2023/12/04 - 2023/12/04
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2023/12/04
この旅行記スケジュールを元に
コルマールの街歩きの後半は「ウンターリンデン美術館(Musée Unterlinden)」の見学をしました。この美術館については以前より知ってはいましたが、添乗員さんが自由時間の中でのお薦めとして説明してくれて、記憶が繋がりました。1時間弱しか時間が残っていなかったのでピカソなどの近代の展示がある地下の展示室を見ることができなかったのは残念でした。美術館は元々13世紀前半に建てられた旧ドミニコ会修道院ウンターデンリンデンの建物を使用しています。フランス革命で解散した後にほとんどの建物が取り壊されましたが、1853年に修道院の残りの部分に開館しました。ドイツ中世絵画のマティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイムの祭壇画」をはじめとする中世絵画の充実ぶりは素晴らしく、写真撮影も可能だったので久し振りのヨーロッパの美術館の見学を堪能しました。過去に何度も旧約聖書や新約聖書を読んでいるので、絵画の題材は理解することができたました。じっくり眺めている時間も無いので写真が残せたので帰国後にゆっくりテレビモニターで楽しむことも出来ました。マティアス・グリューネヴァルト(Matthias Grünewald)は16世紀に活動したドイツの画家で、ドイツ絵画史上最も重要な作品の1つである「イーゼンハイム祭壇画」の作者です。ドイツ・ルネサンスの巨匠デューラーと同世代の人物ですが、グリューネヴァルトの様式は「ルネサンス」とはかなり遠く、系譜的には「末期ゴシック」の画家といったほうが正しいようです。デューラーの絵画は過去にいろいろな美術館で観ることができましたが、グリューネヴァルトの作品をまとめて観ることは無かったので、今回のツアーの中では一番の思い出になったかもしれません。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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コルマールの自由時間のうち30分ほどで街歩きを終了し、「ウンターリンデン美術館(Musée Unterlinden)」に向かいます。元々13世紀前半に建てられた旧ドミニコ会修道院ウンターデンリンデンの建物ですが、1853年に修道院の残りの部分に開館しました。
ウンターリンデン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ドイツ中世絵画のマティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイムの祭壇画」をはじめとする中世絵画の充実した収蔵で知られる美術館で、以前よりその存在は知っていましたが、コルマールにあるということは失念していました。小雪が舞ってきたので、妻にとっては絵画よりも温かい建物の中に入りたかったようです。
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ライン川上流域に現存する最古のイーゼル画とされるヘルマン・シャーデベルクの「磔刑」はゴシック様式絵画の代表であり、施された金色の背景など装飾写本の細部のようです。
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伝統的な方法で描かれた十字架に磔にされたキリストが神の御手に魂を進んで捧げるという構図が中心となっています。十字架の左側には聖母マリアと聖女からなるグループ、右側の聖ヨハネを含むグループでバランスがとれています。後者の上には、ローマの百人隊長が巻物を持っていて、その上にはラテン語で「本当にこの男は神の子であった」というフレーズが刻まれています。十字架の足元ではドミニコ会の修道士が描かれ、この作品を依頼した人物であることを暗示させ、イエスの復活を祈っています。死んだ小さな子ライオンに命を吹き込もうとする親ライオンの姿は同じ願望を伝えています。
ウンターリンデン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ザンクト・ランブレヒトの修道院に帰属する作家による「オリーブ山のキリスト(ゲツセマネの祈り)」です。イエスはエルサレムで弟子たちと最後の食事をした後、エルサレム東の郊外にあるオリーブ山にあるゲツセマネの園へ向かいそこで夜を過ごしました。マタイ・マルコ・ルカの3福音書によれば、悲しみもだえたイエスはその場で十字架刑を受けることの苦悩を祈りますが、見張りを頼まれた弟子たちは眠ってしまいイエスから叱責されました。3度祈った後にイエスは決心して自ら逮捕されるために進んでいったという。
