2024/05/16 - 2024/05/16
136位(同エリア442件中)
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この旅行記のスケジュール
2024/05/16
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モンテルンゴ広場
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バスでの移動
8時45分発
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バスでの移動
10時45分発
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バスでの移動
14時40分発
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この旅行記スケジュールを元に
2024年5月に、イタリアのヴェネチアとトスカーナ地方に夫婦で個人旅行。フィレンツェ2日目は、CIAOFLORENCE TOURS & TRAVELS SRL催行のシエナ、サン・ジミニャーノ、モンテリッジョーニ及びキャンティ地方のワイナリーを訪問する日帰りツアーに参加しました。
パート⑫では、日帰りツアー前半のモンテリッジョーニ、シエナの散策を紹介します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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SMN駅の裏、モンテルンゴ広場で、CIAO FLORENCEのピンク色のミーティングポイントでツアーの受付。日本語アシスタントさんと対面
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モンテルンゴ広場を出発(8時45分)し、アルノ川を渡ります。
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バスがポルタ・ロマーナ広場を通過し、その際、芝生のロータリーに鎮座する、ミケランジェロ・ピストレット作の彫像《Dietrofronto(まわれ右)》を目撃。いながら旅(↓参照)に登場する、ひどくかさばる荷物を頭に載せて、門から去ろうとする女の彫像です。
https://inagaratabi.com/dan-brown-1-inferno-1/#:~:text=%E3%80%8CDietrofronto%EF%BC%88%E3%81%BE%E3%82%8F%E3%82%8C%E5%8F%B3%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%BD%AB%E5%83%8Fフィレンツェからのバスツアーで脇を通過 by T.バイソンさんロマーナ門 史跡・遺跡
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バスで約1時間
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モンテリッジョーニに到着(9時55分)
シエナがフィレンツェ攻略の前線基地として1213年~1219年に建設した城塞都市で、ダンテが『神曲』の中で「王冠のような町」と称した城壁に囲まれた町です。1554年にシエナの防衛隊長ジョヴァンニ・ゼーティの裏切りにより陥落しました。城壁に上りました by T.バイソンさんモンテリッジョーニ 散歩・街歩き
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シエナ側のフランカ・エ・ロメーア門
ローマへ続く巡礼の道(フランチジェナ街道)が通り、現在も多くの巡礼者が行き交うそうです。 -
フランチジェナ街道(Via Francigena)は、イギリスのカンタベリー大聖堂からフランスとスイスを通り、ローマ、そして聖地への乗船港があったイタリアのプーリアまで続く古代の巡礼ルートで、1994年に「欧州評議会の文化ルート」に認定されています。990年にカンタベリー大司教シゲリックがローマを訪れ、教皇ヨハネス15世に謁見し、パリウム叙任式を受けた際、日記に記録した79の旅程がその起源です。
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門の横に彫られている碑文
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まず、門近くの上り口から城壁に上ります(1人5ユーロ)。これがトスカーナの風景
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東西200m程、人口数十人程の小さな町。見えているのは町の中心、ローマ広場
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ローマ広場
城壁に上りました by T.バイソンさんモンテリッジョーニ 散歩・街歩き
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町の成立と同じ1213年創建のサンタ・マリア・アスンタ教会。ゴシック・ロマネスク様式で、蜂蜜色のトラバーチンのファサードは1235年建造
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通り沿いの店先にはお花がきれいに植えられていました。
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続いて西側の上り口から城壁へ
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城壁には、15個の塔(うち4つは城壁の高さに下げられており、見えるのは11個)が設けられています。
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町を東西に貫く、マッジョ通り
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通り沿いの壁にきれいな紫色のお花が植えられていました。
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フィレンツェ側のサン・ジョヴァンニ門。傾斜が凄く、石にV字の滑り止めが施されていました。
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外から城壁を撮影
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再びローマ広場を抜けて
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フランカ門を出ます。
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城壁の周りにはオリーブの木が植えられていました。
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アシスタントさんの案内でブドウ畑を見学
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ブドウの赤ちゃん
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イチオシ
シエナに向けて出発(10時45分)
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バスで約20分
