2024/08/09 - 2024/08/10
5位(同エリア18件中)
kasekunさん
- kasekunさんTOP
- 旅行記99冊
- クチコミ186件
- Q&A回答21件
- 100,264アクセス
- フォロワー48人
インド洋諸国アイランドホッピングの旅も最終。最後は1975年フランスより独立したコモロ連合。いったいどんな国なのだろう?
航空機の遅延で滞在はたった20時間となってしまった、、、が、予想通りのコモロだったという印象でした。
日程
●8/9 仏領マヨット発14時頃ーコモロ(モロニ)着15時頃
●8/10 モロニ12時50分発ーダルエスサラーム14時05分着 TC211 (エア・タンザニア)
-
8/9 午後2時頃
このEWA航空にてコモロへ。
ウィキによれば
人口85万人程。モーリシャスや仏領レユニオンとほぼ同じくらいの国。グランドコモロ島(ンジャジジャ島)、アンジュアン島(ヌズワニ島)、モヘリ島(ムワリ島)の3つ島で構成されている連邦共和制国家だそうだ。
今回は首都モロニのあるグランドコモロ島のみの訪問。しかも航空機の遅延で滞在20時間。
でも、他の旅行者さんの旅行記見る限り、期待は全然していなかった。20時間でちょうどよかったかも、、、。(初めからシーラカンスの剥製見れればいいかなって感じでしたので) -
15時頃、プリンス・サイード・イブラヒーム国際空港に到着。写真、見返したら到着時の写真はなかった。そう、航空機の遅延で本当に慌ただしい訪問となってしまった。
なんと、アライバルビザがコンピューターの不具合?で発給にかなり待たされてしまったのだ。1人前のパスポートにはカッコいい?VISAシールが張られていたのに、自分のパスポートには、、、1時間程別室に待たされ(フランスからの旅行者カップルと一緒に)、コンピュータの復旧を待つものも、結局復旧できず手書きのビザに。ちなみにビザ代は30ユーロでした。ただでさえ遅延なのにさらに遅延。やっとVISAが発給され入国できたものの、この小さな空港には銀行がなかった!
え、、、?まわりの人に「バンクは?」と聞いてみるものの「ない!」とのこと。初めてでした。空港に現地マネーに両替できる所がない国なんて。
時間もないので、仕方がなく、町まではタクシーで。タクシー料金を聞いたら、30ユーロ(5000円程)だとか!タッケー!!
一緒にVISA待ちしてたフランス人カップルにシェアしないかと試み、1人10ユーロにはなったけど。
(たまたまVISA申請する時、ホテルを聞かれ、同じホテルだということがわかったので、声をかけてみたわけです。)
写真は本日のホテル!レタージ・モロニ・ホテルです。1泊11000円程。着いてびっくり!コモロの中では、ドアマンがいる高級ホテルのようでした。(何も考えず、トリップコムのお薦めのままにホテル予約しちゃったので、、、普通のホテルだとばかり思ってました) -
ホテルの部屋はこんな感じ!昨日は野宿したのもあって、すんごく豪華に感じられます。
-
さて、日も落ちてきました。明日の午後1時にはタンザニアへ飛び立つので、もう町を見る時間も少ないわけです。チェックインしたらすぐモロニの町へ繰り出してみました。
-
これがコモロ連合の首都モロニ!この写真見てどんな印象を持ちますか?