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聖母マリアの生涯を描いた三連祭壇画(トリプティック)です。左上から「受胎告知」その下が「東方三博士の礼拝」、右側上が「キリスト降誕」で、その下が「キリストの神殿奉献」です。ユダヤ人の女性は第1子を出産すると血の穢れを払うため、モーセの律法に定められている7日が過ぎると、エルサレム神殿に子供を連れていき、燔祭と罪祭のために貧しい者は2羽の鳩を犠牲に捧げるしきたりでした。そして中央には「聖母の死」の場面です。伝説によると聖母マリアは72歳のときに天使が現れ、3日後に死ぬことを予告されたといわれます。聖母の死に際しては天使が各地で活動する使徒たちを招集し、聖母が伏している部屋まで連れて行ったとされます。そして夜中の3時頃にキリストが天使の一団とともに天国から現れ、その翌朝にキリストの腕に抱かれて昇天します。
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「降誕の聖母と天使」
1460年頃に造られたウォールナット製に着彩された「受胎告知」の場面の木像です。処女マリアに天使のガブリエルが降り、マリアが聖霊によってキリストを妊娠したことを告げ、またマリアがそれを受け入れることを告げた場面です。 -
「聖母子像」
1460年頃にオーク材に油彩で描かれています。元々はもう少し大きな作品だったものを切り取ったような構図になっています。 -
「悪魔に取り憑かれた男を癒す聖人ガイ」
15世紀後半にミュンヘンで活躍したガブリエル・メーレスキルヒャー作の作品で、これはテーゲルンゼーのベネディクト会教会の祭壇画の一部であり、残りのパネルはバイエルン州のブルクハウゼン城に保存されています。 -
押さえつけられた男の口から真っ黒い悪魔のようなものが逃げる瞬間が描かれています。絵のタッチが諸星大二郎という漫画化に似ていたので、彼の画風のルーツを知ったような気がしました。
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「復活」
このパネルは「キリストの受難」と「マグダラのマリア」と「ラザロの生涯」に捧げられた大きな祭壇画からのものであり、その他のパネルはドイツのケルン、ダルムシュタット、ミュンヘン、アイルランドとスロベニアのリュブリャナに点在して保存されています。 -
先ほど見てきたサン・マルタン教会の主祭壇に納められていた祭壇画がずらりと並んでいます。両面に描かれているので、自立したパネルが展示室に並べられています。
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上段のパネルでは新約聖書の2つの場面が描かれています。左半分ではロバに乗ったイエスがエルサレムに到着した「エルサレム入城の日」の場面です。パームサンデーとも呼ばれる日は、イエス・キリストが十字架にかかり亡くなって3日後に復活したとされる出来事の1週間前に、エルサレムへ入城した記念日を指します。右側では「最後の晩餐」の場面が描かれています。首の後ろに袋を下げているのがユダで、彼にだけ光輪が描かれていません。下段左にはオリーブ山で捕らえられたイエス・キリストがピラト総督の官邸で鞭打たれ、右の場面では頭上に茨の冠を載せられ、嘲笑されている「茨の冠のキリスト」または「嘲笑されるキリスト」の場面です。
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左側の場面には「オリーブ山のキリスト(ゲツセマネの祈り)」で、見張っているはずの弟子たちは眠ってしまい、背後からはローマ兵がこちらに向かってきています。右側ではローマ兵に捕縛される「キリストの捕縛」の場面です。イエスに寄り添い頬にキスしようとしているのがユダだということが分かります。
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背後にゴルゴダの丘が描かれの丘が描かれ、磔刑が終わったことを暗示しています。手前には白い布の上に横たわるイエスの亡骸があります。手足には釘の痕と脇腹には槍(ロンギヌスの槍)で刺された痕も見えます。「キリストの降架」に立ち会ったのは頭を膝に乗せる長いひげのアリマタヤのヨセフ、足元に立つのがユダヤ人の学者であるニコデモ、聖母マリアは青い衣装を身にまとい、涙を拭いています。その背後にはキリストの弟子のヨハネが赤い衣服を身にまとっています。残りの女性はマグダラのマリアとクロパの妻マリアであろうことが分かります。右側の場面は「キリストの埋葬」で、左右同様の人物が描かれているので、時間の経過が感じられます。
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「キリストの復活」
