2024/08/02 - 2024/08/02
7位(同エリア1712件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2024/08/02
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バスでの移動
サッカラ:12時20分→ギザ:13時15分(バス)
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クフ王ピラミッド観光:13時15分→14時05分頃
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バスでの移動
クフ王ピラミッド:14時05分→カフラー王ピラミッド等→ビューポイント:14時15分
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3大ピラミッドのビューポイント:14時15分→14時40時分頃
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バスでの移動
ビューポイント:14時40分頃→河岸神殿:15時頃
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河岸神殿:15時頃→15時15分頃
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スフィンクス:15時15分頃→15時30分頃
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スフィンクスとピラミッドのビューポイント:15時30分→15時40分
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バスでの移動
ビューポイント:15時40分→パピルスの店:15時頃
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パピルスの店:16時頃→16時50分
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香料店:16時50分→18時頃
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バスでの移動
香料店:18時頃→18時40分頃
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レストラン:18時40分→19時30分頃
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バスでの移動
レストラン:19時30分頃→ホテル:20時20分頃
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この旅行記スケジュールを元に
この日は午前中、ダハシュール、メンフィス、サッカラを訪れて、午後はギザにやってきました。
こちらでは三大ピラミッドやスフィンクスを見ます。
以前も来ましたので、今回はなるべく重複しないように載せたいと思います。
2017年12月に訪問した際のページは下記のとおりです。
↓
https://4travel.jp/travelogue/11340683
【旅程】
7月28日(日)
NRT 成田発 20時30分→CAI カイロ着 7月29日 4時20分
(MS965便 エジプト航空)
7月29日(月)
CAI カイロ発 10時10分→ATH アテネ着 12時10分
(MS747便 エジプト航空)
アテネ市内観光
・シンタグマ広場付近
・パナシナイコスタジアム
・プラカ地区
・パルテノン神殿
・夕食
・ホテル
↓
7月30日(火)
アテネ発→ピレウス港
エーゲ海1日クルーズ
・イドラ島
・ポロス島
・エギナ島
ピレウス港→アテネ
・プラカ地区で夕食
↓
7月31日(水)
アテネ発→カランバカ
・カランバカにて昼食
カランバカ→メテオラ
・ビュースポット
・ヴァルラーム修道院
・アギオス・ステファヌス修道院
メテオラ→カランバカ→アテネ
8月1日(木)
・リカヴィトスの丘の公園
ATH アテネ発 13時10分→CAI カイロ着 15時05分
(MS748便)
・ハンハリーリ・バザール
・夕食
・ホテル
8月2日(金)
ギザ→ダハシュール
・赤ピラミッド
・屈折ピラミッド
ダハシュール→メンフィス
・メンフィス博物館
メンフィス→サッカラ
・階段ピラミッド
・絨毯屋
・ランチ
↓
サッカラ→ギザ
・クフ王ピラミッド ●
・ビュースポット ●
・河岸神殿 ●
・スフィンクス ●
・パピルスの店 ●
・香水と香水瓶の店 ●
・夕食 ●
・ホテル
8月3日(土)
ギザ→カイロ
・モハメドアリモスク
・ランチ
・考古学博物館
・夕食
↓
カイロ空港
CAI カイロ空港 23時30分発
