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ダハシュールの赤いピラミッド、屈折ピラミッド、メンフィス博物館の観光後は、いよいよサッカラの階段ピラミッドです。<br />夫がサッカラの階段ピラミッドを見たいからと、この旅を決めました。<br />テレビなどでは何度か目にしていますが、「百聞は一見にしかず」これが旅の醍醐味です。<br /><br />実は今回はギリシャにも行きましたが、当初は個人旅行でエジプトにだけ行こうと考えていました。<br />まだ、行ったこことがなく、行ってみたいエジプトは以下のとおりでした。<br />↓<br />・サッカラ~ダハシュール<br />・ギザの大エジプト博物館<br />・オールド・カイロのコプト博物館<br />・アレキサンドリアの図書館や国立博物館等<br />そして時間とお金に余裕があったら、もう1度ルクソール<br />それと行きたくても行けない聖カトリーナ修道院(シナイ半島)<br /><br />※シナイ半島は外務省の危険度2で不要不急の渡航が中止なので、最初から諦め・・・・。<br />↓<br />これらを余裕をもったスケジュールで、現地のツアーなども利用しながら行こうと計画してみましたが、かえってお金と日数がかかるので、諦めました。<br />それでも、前回と同じだと新鮮味が薄れるので、今回のツアーに決めました。<br /><br /><br />【旅程】<br /><br />7月28日(日)<br />NRT 成田発 20時30分→CAI カイロ着 7月29日 4時20分<br />(MS965便 エジプト航空) <br />7月29日(月)<br />CAI カイロ発 10時10分→ATH アテネ着 12時10分<br />(MS747便 エジプト航空)<br /><br />アテネ市内観光 <br />・シンタグマ広場付近 <br />・パナシナイコスタジアム <br />・プラカ地区 <br />・パルテノン神殿 <br />・夕食 <br />・ホテル <br />↓<br />7月30日(火)<br />アテネ発→ピレウス港<br />エーゲ海1日クルーズ<br />・イドラ島<br />・ポロス島<br />・エギナ島<br />ピレウス港→アテネ<br />・プラカ地区で夕食<br />↓<br />7月31日(水)<br />アテネ発→カランバカ<br />・カランバカにて昼食<br /><br />カランバカ→メテオラ<br />・ビュースポット<br />・ヴァルラーム修道院<br />・アギオス・ステファヌス修道院<br />メテオラ→カランバカ→アテネ<br /><br />8月1日(木)<br />・リカヴィトスの丘の公園<br />ATH アテネ発 13時10分→CAI カイロ着  15時05分<br />(MS748便)<br /><br />・ハンハリーリ・バザール<br />・夕食<br />・ホテル<br /><br />8月2日(金)<br />ギザ→ダハシュール<br />・赤ピラミッド<br />・屈折ピラミッド<br />ダハシュール→メンフィス<br />・メンフィス博物館<br />メンフィス→サッカラ<br />・絨毯屋 ●<br />・階段ピラミッド ●<br />・ランチ ●<br />↓<br />サッカラ→ギザ<br />・クフ王ピラミッド<br />・ビュースポット<br />・河岸神殿<br />・スフィンクス<br />・パピルスの店<br />・香水と香水瓶の店<br />・夕食<br />・ホテル<br /><br />8月3日(土)<br />ギザ→カイロ<br />・考古学博物館<br />・ランチ<br />・モハメドアリモスク<br />・夕食<br />↓<br />カイロ空港<br />CAI カイロ空港 23時30分発<br />↓<br />8月4日(日)<br />NRT 成田空港 17時30分着<br />(MS964便)<br />

Saqqara 2024 ⑧ サッカラ(Greece~Egypt)

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2024/08/02 - 2024/08/02

2位(同エリア73件中)

noel

noelさん

この旅行記のスケジュール

2024/08/02

  • 絨毯屋:10時35分頃→階段ピラミッド:10時40分

  • 階段ピラミッド:11時15分→レストラン:11時48分頃

  • レストラン:12時40分頃→大エジプト博物館13時10分頃

  • 大エジプト博物館:13時10分頃→クフ王ピラミッド:13時15分頃

この旅行記スケジュールを元に

ダハシュールの赤いピラミッド、屈折ピラミッド、メンフィス博物館の観光後は、いよいよサッカラの階段ピラミッドです。
夫がサッカラの階段ピラミッドを見たいからと、この旅を決めました。
テレビなどでは何度か目にしていますが、「百聞は一見にしかず」これが旅の醍醐味です。

実は今回はギリシャにも行きましたが、当初は個人旅行でエジプトにだけ行こうと考えていました。
まだ、行ったこことがなく、行ってみたいエジプトは以下のとおりでした。
↓
・サッカラ~ダハシュール
・ギザの大エジプト博物館
・オールド・カイロのコプト博物館
・アレキサンドリアの図書館や国立博物館等
そして時間とお金に余裕があったら、もう1度ルクソール
それと行きたくても行けない聖カトリーナ修道院(シナイ半島)

※シナイ半島は外務省の危険度2で不要不急の渡航が中止なので、最初から諦め・・・・。
↓
これらを余裕をもったスケジュールで、現地のツアーなども利用しながら行こうと計画してみましたが、かえってお金と日数がかかるので、諦めました。
それでも、前回と同じだと新鮮味が薄れるので、今回のツアーに決めました。


【旅程】

7月28日(日)
NRT 成田発 20時30分→CAI カイロ着 7月29日 4時20分
(MS965便 エジプト航空) 
7月29日(月)
CAI カイロ発 10時10分→ATH アテネ着 12時10分
(MS747便 エジプト航空)

アテネ市内観光 
・シンタグマ広場付近 
・パナシナイコスタジアム 
・プラカ地区 
・パルテノン神殿 
・夕食 
・ホテル 
↓
7月30日(火)
アテネ発→ピレウス港
エーゲ海1日クルーズ
・イドラ島
・ポロス島
・エギナ島
ピレウス港→アテネ
・プラカ地区で夕食
↓
7月31日(水)
アテネ発→カランバカ
・カランバカにて昼食

カランバカ→メテオラ
・ビュースポット
・ヴァルラーム修道院
・アギオス・ステファヌス修道院
メテオラ→カランバカ→アテネ

8月1日(木)
・リカヴィトスの丘の公園
ATH アテネ発 13時10分→CAI カイロ着  15時05分
(MS748便)