イエス・キリストの復活した場面を目撃した者は4つの福音書家の誰も記されていなく、遺体がなく空になった墓の記述とイエス・キリストが復活した後に多くの弟子の前に現れたことが記されているのみです。絵画の題材となったのは時代が下ってから復活の深い意味を表現する手段とされたようです。4つの福音書は共通してキリストの処刑後第3日のすなわち日曜日の早朝、女たちが墓をたずねていくと、墓が空になっており、天使が女達にキリストの復活を告げたことを述べているだけです。 -
このパネルは祭壇画を構成するパネルの1枚の断片です。オベルネの修道院長アームバックの家で発見されました。1720年に多翼祭壇画が分割された4枚のパネルのうちの1枚です。後るびゅーとなどが描かれていないので誰を描いたものかまでは分かりません。
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「シュタウフェンベルグの祭壇画」
1454年から1460年に描かれた三連祭壇画です。左翼には「受胎告知」の場面が描かれ、大天使ガブリエルと聖母マリア、マリアの頭部には鳩の姿の精霊と、父なる神の姿も見えます。右翼には「キリスト降誕」の場面で幼子イエスと牛とロバ、聖母マリアとその後ろには老人の姿で描かれた養父ヨセフの姿があります。中央には「ピエタ」が描かれています。マリアの背後には十字架、左手には捕縛されたときに繋がれた柱、右手にはイエスの死を確認したロンギヌスの槍が描かれています。アイゼンハイムの教区教会のために作られたこの祭壇画には波乱に満ちた歴史がありました。 革命目録には個別に記載されていましたが、中央部分と翼部分はしばらく分けて保管されており、別々に発見されました。 -
「シュタウフェンベルグの祭壇画」
三連祭壇画の中央部分が欠落しているようです。左翼には聖母マリアと聖ヨハネが描かれ、右翼には磔刑のキリストの姿と寄付者の夫婦ハンス・エアハルト・ボック・フォン・シュタウフェンブルグと妻のエリネンの姿があります。 -
「磔刑」ヨースト・ハラ―
1438年から1470年にストラスブールで活躍した画家の作品です。イエスの左手には聖母マリアと赤い衣服の聖ヨハネ、右手のローマ兵の一団の後方の槍には血の痕が見えます。 -
サン・ジャン・ド・ベルクハイム騎士団の教会に由来するヨースト・ハラ―の絵画です。左半分にはイエスの犠牲の宣言をする洗礼者ヨハネで、右半分は竜を退治する聖ゲオルギウスの姿です。
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らくだの皮衣を着た洗礼者ヨハネがイエスを指さしてこの先の犠牲について説教をしているようです。驚いた聴衆の表情が生々しいです。
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聖ゲオルギオスは人間の犠牲を要求したドラゴンを退治し、次の生贄として選ばれた王女を救出したと伝えられています。この物語は11世紀から12世紀の最も初期の情報ではカッパドキアを舞台としています。カッパドキアのギョレメのオープンエアミュージアムには古いフレスコ画が残っていました。
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ロバに乗ったイエスの姿は車輪がついているので、何か祭りの際に町中を引いたのではないでしょうか。考えられるのはエルサレム入城の場面のようです。右手の人差し指と中指を伸ばしていますが、これは人差し指が Ι(ギリシャ文字のイオタ)、中指が C(同シグマ(Σ))、親指と薬指とで Χ(同キー(カイ))、小指がCを表しており、イエス(ΙC) キリスト(ΧC)を意味します。
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美術館は旧ドミニコ会修道院ウンターデンリンデンの建物なので回廊があります。美術館自体がとても空いているのですが、回廊を歩く人の姿はありませんでした。
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回廊には墓碑が並べられていました。教会堂の床に敷いて人に踏んでもらうタイプではなく石棺の蓋のように思えました。黄色のヴォージュ砂岩に磔刑図のイエスと聖母マリアとヨハネの姿がかなり深く彫り込んであります。この墓の持ち主はベアトリス修道院の管理者エーバーハルト・ゲルラッハ・フォン・べーブリンゲンと妻のエリザベート・マーラーのものと書かれてありました。
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建物の中は暖房が入って程よい温かさですが、回廊に出るとコートを羽織っていない分肌寒く感じます。
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先ほどまで小雪だったのですが、美術館に入っている間に地面に雪が積もるほどになっていました。
