2024/03/20 - 2024/03/20
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kojikojiさん
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ハノイでの一夜が明けました。ツアー2日目は朝ご飯を食べた後はすぐにチェックアウトして、迎えに来たバスに乗ってノイバイ国際空港に向かいます。まだ朝ご飯を食べたばかりですが、空港内の「THUC DON RESTURANT」でバインミーのランチになります。お腹は空いていないと思いながらもビールと一緒に軽くいただきます。お米で作ったベトナムのパンは軽いのが特徴です。ガイドさんと別れてベトナム航空のルアンパバーン行きの搭乗を待ちます。空港のショップが搭乗口に延々と続いているので1つ1つ覗いてみます。昔懐かしい刺繍の奇麗な下着バックは20年経っても1.5ドルで売られていました。嵩張らないしお土産にもなるので10枚ほど買っておきます。12時55分発のルアンパバーン行きの便は右側の窓側の席を撮りました。このルートは12年前にも乗っているのでメコン川が見えやすい方にしました。案の定着陸前にはメコン川が眼下に見え、最終日にクルーズするルートが手に取るように分かりました。到着したルアンパバーンの空港はターミナルが新しくなっていてびっくりです。以前はターミナルから離れた沖止めの機体から延々と歩いた記憶がありましたが、新しいターミナルではちゃんとボーディング・ブリッジから降機することが出来ました。荷物を持って到着ホールに出る前に5,000円ほど両替しましたが、旧紙幣の新渡戸稲造は受け付けてくれませんでした。680,000キップを受け取ると急にお金持ちになった気がします。到着ホールでラオスのガイドさんと合流して大型のバン2台に分かれて乗り込みます。空港へはホテルの車も来ていて、トランクなどはここで渡してしまいます。身軽になったところで市内観光へ出発します。こんなところはツアーだととても効率が良いです。ワット・マイとワット・タート・ルアンの2つの寺院を参拝して、早めの夕方に2泊する「ヴィラ・サンティ・リゾート&スパ」に到着します。ツアーの募集では市内の「ヴィラ・サンティ」という王女の邸宅だったホテルに宿泊ということでしたが、メコン川の増水で修理中なのでホテルが使えないので変わるということでした。実際参拝した寺院はこのホテルの近くだったのですが、欧米人のツアーが入って行ったので、旅行会社に騙されたと分かりました。結果的には市内に泊まっても俗っぽくなったルアンパバーンの夜を歩くよりも郊外のリゾートに泊まった方がよかったかもしれません。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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ハノイの朝は通勤ラッシュから始まります。車の動きは信号で分かりますが、バイクの群れは留まることなく動き続けています。ホテルの部屋からその動きをしばらく眺めていました。
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朝食は1階のレストランです。オープン直後に行った同じツアーの人はまだ料理が全部揃ってないですよと行っていました。
バオソン インターナショナル ホテル ホテル
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我々が入ったタイミングでは料理も揃い、卵料理も調理してもらえました。
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オリヴィエ・サラダと生野菜とハムで1皿。
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ベトナムでは屋台メシとしてもよく食べられているミーサオという野菜入り焼きそばと芯にレモングラスを使ったトム・バオ・サというエビのすり身で作ったベトナムのさつま揚げ、昨日も食べた揚げ春巻きと焼売も。
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ブンリュウクアもベトナム北部が発祥の麺料理の1つで、豚骨や鶏ガラをじっくり煮込んだトマトベースのスープに米麺が入った料理です。トマトやかまぼこやすり身団子など具材も盛りだくさんです。
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最後はお粥まで食べてしまいました。自分の好みで具材や味付けが出来るのは中国と一緒です。
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ベトナム風の濃いコーヒーとバインフランもいただきます。
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午前中は観光も無く、ルアンパバーン行きの便は昼過ぎなのでホテルの出発も少しゆっくりでした。ホテルから直接バスで空港へ向かいます。
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バインザンは餅米粉の皮の中に緑豆あんの入った揚げドーナツです。ベトナム語版の「ドラえもん(ドレーモン)」はどら焼きの代わりにバインザンを食べます。
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ベトナム語でバインミーは「小麦粉の餅」でパンの総称ですが、様々な種類のパンを楽しむ文化がまだ途上のためパンといえばフランスパンを指します。小麦粉の餅と言いながら米粉も使っているので軽い感じがします。このおばさんはパンを仕入れて、これから商売なのでしょう。
