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ポール・セザンヌは、フランスの画家。当初はクロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワールらとともに印象派のグループの一員として活動していましたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求しました。ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及されます。日本でも多くの美術館が作品を所蔵しています。写真撮影がOKだったものをアップしていきます。なお、全ての作品が常時展示されているわけではありません。写真撮影ができたものからアップしていきます。

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2025/03/30 - 2025/03/30

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ポール・セザンヌは、フランスの画家。当初はクロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワールらとともに印象派のグループの一員として活動していましたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求しました。ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及されます。日本でも多くの美術館が作品を所蔵しています。写真撮影がOKだったものをアップしていきます。なお、全ての作品が常時展示されているわけではありません。写真撮影ができたものからアップしていきます。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • 国立西洋美術館は、1959年(昭和34年)に発足・開館した、西洋美術全般を対象とする美術館としては日本で唯一の国立美術館です。実業家松方幸次郎が20世紀初めにヨーロッパで収集した印象派などの19世紀から20世紀前半の絵画・彫刻を中心とする松方コレクションがコレクションの基礎となっています。

    国立西洋美術館は、1959年(昭和34年)に発足・開館した、西洋美術全般を対象とする美術館としては日本で唯一の国立美術館です。実業家松方幸次郎が20世紀初めにヨーロッパで収集した印象派などの19世紀から20世紀前半の絵画・彫刻を中心とする松方コレクションがコレクションの基礎となっています。

    国立西洋美術館 美術館・博物館

  • 「散歩」1871年<br />セザンヌの初期作品

    「散歩」1871年
    セザンヌの初期作品

  • 「ポントワーズの橋と堰」1881年<br />パリから約28km離れ、近代化された町並と田園の風景が融合した町ポントワーズで、セザンヌは1872年から1881年まで、印象派の画家ピサロと多くの時間を共有し、ときにイーゼルを並べ同じ風景を描いています。

    「ポントワーズの橋と堰」1881年
    パリから約28km離れ、近代化された町並と田園の風景が融合した町ポントワーズで、セザンヌは1872年から1881年まで、印象派の画家ピサロと多くの時間を共有し、ときにイーゼルを並べ同じ風景を描いています。

  • 「葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々 」1885-86年<br />「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称です。そこには農場と、かつてプロヴァンス地方の総督が住居にしていたという美しい館がありました。1880年代初頭から、セザンヌはエクスで過ごすことが多くなり、82年以降の作品には「ジャ・ド・ブッファン」の館やマロニエの並木、用水池、農場、屋敷の周囲の塀などがしばしば描かれるようになります。本作品は、その中でも屋敷の裏手の出口付近を描いたものです。画面中央から左にかけてアラベスク風の枝ぶりを見せる数本のマロニエの木が粗い筆致で描かれ、また空もところどころ余白を残すなど、全体にスケッチ風の軽やかさを示しますが、他方、塀や裏口から遠方の山々に続く大地の起伏は、帯状をなす青や青緑、朱などによって的確に表現され、セザンヌならではの堅固な空間秩序が保たれています。

    「葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々 」1885-86年
    「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称です。そこには農場と、かつてプロヴァンス地方の総督が住居にしていたという美しい館がありました。1880年代初頭から、セザンヌはエクスで過ごすことが多くなり、82年以降の作品には「ジャ・ド・ブッファン」の館やマロニエの並木、用水池、農場、屋敷の周囲の塀などがしばしば描かれるようになります。本作品は、その中でも屋敷の裏手の出口付近を描いたものです。画面中央から左にかけてアラベスク風の枝ぶりを見せる数本のマロニエの木が粗い筆致で描かれ、また空もところどころ余白を残すなど、全体にスケッチ風の軽やかさを示しますが、他方、塀や裏口から遠方の山々に続く大地の起伏は、帯状をなす青や青緑、朱などによって的確に表現され、セザンヌならではの堅固な空間秩序が保たれています。

  • 「舟にて」 1900-06 年 <br />本素描はセザンヌ最晩年の作品。この作品では、素描《水差しとスープ容れ》よりも、形態が一層不明となっているため、3人の男が湖でボートに乗っているように見えるものの、それが何であるか定かではありません。背景と思われる山や緑も、画面に荒く賦された青や緑の色彩によって、光のようなリズムが生み出されているため、アンフォルメルな抽象画のようになっています。