空港からホテルへの道すがら、首都の人々の様子、町の様子を眺めてきましたが、、、、ここは、セーシェル、モーリシャス、マダガスカル、レユニオン、マヨットと比べると、、、一言でいうなら、、、貧しい、、、失礼ながらそんな印象を持ってしまいました。(あくまでも1個人の印象です!) -
普通の町なら、こんなものかなあ?と思いますが、ここは1国の首都なんです!何か柵に囲まれた立派な白い建物はありますが、その回りは???貧弱なんです。清潔感が全く感じられないのです。
-
-
-
町の中心にある港へ行ってみました。
ほー!夕焼けが綺麗じゃないか!とは思うものの、、、周囲は、、、。 -
子どもたちは泳いでますが、、、
-
港は、、、んー、、、。
-
船が、、、。
-
沈没、、、してる、、、。
-
モスクはあるけど、、、
-
これが首都の重要な港、、、。
-
皆さんの旅行記から予想はある程度してたけど、、、
-
フランス領として残留を選択したマヨット、一方、ここコモロ連合は独立を選択した。
-
堂々とイスラムの教えを守るお国柄になったとはいえ、、、
-
現実は、沈没した船も引き上げられない現状。
-
ガーナに住んでた時、考えたことがあります。途上国と先進国の大きな違いは何かを。
-
アフリカ(ガーナ)に渡る以前、自分のイメージでは、何もないんだろうな、電気もなく井戸水で過ごすしかないんだろうな、、、と。
でも、行ったら違ってました。立派なホテルはあり、クーラーの効いた涼しい場所で優雅にコーヒーが飲めました。中華料理もベトナム料理も小綺麗なレストランで食べることができました。但し、それは首都アクラで、そして第2の町クマシで、、、。
自分はバイクで村の小学校を巡回してたのですが、村にはもちろんそんなものはありません。水道もありません。電気もありません。イメージ通りでした。 -
先進国では田舎でも最低限のインフラがあり、それほど生活に困ることはありませんが、途上国では田舎にはその最低限のインフラさえないのです。享受できるのは首都と大きな町だけだったのです。
-
これが途上国と先進国の大きな違いなのかなと考えてしまいました。
-
ここコモロでは、、、。宿泊するホテルでは優雅な一時が楽しめそうな雰囲気でした。でも1歩、町へ繰り出すと、、、、あれれ?、、、。
町も暗いのです、、。 -
もう少し、町を散策、、、。ここは町の山側にあったモスク!アラビア文字がありました。
-
もちろん入りませんが、中の様子をパチリ!
-
地元の方の心の拠り所、聖なるモスクです!
-
一心に祈っておりました。イスラム国家でした。
-
港近くの路上では今日取れたような新鮮な魚が所狭しと、売られていました。大きなマグロも解体しながら売られてました。ここは首都モロニです。
-
政府関連の建物は煌々とまばゆい光で照らされています。
-
でも周囲は、、、暗い、灯りがない、、、。
-
もうひとつ煌々と灯りが照らされた場所に戻ってきました。今夜のホテルです。夕食を町で食べようと考えていましたが、飯屋は、、あまりにも見つからない。ないわけではありませんが、なんでか地元の方が食べてる物を見ると食欲がわかないのです。
食に全然うるさくはない自分ですが、こうも暗い町だと食欲は減退してしまうようです。
で、今夜はホテル内のレストランでビュッフェを食べました。 -
たいした物は置いていませんが、これがコモロで食べた初の食事となりました。お値段、、、すっかり忘れてしまいました。
-
食べ終わって暇なので、このホテルを散策。
、、、今日はこのホテルで何か催し物があるようで、何があるのか見ようと会場に入ろうしたら、係員に止められてしまいました。何か重要な催し物のようです。次から次へと、正装した人たちが車でこのホテルへ、そしてその会場に入って行きます。会場には大きなモニターがあり、スピーチの様子や歌い手の表情を写し出していました。もしかして、独立記念式典?そんな感じの様子でした。とにかく、このホテルはこの国では由緒あるホテルなのだということはわかりました。 -
ホテル入り口にある絵画、
-
これがホテル入り口、、、。綺麗なお姉さん2人が来客者たちを出迎えていました。(今思えば写真を撮っておけばよかった!)
※因みにこのイベント、途中、停電となり催しも中止?となってしまったようです。 -
ホテルの周辺は、、、真っ暗です。
-
この写真はなんだろう?思い出せません。
-
ホテルのロビー。、、、コモロの町とは別世界です。
-
そうそう、忘れてました。町散策から帰って来る途中にスーパーがありまして、入ってお買い物!
