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以前よりラオスのルアンパバーンに行きたいと思っていながらなかなか機会がなく、コロナ禍で溜まったマイルを使おうと思いましたが、うまい具合に航空券が取れなさそうです。仕方ないのでツアーにしようと考えた中で一番格安だったクラブツーリズムのツアーを予約しました。以前ハノイからシェムリアップへ向かうベトナム航空の便がルアンパバーン空港経由だったので須賀、今回も同じルートで、ベトナム航空を利用することになります。ということでハノイで1泊してルアンパバーンに2泊、復路の機内で1泊という5日間の旅の旅行記です。費用はツアー代金が150,000円と燃油サーチャージと諸税等で45,810円でした。当日は成田空港に午前7時集合ということで自宅最寄り駅を始発に乗ることになりました。前回のインド旅行の際に立ち寄った免税店のカルティエで気に入ったリングがあり、サイズが無かったので取り寄せをお願いしていたので忘れずに受け取ってハノイに向かって離陸します。このツアーも添乗員はいないのでハノイの空港で現地のガイドさんと合流になります。空港からはバスに乗ってハノイ市内に向かい、ホアンキエム湖近くでバスを降りて電動カートで旧市街を巡ります。思い返せば最後にハノイに来たのはもう12年前のことになります。妻と1週間ほど滞在し、サパのトレッキングやハロン湾のツアーにも参加しました。そんな思い出深い旧市街を30分で巡ります。その後はオープントップバスでもう少し広いハノイの観光もするという盛りだくさんのツアーです。ハノイ大教会近くでバスを降りて夕食は「Rue Lamblot」というベトナム料理店に入ります。本当はホテルにチェックインした後に以前に何度も行った「チャーカーラボン」までタクシーを飛ばそうと思っていたのですが、夕食がブンチャーだったのでやめることにしました。同じような麺料理のカテゴリーには入りますから。ハノイでの宿泊は「パオソンホテル(Bao Son International Hotel)」というホテルで、旧市街からかなり離れた場所にあるので近くのショッピングセンターに立ち寄ったくらいで夜遊びはしませんでした。<br />

クラブツーリズム ハノイ&ルアンパバーン5日間の旅(1)12年振りのハノイの町をオープントップバスと電動カートで走り抜ける。

33いいね!

2024/03/19 - 2024/03/19

752位(同エリア4880件中)

kojikoji

kojikojiさん

この旅行記スケジュールを元に

以前よりラオスのルアンパバーンに行きたいと思っていながらなかなか機会がなく、コロナ禍で溜まったマイルを使おうと思いましたが、うまい具合に航空券が取れなさそうです。仕方ないのでツアーにしようと考えた中で一番格安だったクラブツーリズムのツアーを予約しました。以前ハノイからシェムリアップへ向かうベトナム航空の便がルアンパバーン空港経由だったので須賀、今回も同じルートで、ベトナム航空を利用することになります。ということでハノイで1泊してルアンパバーンに2泊、復路の機内で1泊という5日間の旅の旅行記です。費用はツアー代金が150,000円と燃油サーチャージと諸税等で45,810円でした。当日は成田空港に午前7時集合ということで自宅最寄り駅を始発に乗ることになりました。前回のインド旅行の際に立ち寄った免税店のカルティエで気に入ったリングがあり、サイズが無かったので取り寄せをお願いしていたので忘れずに受け取ってハノイに向かって離陸します。このツアーも添乗員はいないのでハノイの空港で現地のガイドさんと合流になります。空港からはバスに乗ってハノイ市内に向かい、ホアンキエム湖近くでバスを降りて電動カートで旧市街を巡ります。思い返せば最後にハノイに来たのはもう12年前のことになります。妻と1週間ほど滞在し、サパのトレッキングやハロン湾のツアーにも参加しました。そんな思い出深い旧市街を30分で巡ります。その後はオープントップバスでもう少し広いハノイの観光もするという盛りだくさんのツアーです。ハノイ大教会近くでバスを降りて夕食は「Rue Lamblot」というベトナム料理店に入ります。本当はホテルにチェックインした後に以前に何度も行った「チャーカーラボン」までタクシーを飛ばそうと思っていたのですが、夕食がブンチャーだったのでやめることにしました。同じような麺料理のカテゴリーには入りますから。ハノイでの宿泊は「パオソンホテル(Bao Son International Hotel)」というホテルで、旧市街からかなり離れた場所にあるので近くのショッピングセンターに立ち寄ったくらいで夜遊びはしませんでした。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
グルメ
4.0
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
航空会社
ベトナム航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • 自宅の最寄り駅を始発電車で池袋まで出て、池袋西口を出発した時はまだ真っ暗でした。3月中旬なのでまだ寒いです。

    自宅の最寄り駅を始発電車で池袋まで出て、池袋西口を出発した時はまだ真っ暗でした。3月中旬なのでまだ寒いです。

  • ディズニーランドを越えた辺りでようやく日の出の時間になりました。

    ディズニーランドを越えた辺りでようやく日の出の時間になりました。

  • さすがに始発の電車に乗って、バスで成田空港に向かっているので眠いです。

    さすがに始発の電車に乗って、バスで成田空港に向かっているので眠いです。

  • 最近はすっかりウィラーエキスプレスのヘビーユーザーになりました。何しろリムジンバスだと3,600円ですが、この当時1,500円という料金で成田空港まで行けました。

    最近はすっかりウィラーエキスプレスのヘビーユーザーになりました。何しろリムジンバスだと3,600円ですが、この当時1,500円という料金で成田空港まで行けました。

  • 早々に荷物を預けて出国手続きをしてしまいます。

    早々に荷物を預けて出国手続きをしてしまいます。

    成田空港第1ターミナル 空港

  • パスポートにスタンプを押してもらって、抜けたすぐ前にカルティエがあります。2週間前に欲しいリングがあったのですが、合うサイズが無かったので取り寄せてもらうことにしました。

    パスポートにスタンプを押してもらって、抜けたすぐ前にカルティエがあります。2週間前に欲しいリングがあったのですが、合うサイズが無かったので取り寄せてもらうことにしました。

  • 一応都内の店舗でサイズ確認してメールで取り寄せてもらっていました。この1年でも何度か値上がりしているし、妻は100周年のリングに惹かれたようです。以前はオレンジジュースかエヴィアンか選べましたが、最近はエヴィアン一択で選択の余地はありません。高いミネラルウォーターは大切に頂いて帰ります。

    一応都内の店舗でサイズ確認してメールで取り寄せてもらっていました。この1年でも何度か値上がりしているし、妻は100周年のリングに惹かれたようです。以前はオレンジジュースかエヴィアンか選べましたが、最近はエヴィアン一択で選択の余地はありません。高いミネラルウォーターは大切に頂いて帰ります。

  • 午前9時30分発のハノイ行きの便に乗ります。久し振りのベトナム航空です。ANAとのコードシェア便ということでマイルの積算があるということでしたが…。

    午前9時30分発のハノイ行きの便に乗ります。久し振りのベトナム航空です。ANAとのコードシェア便ということでマイルの積算があるということでしたが…。

  • しばらくしてドリンクのサービスがあり、いきなりベトナムの気分になれます。Bia HANOIとHALIDAという懐かしい銘柄です。

    しばらくしてドリンクのサービスがあり、いきなりベトナムの気分になれます。Bia HANOIとHALIDAという懐かしい銘柄です。

  • 続いて昼食のサービスが始まります。野菜サラダと胡麻ドレッシング、ポテトサラダとカニとブロッコリーサラダ、メイン料理とチョコレートケーキというメニューです。シチューとペンネは濃厚な味で美味しかったです。

    続いて昼食のサービスが始まります。野菜サラダと胡麻ドレッシング、ポテトサラダとカニとブロッコリーサラダ、メイン料理とチョコレートケーキというメニューです。シチューとペンネは濃厚な味で美味しかったです。