・ハンハリーリ・バザール
・夕食
・ホテル

8月2日(金)
ギザ→ダハシュール
・赤ピラミッド
・屈折ピラミッド
ダハシュール→メンフィス
・メンフィス博物館
メンフィス→サッカラ
・絨毯屋 ●
・階段ピラミッド ●
・ランチ ●
↓
サッカラ→ギザ
・クフ王ピラミッド
・ビュースポット
・河岸神殿
・スフィンクス
・パピルスの店
・香水と香水瓶の店
・夕食
・ホテル

8月3日(土)
ギザ→カイロ
・考古学博物館
・ランチ
・モハメドアリモスク
・夕食
↓
カイロ空港
CAI カイロ空港 23時30分発
↓
8月4日(日)
NRT 成田空港 17時30分着
(MS964便)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
エジプト航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
エイチ・アイ・エス
  • AKHNATON CARPETS SCHOOL(イクナトン・カーペット・スクール)<br />2階は絨毯屋さんです。<br />この時、10時です。

    AKHNATON CARPETS SCHOOL(イクナトン・カーペット・スクール)
    2階は絨毯屋さんです。
    この時、10時です。

    イクナトン カーペットスクール 専門店

  • 綺麗な建物です。<br />前回のエジプト旅行の際は、絨毯屋さんには行きませんでした。<br />ただ、以前トルコのカッパドキアで、絨毯を購入しました。<br />玄関用ですが、シルクの製品でお値段が立派だったので、もったいなくて額に飾っています。<br />そんなわけで、私はもう絨毯は買わないと決意して行ったのですが・・・・・・・。<br /><br />

    綺麗な建物です。
    前回のエジプト旅行の際は、絨毯屋さんには行きませんでした。
    ただ、以前トルコのカッパドキアで、絨毯を購入しました。
    玄関用ですが、シルクの製品でお値段が立派だったので、もったいなくて額に飾っています。
    そんなわけで、私はもう絨毯は買わないと決意して行ったのですが・・・・・・・。

  • 様々な色の糸があります。<br />また、既に鳥の絵柄で織られた物がありました。

    様々な色の糸があります。
    また、既に鳥の絵柄で織られた物がありました。

  • 実際に作業している様子です。<br />また、ここでは絨毯学校というだけあって、子どもたちが絨毯を織っていました。<br />トルコでは若い女性(指が細いので)が織っていましたが、こちらでは男の子が織ってました。<br />この日はお休みの日だったのですが、2人の男の子がいました。

    実際に作業している様子です。
    また、ここでは絨毯学校というだけあって、子どもたちが絨毯を織っていました。
    トルコでは若い女性(指が細いので)が織っていましたが、こちらでは男の子が織ってました。
    この日はお休みの日だったのですが、2人の男の子がいました。

  • 下に見える図柄は、「スカラベ(ふんころがし)」のようです。<br />たかがふんころがしですが、エジプトではケペラ神(不死と復活を象徴しています。)です。<br />ツタンカーメンのカルトゥーシュ(ファラオの名前を記したもの)にも、ふんころがしが描かれています。<br /><br />幾何学模様やボタニカル柄などもありますが、古代エジプトに関係のある独特の絨毯がありました。

    下に見える図柄は、「スカラベ(ふんころがし)」のようです。
    たかがふんころがしですが、エジプトではケペラ神(不死と復活を象徴しています。)です。
    ツタンカーメンのカルトゥーシュ(ファラオの名前を記したもの)にも、ふんころがしが描かれています。

    幾何学模様やボタニカル柄などもありますが、古代エジプトに関係のある独特の絨毯がありました。

  • こちらが入口です。

    こちらが入口です。

  • 絨毯屋さんは2階にありましたが、写真撮影はできませんでした。<br />そして、見るだけの予定でした。<br />ただ、夫がアンクの柄のピンクの絨毯を持っているではないですか。<br />小さな毛織の物です。<br />欲しそうにしているので、結局購入することになりました。<br />(-_-;)(-_-;)

    絨毯屋さんは2階にありましたが、写真撮影はできませんでした。
    そして、見るだけの予定でした。
    ただ、夫がアンクの柄のピンクの絨毯を持っているではないですか。
    小さな毛織の物です。
    欲しそうにしているので、結局購入することになりました。
    (-_-;)(-_-;)

  • 絨毯スクールの後は、いよいよ階段ピラミッドです。

    絨毯スクールの後は、いよいよ階段ピラミッドです。

  • なつめやし並木を抜けていきます。<br />前年もヨルダンやイスラエルで、なつめやしはお馴染みになりました。<br />この光景は結構好きです。<br />以前コルドバ(スペイン)のメスキータに行った際、円柱の森がムーア人に故郷のなつめやしを思わせたとの話がありました。<br />ムーア人のみならず、日本人の私もこの光景に癒されます。

    なつめやし並木を抜けていきます。
    前年もヨルダンやイスラエルで、なつめやしはお馴染みになりました。
    この光景は結構好きです。
    以前コルドバ(スペイン)のメスキータに行った際、円柱の森がムーア人に故郷のなつめやしを思わせたとの話がありました。
    ムーア人のみならず、日本人の私もこの光景に癒されます。

  • Saqqara Archaelogical Site(サッカラ遺跡)<br />10時40分には到着です。

    Saqqara Archaelogical Site(サッカラ遺跡)
    10時40分には到着です。

  • なんだかこの光景を撮らずにはいられませんでした。

    なんだかこの光景を撮らずにはいられませんでした。

  • なつめやしと階段ピラミッドのコラボです。<br />なつめやしが林立している姿も好きですが、この光景はここでしか見られません。<br />唯一無二の光景です。