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朝の路上はすぐに市場に早変わりです。昔、ベトナムでは女性2人とアヒルが1羽いたら市場になるという話を聞いたことを思い出しました。
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この日とも仕事道具をバイクの後ろに積んで、どこかで商売するのでしょう。ベトナムの人のバイタリティーを感じます。
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波板の扉を閉めたらどこに店があるか分からなくなりそうです。
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昨日渡った紅河を再び渡ります。この川は中国雲南省の大理辺りから流れ、最後はベトナムの海口辺りでトンキン湾に流れ込みます。
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昔中国の蘇州から京杭運河を杭州まで定期航路の船に乗ったことがありました。その時の運河の風景を思い出します。現在は中国の発展と共にその船は無くなってしまったようですが、とても風情のある度でした。
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飲ん売空港に着きました。このターミナルは以前の国際空港ですが、新しいターミナルの完成と共に国内線のターミナルに変わりました。以前はこのターミナルしかなかったので懐かしく感じます。
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こちらは2014年末に完成した新しいターミナルです。ここからラオスのルアンパバーンへ移動します。まずはベトナム航空のカウンターで搭乗手続きを済ませ、荷物も預けて身軽になります。
ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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まだ朝ご飯を食べて2時間も立っていませんが、ターミナル内の「THUC DON RESTURANT」でバイン・ミー・チュンをいただきます。チュンは卵焼きです。
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ドリンクは含まれていないので妻はレモンジュース60,000ドン(375円)を注文。目の前で檸檬を搾ってくれるので新鮮でおいしいです。
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こちらはベトナムビールの「333(バー・バー・バー)」です。合わせてバー・バー・バー・バーですね。本人は気が付いてません。
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ガイドさんと別れて出区国手続きを済ませ、しばらく自由時間になります。細長いターミナルビルには搭乗口に合わせて延々と小さなショップが並んでいます。
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最近の海外の空港は異常なほどに商品が高く、ミネラルウォーターでも7ドルくらいするのが当たり前ですが、ベトナムの空港は意外に良心的です。
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昔からある定番の刺繍のかわいい下着入れのバックは空港でも1.5ドルくらいでした。軽くて嵩張らないのでお土産用にまとめ買いしておきます。この後ルアンパバーンで買ったTシャツを入れて友人へのお土産セットにしました。
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ルアンパバーン行きの便は定刻に搭乗手続きが始まりました。前回は左側の窓側の席でしたが、ルアンパバーンの町やメコン川がよく見えなかったので右側の窓側の席にしてもらいました。
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ハノイの空港へは帰国前にもう一度戻ってくるのでしばらくのお別れです。
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ベトナム航空VN931便は午後0時55分発で、1時間ほどのフライトで午後2時には到着します。
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かまぼこ型のドームはベトナム空軍の格納庫だと思います。以前成田からの便で着陸するときにすぐ横を水色の機体のミグが離陸するのを見たことがありました。
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新しい国際線ターミナルはガラス張りでとてもきれいです。
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古い国内線ターミナルも風情があって好きでした。2階のレストランはひなびた雰囲気で、値段も安かった記憶があります。
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離陸直後の景色はベトナムらしいしっとりとした田園風景です。もうベトナム戦争の名残のような景色は見当たりません。子供の頃にニュースで見たナパーム弾の爆撃や枯葉剤の散布は強烈な印象を残しました。