↓
8月4日(日)
NRT 成田空港 17時30分着
(MS964便)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- エジプト航空
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
やって来ました。
クフ王のピラミッドです。
前回は12月、今回は8月・・・・・。
しかもコロナ禍を経ての観光です。 -
以前とは少し変わっていました。
-
チケット売り場とインフォメーションです。
QRコードまでありました。
チケットの申込ができます。
ちなみにクフ王のピラミッドは、1500EGP(エジプト・ポンド)です。
こちらは外国人料金です。
エジプト人は150EGP(エジプト・ポンド)
そして学生は、この半額です。 -
イチオシ
やはり大きさといい完成度といい、クフ王のピラミッドは圧巻です。
午前中はクフ王の父であるスネフェル王の赤いピラミッド、屈折ピラミッドを見てきました。
Khufu(クフ)王は、古代エジプトの王です。
古王国前半(紀元前26世紀)のエジプト第4王朝を統治しました。クフ王のピラミッド 建造物
-
以前はこのような舗装した道はなかったような気がします。確か・・・。
だいぶ歩きやすくなったと思います。 -
この偉大なクフ王のピラミッドですが、紀元前5世紀の歴史家であるヘロドトスの著書「歴史」により勘違いされ、クフ王は酷評されていました。以下のとおりです。
『この王は全ての神殿を閉鎖し、国民が生贄を捧げることを禁じ、つづいてはエジプト全国民を強制的に自分のために働かせたという。アラビアの山中にある石切場から石をナイルまで運搬する役を負わされたものもあれば、船で河を対岸に運ばされた石を受け取り、いわゆるリビア山脈まで曳いていく仕事を命ぜられた者たちもあった。常に10万人もの人間が3か月交代で労役に服したのである。』
と強制労働によって建築された物で、クフ王は残虐な王と描かれていました。
近年になってピラミッドの建設は、強制労働ではないことが判明しました。
ピラミッド建造のために、スフィンクスの南、約500mにピラミッド・タウンがあります。町の広さは11haで、ナイル川から続いた運河に直結し港湾都市でもありました。
生活は豊かで円錐形をした巨大なパンが配給されました。9500Kcalもありました。山羊や羊の肉も配給され、ビールも飲んでいました。身分の高い人たちは仔牛の肉も食べていました。 -
こんなところにワンちゃんがいました。
ピラミッドの石がもたらした貴重な影に入って寝ています。
現在、私たちがピラミッドに入る入口は9世紀頃にアル・マムーンが盗掘のために開けた入口です。(本来の入口はもっと上にあり、現在は封印されています。)
アル・マムーンは錆びない武器、曲げられるガラス、天体と地球の地図があると思っていました。実際にはなかったのですが・・。
ちなみに玄室(王の間)の真上に、5つのレイヤー状の部屋と、切妻構造の最上部重量軽減の間があります。
そこにヒエログリフで「u f u kh(クフ)」と書かれたカルトゥーシュがあり、このピラミッドがクフ王のものだとわかりました。
※このヒエログリフの読み方ですが、この場合は、右から読みます。
ヒエログリフは、人や動物などが向いている方向から読みます。
人が左を向いている場合には、左から右に読みます。 -
様々な石があります。均一ではありません。
石灰岩を200から300万個も積み上げたと言われてます。
約20年で建造されたとも。 -
ここにはピラミッドに携わる様々な人の姿が見られます。
観光客、ガイドさん、物売り、警察、運転手・・・・。
ちなみにこの三大ピラミッドはギザの台地、高台にあります。
それはナイル川が氾濫しても沈まないように、高台を選んで造られました。
現在はダムがあるので氾濫しませんが、当時は氾濫しました。
そのため、ナイル川を利用して石切り場から石を運搬しました。 -
Grand Egyptian Museum(GEM)
大エジプト博物館が見えます。
この博物館は世界1大きな博物館と言われています。
プレオープンはしていて、一部エリアは予約して入場できます。
ただこの時は、ツタンカーメンのマスクなどは、まだエジプト考古学博物館でした。
そんなわけで、今回のツアーでは、大エジプト博物館には行っていません。
2025年7月3日は全面オープン予定です。
ずっとオープンするといいつつ、ようやくです。
ちなみに、ミイラの博物館として、新たに国立エジプト文明博物館もできました。大エジプト博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
ピラミッドの石は、右の人と比べるとよくわかるように、かなり大きいです。
ところで、エジプトの墓泥棒の話は昔から有名です。
ツタンカーメンのお墓は荒らされなかったため、無事で黄金のマスク等々の金銀宝石などの財宝が発掘されました。
