2024/08/02 - 2024/08/02
1位(同エリア24件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2024/08/02
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Aramante Pyramids(アラマンテ・ピラミッズ・ホテル)
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バスでの移動
ホテル:7時15分→ダフシュールのなつめやしの畑:8時頃
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バスでの移動
なつめやしの畑:8時頃→砂漠:8時10分頃
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バスでの移動
砂漠:8時10分頃→赤のピラミッド:8時13分頃
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赤のピラミッド8時13分頃から8時35分頃
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バスでの移動
赤のピラミッド:8時35分頃→屈折ピラミッド:8時43分頃
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屈折ピラミッド:8時43分頃から9時頃
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バスでの移動
屈折ピラミッド:9時頃→メンフィス博物館:9時20分頃
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メンフィス博物館の屋内:9時20分頃から9時30分頃
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メンフィス博物館の屋外:9時30分頃から10時頃
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バスでの移動
メンフィス博物館:10時頃→絨毯屋:10時08分頃
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この旅行記スケジュールを元に
エジプト2日目は、ピラミッド三昧の日です。
今回は初めてダハシュールやサッカラを訪れます。
また、かつて栄えたメンフィスにも行きます。
まだ知らないエジプトを体感したいと思います。
そしてピラミッドの原点を見てきたいと思います。
エジプトにピラミッドは138基(2008年時点)あると言われています。
実は規模の小さな物、崩れてしまった物を合わせると、300基以上あるとも言われています。
その中で世界遺産として登録されているピラミッドは38基あります。
全部ではないにしろ、代表的なピラミッド、楽しみにしてます。
【旅程】
7月28日(日)
NRT 成田発 20時30分→CAI カイロ着 7月29日 4時20分
(MS965便 エジプト航空)
7月29日(月)
CAI カイロ発 10時10分→ATH アテネ着 12時10分
(MS747便 エジプト航空)
アテネ市内観光
・シンタグマ広場付近
・パナシナイコスタジアム
・プラカ地区
・パルテノン神殿
・夕食
・ホテル
↓
7月30日(火)
アテネ発→ピレウス港
エーゲ海1日クルーズ
・イドラ島
・ポロス島
・エギナ島
ピレウス港→アテネ
・プラカ地区で夕食
↓
7月31日(水)
アテネ発→カランバカ
・カランバカにて昼食
カランバカ→メテオラ
・ビュースポット
・ヴァルラーム修道院
・アギオス・ステファヌス修道院
メテオラ→カランバカ→アテネ
8月1日(木)
・リカヴィトスの丘の公園
ATH アテネ発 13時10分→CAI カイロ着 15時05分
(MS748便)
・ハンハリーリ・バザール
・夕食
・ホテル
8月2日(金)
ギザ→ダハシュール ●
・赤ピラミッド ●
・屈折ピラミッド ●
ダハシュール→メンフィス ●
・メンフィス博物館 ●
・絨毯屋
メンフィス→サッカラ 、
・階段ピラミッド
・ランチ
↓
サッカラ→ギザ
・クフ王ピラミッド
・ビュースポット
・河岸神殿
・スフィンクス
・パピルスの店
・香水と香水瓶の店
・夕食
・ホテル
8月3日(土)
ギザ→カイロ
・考古学博物館
・ランチ
・モハメドアリモスク
・夕食
↓
カイロ空港