    「舟にて」 1900-06 年 
    本素描はセザンヌ最晩年の作品。この作品では、素描《水差しとスープ容れ》よりも、形態が一層不明となっているため、3人の男が湖でボートに乗っているように見えるものの、それが何であるか定かではありません。背景と思われる山や緑も、画面に荒く賦された青や緑の色彩によって、光のようなリズムが生み出されているため、アンフォルメルな抽象画のようになっています。

  • 株式会社ブリヂストンの創業者、石橋正二郎により1952年に開設したブリヂストン美術館を前身とし、2020年1月にアーティゾン美術館として新たに誕生しました。

    株式会社ブリヂストンの創業者、石橋正二郎により1952年に開設したブリヂストン美術館を前身とし、2020年1月にアーティゾン美術館として新たに誕生しました。

    アーティゾン美術館 美術館・博物館

  • 「鉢と牛乳入れ」1873-77年頃<br />身の周りの事物を自由に並べ替えて様々な絵画的試みを行うことができるために、セザンヌは、静物画を好んで描きました。それゆえに静物画は、セザンヌが目指すところの絵画の実験の場であり続け、その成果が人物画や風景画といった他のジャンルに応用されていることも少なくありません。セザンヌの静物画としては初期に位置付けられるこの作品は、画面の構成を安定させるために現実の空間と形態を変形させており、セザンヌの静物画の特徴が明確に出ています。

    「鉢と牛乳入れ」1873-77年頃
    身の周りの事物を自由に並べ替えて様々な絵画的試みを行うことができるために、セザンヌは、静物画を好んで描きました。それゆえに静物画は、セザンヌが目指すところの絵画の実験の場であり続け、その成果が人物画や風景画といった他のジャンルに応用されていることも少なくありません。セザンヌの静物画としては初期に位置付けられるこの作品は、画面の構成を安定させるために現実の空間と形態を変形させており、セザンヌの静物画の特徴が明確に出ています。

  • 「帽子をかぶった自画像」1890-94年頃<br />生涯30点を超える自画像を描いたセザンヌ後期の作品です。自画像は、モデルを使うことを不得手としたセザンヌが、唯一他者を意識せず、純粋に対象として人物を見るという造形探求の行為でもありました。不明瞭な空間を背景に肩越しに見る者を見据えるセザンヌの表情は、影に隠れる左側には画家の憂愁が垣間見える一方で、ハイライトの当たる右側の鋭い眼差しに、自己に厳格な画家の自意識がうかがえます。緑を基調とし、動的な、しかし規則正しい筆触と意図的な塗り残しで画面が構成されています。

    「帽子をかぶった自画像」1890-94年頃
    生涯30点を超える自画像を描いたセザンヌ後期の作品です。自画像は、モデルを使うことを不得手としたセザンヌが、唯一他者を意識せず、純粋に対象として人物を見るという造形探求の行為でもありました。不明瞭な空間を背景に肩越しに見る者を見据えるセザンヌの表情は、影に隠れる左側には画家の憂愁が垣間見える一方で、ハイライトの当たる右側の鋭い眼差しに、自己に厳格な画家の自意識がうかがえます。緑を基調とし、動的な、しかし規則正しい筆触と意図的な塗り残しで画面が構成されています。

  • 「凭れる裸体」1863-66年頃

    「凭れる裸体」1863-66年頃

  • 「水浴群像」 1897-1900年頃

    「水浴群像」 1897-1900年頃

  • 「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」1904-06年<br />セザンヌは、目に映る一瞬のきらめきをカンヴァスに写し取ろうとした印象主義の絵画を超えて、堅牢な量感を持ち、永劫に耐えられる強靭さをとどめる絵画にしようと試みました。それは相反する性格を同一画面の中に収めようとする極めて困難な課題であり、画家にとって試行錯誤の連続となりました。これを実現させるためにセザンヌは、印象派の仲間と距離を置いて孤独に制作する道を選び、いくつかのきまった主題を繰り返し描くことによってこの目的を達成することを目指しました。1880年代の後半には、生まれ故郷である南仏のエクス=アン=プロヴァンスの東側にそびえる石灰質の山、サント=ヴィクトワール山の連作を描くようになりました。