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璃々高度を上げるとすぐに低い雲の上に出ました。景色を楽しむのもここまでです。
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機内で配られたラオスの入国カードに記入を済ませます。長年の夢だったラオスの入国です。できればタイのチェンライからスローボートで1泊2日でルアンパバーンへ行きたいと思っていました。以前チェンライに数日滞在した時にそんなことも考えていましたが、チェンライとチェンマイとスコータイを2週間で周って終わってしまいました。
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一度高度を上げた機体はすぐに着陸態勢に入りました。低い雲の下に入るとメコン川が見えてきました。
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最終日はこのメコン川をクルーズ船で「パークウー洞窟」を往復します。周囲の山々は焼き畑農法で焼き払われているところも多いです。
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ラオス北部の辺りは山がちな地形で、多くの住民にとって焼畑による陸稲栽培が主な生活手段になっています。この地域の焼畑は通常は7年から9年周期の循環式で行われています。ある程度植生が回復した焼畑二次林を伐採して火を入れ、陸稲を植えます。
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収穫を終えるとその畑は数年間放置されますが、1年も経てば背の高さほどの草が生い茂り、やがて焼畑二次林ではタケノコなどの林産物が採れるようになります。収穫から数年が経ちある程度植生が回復すると、そこが再び焼き畑の農地に選ばれます。
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以前はなかった新しい建築物がメコン川を渡っています。中国の雲南省昆明からラオスのヴィエンチャン駅まで約1,00キロを結ぶ高速鉄道が2023年4月に全線開通しています。それに伴いラオス国内に中国人が住む町が出来たり、恩恵は中国から来る人々に多いようです。これから費用の返済が始まるのでいつかラオスもスリランカのようになるのかもしれません。
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ルアンパバーン空港に着陸しました。見覚えのある建物が囲われています。以前使われていたターミナルの建物は使われていないようです。
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その少し先に新しいターミナルビルが出来ていました。やはりラオスの伝統家屋のような屋根が乗っています。以前は沖止めでしたが、新しいビルにはボーディング・ブリッジが設けられています。
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無事にターミナルビルに降りることが出来ました。
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国際空港ではありますが、離着陸する好機は少ないので閑散とした雰囲気です。同じような印象をミャンマーのマンダレーで感じたことがあります。どちらも中国からお金を借りて建てていなければと思います。
ルアンパバーン国際空港 (LPQ) 空港
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さすがに入国のカウンターは少し人が並んでいたので到着ロビーに出るまでは時間がかかりました。手前に両替所があったので5,000円分キープに変えてもらいました。旧紙幣の新渡戸稲造は受け付けてくれなかったので、1,000円札5枚にしました。5,000円が680,000キープになるとなんか得した気分になります。それ以外に1ドル80円時代に両替したドル紙幣も持ってきています。
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到着ロビーで現地のガイドさんと合流します。ここで大きな荷物はスタッフの人が運んでくれるので身軽になれます。ただこのスタッフの人は宿泊するホテルの人で、荷物は先にホテルに持っていかれます。
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表で我々を待っていたのは大型のバンが2台で、この車に8人づつ分乗して市内に向かいます。
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かなり大型車ではあるので窮屈な感じはしませんでした。これでルアンパバーンの観光をして、それからホテルに向かうということです。
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最初に向かったのは「ワット・マイ」でした。ルアンパバーンでは寺院巡りがメインですが、我々以外に観光している人がほとんどいませんでした。
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「ワット・マイ」はラオスの伝統的なラーンサーン様式を体現した建物で、彫刻や装飾が施された外観が美しさを際立たせています。
ワット マイ スワナプーマハム 建造物
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敷地内の古い祠堂や仏塔の向こうに「プーシーの丘」が見えます。高く見えますが150メートルほどしかありません。