    イチオシ

    なつめやしと階段ピラミッドのコラボです。
    なつめやしが林立している姿も好きですが、この光景はここでしか見られません。
    唯一無二の光景です。

  • はっきりと見えました。<br />ついに世界で1番古いピラミッドにやって来ました。<br />朝早いお陰か、人もあまりいませんでした。<br />

    はっきりと見えました。
    ついに世界で1番古いピラミッドにやって来ました。
    朝早いお陰か、人もあまりいませんでした。

  • 周壁の入口です。<br /><br />この手前にゲートがあり、そこには銃を持った人がいました。<br />ちなみにゲートと言っても、砂漠の中の一か所を区切っているだけです。<br />ただ、それ以外の場所から入ったら、銃が向けられるかも・・・・(-_-;)(-_-;)<br /><br />訪問者用ガイドラインがありました。以下のとおりです。<br /><br />・大きなバッグやバックパック、40×40cmを超える荷物を持って入る事はできません。バッグとバックパックは検査対象となります。<br />・鋭利な物や危険物を持ち込んではいけません。<br />・小さな水筒を除いて、飲食は禁止されています。<br />・動物やペットを連れて入る事はできません。<br />・禁煙です。<br />・フラッシュ撮影はご遠慮ください。<br />・関係当局の承認がない限り、広告、バナー、看板等禁止です。<br />・チケット料金を支払わず、写真やビデオ録画はご遠慮ください。(携帯電話も)<br />・商業目的での撮影(テレビ、映画、番組、広告、ドキュメンタリーなど)は、関係当局の許可を得て、1日あたりの料金を支払った場合のみに許可されます。<br />・商用目的以外の三脚や一脚の使用はご遠慮ください。<br />・現場で懐中電灯、レーザーポインター、メガホン、楽器を使用しないでください。<br />・無秩序、破壊的、攻撃的な言葉のPR行為はご遠慮ください。<br />・他の人に気を配り、携帯電話を使用する際は、静かにしてください。<br />・中での儀式は行わないでください。<br />・レリーフや壁には触れないでください。<br />・緊急時(地震または火災)の場合、現場スタッフの指示に従ってください。<br /><br />

    周壁の入口です。

    この手前にゲートがあり、そこには銃を持った人がいました。
    ちなみにゲートと言っても、砂漠の中の一か所を区切っているだけです。
    ただ、それ以外の場所から入ったら、銃が向けられるかも・・・・(-_-;)(-_-;)

    訪問者用ガイドラインがありました。以下のとおりです。

    ・大きなバッグやバックパック、40×40cmを超える荷物を持って入る事はできません。バッグとバックパックは検査対象となります。
    ・鋭利な物や危険物を持ち込んではいけません。
    ・小さな水筒を除いて、飲食は禁止されています。
    ・動物やペットを連れて入る事はできません。
    ・禁煙です。
    ・フラッシュ撮影はご遠慮ください。
    ・関係当局の承認がない限り、広告、バナー、看板等禁止です。
    ・チケット料金を支払わず、写真やビデオ録画はご遠慮ください。(携帯電話も)
    ・商業目的での撮影(テレビ、映画、番組、広告、ドキュメンタリーなど)は、関係当局の許可を得て、1日あたりの料金を支払った場合のみに許可されます。
    ・商用目的以外の三脚や一脚の使用はご遠慮ください。
    ・現場で懐中電灯、レーザーポインター、メガホン、楽器を使用しないでください。
    ・無秩序、破壊的、攻撃的な言葉のPR行為はご遠慮ください。
    ・他の人に気を配り、携帯電話を使用する際は、静かにしてください。
    ・中での儀式は行わないでください。
    ・レリーフや壁には触れないでください。
    ・緊急時(地震または火災)の場合、現場スタッフの指示に従ってください。

  • Stepped Pyramid of Djoser(ジョセル王の階段ピラミッド)<br /><br />「ジョセル」というのは即位時の名称ではありません。<br />階段ピラミッドなどにつけられた名はいずれも「ネチェル・ケト」です。<br />「ジョセル」という名前は新王国時代になってからです。<br />アスワンの島の碑文により、同一人物と確認されてます。<br />こちらでは、4トラの名称に合わせて、以後も「ジョセル王」とします。

    Stepped Pyramid of Djoser(ジョセル王の階段ピラミッド)

    「ジョセル」というのは即位時の名称ではありません。
    階段ピラミッドなどにつけられた名はいずれも「ネチェル・ケト」です。
    「ジョセル」という名前は新王国時代になってからです。
    アスワンの島の碑文により、同一人物と確認されてます。
    こちらでは、4トラの名称に合わせて、以後も「ジョセル王」とします。

  • 古代エジプト第3王朝のジョセル王のために建設されました。<br />建築家のイムホテプが設計し、紀元前27世紀頃に建設されました。<br /><br />ジョセル王の在位は紀元前2668年から紀元前2649年です。

    古代エジプト第3王朝のジョセル王のために建設されました。
    建築家のイムホテプが設計し、紀元前27世紀頃に建設されました。

    ジョセル王の在位は紀元前2668年から紀元前2649年です。

  • 階段ピラミッドの複合体の説明です。

    階段ピラミッドの複合体の説明です。

  • Step Pyramid Complex(階段ピラミッドの複合体)<br /><br />サッカラで知られる最大のピラミッドの複合体です。これは歴史上最初の大規模な石造建築で、王室の墓の構想が完全なピラミッド形状に進化する重要な段階と考えられています。<br /><br />この複合施設は外側の高さ10mの石垣(540×280m)で囲まれており、10の建築要素が含まれています。<br />入口の中庭 2列に40本の柱で構成された柱、オープン中庭、中央にある高さ60mの階段ピラミッド、これは史上初めて建てられたピラミッド、南の墓、南の家と北の家、ヘブセドとその礼拝堂の中庭、葬祭殿、シャフトルームで構成されています。<br />端的に言うと、周壁、葬祭施設、埋葬施設を1つの複合体にまとめました。<br />それまでは、玄室などの1部にしか用いられなかった石材を主な主材料としました。<br />さらに、この当時には急速に王権が高まり、農作物にも恵まれ、また、トルコ石、銅などの採掘量も増えたため、人の交流が盛んでした。<br />文字(情報の伝達)、天文学(時間の管理)、数学(建築)、土地の測量や工芸技術、国家の政治の形態も発展しました。<br />このため、石造建造物ができました。<br />ジョセル王が亡くなる前からお墓の建築、当初は石を積んだ墳墓だったのですが、途中から拡張していきました。<br />横にも広げる事もできたようですが、微妙に段差ができて、一部が階段状になり、まず4段に、そして最終的に6段になりました。<br /><br />

    Step Pyramid Complex(階段ピラミッドの複合体)

    サッカラで知られる最大のピラミッドの複合体です。これは歴史上最初の大規模な石造建築で、王室の墓の構想が完全なピラミッド形状に進化する重要な段階と考えられています。

    この複合施設は外側の高さ10mの石垣(540×280m)で囲まれており、10の建築要素が含まれています。
    入口の中庭 2列に40本の柱で構成された柱、オープン中庭、中央にある高さ60mの階段ピラミッド、これは史上初めて建てられたピラミッド、南の墓、南の家と北の家、ヘブセドとその礼拝堂の中庭、葬祭殿、シャフトルームで構成されています。
    端的に言うと、周壁、葬祭施設、埋葬施設を1つの複合体にまとめました。
    それまでは、玄室などの1部にしか用いられなかった石材を主な主材料としました。
    さらに、この当時には急速に王権が高まり、農作物にも恵まれ、また、トルコ石、銅などの採掘量も増えたため、人の交流が盛んでした。
    文字(情報の伝達)、天文学(時間の管理)、数学(建築)、土地の測量や工芸技術、国家の政治の形態も発展しました。
    このため、石造建造物ができました。
    ジョセル王が亡くなる前からお墓の建築、当初は石を積んだ墳墓だったのですが、途中から拡張していきました。
    横にも広げる事もできたようですが、微妙に段差ができて、一部が階段状になり、まず4段に、そして最終的に6段になりました。