おそらく他のファラオのお墓も荒らされなければ、数々のお宝が出土したことでしょう。
エジプト最後のプトレマイオス王朝が滅亡し、ローマ帝国の支配下にはいりましたが、その新たな略奪はローマ人でした。
まず、オベリスクが持ち出されました。
そしてキリスト教の伝来によって、エジプトもキリスト教が国教として定められました。そして一神教であるキリスト教は古代エジプトの神々は多神教なため敵視しました。そして遺跡を破壊しました。
以前フィラエ島に行った際に、削られた痕跡を見ました。 -
中世以降になると、略奪の対象はミイラでした。
実はミイラには「薬効」があると信じられていたのです。
ミイラは「mummy」で、ペルシャ語の「ムンミヤ」が語源です。
これは瀝青(天然アスファルトのビチュメン)を表しています。
黒い色をしていて、古代には万能薬として用いられました。
シェイクスピアの「マクベス」では、魔女が煮込む鍋の中の成分に、ミイラが含まれていました。
フランシス・ベーコンも「血止め薬」として使いました。
また、ミイラは医療品としてだけでなく、燃料としても使われたようです。
日本でも、オランダ船が長崎に持ってきた医薬品の中に、9代将軍、徳川家重が注文した「ムミィ」があり、長崎商館の仕訳帳の記録に残っていたようです。
胃痛を抑え、虚弱体質を補い、気力を強くし、食あたりなどにも効いたのだと・・・・・・。(-_-;)(-_-;)(-_-;)
かくいう私も、その時代に生きていたら、ミイラの薬効を信じていたのかもしれません。
ちなみに、このピラミッドの中から、財宝もミイラも発見されていません。 -
ピラミッドの真下から上を撮った写真ですが、頭頂部は見えません。
石の大きさも意外とまちまちです。
ところで、前回のピラミッド入場と今回の入場はかなり違いました。
実は前回は12月末の朝早い時間に入場しました。
今回は8月の昼過ぎの時間帯でした。
冬でも暑くなりますが、全然違いました。砂漠なので乾燥していると思いきや、湿気も感じました。しかもアフター・コロナのためか多くの人が、この暑い中、ピラミッドの入場観光をしていました。
「大回廊」とは言うものの、実際には幅が狭く、窓もないため、ただ暑いだけでなく空気も流れず停滞し、私は酸素不足を感じました。実際には換気孔はあるのですが、それでも息苦しく感じました。(マスクはしていません。)
本来は、ようやく玄室まで登ったので、ゆっくり見たいところですが、体調を考えて、早々に戻りました。
前回は人もほとんどいませんでしたし、ゆっくりと見られたのですが・・・。
このようなわけで、真夏の入場はお勧めできません。
時季を選んだ方がいいと思いました。 -
ピラミッドは全世界でも注目されていて世界遺産にも登録されていますが、実はこの石は他の建築物に利用された事がありました。
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カフラー王のピラミッドです。
このピラミッドにはキャップストーン、つまり化粧板が残されています。
本来は他のピラミッドにもありましたが、剥がれてしまっています。
実はクフ王の次の王はカフラー王ではなく、その前にジェドエフラー(Djedefre)王がいます。
この王は直系の王でピラミッドを建てていますが、ギザではなく、メンフィスのネクロポリスの最北端であるアブ・ロアシュに建てています。残念ながらローマ軍に破壊されてしまっているようですが。
そしてカフラー王は、クフ王の息子ですが直系ではなく、このジェドエフラー王の次に即位し、ピラミッドをギザの台地に戻しました。
そして太陽信仰と王家の葬祭儀礼を関連付ける事で、王権の強化を試みました。
実はこのプロジェクトを推進したカフラー王の宰相は、スネフェル王の息子の1人でした。カフラー王の叔父にあたるアンクカフでした。
このアンクカフは、スネフェル王の4基のピラミッド、クフ王のピラミッド、アブ・ロアシュのピラミッド、全てに関わった人物でした。カフラー王のピラミッド 建造物
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小さなピラミッドはメンカウラー王のピラミッドです。
実はカフラー王の次のファラオはメンカウラー王ではなく、バカ(Baka)王でした。
在位期間が1年位と短いので、実際にはファラオになっていなかったのでは・・という説もありますが。
そして、その次の王がメンカウラー王でした。 -
こちらはカフラー王のピラミッドです。
カフラー王のピラミッドは、葬祭神殿、参道、河岸神殿が残っています。 -
メンカウラー王のピラミッド
カフラー王の息子であるメンカウラー王のピラミッドは、三大ピラミッドの中では1番小さなピラミッドです。
ギザには既に社会基盤が整っていましたので、ここに造ったと思われます。
ただピラミッドを造るには、小規模なスペースしか残っていませんでした。
三大ピラミッドはオリオン座と同じ配列になっています。
メンカウラー王のピラミッドの建設によって、地上にオリオンの3つの星を再現する事になりました。