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回廊の一角には古い井戸も残されていました。ショーン・コネリー演ずる僧バスカヴィルのウイリアムが出てくる者ウンベルト・エーコの小説をもとにした「薔薇の名前(Name of the Rose」という映画を何となく思い出しました。
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「マルティン・ショーンガウアーの記念碑」
マルティン・ショーンガウアー(Martin Schongauer)はドイツの画家でエングレービング版画家です。絵は生前から高く評価され、版画は広く流布されました。コルマールの画家キャスパー・イセンマン(Caspar Isenmann)の弟子になったと推定され、その後ニュルンベルクのハンス・プライデンヴルフ(Hans Pleydenwurff)の工房で働き、ヤン・ファン・エイクやロヒール・ファン・デル・ウェイデンの新しい絵画のスタイルから影響されたと考えられています。この像の作者は先ほど生家の美術館の前を見てきたフレデリック・オーギュスト・バルトルディでした。 -
再び建物の中の展示室に戻ると生き返ったような気がします。この大きな箱は「聖ヒッポリュトスの聖遺物箱」です。箱に描かれた聖人は左から鍵を持った聖ペテロ、X型の十字架を持った聖アンドリュー、祝福のキリスト、帆立貝の付いた帽子を被った聖ヤコブ、蛇の乗った杯を持った聖ヨハネです。アトリビュートがしっかり描かれていると誰なのかが分かってきます。
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「東方三博士の礼拝」
イエス誕生の主題の名前で「マギの礼拝」「三王礼拝」 とも呼ばれます。マギという言葉はマジックの語源でもあります。この画面では椅子に座る聖母マリアが幼子イエスを抱えています。背後には赤い衣の養父ヨセフと牛とロバがいます。博士たちは家に入り、マリアと一緒にいた幼子イエスを見て拝み、乳香、没薬、黄金を贈り物としてささげました。3人は「メルキオール Melchior」「バルタザール Balthasar」「カスパール Casper」です。 -
「聖母子像」
聖母子と共に描かれるリンゴの意味は、将来の救世主としての使命と宿命を暗示しています。 -
先ほど回廊に像があったマルティン・ショーンガウアーの作品で埋め尽くされた展示室に移ります。彼はコルマールで1448年に生まれ、父親はバイエルンシュヴァーベン地方アウクスブルク出身の金細工職人でした。父のもので働いた後はコルマールの画家、キャスパー・イセンマンの弟子となり、ニュルンベルクのハンス・プライデンヴルフの工房で働き、ヤン・ファン・エイクやロヒール・ファン・デル・ウェイデンの新しい絵画のスタイルから影響されました。一連の絵画を見ていて北方フランドルの絵画を思い出したのは間違いではなかったようです。
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左上から「オリーブ山のキリスト(ゲツセマネの祈り)」「キリストの捕縛」「キリストの嘲笑」「十字架を背負う」4つの場面が描かれ、右側では「キリストの降架」「キリストの埋葬」「キリストの復活」「主の傷跡に触れる」といった場面です。香油の入った壺を足元に置いたマグダラのマリアの仕草、イエスがトマスに「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」といった瞬間の場面が見事に描かれています。
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この4面では左上から「エルサレム入城」その右に「最後の晩餐」です。ヨハネはイエスの横で眠り、ユダは金貨の入った川の袋を手に持っています。下段は「キリストの捕縛」と「キリストの鞭打ち」の場面です。
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裏面に周るとキリストの後半の生涯がさらに続いていきます。実際に美術館にいたときは画面を1枚1枚確認していく時間などは無く、どの場面化を確認した後は写真に納めて先を急ぎます。ほとんど見学者がいなかったので出来た業ですが、もっとじっくり見たかったです。
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美しく彩色された木彫も数多く収蔵されています。作風は違いますがティルマン・リーメンシュナイダーの作品をまだ観に行くことが出来ていないことを思い出しました。ドイツもクリスマスマーケット巡りでしか行ったことが無いので、ゆっくり旅して見たいと考えています。