  • 階段ピラミッドとウセルカフ王のピラミッド<br /><br />

    階段ピラミッドとウセルカフ王のピラミッド

  • ジョセル王の階段ピラミッド群を囲む壁は、高さ10.5mあります。<br />544×277mに囲まれ、全体に凹んだパネルが飾られています。<br />これらのパネルはエジプトの王宮の外装を飾っていました。<br />そのため、階段ピラミッド群は、単なるお墓以上のものと考えられていました。<br />ジョセル王の永遠の王宮でした。

    ジョセル王の階段ピラミッド群を囲む壁は、高さ10.5mあります。
    544×277mに囲まれ、全体に凹んだパネルが飾られています。
    これらのパネルはエジプトの王宮の外装を飾っていました。
    そのため、階段ピラミッド群は、単なるお墓以上のものと考えられていました。
    ジョセル王の永遠の王宮でした。

    ジョセル王のピラミッドコンプレックス 建造物

  • 拡大してみました。<br />四角い小さな溝がたくさんありますが、ブルーのパネルがはまっていました。<br />溝はこの壁全面にあります。<br />

    拡大してみました。
    四角い小さな溝がたくさんありますが、ブルーのパネルがはまっていました。
    溝はこの壁全面にあります。

  • 葬祭殿です。<br /><br />エジプト初期の第1、第2王朝の時代のファラオが墓地に選んだのは、アビュドスでした。おそらく初期のファラオの出生地や活動拠点の近くで祖先が葬られてたからと思います。<br />(第2王朝で2人の王はサッカラに墓を造営してます。)<br />その後、第3王朝には政治の中心地がメンフィスで、その近くのサッカラに王墓が移り、その後ピラミッドへと発展しました。<br />「サッカラ」という地名の語源は、ハヤブサ姿の墓地の守護神である「ソカル」の名です。

    葬祭殿です。

    エジプト初期の第1、第2王朝の時代のファラオが墓地に選んだのは、アビュドスでした。おそらく初期のファラオの出生地や活動拠点の近くで祖先が葬られてたからと思います。
    (第2王朝で2人の王はサッカラに墓を造営してます。)
    その後、第3王朝には政治の中心地がメンフィスで、その近くのサッカラに王墓が移り、その後ピラミッドへと発展しました。
    「サッカラ」という地名の語源は、ハヤブサ姿の墓地の守護神である「ソカル」の名です。

  • この階段ピラミッドを設計したImhotep(イムホテプ)について・・・・<br /><br />・映画「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」にも登場します。(悪役になってますが・・。)<br />・古代エジプトの高級神官です。<br />・第3王朝のジョセル王に仕えた宰相です。(第3王朝最後のフニまで活躍しました。)<br />・建築家(このピラミッドの設計者)です。<br />・内科医です。<br />と、ご覧のようにマルチな才能のある人です。<br />先日六本木のブルックリン博物館所蔵の古代エジプト展にもありました。<br /><br />ちなみに以前のエジプト旅行で、フィラエ島に行きましたが、列柱廊にはイムホテプの礼拝堂がありました。<br />↓<br />参考:https://4travel.jp/travelogue/11340316<br /><br />また、コム・オンボにも彼のレリーフがありました。<br />↓<br />参考:https://4travel.jp/travelogue/11333508

    この階段ピラミッドを設計したImhotep(イムホテプ)について・・・・

    ・映画「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」にも登場します。(悪役になってますが・・。)
    ・古代エジプトの高級神官です。
    ・第3王朝のジョセル王に仕えた宰相です。(第3王朝最後のフニまで活躍しました。)
    ・建築家(このピラミッドの設計者)です。
    ・内科医です。
    と、ご覧のようにマルチな才能のある人です。
    先日六本木のブルックリン博物館所蔵の古代エジプト展にもありました。

    ちなみに以前のエジプト旅行で、フィラエ島に行きましたが、列柱廊にはイムホテプの礼拝堂がありました。
    ↓
    参考:https://4travel.jp/travelogue/11340316

    また、コム・オンボにも彼のレリーフがありました。
    ↓
    参考:https://4travel.jp/travelogue/11333508

  • Southern Tomb(南の墓)<br /><br />左の階段を登ります。

    Southern Tomb(南の墓)

    左の階段を登ります。

  • ちょうど正面から見た様子です。<br />この広い空間に立った時、なぜか京都御所の紫宸殿の玉砂利の南庭を思い起こしました。全く異なる空間なのですが。<br />ただ、神聖な空間であることは共通しているかもしれません。

    ちょうど正面から見た様子です。
    この広い空間に立った時、なぜか京都御所の紫宸殿の玉砂利の南庭を思い起こしました。全く異なる空間なのですが。
    ただ、神聖な空間であることは共通しているかもしれません。

  • よく見ると、コブラが象られています。<br />

    よく見ると、コブラが象られています。

  • 無造作に積み上げられたかのように見える小山があります。<br />ただの山ではありません。<br /><br />

    無造作に積み上げられたかのように見える小山があります。
    ただの山ではありません。

  • ウナス王のピラミッド<br /><br />第5王朝最後の王であるウナスの時勢は、エジプトの権威が落ちました。<br />ピラミッドも小規模であったと考えられています。

    ウナス王のピラミッド

    第5王朝最後の王であるウナスの時勢は、エジプトの権威が落ちました。
    ピラミッドも小規模であったと考えられています。

    ウナス王のピラミッド 建造物

  • 正方形の基壇は57.7m、高さは43mです。<br />エジプト古王国時代のファラオのピラミッドとしては最小のピラミッドです。<br />ピラミッドの化粧石、東側に設けられた葬祭施設、残念なことに崩れています。これは、レンガ造りであるために中王国時代に素材として利用されてしまいました。<br /><br />ピラミッド内部の壁面にピラミッド・テキストが初めて刻まれたことで有名です。壁一面に書かれたヒエログリフは圧巻らしいです。