父王のカフラー王は「アケトの光景」でしたが、後の時代にオリオンの3つの星は「サフ」と呼ばれて冥界の王のオシリスと同一視され「サフの光景」という事になります。
このようにピラミッドの建設によって神聖な物を表現し、ネチェル・メンカウラー(メンカウラーは神聖なり)と言う古名を持っています。メンカウラー王のピラミッド 建造物
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横に小さなピラミッドが3基並んでいますが、王妃たちのピラミッドです。
メンカウラー王のピラミッドは大きさは小さいものの、造りが細かいです。
上は石灰岩、下は赤色花崗岩になっています。
加工に時間のかかる石をふんだんに使っているため、贅沢なピラミッドです。
ハワード・ヴァイスは裂け目を爆破しました。残念です。 -
三大ピラミッドが見渡せるビューポイントにやってきました。
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イチオシ
左からクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドです。
駱駝のお尻がなんとも微妙にエジプトらしくて、いい感じです。 -
土産物屋と駱駝がたくさんです。
こちらでは、駱駝と一緒に写真を撮ったり、乗って写真を撮る事もできます。
勿論、有料になりますが・・。 -
新しい建物ができていました。
ちなみにトイレもあります。
実は、トイレの度に小銭を準備しなくてもよいように、今回はまとめてガイドさんに滞在中のトイレ代を事前に払っていました。
ただ、うっかり一人でトイレを利用したところ、ガイドさんがいないので支払う羽目になりました。
実は以前来た時に両替して、小銭を持っていましたので自腹で支払えました。
ただ、その際に驚いたのは、こちらのトイレではクレジットカードも使用できました。ちょっと吃驚でした。
ただ、係員が1名しかいませんでしたので、カードの不正使用の恐れを考えて、カードは使用せず現金払いにしました。
ちなみにトイレの番は1人だけでした。あたりには誰もいませんでした。 -
幌馬車です。
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こちらにも新しい建物ができていました。
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大エジプト博物館です。
この日の夜、できたら行こうと思っていましたが、諸々の条件が合わずに断念したところでした。
未練たらたら・・・です。 -
再びクフ王のピラミッドです。
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右端には女王のピラミッドが見えます。
クフ王の妻たちのピラミッド、クフ王の母のピラミッドです。
既に崩れてしまっているものもあります。
ちょっと撮り損なったようですが、太陽の船博物館があります。
クフ王の副葬品である大型木造船「太陽の船」ですが、コロナ禍中に、大エジプト博物館に移送されました。全長42mあります。
舟抗がありました。 -
ビューポイントからの移動中に撮っています。
右がクフ王、左がカフラー王のピラミッドの間を抜けてます。
この付近は東側の墳墓群、マスタバなどがあります。 -
スフィンクス側の入口にやってきました。
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カフラー王とクフ王のピラミッドと、その間にちんまりとスフィンクスが鎮座しています。
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河岸神殿にやって来ました。
この葬祭神殿は石灰岩で造られています。天井は崩落してます。
1 玄関
2 列柱広間
3 壁龕の部屋(王像を安置する5つの壁龕の部屋)
4 倉庫(王像に捧げる供物を納める5つの倉庫)
5 至聖所
このように5つの特徴を持っています。これは後のピラミッド複合体の葬祭神殿で標準となりました。
ちなみに神殿の前には王の遺体をミイラにした清めの天幕の跡があります。
内臓や脳を取り出し、かなり血生臭かったと思われます。
そのため神殿内ではなく、簡易式の天幕で行われ、清めの水も必要なため、埠頭の側に建てたようです。 -
以前来た時は、閉じられていませんでしたが、板のような物でふさがれていました。
ここは、カフラー王の像が発見された場所です。
前に来た時にも、こちらにはコインが投げ捨てられていました。
まるでトレビの泉のように。
そのため、ご覧のように封印されてしまいました。 -
この角の部分をよく見ると、少しずらして建築していることがわかります。
地震などによって倒壊することがないように建造されています。 -
こちらも同じく、角の部分をわざとずらしています。
この時代に計算して建築されていたとは脱帽です。 -