CAI カイロ空港 23時30分発
↓
8月4日(日)
NRT 成田空港 17時30分着
(MS964便)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
6時前のホテルの中庭の様子
Amarante Pyramids Hotel(アマランテ ピラミッド ホテル)です。 -
朝のホテルのレセプションの様子です。
夜のように、まだ暗いです。 -
朝食レストランです。
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メニューは比較的多いと思います。
コーヒー、紅茶は給仕してくれます。 -
この日の私の朝ごはんです。
アエーシ(エジプトのパン)をいただきます。
これにコーヒーとヨーグルトもいただきました。 -
こちらは夫のチョイスです。
-
夫はオムレツも作ってもらいました。
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ホテルの廊下にあった絵です。
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ホテルのエントランスです。
セキュリティ・チェック・ゲートから出ました。 -
目の前の通りが広くないので、全景を撮るのが難しいです。
この日は7時15分出発です。 -
カイロ、ギザと様々な場所で工事を行なっていました。
-
交差点ですが、信号機はありません。
トゥクトゥクが止まっていました。
ただ、2024年9月21日の「ARAB NEWS」によると、エジプト政府は人気のトゥクトゥクの廃止に乗り出すようです。
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今、政府は、汚染をまき散らす三輪自動車に対してこれまでで最も野心的な立場を取ろうとしている。これまで無視されてきた国の輸送システムの近代化を推進するため、トゥクトゥクを汚染の少ないミニバンに置き換える計画である。
「これはすべてのエジプト人の健康と安全のためです」と、イニシアチブの先頭に立つエジプト地方開発省のスポークスマン、Khaled El-Qassimは言う。「私たちは、より美しい国のイメージを作り上げようとしているところです。」
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とのことです。
ちょっと寂しいような残念なような。ちなみにトゥクトゥクには乗ったことはありませんが。(-_-;) -
車窓の様子です。
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カイロの街から離れて、この辺りは静かです。
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あまり綺麗とは言えませんが、それは仕方ありません。
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7時30分頃の様子です。
なんだか今日も暑くなりそうです。
でも都心部に比べるとのんびりしていいです。 -
線路を横切りました。
なつめやしに囲まれた中を走っているようです。 -
なつめやしが林立しています。
ダハシュールはカイロから40km南に位置しています。 -
なつめやし畑はダハシュールの見どころの1つだそうです。
1本の木から80kgのなつめやしが収穫できるそうです。
植樹後2年位かかりますが、約20年は実がなるらしいです。
実以外にも葉の部分などは、籠やたわしなどにするそうです。 -
突然、砂漠にポツンとピラミッドが出現しました。
屈折ピラミッドのようです。 -
Red Pyramid(赤いピラミッド)です!!
とても美しい形をしています。 -
ここは、ナイル川西岸のネクロポリス(死者の街)です。
ちなみに、このピラミッドの右側周辺は軍事施設があるため、撮影禁止です!
ご注意ください! -
このピラミッドを造ったのは、スネフェル王です。
スネフェル王はクフ王の父です。
全部で4つのピラミッドを建設したと言われています。
古王国時代のファラオで、エジプト第4王朝の創始者です。
統治期間は、紀元前2613年から紀元前2589年です。 -
赤のピラミッドについては以下のとおりです。
高さ:104.4m
底辺:218.5m×221.5m
傾斜:43度19分
表面の花崗岩が赤く見えるため、赤のピラミッドと呼ばれています。
ただ、建設当時は、石灰岩で覆われていました。ただ、残念ながら持ち去られてしまいました。
