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2024年6月24日から7月11日までのスペイン旅行。カスティーリャ・レオン州のアビラ県を除く8県とリオハ、アストゥリアス、カンタブリア、バスクの5自治州にある主に西ゴート、モサラベ様式のロマネスク教会を巡る旅になります。

2024年スペインロマネスクの旅 アストリアス編2 オビエド (Oviedo)1

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2024/06/24 - 2024/07/12

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旅行記グループ 2024年スペイン旅行2

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2024年6月24日から7月11日までのスペイン旅行。カスティーリャ・レオン州のアビラ県を除く8県とリオハ、アストゥリアス、カンタブリア、バスクの5自治州にある主に西ゴート、モサラベ様式のロマネスク教会を巡る旅になります。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • オビエド市の北にある標高634mのナランコ山(Monte Naranco)。その中腹には、1985年12月にユネスコの世界遺産に登録されたアストゥリアス建築を代表するプレロマネスク様式の教会がふたつあります。<br />

    オビエド市の北にある標高634mのナランコ山(Monte Naranco)。その中腹には、1985年12月にユネスコの世界遺産に登録されたアストゥリアス建築を代表するプレロマネスク様式の教会がふたつあります。

  • 教会より800m程下った場所に公共駐車場がありますので、見学はそこから坂道を歩いて登る事になります。ちなみに乗り合いバスの停留所も同じ場所にあります。

    教会より800m程下った場所に公共駐車場がありますので、見学はそこから坂道を歩いて登る事になります。ちなみに乗り合いバスの停留所も同じ場所にあります。

  • 途中に噴水がありました。ここで道は左右に分かれています。右に進むとサンタ・マリーア・デル・ナランコ教会(Iglesia de Santa María del Naranco)、左に進むとサン・ミゲル・デ・リーリョ教会(Iglesia de San Miguel de Lillo)に出ます。どちらか迷った場合には右のサンタ・マリア教会への道をお薦めします。

    途中に噴水がありました。ここで道は左右に分かれています。右に進むとサンタ・マリーア・デル・ナランコ教会(Iglesia de Santa María del Naranco)、左に進むとサン・ミゲル・デ・リーリョ教会(Iglesia de San Miguel de Lillo)に出ます。どちらか迷った場合には右のサンタ・マリア教会への道をお薦めします。

  • サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会には、ガイドツアーの受付があります。写真に見える一階の扉口が受付です。一人5ユーロで、一組25名を上限としたツアーで30分コースで2つの教会を廻ります。

    サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会には、ガイドツアーの受付があります。写真に見える一階の扉口が受付です。一人5ユーロで、一組25名を上限としたツアーで30分コースで2つの教会を廻ります。

  • オビエド市内の眺望。

    オビエド市内の眺望。

  • この日のツアーは15分ごとに行っていました。なお月曜日は無料公開日となっています。

    この日のツアーは15分ごとに行っていました。なお月曜日は無料公開日となっています。

  • サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会は、考古学調査によりアストゥリアス国王ラミロ1世(Ramiro I de Asturias)の墓を収容するための追悼施設や離宮、別荘を目的とした建物として設計されたと考えられています。

    サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会は、考古学調査によりアストゥリアス国王ラミロ1世(Ramiro I de Asturias)の墓を収容するための追悼施設や離宮、別荘を目的とした建物として設計されたと考えられています。

  • 842年にアストリアス王国の首都郊外にあるナランコ山に建てられ、その建築はアストゥリアスのラミレンセ(ramirense)と呼ばれるプレロマネスク様式の芸術として評価されています。

    842年にアストリアス王国の首都郊外にあるナランコ山に建てられ、その建築はアストゥリアスのラミレンセ(ramirense)と呼ばれるプレロマネスク様式の芸術として評価されています。