赤色花崗岩が使用されています。
ミイラをこちらに安置した場所であったと思われています。 -
実際にはこのようになっています。
こちらは通路です。
神殿にはいくつか窪みがあって、座像が置かれていました。
現在は考古学博物館に座像があります。
いくつかの座像が設置されていたようです。 -
カフラー王の葬祭神殿は一直線にピラミッドに通じています。
葬祭神殿は人々が祈りを捧げる場所でした。
当時は参道に屋根もあったようです。 -
注意書きがだいぶ劣化していますが、こちらに登ってはいけません。
-
当時の神々はハヤブサや山犬や羊の頭部と人体を持っていましたが、このスフィンクスは王の頭部(ネメスを着用)とライオンの身体を持っていて、明らかに違いました。
ちなみにスフィンクスと言えば、ギリシャ神話に登場する女性の顔と胸を持ち、ライオンの体と鷲の羽を持っている怪物スピンクスから付けられてます。
本来エジプトでは、どのように呼ばれていたかわかりません。 -
こちらには夢の碑文があります。
トトメス4世の夢に出てきたスフィンクスの言葉によって、記念して建立されました。 -
なんとか拡大してみました。
中には、この真正面から見られるツアーもあるようです。
夢のお告げはトトメス4世が、狩の途中で昼寝をしていた時「スフィンクスを掘り出して修復すれば、王の座を与えられる」とお告げがありました。 -
スフィンクスはカフラー王のお顔になっています。
このスフィンクスもスフィンクス神殿も、ここまで造り上げておきながら、未完に終わっています。
その理由は不明です。
ナポレオン軍の大砲によって鼻がなくなりました。
また、髭もありましたが、この一部はなくなって大英博物館にあります。
ライオンは太陽の神を象徴しています。
永遠の命をもつ太陽神と一体になるため、ファラオの体と合体させました。
足は補修のため、違う石材になっています。
ライオンのしっぽもあります。 -
スフィンクス神殿跡です。
いずれもカフラー王の治世の末期に造営されたのですが、完成はされませんでした。
砂嵐に埋まっては修復され、また砂嵐に埋まっては修復され・・という歴史をたどりました。 -
真横からの姿は、クフ王のピラミッドを背中に背負っているかのようです。
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後ろ姿も撮りました。
なんとなく哀愁漂うお姿です。 -
お尻の部分までしっかり撮りました。
後ろだけ見ると、丸くなっていてなんだかわかりませんね。 -
スフィンクスは、意外にも横の胴の部分は長いです。
ピラミッドもスフィンクスも石灰岩でできています。
ピラミッドは石を積み重ねていますが、スフィンクスは石灰岩の塊をくりぬいて作ったようです。 -
スフィンクスの後方からピラミッドを撮影したものです。
横の参道よりスフィンクスは下に造られていたようです。
ちなみに、このスフィンクスはトトメス4世の碑文にもあったように、砂に埋もれていました。
今までに3度も掘り出されています。
1864年、日本から遣欧使節団もここに来ています。
そしてスフィンクスを見て「巨大首塚」と呼んでいました。 -
この正面にピラミッドがあります。
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河岸神殿の入口付近です。
この石の後方がピラミッドに通じる参道になります。
そして、その右横にスフィンクスがあります。 -
ちょっとズレていますが、この2つのピラミッドの真ん中のスフィンクスの真上に、夏至の際には、太陽が現れます。
これを「アケトの光景」と呼びます。
さらに、春分と秋分には、真東から登る太陽と正対する位置になります。
神殿の中心軸に沿って太陽がまわり、カフラー王の南に沈む光景が見えるようになっていました。 -
スフィンクスは、カフラー王のピラミッドを守護するかのようにあります。
-
ピザハットとその下にケンタッキーがあります。
アラビア語の看板は見えますが、その横の木に隠れて見えにくいのですが・・。 -
こちらでは夜に、音と光のショーが行われます。
この日はピラミッドを色々見てきました。
実はピラミッドはエジプトだけではありません。
私が知っているだけでも、スーダンにもあります。また、イタリアにもあります。
「Pyramid Wonderland(世界のピラミッドWonderland)」河江肖剰著
世界各地には他にもピラミッドがあります。
今回の河江氏の著書には15のピラミッドが紹介されていました。
ネチェリケト王(ジョセル王)のピラミッド(BC2592-2566年)
スネフェル王のピラミッド(BC2543-2510年)
クフ王のピラミッド(BC2509-2483年)
カフラー王のピラミッド(BC2472-2448年)
メンカウラー王のピラミッド(BC2447-2442年)
エリニコ(ギリシャ)のピラミッド(BC300年頃)
ガイウス・ケスティウス(イタリア・ローマ)のピラミッド(BC18-12年頃)