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「ワット・マイ」はラオスのルアンパバーンにある重要な仏教寺院の1つで、歴史的な価値と美しい建築で知られています。1788年に建立されたこの寺院はラオス王国の最後の王朝であるルアンパバーン王朝時代の宗教的、文化的な中心地でした。
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この寺院の最も顕著な特徴は細かく精巧な彫刻と装飾で飾られたその壮麗なシンと呼ばれる主堂です。この建物は伝統的なラオスの建築様式を代表するもので、屋根の多層構造が特徴的です。屋根の端は上向きにカールしており、これはラオスの寺院建築の典型的なスタイルです。
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この寺院は18世紀の終わりにアヌール王によって建てられ、19世紀に拡大されました。マンタトゥーラト王の治世中に修復されたことで、最終的な名前は新寺院となります。
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この寺院はルアンパバーンのラオス人にとって非常に重要です。19世紀の後半に中国人が町を破壊した後に王室の寺院として機能し、この国の神秘的な象徴である「プラバン」を長い間納めていました。またラオス仏教の最高位の高官であるプラ・サンカラットの住居でもありました。
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屋根の頂に置かれたドクソーファーは塔の本数は寺院の格を表すといわれます。「プラバン」は敬虔な仏教徒によって長い間ラオスを統治する権利の象徴と見なされてきました。1705年にビエンチャンに運ばれ、1778年にシャム人(現在のタイ人)がビエンチャンに侵攻し「プラバン」を略奪してバンコクに運びました。そこでは政治的混乱と不幸が像のせいにされ、1782年に像はラオスの人々に返還されました。1828年に再びシャム人は「プラバン」を持ち去りましたが、同様の政治的混乱の期間の後に1867年に再び返還されました。
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2013年に「プラバン」はビエンチャンのラオス国立博物館からルアンパバーンの王宮の敷地内にあるハウパバンに移されました。 毎年の水かけ祭りのピーマイや新年の3日目に像はこのワット・マイに行列で運ばれます。
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2週間前のインド南部のアジャンターとエローラの遺跡で散々仏像を見てきたばかりなのでちょっと食傷気味です。両手を開いて前に突き出す姿は、元々バラモン教の僧だったカッサパ三兄弟が仏陀の数々の神通力を見て、彼らの弟子と共に仏陀に帰依するときの姿です。
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本殿の入り口脇のレリーフは1960年代に制作された釈迦の説話や、インドの叙事詩ラーマヤーナが描かれた黄金のレリーフです。
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ラーマーヤナと仏陀の最後から2番目の生まれ変わりであるヴェッサンタラ・ジャカタのシーンをルアンパバーン周辺の村や動植物の中で見事に描いています。
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ツアーの皆さんが先に写真を撮っているのを待ってから参拝することにします。黒塗りの柱に金色のステンシルがとても美しく、柱頭は蓮の花の形になっています。
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入口の扉には非常に精巧で精緻な彫刻が施され金色に輝いています。
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柱や梁や壁に金のステンシルが施された大きくて雄大な赤い身廊や、祭壇のさまざまな金色の仏像からもワットマイの宗教的建築の重要性を感じさせます。
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朱色と金のコントラストで埋め尽くされた空間です。タイでいうプラプッタループ・パーンマーラウィシャイと呼ばれる姿の仏像です。坐禅を組んだ右足に手の平を下に伏せて指先で地面に触れる降魔印(ごうまいん)は釈迦が悟りを開き、釈迦から仏陀(悟りを開いた人)になった瞬間を表すための重要な印相の1つです。修行中にラーマという悪魔に妨害を受けた時に釈迦が指先で地面に触れて大地の神を出現させて洪水を起こし、それによって悪魔を退けたという伝説から来ています。
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壁には信者が寄進したのであろう小さな仏像が埋め込まれています。寄進できるのであれば納めてきたいと思いました。今回の旅では母の書残した般若心経を持って来るのを忘れてしまったのが残念です。
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毎年2回行われる祭りなどでしか外に登場しない豪華な装飾が施されたボートが2艘壁に吊られてありました。鳥の体に象のような花のある姿はタイではノックハッサディンと呼び、死者を天界に届ける鳥とされます。葬儀の際にはこの鳥の像の上に棺桶を乗せる習慣があります。