このピラミッドはスネフェル王が建設した最後のピラミッドです。
建設には10年7か月を要しました。
エジプトのピラミッドの中では、3番目に高いピラミッドです。
実は三大ピラミッドのメンカウラー王のピラミッドより高いのです。
ちなみにメンカウラー王のピラミッドは65.5mです。 -
裾野に広がる下部の付近は、ゴツゴツした石です。
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北壁の地面より28mのところに入口があり、中に入ることができます。
赤のピラミッド 建造物
-
入口です。今回は入場しませんでした。
赤いピラミッドは、ギザの大ピラミッドに影響を与えた事に間違いないでしょう。
ファラオの権力の象徴です。
玄室と思われる所に石棺などはありません。
ただ、ミイラの断片が発見されています。
スネフェル王のものだといいのですが、昔、盗掘に遭っているのでおそらく違うでしょう。 -
クフ王のピラミッドに比べると、1つ1つの石は小さいです。
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遠目に見るとわかりませんが、近くで見ると、土台の部分は結構崩れてしまっています。
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人とピラミッドを比べると、その大きさがわかると思います。
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この赤いピラミッドから、約1km先の屈折ピラミッドが見えます。
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離れると、うっすらと小さく見えます。
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次は屈折ピラミッドにやって来ました。
この時、8時43分です。
赤いピラミッドとは約1kmしか離れていません。10分もしないで着きました。 -
Bent Pyramid(屈折ピラミッド)
このピラミッドもスネフェル王によって建築されました。
途中で傾斜度が変わっています。
ただ、他のピラミッドは化粧板が持ち去られてしまっていますが、この屈折ピラミッドは表面を滑らかにした化粧板(化粧石)が多く残っています。 -
屈折ピラミッドは以下のとおりです。
高さ:105m
底辺:189m
ただ、途中で傾斜角度が変わっています。
下部:54度27分
上部:43度22分となっています。 -
化粧板の内側は、他のピラミッドと同様に石が積み上げられています。
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この方向はかなり崩れてしまっています。
この屈折ピラミッドを見ると、他のピラミッドも以前はこのように化粧板に覆われていたことがわかります。 -
2019年に2つの埋葬室につながる通路の修復が完了しました。
長さ79mの通路です。屈折ピラミッド 建造物
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下部は崩れるのを防ぐために石を内側に向けて斜めに積んでいます。
上部は平積みにしています。
この理由については、同時期に同じ工法で建築されていたメイドゥムの「崩れピラミッド」が完成直後に崩壊して、下部で使用した工法でこのまま建設を続けると、同じように崩壊する可能性が指摘されました。
そのため途中から工法を変更したとされています。
また、実際に崩壊の兆候が発見されたため、工法が変更されたかもしれないようです。 -
崩れた石がゴロゴロしています。
石の大きさは大小様々です。
崩れた時に形が変形してしまった物もあるのかもしれません。 -
かなり陽が高くなってきました。
ちなみにこのピラミッドの前に、メイドゥームに3段の階段状のピラミッドを造っています。
真正ピラミッドと呼んでいます。
まず、スネフェル王の父であるフニ王が着手し、その後、息子のスネフェル王が完成させました。
現在は崩れて台形のような状態になってます。
そのため、アラビア語で偽のピラミッドと呼ばれてます。 -
今度は、先ほどの赤いピラミッドが小さく見えます。
砂漠の何もない所にピラミッドが点在していて、不思議な感じがします。 -
ズームしてみました。
やはり形としては、赤いピラミッドの方が美しいです。 -
8時50分です。
それではこれで、屈折ピラミッドともお別れです。 -
すぐ近くに黒いピラミッドもあります。
