2024/08/10 - 2024/08/15
35位(同エリア163件中)
kasekunさん
- kasekunさんTOP
- 旅行記99冊
- クチコミ186件
- Q&A回答21件
- 100,387アクセス
- フォロワー48人
アイランドホッピングを終え、アフリカ大陸へ。どちらかといえばこっちが今回の旅のメイン。夏休みが長くなったので、いつかは、、、と考えていたインド洋の島国旅行を追加した感じ。
東アフリカはコロナ前にエチオピア→ケニアを訪問した。今回はその続き。当初は続きのケニアからタンザニアへの周遊を考えていたが、コモロからの航空券はタンザニア行きの方が安かったため、タンザニアからケニアへの周遊とした。
久しぶりのブラックアフリカ、、、身構えて行ったのだが、それほど治安は悪くないなと感じた。
-
8/10。14時頃にダルエスサラームのジュリウス・ニエレレ国際空港に到着。
見返したら到着時の写真は撮り忘れたみたい。
予定では
ザンジバルへ、最終フェリーで行こうと考えていたのだが、、、。
こんなにアライバルビザを取得する者が大勢いるとは思ってなかった。手続きも複雑。VISA申し込みに長蛇の列。で、銀行窓口で料金を払い、再度並んで入国審査。特に入国審査では何の質問もなく入国できたが、、、。タンザニアシリングをゲットし空港外へ出たのは既に16時を過ぎていた。もうフェリーには間に合わないな。ダラダラで町へ行こうと歩いてたら、タクシー運ちゃんが声をかけてきた。ザンジバルに行こうと思ってたけど、、、と話したら、まだ17時の最終便に間に合うかもしれない!、、、それじゃあ、お願いします。かっとんでフェリー乗り場に16時30分過ぎごろ到着したものも、残念!!明日の朝1番の7時発、帰りは明後日16時発の往復フェリーチケット購入。70ドル。+タクシー30ドル!(30ドル無駄に、、、)
教訓、タンザニアビザはめんどくさがらず事前取得が無難ですね。アライバルVISAは時間がかかります!(50ドル)
タンザニアVISA申請
https://www.jp.tzembassy.go.tz/services/category/visa-information
今はメンテナンス中?
※ザンジバル訪問には海外旅行保険義務化された模様、、、。在日タンザニア大使館情報によると、、、
ザンジバルへ渡航する際、2024年10月1日よりインバウンド向け海外旅行保険への加入が義務付けられました。
必ず下記の指定保険会社より申請の上ご渡航ください。
費用: US$44 (一人)
保証期間:最大92日
Apply from here: https://visitzanzibar.go.tz/ (Zanzibar Insurance Corporation)
Zanzibar Insurance Corporation Website: https://zic.co.tz/
旅行者から何が何でもザンジバル政府に安定的にお金を徴収しようとする魂胆かな?
夏に訪問しておいてよかった! -
で、フェリー乗り場の近くに宿をとり(ホテル名は忘れてしまいましたが、1泊40ドル。すぐ見つけられます)、さっそくこの旅のメイン、ローカル列車に乗車するため、予約しに行きました。
写真はタンザニアのローカル列車!走ってましたのでパチリ! -
駅はこっちでいいの?歩いている人に尋ねたら、○○◯か?あっちだ!とのこと。線路を伝って歩けば駅に着くはずと思ってたけど、方向間違ったみたい!
-
このタンザニア旅行の目的はタンザニアのローカル列車に乗って、最果てのキゴマという町に行き、そこからブルンジに向かうこと。タンザニア鉄道のホームページ見たら、なんだかネット上ではこの列車予約できないんです。
タンザニア鉄道
https://www.trc.co.tz/
キゴマへいく列車は週2便。火曜日と木曜日の朝8時発。なんとしてもこの列車に乗りたく、旅行日程を合わせました。出発前日の月曜日にはザンジバルから戻って来なければならないのです。 -
で、てくてくマップスミーを頼りにやっと駅に到着。入場時に荷物検査もある立派な駅でした。びっくり!電光掲示板もある!