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シエナ(メディチ家の要塞)に到着(11時10分)
12世紀に自治都市として独立し、シエナ共和国が誕生。金融業や商業を地盤に13〜14世紀に全盛期を迎えます。世界最古の歴史を持つモンテパスキ銀行が誕生した(1472年)のもこの町。皇帝派(ギベリン党)の立場をとったシエナは、教皇派(グエルフィ党)であったフィレンツェとトスカーナの覇権を争い、1260年にはモンタペルティの戦いで勝利しましたが、ペストの大流行で打撃を受け、1554年のマルチャーノの戦いで敗れ、翌年にスペインに降伏して終焉を迎えました。1995年に「シエナ歴史地区」として世界遺産に登録メディチの要塞 (国立エノテーカ) 建造物
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リッツァ公園を抜け、集合場所となるマッテオッティ広場(郵便局広場)を経由して、サリンベーニ広場へ。リッツァ公園では、ヴェネツィアのフラーリ教会の後陣に咲いていた、海桐花(トベラ)の花が見られました。
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サリンベーニ広場
正面奥がモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の本店が入っているサリンベーニ宮、左手がルネサンス様式のタントゥッチ宮、右手がスパンノッキ宮 -
中央に立つのは、17世紀の会計学者サルスティオ・バンディーニの記念碑
カンポ広場へ歩いて約5分 -
ルーパ・セネーゼ(トロメイ広場)
シエナのシンボル。この町では双子に乳を与える雌狼の石柱をいろんなところで見ることができます。 -
商人のロッジア
チッタ通り沿い、15世紀に造られた商工会議所があったところ -
アーチをくぐって、カンポ広場へ
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カンポ広場
旧市街の中心部に位置し、貝殻のような扇形で要の方角に向かって傾斜した広場は、世界で最も美しい広場の一つ。映画『007/慰めの報酬』の冒頭に出てくる広場です。9つに区分されているのは、ノーヴェという当時の9人合議制の体制を象徴しています。年2回、7月2日と8月16日には「パリオ」という競馬が開かれます。シエナ観光の中心 by T.バイソンさんカンポ広場 広場・公園
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扇形の要の部分にある排水口
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イチオシ
プッブリコ宮殿(市庁舎)
1282〜1310年に建造されたゴシック建築。市庁舎であり、シエナ芸術の傑作が保存された市立美術館となっています。市庁舎 (プッブリコ宮) 城・宮殿
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ファサードに飾られたメディチ家の紋章
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中庭の壁にも、ルーパ・セネーゼが
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拡大しました。
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マンジャの塔
高さ88m(避雷針までは102m)のシエナのシンボル。1338~48年に建設マンジャの塔 建造物
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拡大しました。
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ガイアの泉
カンポ広場の上部中央にある、ヤコポ・デッラ・クエルチャによる噴水(レプリカ)ガイアの噴水 建造物
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広場の床には、パリオの会場作りのため柱を立てる穴が番号を振って用意されています。
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イチオシ
カンポ広場から、サン・ジョヴァンニ広場へ
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サン・ジョヴァンニ洗礼堂
1325年に完成した洗礼堂。ファサードは未完成 -
洗礼堂左側の急な階段を上って、ドゥオーモ広場へ。教皇のローマ復帰に貢献したことでも知られる、イタリア及びヨーロッパの守護聖人聖カタリナは、シエナのカタリナとも呼ばれ、この地で生まれましたが、この印は彼女が幼少のころ転んだ場所とされています。彼女は死後ローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に埋葬されましたが、その頭部だけ切り離されて持ち出され、シエナの聖ドミニコ大聖堂に安置されているようです。
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ヤコポ・デッラ・クエルチャ広場
1357年に建築が中断された新しい大聖堂のファサードの壁だけが残っています。後で、この左側にある付属美術館に入ります。 -
イチオシ
ドゥオーモ広場
サンタ・マリアの丘の頂上、カステルヴェッキオの近く。大聖堂をファサードと鐘楼の間にクーポラが覗き見える角度で撮影 -
1313年に完成した高さ77mの鐘楼。大聖堂の最も古い部分と同様にロマネスク様式で、白と緑の大理石でできており、下から上へ段階的に槍状の窓が増やして設けられています。
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ここにもルーパ・セネーゼがあります。
大聖堂複合施設の入場チケットの交換し(バウチャー表示の大聖堂の左側の建物には引換所はありませんので要注意)、まずは付属美術館の方へチケット販売所 (ドゥオーモ関連施設の事前予約など) 散歩・街歩き
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ドゥオーモ付属美術館
新しい大聖堂の右側身廊となるはずだった部分を区切って造られたもの。まずは、地上階の彫像ギャラリーファッチャトーネからの展望 by T.バイソンさんドゥオーモ付属美術館 (シエナ) 博物館・美術館・ギャラリー
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ここには、後述のジョヴァンニ・ピサーノが制作した《プラトン》の像があります。
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奥には、大聖堂後陣のドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ作の直径5.6mの「聖母被昇天」のバラ窓のオリジナルが展示されています。
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バラ窓の前には、トンマゾ・ペッチの14世紀の墓石
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ファッチャトーネ
時間の都合で、先に3階の展望テラスへ。結構な行列ができており、テラスに出るまで20分程かかりました。一般に「ファッチャトーネ」と呼ばれるこの場所は、新しい大聖堂のファサードとなるはずだった部分。下の広場には、身廊の柱が立つ予定だった台座の位置に白い石が敷かれています。 -