    正方形の基壇は57.7m、高さは43mです。
    エジプト古王国時代のファラオのピラミッドとしては最小のピラミッドです。
    ピラミッドの化粧石、東側に設けられた葬祭施設、残念なことに崩れています。これは、レンガ造りであるために中王国時代に素材として利用されてしまいました。

    ピラミッド内部の壁面にピラミッド・テキストが初めて刻まれたことで有名です。壁一面に書かれたヒエログリフは圧巻らしいです。

  • マスタバ墳とは長方形のお墓のことです。<br />古王国時代の貴族の墓の中でも最大級なのが「メレルカのマスタバ墳」です。<br />その部屋の数は32個もありました。<br /><br />メレルカと言うのは、第六王朝の初代王テティに仕えた宰相のことです。<br />ちなみに、この近くにテティのピラミッドもあります。<br />

    マスタバ墳とは長方形のお墓のことです。
    古王国時代の貴族の墓の中でも最大級なのが「メレルカのマスタバ墳」です。
    その部屋の数は32個もありました。

    メレルカと言うのは、第六王朝の初代王テティに仕えた宰相のことです。
    ちなみに、この近くにテティのピラミッドもあります。

  • ここから左方向には下記の物があります。<br /><br />・Tomb of  mehu(メフの墓)<br />・Tomb of Idut(イドゥットの墓)<br />・Tomb of Unasankh(ウナサンクの墓)<br />・Tomb of Iynefert(アイネフェルトの墓)<br />・Pyramid of Unas(ウナス王のピラミッド)<br />・New kingdom Cemetery(新王国の墓地)<br />・Tomb of Nebt(ネブトの墓)<br />・Tomb of Nebkauhor(ネブカウホルの墓)<br />

    ここから左方向には下記の物があります。

    ・Tomb of mehu(メフの墓)
    ・Tomb of Idut(イドゥットの墓)
    ・Tomb of Unasankh(ウナサンクの墓)
    ・Tomb of Iynefert(アイネフェルトの墓)
    ・Pyramid of Unas(ウナス王のピラミッド)
    ・New kingdom Cemetery(新王国の墓地)
    ・Tomb of Nebt(ネブトの墓)
    ・Tomb of Nebkauhor(ネブカウホルの墓)

  • ウナス王は、第5王朝最後のファラオです。<br />このピラミッドは外観は崩れていて、工事現場のようにも見えますが、実は内部には世界最古のピラミッド・テキストが実に鮮明に残っています。<br />残念ながら中には入りませんでしたが。<br /><br />「ピラミッド・テキスト」と言うのは、ピラミッドの内部に刻まれた古エジプト語の文字列です。王の来世復活と栄光を願うまるで呪文のようなものです。<br />世界最古の文学とも言えます。

    ウナス王は、第5王朝最後のファラオです。
    このピラミッドは外観は崩れていて、工事現場のようにも見えますが、実は内部には世界最古のピラミッド・テキストが実に鮮明に残っています。
    残念ながら中には入りませんでしたが。

    「ピラミッド・テキスト」と言うのは、ピラミッドの内部に刻まれた古エジプト語の文字列です。王の来世復活と栄光を願うまるで呪文のようなものです。
    世界最古の文学とも言えます。

  • ウナス王が統治したのは、クフ王やカフラー王の時代からさらに200年ほど後です。<br /><br />ちなみに、古い時代の墓は砂漠に穴を掘り、日干し煉瓦で壁を作り、砂が崩れないようにしただけでした。<br />埋葬室と供物を納める部屋がいくつかあるだけでした。<br />墓の上部を葦や樹木で覆って低い泥の墳墓にし、墓を隠しました。<br />そして墓とは別に、周壁を設けて、葬祭や供養の儀式を行ったようです。<br /><br />しばらくすると、王墓にホルス名(名前)を刻んだステラ(石碑)が立てられ、埋葬者を特定することができました。<br />さらに権力が増大すると、墓の規模が大きくなりました。<br />そして、生前から自分の墓の造営を始めました。<br />ステラのある場所には供物が捧げられ、葬祭儀式が行われるようになりました。<br />第1王朝の2人目のジェル王の墓には326人もの殉教者が墓の周囲に埋葬されました。死後も、彼らが王に仕えるという来世観からです。<br />第2王朝に3名埋葬されましたが、その後は見られなくなりました。<br />墓の構造は現世と同じ暮らしができるようトイレまで造られました。<br /><br />第3王朝になって1つの複合体にまとめ、石造の建造物を造りました。<br />当初は台形上に石を積んだだけでしたが、拡張していき、段差ができ階段状になりました。

    ウナス王が統治したのは、クフ王やカフラー王の時代からさらに200年ほど後です。

    ちなみに、古い時代の墓は砂漠に穴を掘り、日干し煉瓦で壁を作り、砂が崩れないようにしただけでした。
    埋葬室と供物を納める部屋がいくつかあるだけでした。
    墓の上部を葦や樹木で覆って低い泥の墳墓にし、墓を隠しました。
    そして墓とは別に、周壁を設けて、葬祭や供養の儀式を行ったようです。

    しばらくすると、王墓にホルス名(名前)を刻んだステラ(石碑)が立てられ、埋葬者を特定することができました。
    さらに権力が増大すると、墓の規模が大きくなりました。
    そして、生前から自分の墓の造営を始めました。
    ステラのある場所には供物が捧げられ、葬祭儀式が行われるようになりました。
    第1王朝の2人目のジェル王の墓には326人もの殉教者が墓の周囲に埋葬されました。死後も、彼らが王に仕えるという来世観からです。
    第2王朝に3名埋葬されましたが、その後は見られなくなりました。
    墓の構造は現世と同じ暮らしができるようトイレまで造られました。

    第3王朝になって1つの複合体にまとめ、石造の建造物を造りました。
    当初は台形上に石を積んだだけでしたが、拡張していき、段差ができ階段状になりました。

  • 階段ピラミッドは、日干し煉瓦を積み上げた墓(マスタバ)を5層に重ねた構造になっています。<br />世界最古のピラミッドです。<br />高さ:62m<br />東西:125m<br />南北:109m<br />サッカラで最も高いピラミッドです。<br />元は高さ10m、幅は63mのマスタバ墳でした。<br />当時の宰相かつ重臣のイムホテプたちにより、拡張されて階段状のピラミッドになりました。

    階段ピラミッドは、日干し煉瓦を積み上げた墓(マスタバ)を5層に重ねた構造になっています。
    世界最古のピラミッドです。
    高さ:62m
    東西:125m
    南北:109m
    サッカラで最も高いピラミッドです。
    元は高さ10m、幅は63mのマスタバ墳でした。
    当時の宰相かつ重臣のイムホテプたちにより、拡張されて階段状のピラミッドになりました。