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本堂の左にはエメラルド仏が並んでいます。エメラルド仏はタイのバンコクのワット・プラケーオにある仏像ですが実際にはヒスイ製です。タイ人のアイデンティティーの1つでもあるとされるこの仏像は民間では霊験あらたかな仏像とされるため、タイ人のみならず東南アジアの上座部仏教国からも巡礼者が参拝します。その伝来はよく分かっていませんが、伝説によれば高僧ナーガセーナ長老が考案し、インドラ神とその配下のヴィッサカンマが造ったといわれます。
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その後エメラルド仏はマガダ国の都パータリプトラ(古代インドのパトナ)にしばらく安置されていましたが、内戦により安置することが困難となりシリダンマキッティ王によりスリランカに運ばれました。エメラルド仏が東南アジアに戻ったのは、アリマッダナ(パガン王朝)のアニルッダ王完全無欠の三蔵経を求めてスリランカに行ったことによります。
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三蔵経とエメラルド仏を運んだ船はインダパタナガラ(現在のアンコール・トム)に流れ着きます。インダパタナガラでは竜王のナーガが洪水を起こし、インダパタナガラを壊滅させたことによりエメラルド仏はアユタヤに移されます。その後エメラルド仏はスコータイ王朝のカムペーンペットに持ち込まれました。カムペーンペット歴史公園にあるワット・プラケーオはこのときエメラルド仏が安置された寺と考えられています。
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その後ラーンナーのクーナー王の弟マハープロムがカムペーンペットからエメラルド仏を持ち去りチエンライに安置しました。後にラーンナー王セーンムアンマーとマハープロムが抗争を起こしたため、エメラルド仏は戦火の中で密かに隠されました。
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チエンライのある寺の仏塔が落雷で破壊されたとき、その中から漆喰でできた仏像が見つかります。ある仏僧がその漆喰の仏像を調べると中にヒスイの仏像が入っていたといわれ、現在もチエンライにあるワット・プラケーオがこの寺であったといわれています。ラーンサーン(現在のラオスにあった国)の王の座にも就いたラーンナーのセーターティラート王はエメラルド仏をラーンサーンの首都ルアンパバーンへ運びます。ビルマ(タウングー王朝)の侵攻を懸念したセーターティラート王によって、仏像はさらに新しい首都ヴィエンチャンに運ばれ、ラーンサーン分裂後はヴィエンチャン王国によって保持されました。トンブリー王朝(シャム)のタークシン王がビルマと繋がっていたヴィエンチャン王国へ侵攻すると、ラーマ1世がヴィエンチャンから略奪してトンブリー(現在のバンコク)へと持ち帰襟現在に至ります。
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長い話しになりましたが、チェンライではバンコクに持ち去られたエメラルド仏のレプリカが安置されていますし、もちろんバンコクのワット・プラケーオにも何度か菓子を運んでいます。仏像の変遷の歴史と旅したところが重なり、今回ルアンパバーンに来たことによりそのルートが繋がった気がします。
チェンライ:https://4travel.jp/travelogue/10819443
バンコク:https://4travel.jp/travelogue/10902100 -
ナーガはラオスではメコン川またはその河口域に住んでいると考えられています。ラオス神話ではナーガ族がビエンチャンの守護者であり、ひいてはラオス国家の守護者であると考えられています。ナーガとの関連はアヌーヴォンの治世中と治世直後に最も明確に表現されました。この時代の重要な詩「サン・ロイプスン」ではラオスとタイの関係をベールに包み込み、ナーガとガルーダをそれぞれラオスとタイに例えています。
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ラーフはヒンドゥー教の経典に登場する9つの主要な天体の1つであり、流星の王とされます。これは地球の周りの歳差運動軌道での月の昇天を表しており、ケートゥとともに日食を引き起こす影の惑星と考えられています。仏教ではラーフが太陽の神スーリヤと月の神チャンドラを攻撃し、ラーフが仏陀への敬意を伝える短い節を語ることで彼らを解放せざるを得なくなります。
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ガイドさんに尋ねても分かりませんでしたが、口から水を吐く獅子の顔なのでマカラだと思います。インド神話ではガンガーとヴァルナの乗り物(ヴァーハナ)であり、愛神カーマは「マカラを旗標とするもの」という異名を持ちます。カーマのシンボルであるマカラは門や装身具の装飾に用いられ、象やワニのように尖った鼻を持ち、とぐろ巻く尾を持つ怪魚や、ワニの体とライオン顔の合成獣として表現されされます。無図を吐くことから火伏の意味合いもあると思います。
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エラワンとは天界でインドラ神(帝釈天)に使える3つの頭を持つ象の名前です。インドラ神は下界の雨や洪水量を調節するための外出時や阿修羅と戦う時に象に変身したエラワンに乗ります。 日本ではこれが三面大黒に変容し、ヒンドゥー教と仏教が合体してできた珍しい仏像になります。