    「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」1904-06年
    セザンヌは、目に映る一瞬のきらめきをカンヴァスに写し取ろうとした印象主義の絵画を超えて、堅牢な量感を持ち、永劫に耐えられる強靭さをとどめる絵画にしようと試みました。それは相反する性格を同一画面の中に収めようとする極めて困難な課題であり、画家にとって試行錯誤の連続となりました。これを実現させるためにセザンヌは、印象派の仲間と距離を置いて孤独に制作する道を選び、いくつかのきまった主題を繰り返し描くことによってこの目的を達成することを目指しました。1880年代の後半には、生まれ故郷である南仏のエクス=アン=プロヴァンスの東側にそびえる石灰質の山、サント=ヴィクトワール山の連作を描くようになりました。

  • 損害保険ジャパン本社ビル42階にあった東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館が、同敷地内に特徴的な6階建てのビルを建設し移転、2020年に「SOMPO美術館」として開館を迎えました。

    損害保険ジャパン本社ビル42階にあった東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館が、同敷地内に特徴的な6階建てのビルを建設し移転、2020年に「SOMPO美術館」として開館を迎えました。

    SOMPO美術館 美術館・博物館

  • 「りんごとナプキン」1879-80年<br />パッと見、何の変哲もない絵に思われる。描かれているのは、長持のような箱の上に置かれた10個のリンゴと白い布。背景の植物は部屋の壁紙の柄で、いずれも特に目を引くものではない。だが、この《りんごとナプキン》は、フランスの画家ポール・セザンヌが「リンゴ一つでパリを驚かせてみせる」と宣言していた通り、美術史に大きな足跡を残した一連の静物画の中の1点。よく見ると、リンゴもナプキンも置かれ方が不自然。一つ一つは丁寧に描かれているが、果物のジューシーさも布の柔らかさも感じられない。何がそんなにすごいのか。<br /> セザンヌは当初、光や色彩を重視した印象派の一人だった。だが、次第に目で見たものを単に「写す」のではなく、ただ「そこにある形」に着目するようになる。本作も遠近法にとらわれず、リンゴとナプキンそれぞれを別々の視点から「もの」として描く。それらを画面の対角線などの直線上に配置しており、全体の構図へのこだわりが強い。遠近感や質感など現実の再現を試行錯誤してきた当時の絵画にあって、こうした表現は極めて画期的だったのだ。

    「りんごとナプキン」1879-80年
    パッと見、何の変哲もない絵に思われる。描かれているのは、長持のような箱の上に置かれた10個のリンゴと白い布。背景の植物は部屋の壁紙の柄で、いずれも特に目を引くものではない。だが、この《りんごとナプキン》は、フランスの画家ポール・セザンヌが「リンゴ一つでパリを驚かせてみせる」と宣言していた通り、美術史に大きな足跡を残した一連の静物画の中の1点。よく見ると、リンゴもナプキンも置かれ方が不自然。一つ一つは丁寧に描かれているが、果物のジューシーさも布の柔らかさも感じられない。何がそんなにすごいのか。
     セザンヌは当初、光や色彩を重視した印象派の一人だった。だが、次第に目で見たものを単に「写す」のではなく、ただ「そこにある形」に着目するようになる。本作も遠近法にとらわれず、リンゴとナプキンそれぞれを別々の視点から「もの」として描く。それらを画面の対角線などの直線上に配置しており、全体の構図へのこだわりが強い。遠近感や質感など現実の再現を試行錯誤してきた当時の絵画にあって、こうした表現は極めて画期的だったのだ。

  • 東京国立近代美術館では、19世紀末から今日までの美術作品を収集しています。収集対象は、絵画、版画、水彩、素描、彫刻、写真、映像、書、及び関連する資料などの多分野にわたり、点数は13,000点を超えます

    東京国立近代美術館では、19世紀末から今日までの美術作品を収集しています。収集対象は、絵画、版画、水彩、素描、彫刻、写真、映像、書、及び関連する資料などの多分野にわたり、点数は13,000点を超えます