更に10分程して最上階のテラスに
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大聖堂方向
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マンジャの塔とカンポ広場方向
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サンタ・マリア・デイ・セルヴィのサンクレメンテ大聖堂
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大聖堂の向かいに見えるのは、現存する最古の病院の一つで、博物館でもある、複合施設サンタ・マリア・デッラ・スカラ座
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美術館で特に見るべきものとして紹介されている、1878年まで大聖堂の主祭壇に置かれていた、ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの《シエナ大聖堂の威厳(Maestà)》。こちらは前面
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こちらはキリストの物語を描いた裏面。現在は、表裏を2枚に剥離して展示されています。
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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの聖母子と聖人
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イチオシ
シエナ大聖堂
カステルヴェッキオの丘に建てられたロマネスク様式とゴシック様式を融合させた教会建築の傑作。イタリアで最も美しいといわれるゴシック様式のファサードは、1284年頃にジョヴァンニ・ピサーノによって起工イタリアで最も美しいと言われるファサード by T.バイソンさんドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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多色大理石の象嵌によって構成された床のモザイク画も見事。シエナで起こった歴史的事件など56の情景が表現されています。
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白と黒の縞模様の列柱が特徴的な長さ80mの身廊、横の翼廊部分は52m
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身廊左側にあるピッコローミニ家の祭壇
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カウンターファサード側の「最後の晩餐」が描かれたバラ窓
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青い背景の格間と金色の銅の星を備えたドーム。ドーム下には、シエナの6人の聖人アンサーノ、サヴィーノ、クレッセンツィオ、ヴィットーレ、カテリーナ ダ シエナ、ベルナルディーノの黄金の漆喰像と、1886年にウリッセ・ド・マティスによって作成された、使徒を描いたステンドグラスがあります。
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1265~1268年に作成されたピサーノ父子による説教壇
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左翼廊最初の祭壇には、ヴェネツィアのサルヴァトーレ・フォンタナによって描き始められ、ラファエロ・ヴァンニによって完成された、聖ペテロと聖パウロとともに描かれた聖母の絵があります。
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主祭壇、後陣と聖歌隊席
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主祭壇は、1530〜41年にバルダッサーレ・ペルッツィの設計に基づいて様々な芸術家が参加して制作された大理石と青銅の複合作品
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付属美術館でオリジナルを見た、後陣側の「聖母被昇天」のバラ窓
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ピッコローミニ家の図書館
左側廊中ほどに隣接。教皇ピウス3世となったフランチェスコ・ピッコローミニ枢機卿が叔父のピウス2世の蔵書を収蔵するために造らせたものです。ドゥオーモ内部で一番の見どころ by T.バイソンさんピッコローミニ家の図書室 史跡・遺跡
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大きな本がずらりと並んでいます。
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イチオシ
結局蔵書がシエナに運び込まれることはなかったが、ピントゥリッキオによる10枚からなる「ピウス2世の生涯」や「ピウス3世の戴冠」のフレスコ画が見どころです。
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左奥には、下絵に加わったラファエロやピントゥリッキオの自画像もあります。
カンポ広場へ -
お昼は、途中のお店で、私はパニーニを、家内は大きなドーナツを買って、広場を歩きながら食べました。
シエナ観光の中心 by T.バイソンさんカンポ広場 広場・公園
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バンキ・ディ・ソプラ通りを戻ります。
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ロック歌手のジャンナ・ナンニーニ及び元F1レーサーのアレッサンドロ・ナニーニの実家だという、シエナの老舗お菓子屋さん〈NANNINI〉
ナンニーニ スイーツ
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トロメイ広場
現存するシエナで一番古い貴族館であるトロメイ宮の向かいにある広場で、奥にあるのは12世紀に建てられたシエナで最も古い教会のサン・クリストフォロ教会 -
サリンベーニ広場の前からピアニジャニ通りに入る。
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ジャコモ・マッテオッティ広場の入口の建物の角に付けられた悪魔のトーチホルダー
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郵便局の壁に付けられた大天使ミカエルの像
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集合して、メディチ家の要塞の駐車場に戻ります。
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キャンティ渓谷のワイナリーに向け出発(14時40分)
メディチの要塞 (国立エノテーカ) 建造物
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