でも、、、失敗!窓口で尋ねたら、キゴマ行きの列車はこの駅発ではないとのこと。この駅は最近完成したドドマ方面の高速鉄道の列車駅でした。てっきり同じ列車駅だとばかり思ってました。
次の機会にはこの高速鉄道乗ってみたいものです。 -
これが高速鉄道駅!サウジアラビア鉄道を思い起こさせる立派な駅でした。世界は高速鉄道建設真っ盛りの時代のようです。
-
で、またてくてくてくてく、、、。駅員さんから教えてもらったローカル駅にやっと到着!
-
駅といっても、こちらは吹きっさらしの駅でした。で、3日後のキゴマ行き列車(寝台)を予約しに行ったわけですが、、、どこで予約できるの?周りを見ても???
灯りがついてるちっちゃな建物があったので、聞きに行ったら、駅長さんが、、、。
チケット予約したい旨お話すると、「今日はもうダメ、明日来なさい。」とのこと。明日はザンジバルに行くんで来れないことを話すと、「明日の朝、ここに電話しなさい!」だって。電話番号を書かれた紙を渡された。
電話での英語会話、苦手です。表情もわからんし、何を言ってるのか聞き取りにくいし、会話がかぶってしまいがちだし、、、。まあ、やるしかない。やらなければ乗れない。
でも駅長さんに顔を売っておいたのがよかったようです。後日、何くれとなく、この駅長さんの計らいでスムーズにことは運んで行きましたから。
ザンジバルにはこの日行けなくなってしまったけど、駅長さんに顔を覚えられました、「災い転じて福となす、、、。」 -
段取りもおおむねつきまして、ホッと一安心。小綺麗なレストラン見つけて今夜のディナーです。
-
これがタンザニアでの初食事となりました。たしか1000円くらい。
-
8/11朝です。ホテルの朝食はあきらめ、この7時発のフェリーで世界遺産ザンジバル島のストーン・タウンを見に行きます。
-
片道35ドル。5500円くらい、、、高いですね。(後でわかりますが地元の方は30000シリング。1500円程) 外国人料金です。
-
ダルエスサラーム出港!
-
ダルエスサラーム、、高層ビルがそびえ立つ!コモロの首都モロ二とは大違いです。
-
なかなかの大都会です。人口500万人程。今は首都はドドマのようですが、実質上のタンザニアの首都。
-
さあ、出港!
-
-
フェリーはこれ。高速船ですね。
-
2時間程でザンジバル到着!
-
タンザニアは連合共和国。タンガニーカ共和国とここザンジバルが連合している形の国家。調べてみると、、、
「現在はタンザニア連合共和国に属する。人口は約107万人(2004年度)。1963年12月のザンジバル王国のイギリスからの独立と、翌1964年1月のザンジバル革命を経て同年4月にタンザニアに合流した後、アフリカ本土のタンガニーカから強い自治権を確保したザンジバル革命政府によって統治されている。」ウィキより。
港に到着後、アライバルカードを書かされ、入国審査を受けた。そしてパスポートに入国スタンプが押された。 -
さっそく世界遺産の町散策です。
-
港!
-
あっち側が歴史ある公園みたい。
-
路地裏、、、
-
-
-
-
まずは歴史自然博物館を見ていきます。
-
少し天気は、、、小雨が降ってきました。この旅行で雨に当たったのはザンジバルだけ。
-
お向かいは白亜のモスク?
-
博物館ではゾウガメも保護、飼育してるんだとか。ザンジバルにもいるんですね。
-
-
-
-
-
ザンジバル王国時代のスルタン。ザンジバル王国はオマーンのブーサイード朝の分家です。アフリカではなく、元はイスラム社会の一員だったようです。
-
-
マップスミーを頼りに散策してます。
-
歴史公園。
-
王国時代の建造物が、、、。詳細は割愛。
-
-
-
で、ここへ。ザンジバルではここを絶対見たかった!負の遺産、、、ガーナではケープコースト城、エルミナ城、あと、沿岸の小さな城全部見てきましたから、、、。(休日にこっそり公用バイクで回ってました)
-
ここは奴隷貿易の中心だった場所なのです。
初めてスレイブの写真を見ました。原住民たちをこんな風に奴隷狩りして連行していったとは、、、。 -
連行されて来たスレイブたち、、、
-
解説を読んでいくと、、、
自分はヨーロッパの白人達が奴隷狩りをしていたンだと思ってましたが、ここではイスラムの奴隷商人達が奴隷狩りをし、その奴隷達を白人達に売りこんでいたとのことでした。奴隷と武器との貿易。人類の悪行ですね。 -
奴隷の生んだ子は奴隷にされ、奴隷の再生産が続けられたとのこと。
-
江戸幕府の1639年の鎖国政策はみんなが知っている歴史事象。鎖国ではなく、スペイン、ポルトガルとの貿易を禁止しただけとの主張はありますが、、、。なぜ江戸幕府はオランダとの貿易だけは認め、スペイン、ポルトガルとの貿易は禁止としたのか?