    東京国立近代美術館 美術館・博物館

  • 「大きな花束」1892-95年頃<br />セザンヌの静物画では大変稀少である幅1メートルの堂々たる大作です

    「大きな花束」1892-95年頃
    セザンヌの静物画では大変稀少である幅1メートルの堂々たる大作です

  • 八王子にある東京富士美術館。約30000点あるというコレクションの中には、セザンヌのコレクションもあります

    八王子にある東京富士美術館。約30000点あるというコレクションの中には、セザンヌのコレクションもあります

    東京富士美術館 美術館・博物館

  • 「オーヴェールの曲がり道」1873年<br />セザンヌが最初にオーヴェールに滞在した時期に制作された作品の1つ。

    「オーヴェールの曲がり道」1873年
    セザンヌが最初にオーヴェールに滞在した時期に制作された作品の1つ。

  • 横浜美術館は、2021年3月からの大規模改修工事を経て、2025年2月に全館オープンしました。

    横浜美術館は、2021年3月からの大規模改修工事を経て、2025年2月に全館オープンしました。

    横浜美術館 美術館・博物館

  • 「縞模様の服を着たセザンヌ夫人」 1883-85年<br /><br />

    「縞模様の服を着たセザンヌ夫人」 1883-85年

  • 「ガルダンヌから見たサント=ヴィクトワール山」1892-95年<br />サント=ヴィクトワール山は、セザンヌが生まれた南仏のプロヴァンス地方にある標高およそ1,000m、東西18㎞以上にわたり長くのびる石灰岩の山です。セザンヌは、この山を描いた油絵を30点以上残しました。それらの多くでは、セザンヌの生地であるエクス=アン=プロヴァンスの町から眺めた尖た山が描かれています。しかしこの作品では、エクスの南に位置するガルダンヌから見た、なだらかな山の姿が捉えられています。大地の起伏をあらわす斜めの線が画面の手前から奥にかけてリズミカルに交差しています。赤褐色を基調とした大地やそこに生い茂る植物は、よくみると複雑で幅広い色とさまざまな角度のタッチで描かれています。

    「ガルダンヌから見たサント=ヴィクトワール山」1892-95年
    サント=ヴィクトワール山は、セザンヌが生まれた南仏のプロヴァンス地方にある標高およそ1,000m、東西18㎞以上にわたり長くのびる石灰岩の山です。セザンヌは、この山を描いた油絵を30点以上残しました。それらの多くでは、セザンヌの生地であるエクス=アン=プロヴァンスの町から眺めた尖た山が描かれています。しかしこの作品では、エクスの南に位置するガルダンヌから見た、なだらかな山の姿が捉えられています。大地の起伏をあらわす斜めの線が画面の手前から奥にかけてリズミカルに交差しています。赤褐色を基調とした大地やそこに生い茂る植物は、よくみると複雑で幅広い色とさまざまな角度のタッチで描かれています。

  • ポーラ美術館の絵画コレクションは、19世紀の印象派絵画から20世紀の抽象絵画に至るまで、質の高い作品によって美術の展開を辿ることができます。

    ポーラ美術館の絵画コレクションは、19世紀の印象派絵画から20世紀の抽象絵画に至るまで、質の高い作品によって美術の展開を辿ることができます。

    ポーラ美術館 美術館・博物館

  • ポール・セザンヌ「オーヴェール=シュル=オワーズの藁葺きの家」1872-1873年  <br />パリの北西30km、緑に包まれた静かなオワーズ河畔のオーヴェール=シュル=オワーズには、多くの芸術家たちが訪れています。1850年代には、コローやドーミエらがこの地で制作、ドービニーはコローのすすめでアトリエを構えた。1872年には精神科医ガシェが妻の病気療養のためこの地に移住し、セザンヌ、ピサロ、ギヨマン、ルノワール、シスレーらが彼の家を訪問しています。セザンヌは、1872年にピサロが住むポントワーズを訪れ、ポントワーズ周辺やオーヴェールで一緒に制作し、明るい色彩を用いるようになります。1873年から翌年はじめにかけては、家族とともにオーヴェールに滞在しました。セザンヌはガシェの家で制作したり、彼に作品を購入してもらうなど、親しく交流していました。本作品では、画面に奥行きを与える曲がり道、正面の藁葺き屋根の家と周囲の集落、葉を落とした木々が、落ち着いた色調で描かれています。