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なつめやしの林に沿ってメンフィスに向かっています。
牛が2頭いました。
牧歌的な光景です。
実はメンフィスは古代エジプトの第1王朝の最初のファラオであるナルメル王が都とした場所でした。
ナルメル王は上下エジプトを統一しました。
あの有名な「パレット」が発見されています。
今回は考古学博物館でこの「ナルメル王のパレット」も見逃しませんでした。 -
Menphis Museum(メンフィス博物館)
チケットオフィスです。 -
博物館の前の通りです。
ちなみに野外の博物館には様々な遺跡がありましたが、残念ながら説明がなかったり、説明があっても劣化して真白で見えなかったり、とりあえず判読可能な物は、記載しています。その他については、私の数少ない知識の範囲で記載させていただきました。よって間違いもあると思いますのでご了承ください。m(__)m -
メンフィスに言及せずにエジプトについて話すことは、ローマに言及せずにイタリアについて話すようなものです。
このユネスコの世界遺産は、上エジプトと下エジプトを統一したMeni(メニ王)(Menes(メネス))によって設立されたエジプトの首都でした。
メンフィスの都市は、もともとInbu-hedi(白い壁)と呼ばれていました。
メンフィスはエジプトの発祥の地でもありました。
現在のカイロのように、メンフィスはかつて神殿、集落、宮殿があるコスモポリタンでした。今もその一部は残っています。 -
館内に入ってまずは2階に登ります。
大きなラムセス2世像が横たわっていました。 -
上エジプトの白色王冠ヘジェトを被っています。
左足が前に少し出ています。
そして手は前で組んでいません。つまりオシリス神のポーズではありません。
よって生きているラムセス2世像です。
左手には損傷があり、両足はなくなっているようですが。
足があれば、立像として立たせられるのですが残念です。
ベルトに刻まれた碑文、宝石の絵、顔など完璧に彫刻されたすべてのディテールを鑑賞できます。
約10mの高さの像です。石灰岩で造られました。
なお、本来は13mでしたが、足がなくなったため今は約10mです。
1820年にプタハ神殿の南門のそばでイタリア人の考古学者ジョヴァンニ・カヴィグリアによって発見されました。
ムハンマド・アリーは大英博物館に寄付しようと提案しましたが、巨大な像であり困難であったっため拒否されたようです。
ムハンマド・アリーは他にもオベリスクをフランスに贈っています。
ムハンマドにとって、古代エジプトの遺跡は、価値を見出せるものではなかったのでしょうか・・・。
ちなみに、オベリスクは運搬できました。
結果的にエジプトにとっては、この像が海を越えなくて良かったと思います。 -
実は、ラムセス2世像が、もう1体プタハ神殿近くで発見されています。
重さは約83トンもあります。
1955年にカイロのラムセス広場に移されましたが、その後2006年大エジプト博物館に移されました。
現在は、Grand Egyptian Museum(大エジプト博物館)のエントランス付近で見られます。 -
ちなみにラムセス2世の有名な戦いがあります。
Qadesh battle(カデシュの戦い)は、紀元前1286年頃にシリアのオロンテス川一帯で起きた古代エジプトとヒッタイトの戦いです。
史上初の公式な軍事記録に残された戦争です。
また、成文化された平和条約が取り交わされた史上初となる戦いであるともいわれています。
実はこの戦いでは、エジプトは敗北を喫したようなのですが、ラムセス2世は、そのように記録せず、国中の神殿には、勝利の記念の像などを刻ませています。 -
ヒヒの姿のトト神です。
-
メンフィスは政治と宗教の中心地として、エジプト文明の基礎を築くのに重要な役割を果たしました。
ファラオの豪華な戴冠式も行われました。
メンフィスは上エジプトと下エジプトの間の地理的位置からも、バランスのいい土地でした。
一部の考古学者や歴史家は、メンフィスが紀元前2250年まで世界で最も人口の多い都市になったとも言われています。 -
アプリスとしても知られるWaa-ib-Ra(ワイブラ)は、ラムセス2世の約600年後に統治しました。
ここでは彼が建設した巨大な石碑が、土地、農奴、農産物をメンフィスのプタハ神に捧げているのが見えます。
石碑はプタハ神殿の中で発見されました。 -
大きなステラのようですが・・・。
以前、江戸博で『国立・ベルリン博物館所蔵の古代エジプト展』で拝見しましたが、メンフィス付近で似たようなステラが出土してました。