  • 和食メニューはすき焼きご飯と梅味の蕎麦、煮物とイチゴクリーム大福。料理が全部違うのが面白いです。

    和食メニューはすき焼きご飯と梅味の蕎麦、煮物とイチゴクリーム大福。料理が全部違うのが面白いです。

  • 2週間前にムンバイに向かったのと同じようなルートでハノイに向かいます。

    2週間前にムンバイに向かったのと同じようなルートでハノイに向かいます。

  • 機内の映画は2週間前のANAのムンバイ便で新しいものを見てしまっていたので古い映画を観ることにしました。久しぶりに観たトラン・アン・ユン監督の「青いパパイヤの香り」はやはり面白いと思いました。

    機内の映画は2週間前のANAのムンバイ便で新しいものを見てしまっていたので古い映画を観ることにしました。久しぶりに観たトラン・アン・ユン監督の「青いパパイヤの香り」はやはり面白いと思いました。

  • 初めてベトナムを旅した2000年頃はインターネットもあまり盛んではなく、当然スマホなどはない時代でした。ベトナムを縦断する旅では情報交換も必要で各国の旅行者と仲良くなったのですが、その会話の中で必ず出てくるのが「青いパパイヤの香り観た?」「スリーシーズン(邦題:季節の中で)観た?」という言葉でした。

    初めてベトナムを旅した2000年頃はインターネットもあまり盛んではなく、当然スマホなどはない時代でした。ベトナムを縦断する旅では情報交換も必要で各国の旅行者と仲良くなったのですが、その会話の中で必ず出てくるのが「青いパパイヤの香り観た?」「スリーシーズン(邦題:季節の中で)観た?」という言葉でした。

  • ハノイ空港では沖止めで後方の扉も開けてもらえたのでスムーズに降りることが出来ました。

    ハノイ空港では沖止めで後方の扉も開けてもらえたのでスムーズに降りることが出来ました。

  • 2000年頃は現在の国内線のターミナルを使っていましたが、新しいターミナルは日本の政府開発援助(円借款)で建てられています。この空港も何度も来たものです。それでも12年来ていなかったことに驚きです。

    2000年頃は現在の国内線のターミナルを使っていましたが、新しいターミナルは日本の政府開発援助(円借款)で建てられています。この空港も何度も来たものです。それでも12年来ていなかったことに驚きです。

    ノイバイ国際空港 (HAN) 空港

  • ターミナルを出る前に5,000円だけ両替しておきます。890,000ドンにしかならなくて、日本円の弱さを実感します。現地ガイドさんと合流して迎えに来たバスに乗り込みます。

    ターミナルを出る前に5,000円だけ両替しておきます。890,000ドンにしかならなくて、日本円の弱さを実感します。現地ガイドさんと合流して迎えに来たバスに乗り込みます。

  • 迎えに来たバスの少し小型でしたが、今回のツアーは16人というコンパクトなものでした。かなり年齢層の?いツアーになりました。

    迎えに来たバスの少し小型でしたが、今回のツアーは16人というコンパクトなものでした。かなり年齢層の?いツアーになりました。

  • バスはハノイ市内向かいますが高層ビルが建ち始めているのに驚きます。

    バスはハノイ市内向かいますが高層ビルが建ち始めているのに驚きます。

  • 空港から市内へ続く高速道路の車窓からは延々と続くバナナ畑が見えます。

    空港から市内へ続く高速道路の車窓からは延々と続くバナナ畑が見えます。

  • 以前はこんなきれいな畑が続いていただろうかと記憶を呼び起こしますが…。

    以前はこんなきれいな畑が続いていただろうかと記憶を呼び起こしますが…。

  • ホン河を渡ると市内も近くなります。現在のベトナムでは漢字を使うことはほとんどありませんが、フランス植民地になる前は普通に漢字が使われていました。ホン河を漢字表記すると紅河になります。

    ホン河を渡ると市内も近くなります。現在のベトナムでは漢字を使うことはほとんどありませんが、フランス植民地になる前は普通に漢字が使われていました。ホン河を漢字表記すると紅河になります。

  • ハロン湾やカンボジアのトンレサップ湖でもよく見かける水上生活者の家です。カンボジアでも湖上の水上生活者はベトナム系の人が多いと聞いたことがあります。

    ハロン湾やカンボジアのトンレサップ湖でもよく見かける水上生活者の家です。カンボジアでも湖上の水上生活者はベトナム系の人が多いと聞いたことがあります。

  • バスはハノイの旧市街の近くに差し掛かがったことが分かります。この辺りはまだ大きく変化していないようです。

    バスはハノイの旧市街の近くに差し掛かがったことが分かります。この辺りはまだ大きく変化していないようです。

  • 「ホアンキエム湖」のほとりまで来るとこれから乗るのであろう電動カートが見えました。以前来たときはこのようなものはありませんでした。

    「ホアンキエム湖」のほとりまで来るとこれから乗るのであろう電動カートが見えました。以前来たときはこのようなものはありませんでした。

  • 朱塗りが美しいテーフック橋とその先にある「玉山祠」がある玉山島も見えます。

    朱塗りが美しいテーフック橋とその先にある「玉山祠」がある玉山島も見えます。

  • 「タンロン水上人形劇場」の前でバスを降りてカート乗り場に向かいます。ハノイもオーバーツーリズムなのか中国系や欧米人や日本人のツアーがたくさん順番待ちしています。

    「タンロン水上人形劇場」の前でバスを降りてカート乗り場に向かいます。ハノイもオーバーツーリズムなのか中国系や欧米人や日本人のツアーがたくさん順番待ちしています。

    タンロン水上人形劇場 劇場・ホール・ショー

  • ガイドさんが我々用のカートの手配に向かいます。既に予約はしてあるようですが20分ほど待つということです。

    ガイドさんが我々用のカートの手配に向かいます。既に予約はしてあるようですが20分ほど待つということです。

  • カート乗り場にあったマップで大体のルートの見当は付きます。以前の旅で散々歩いた町を30分で周ることが出来るようです。

    カート乗り場にあったマップで大体のルートの見当は付きます。以前の旅で散々歩いた町を30分で周ることが出来るようです。

  • 旧市街をジグザグに走った後はホアンキエム湖を1周してまた戻って来るようです。

    旧市街をジグザグに走った後はホアンキエム湖を1周してまた戻って来るようです。

  • 「タンロン水上人形劇場」にも過去に3回ほど行っていますが、建物は変わりませんが、何か違っているような気がして気になります。帰国して前の写真を見てみると左側のタワーの部分にあったネオンが無くなっていました。

    「タンロン水上人形劇場」にも過去に3回ほど行っていますが、建物は変わりませんが、何か違っているような気がして気になります。帰国して前の写真を見てみると左側のタワーの部分にあったネオンが無くなっていました。

  • カートの時間を待っている間に「玉山祠」の近くまで行ってみます。橋の手前まではチケットを買わなくても行けることは知っています。

    カートの時間を待っている間に「玉山祠」の近くまで行ってみます。橋の手前まではチケットを買わなくても行けることは知っています。

    玉山祠 建造物

  • 最初の門には「福」と「禄」の大きな赤い字があります。この字をはさむように黒字で縦書きにされているのは、対聯(ツイレン)といい、左右一対となった詩文です。ここには、学問の境地に遊ぶ喜び、人材育成の重要性など、嚮善会の儒教思想が書かれています。

    最初の門には「福」と「禄」の大きな赤い字があります。この字をはさむように黒字で縦書きにされているのは、対聯(ツイレン)といい、左右一対となった詩文です。ここには、学問の境地に遊ぶ喜び、人材育成の重要性など、嚮善会の儒教思想が書かれています。

  • ここには学問の境地に遊ぶ喜びや人材育成の重要性など、嚮善会の儒教思想が書かれています。「禄」と「福」はベトナムの著名な儒教学者グエン・ヴァン・ズーさんの字だそうです。