この国の謎が1つ解けました。スーパーではコモロフランという現地の通貨で商品のお値段が全て表示されていました。自分、1フランも持っていないわけでして、、、買い物出きるのか?という疑問を抱いておりました。店の巡回員に尋ねてみると、、、通じたのかはわかりませんが、ユーロで買えるみたいなのです。で、この大好物のマンゴージュースをユーロ紙幣で買ってみました。すると、レジの方、驚く様子もなく、お釣りをコモロフランで渡してくれました。
ということで、どうやらコモロフランという現地通貨。カンボジアのリエルのような存在なのではないかと、、、。つまり、ユーロも使える、コモロフランも使える、、そんな風に感じましたが、どうなんでしょう?空港に銀行や両替所がないのはこういうことなのではないかな?と、、、。
ちなみにスーパーの商品、どちらかといえば高かったです。外国からの輸入物が多いように感じました。このマンゴージュースもたしか500円ぐらい、、、。
(追記)
ウィキでコモロフランを調べたら、ユーロとは固定相場制をとってるんだそうです。
1ユーロ=491.96775コモロフランだとか、、、。納得! -
8/10です。この日朝食食べたのか既に忘れてます。
今日は12時50分にタンザニアに出発する予定。11時頃には空港に到着しておきたいので、朝から急ぎ足でモロニ観光です、といっても、目的地は1つ。国立博物館です。この博物館にあるシーラカンスの剥製を見るためです。
歩き方の地図を頼りにてくてく探しました。(マップスミーにコモロの地図がダウンロードされなくて、、、写真データが大きくなりすぎた?) でも、ここは本当に見つけづらい所ですね。近くの人に聞くものの、知らないらしい。あっちに行ったりこっちに行ったり、、、。たまたまいた建物のガードマンさんに聞いたら、知ってるようで、「あっちにあるよ!」と、指差して教えてくれました。で、指差した方に行って探すわけですが、、、ガードマンさん、心配してくれたようで、後ろから追っかけてきて、一緒に連れてってくださいました。ただ、表示こそ発見できましたが、またそこから裏手の方に、
、、。絶対1人では見つけられない、、、。で、料金払ってガードマンさんと一緒に入場。(ガードマンさん、最後まで付き合ってくれました。親切な人で感謝感謝!)
客は自分とガードマンさんだけのちっちゃな博物館?(博物館とはとても言えない博物館!)。シーラカンスは?、、、いました!写真が生きた化石のシーラカンスの剥製です!
※入場料1000コモロフラン。 -
右に写ってるのが、親切などこかのビルのガードマンさん。(写真は承諾済みです。) シーラカンスの剥製と記念の1枚!
これで、コモロの目的達成しました! -
シーラカンスの骨!
-
シーラカンス!
ウィキによれば、、、
絶滅したとずーっと思われていたシーラカンスは1938年に南アフリカでとらえられ、そして、1952年、ここコモロ諸島でも発見された、、、。昔の化石と捕らえられた現代のシーラカンスにはほぼ差異がなく、「生きた化石」と呼ばれるようになった、、、。 -
-
改めて、、、これがシーラカンスの剥製!
この写真、ピンぼけてますが、反対側はガラスが元々曇ってます! -
他にいる生物も、、、。これはコウモリ!マヨットで見たあのコウモリかな?
-
これも?
-
この写真はコモロ諸島4つの島の王族の写真。
-
どの写真がどの島の王族かは忘れちゃいました。
-
それぞれが別の王国だったようです。
-
これはたしかマヨット島の王族だと記憶してるが違ったか?
-
博物館から見たモロニの町。
-
この博物館、建物の一画にある小さなミュージアムなんです。この部屋は空き室。
-
その奥が博物館入り口。ね、何にも表示ないんでわからないでしょ!
-
ここが博物館だという表示。上の方に小さく文字で書かれてるんで、わからない!
もっと大きく見やすくした方がいいと思うんですけど、、、。
まあ、シーラカンスの剥製、見れたんで満足ということにしておきましょう!
それにしてもガードマンさんに感謝です! -
で、そろそろ空港へ行かなければ、、、。空港行きの乗り合いタクシーを探したんですけど見つからず、、、、
-
この辺にあるんじゃないかなと、推理して探すものの見つからず、、、。
-
結局、タクシーで、空港へ。
※値段交渉、スマホの電卓使って「空港までいくら?数字押して!」と、値段交渉したにもかかわらず、降りるときにひと悶着。ずいぶん安いなあと、思ってたら案の定、、、。よくわからないけど、若者ドライバー、何を勘違いしたんだろうか?英語の話せる人に電話して、言いぶんを伝えようとするけど、???何を言いたいのか全くわからず。もう、、、めんどくさいので、出発時刻も迫ってたので、追加5ユーロ払っておりました。(怒ったふりをして) -
で、エアタンザニアで、次の目的地タンザニアへ!