信長は南蛮貿易(スペイン、ポルトガル)を盛んに行い、秀吉も、、、。が、突然、1587年、バテレン追放令を出し南蛮貿易は下火に、、、。ウィキを読む限り、色々な説があるようだが、その中に、
●ポルトガル人が日本人を奴隷として売買していたのをやめさせるため。
、、、というのがあった。
日本人も奴隷として海外に連れ出されている、そのことを知った秀吉は激怒しバテレン追放令を。あり得ない話ではない。
たしか中学生の時、対外貿易政策で、信長○、秀吉△、家康✕と、表に表し比較する勉強があったが、秀吉はなんで△なんだ?との疑問はあったけど、ふーん、そうなんだ、、、だけでスルーした。 -
改めて考えると、秀吉はスペイン、ポルトガルの野蛮さに気づいたのかもしれない。実際、メキシコにあったアステカ帝国は1521年滅ぼされ、南米大陸のインカ帝国は1572年、スペインの征服者達によって滅ぼされ植民地にされた。近場ではフィリピンが、、、。
征服者スペイン人ミゲル・ロペス・デ・レガスピ、、、1565年フィリピン総督となり、あっという間に、、、1571年にはマニラ占領。
日本をスペイン、ポルトガルから守った人物、それは秀吉ではなかったかと、、、。 -
スレイブ、、、お隣の国はセックススレイブという言葉を使い、旧日本軍が朝鮮人少女をあたかもあの連行されていく姿のように、強制的に、、、そう少女像を世界各地に建て、印象操作の宣伝活動を行っている。
碑文にはなんと書かれているか?
台座には英語で「第2次大戦中、日本軍は少女や女性を強制連行し性奴隷にした」と記されているそうだ。ヨーロッパの方々がイメージするのはあの写真の姿だ。
日本人が朝鮮半島に学校を建て、ハングルを普及させていった傍ら、少女たちをセックススレイブにする、、、絶対にあり得ない、、、。
子供の頃は「何て日本軍は悪いやつなんだ!」本当に自分もそう思った。だってそう教科書には載ってたから。(南京大虐殺なんか特に!) きっとk国の子供たちもそう思ってるにちがいない。そう教え込まれた大人たちが子供たちに伝えていく、、、。 -
側には教会もあった。彼らは何を祈っているのだろう。
-
ここが奴隷貿易の、、、。
-
鎖に繋がれたスレイブたちの像。こちらは虚構の像ではない。本当に人類が行った蛮行、、、。
-
多くのヨーロッパから来た方々がここを訪れていた。彼らは何を思うのだろう?
すみません、、話が飛んじゃいました。なんか見てたら色んなことを考えちゃいました。職業柄でしょうか、、、。 -
で、ランチ!
この辺はコジャレたお店がたくさん。これはフルーツとスパイスのジュース! -
なんか、麺料理が食いたくて、、美味しくいただきました。
-
こんなお店でした。
-
さて、今夜の宿を探しに、、、。歩き方にあった安宿を探しに、マーケットの近くに。
-
この辺の路地裏にあるはずなんですが見つかりません。コロナ禍でなくなったのかも?
雨足が強くなってきましたので雨宿り! -
マップスミーにあった安宿を探してたら、、、発見!地元の方に教えてもらいました。旧市街にあるマーケットホステル。すぐそこに大きなマーケットが広がってる。でも見つけるのはかなり難しい。何にも表示がない。1泊50000シリング。(20ドル程、個室Wi-Fiあり)マーケットにも近いし便利かも?