    ここには学問の境地に遊ぶ喜びや人材育成の重要性など、嚮善会の儒教思想が書かれています。「禄」と「福」はベトナムの著名な儒教学者グエン・ヴァン・ズーさんの字だそうです。

  • この門をくぐるとすぐ左の石積みの丘に塔が立っています。これは筆塔と呼ばれ、塔に書かれた「写青天」の文字は「人が得た知識は世の中に公開しなければならない」ということを表しています。

    この門をくぐるとすぐ左の石積みの丘に塔が立っています。これは筆塔と呼ばれ、塔に書かれた「写青天」の文字は「人が得た知識は世の中に公開しなければならない」ということを表しています。

  • 次に右に龍、左に虎の絵を配した門があります。ここでは昔は科挙(官吏登用試験)合格者たちの名を貼り出していました。虎も龍も長くこもって勉強してきた人たちが科挙に合格して世の中に出て活躍するという儒教の考えを示しています。

    次に右に龍、左に虎の絵を配した門があります。ここでは昔は科挙(官吏登用試験)合格者たちの名を貼り出していました。虎も龍も長くこもって勉強してきた人たちが科挙に合格して世の中に出て活躍するという儒教の考えを示しています。

  • 龍と虎の門の裏側には鯉と鶴が描かれています。写真には誰も映っていませんが、ツアーの人で混雑していて、虎と鯉の写真は撮れませんでした。

    龍と虎の門の裏側には鯉と鶴が描かれています。写真には誰も映っていませんが、ツアーの人で混雑していて、虎と鯉の写真は撮れませんでした。

  • 「硯台」と書かれた門の上には硯が載せられています。陰暦の5月5日の朝日が射すと筆塔の先端の影が硯の上に落ちると言われています。ここから先は有料なのでカート乗り場に戻ることにします。この門の裏には大きく「善」「悪」と書かれてあります。

    「硯台」と書かれた門の上には硯が載せられています。陰暦の5月5日の朝日が射すと筆塔の先端の影が硯の上に落ちると言われています。ここから先は有料なのでカート乗り場に戻ることにします。この門の裏には大きく「善」「悪」と書かれてあります。

  • 漢字で「旭棲橋」と書いてテーフックと読みます。この橋も何度も渡っていますので巨大な甕の剥製も見ています。実際はシャンハイハナスッポンだそうです。<br />ハノイの旅:https://4travel.jp/travelogue/10674552

    漢字で「旭棲橋」と書いてテーフックと読みます。この橋も何度も渡っていますので巨大な甕の剥製も見ています。実際はシャンハイハナスッポンだそうです。
    ハノイの旅:https://4travel.jp/travelogue/10674552

    ホアンキエム湖 滝・河川・湖

  • 30分ほど待ってようやく電動カートに乗れました。2台のカートに分乗して出発です。ツアーの人数が16人程度である理由が分かったような気がします。

    30分ほど待ってようやく電動カートに乗れました。2台のカートに分乗して出発です。ツアーの人数が16人程度である理由が分かったような気がします。

  • 「ドンキンギアトゥック広場」の前に建つビルには以前「シティー・ビュー・カフェ」という店があって、フローズンカクテルが30,000ドンくらいで飲めました。もうそんな時代はやってこないでしょう。

    「ドンキンギアトゥック広場」の前に建つビルには以前「シティー・ビュー・カフェ」という店があって、フローズンカクテルが30,000ドンくらいで飲めました。もうそんな時代はやってこないでしょう。

  • 広場からはカートは北に進路を変えて走り続けます。途中で下車観光は無いのでひたすら走り回るだけです。

    広場からはカートは北に進路を変えて走り続けます。途中で下車観光は無いのでひたすら走り回るだけです。

  • 2回の旅で延べ2週間くらいのハノイの滞在で何度も歩いている道なので通過するだけでも思い出が蘇ってきます。

    2回の旅で延べ2週間くらいのハノイの滞在で何度も歩いている道なので通過するだけでも思い出が蘇ってきます。

  • 必ず見掛けるのが欧米人のツアーがシクロに乗っている姿です。小柄なベトナム人が巨漢の人を乗せていると、それだけでいじめられているように見えてしまいます。最近見掛けなくなったベトナム軍のヘルメットとして広く知られているのが「ムー・コーイ」(ピスヘルメット)です。ピスヘルメットは1870年代にイギリスで生まれたヘルメット型の「防暑帽」のことです。

    必ず見掛けるのが欧米人のツアーがシクロに乗っている姿です。小柄なベトナム人が巨漢の人を乗せていると、それだけでいじめられているように見えてしまいます。最近見掛けなくなったベトナム軍のヘルメットとして広く知られているのが「ムー・コーイ」(ピスヘルメット)です。ピスヘルメットは1870年代にイギリスで生まれたヘルメット型の「防暑帽」のことです。

  • 観光客の行く旧市街の北のはずれにある「ドンスアンマーケット」までやってきました。ここは市内で売られているようなお土産が比較的安く変えるので重宝します。

    観光客の行く旧市街の北のはずれにある「ドンスアンマーケット」までやってきました。ここは市内で売られているようなお土産が比較的安く変えるので重宝します。

    ドンスアン市場 / ナイトマーケット 市場

  • ベトナムは以前からカフェは多かったのですが、カートで移動していると異常なほど増えているのに気が付きました。ベトナム人の所得が増えたこともあると思いますが、それ以前にベトナムはブラジルに次いで世界第2のコーヒー生産国でもあります。

    ベトナムは以前からカフェは多かったのですが、カートで移動していると異常なほど増えているのに気が付きました。ベトナム人の所得が増えたこともあると思いますが、それ以前にベトナムはブラジルに次いで世界第2のコーヒー生産国でもあります。

  • ホイアンでオーダーして作ってもらったようなランタンの店がありました。この辺りは問屋街なので、お土産物屋に卸をしているのでしょうか。

    ホイアンでオーダーして作ってもらったようなランタンの店がありました。この辺りは問屋街なので、お土産物屋に卸をしているのでしょうか。

  • 天秤棒を持った果物売りのおばさんの姿も見掛けませんでした。そんな中をノンラーを被ったおばさんが自転車で通り過ぎていきました。フエの郊外でノンラーを作ったことと、そこで買った傘をミーソン遺跡のカート乗り場に忘れてきてしまったことを思い出します。妻がノンラーを編む針仕事が上手なのには驚きました。

    天秤棒を持った果物売りのおばさんの姿も見掛けませんでした。そんな中をノンラーを被ったおばさんが自転車で通り過ぎていきました。フエの郊外でノンラーを作ったことと、そこで買った傘をミーソン遺跡のカート乗り場に忘れてきてしまったことを思い出します。妻がノンラーを編む針仕事が上手なのには驚きました。

  • 旧市街はハノイ観光の定番で、かつては36の職人の組合があったことから「36通り」とも呼ばれています。築100年以上の古い建物が終結しているだけでなく、日用雑貨から土産物などが売られています。

    旧市街はハノイ観光の定番で、かつては36の職人の組合があったことから「36通り」とも呼ばれています。築100年以上の古い建物が終結しているだけでなく、日用雑貨から土産物などが売られています。

  • ブン・ボー・フエの店がありました。ブンはビーフンで、ボーは牛を意味し、フエ風の牛肉汁ビーフンの意味です。フエの「ピルグリミッジ・ビレッジ」に1週間ほど滞在したときに、ホテルの車をチャーターして市内のフエ料理の有名店を巡ったことを思い出します。シジミスープなど美味しいものがたくさんある街でした。

    ブン・ボー・フエの店がありました。ブンはビーフンで、ボーは牛を意味し、フエ風の牛肉汁ビーフンの意味です。フエの「ピルグリミッジ・ビレッジ」に1週間ほど滞在したときに、ホテルの車をチャーターして市内のフエ料理の有名店を巡ったことを思い出します。シジミスープなど美味しいものがたくさんある街でした。