月のピラミッド(ティオティワカン)(1-650年頃)
太陽のピラミッド(ティオティワカン)(200-650年頃)
羽毛の生えた蛇神殿(ケツァルコアトルの神殿)(200-650年頃)
カミナルフュー(グアテマラ)(400-600年頃)
モンテ・アルバン(メキシコ)(200-700年頃)
コパン(ホンデュラス)(426-820頃)
ティカル(ホンデュラス)(300-900年頃)
ボロブドゥール(インドネシア)(700-800年頃)
メキシコのティオティワカンには以前行く予定でしたが、直前で行けなくなりました。できればリベンジしたいです。
それからボロブドゥール遺跡には行った事があります。当時はガラガラでほとんど人はいませんでした。ゆっくり観る事ができました。
そもそも仏塔として認識してはいたものの、ピラミッドの範疇に入るとは、思ってもみませんでした。 -
パピルスのお店に行きます。
写真が良く撮れていなかったので、外観だけです。
中では、1区画をカーテンで閉め切って、1つのツアー客ごと説明を受けました。
そこで、電気を消すとパピルスが光りました。
実は、以前カイロの別のパピルス店に行った際は、全員ではなく、個別に案内され、購入しそうな人だけ別室で見せられました。
夫はこの演出が気に入って、死者の書のパピルスを購入しています。
今回も夫は別の物が欲しそうでしたが、とりあえずはやめておきました。
この他、パピルスの作り方も、以前と同じように見せてくれました。 -
続いて、パピルスのお店から繋がっているガラス製品、パフュームのお店へ移動します。
店名は「KYPHI」です。
実は、以前は同じ店舗のアスワン店に行ってます。
そこでは、結構たくさん購入しました。それでサービスもしてもらいました。
しかも、香料は、それほど使用していなくて、今もたくさんの残っています。
・・・というわけで、こちらでも今回は購入しませんでした。 -
ガラス瓶が陳列されています。
製作の演出もあるようです。 -
駱駝などの香水瓶ですが、これも持っています。
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実は、パピルスと香水瓶のお店で、結構な時間を過ごしました。
チャイのサービスなどもありましたが。
夕食の時間までの調整をしたのだと思いますが、私としてはもっと有効活用したかったです。 -
夕食のレストランに移動中です。
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カイロの街の様子です。
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ナイル川が見えます。
側にはなつめやしの木々もありました。 -
マックカフェもありました。
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大きな進入禁止の標識です。
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バスを降りて少しだけ歩きます。
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「PEKING(北京)」と書かれた看板のチャイニーズ・レストラン
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夕食はこちらでいただきます。
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「寿」
中国では、長命、長寿などの意味があるようです。 -
サッカラ・ビールがありました。
実はサッカラに行った時は、サッカラビールの提供はなかったのですが。
サッカラはビール発祥の地と言われていると説明がありましたが、これはサッカラ・ビールの名前からそう思われているようです。
エジプトが発祥の地と言う説もありますが、実際にはメソポタミアが発祥の地のようです。(大昔過ぎて真偽のほどはわかりません。) -
さっぱりしたスープでした。
春巻も美味しかったです。
ただ、その後の写真は撮り忘れました。 -
実はこの日、Grand Egyptian Museum(大エジプト博物館)に行きたくて、予約していました。
本当はツアーから離脱はいけないのですが、ホテル到着後なら・・・と考えてました。ホテルからはタクシーを拾い、この日の19時に入場の予定でした。
これが最終の時間です。そして22時には終了です。
金曜日は遅くまで開館してるので、チャンスでした。
そして博物館からの帰りのタクシーとして、Uber Taxiも予約しました。
ただ、ギリシャの時とは違い、なかなか運転手とのマッチングが完了しません。
帰りのタクシーがなければ、ホテルに戻れません。
博物館から、この時間に流しのタクシーは拾えない事は確認済みでした。
しかもこの日のピラミッド登頂あたりから、肉体的にとてもしんどくなってました。