-
ここが今日の宿です。路地裏にあり、看板もなければ、ホテル名も何もないホステルです。絶対1人では見つけられない、、、。
※思い出しました。ここで、勇気をもって昨日の駅長さんに電話しました。「昨日会った日本人です!、、、」駅長さんは覚えていてくれました。やっぱり話は噛み合わなく予約できたかはわかりませんでしたが、、、 -
さて、宿も見つけられたし、、、少し休んでまた町歩き再開です。雨も上がりました。
ここは歴史公園近くにあるスルタンパレス。改装中かなんかで中には入れませんが、外周は見学可能とのこと。ガイドに料金払って見学!
これは -
最後のスルタン、ジャムシード・ビン・アブドゥッラーの愛車だったそうです。
-
ホコリまみれ、、、。
ちなみにウィキによれば、
ザンジバル王国
「ザンジバルは、1963年12月10日にザンジバル王国としてイギリスから独立したが、その支配層は少数派のアラブ人であり、多数派であるアフリカ人にとって不公平な制度のまま独立した。独立後最初の新年を迎えた直後の1964年1月12日、ペンバ島のジョン・オケロ率いる武装勢力がクーデターを起こし、王政を打倒。アフリカ人政党であるアフロ・シラジ党 (ASP) が実権を握り、ザンジバル人民共和国を成立させた(ザンジバル革命)。その際に新たな統治機構として設立されたのが、ザンジバル革命政府である」
革命で最後のスルタンはイギリスに亡命したようです。
「オケロはスルターン・ジャムシード・ビン・アブドゥッラーに家族を殺害して自殺するよう要求したが、スルターンは家族・政府閣僚と共に脱出し、イギリスへ逃れた。」とのこと。
慌ただしく脱出したようです。 -
パレス!
-
-
こちらにも多数ホコリまみれの車が、、、。
-
扉、、、イスラムの国は扉に独特の装飾を施すようです。
-
このパレスのガイドさん、ツアー勧誘に熱心。奴隷貿易の島には行かないのか?スパイスツアーはどうだ?、、、特に明日の予定はなかったので、勧誘に乗り、仮予約。「明日の朝、また9時にここで!」そんな約束したんですが、、、。
-
ここも見所の1つだが、改装中!
-
ザンジバルの海!
-
-
-
-
-
芸術。
-
旧イギリス領事館。
-
砦!
-
-
-
ここは砦の中、今はお土産屋、音楽活動、、、なんかに使われていました。
-
お誘いに誘われ、練習曲をしっかり聞いちゃいました。
音楽活動できるなんて、、、。
※ガーナの公立小学校では芸能教科はたった1つ。それは体育。しかも年中サッカーばかりの体育です。音楽、図工なんかありません。 -
-
-
-
これはなんで撮ったんだろう?
-
世界遺産ザンジバルのストーンタウン歩き回ってます、、、。
-
これが散策には欠かせない、タンザニア国産の安いジュース。お世話になりました。
-
近くには教会もありました。
-
ここは「歩き方」に載ってた所。気になったので、歩き方の地図を頼りに訪れてみました。マップスミーにはもちろん表示されませんので、、、。
-
からゆきさん
「19世紀後半、日本の貧しい農民の島々は、からゆきさんとなった少女たちを太平洋や東南アジアに送り出した。九州の火山性の山地は農業に不向きで、両親は娘を長崎県や熊本県の女衒に売り渡したが、5分の4は本人の意志に反して強制的に売買され、5分の1だけが自らの意志で売られていった。売春婦にさせる為に売られた女性たちは、長崎や熊本から中国、香港、クアラルンプール、シンガポール、フィリピン、ボルネオ、タイ、インドネシアなどアジア各地へ、またシベリア、満州、ハワイ、北米(カリフォルニアなど)、オーストラリア、アフリカ(ザンジバルなど)に送られた。」ウィキより -
ここに日本の女性たちが暮らしてたようです。
-
異国の地でどんな生活を送ってたんでしょう?