-
コモロ、、、滞在時間は短かったものの、なんだか今まで訪れた国の中で1番貧しい国のように思ってしまいました。
-
ホテルは別世界で豪華ではあるけど、首都にしては???
-
独立するにはまだ早かったのでは、、、マヨットの選択が正しかったのでは、、、。
-
とりあえずもう少しインフラが整うまでフランス領のままでいて、時期が熟したならば独立への道を選択してもよかったのでは、、、。
-
でも、選択するのは住民、住んでいる人達が決めること。とやかく外部の人間がほざいても仕方のないこと、、、、。
-
うまく言い表せませんが、本当の価値が見いだせないで、何かもがいているような感じがしたコモロ連合でした。20年後ぐらいにまた訪問したいなと思ってしまいました。(もうこの世にはいないと思いますが、、、)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
-
前の旅行記
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅5 仏領マヨット編
2024/08/06~
マムズ
-
次の旅行記
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(ザンジバル)編①
2024/08/10~
ザンジバル
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅1 セーシェル編
2024/07/28~
プララン島
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅2 モーリシャス編
2024/07/29~
ポートルイス
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅3 マダガスカル編①
2024/07/31~
その他の観光地
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅3 マダガスカル編②
2024/07/31~
アンタナナリボ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅4 仏領レユニオン編
2024/08/05~
サン・ドニ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅5 仏領マヨット編
2024/08/06~
マムズ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅6 コモロ編
2024/08/09~
モロニ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(ザンジバル)編①
2024/08/10~
ザンジバル
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅7 タンザニア(タンガニーカ) 編②
2024/08/10~
キゴマ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅8 ブルンジ編
2024/08/15~
ブジュンブラ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅9 ルワンダ編
2024/08/17~
キガリ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅10 ウガンダ編
2024/08/20~
ジンジャ
-
2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅11 ケニア編
2024/08/22~
モンバサ
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (2)
-
- エフサさん 2024/09/17 10:05:53
- シーラカンスがデカい!
- シーラカンス、思ってた以上に大きいですね。 鮭ぐらいの大きさだと思っていました。
話は変わりますが以前、アフリカの在外公館(東アフリカ)に勤めている方とお話しする機会があり、彼は「地獄の西アフリカ」と言う言葉でその地を表現していました。ガーナだったか、ブルキナだったか、その両方だったか忘れてしまいましたが、若くないと3~4年の勤務は耐えられないと言っていました。下っ端の外交官の暮らしは大変だったみたいです。
kasekunさんもきっとガーナの地で貴重な経験をされたのでしょうね。
- kasekunさん からの返信 2024/09/17 19:05:52
- Re: シーラカンスがデカい!
- あれ、本当にでかいですね!エフサさんに指摘されるまで気づきませんでした。ガードマンさんの写真と一緒に撮っておいてよかった!
地獄の西アフリカですか!たしかに、聞いた話によれば、JICAの西アフリカの派遣先を決定する基準は、成績とかじゃなく、健康かどうかにかかってるって誰か言ってました。最初自分、てっきり派遣先はネパールだと思ってたんです。面接でも、面接官がそんなことを匂わせていましたから。でも、合格葉書が届きびっくり仰天!ガーナでした。アジアとかはそれなりに旅行してたので何とかなるとは思ってましたが、1度も訪れたことのない未踏のアフリカとは!
これも何かの縁なんでしょうね。
たぶん、1番行って2年程住んでわかったことは、黒人の人も普通の人ってことですかね。むしろ、自分たちより純朴かもしれません。何てったって世界の田舎の中の田舎ですからね。田舎者の自分にはよくわかりました。すれてないんですよ!
行く前は何だかわかりませんけど、恐怖心がありました。香港の重慶マンションで体の大きな黒人の方と同じエレベーターに乗り合わせた時には、本当にびくびくものでした。
でも、今は全然そんな恐怖心なんか全くありませんね。
日本人の「アフリカ人」のイメージって、きっと行く前の自分と同じじゃないかなと思う次第です。
いつも「いいね!」ありがとうございます!励みになります!
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2024夏のインド洋諸国アイランドホッピング&東アフリカ諸国周遊の旅
2
66