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「オリーブ山のキリスト(ゲツセマネの祈り)」
これらの作品はマルティン・ショーンガウアーの版画が元になっているようです。 -
「最後の晩餐」
ここでもヨハネはイエスの横で眠り、ユダは腰に下げた金貨の入った革袋を左手で押さえています。 -
「キリストの鞭打ち」
「ジーザス・クライスト・スーパースター」のイエスが鞭打たれるシーンでは数を数えながら鞭が振るわれますすが、その数は39で止まります。この39という数の根拠は神がモーセに与えた律法で「悪人を鞭で打つ数は40回以上はいけない」と明記してあるからです。このため当時のユダヤ社会では数え間違いの可能性も考慮に入れて「鞭打ちの上限は39回とする」と決めていたのだそうです。 -
左上から「イエスの洗礼」の場面で、ヨルダン川において洗礼者ヨハネから洗礼を受けたイエスの姿が描かれています。右には「聖ゲオルギウスの竜退治」下段左は「キリストの神殿奉献」と「磔刑図」と続きます。
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この三連祭壇画の中央部は受胎告知の場面が彫刻になっています。その像の美しさに目を奪われます。左右の扉には「キリスト降誕」キリストの神殿奉献」「東方三博士の礼拝」「聖母の訪問」の場面です。「聖母の訪問」はここで初めて出てきた題材で、マリアが天使から受胎告知を受けたころ、彼女の親族であるエリザベトも懐妊したという話を聞き、神の偉大な力に驚き賛美して山里にあるエリザベトの家を訪ねる場面です。エリザベトの産んだ子供が洗礼者ヨハネです。
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中央部の彫刻はその全体が金箔で覆われていてこの世の場面とは思えません。
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処女マリアの前に天使のガブリエルが降り、マリアが聖霊によってキリストを妊娠したことを告げている瞬間です。赤いガブリエルの衣装が金色の中に映えます。
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この場面でのマリアは読書の最中であったようで、マリアとガブリエル以外で金色で覆われていないのはこの本だけです。ガブリエルとマリアの顔の美しさが印象に残りました。
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左上から「パトモス島の福音書家ヨハネ」です。光輪を持った鷲の姿があるのでヨハネだということが分かります。25年くらい前にパトモス島のヨハネの黙示録教会へ行ったことが思い出されます。その下は使徒の聖ヨハネの「聖ヨハネの釜茹で」の場面です。釜茹での刑に処されましたが奇跡に助かり、島流しにもされましたが天命を全うしたと伝えられています。右上が「洗礼者ヨハネの誕生」で、下段が「洗礼者ヨハネの斬首」です。領主ヘロデ・アンテパスを叱責したことから獄につながれていた洗礼者ヨハネはヘロデ王の継女サロメの求めにより斬首されます。
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「ジャン・ドルリエの祭壇画」マーティン・ショーンガウアー
この祭壇画の名前は1463年から1490年にかけてイッセンハイム司令官の家庭教師を務めたジャン・ドルリエに由来します。彼の姿は聖アントニウスの足元に跪き、紋章を伴って描かれています。 -
「ジャン・ドルリエの祭壇画」の裏側は受胎告知の場面が描かれています。これでは壁に飾って展示することは出来ません。
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ガブリエルの言葉は巻紙に表され、右手のサインは人差し指がΙ、中指がC、親指と薬指とでΧ、小指がCを表しており、イエス(ΙC) キリスト(ΧC)を意味します。
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父なる神と精霊を表す白い鳩、マリアの足元には純潔を表す白いユリの花が見えます。
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マーティン・ショーンガウアーの一連の作品はこのような形で展示してあります。1枚1枚が見ごたえのある作品なので、時間をかけて読み解けないのが残念でした。
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「磔刑図」
コルマールの古いフランシスコ会教会に納められていた作品です。 -
「聖アンナと聖母マリアと幼子イエス」