-
今夜のディナー!ブラブラしてたら、昼間に行った店がたまたまあったので、またそこで、、、。カレーを。何度も言いますが、自分カレー伝道師です。
-
この日はここまで。そうそう、これ。左がタンザニア入国スタンプ。右がザンジバル入国スタンプ。ザンジバル政府はあくまでも連合ということを主張したいようです。
-
8/12 朝、、、寝坊しちゃいました。もう9時を過ぎてます、、、。仮予約しておいたツアーは、、、。今日は自力で近場のオールドパレスを見て回る。そして17時のフェリーでダルエスサラームへ。(いつの間にか頭の中では17時発になってました) おっちゃんごめんなさい!
-
宿のベランダ!自分の憩い(喫煙)の場所、、、、
-
朝飯。実はまたまた同じ店に、、、。若い頃に行ったベトナムのフエでは同じ飯屋に毎回通い、顔を覚えられました。すると、店の主人に「俺の娘を嫁にもらってやってくれー!」なんて、、、娘さん真っ赤になって赤ら顔!
歳とってもこんなことはよく覚えてます。
残念ながら今回は何もありませんでした。 -
ダラダラ見つけにてくてく歩いてたら、学校を見つけました。
-
ちょっと覗いて見たら、他の旅行者も、、、 、
-
ダラダラ見つけて、ストーンタウン北側へ向かいます。
-
到着!マップスミーに出てたオールドパレス。(歩き方には掲載されてません)
-
北側にはいくつかザンジバル王国時代のパレスが残ってるんだとか、昨日ガイドのおっちゃんが話してたスパイスツアーの一部を自力で回ってます。
-
パレスからの風景。
-
ガイドの方。こちらの方もツアー売り込みに積極的でした。
ここから船で奴隷の島に行けますよ!とか、ダラダラでは行けない別のパレスにも自分のバイクで送りますよ!とか、船作りの村も訪れましょう!とか、、、。何とかツアーに引き込もうと売り込んできました。 -
ザンジバルの王様が住んだパレスの中、、、。比較的新しいパレスのようで、水洗トイレ、バスタブ完備!不思議に思って聞いてみたら、革命後、ここの大統領が別荘として使ってたんだとか、、、。
-
ガイドさんによれば、これは日本からの贈り物だとか、、、
-
-
-
-
-
最後の王の娘さんだとか、、、。
-
ドイツ人と結婚したらしい。
-
-
-
-
という感じで、1つ目のパレス見学終了!
-
さて、ここからは南の方へ、、、。
-
今回はこれで水分補給。メイドインタンザニアです!
-
こんな道をてくてく、、、。
-
で、2つ目のパレス到着!
-
-
-
-
ここは古いパレスでした。朽ち果てている遺跡みたいなパレスでした。
-
-
-
これは、、、トイレ!
-
このガイドさんと回ってます。
-
以上、今日の2つ目のオールドパレス終了!
-
引き続きてくてく、、喉が乾いたので、久しぶりにココナッツ!
ドミニカ共和国のように、つめたーいココナッツなら最高なんだけど、、、。 -
3つ目のオールドパレス到着!
-
マルフビパレス!
-
ここはガイドさんは遠慮して、、、。鍵をもらい自分で開けて入りました。
-
-
ここも遺跡ですね。
-
-
-
-
-
-
近くに船を造ってる所があったので行ってみました。前のガイドが話してた船を作ってる村ってここ?
-
-
以上、ザンジバル近郊の3つのパレス、遺跡観光終了!
-
てくてく歩いてフェリー乗り場へ!
-
ストーンタウンに戻ってきました。途中、オレンジ売り見つけたんで、購入!ガーナではよくお世話になったオレンジ(現地語ではアンカと言います)、、こちらでも皮むかれて売られてました、
-
さて15時30分頃に戻って来たんで、まだ17時発には時間が、、、。
-
優雅にアイスコーヒー飲んでフェリーの出港を待ってたんですが、、、。
-
ここはイギリスのロックバンド、クィーンのフレディ・マーキュリーのお店でした。
-
どんな関係があるのかは知りませんが、、。彼はザンジバル出身だそうです。
16時をちょっと過ぎたのでそろそろフェリー🚏へ、、、 、 -
で、、、やっちゃいました!!余裕もってフェリー乗り場に来たと思ってたら、、、
係の方にチケット見せたら、「ダッシュしろ!」と。え、、、。孟ダッシュしました。
よくチケット見たらフェリーは16時発と書かれてました。17時発と思い込んでた自分でした。
、、、結局、間に合わず乗船ゲートは閉められ、35ドルのチケットはパー!