  • 以前は店先の道路でブリキを叩いて加工したり、溶接したりという通りはだいぶ減ったように思います。だんだんこの辺りの通りの風景も変わってきているようです。

    以前は店先の道路でブリキを叩いて加工したり、溶接したりという通りはだいぶ減ったように思います。だんだんこの辺りの通りの風景も変わってきているようです。

  • 20年ほど前に毎日のように通ったブン・チャーの店を探しましたが、どこだったか記憶もあいまいです。ブン・チャーが50円で、揚げ春巻きが20円、近所のビアホイの生ビールが30円で、合わせて100円の食事が出来ました。

    20年ほど前に毎日のように通ったブン・チャーの店を探しましたが、どこだったか記憶もあいまいです。ブン・チャーが50円で、揚げ春巻きが20円、近所のビアホイの生ビールが30円で、合わせて100円の食事が出来ました。

  • 竹を扱う職人街は昔のままのようです。竹製の梯子などは必需品なのでそれなりの需要があるのでしょう。竹製の煙管も並んでいますが、こちらは今でも使う人がいるのでしょうか。どこまでが店でどこからが通りなのか曖昧な所がこの旧市街の魅力だと思います。

    竹を扱う職人街は昔のままのようです。竹製の梯子などは必需品なのでそれなりの需要があるのでしょう。竹製の煙管も並んでいますが、こちらは今でも使う人がいるのでしょうか。どこまでが店でどこからが通りなのか曖昧な所がこの旧市街の魅力だと思います。

  • この近くのチャー・カー通りには通りの名前になった「チャー・カー・ラボン」という有名な料理店があります。ここも何度か通っていますが、年を経るたびに七輪がガスコンロに変わったり変化していました。ラン魚というナマズのような魚を炭火焼きにした後に油で揚げたハノイの名物料理です。

    この近くのチャー・カー通りには通りの名前になった「チャー・カー・ラボン」という有名な料理店があります。ここも何度か通っていますが、年を経るたびに七輪がガスコンロに変わったり変化していました。ラン魚というナマズのような魚を炭火焼きにした後に油で揚げたハノイの名物料理です。

  • 道教は日本人にとってほとんど馴染みのない宗教ですが、ハノイでは市内に数か所の道観(道教の宗教施設)があるほか、仏教寺院に道教神が合祀られていることがあります。道教はベトナムに最も早く伝わった宗教で、2世紀頃までには道教の原型である神仙思想が伝わっていたとされます。

    道教は日本人にとってほとんど馴染みのない宗教ですが、ハノイでは市内に数か所の道観(道教の宗教施設)があるほか、仏教寺院に道教神が合祀られていることがあります。道教はベトナムに最も早く伝わった宗教で、2世紀頃までには道教の原型である神仙思想が伝わっていたとされます。

  • タンロン城塞には王室と市内に住む人々を保護するために合計21の門があり、数少ない残された門の1つが「東河門(ドンハーモン)」です。昔何度か利用した「TNK&APTトラベル」のオフィスがこの近くにあったので通いました。サパへのトレッキングツアーに持っていけないトランクを預けたりお世話になりました。

    タンロン城塞には王室と市内に住む人々を保護するために合計21の門があり、数少ない残された門の1つが「東河門(ドンハーモン)」です。昔何度か利用した「TNK&APTトラベル」のオフィスがこの近くにあったので通いました。サパへのトレッキングツアーに持っていけないトランクを預けたりお世話になりました。

    東河門 建造物

  • 旧市街を周った後は「ホアンキエム湖」を1周するようです。

    旧市街を周った後は「ホアンキエム湖」を1周するようです。

  • 反時計回りに回りますが、この湖の辺りも良く歩きました。

    反時計回りに回りますが、この湖の辺りも良く歩きました。

  • 湖の名前のホアンキエムは「還剣」という意味で、15世紀に神から授かった宝剣で中国軍を破った黎利(レ・ロイ王)が、大亀を通じて神に返したという伝説に由来します。湖の南に立つ小さな塔が、王が宝剣を返した場所とされます。「タンロン水上人形劇場」の演目もこの物語がベースになっています。

    湖の名前のホアンキエムは「還剣」という意味で、15世紀に神から授かった宝剣で中国軍を破った黎利(レ・ロイ王)が、大亀を通じて神に返したという伝説に由来します。湖の南に立つ小さな塔が、王が宝剣を返した場所とされます。「タンロン水上人形劇場」の演目もこの物語がベースになっています。

    亀の塔 建造物

  • このコーヒースタンドも古いもので、アール・デコのデザインが美しいです。

    このコーヒースタンドも古いもので、アール・デコのデザインが美しいです。

  • 湖の一番南側の角にユニクロがありました。ベトナムでは高級ブランドのようです。日本で買うよりも高いのでびっくりすることがあります。

    湖の一番南側の角にユニクロがありました。ベトナムでは高級ブランドのようです。日本で買うよりも高いのでびっくりすることがあります。

  • 2024年の辰年の旧正月を祝うメッセージです。昔からこの辺には同じようなメッセージが掲げられますが、そのデザインは洗練されてきました。昔のプロパガンダ的なデザインも嫌いではありませんでした。

    2024年の辰年の旧正月を祝うメッセージです。昔からこの辺には同じようなメッセージが掲げられますが、そのデザインは洗練されてきました。昔のプロパガンダ的なデザインも嫌いではありませんでした。

  • テトとはベトナムにおけるお正月ですが、日本のように毎年1月1日が正月というわけではなく、旧正月の日付で正月をお祝いします。2024年の旧暦1月1日は2024年2月10日にあたります。

    テトとはベトナムにおけるお正月ですが、日本のように毎年1月1日が正月というわけではなく、旧正月の日付で正月をお祝いします。2024年の旧暦1月1日は2024年2月10日にあたります。

  • 電動カートを降りた後は迎えに来たバスに乗り込んで、再び同じルートでホアンキエムを1周してから「ハノイ歌劇場」のロータリーまで進みました。

    電動カートを降りた後は迎えに来たバスに乗り込んで、再び同じルートでホアンキエムを1周してから「ハノイ歌劇場」のロータリーまで進みました。

    ハノイ歌劇場 劇場・ホール・ショー

  • ここでまた別のオープントップバスに乗り換えます。雨が降りそうですが2階の席に座ることにします。

    ここでまた別のオープントップバスに乗り換えます。雨が降りそうですが2階の席に座ることにします。

  • 一番後方の席に座りました。係員のお兄さんが真っ赤なイヤフォンを配ってくれました。座席後ろのジャックに差し込むと日本語の案内が聞けます。

    一番後方の席に座りました。係員のお兄さんが真っ赤なイヤフォンを配ってくれました。座席後ろのジャックに差し込むと日本語の案内が聞けます。

  • このバスに乗ったのは我々のツアーと他に数名だったのでゆったり座ることが出来ました。こんなオープントップバスに乗るのは何年振りでしょうか。ちょっとテンションが上がります。

    このバスに乗ったのは我々のツアーと他に数名だったのでゆったり座ることが出来ました。こんなオープントップバスに乗るのは何年振りでしょうか。ちょっとテンションが上がります。

  • 「ハノイ歌劇場」は1901年から1911年の間にフランスの植民地政権によって、パリのオペラ・ガルニエに倣って建設されました。ハイフォン歌劇場とホーチミン市市立劇場があります。ホーチミンの劇場は定宿のコンチネンタルホテルの前にあります。

    「ハノイ歌劇場」は1901年から1911年の間にフランスの植民地政権によって、パリのオペラ・ガルニエに倣って建設されました。ハイフォン歌劇場とホーチミン市市立劇場があります。ホーチミンの劇場は定宿のコンチネンタルホテルの前にあります。