運転手とのマッチング前だったので、諦めてキャンセルしました。
この日は夕食を食べなかった時のため、博物館内で何か食べようとも思ってました。
Bitter Sweet、Beano's cafe、Zooba(エジプト料理)、Ladurée、Ratios Bakery、Dolato、30 North、Starbucksなど8つのダイニングがあるようでした。
ちなみに、この大エジプト博物館の入口付近には、エジプト・日本の友好モニュメントが設置される予定です。(プレ・オープンの段階では展示されていないかもしれません。)
実はこのモニュメントには私の名前も刻印されているはずです。実際に米粒程度かもしれませんが・・・。
実はコロナ禍の正月に、当時のエジプトの現況等をZOOMを通じて理解し、応援するような催しがあり、それに参加した人たちの名前が刻印されるという事でした。
もし、あったら見たいなぁ~とも思っていました。ちょっと残念でした。
それから、以前エジプト旅行の際には、wifiが繋がりにくかったので、今回はSIMを購入するか、ルーターを借りるか考えていました。
ただ、それほどの頻度で使わないのと、ホテルのwifiを併用するため、ドコモの「世界そのままギガ」を利用しました。
自分にあった使用ができるので、便利で結構お得でした。
一部心残りはあるものの、こうして長いピラミッド三昧の1日も終了しました。
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サッカーラ
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2024/07/30~
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ポロス島
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ダフシュール
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Saqqara 2024 ⑧ サッカラ(Greece~Egypt)
2024/08/02~
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この旅行記へのコメント (2)
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- hot chocolateさん 2025/05/05 01:53:28
- 大エジプト博物館
- noelさま
こんばんは。
ピラミッド三昧の1日、充実の1日でしたね。そして、お疲れ様でした。
今年11月に、エジプトとオマーンに行く予定です。(あくまでも予定ですが・・・)
まだ飛行機の予約もしていません。
6月30日にオマーン航空がワンワールドに加盟するので、それを待って、マイレージで行く予定です。
本当は、オマーン航空が日本乗り入れするまで待ちたいのですが・・・
乗り入れすることは決まっているのですが、何時になるのかわからないので待てないかも?
>ちなみに、この大エジプト博物館の入口付近には、エジプト・日本の友好モニュメントが設置される予定です。(プレ・オープンの段階では展示されていないかもしれません。)
実はこのモニュメントには私の名前も刻印されているはずです。実際に米粒程度かもしれませんが・・・。
実はコロナ禍の正月に、当時のエジプトの現況等をZOOMを通じて理解し、応援するような催しがあり、それに参加した人たちの名前が刻印されるという事でした。
☆以前、noelさんの大エジプト展の旅行記の時に、ヒエログリフを学んでいる友人のことを書きましたが、彼女の名前も、モニュメントに刻印されているはずとのことでした。
彼女もその催しに参加していたのです。
私が11月にエジプトに行くといったら、どんなに豆粒でもいいから写真を撮ってきてと頼まれました。
素晴らしい、いい記念になりますね。
hot choco
- noelさん からの返信 2025/05/05 08:48:39
- Re: 大エジプト博物館
- Hot chocolateさま、こんにちは。
いつもありがとうございます。
ところで、ヒエログリフを学んでらっしゃるお友達も大エジプト博物館のモニュメントに名前が刻印されてるんですね。さぞやご本人もご覧になりたいでしょう。
どうぞ写真に撮って見せてあげてくださいね。
11月のエジプト・オマーン旅行、タイミングとしてもいいですね。
大エジプト博物館のオープンは7月3日の予定ですし。
私ももう1年待てば良かったと思ってます。
また、暑さも落ち着く時期でいいですね。
オマーン航空がワンワールドに加盟するんですね。
ちなみにオマーンには乳香等々たくさんあるので、私も行きたいです。羨ましい。
どうぞ旅のプランをたてて、楽しんで行ってらしてくださいね。
noel
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