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「獼猴奉蜜」は釈迦八相の1つに数えられるもので猿が仏陀に蜜を差し上げたという話です。仏陀がバラモンに招かれた食事会から帰る途中で、1匹の猿が蜜を取って来て仏陀に差し出すと、仏陀は水で薄めて弟子たちとともに賞味しました。猿は仏陀に蜜を受け取って貰えたのでいると誤って穴に落ち死んでしまいます。仏陀は猿の善行に報いて先ほどのバラモンには子供が居ないので猿をバラモンの子供として生まれ変わらせました。猿は夫婦に可愛がられて幸せに過ごしたという話です。
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ルアンパバーンではこのバン2台で移動しました。一度座った席が暗黙の裡に指定席になり、最後まで同じ席に座ることになりました。
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次に訪れたのは「ワット・タート・ルアン」です。
ワット タートルアン (ルアンパバーン) 建造物
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この寺院は1818年にマンタトゥラート王によって建立され、1975年までは政府高官の葬儀と埋葬が行われていた由緒ある寺院です。仏塔には歴代の王の遺灰が納められ、ラーンサーン王国最後のシーサワンウォン王の遺灰も納められています。
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本堂は修復中で無残な姿ですが、建築関係の仕事をしていたので、その構造が手に取るように分かるのでかえって興味深く見学できました。
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ここでも中国南部や香港のように竹の足場組で工事が行われています。
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コンクリートを流し込んで作られたベンチはまだ真っ白で、美しいプルメリアの花があしらわれています。ラオスでは国花となっており、チャンパーと呼ばれ2月頃から7月頃までの間に白、ピンク、赤、黄の花を咲かせます。ラオス国営航空の飛行機の尾翼にはこのチャンパーの花が描かれています。花は仏教寺院などで献花に用いられるほかラオスの正月やバーシーの儀式に用いられ、親や兄弟姉妹など肉親への敬愛と来客への幸運の象徴とされます。
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2週間前のインドではオートリキシャ―でしたが、ラオスではサムローと呼ばれるオート三輪です。今回は乗る機会はありませんでしたが、タイ北部では毎日のように乗っていました。
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屋根の頂に置かれたドクソーファーは15本の塔を乗せています。それだけ格式が高いということです。意外に簡単な木軸で下地が組まれていることに驚きます。
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かなり傷みの激しい本堂は痛々しいです。
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もう歩くのが嫌になってしまったようです。仏様と一緒に座っていてください。
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プラ・メー・トラーニの像はミャンマー、カンボジア、タイ、ラオスの神社や仏教寺院でよく見られます。仏教の神話によるとプラ・メー・トラーニは仏陀が菩提樹の下で瞑想しているときに誘惑するために送られた悪魔マーラを溺死させるために髪の毛から冷たい水を絞り出す若い女性の姿で表されています。何故か気に入ってミャンマーでこの女神像を買って持っています。
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火曜日の仏像はプラブッタループ・パーンサイヤートと呼ばれます。その姿は右手を枕に乗せて腕を耳に当て手のひらを開いて頭を抱え、左手は腰のほうへ伸ばして目を閉じ両えを揃えて横になった寝釈迦像です。リビングでテレビを見ている妻の姿に似ています。妻は火曜日生まれなので仕方ないかもしれません。
水曜日は昼夜で姿が違います。昼の仏様は托鉢を持った僧侶でプラブッタループ・パーンウムバートと呼ばれます。その姿は両手でお布施の鉢を前に抱え、足を揃えた立像です。 -
木曜日の仏像はプラ・ブッタループ・パーンサマーティとはいます。その姿は左手を下にして手のひらを組み、右足を上に胡坐をかいて瞑想している坐像です。
金曜日の仏像はプラプッタループ・パーンラムプンと呼ばれます。その姿は右手を上にして両手を胸の上で交えし、仏法と伝道について瞑想する立像です。まるで自分の姿を見ているようです。
土曜日の仏像はプラプッタループ・パンナークプロットと呼ばれ、その姿は右手のひらを上に体の前で手を重ね、背後にいる7本頭の蛇のナーガに保護されて瞑想している坐像です。 -
仏塔の脇に工事中の本堂のための屋根瓦が積まれてありました。
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ここでは屋根瓦を寄進することはできませんでしたが、後日別の寺院で何枚か寄進してきました。
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普賢菩薩は大乗仏教の菩薩の中でもとくに重要な仏とされ、鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳した妙法蓮華経によれば、六牙の白象に乗って出現し仏教の教化にあたるとされます。また、騎象の普賢菩薩は青獅子に乗った文殊菩薩と一対で描かれます。