  • 懐かしい「ソフィテル・メトロポール」の前も通過しました。ムンバイのタージマハールホテルやシンガポールのラッフルズに比べたらお手頃な価格で宿泊できます。1階奥にある「Le Club」はジャズバンドが入っているバーで、チャーリー・チャップリン・マティーニなんてカクテルもあります。2人で1杯づつ飲んで25ドルでした。ヤンゴンの「ストランド」のメインバーやプノンペンの「ル・ロイヤル」のエレファントバーなど、ホテルの格と違って信じられないくらい安いバーがあります。

    懐かしい「ソフィテル・メトロポール」の前も通過しました。ムンバイのタージマハールホテルやシンガポールのラッフルズに比べたらお手頃な価格で宿泊できます。1階奥にある「Le Club」はジャズバンドが入っているバーで、チャーリー・チャップリン・マティーニなんてカクテルもあります。2人で1杯づつ飲んで25ドルでした。ヤンゴンの「ストランド」のメインバーやプノンペンの「ル・ロイヤル」のエレファントバーなど、ホテルの格と違って信じられないくらい安いバーがあります。

    ソフィテル レジェンド メトロポール ハノイ ホテル ホテル

  • 「ディエンホンフラワーガーデン」噴水塔はフランスの建築様式で建てられていますが、東洋と西洋の様式も組み合わされています。石彫の龍の下にはヒキガエルが置かれて水を噴き出しています。

    「ディエンホンフラワーガーデン」噴水塔はフランスの建築様式で建てられていますが、東洋と西洋の様式も組み合わされています。石彫の龍の下にはヒキガエルが置かれて水を噴き出しています。

  • 右側には「ベトナム国立銀行」の建物が見えてきます。

    右側には「ベトナム国立銀行」の建物が見えてきます。

  • 「ベトナム政府迎賓館」はフランス植民地時代には北部知事の邸宅でした。日本がフランスに対してクーデターを起こした1945年3月9日以降、建物は北宮殿に変更されました。8月革命のハノイでの全面蜂起の日にベトミン軍とハノイの人々はこの建物を攻撃して占拠しました。ホー・チ・ミン大統領とベトナム民主共和国臨時政府は国民抵抗の日までここで働き続けました。

    「ベトナム政府迎賓館」はフランス植民地時代には北部知事の邸宅でした。日本がフランスに対してクーデターを起こした1945年3月9日以降、建物は北宮殿に変更されました。8月革命のハノイでの全面蜂起の日にベトミン軍とハノイの人々はこの建物を攻撃して占拠しました。ホー・チ・ミン大統領とベトナム民主共和国臨時政府は国民抵抗の日までここで働き続けました。

  • ロータリーを左折したので再び「ソフィテル・メトロポールホテル」の前を通過します。こちら側のエントランスを利用していたこともあり馴染みがあります。

    ロータリーを左折したので再び「ソフィテル・メトロポールホテル」の前を通過します。こちら側のエントランスを利用していたこともあり馴染みがあります。

  • いつも停まっているホテルのシクロやクラシックな送迎車の姿が見えません。

    いつも停まっているホテルのシクロやクラシックな送迎車の姿が見えません。

  • 宿泊した12年前には3人の日本人スタッフの女性がいらして、1人はその後ドバイのホテルに移ると連絡をいただきました。2名の方とはハノイからシェムリアップへ向かいベトナム航空の機内とトランジットのルアンパバーンの空港でお話をしました。もちろん彼女たちは「ソフィテル・アンコール」に宿泊していました。我々は町外れの「アンコール・ヴィレッジ」というコテージタイプの村のようなホテルだったので再会することはありませんでした。

    宿泊した12年前には3人の日本人スタッフの女性がいらして、1人はその後ドバイのホテルに移ると連絡をいただきました。2名の方とはハノイからシェムリアップへ向かいベトナム航空の機内とトランジットのルアンパバーンの空港でお話をしました。もちろん彼女たちは「ソフィテル・アンコール」に宿泊していました。我々は町外れの「アンコール・ヴィレッジ」というコテージタイプの村のようなホテルだったので再会することはありませんでした。

  • バスは「ホアンキエム湖」に向かっています。

    バスは「ホアンキエム湖」に向かっています。

  • 「ハノイ郵便局」の建物の向かいにある「和風塔(ホアフォン)」は「報恩寺(バオアン)」の一部として残った唯一の遺構です。寺院は3万6千平米にも及ぶ中国様式を模した建築でしたが、グエン朝の王たちはベトナム中部でも好んでこの様式を用いました。外壁に囲まれた敷地は蓮の花をかたどった八角形で、寺の東側は紅河の土手まで達し、一方の西側はホアンキエム湖にまで面していました。1886年から1889年にかけて寺は次第に取り壊され、像の多くがフランスに持ち去られました。1892年に敷地内に郵便局が建てられ、後には現在の政府迎賓館であるトンキン政庁舎なども加えられました。1960年には現在の中央郵便局が同じ場所に再建されました。

    「ハノイ郵便局」の建物の向かいにある「和風塔(ホアフォン)」は「報恩寺(バオアン)」の一部として残った唯一の遺構です。寺院は3万6千平米にも及ぶ中国様式を模した建築でしたが、グエン朝の王たちはベトナム中部でも好んでこの様式を用いました。外壁に囲まれた敷地は蓮の花をかたどった八角形で、寺の東側は紅河の土手まで達し、一方の西側はホアンキエム湖にまで面していました。1886年から1889年にかけて寺は次第に取り壊され、像の多くがフランスに持ち去られました。1892年に敷地内に郵便局が建てられ、後には現在の政府迎賓館であるトンキン政庁舎なども加えられました。1960年には現在の中央郵便局が同じ場所に再建されました。

    中央郵便局 建造物

  • 少し進むと湖に向かって立つホーチミンに並ぶベトナムの英雄「リータイトー(李太祖)」の大きなブロンズ像が見えてきます。李朝はベトナム北部に1009年から1225年まで存在した王朝で、首都は昇龍(現在のハノイ))でした。初代の王様で本名は李 公蘊で李太祖は廟号になります。ハノイは漢字では河内と書きます。

    少し進むと湖に向かって立つホーチミンに並ぶベトナムの英雄「リータイトー(李太祖)」の大きなブロンズ像が見えてきます。李朝はベトナム北部に1009年から1225年まで存在した王朝で、首都は昇龍(現在のハノイ))でした。初代の王様で本名は李 公蘊で李太祖は廟号になります。ハノイは漢字では河内と書きます。

    李太祖像 モニュメント・記念碑

  • 夕方になって「玉山祠」を訪れる観光客の姿もずいぶん減ったようです。

    夕方になって「玉山祠」を訪れる観光客の姿もずいぶん減ったようです。

    玉山祠 建造物

  • 長年お土産物屋として営業していましたが、板戸が閉められているので心配になってしまいます。

    長年お土産物屋として営業していましたが、板戸が閉められているので心配になってしまいます。

  • 「LAIKA cafe」とあるのが以前行った「シティー・ビュー・カフェ」でした。湖もきれいに見え、カクテルも安かったのでまた行きたかったのですが。

    「LAIKA cafe」とあるのが以前行った「シティー・ビュー・カフェ」でした。湖もきれいに見え、カクテルも安かったのでまた行きたかったのですが。

  • 簡単な屋台は今も健在のようです。早朝に散歩していると人気の有る店とない店は一目瞭然です。飽きずに眺めていたのは若かったからできる業です。

    簡単な屋台は今も健在のようです。早朝に散歩していると人気の有る店とない店は一目瞭然です。飽きずに眺めていたのは若かったからできる業です。

  • バスのスタッフの男の子が「トレインストリートの写真を撮らないと。」と教えてくれました。以前は観光スポットではありませんでしたが、現在は有名な通りのようです。このエリアでは今から120年以上前に作られた線路が住宅やカフェの隙間を縫うようにして走っています。インスタグラムでも有名になったそうです。台湾やタイにも同じような通りがありますね。