死者の冥福を記念して作られた物でした。
メンフィスは第6王朝時代が最盛期でした。
そしてプタハ神信仰の中心の地でした。
ただ、第18王朝以降、テーベ(現在のルクソール)が都になると、衰退していきました。
ただ、そのまま衰退したわけではありません。
ペルシア支配の時代には、一時復活し、その後のグレコ・ローマン時代にはアレクサンドリアが第1の都市で、次いで第2の都市として繁栄しました。
それでも、7世紀のイスラム勢力が流入してからは、廃墟となってしまいました。
西暦641年には完全に無人となってしまいました。
ただし、古代世界ではその重要性があまりにも高かったたのは事実です。
聖書にも次のように記されています。
エレミヤ書46:19
「エジプトに住む娘よ、追放のために荷物を準備しなさい。メンフィスは荒廃し、焼かれ、過疎化するからである。」
記されていることは残念なことですが、それだけ注目を集めていた証でもあります。 -
ハトホル女神の頭部の像
古代エジプトでは女神ハトホルは、愛と母性と音楽を象徴していました。
ここでは彼女が牛の頭部を持つ美しい女神として表現されています。
牛の角が生えて太陽円盤を載女性の姿で表されることが多いです。
この像は、かつては横の列の上部にあった可能性があるようです。 -
メンフィスの南北にはネクロポリスが残り、それらはギザ、アブシール、サッカラ、ダハシュールまで約30kmという広大なエリアに点在しています。
そしてマスタバと呼ばれるピラミッドの基礎となった小さな墳墓や大型のピラミッドまで見ることができます。
そして登録されているピラミッドは38基もあります。 -
かなり大きな頭部ですが、誰なのかは不明です。
女性のようにも見えますが、頭巾をつけているようにも見えます。 -
プタハ神殿跡
メンフィスで最も重要な場所であり、ほぼ完全に破壊されているため、その基礎だけが保存されています。
現在のミットラヒナ村にあります。 -
カルトゥーシュが描かれているようです。
-
このレリーフは、かなり明瞭に刻まれています。
中央に棒のような笏でしょうか、棍棒でしょうか・・を握ったかのような手が描かれています。
意味は不明ですが・・・。
そしてこの奥の方に、体の一部のような遺跡も見えます。 -
この中央の物は柱頭でしょうか。
それとも、単体と考えるべきでしょうか。
下のあたりに蛇らしきものが描かれているようにも見えます。 -
たくさんのレリーフが並んでいます。
特に中央にあるものは、ホルスの目、白冠、ホルス神・・・などが描かれているようです。 -
このレリーフには、アンクがたくさん描かれています。
天秤や羽も描かれています。
まるで「死者の書」の一部のようにも見えます。
ただ、下部はハトホル女神のようでもあります。 -
ラムセス2世の座像のようです。
花崗岩で造られました。
第19王朝(BC1279-BC1213)
典型的なネメス頭巾を着用し、スカートを身に着け、つけ髭が部分的に残っています。これらの正式な衣装を全て着用すると彼はファラオであることがわかります。
また、玉座の裏側には、彼の名前を書いた3つのカルトゥーシュのレリーフが見られます。
頭部は残念ながら失われてしまいました。 -
不明ですが、まるで子どもの亡骸を抱いているかのように見えます。
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円柱の台座部分
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つけ髭をつけているように見えます。
ファラオでしょうか。
古代エジプトでは、つけひげは冥界の神オシリス神とファラオが同一である事を示す重要なシンボルでした。 -
鳥のように見えます。
ホルス神を描いたものでしょうか。 -
展示物が野外に配置されているため、広々とした空間で古代エジプトの遺物を楽しむことができます。
プタハ神殿の遺跡やその他の石像も見逃せません。 -
ハトホル女神のように見えます。
また、後方にもたくさんあります。
特に無造作に置いているようですが、拡大して確認すると、カルトゥーシュが刻まれた石なども見えます。
ちなみにプタハ神殿は聖牛アピスとしても知られています。
牛をミイラにするための解剖台も見つかっているようです。 -
逆光で見えませんが「ラムセス2世」像です。
ラムセス2世は、エジプトの歴史の中では最も偉大で強力なファラオの一人とみなされています。
約66年という長い治世の間に、数多くの偉業を成し遂げました。
90人の子どもを持ち、様々な戦争で戦い、世界最古の平和条約も締結させました。
(ヒッタイトのムワタリ2世との間で結ばれました。)
