ジュラシックパーク」のロケ地になった「クアロア・ランチ」とかを思い出してしまいます。

    行ったことはありませんが映画「ジュラシックパーク」のロケ地になった「クアロア・ランチ」とかを思い出してしまいます。

  • 「タコ岩」以外の何物でもない姿です。奇岩がたくさんなりますが、そのほとんどには名前も付いていないとアナウンスがありました。

    「タコ岩」以外の何物でもない姿です。奇岩がたくさんなりますが、そのほとんどには名前も付いていないとアナウンスがありました。

  • 進行方向に「カシュニの滝」が見えてきました。

    進行方向に「カシュニの滝」が見えてきました。

  • 「カシュニ」はアイヌ語で「仮小屋のあるところ」・「狩小屋のあるところ」の意味だそうです。

    「カシュニ」はアイヌ語で「仮小屋のあるところ」・「狩小屋のあるところ」の意味だそうです。

  • 知床遊覧船沈没事故が発生したのはこの辺りだったと記憶しています。特にそれについての放送などはありませんでした。小型船だともっと海岸線の近くを航行するそうです。

    知床遊覧船沈没事故が発生したのはこの辺りだったと記憶しています。特にそれについての放送などはありませんでした。小型船だともっと海岸線の近くを航行するそうです。

  • しばらく走ると崩れた城壁のような岩が現れます。この一番右に見えるのが「観音岩」です。アイヌ語では「レタラワタラ」白い岩という名前だそうです。4月に行った「三峡下り」では「神女峰」という岩と伝説を聞きました。

    しばらく走ると崩れた城壁のような岩が現れます。この一番右に見えるのが「観音岩」です。アイヌ語では「レタラワタラ」白い岩という名前だそうです。4月に行った「三峡下り」では「神女峰」という岩と伝説を聞きました。

  • 続いて見えてきたのは海岸線に並ぶ「番屋」でした。北海道を旅しているといくつかの「番屋」を訪ねる機会がありました。そんな「ニシン御殿」と呼ばれる豪華なものではありません。

    続いて見えてきたのは海岸線に並ぶ「番屋」でした。北海道を旅しているといくつかの「番屋」を訪ねる機会がありました。そんな「ニシン御殿」と呼ばれる豪華なものではありません。

  • 冬の間は流氷に閉ざされ漁へ出られませんが、4月になると漁師たちは「知床半島」の北端にある「番屋」と呼ばれる小屋へ向かいます。「番屋」は明治20年代に建ち始めたそうで、北陸や東北の漁師たちが知床の豊かな漁場に集まってきました。

    冬の間は流氷に閉ざされ漁へ出られませんが、4月になると漁師たちは「知床半島」の北端にある「番屋」と呼ばれる小屋へ向かいます。「番屋」は明治20年代に建ち始めたそうで、北陸や東北の漁師たちが知床の豊かな漁場に集まってきました。

  • 以前に「北海道開拓の村」へ行った際に見た「番屋」を思い出すと共に「山本理髪店」の前で写真を撮ってあげた女性をきっかけに「ゴールデンカムイ」を知り、その後ハマってしまいました。<br />北海道開拓の村:https://4travel.jp/travelogue/11764884

    以前に「北海道開拓の村」へ行った際に見た「番屋」を思い出すと共に「山本理髪店」の前で写真を撮ってあげた女性をきっかけに「ゴールデンカムイ」を知り、その後ハマってしまいました。
    北海道開拓の村:https://4travel.jp/travelogue/11764884

  • 「眼鏡岩」はアイヌ語でヒヤラオモマイといい、知床日誌では“昔弁慶が蝮退治したとき、その妹がこの穴から見ていた”という伝説が残るそうです。知床日誌は松浦武四郎の蝦夷地踏査行の記録で、この日誌には当時のアイヌ民族の生活や、彼らの生活圏であった知床の地名などが克明に記されています。

    「眼鏡岩」はアイヌ語でヒヤラオモマイといい、知床日誌では“昔弁慶が蝮退治したとき、その妹がこの穴から見ていた”という伝説が残るそうです。知床日誌は松浦武四郎の蝦夷地踏査行の記録で、この日誌には当時のアイヌ民族の生活や、彼らの生活圏であった知床の地名などが克明に記されています。

  • 「眼鏡岩」を見ると先ほど通過した「プユニ岬」も元々はこのような姿だったのだろうと想像できます。その姿からマルタ共和国のゴゾ島にあった「アズール・ウインドウ」を思い出します。ここは2017年に崩壊しましたが、この岩もいずれ同じ運命をたどるのでしょう。

    「眼鏡岩」を見ると先ほど通過した「プユニ岬」も元々はこのような姿だったのだろうと想像できます。その姿からマルタ共和国のゴゾ島にあった「アズール・ウインドウ」を思い出します。ここは2017年に崩壊しましたが、この岩もいずれ同じ運命をたどるのでしょう。