何とかならんか?今日中にザンジバルに行かんと明日の列車に乗れん!
16時30分発の別の会社の最終便、これに乗れれば何とか間に合う!どうやら満席のようで、、、
結局、この係の人が何とか地元民価格30000シリングでチケット購入し、乗船時にはごまかしてくれました!(もちろん料金は外国人価格35ドル+チップ!)痛い出費となりましたが、自分のミスです。お金にはかえられません。
またまた地元の方に助けてもらいました、、、。
写真はこのチケット!自分のチケットではありませんが、、、(到着したら見つかっちゃうんじゃないか?と多少心配してましたが、チケット見られることはなかった!) -
さらば!ザンジバル!
-
町歩きで買った残りのオレンジ食っていきます!
-
フェリーはこんな感じ。
-
ダルエスサラームに到着しました。よかったよかった。すったもんだあったけど戻ってこれました。
-
さっそく、駅へ向かいます。
-
-
明日朝出発に備え、駅の周辺の宿に泊まろうと、探して見るものの、数件回ってどこもかしこもフル!
考えることはみんな同じですね。
で、ローカルフードで、今夜のディナー!タンザニアの一般の方はこんな夕食を食べてるようです。(内臓系スープ。骨をコンコンとテーブルにぶつけて骨髄をすすってました。これが一番うまいんだとか!) -
一緒のテーブルの方が飲んでたしぼりたてのサトウキビジュースも頼んでみました。
冷たくてウマーい!
何とはなしにこのテーブルで一緒になった地元の方々(写真は撮りませんでしたが)と話が弾んで、楽しい食事となりました。
(タバコ吸ってむせてたら、、、「タバコは健康に悪いよ!」「1日何本吸ってるの?」「1日1本ずつ減らして、明日は◯本、次の日は◯本、、、やめたら健康な体になれるよ!」、、、だって!「私は食べ過ぎて太っちゃったけど、、、」、、最後は大笑いしちゃいました。 -
ここは駅。予約できたのか、駅長さんに会いに行ったら、ちゃんと覚えていてくれました。明日の朝チケット渡してくれるとのこと。無事乗車できそうです。しかも「よかったら朝までこの建物のソファで、寝ていいよ!」とのこと。しばらくお言葉に甘えてゴロンとしてたんだけど、暑さと蚊の攻撃にギブアップ!で、やっぱり定番の、、、。お仲間も大勢いましたので安心。夜風が気持ちよく、グッスリできました。
明日はキゴマ行きローカル列車にちゃんと乗れるかな?
長くなりましたので、ここまで。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
-
前の旅行記
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅6 コモロ編
2024/08/09~
モロニ
-
次の旅行記
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(タンガニーカ) 編②
2024/08/10~
キゴマ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅1 セーシェル編
2024/07/28~
プララン島
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅2 モーリシャス編
2024/07/29~
ポートルイス
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅3 マダガスカル編①
2024/07/31~
その他の観光地
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅3 マダガスカル編②
2024/07/31~
アンタナナリボ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅4 仏領レユニオン編
2024/08/05~
サン・ドニ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅5 仏領マヨット編
2024/08/06~
マムズ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅6 コモロ編
2024/08/09~
モロニ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(ザンジバル)編①
2024/08/10~
ザンジバル
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(タンガニーカ) 編②
2024/08/10~
キゴマ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅8 ブルンジ編
2024/08/15~
ブジュンブラ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅9 ルワンダ編
2024/08/17~
キガリ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅10 ウガンダ編
2024/08/20~
ジンジャ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅11 ケニア編
2024/08/22~
モンバサ
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (3)
-
- kasekunさん 2024/09/29 10:28:06
- コメントありがとうございます!