  • 駱駝です。<br />

    駱駝です。

  • ウナス王のピラミッドの後は、一直線になった道を歩いて階段ピラミッドに向かいます。<br /><br />ピラミッドの地下には深さ28mの地下室が設けられています。<br />遺体を納める玄室や、玄室を取り巻く多数の部屋、回廊が張り巡らさていました。

    ウナス王のピラミッドの後は、一直線になった道を歩いて階段ピラミッドに向かいます。

    ピラミッドの地下には深さ28mの地下室が設けられています。
    遺体を納める玄室や、玄室を取り巻く多数の部屋、回廊が張り巡らさていました。

  • 人と比べると、大きさがわかると思います。<br />この左側の直線の道ですが、ここが西の地下遺構かと思います。

    イチオシ

    人と比べると、大きさがわかると思います。
    この左側の直線の道ですが、ここが西の地下遺構かと思います。

  • 地面から掘り下げたところに玄室があります。<br />それに蓋をするような四角い盛り土をした構造が基礎となっています。<br />その上に4段の階段状のピラミッドがあり、さらに、その上に2段の階段状の部分が継ぎ足されてピラミッド状になっています。

    地面から掘り下げたところに玄室があります。
    それに蓋をするような四角い盛り土をした構造が基礎となっています。
    その上に4段の階段状のピラミッドがあり、さらに、その上に2段の階段状の部分が継ぎ足されてピラミッド状になっています。

  • そばまで行ったからこそ、こんなにもじっくり見られます。<br /><br />階段ピラミッドは、王が天に昇るための階段を意味するといわれています。<br /><br />内部が露出しています。<br />表面には化粧石が使用されていて、そのため建設当初は、太陽光を浴びて真白に輝いていたと想像されます。

    そばまで行ったからこそ、こんなにもじっくり見られます。

    階段ピラミッドは、王が天に昇るための階段を意味するといわれています。

    内部が露出しています。
    表面には化粧石が使用されていて、そのため建設当初は、太陽光を浴びて真白に輝いていたと想像されます。

  • マスタバはアラビア語でベンチという意味です。<br /><br />サッカラは、エジプトにある広大な古代の埋葬地です。<br />古代エジプトの首都だったメンフィスのネクロポリスでした。<br /><br />サッカラには、他にも16人のファラオがここにピラミッドを建てました。<br />ただ、その保存状態はそれぞれです。

    マスタバはアラビア語でベンチという意味です。

    サッカラは、エジプトにある広大な古代の埋葬地です。
    古代エジプトの首都だったメンフィスのネクロポリスでした。

    サッカラには、他にも16人のファラオがここにピラミッドを建てました。
    ただ、その保存状態はそれぞれです。

  • ピラミッド複合体と言われるのは、ピラミッドだけではなく他の物とも構成されているからです。<br />まず北側に葬祭殿<br />東側に王宮・セド祭用の神殿<br />南側に「南墓」<br />西側に巨大な倉庫<br />と色々たくさんありあります。<br />この複合体全体を高さ10.4m<br />東西277m<br />南北545m<br />の外壁が取り囲み形成されているからです。

    ピラミッド複合体と言われるのは、ピラミッドだけではなく他の物とも構成されているからです。
    まず北側に葬祭殿
    東側に王宮・セド祭用の神殿
    南側に「南墓」
    西側に巨大な倉庫
    と色々たくさんありあります。
    この複合体全体を高さ10.4m
    東西277m
    南北545m
    の外壁が取り囲み形成されているからです。

  • このあたりの石の積み方は整然としています。<br />修復された部分でしょうか。<br /><br />

    このあたりの石の積み方は整然としています。
    修復された部分でしょうか。

  • こちらはセド祭殿<br /><br />ファラオの在任中に行われる更新祭、またはファラオの再生の儀式です。<br />セド祭は力の維持と保持のために行われました。<br />ファラオの肉体的かつ魔術的な力の復活を祈願します。<br />死と再生を表す神事でもありました。<br /><br />セド祭の歴史は古く、エジプトの初期王朝時代からプトレマイオス王朝が滅ぼされるまで行われました。

    こちらはセド祭殿

    ファラオの在任中に行われる更新祭、またはファラオの再生の儀式です。
    セド祭は力の維持と保持のために行われました。
    ファラオの肉体的かつ魔術的な力の復活を祈願します。
    死と再生を表す神事でもありました。

    セド祭の歴史は古く、エジプトの初期王朝時代からプトレマイオス王朝が滅ぼされるまで行われました。

  • こちらは階段ピラミッドを背にして撮りました。

    こちらは階段ピラミッドを背にして撮りました。

  • この写真は大エジプト博物館の協力を得てRTI法で撮影されました。

    この写真は大エジプト博物館の協力を得てRTI法で撮影されました。

  • 見取図<br /><br />参考<br />図説古代エジプト誌<br />神々と旅する冥界 来世へ<br />《前編》ピラミッド・テキスト コフィン・テキスト 死者の書他<br />著作・写真:松本弥氏<br /><br />この図の中の中央より下の部分かと思いますが、セド祭の際に王が統治し続けることができるだけの体力を有する事を示すため、重要な走行の儀式があったようです。<br />その儀式のため、折り返し点が設けられています。(馬蹄形だったようです。)<br />この折り返し点の間は60mです。<br />つまり、ここを全速力で走ったのでしょうか・・・。<br />ファラオも権力を維持し続けるのは大変です。(;^_^A

    見取図

    参考
    図説古代エジプト誌
    神々と旅する冥界 来世へ
    《前編》ピラミッド・テキスト コフィン・テキスト 死者の書他
    著作・写真:松本弥氏

    この図の中の中央より下の部分かと思いますが、セド祭の際に王が統治し続けることができるだけの体力を有する事を示すため、重要な走行の儀式があったようです。
    その儀式のため、折り返し点が設けられています。(馬蹄形だったようです。)
    この折り返し点の間は60mです。
    つまり、ここを全速力で走ったのでしょうか・・・。
    ファラオも権力を維持し続けるのは大変です。(;^_^A

  • では、戻ります。葬祭殿です。

    では、戻ります。葬祭殿です。

  • 通廊<br />列柱に囲まれています。<br />これは木造の建築物を模したデザインになっているようです。<br />往路は人が多すぎて写真が撮りにくかったため、復路に撮影しました。<br />それにしても通路は狭く、前から人が来ると、すれ違うのが大変です。<br /><br />