    バスのスタッフの男の子が「トレインストリートの写真を撮らないと。」と教えてくれました。以前は観光スポットではありませんでしたが、現在は有名な通りのようです。このエリアでは今から120年以上前に作られた線路が住宅やカフェの隙間を縫うようにして走っています。インスタグラムでも有名になったそうです。台湾やタイにも同じような通りがありますね。

  • 懐かしい「レーニン公園」の前も通りました。ここも早朝に散歩したところです。象の前の広場ではバトミントンのネットが張られていました。ボリシェヴィキ革命(十月革命)のリーダーであり、ソ連時代の強力な政治的象徴であったウラジーミル・レーニンはソヴィエト連邦全盛にはレーニンを讃えるために約14,000体の銅像を立てました。しかし、ソヴィエト連邦が崩壊すると銅像も倒されはじめられます。「グッバイ、レーニン!」は2003年2月に公開されたドイツの映画で、監督はヴォルフガング・ベッカーでした。ヘリコプターで吊られたレーニン像の姿は今でも忘れられません。

    懐かしい「レーニン公園」の前も通りました。ここも早朝に散歩したところです。象の前の広場ではバトミントンのネットが張られていました。ボリシェヴィキ革命(十月革命)のリーダーであり、ソ連時代の強力な政治的象徴であったウラジーミル・レーニンはソヴィエト連邦全盛にはレーニンを讃えるために約14,000体の銅像を立てました。しかし、ソヴィエト連邦が崩壊すると銅像も倒されはじめられます。「グッバイ、レーニン!」は2003年2月に公開されたドイツの映画で、監督はヴォルフガング・ベッカーでした。ヘリコプターで吊られたレーニン像の姿は今でも忘れられません。

    レーニン公園 広場・公園

  • 「国旗掲揚台」はグエン王朝の下でハノイ城塞と同時に建てられた塔のような構造です。旗竿建築は3層の土台と柱体で構成されており、これはハノイのシンボルの1つと見なされています。近くにある「タンロン城跡」はまだ観たことが無いので、もう一度ハノイには来なければならないと思っています。

    「国旗掲揚台」はグエン王朝の下でハノイ城塞と同時に建てられた塔のような構造です。旗竿建築は3層の土台と柱体で構成されており、これはハノイのシンボルの1つと見なされています。近くにある「タンロン城跡」はまだ観たことが無いので、もう一度ハノイには来なければならないと思っています。

    国旗掲揚台 建造物

  • 「ベトナム国会議事堂」が見えてきました。この辺りは散歩もしたことが無いのでバスの?い位置から興味深く見学します。

    「ベトナム国会議事堂」が見えてきました。この辺りは散歩もしたことが無いのでバスの?い位置から興味深く見学します。

  • 「革命殉教者記念碑(バクソン記念碑)」は1994年のディエンビエンフー勝利40周年を記念して除幕されました。ベトナムの自由と独立のために犠牲を払った勇敢な英雄と殉教者へのオマージュとされます。ディエンビエンフーの戦いは第1次インドシナ戦争中最大の戦闘と言われます。フランスからの独立とベトナム民主共和国建国を宣言していたベトミンの軍隊(ベトナム人民軍)が、フランス外人部隊などフランス軍を破り、インドシナからの撤退に追い込みました。

    「革命殉教者記念碑(バクソン記念碑)」は1994年のディエンビエンフー勝利40周年を記念して除幕されました。ベトナムの自由と独立のために犠牲を払った勇敢な英雄と殉教者へのオマージュとされます。ディエンビエンフーの戦いは第1次インドシナ戦争中最大の戦闘と言われます。フランスからの独立とベトナム民主共和国建国を宣言していたベトミンの軍隊(ベトナム人民軍)が、フランス外人部隊などフランス軍を破り、インドシナからの撤退に追い込みました。

  • 官庁街の街路樹の美しい道を「クアバック教会(北門教会)」まで走ってきました。

    官庁街の街路樹の美しい道を「クアバック教会(北門教会)」まで走ってきました。

    Nhà Th? C?a B?c(クアバック教会) 寺院・教会

  • この教会はフランス植民地時代の1927年に建てられたこの教会は、ハノイ大教会、ハムロン教会と並んでハノイ3大教会の1つと言われます。バラの窓にはステンドグラスが使われており、独特な形をしています。

    この教会はフランス植民地時代の1927年に建てられたこの教会は、ハノイ大教会、ハムロン教会と並んでハノイ3大教会の1つと言われます。バラの窓にはステンドグラスが使われており、独特な形をしています。

  • この辺りはとても緑の濃い通リは続き、ハノイの町中とは思えません。オープントップバスだと景色が遮られてしまうのがちょっと残念ではあります。

    この辺りはとても緑の濃い通リは続き、ハノイの町中とは思えません。オープントップバスだと景色が遮られてしまうのがちょっと残念ではあります。

  • 通りを抜けると「西湖(ホー・タイ)」の畔に出ます。この辺りは近年再開発されておしゃれなカフェなどが立ち並んでいるようです。

    通りを抜けると「西湖(ホー・タイ)」の畔に出ます。この辺りは近年再開発されておしゃれなカフェなどが立ち並んでいるようです。

    タイ湖 (西湖) 滝・河川・湖

  • イェンフー通りにある「TB cafeteria」はフランス植民地時代の邸宅をリノベートしたおしゃれなカフェです。こういった古い建物が美しくリノベートされるのは良いことだと思います。「西湖」の中の建つ「チャンクオック寺」の前を通るという景色の良い通りを走り抜けます。

    イェンフー通りにある「TB cafeteria」はフランス植民地時代の邸宅をリノベートしたおしゃれなカフェです。こういった古い建物が美しくリノベートされるのは良いことだと思います。「西湖」の中の建つ「チャンクオック寺」の前を通るという景色の良い通りを走り抜けます。

  • 「鎮武観(クアンタン寺)」は玄天鎮武神を祀り11世紀に建立された道教寺院です。チュックバック湖の南端にあります。風格のある門には漢字で「真武観」の文字が読めます。ベトナム最大の銅像といわれる玄天鎮武神像の像が納められています。

    「鎮武観(クアンタン寺)」は玄天鎮武神を祀り11世紀に建立された道教寺院です。チュックバック湖の南端にあります。風格のある門には漢字で「真武観」の文字が読めます。ベトナム最大の銅像といわれる玄天鎮武神像の像が納められています。

    クアンタン寺 寺院・教会

  • 再び官庁街に戻って「ベトナム共産党中央局」の前を通過します。

    再び官庁街に戻って「ベトナム共産党中央局」の前を通過します。

  • そのまま通りを進むと広大な芝生が見えてきます。以前はここまで散歩しましたが、オープントップバスだと涼しい中を走り抜けることが出来ます。

    そのまま通りを進むと広大な芝生が見えてきます。以前はここまで散歩しましたが、オープントップバスだと涼しい中を走り抜けることが出来ます。

  • 「ホーチミン廟」が夕暮れ時の霞の中に浮かんでいます。

    「ホーチミン廟」が夕暮れ時の霞の中に浮かんでいます。

  • 名前の通りホー・チ・ミンベトナム労働党主席の霊廟で、冷房の効いた内部の部屋に永久保存処置を施された胡志明(ホー・チ・ミン)の遺体が安置されています。

    名前の通りホー・チ・ミンベトナム労働党主席の霊廟で、冷房の効いた内部の部屋に永久保存処置を施された胡志明(ホー・チ・ミン)の遺体が安置されています。

    ホーチミン廟 寺院・教会

  • ホー・チ・ミン自身は存命中に自己顕示的行動に及ぶことはほとんどなく、その死に際しても本人は火葬および北部(トンキン)、中部(安南)、南部(コーチシナ)への分骨を望んでいて、個人崇拝につながる墓所の建設を望んでいませんでした。ベトナム当局はその遺書を全文公開せず「会いたくても統一までは直接会えなかった旧南ベトナム人民のため、統一後も会えるように体を保存した」という名目で建設されました。

