2025/03/26 - 2025/03/26
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nanochanさん
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この旅行記のスケジュール
2025/03/26
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昨年、テレビドラマ「海に眠るダイヤモンド」を視て以来、軍艦島に行ってみたいという気持ちが高まり、ついにこの春休みに行ってきました。以前、娘夫婦が行ったときには上陸したそうですが、天候や波の様子によっては、軍艦島クルーズ自体が取りやめになったり、上陸できなかったりということもあります。
今回、自分たちの場合は、桟橋に接岸しながらも、波による揺れが大きく安全に下船できないという船長判断により上陸を断念。前の船は上陸を果たしていただけに、一番悔しい結果となってしまいました。ああ、悲しい…。
わくわく気分の出港から、がっくりと軍艦島に別れを告げるまでの3時間の旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 船 JALグループ 徒歩
-
1<長崎港>
今日は、1日曇りのようです。長崎は海に面しているため気温が高いと靄が掛かるそうで、周辺は低い雲が立ちこめているよう。正面の大きな建物は、長崎県警察本部。その左には、しゃれた感じの長崎県庁があります。ドラゴン プロムナード 名所・史跡
-
2<ブラックダイヤモンド号>
「軍艦島ツアー」は、五つの会社が運営しています。自分たちが乗るのは、高島海上交通の「ブラックダイヤモンド号」。小さく見えますが200人乗りです。軍艦島ツアー 乗り物
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3<乗船>
9時少し前に乗船が始まりました。テレビドラマの影響で「軍艦島ツアー」は大人気だそうで、この午前便はほぼ満員でした。
軍艦島上陸予定時刻は10時30分。料金は、ネット割で大人3910円(子供1950円)。 -
4<オーシャニア・リビエラ号>
定刻の9時10分に出航。長崎港を通ってまず高島に向かいます。
国際ターミナルには中国から来たクルーズ船「リビエラ号」が停泊していました。この船は、オーシャニアクルーズ社の豪華客船で、日本の飛鳥Ⅱよりもひとまわり大きいサイズ(約66,000トン)です。長崎港松が枝国際ターミナル 乗り物
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5<ドックとクレーン>
長崎港の左右には色々な造船会社のドックがあり、多くのクレーンが立ち並んでいました。 -
6<★世界遺産 ジャイアント・カンチレバークレーン >
右側の緑色のごついクレーンが、三菱長崎造船所の「ジャイアント・カンチレバークレーン」。製造されたのは1909年と古いものの、今でも現役で働いています。 同型のクレーンとしては世界最古であり世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船」の構成資産の一つとなっています。 -
7<★世界遺産 小菅修船場跡>
緑色の小さい建物が「小菅修船場跡」。ここは、外国船の修理を目的として明治元年(1869)に造られた日本の近代造船所発祥の地。ここも、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船」の構成資産の一つです。 ※画面をクリックして拡大してみて下さい。小菅修船場跡 名所・史跡
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8<女神大橋(ヴィーナスウィング)>
長崎港の入り口にある大きな橋は「女神大橋」。塔と桁を斜めに張ったケーブルでつないで支える斜張橋としては、国内で6番目の長さ。クルーズ船が通るため、高さは65mもあります。
女神大橋 名所・史跡