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ヴィシュヌは4つの手にそれぞれ円盤状の武器の「チャクラ」、力と権力の象徴としての「棍棒」、笛として使われるほら貝の「シャンカ」、ヒンドゥー教のシンボルでもある「蓮華」を持ちます。シャンカはほら貝製の笛で角笛のように戦争の合図などで使われたものですが、同時に水や女性を象徴するとされ、ヴィシュヌのシンボルの1つとなっています。左右は同じ型を裏返したステンシルで描かれています。
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屋根の下地に使う垂木が並べて乾燥させています。製材してしばらくたった材のようなのでそのまま使うようです。
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本堂の横では伝統的なラオス仏教の供物であるバナナの葉で作ったパサートプーンを作っているので見せてもらうことにします。タイでも同じような飾りを見たことがあります。
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台の上にはお供えの料理も置かれてあります。
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マリーゴールドはヒンドゥー教徒にとって特に縁起が良いものとされていて、インドでもっともポピュラーな花ですが、大乗仏教でも同じような供物が作られます。
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こんな場所で作業をされています。
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ラーンサーン様式の仏塔がとてもきれいでした。
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ここにもエメラルド物が安置されていました。元々は本堂に納められているものが避難しているようです。
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壁には仏陀の前世に物語が描かれていることが多いのですが、ここには巨大なカタツムリの物語が描かれていました。英語を話される女性がいたのでストーリーを教えてもらったのですが、お互いつたない英語では理解しきれませんでした。
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工事中の本堂にはお寺の僧侶の方に断りを入れて入れてもらいます。靴は脱がないで良いと言われました。入っていいか困っていた欧米人の観光客の女性にも声をかけて許可をもらったと伝えます。堂内は養生ビニールで覆われていたのですが面白いものが見られました。
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動かせない本尊はビニールではなくて僧衣でもあるオレンジ色の布で包まれていました。スリランカのアヌラーダプラに行ったときに巨大な仏塔にオレンジ色の布を巻いて寄進するカップル・デ・プジャという祭りに出くわしたことがありました。その時の光景を思い出しました。この布もどなたかが寄進したのだと思います。
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本堂の周りにはとげのある花の鉢植えがたくさん並んでいました。これは魔除けの意味があるとプノンペンのガイドさんに聞いたことがあります。これでこの日の観光は終わりで、先に荷物の届いているホテルに向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- goma-hagiさん 2024/08/10 23:04:38
- 郊外のホテルについて
- 旅行記拝見しました。続きが楽しみです。ところで、
「結果的には、、、郊外のリゾートに泊まった方がよかったかもしれません。」
とのことですが、托鉢見学や、朝一や夜市で買い物するのは不便ではありませんでしたか?
- kojikojiさん からの返信 2024/08/11 03:59:00
- Re: 郊外のホテルについて
- ツアーということで考えると、托鉢は元々組み込まれていたものなので、まだ暗いうちにお迎えの車に乗って町中まで送ってもらえました。托鉢も場所が確保されていて、ご飯とお菓子のセット、肩にかけるものなど用意されています。今まで各地で托鉢の光景は見ていましたが、実際に体験するのは初めてでとても貴重な時間でした。その後に朝市にも立ち寄りました。朝ごはんはホテルに戻ってからいただき、その後はその日の観光が始まります。ナイトマーケットは正直Tシャツ以外買いたいものはありませんでした。来るのが10年遅かったかなと個人的には思いました。予定ではプーシーの丘に登ることになっていましたが、うちはマッサージ店でくつろいでいました。安くて良かったです。その前後にフリータイムもあったので、ナイトマーケットはその時間で十分でした。ということで、個人的には郊外のホテルで良かったということに思えました。この辺の旅行記の準備は進めているのですが、下書きの状態で、現在ダイヤモンドプリンセスで、釜山から高知に向かって航行中です。お盆明けから進めますので、今月中にはライスの顛末が旅行記になると思います。またお時間がありましたら旅行記にお立ち寄りください。
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