    ポール・セザンヌ「オーヴェール=シュル=オワーズの藁葺きの家」1872-1873年
    パリの北西30km、緑に包まれた静かなオワーズ河畔のオーヴェール=シュル=オワーズには、多くの芸術家たちが訪れています。1850年代には、コローやドーミエらがこの地で制作、ドービニーはコローのすすめでアトリエを構えた。1872年には精神科医ガシェが妻の病気療養のためこの地に移住し、セザンヌ、ピサロ、ギヨマン、ルノワール、シスレーらが彼の家を訪問しています。セザンヌは、1872年にピサロが住むポントワーズを訪れ、ポントワーズ周辺やオーヴェールで一緒に制作し、明るい色彩を用いるようになります。1873年から翌年はじめにかけては、家族とともにオーヴェールに滞在しました。セザンヌはガシェの家で制作したり、彼に作品を購入してもらうなど、親しく交流していました。本作品では、画面に奥行きを与える曲がり道、正面の藁葺き屋根の家と周囲の集落、葉を落とした木々が、落ち着いた色調で描かれています。

  • 「4人の水浴の女たち」1877-1878年<br />本作品は、1957年にピカソが購入した「5人の水浴の女たち」(1877-1878年、パリ、ピカソ美術館蔵)を含む、4、5人の裸婦をピラミッド型に配置した5点の水浴図のうちの1点です。斜めに平行に置かれた構築的な筆致が画面の大部分を覆ってはいますが、規則性が幾分ゆるやかなため、彼の構築的構図へといたる道のりの途上を思わせます。内側に傾いた樹木のアーチが女性たちの傾いたポーズに反復され、構築的な筆致とともに画面に無数の呼応する要素が緻密に組み合わされており、印象派の絵画にみられる偶然性や瞬間性とは大きく隔たった画面構成となっています。この反復はピカソの「3人の女」(1907-1908年、サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館蔵)をはじめとする裸婦像においては、半円形と三角形の反復による構成に変換され、体系的に取り入れられています。

    「4人の水浴の女たち」1877-1878年
    本作品は、1957年にピカソが購入した「5人の水浴の女たち」(1877-1878年、パリ、ピカソ美術館蔵)を含む、4、5人の裸婦をピラミッド型に配置した5点の水浴図のうちの1点です。斜めに平行に置かれた構築的な筆致が画面の大部分を覆ってはいますが、規則性が幾分ゆるやかなため、彼の構築的構図へといたる道のりの途上を思わせます。内側に傾いた樹木のアーチが女性たちの傾いたポーズに反復され、構築的な筆致とともに画面に無数の呼応する要素が緻密に組み合わされており、印象派の絵画にみられる偶然性や瞬間性とは大きく隔たった画面構成となっています。この反復はピカソの「3人の女」(1907-1908年、サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館蔵)をはじめとする裸婦像においては、半円形と三角形の反復による構成に変換され、体系的に取り入れられています。

  • 「砂糖壺、梨とテーブルクロス」1893-1894年<br />本作品でもセザンヌがもたらした革新がみられます。ここにはそれまでの絵画にみられるような確固とした土台の上に積み上げられ、固定された構図はありません。左端の山のように盛り上がる布によって斜面が強調された机の上で、果物は皿から転がり落ちています。画面中央では、存在感を放つ砂糖壺が傾斜した机の支点を押さえ込むことで均衡をはかっています。果物は画面からこぼれ落ちそうな危うさを残しながら、重力に従うのではなく計算された構図によって、かろうじてその場所にとどまっています。本作品は、絵画が目に見える世界の忠実な再現ではなく、人工的な構築物であることを思い起こさせます。

    「砂糖壺、梨とテーブルクロス」1893-1894年
    本作品でもセザンヌがもたらした革新がみられます。ここにはそれまでの絵画にみられるような確固とした土台の上に積み上げられ、固定された構図はありません。左端の山のように盛り上がる布によって斜面が強調された机の上で、果物は皿から転がり落ちています。画面中央では、存在感を放つ砂糖壺が傾斜した机の支点を押さえ込むことで均衡をはかっています。果物は画面からこぼれ落ちそうな危うさを残しながら、重力に従うのではなく計算された構図によって、かろうじてその場所にとどまっています。本作品は、絵画が目に見える世界の忠実な再現ではなく、人工的な構築物であることを思い起こさせます。