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9<三菱重工業 長崎造船所 香焼工場>
長崎港を出ても造船所の姿がたくさん見られます。三菱重工業の造船所が多いようですが、韓国や中国の造船業の台頭による収益力の悪化により、大型船事業の建造から徐々に撤退しているそうです。日本の将来が本当に心配です。 -
10<沖の島 聖ミカエル天主堂>
沖の島の高台に美しい白亜のゴシック様式の教会が見えました。ここは、江戸時代から続く「カトリック馬込教会」(聖ミカエル天主堂)。現在も住民の半数以上がカトリック信徒だそうです。聖ミカエル天主堂 寺・神社・教会
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11<高島到着>
9時半頃に高島に到着。ここで端島(軍艦島)についての説明を聞きます。スケジュールでこの島に寄港するのは、高島海上交通のツアーだけ。 -
12<高島炭鉱と端島炭鉱>
1695年にこの島で鉱脈が発見されて石炭が掘られるようになり、その後、三菱が事業化して1986年まで操業していました。炭鉱というと「端島(軍艦島)」がすっかり有名になってしまいましたが、実は、高島にあった高島炭鉱がもともとで、端島炭鉱はその支鉱という位置付けです。高島 名所・史跡
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13<岩崎彌太郎銅像>
港の近くに三菱財閥の創始者「岩崎弥太郎」の大きな銅像がありました。三菱の発展は、彼の強力なリーダーシップと高島や端島などの炭鉱が生み出す莫大な利益によるといっても過言ではないでしょう。日本に、また彼のような人材は現れるのでしょうか?岩崎弥太郎之像 名所・史跡
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14<端島の模型>
屋根の下には、1/100サイズの端島の模型があります。ここで、ツアーガイドさんから15分ほど島の説明が行われました。 -
15<端島の模型>
操業期の端島の様子を忠実に表した模型。6回にわたって拡張をしてここまで大きくなったそうです。 -
16<島の西側>
赤丸は、「プール」。25mプールと幼児プールがありました。真水は貴重だったため海水を使っていたそうです。水泳大会は、大いに盛り上がったとのこと。
青丸は、「会社の事務所棟」が建ち並ぶ場所。ドラマの主人公「鉄平」は「勤労課外勤」という仕事で、鉱員の出欠勤管理や鉱員家族のサポート、治安管理を行う仕事だったため、島の北側の住宅エリアに職場がありました。
緑丸は、「ドルシックナー」。ドルシックナーとは、石炭やボタ(石)を分ける選炭装置です。 -
17<島の南側>
赤丸は、「ドルフィン桟橋」。昔も今もここから上陸します。
青丸は、「貯炭場」と「貯炭ベルトコンベアー」。精選された石炭はベルトコンベアーで貯炭場に蓄えられ、石炭運搬船に積み込まれます。
緑丸は、端島小中学校の「体育館(71号棟)」。2階建てで、1階は格技室と給食室、2階は体育館でした。 -
18<島の上部から東側>
青丸は、「鉱員社宅(30号棟)」。大正5年に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造りの高層アパートです。鉱員社宅として使われました。
赤丸は、「幹部用職員社宅(3号棟)」。見晴らしの良い高台にあり、風呂付きでした。ここには、鉄平の親友である「賢将」親子が暮らしていました。
緑丸は、「端島小中学校(70号棟)」。鉄筋コンクリート造りの7階建てで、1~4階が小学校、5・7階が中学校、6階には特別教室がありました。最盛期は、生徒数が1200名を超えていたそうです。 -
19<島の中央部>
赤丸は、「端島神社(1号棟)」。島民の心のよりどころである神社は島の一番高いところに造られました。ヤマの神である大山祇神を祀っていました。
青丸は、どちらも「職員社宅」。日がよく当たる建物は幹部用の社宅(3号棟)で、北側は社員用の社宅(14号棟)でした。主人公の鉄平は、3号棟の東隣にある職員社宅(2号棟)に住んでいました。