    ホー・チ・ミン自身は存命中に自己顕示的行動に及ぶことはほとんどなく、その死に際しても本人は火葬および北部(トンキン)、中部(安南)、南部(コーチシナ)への分骨を望んでいて、個人崇拝につながる墓所の建設を望んでいませんでした。ベトナム当局はその遺書を全文公開せず「会いたくても統一までは直接会えなかった旧南ベトナム人民のため、統一後も会えるように体を保存した」という名目で建設されました。

  • 官庁街に戻ると小雨が降り始めました。半分くらいの人が1階に降りてしまいましたが、懐かしい風景が続くので車窓から目が離せません。

    官庁街に戻ると小雨が降り始めました。半分くらいの人が1階に降りてしまいましたが、懐かしい風景が続くので車窓から目が離せません。

  • 以前はこの辺りにクラフトリンクというNGOの運営するベトナムの少数民族の衣類や工芸品のショップはありましたが移転したようです。サパのトレッキング前に立ち寄ってベトナムの少数民族についていろいろ学びました。

    以前はこの辺りにクラフトリンクというNGOの運営するベトナムの少数民族の衣類や工芸品のショップはありましたが移転したようです。サパのトレッキング前に立ち寄ってベトナムの少数民族についていろいろ学びました。

  • その店の前にある「文廟」は孔子を祀るベトナム最古の大学跡です。この中に「奎文閣(けいぶんかく)」という建物がありますが、ベトナムの100,000ドン冊の裏側にはこの建物が描かれています。

    その店の前にある「文廟」は孔子を祀るベトナム最古の大学跡です。この中に「奎文閣(けいぶんかく)」という建物がありますが、ベトナムの100,000ドン冊の裏側にはこの建物が描かれています。

    文廟 (孔子廟) 寺院・教会

  • 科挙は隋時代から清時代の中国の官僚用の試験ですが、ベトナムにも1075年から1919年まで導入されていました。その合格者の碑が納められていますが、それらは亀の背中に乗っています。一見すると竜生九子(りゅうせいきゅうし)の中の「贔屓」のようですが、見た目は確かに甕のようです。贔屓は重いものを背負うのが得意とされ、碑文を背負っていますが、贔屓を引くと碑文が倒れることから「贔屓の引き倒し」ということわざが生まれています。

    科挙は隋時代から清時代の中国の官僚用の試験ですが、ベトナムにも1075年から1919年まで導入されていました。その合格者の碑が納められていますが、それらは亀の背中に乗っています。一見すると竜生九子(りゅうせいきゅうし)の中の「贔屓」のようですが、見た目は確かに甕のようです。贔屓は重いものを背負うのが得意とされ、碑文を背負っていますが、贔屓を引くと碑文が倒れることから「贔屓の引き倒し」ということわざが生まれています。

  • バスはまだまだハノイの町を走り続けます。信号待ちの車窓からアンティークショップがいくつか見えました。20数年前は骨董屋といった風情の店が数多く町中にあり、博物館に並んでいるような陶器が売っていました。クレジットカードが使えなくて、店の主人とバイクに乗ってホテルまで現金を取りに行ったことを思い出しました。

    バスはまだまだハノイの町を走り続けます。信号待ちの車窓からアンティークショップがいくつか見えました。20数年前は骨董屋といった風情の店が数多く町中にあり、博物館に並んでいるような陶器が売っていました。クレジットカードが使えなくて、店の主人とバイクに乗ってホテルまで現金を取りに行ったことを思い出しました。

  • 先ほどのおしゃれな線路沿いとは違ったところも通過します。この線路の上を歩いたことがあります。この線路をビクトリア・トレインの夜行列車で中国国境の老街(ラオカイ)まで行き、サパを旅しました。<br />ビクトリアトレイン:https://4travel.jp/travelogue/10674565

    先ほどのおしゃれな線路沿いとは違ったところも通過します。この線路の上を歩いたことがあります。この線路をビクトリア・トレインの夜行列車で中国国境の老街(ラオカイ)まで行き、サパを旅しました。
    ビクトリアトレイン:https://4travel.jp/travelogue/10674565

  • そのビクトリア・トレインが発着するハノイ駅の前にある「メルキュール・ラ・ガレ」の前も通過しました。このホテルにも1週間ほど滞在しました。

    そのビクトリア・トレインが発着するハノイ駅の前にある「メルキュール・ラ・ガレ」の前も通過しました。このホテルにも1週間ほど滞在しました。

    メルキュール ハノイ ラ ガレ ホテル ホテル

  • 宿泊した最上階の部屋が見えました。鉄道を利用するには便利でしたが、旧市街までは遠かったのでずっとタクシーに乗っていました。ベトナムはタクシー代も安いのでありがたい国です。

    宿泊した最上階の部屋が見えました。鉄道を利用するには便利でしたが、旧市街までは遠かったのでずっとタクシーに乗っていました。ベトナムはタクシー代も安いのでありがたい国です。

  • 「ハノイ・ヒルトン」の横も通過しました。樋ってもベトナム戦争時代のヒルトンホテルと呼ばれたホアロー捕虜収容所の跡地です。「ハノイ・ヒルトン(THE Hanoi Hilton)」という1987年のアメリカ映画もありましたが、個人的には同じ年に制作された「グッドモーニング, ベトナム(Good Morning, Vietnam)」の方が印象に残っています。

    「ハノイ・ヒルトン」の横も通過しました。樋ってもベトナム戦争時代のヒルトンホテルと呼ばれたホアロー捕虜収容所の跡地です。「ハノイ・ヒルトン(THE Hanoi Hilton)」という1987年のアメリカ映画もありましたが、個人的には同じ年に制作された「グッドモーニング, ベトナム(Good Morning, Vietnam)」の方が印象に残っています。

    ホアロー収容所 (ホアロー刑務所) 建造物

  • バスは大きな通りから細い通りの中まで入っていきます。雨除けのノンラーを借りた人もいました。

    バスは大きな通りから細い通りの中まで入っていきます。雨除けのノンラーを借りた人もいました。

  • 「たこさま」というタコ焼き屋が突然現れます。

    「たこさま」というタコ焼き屋が突然現れます。

  • 「ビアード・パパ」までありました。

    「ビアード・パパ」までありました。

  • バスは「ハノイ大聖堂」の前も通過しました。この辺りも前回の旅ではドンホー版画を買いに来たり何度も来たことがあります。オープントップバスをここで下車しました。

    バスは「ハノイ大聖堂」の前も通過しました。この辺りも前回の旅ではドンホー版画を買いに来たり何度も来たことがあります。オープントップバスをここで下車しました。

    ハノイ大教会 (セントジョセフ教会) 寺院・教会

  • ここから歩いて晩御飯を食べるレストランに向かうようです。夜の大聖堂へ来るのは初めてだったので思いがけない写真が撮れました。

    ここから歩いて晩御飯を食べるレストランに向かうようです。夜の大聖堂へ来るのは初めてだったので思いがけない写真が撮れました。

  • 昔妻と一緒に中国の桂林の下流の陽朔郊外を貸自転車で1日は知ったことがあります。その時ノンラーのような傘を買って、それを被って走ったのですが向かい風に首が閉まりそうになったことがあります。その後ベトナムのフエの郊外の工芸の工房を巡ったことがありますが、その時も向かい風にやられました。蘇州でも1日貸自転車で走りましたが、その3回行こう妻からは自転車は禁止にされています。<br />蘇州自転車:https://4travel.jp/travelogue/10353606<br />陽朔自転車:https://4travel.jp/travelogue/10350054<br />フエ自転車:https://4travel.jp/travelogue/11148711