    通廊
    列柱に囲まれています。
    これは木造の建築物を模したデザインになっているようです。
    往路は人が多すぎて写真が撮りにくかったため、復路に撮影しました。
    それにしても通路は狭く、前から人が来ると、すれ違うのが大変です。

  • この石の積み方は、イギリスのコッツウォルズやイタリアのアルベロベッロのトゥルッリなどの積み方を彷彿としました。<br />簡単に言えば、どこにでもあるような積み方とも言えます。<br />

    この石の積み方は、イギリスのコッツウォルズやイタリアのアルベロベッロのトゥルッリなどの積み方を彷彿としました。
    簡単に言えば、どこにでもあるような積み方とも言えます。

  • 柱の間から横を見た光景です。<br />暗く狭い空間から、明るく光のある世界が見えます。

    柱の間から横を見た光景です。
    暗く狭い空間から、明るく光のある世界が見えます。

  • Pyramid of Userkaf(ウセルカフ王のピラミッド)<br /><br />ジョセル王の階段ピラミッドの北側に位置しています。<br />高さ:49m<br />底面の一辺:73.5m<br />ウセルカフ王は、エジプト第5王朝の創設者で、紀元前2494年から紀元前2487年にかけてエジプトを統治しました。

    Pyramid of Userkaf(ウセルカフ王のピラミッド)

    ジョセル王の階段ピラミッドの北側に位置しています。
    高さ:49m
    底面の一辺:73.5m
    ウセルカフ王は、エジプト第5王朝の創設者で、紀元前2494年から紀元前2487年にかけてエジプトを統治しました。

  • Pyramid of Teti(テティ王のピラミッド)<br /><br />この付近から見ると、工事現場の小山のようにしか見せません。<br />高さ:52.5m<br />底辺の一辺:78.5m<br />現在は崩れてしまい、約20mになっています。<br />テティ王は第6王朝のファラオです。紀元前2345年頃即位しました。<br />ウナス王に男児がいなかったため、ウナス王の娘に迎えられてファラオとなりました。<br />

    Pyramid of Teti(テティ王のピラミッド)

    この付近から見ると、工事現場の小山のようにしか見せません。
    高さ:52.5m
    底辺の一辺:78.5m
    現在は崩れてしまい、約20mになっています。
    テティ王は第6王朝のファラオです。紀元前2345年頃即位しました。
    ウナス王に男児がいなかったため、ウナス王の娘に迎えられてファラオとなりました。

  • ピラミッドが遠くなっていきます。<br />左がウセルカフ王、右がテティ王のピラミッドです。

    ピラミッドが遠くなっていきます。
    左がウセルカフ王、右がテティ王のピラミッドです。

  • 最後の1枚です。<br />表紙と同じ写真ですが、夫が撮った1枚です。<br />階段ピラミッドと飛行機のコラボが気に入ってます。

    イチオシ

    地図を見る

    最後の1枚です。
    表紙と同じ写真ですが、夫が撮った1枚です。
    階段ピラミッドと飛行機のコラボが気に入ってます。

  • 車の陰になっている場所にワンちゃんがいました。<br />暑いですから、少しでも涼しい所をよく知っています。

    車の陰になっている場所にワンちゃんがいました。
    暑いですから、少しでも涼しい所をよく知っています。

  • 核は粗石でできていますが、表面は化粧石で作られています。

    核は粗石でできていますが、表面は化粧石で作られています。

  • 水面に木々や建物が映って見えますが、お世辞にも綺麗とは言えません。<br />(-_-;)

    水面に木々や建物が映って見えますが、お世辞にも綺麗とは言えません。
    (-_-;)

  • 「RIHANA」<br />レストランにやってきました。

    「RIHANA」
    レストランにやってきました。

  • この時11時50分頃です。

    この時11時50分頃です。

  • エントランスの様子です。<br />

    エントランスの様子です。

  • この付近は照明がなく、少し薄暗くなっています。<br />暑いから日が入らないようにしてるのでしょうか・・・。

    この付近は照明がなく、少し薄暗くなっています。
    暑いから日が入らないようにしてるのでしょうか・・・。

  • まずはスープです。<br />

    まずはスープです。

  • 夫は鶏肉にしました。

    夫は鶏肉にしました。

  • こちらは私のチョイスです。

    こちらは私のチョイスです。

  • プリンだったと思います。<br />このレストランにはアルコールはありませんでした。<br /><br />ところで、ビールの発祥の地はエジプトであるという説がありますが・・・。<br />エジプト先王朝時代の紀元前3800~3600年位ではないかとの見方があります。<br /><br />古代エジプトのレリーフには、ビールを醸造する様子などが描かれています。<br />紀元前16世紀のパピルスには、ビールを薬とする処方が約700種類も存在するのだそうです。<br /><br />ただ、紀元前3000年頃にメソポタミア(現在のイラクの一部)で発祥したという説があります。<br />おそらくは、紀元前3000年以降に、大麦や穀物と共に、メソポタミアのシュメールよりエジプトに伝わったのではないかと思います。<br />シュメール人によって、くさび形文字で刻まれた粘土版の記録に、ビールの記述があります。<br />少なくとも5,000年前にはすでに存在していたのでは・・・と考えられています。<br /><br />「サッカラはビール発祥の地」と思われているようですが、おそらくエジプトで有名なビール「サッカラ」の名前のせいかと思います。<br />エジプトでは「サッカラ」の他に有名ビールが「ステラ」です。<br /><br />私の推測ですが、エジプトはビールの発祥の地ではなかったとしても、早い時期から飲まれていたのは間違いないでしょう。<br />

    プリンだったと思います。
    このレストランにはアルコールはありませんでした。

    ところで、ビールの発祥の地はエジプトであるという説がありますが・・・。
    エジプト先王朝時代の紀元前3800~3600年位ではないかとの見方があります。

    古代エジプトのレリーフには、ビールを醸造する様子などが描かれています。
    紀元前16世紀のパピルスには、ビールを薬とする処方が約700種類も存在するのだそうです。

    ただ、紀元前3000年頃にメソポタミア(現在のイラクの一部)で発祥したという説があります。
    おそらくは、紀元前3000年以降に、大麦や穀物と共に、メソポタミアのシュメールよりエジプトに伝わったのではないかと思います。
    シュメール人によって、くさび形文字で刻まれた粘土版の記録に、ビールの記述があります。
    少なくとも5,000年前にはすでに存在していたのでは・・・と考えられています。