緑丸は、「鉱長社宅(5号棟)」。この島で一番偉い人である「鉱長」の社宅で、島にあった唯一の木造二階建ての一軒家でした。ドラマの後半では、沢村一樹さんが鉱長を演じていましたね。 -
20<島の北側>
緑色の屋根の建物は、「昭和館」という島唯一の映画館(50号棟)。 フィルムは福岡から直送されていたため、長崎市内より早く最新作が見られたそうです。
茶色の屋根の建物は、「泉福寺」という島唯一の寺院(23号棟)。寺は2階部分にあり、「和尚」をさだまさしさんが演じていました。1階は女子寮で、ドラマでは池田エライザさん演じる「リナ」が身を寄せていました。 -
21<坑内斜坑用人車(トロッコ)>
手前は、高島炭鉱や端島炭鉱で使われていた斜坑内を人を乗せて移動するための車。10人乗りのケーブルカーみたいな感じ。奥は、給水車。 -
22<2トン炭車>
掘った石炭を運ぶための車。約2トン積むことができたようです。 -
23<★世界遺産 高島石炭資料館>
高島炭鉱が操業していた頃に、坑内・坑外で使用していた機械や道具、高島町の古写真や民俗資料が多数展示されています。小さな施設ですが、ここも世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船」の構成資産の一つとなっています。長崎市高島石炭資料館 美術館・博物館
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24<炭鉱で使われていた機器類>
照明器具や通信機器、酸素ボンベなど実際に使われていた機器が展示されています。傷や汚れがあって生々しい。 -
25<塊炭>
「黒いダイヤモンド」と呼ばれる、非常に良質の石炭。
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26<松岩(ボタ)>
地中に埋没した樹木が炭化しなかったもの。非常に固くて採炭の邪魔になる。 -
27<純石炭>
「純石炭」と書かれた立方体をした大きな石炭の塊がありました。純石炭とは、石炭化の進んだ良質の石炭のこと。燃えるときにほとんど煙が出ない「無煙炭」や煙の出る「れき青炭」を指します。 -
28<端島神社 神輿>
2階には、端島の資料を集めたコーナーもありました。中心にあるのは立派な神輿。端島では、神社の祭りや運動会、文化祭などの行事はすべて全島をあげて盛大に行われていました。中でも、毎年4月3日に行われた大山祇神を祀る「山神祭」は、島民にとって最も重要な祭りで、その日は操業は行われず、大人たちが神輿を担いて島内を練り歩き、島は一日中歓声に包まれたそうです。 -
29<出航>
10時に再び船に乗り込みいよいよ端島へ。 -
30<中の島>
わずか10分ほどで丸っこい島が見えてきました。中の島は、端島より少し早く開坑された元炭鉱の島でしたが、坑内の湧き水に対処できず操業わずか15年で廃坑となってしまいました。その後は、桜が植えられたり、公園が造成されたりして全島が緑地公園となりました。また、端島で亡くなられた方の火葬場や墓地(納骨堂)としても使われていました。現在は無人島で上陸も禁じられています。ドラマでは、鉄平と朝子がボートでこの島へ花見に行きました。 -
31<★世界遺産 端島(軍艦島)>
あのシルエットは…。間違いなく軍艦島です。本当に「大和」や「武蔵」のような巨大軍艦のような姿でした。
「軍艦島」こと端島は、明治から昭和にかけて海底炭鉱によって大いに栄え、日本初のRC造の高層集合住宅や、東京以上の人口密度、軍艦に似た島の形など話題に事欠かない島でした。しかし、昭和49年の閉山にともない、全島民が島を離れてからは無人島となりました。
韓国の反対など紆余曲折がありましたが、2015年(平成27年)7月に端島炭坑を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコの世界文化遺産に登録されました。 -
32<端島(軍艦島)周遊見学>
各社のクルーズ船の上陸時間が決まっているため、その前に端島の周囲を反時計回りに回る周遊見学となります。
端島 名所・史跡
-
33<端島 東側(船尾部分)>