    昔妻と一緒に中国の桂林の下流の陽朔郊外を貸自転車で1日は知ったことがあります。その時ノンラーのような傘を買って、それを被って走ったのですが向かい風に首が閉まりそうになったことがあります。その後ベトナムのフエの郊外の工芸の工房を巡ったことがありますが、その時も向かい風にやられました。蘇州でも1日貸自転車で走りましたが、その3回行こう妻からは自転車は禁止にされています。
    蘇州自転車:https://4travel.jp/travelogue/10353606
    陽朔自転車:https://4travel.jp/travelogue/10350054
    フエ自転車:https://4travel.jp/travelogue/11148711

  • ルー・クオック・スー通りには古い祠やお土産屋や飲食店が並んだ不思議な通りです。

    ルー・クオック・スー通りには古い祠やお土産屋や飲食店が並んだ不思議な通りです。

  • この日の夕食は「Rue Lamblot」という北部ベトナム料理のレストランです。

    この日の夕食は「Rue Lamblot」という北部ベトナム料理のレストランです。

  • ハノイのレストランで食事するのも久し振りです。ようやくハノイに来た実感がわいてきます。

    ハノイのレストランで食事するのも久し振りです。ようやくハノイに来た実感がわいてきます。

  • 懐かしいサイゴンビールとハノイビールです。1本70,000ドンで約450円です。

    懐かしいサイゴンビールとハノイビールです。1本70,000ドンで約450円です。

  • まずはハノイの揚げ春巻きのネムザンが出てきます。揚げたてなのでめちゃくちゃおいしいです。甘いタレのヌクチャムを付けていただきます。これで4人分です。

    まずはハノイの揚げ春巻きのネムザンが出てきます。揚げたてなのでめちゃくちゃおいしいです。甘いタレのヌクチャムを付けていただきます。これで4人分です。

  • 次に大きな籠に入ったブンチャーが出てきます。これで1人前です。いろいろな香草とコメの麵のブンとお椀に入った肉入りのニョクマムベースのタレに付けていただきます。ハンバーグのような肉が1個しか入っていないのが残念です。

    次に大きな籠に入ったブンチャーが出てきます。これで1人前です。いろいろな香草とコメの麵のブンとお椀に入った肉入りのニョクマムベースのタレに付けていただきます。ハンバーグのような肉が1個しか入っていないのが残念です。

  • 初めて食べた30年ほど前はあまりのおいしさに1週間同じ店に通ったことがありました。ブン・チャーが70円で追加の揚げ春巻きが50円くらいで、合わせて1ドルで食事が出来た時代です。その後は妻と来た際にもよく食べました。

    初めて食べた30年ほど前はあまりのおいしさに1週間同じ店に通ったことがありました。ブン・チャーが70円で追加の揚げ春巻きが50円くらいで、合わせて1ドルで食事が出来た時代です。その後は妻と来た際にもよく食べました。

  • 北部ではコムザンと呼ばれるベトナムのチャーハンも美味しいです。ちなみに南部ではコムチンになります。ベトナムは南北でいろいろなものの名前が違っているのが面白いです。床屋でさえカット・トックとホット・トックだったりします。

    北部ではコムザンと呼ばれるベトナムのチャーハンも美味しいです。ちなみに南部ではコムチンになります。ベトナムは南北でいろいろなものの名前が違っているのが面白いです。床屋でさえカット・トックとホット・トックだったりします。

  • 青菜炒めはホッとする味です。ちょっとニンニクの効いた美味しさです。

    青菜炒めはホッとする味です。ちょっとニンニクの効いた美味しさです。

  • デザートはバインフランでした。子供の頃に母に造ってもらったプリンのような姿です。フランという名前にかつてフランス統治下にあった名残を感じる一品ですが、バインフランはプリンでありながら牛乳や砂糖は一切使いません。そして焼いたりする工程はなく、アルミの型を使って蒸して作ります。材料はカラメルをのぞき、卵とコンデンスミルクと水だけです。

    デザートはバインフランでした。子供の頃に母に造ってもらったプリンのような姿です。フランという名前にかつてフランス統治下にあった名残を感じる一品ですが、バインフランはプリンでありながら牛乳や砂糖は一切使いません。そして焼いたりする工程はなく、アルミの型を使って蒸して作ります。材料はカラメルをのぞき、卵とコンデンスミルクと水だけです。

  • レストランを出た近くには人気のある「Pho 10 Ly Quo&#39;c Su」がありました。この店は牛肉を使ったフォー・ボーが有名で、ミシュランガイドのビブグルマンにも掲載されています。

    レストランを出た近くには人気のある「Pho 10 Ly Quo'c Su」がありました。この店は牛肉を使ったフォー・ボーが有名で、ミシュランガイドのビブグルマンにも掲載されています。

    フォー 10リークォックス 地元の料理

  • 市内にはこの店を真似た偽物のあるようです。回転から閉店までずっと行列が出来ているそうです。時間があれば食べたいところです。

    市内にはこの店を真似た偽物のあるようです。回転から閉店までずっと行列が出来ているそうです。時間があれば食べたいところです。

  • 店の近くまで迎えに来たバスに乗ってホテルに向かいます。さすがに朝早くからの移動と観光が終わった所なので疲れました。元気でお腹が空いていたらホテルからタクシーでチャー・カー通り迄出て、「チャー・カー・ラボン」に行こうと考えていましたが、同じブンをたくさん食べたのでやめにしました。

    店の近くまで迎えに来たバスに乗ってホテルに向かいます。さすがに朝早くからの移動と観光が終わった所なので疲れました。元気でお腹が空いていたらホテルからタクシーでチャー・カー通り迄出て、「チャー・カー・ラボン」に行こうと考えていましたが、同じブンをたくさん食べたのでやめにしました。

  • この日の宿泊は「パオソンホテル(Bao Son International Hotel)」という旧市街から4キロほど西に行ったところでした。<br />

    この日の宿泊は「パオソンホテル(Bao Son International Hotel)」という旧市街から4キロほど西に行ったところでした。

    バオソン インターナショナル ホテル ホテル

  • ビジネスホテルといった感じの部屋です。夜も遅く1泊するだけなので特に問題もありません。

    ビジネスホテルといった感じの部屋です。夜も遅く1泊するだけなので特に問題もありません。

  • スケッチブックにスクラップと日記をつけるのでテーブルは必要です。今年は年明けから旅行続きで、4トラベルの旅行記も遅れ気味です。忘れないためにも日記は必須の作業になります。

    スケッチブックにスクラップと日記をつけるのでテーブルは必要です。今年は年明けから旅行続きで、4トラベルの旅行記も遅れ気味です。忘れないためにも日記は必須の作業になります。

  • 窓の外は片道4車線の大きな通りなので車とバイクがひっきりなしに通っています。

    窓の外は片道4車線の大きな通りなので車とバイクがひっきりなしに通っています。

  • バスタブもありますが、お湯をためて入るほど元気は残っていません。お湯の量も温度も問題なく使えました。

    バスタブもありますが、お湯をためて入るほど元気は残っていません。お湯の量も温度も問題なく使えました。

  • ハンドシャワー付きのトイレです。

    ハンドシャワー付きのトイレです。

  • 歯磨きとシャンプー程度のアメニティはありました。

    歯磨きとシャンプー程度のアメニティはありました。

  • 隣にショッピングセンターがあり、スーパーもあるというので行ってみましたが、特に買いたいものはありませんでした。ベトナムは延べ70日以上で6回ほど旅しているので食材も珍しくなくなりました。

    隣にショッピングセンターがあり、スーパーもあるというので行ってみましたが、特に買いたいものはありませんでした。ベトナムは延べ70日以上で6回ほど旅しているので食材も珍しくなくなりました。

  • 1時間ほどでホテルに戻ってきました。2回にはカジノもありましたが、これから行く元気もありません。日本人の方向けと書かれたエレベーターに乗ってみましたが、その違いは分かりませんでした。長い1日が終わりました。

    1時間ほどでホテルに戻ってきました。2回にはカジノもありましたが、これから行く元気もありません。日本人の方向けと書かれたエレベーターに乗ってみましたが、その違いは分かりませんでした。長い1日が終わりました。

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