  • 「ラム酒の瓶のある静物」1890年頃

    「ラム酒の瓶のある静物」1890年頃

  • 「アルルカン」1888-1890年<br />本作品は「マルディ・グラ」(1888年、プーシキン美術館)を含む「アルルカン」を描いた4点のうちの1点です。謝肉祭の最終日でカーニヴァルが行なわれる謝肉の火曜日を意味するこの「マルディ・グラ」には、16世紀にイタリアからフランスに伝わった即興喜劇コメディア・デラルテの登場人物アルルカンとピエロに扮した二人の若者が描かれています。アルルカンに扮しているのはセザンヌの息子ポールであり、ピエロに扮しているのは靴屋の息子でポールの友人ルイ・ギョームです。後年ポールは、1888年にパリのヴァル=ド=グラース通りのアトリエでモデルを務めたと語っています。

    「アルルカン」1888-1890年
    本作品は「マルディ・グラ」(1888年、プーシキン美術館)を含む「アルルカン」を描いた4点のうちの1点です。謝肉祭の最終日でカーニヴァルが行なわれる謝肉の火曜日を意味するこの「マルディ・グラ」には、16世紀にイタリアからフランスに伝わった即興喜劇コメディア・デラルテの登場人物アルルカンとピエロに扮した二人の若者が描かれています。アルルカンに扮しているのはセザンヌの息子ポールであり、ピエロに扮しているのは靴屋の息子でポールの友人ルイ・ギョームです。後年ポールは、1888年にパリのヴァル=ド=グラース通りのアトリエでモデルを務めたと語っています。

  • 「プロヴァンスの風景」1879-1882年<br />本作品では、セザンヌの故郷、自然豊かな南仏プロヴァンスの陽光に満ちた青い空、山の斜面に建つ家、緑の木々などが、あざやかな色彩で描かれています。画面中央の家には、プロヴァンスで「マス」と呼ばれる、モルタル塗りの壁と赤く平らな瓦葺き屋根といったこの地域の農家に典型的な建築様式がみられます。また、この辺りの家は南に建てられ、家の周りには、強風を防ぐための木々が植えられています。セザンヌは、緑の木々を、画面全体の統一的な構成をめざした長方形のタッチの積み重ねによって描いています。

    「プロヴァンスの風景」1879-1882年
    本作品では、セザンヌの故郷、自然豊かな南仏プロヴァンスの陽光に満ちた青い空、山の斜面に建つ家、緑の木々などが、あざやかな色彩で描かれています。画面中央の家には、プロヴァンスで「マス」と呼ばれる、モルタル塗りの壁と赤く平らな瓦葺き屋根といったこの地域の農家に典型的な建築様式がみられます。また、この辺りの家は南に建てられ、家の周りには、強風を防ぐための木々が植えられています。セザンヌは、緑の木々を、画面全体の統一的な構成をめざした長方形のタッチの積み重ねによって描いています。

  • 「サンタンリ村から見たマルセイユ湾」1877-79年頃 山形美術館

    「サンタンリ村から見たマルセイユ湾」1877-79年頃 山形美術館

    山形美術館 美術館・博物館

  • 緑に囲まれた広島市中央公園の一角に位置するひろしま美術館は、1978年に広島銀行の創業100周年を記念して設立しました

    緑に囲まれた広島市中央公園の一角に位置するひろしま美術館は、1978年に広島銀行の創業100周年を記念して設立しました

    ひろしま美術館 美術館・博物館

  • 「ジャ・ド・ブファンの木立」1871年頃<br />「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称です。そこには農場と、かつてプロヴァンス地方の総督が住居にしていたという美しい館がありました。1880年代初頭から、セザンヌはエクスで過ごすことが多くなり、82年以降の作品には「ジャ・ド・ブッファン」の館やマロニエの並木、用水池、農場、屋敷の周囲の塀などがしばしば描かれるようになります

    「ジャ・ド・ブファンの木立」1871年頃
    「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称です。そこには農場と、かつてプロヴァンス地方の総督が住居にしていたという美しい館がありました。1880年代初頭から、セザンヌはエクスで過ごすことが多くなり、82年以降の作品には「ジャ・ド・ブッファン」の館やマロニエの並木、用水池、農場、屋敷の周囲の塀などがしばしば描かれるようになります

  • 「座る農夫」1897年頃<br />1890年代、セザンヌはカード遊びを題材とする絵画を5点描いています。本作もそのシリーズとの関連で語られることが多い作品です<br /><br />

    「座る農夫」1897年頃
    1890年代、セザンヌはカード遊びを題材とする絵画を5点描いています。本作もそのシリーズとの関連で語られることが多い作品です

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