彼はエジプト全土に広範囲に建設し、ナイルデルタのピ・ラムセスの行政首都、ヌビアのアブシンベル神殿、このメンフィスのプタ神殿など、多くの神殿や記念碑などを建設した建築王でもあります。
以前エジプトを旅しましたが、ラムセス2世の像は各地で拝見しました。
日本ではツタンカーメンやクフ王(ピラミッド)などの方が話題になっていますが、実際にエジプトに足を運ぶと、彼の功績を目の当たりにしました。 -
ラムセス2世のようですが、両脇の女性は女神でしょうか。
ただ、3人とも顔がつぶれた状態です。 -
この野外博物館の中で、ひと際目をひいたのが、このスフィンクスです。
高さ:4メートル
長さ:7メートル
重さ:80トンです。
考古学者は、ファラオのハトシェプストに敬意を表して建てられたと信じているようです。
そういえば、女性的な優しい顔をしています。
ルクソールの葬祭殿や、考古学博物館で見ましたが、似てるようにも思います。 -
このスフィンクスは、エジプトで2番目に大きなスフィンクスです。
1番大きいのは、ギザの台地にあります。
他にもスフィンクスは色々ありますが、古王国時代には既に存在していました。
神格化したファラオと百獣の王であるライオンを重ね合わせたものと考えられているようです。
また、スフィンクスには男性も女性もあり、動物のスフィンクスもあります。
中王国時代以降は、最高神アメンの聖獣である雄羊の頭部を持つスフィンクスが、神殿の守護者として神殿の前に置かれました。
以前ルクソールで見た、カルナック神殿前の可愛い羊のスフィンクスには驚きました。 -
このスフィンクスはアラバスター製です。
アラバスターの1枚に彫刻されています。
そして、ギザのスフィンクスよりも完全な状態で残っています。
特にこの左側の方が綺麗な状態です。
なんだか、この野外に展示しておくのがもったいないと思いました。 -
犬が約10匹、だるそうにゴロゴロしています。
暑いので日陰を選んで寝てます。
なお、野外博物館の左側には土産物屋がたくさんありました。
夫は値段交渉をしましたが、ぼったくられそうでやめました。
さて、この次はいよいよ夫が待ち望んだ「サッカラの階段ピラミッド」です。
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この旅行記へのコメント (2)
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- sanaboさん 2025/02/11 23:54:40
- ピラミッドとメンフィス博物館
- noelさん、こんばんは~
ピラミッドの旅行記を楽しみにお待ちしていたのに、
アップされてらしたことに先ほど気づきました💦
お泊りになられたホテルでは朝食時のコーヒーや紅茶は給仕して
いただけて、オムレツも作っていただけるのですね。
優雅な気分で朝食を召し上がって、観光への期待も高まりますね^^
エジプト政府はトゥクトゥク廃止の意向だそうですけど
EVのミニバンにするのかしら?
トゥクトゥクは怖そうだから自分では乗りたいとは思わないけど、
風物詩的なものが無くなるのは寂しい気もしますね。
突然、砂漠にピラミッドが出現したら興奮しそうですね~!
モンサンミッシェルが見えてきた時の感動を思い出しました。
ピラミッドがそんなにたくさんあるとは知らず、、
世界遺産登録されているものだけでも38基もあるのですね。
赤のピラミッドは均整の取れた美しい形をしていますね。
建設に10年7か月もかかったとは、ヨーロッパの大聖堂建築と同様、
信仰と労働の賜物ですね!
建設当初は石灰岩で覆われていたそうですけど、ということは
最初は白いピラミッドだったのでしょうか。
背後に見える屈折ピラミッドは1キロも先にあるのですね。
砂漠だけに、蜃気楼のように思えてしまいそうです。
メンフィス博物館のラムセス2世像は結果的には大英博物館に
拒絶されて良かったですよね。
ロゼッタ・ストーンだって本来はエジプトにあるべきものですし…。
何枚目かのお写真に、2階から見学する方たちの姿が写っており
改めてその巨大さが分かりました。
メンフィスは紀元前には世界で一番大きな都市であった時期も
あるそうですね。
ローマにも匹敵する重要な都市であったメンフィスのことも
詳しく教えていただき大変勉強になりました。
次回はご主人様が楽しみにしてらした「サッカラの階段ピラミッド」
なのですね。また楽しみにしていま~す♪
sanabo
- noelさん からの返信 2025/02/12 19:28:56
- Re: ピラミッドとメンフィス博物館
- sanaboさん、こんばんは!