  • 「獅子岩」のカムイパは知床日誌に“いつ来たのかは判らないが、昔ここに弁慶の妹が住んでいたところ蝮のトッコロカムイがそれを飲み込もうとして山から出てきた。これを付近の窓岩から見ていた弁慶が大変に腹を立ててトッコロカムイを踏みつぶしてしまったので、トッコロカムイはそのまま岩になってしまった”とあります。

    「獅子岩」のカムイパは知床日誌に“いつ来たのかは判らないが、昔ここに弁慶の妹が住んでいたところ蝮のトッコロカムイがそれを飲み込もうとして山から出てきた。これを付近の窓岩から見ていた弁慶が大変に腹を立ててトッコロカムイを踏みつぶしてしまったので、トッコロカムイはそのまま岩になってしまった”とあります。

  • 北海道を旅していると各地で義経伝説や弁慶に由来する話に出くわすことがあります。義経一行は本当に大陸に渡ってチンギス・ハーンになったのではないかと信じたくなります。義経=チンギスハン説は明治中期から広がりましたが、この説の流布に大きく貢献したのは、オランダ商館医を務めたドイツ人医学者シーボルトで、その著「日本」で新井白石の「蝦夷志」等を参考にこの説を論じています。

    北海道を旅していると各地で義経伝説や弁慶に由来する話に出くわすことがあります。義経一行は本当に大陸に渡ってチンギス・ハーンになったのではないかと信じたくなります。義経=チンギスハン説は明治中期から広がりましたが、この説の流布に大きく貢献したのは、オランダ商館医を務めたドイツ人医学者シーボルトで、その著「日本」で新井白石の「蝦夷志」等を参考にこの説を論じています。

  • 「アウンモィ川」アウンモイの意味は“入り込んでいるところ”で、通称は「海賊湾」の中の1つの様です。

    「アウンモィ川」アウンモイの意味は“入り込んでいるところ”で、通称は「海賊湾」の中の1つの様です。

  • 投薬「知床岬灯台」が見えてきてこの辺りが終点だと分かります。船内では加藤登紀子や森繁久彌の「知床旅情」が何度も流れていました。歌詞を口ずさみながら、ハマナスなんて咲いていないなぁと思います。

    投薬「知床岬灯台」が見えてきてこの辺りが終点だと分かります。船内では加藤登紀子や森繁久彌の「知床旅情」が何度も流れていました。歌詞を口ずさみながら、ハマナスなんて咲いていないなぁと思います。

    知床岬灯台 名所・史跡

  • 不自然な形で残った文吉湾背後からアブラコ湾背後の台地はシレトココタンのあった地でしょうか。シレトコは江戸時代からアイヌ受難の地であった歴史も残るようです。

    不自然な形で残った文吉湾背後からアブラコ湾背後の台地はシレトココタンのあった地でしょうか。シレトコは江戸時代からアイヌ受難の地であった歴史も残るようです。

  • 「おーろら号」は岬の近くでUターンを始めます。ここまで2時間ほどのクルーズでした。

    「おーろら号」は岬の近くでUターンを始めます。ここまで2時間ほどのクルーズでした。

  • この先はもうロシアになるのだと感じます。

    この先はもうロシアになるのだと感じます。

  • 船は元来たルートをなぞるように戻り始めます。右舷と左舷の人に優劣が付かないように同じ説明が繰り返されています。

    船は元来たルートをなぞるように戻り始めます。右舷と左舷の人に優劣が付かないように同じ説明が繰り返されています。

    知床岬航路 乗り物

  • 下の階のソファ席に戻ってお昼をいただくことにします。売店もあるので網走でも飲んだ「流氷DRAFT」で乾杯します。天然色素のクチナシを使って、オホーツク海をイメージした鮮やかなブルーです。確かに色が海と一緒です。

    下の階のソファ席に戻ってお昼をいただくことにします。売店もあるので網走でも飲んだ「流氷DRAFT」で乾杯します。天然色素のクチナシを使って、オホーツク海をイメージした鮮やかなブルーです。確かに色が海と一緒です。

  • 4年越しのリベンジが達成できたお祝いでもあります。

    4年越しのリベンジが達成できたお祝いでもあります。

  • 最高の景色を眺めながらのビールの味は格別です。

    最高の景色を眺めながらのビールの味は格別です。

  • 「おーろら号」に乗船する前にトラピックス社で用意された作り立てのお弁当を受け取っていました。ようやく袋になって食べることが出来ます。「三色弁当」は鮭とホタテとイクラが持ってあります。シンプルですが素材が良いのでとても美味しかったです。

    「おーろら号」に乗船する前にトラピックス社で用意された作り立てのお弁当を受け取っていました。ようやく袋になって食べることが出来ます。「三色弁当」は鮭とホタテとイクラが持ってあります。シンプルですが素材が良いのでとても美味しかったです。