- 先日起こった事件、何の罪もない日本人の少年が殺されてしまいました。何なのでしょう。やりきれない気持ちでいっぱいです。
自分の初の海外旅行は中国でした。35年程前、、、その時の中国は貧しくてきっと終戦直後の日本ってこんな感じだったんだろうな、と思うほど。列車旅(硬座)いっぱいしましたけど、自分が日本人だとわかっても、あれ食え、これ食え、、中国語を教えてもらったりと、人々からの悪意は全く感じられませんでした。モンゴルから北京への列車旅でも、同室となった王さんという方に集寧南という駅で乗り換えした方が早い、と教えてもらい、一緒に北京まで。王さんのマンションにうかがったり、甥っ子の金さんに北京を案内してもらったり、、、、。その後も何度も中国へ、、、。
経済発展するにつれ、段々と変化が見られ始めました。上海からの鑑真号で帰国する時、中国人の成金おじさんと一緒になったんですが、「日本の女はいい!大金見せればすぐホイホイついてくる!」こんなことをぬかしました。
これからもっともっとこんな悲しい事件が増えるんじゃないかと危惧しています。真実を知らない反日教育だけで育った中国、韓国の方が大人になり、そして今、経済が悪化の状況では、日本への恨みつらみが肥大化するのではないかと。
歴史教育ってホント大事だと思います。何年前かは忘れましたが、韓国のご老人が「日本の統治はそんなに悪くはなかった!」と発言し、若者に撲殺されたという事件があったと記憶してます。歴史がねじ曲げられ、肥大化した結果です。
西洋諸国の植民地支配に異を唱え、アジアで唯一立ち向かった日本。まだ数十年しか経っていませんが、人種差別は悪いことなんだ!となる今の世界をつくりあげるきっかけをつくった日本。子供たちにはそうしたことを伝えていきたいと思ってます。
でも、、、この事件、日本人の反日勢力の存在も原因だと思ってます。慰安婦問題なんか特にそう、、、。誰もそんなことがあったの?という中で、朝日新聞が捏造し、事件を肥大化させた。
反日教育、、、やっと今は日本の中の反日教育、下火になってきましたが、自分が若い頃にはバリバリでした。卒業式近くになると、日の丸反対!君が代反対!それが今では、いいんじゃないの?そんな感じ、、、。なんだったんでしょうね?あの運動は?(自分もその一員でしたが、今は脱退してます!)
すみません、愚痴をこぼしてしまいました。
※名前、ホントですね。まあ、そんなに誰も見ないだろうから、、、。
コメントありがとうございました。
-
- エフサさん 2024/09/28 08:27:51
- 反日教育、なんとかしてほしいですね
- 先日、隣国で登校中に日本人児童が刺殺されると言う痛ましい事件が起きました。
その国は小学校から反日教育を開始して、先ずは当時日本兵が行った残虐行為の写真、フィルムなどを使い日本の恐ろしさを視覚で教え込むことから始めます。
親御さんには事前に実施日を伝えてあり、帰宅した児童の心のケアに配慮するよう通知がされるのだとか。
子供達の中にはそれがPTSDとなり数年に渡り、夜泣きが治らない子もいるらしい。
私もそのフィルムの一部を見ましたが、銃剣で刺し殺す、日本刀で介錯する、生き埋めにする。かなり残酷なものもありました。
まだ幼い子供達の心に傷をつけて反日感情を刻みつける。三つ子の魂百までです。
だから大人になっても日本を憎む人はいる。これはもう理屈や正論で議論してもしょうがない。
そんな中、痛ましい事件に心を痛め、涙を流しながら花を手向けてくれる人がいる。その人は立派な方だと思います。
そんな人もいらっしゃるんですね。
こんなこと書いて良いものやら迷いましたが、旅行記の一節を読ませていただき、常日頃思っていることを書かせていただきました。
土曜の朝っぱらからすいません。
- エフサさん からの返信 2024/09/28 10:08:17
- Re: 反日教育、なんとかしてほしいですね
- すいません、コメント都合悪ければ削除ください。
それと乗車券、NAME載ってます。大丈夫でしょうか。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ザンジバル(タンザニア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ザンジバル(タンザニア) の人気ホテル
タンザニアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
タンザニア最安
619円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
旅行記グループ 2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅
3
160