  • つけ柱で補強された北面。

    つけ柱で補強された北面。

  • 内部は東西を三連のアーチで仕切られた3面の部屋で分かれています。

    内部は東西を三連のアーチで仕切られた3面の部屋で分かれています。

  • 写真撮影はフリーです。撮影しながらガイドの説明を聞いていきます。

    写真撮影はフリーです。撮影しながらガイドの説明を聞いていきます。

  • 獅子の刻まれた柱頭。

    獅子の刻まれた柱頭。

  • こちらの柱頭は犬のようです。

    こちらの柱頭は犬のようです。

  • 上部にレリーフ彫刻、その上は狩猟風景でしょうか。

    上部にレリーフ彫刻、その上は狩猟風景でしょうか。

  • 教会と名づけられていますが、当初の構造は夏用の離宮か、霊廟として使用さていたので、柱頭文様は教会のストーリ性のある物とは違い同じ文様で飾られています。

    教会と名づけられていますが、当初の構造は夏用の離宮か、霊廟として使用さていたので、柱頭文様は教会のストーリ性のある物とは違い同じ文様で飾られています。

  • 教会としての記述は1150年に初めて出てきます。

    教会としての記述は1150年に初めて出てきます。

  • ナランコのもう一つの教会、サン・ミゲル・デ・リーリョ教会の身廊崩壊が起こり、その後にサンタ・マリーア・デル・ナランコ教会の使用が言及されているからです。

    ナランコのもう一つの教会、サン・ミゲル・デ・リーリョ教会の身廊崩壊が起こり、その後にサンタ・マリーア・デル・ナランコ教会の使用が言及されているからです。

  • トンネルヴォールトの天井。

    トンネルヴォールトの天井。

  • 三連アーチで仕切られた西側の部屋。

    三連アーチで仕切られた西側の部屋。

  • 教義的な装飾は見られずもっぱら狩猟のモーチーフが刻まれています。

    教義的な装飾は見られずもっぱら狩猟のモーチーフが刻まれています。

  • 大きなアーチで解放部を確保しており、風通しのよい夏の離宮だという説に合点がいきます。

    大きなアーチで解放部を確保しており、風通しのよい夏の離宮だという説に合点がいきます。

  • 東側の部屋。

    東側の部屋。

  • ここには植物文様の柱頭があります。

    ここには植物文様の柱頭があります。

  • 上の写真の左側の続き、北面になります。

    上の写真の左側の続き、北面になります。

  • 同じ部屋の南側。

    同じ部屋の南側。

  • 下に主祭壇のテーブル。写っています。

    下に主祭壇のテーブル。写っています。

  • 教会として利用されていた時代の祭壇。装飾はありません。教会であれば本来この東部分は後陣祭室を形成しなければなりませんがそれらしき物は全く見られません。

    教会として利用されていた時代の祭壇。装飾はありません。教会であれば本来この東部分は後陣祭室を形成しなければなりませんがそれらしき物は全く見られません。

  • アニマルレリーフの柱頭。

    アニマルレリーフの柱頭。

  • 同じ柱頭の横の部分。

    同じ柱頭の横の部分。

  • 柱にはエンタシスが入っています。

    柱にはエンタシスが入っています。

  • こちらは西側の部屋になります。

    こちらは西側の部屋になります。

  • 北側のアーチ。

    北側のアーチ。

  • こちらは南側です。

    こちらは南側です。

  • 南西に移動して、

    南西に移動して、

  • 西側、階下はガイドツアーのオフィスになっています。

    西側、階下はガイドツアーのオフィスになっています。

  • 1階部分は倉庫の用に見えます。

    1階部分は倉庫の用に見えます。

  • 発掘調査の中でラミロ1世の追悼碑文が見つかったことから、1階に遺体が安置されていた可能性が指摘されてもいます。

    発掘調査の中でラミロ1世の追悼碑文が見つかったことから、1階に遺体が安置されていた可能性が指摘されてもいます。

  • 居住するフロアを上階に上げることで、夏の暑さを凌ぐに適しているとも考えられます。

    居住するフロアを上階に上げることで、夏の暑さを凌ぐに適しているとも考えられます。

  • 上階に登る階段はシチリアの宮殿にも見られる物で、宮殿的な作りが伺えます。

    上階に登る階段はシチリアの宮殿にも見られる物で、宮殿的な作りが伺えます。

  • もう一つのとサン・ミゲル・デ・リーリョ教会に移動します。

    もう一つのとサン・ミゲル・デ・リーリョ教会に移動します。

  • サン・ミゲル・デ・リーリョ教会は、サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会同時期に、宮殿に対する礼拝堂として建てられたと考えられています。

    サン・ミゲル・デ・リーリョ教会は、サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会同時期に、宮殿に対する礼拝堂として建てられたと考えられています。

  • 当初は三身廊を持つ大聖堂の計画でしたが、13世紀あるいは14世紀初頭に土壌崩壊により破壊され長さ内陣のみ残されたとされています。

    当初は三身廊を持つ大聖堂の計画でしたが、13世紀あるいは14世紀初頭に土壌崩壊により破壊され長さ内陣のみ残されたとされています。

  • 装飾された三連アーチ窓。

    装飾された三連アーチ窓。

  • アラバスター石ではめ込まれた2連窓。

    アラバスター石ではめ込まれた2連窓。

  • 残念ながら内部は撮影禁止になっています。

    残念ながら内部は撮影禁止になっています。

  • この写真は南からの眺めです。

    この写真は南からの眺めです。

  • 1850年に再建修復の再建が行われ、1885年に国家記念物に指定されています。

    1850年に再建修復の再建が行われ、1885年に国家記念物に指定されています。

  • 1985年には、ユネスコにより世界遺産に登録されました。<br />

    1985年には、ユネスコにより世界遺産に登録されました。

  • 西正面。内部にはフレスコ画、柱頭等が残されています。

    西正面。内部にはフレスコ画、柱頭等が残されています。

  • 東側。この教会は内部が必見ですので、ガイドツアーを利用した見学をお薦めします。

    東側。この教会は内部が必見ですので、ガイドツアーを利用した見学をお薦めします。

  • 駐車場に戻ってきました。時刻は午後2時を回っています。スペインではこの時間がお昼の始まりです。

    駐車場に戻ってきました。時刻は午後2時を回っています。スペインではこの時間がお昼の始まりです。

  • 市内に入りホテルのチャックイン。ホテルはユーロスター・ホテル・デ・ラ・レコンクエスタ(Eurostars Hotel de La Reconquista)。オビエド市内の中心地に位置する最高教ホテルです。改装中で特別割引がありましたので助かりましたが、ホテルの前景はテントで覆われています。

    市内に入りホテルのチャックイン。ホテルはユーロスター・ホテル・デ・ラ・レコンクエスタ(Eurostars Hotel de La Reconquista)。オビエド市内の中心地に位置する最高教ホテルです。改装中で特別割引がありましたので助かりましたが、ホテルの前景はテントで覆われています。

  • 地下にガレージがあり車を止めレセプションに移動します。

    地下にガレージがあり車を止めレセプションに移動します。

  • 18世紀の建物で、周辺にはショッピング街があり、サン・フランシスコ庭園(Campo de San Francisco)にも隣接しています。

    18世紀の建物で、周辺にはショッピング街があり、サン・フランシスコ庭園(Campo de San Francisco)にも隣接しています。

  • 広いベットルーム。

    広いベットルーム。

  • バスルーム。

    バスルーム。

  • このホテルに2泊しました。チェックインの後は昼食と市内観光です。

    このホテルに2泊しました。チェックインの後は昼食と市内観光です。

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