聖アンナはマリアの母親で、アンナと夫のヨアキムには長く子供が無く、2人が老齢となってから初めて子供を授かることを天使から告げられました。これを受けてアンナは子供を神に捧げることを約束します。アンナとヨアキムはエルサレム神殿のお陰でマリアを授かったと信じており、3歳に達したマリアをエルサレム神殿に奉献しました。西ヨーロッパの図像学ではアンナは赤いローブ緑のマントを身に着けて描かれます。 -
「オリーブ山で祈りを捧げるキリスト」
エグイスハイム近くのレゲリ礼拝堂からこの美術館に納められました。 -
「磔刑図」1480年頃の作品です。
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左側は「オリーブ山のキリスト」で、右側は「キリストの嘲笑」の場面です。
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「この人を見よ(Ecce Homo)」
題名である「この人を見よ」(エッケ・ホモ)は新約聖書においてユダヤ属州総督ピラトが処刑を求める群衆をなだめようとして鞭うたれたイエスを指し示した際に放った言葉とされます。 -
「三日月の聖母子」
「太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に星の冠を被っていた」黙示録の女を想起させる聖母マリアの姿は、彼女が原罪の汚れなくキリストを胎に宿したことを表わします。 -
この構図のマリア像が好きで、今まで見てきた彫刻や絵画を見て生きた旅のことが思い出されます。それと同時に何度見てもマリアの背後の表現が太陽には見えません。
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「三日月の聖母子」
三日月が下を向いた姿は初めて見ました。 -
「 ヴィール・アン・プレーヌの聖母」として知られる木像です。
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「巡礼者に戴冠する聖ヤコブ」
ポルトガルを1カ月ほどかけて縦断した旅の最後はサンティアゴ・デ・コンポステーラでした。大聖堂を参拝しただけですが、いつか巡礼路を歩いてみたいと思いながら果たせないままです。 -
「聖マルティヌス」マルティン・ホフマン
聖マルティヌスはローマ帝国の属州パンノニア(現在のハンガリー)に生まれ、ローマ帝国での兵役に就いたのちに洗礼を受けました。兵士の頃に雪の中で凍えていた半裸の物乞いに自らのマントを半分裂いて与えた話は有名です。その夜にマルティヌスの夢の中に半分のマントをまとったイエスが現れ、こう言ったといわれる。「まだ受洗もしていないローマの兵士マルティヌスが私にこのマントをくれた。」この物乞いはイエス自身であったと言い伝えられています。 -
「ピエタ」
主にキリスト教美術における題材として聖母子像のうち「死んで十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリア」の彫刻や絵画などを指します。 -
左から「聖エラスムス(Saint Erasme)」「聖司教(Saint évêque)」「聖ヤコブ(Saint Jacques)」「聖ペテロ(Saint Pierre)」と、4体の見事な彫刻が並んでいます。
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「キリストの洗礼」「隠遁者聖アントニウスへの聖パウロへの訪問」
このレリーフはおそらく聖アントニウスに捧げられた祭壇画の2つのパネルを構成することになっていました。 聖アントニウスの崇拝はアントニウスの騎士団と関連して中世の終わりにアルザスで広まりました。 -
1512年から1516年にかけて、画家のニクラウス・オブ・ハーグナウ(彫刻部分)とグリューネヴァルト(彩色パネル)はコルマールの南約15マイルの村、イーゼンハイムにあるアントニテ修道会の修道院のためにこの祭壇画を制作しました。フランス革命まで修道院病院の礼拝堂の主祭壇を飾っていたこの多翼祭壇画は1490年から1516年まで修道院の司祭を務めたギー・ゲールによって依頼されました。
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イーゼンハイムの修道士たちは修道院から依頼され、資金援助を受けた豊富な芸術作品のコレクションを少しずつ手に入れていき、その1つがこの祭壇画でした。革命までこの宗教施設で保管されていましたが1792年にフランス国立図書館の地方支部に移管され保管されました。1852年にコルマールのウンターリンデンとして知られる旧ドミニコ会修道院の礼拝堂に移され、当時設立された博物館の主要な宝物となります。