  • 「知床岬」まで行くことが出来たので売店で「到達証明書」がいただけました。今回のツアーではツアー専用の台紙が貰えて、ツアー中にもらった「到達証明書」や「乗車証明書」をスクラップすることが出来るようになっていました。

    「知床岬」まで行くことが出来たので売店で「到達証明書」がいただけました。今回のツアーではツアー専用の台紙が貰えて、ツアー中にもらった「到達証明書」や「乗車証明書」をスクラップすることが出来るようになっていました。

  • 食事が終わった頃にようやく妻もデッキに上がってきました。お昼を周って太陽の位置も高くなりポカポカ陽気です。

    食事が終わった頃にようやく妻もデッキに上がってきました。お昼を周って太陽の位置も高くなりポカポカ陽気です。

  • 再び「ルシャ湾」に差し掛かり、風が強くなるとすぐに船内に戻ってしまいました。

    再び「ルシャ湾」に差し掛かり、風が強くなるとすぐに船内に戻ってしまいました。

  • 陽射しが強くなったのと太陽の位置で往路より風景がきれいに見渡せます。

    陽射しが強くなったのと太陽の位置で往路より風景がきれいに見渡せます。

  • デッキには数人の船員さんがいて大きな双眼鏡で動物がいないか探してくれています。この日は熊が1回だけで、それ以外は何度かイルカの姿を見掛けたくらいでした。昨年のニュージーランドと言い、我が家は野生動物には恵まれないようです。

    デッキには数人の船員さんがいて大きな双眼鏡で動物がいないか探してくれています。この日は熊が1回だけで、それ以外は何度かイルカの姿を見掛けたくらいでした。昨年のニュージーランドと言い、我が家は野生動物には恵まれないようです。

  • 「カムイワッカの滝」が見えてきました。

    「カムイワッカの滝」が見えてきました。

  • やはり太陽光線の位置は重要で、往路ではよく見えなかった海水の色の違いがよく分かります。化学反応で海水がエメラルドグリーンに変化しています。

    やはり太陽光線の位置は重要で、往路ではよく見えなかった海水の色の違いがよく分かります。化学反応で海水がエメラルドグリーンに変化しています。

  • この沖合いには定置網があるようで「おーろら号」はそんな浮き球を迂回するように航行していきます。

    この沖合いには定置網があるようで「おーろら号」はそんな浮き球を迂回するように航行していきます。

  • 再び「知床連山」が見えてきました。

    再び「知床連山」が見えてきました。

  • 朝からずっと少しだけ雲が掛かっていた「羅臼岳」もその姿を見せてくれました。この後は「知床峠」を通って「羅臼」側に下るのでまだまだ天気が気になります。

    朝からずっと少しだけ雲が掛かっていた「羅臼岳」もその姿を見せてくれました。この後は「知床峠」を通って「羅臼」側に下るのでまだまだ天気が気になります。

  • 午前中は影になっていた岩肌も太陽光線が当たってその凹凸がはっきりと見えます。

    午前中は影になっていた岩肌も太陽光線が当たってその凹凸がはっきりと見えます。

  • 「フレペの滝」の水もより輝いてみます。

    「フレペの滝」の水もより輝いてみます。

    フレペの滝(乙女の涙) 自然・景勝地

  • それにしても岩の中から水が噴き出している不思議な滝です。

    それにしても岩の中から水が噴き出している不思議な滝です。

  • そろそろ「知床岬クルーズ」も終わりが近づいてきました。

    そろそろ「知床岬クルーズ」も終わりが近づいてきました。

  • ウトロの町が見えてくると大地の上には霧が掛かっています。「知床第一ホテル」の建物が目に留まります。

    ウトロの町が見えてくると大地の上には霧が掛かっています。「知床第一ホテル」の建物が目に留まります。

  • 「プユニ岬」を振り返るとほんの5分前は晴れていた空は曇天に代わり、全くなかった霧が大地を覆っています。

    「プユニ岬」を振り返るとほんの5分前は晴れていた空は曇天に代わり、全くなかった霧が大地を覆っています。

  • 無事に4時間のクルーズが終わりました。長年の夢の1つが叶いました。

    無事に4時間のクルーズが終わりました。長年の夢の1つが叶いました。

  • 「おーろら号」はこの後もショートクルーズに出るようでしたが、天気が変わってしまったようで次のお客さんが気の毒です。

    「おーろら号」はこの後もショートクルーズに出るようでしたが、天気が変わってしまったようで次のお客さんが気の毒です。

  • 再びマスに戻り、「知床峠」を越えて、さらうに入り、今度は「バード&ホエールウォッチングクルーズ」です。

    再びマスに戻り、「知床峠」を越えて、さらうに入り、今度は「バード&ホエールウォッチングクルーズ」です。

    オロンコ岩 自然・景勝地

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