この大きな建物は、「端島小中学校」の鉄筋コンクリート造り7階建ての校舎。生徒の増加で後に付け加えられた7階部分は鉄骨造りだったため腐食が激しく崩壊していました。端島では建物が密集していて、普段の日当たりが悪いところが多かったそうです。そのため、子供たちが学校にいる間だけでもたくさん太陽に当たることができるようにと大きな窓が付けられました。木製の枠だったため、今では崩れ落ちてぽっかりと大きな穴が開いています。
※画面をクリックして拡大し、校舎の様子をごらん下さい。 -
34<端島 北東側(右舷後部)>
島の周囲を低速で航行しながらガイドさんの案内を聞きながら見学。
北側には鉱員用の高層社宅アパートがびっしりと建っています。操業時には、世界一の人口密度であったことがうなずけます。経年変化で島全体が真っ黒になっていてちょっと不気味。 -
35<端島 北側中央部>
鉄筋コンクリート造りであった建物はなんとか建っていますが、木造であった建物は完全に崩壊しています。写真中央部には、「昭和館」という映画館と「泉福寺」という寺がありましたが、今は瓦礫に。 -
36<撮影スポット>
「軍艦島」らしい姿を撮影できるスポットに向かうため、いったん島から離れました。本当に軍艦らしい姿だ。みんな一斉にシャッターを切ります。 -
イチオシ
37<モノクロ写真>
太平洋戦争中の軍艦らしく見えるようモノクロ画像にしてみました。
右側が船首でその後ろが二つの砲台、その後ろが艦橋と煙突…。旧日本海軍の軍艦「土佐」に似ているということですが、どちらかというと現代のイージス艦に似ているように思いました。
※画面をクリックして拡大し、迫力ある「軍艦」の姿をごらん下さい。 -
38<端島 西側(船首部分)>
約15分間の周遊見学時間が終わり、接岸準備に移りました。
ここは端島の西側。正面には崩壊の激しい「鉱員社宅(30号棟)」。左側にはまだ白さが残っている「鉱員社宅(31号棟)」。30号棟の後ろにある白い塔は、端島炭鉱の廃坑後に造られた灯台です。 -
39<釣り人>
岸壁に釣り人の姿が…。違法上陸か?よく見ると、釣り人の姿がちらほらと見えます。聞くところによると、世界遺産になる前は特に規制がなく、釣り人の瀬渡しを仕事にしていた方もいたとか。その人たちの生活もあるため、一部の業者には今でも瀬渡しが許可されているようです。しかし、波にさらわれたら命を失いそうな危険な釣り場ですね。
※画面をクリックして、イケてる釣り人をごらん下さい。 -
40<接岸準備>
左舷の人たちに右舷に移動するよう連絡があり、船員さんが慌ただしく接岸準備を始めました。おっ、いよいよか。ああ、楽しみだ。 -
41<上陸の条件>
上陸の基準をクリアした場合のみ接岸可能となり、上陸後はルートに沿って島の東側の一部を見学します。上陸基準は次の通り。
【安全基準】
・風速が秒速5メートルを超えないこと
・波高が0.5メートルを超えないこと
・視程が500メートル以上であること
・見学者が安全に下船できること
【その他の条件】
・安全誘導員が見学施設を安全に利用できないと判断した場合
・船長が安全に下船できないと判断した場合
・船会社が定める「安全運航基準」に基づき上陸不可と判断した場合 -
42<ドルファイン桟橋>
接岸する「ドルフィン桟橋」が見えてきました。端島に設置されたこの桟橋は、波の上下や潮の干満に合わせてタラップが上下する日本初の画期的な構造をしていました。しかし、台風で度々破損し、現在のものは1962年に造られた三代目です。 -
43<接岸>
10時半、桟橋にあるビット(係船柱)にロープが掛けられ接岸。 -
44<端島 南側(左舷前部)>
島の南側は北側と異なり岩山のような印象。山の上には、幹部用の社宅(3号棟)が見えます。左側の真新しいトンネルは、見学用コースのために造られたもの。端島炭坑 名所・史跡
-
45<軍艦島クルーズ船>
自分たちの前に上陸した船が島から離れていきます。この船よりもたくさんの乗客がいるようです。みんな手を振ってくれました。 -
46<そんな、アホな~>
接岸してから5分ほどたつのに一向に上陸の案内がありません。接岸しても船はけっこう上下に揺れています。「まさか…」と思ったとき、船員がビットのロープを外しました!!!