    「サッカラはビール発祥の地」と思われているようですが、おそらくエジプトで有名なビール「サッカラ」の名前のせいかと思います。
    エジプトでは「サッカラ」の他に有名ビールが「ステラ」です。

    私の推測ですが、エジプトはビールの発祥の地ではなかったとしても、早い時期から飲まれていたのは間違いないでしょう。

  • レストラン前の通りです。

    レストラン前の通りです。

  • サッカラからギザに移動中です。この時13時10分頃です。<br />「大エジプト博物館」前付近を通っています。<br />この博物館はまだプレ・オープンで、完全にはオープンしていません。<br />ただ、入場はできます。<br />ツアーでは、ツタンカーメンの黄金のマスクがある博物館に入場します。<br />まだカイロの考古学博物館にあるため、こちらには行きませんでした。<br />ただ、今年の7月3日に正式にオープンするらしいです。<br />今度こそ本当でしょうか?<br /><br />実は、この博物館に行くため、色々と計画をしていたのですが・・・。

    サッカラからギザに移動中です。この時13時10分頃です。
    「大エジプト博物館」前付近を通っています。
    この博物館はまだプレ・オープンで、完全にはオープンしていません。
    ただ、入場はできます。
    ツアーでは、ツタンカーメンの黄金のマスクがある博物館に入場します。
    まだカイロの考古学博物館にあるため、こちらには行きませんでした。
    ただ、今年の7月3日に正式にオープンするらしいです。
    今度こそ本当でしょうか?

    実は、この博物館に行くため、色々と計画をしていたのですが・・・。

  • 最後の写真は絨毯屋さんで購入した絨毯です。<br />私の好みではないのですが‥‥。<br />これはエジプトでは有名な『アンク』をモチーフにしてます。<br />お値段は175ドル(28,093円)でした。<br /><br />『アンク』は古代エジプトで使用された「生命」または「生きること」を意味しています。生命の鍵と言われて護符や装飾の図柄として良く使われています。<br />ご覧のように十字架の上に??が描かれていて、エジプト十字とも呼ばれています。<br /><br />この絨毯ですがエジプト土産としては良いのですが、部屋のコーディネートにはちょっと困っています。(・_・;

    最後の写真は絨毯屋さんで購入した絨毯です。
    私の好みではないのですが‥‥。
    これはエジプトでは有名な『アンク』をモチーフにしてます。
    お値段は175ドル(28,093円)でした。

    『アンク』は古代エジプトで使用された「生命」または「生きること」を意味しています。生命の鍵と言われて護符や装飾の図柄として良く使われています。
    ご覧のように十字架の上に??が描かれていて、エジプト十字とも呼ばれています。

    この絨毯ですがエジプト土産としては良いのですが、部屋のコーディネートにはちょっと困っています。(・_・;

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この旅行記へのコメント (4)

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  • sanaboさん 2025/03/29 14:52:51
    サッカラ
    noelさん、こんにちは~

    サッカラという地名はほとんど聞き覚えすらなかったのですが、
    ご主人様が希望されたということでどのような所かと思っていたら
    世界一古い階段ピラミッドがある場所だったのですね。
    そもそも階段状のピラミッドがあることも初めて知りました。
    5千年近く前に建設されたものとお聞きし、気の遠くなるような
    長い長い時の流れに圧倒されてしまいます!
    ピラミッドと言っても単体ではなく、葬祭施設や埋葬施設など
    様々な建物からなる複合体だそうですね。
    その規模を思うと当時のファラオの絶大な権力が窺え
    どのような国家が形成されていたのかと興味を惹かれます。
    noelさんはそのあたりのこともお詳しいことでしょう。

    ところで、ツアーで立ち寄られた絨毯屋さんでご主人様が気に入られ
    購入されたというピンク色の絨毯が気になりました。
    (お写真で拝見したかったな~)
    ピンク色というのは絨毯では珍しくないですか?
    男の子が織っているというのにも驚きましたけど
    幾つくらいの子ですか? 
    多分小さな手ということで10代前半くらい?

    noelさんがイチオシにされてらしたなつめやしと階段ピラミッドの
    コラボ写真も雰囲気があってとても素敵でした!
    旅番組や写真で見るのと、実際にその場に立って見るのとでは
    全然感動が違いますよね。
    それこそが旅の楽しみであり醍醐味でもありますね。
    また続きも楽しみにしていま~す♪

    sanabo

    noel

    noelさん からの返信 2025/03/30 10:09:39
    Re: サッカラ
    sanaboさん、こんにちは!

    ご覧いただきありがとうございます。
    確かにサッカラはマイナーかもしれません。
    でもギザの大きなピラミッドの前段階として考えていただくとなんとなく理解できると思います。
    ファラオの権力の大きさを感じました。

    sanaboさんのご希望により、絨毯の写真を最後に追加しました。笑笑
    玄関マットをさらに小さくしたサイズです。
    柄が普通イメージしてるものと違うと思うのですが。
    私自身、最初に見た時、「えっ!」と思いました。
    色もかなりショックです。
    個人的な趣味では決して買わないタイプです。(・_・;

    それから織っているのはsanaboさんのおっしゃるとおり日本の小学生で4年~6年くらいのようです。
    お国によっても違うんだな~と思いました。

    私のイチオシ写真、ご理解いただきありがとうございます。
    やはり旅っていいですね!
    ありがとうございました。

    noel

    sanabo

    sanaboさん からの返信 2025/03/30 13:26:28
    RE: Re: サッカラ
    noelさん、こんにちは~

    > sanaboさんのご希望により、絨毯の写真を最後に追加しました。笑笑

    わあ、ありがとうございました^^
    ピンクと言っても私が思っていたようなピンクではなく
    どちらかというとバーガンディレッドを薄くしたような色合いですね。
    私は好きですよ~。

    > それから織っているのはsanaboさんのおっしゃるとおり日本の小学生で4年~6年くらいのようです。

    そうなのですね。学校には行ってますよね? 帰宅後、機織りするのかしら? 偉いですね。

    お返事ありがとうございました。ではでは、また~    sanabo

    noel

    noelさん からの返信 2025/03/30 14:21:48
    Re: サッカラ
    sanaboさん、こんにちは!

    ご連絡ありがとうございます。
    絨毯の色は光の関係もあるのか思ったよりもピンクっぽくないですね。
    実際はもう少しピンクな感じです。

    小学生の男の子たち、心配ですよね!
    私が行った時は夏休みでした。
    ただ、エジプトには物売りの子もいるので、少し心配ではあります。生活のため働かされていないことを願ってます。
    では、sanaboさんの旅行記も楽しみにしてます!

    noel

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