いつもありがとうございます。
>お泊りになられたホテルでは朝食時のコーヒーや紅茶は給仕して
>いただけて、オムレツも作っていただけるのですね。
>優雅な気分で朝食を召し上がって、観光への期待も高まりますね^^
そうですね。
いつも慌ただしくいただいているので、ちょっと余裕があると嬉しいです。
>エジプト政府はトゥクトゥク廃止の意向だそうですけど
>EVのミニバンにするのかしら?
>トゥクトゥクは怖そうだから自分では乗りたいとは思わないけど、
>風物詩的なものが無くなるのは寂しい気もしますね。
sanaboさんのおっしゃるとおり、トゥクトゥク不安定に見えますので、怖そうです。
ただ、無くなると寂しい気がしますね。
>突然、砂漠にピラミッドが出現したら興奮しそうですね~!
>モンサンミッシェルが見えてきた時の感動を思い出しました。
実を言うと、モンサンミッシェルが見えた時の方が興奮しました。
砂漠にポッと出現するのも感動的でしたが、文明の地フランスの、本当に隅っこの行き止まりのような場所に、姿が見えた時、背筋がゾクゾクっとしました。
>ピラミッドがそんなにたくさんあるとは知らず、、
>世界遺産登録されているものだけでも38基もあるのですね。
そうなんです。
ただ有名なのは誰もが知るギザの三大ピラミッドですよね。
小さいものは、離れて見てると、工事現場の小高い山のようにも見えました。(-_-;)
現地の方に言ったら叱られそうなので、ここだけの話ですが・・・。
>赤のピラミッドは均整の取れた美しい形をしていますね。
>建設に10年7か月もかかったとは、ヨーロッパの大聖堂建築と同様、
>信仰と労働の賜物ですね!
確かに人間って凄いと思います。
これで私が建築関係の仕事をしていたら、もっと興味深く感じたかもしれません。
>建設当初は石灰岩で覆われていたそうですけど、ということは
>最初は白いピラミッドだったのでしょうか。
そうなんです。
建設当初は綺麗な状態でした。ギザのピラミッドも同様です。
ギザのピラミッドの中では、クフ王息子のカフラー王のピラミッドが、頭頂部に少しだけ残っています。
かなりの歳月の末、現在の状態になりました。
>背後に見える屈折ピラミッドは1キロも先にあるのですね。
>砂漠だけに、蜃気楼のように思えてしまいそうです。
本当にギザのピラミッドと違って、こちらのピラミッドは周囲に何もなくて
幻想的でした。
ギザは今では街中で、スフィンクスの前方にはケンタッキーやピザハットもあり、面白味はありますが、ちょっとがっかりな感じもしました。
>メンフィス博物館のラムセス2世像は結果的には大英博物館に
>拒絶されて良かったですよね。
本当にそう思います。
>ロゼッタ・ストーンだって本来はエジプトにあるべきものですし…。
>何枚目かのお写真に、2階から見学する方たちの姿が写っており
>改めてその巨大さが分かりました。
最近は各国に散らばった美術品、工芸品等々の文化財が返還要求されたりしてます。ただ、原産国がその管理能力があるかとの問題もあるので、なんとも微妙なところですね。
像は本当に大きかったです。
ただ、壊れていて立てないのが残念でした。(-_-;)
>メンフィスは紀元前には世界で一番大きな都市であった時期も
>あるそうですね。
>ローマにも匹敵する重要な都市であったメンフィスのことも
詳しく教えていただき大変勉強になりました。
いえいえ・・・。
先日ネットフリックスで「アレクサンドロス大王」を観ましたが、そこにもメンフィスが出てきました。
今では廃れてしまっているので、かつての栄華が想像できませんでしたが・・・。
>次回はご主人様が楽しみにしてらした「サッカラの階段ピラミッド」
>なのですね。また楽しみにしていま~す♪
ありがとうございます。
私もsanaboさんのサマルカンドの旅行記、楽しみにしています。
noel
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