直後に、船長から「接岸し上陸を試みましたが、上下動が大きく皆様が安全に下船できないと判断し上陸を断念します」とのアナウンスが。
乗客からは、一斉に「え~」「そんな~」「まさか~」「うそだろ~」の声があがりました。天候はまずまず、接岸までして、前の船は上陸を果たしていただけに一番悔しい結果でした。ああ悲しい、ああ悔しい。 -
イチオシ
47<端島 南側(左舷前部)>
仕方ない、写真だけでも撮っておこう。
山の上には、鉄筋コンクリーで造られた端島神社の祠(本殿)が見えます。拝殿と鳥居は壊れてしまったそうです。
その右には、1500人の鉱員たちが暮らしていた島で最大の9階建て鉱員社宅(65号棟)。屋上には、保育園がありました。※画面をクリックして拡大してみて下さい。
その右には、端島小中学校の7階建て校舎。
岸壁近くには、船積み込み用ベルトコンベアーの支柱も見えます。 -
48<漁船>
島のまわりには何隻かの漁船。先ほど見た釣り人を乗せてきたのでしょうか?それとも漁をしているのでしょうか? -
49<遠ざかる端島>
みんな名残惜しそうに遠ざかる端島を見つめます。
きっと、日頃の行いの良くない人が乗船していたんだろなぁ。ああ、自分か? -
50<さらば、端島よ>
10時50分、端島の姿がどんどん小さくなる。いつか、上陸を果たせる日が来るのだろうか…。さらば、端島よ。 ああ、悔しい!!
※画面をクリックして、恨めしそうな人々の後ろ姿をごらん下さい。
「好日旅行2025 長崎への旅 part1『軍艦島』」は以上です。最後までごらんいただきありがとうございました。次は、「ハウステンボス」への旅行記をアップしたいと思います。よろしければ、ぜひごらん下さい。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ももであさん 2025/04/03 20:04:30
- ダイヤモンド
- オラも「海に眠るダイヤモンド」をガッツリ観ました。
偶然にもドラマ放映が公表される直前に軍艦島を
見学したので、超感情移入しながら観ました。
「ダイヤモンド」は、単なる宝石ではなく、軍艦島で
生きた人々の記憶や絆、鉄平のギヤマンに込められた
朝子への思いを象徴していたのでしょうね。
軍艦島上陸ならず...
残念でしたね。ぜひまたいつか。
- nanochanさん からの返信 2025/04/05 13:08:23
- 書き込みありがとうございます。
- ももであさん、こんにちは。
書き込みありがとうございました。今回の長崎への旅のメインが「軍艦島上陸」だったため、とても悔しい結果となりました。「見る」と「踏みしめる」の差は大きいですからねぇ。
先ほど、ももであさんの「猫目に光るダイヤモンド」を読ませていただき「仮想上陸」を果たしました。ありがとうございました。では、また。
nanochan
-
- @タックさん 2025/04/03 17:15:57
- 読ませていただきました。
- 詳しい旅行記ありがとうございます!
そして マジ残念です 忘れられない体験ですね ☆
@タック
- nanochanさん からの返信 2025/04/05 12:20:31
- 書き込みありがとうございした。
- @タックさん、こんにちは。
私の旅行記を読んでいただくとともに、書き込みまでしていただきありがとうございました。今回の長崎への旅のメインが「軍艦島上陸」だったため、とても悔しい結果となりました。「見る」と「踏みしめる」の差は大きいですからねぇ。
ところで、@タックさんはいろいろな所に旅行されているんですね。私もコロナ前は東南アジアを中心に海外に旅行に行っていたのですが、円安による価格高騰でなかなか海外に行けなくなり、近頃は国内ばかりです。次の旅行に@タックさんの旅行記を参考にさせていただきます。では、また。
nanochan
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