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これまで数々の多翼祭壇画を見てきましたがベルギーのゲントの「神秘の子羊の祭壇画」に匹敵するものだと感じました。「磔刑」ではイエスの母マリアはキリストの右に描かれており、キリストの最愛の弟子であるヨハネの腕の中で苦悶のあまり倒れ、大きな白い布に包まれています。キリストの左側にはイエスの犠牲を象徴する小羊がバプテスマのヨハネと共に描かれています。西暦29年にヘロデ王の命令で斬首された洗礼者ヨハネはキリストの死を目撃することはできなかったのでヨハネの存在は時代錯誤とも言えます。
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祭壇画の翼は特定の聖なる日を除いて閉じられ、左側には矢で貫かれた「聖セバスティアヌスの殉教」、中央には「磔刑」が描かれ、右側には恐ろしい怪物に嘲笑されながらも穏やかな姿の「聖アントニウス」が描かれています。聖アントニウスは火の犠牲者の守護聖人であり、聖セバスティアヌスは疫病を追い払うために助けを求められたことから、2人の聖人は病人の守護聖人とされます。
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右側は「受胎告知」を表しており、大天使ガブリエルがマリアに神の子イエスを産むことを告げ知らせています。マリアは礼拝堂に描かれており、この出来事の神聖な性格を示しています。左側は「復活」を示しており、キリストが墓から出てきて十字架につけられた人の顔を神の顔に変えて光を浴びて天に昇ります。「キリストの復活」と「キリストの昇天」は1つのイメージに凝縮されています。
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中央のコーパスでは「天使のコンサート」と「キリスト降誕」は独立した場面ではなく統一された概念の中に収まりまっています。鑑賞者はキリストが生まれたばかりの赤ん坊として地上に来られ、天使の特定の人によって擬人化された悪の勢力と戦うために導かれるのを目撃します。囲まれた庭はマリアの胎内を表し、永遠の処女のしるしであり、棘のないバラの茂みは彼女が原罪から解放されたことを示し、いちじくの木は母乳を象徴しています。ベッド、バケツ、チャンバーポットはキリストの人間性を強調しています。
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このキリスト像はとても500年以上前に描かれたとは思えない構図とデザインです。シュールレアリズムはここに始まったのではないかと思いました。
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もう1つの多翼祭壇画は分解され、中央部の彫刻は壁際に展示されています。
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「聖アウグスティヌスとギー・ゲール、聖アントニオ、捧げ物の二人の担い手、聖ヒエロニムス、キリストと十二使徒」
祭壇画はその内側の翼を開いた状態で巡礼者と苦しんでいる人々が、火の守護者であり癒し手である聖アントニウスを崇拝することを可能にしました。聖アントニオは聖体の中央に座り、その脇にはアントニテ修道会の紋章である豚が描かれています。彼の左と右には2人の供物の担ぎ手が献金を示しています。左右にはラテン教会の4大教父のうちの2人である聖アウグスティヌスと聖ヒエロニムスが囲んでいます。祭壇画を依頼したギィ・ギュワイエは聖アウグスティヌスの足元にひざまずく姿で表されています。 -
彫刻部分を覆う扉絵は礼拝堂の一番奥に展示してありました右側に「隠者聖パウロへの聖アントニウスの訪問」と左側に「悪魔に苦しめられた聖アントニウス」です。
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「悪魔に苦しめられた聖アントニウス」
このパネルは聖アントニオがサタンによって送られた怪物に苦しめられている様子を描いています。地面に踏みつけられ、棒で殴られ、爪で引き裂かれ、噛まれた聖アントニオは、これらの邪悪な悪魔と戦うために天使を送ってくださる神に助けを求めます。左下隅では水かきのある足と膨らんだ腹を持つ存在は、麦角中毒によって引き起こされる病気を擬人化しているようです。 -
ヒエロニムス・ボスの絵画を連想させるような作品に魅了されます。この美術館に来るだけでコルマールを再訪しても良いと思えます。
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「隠者聖パウロへの聖アントニウスの訪問」
2人の隠者はテーベ砂漠を表すことを意図した見事な風景の中で出会います。グリューネヴァルトはナツメヤシを奇妙な植物の混合物で囲む幻想的な宇宙を創造し、その場にいる動物たちが参加しています。カラスが2人の世捨て人に2つのパンを持ってくるという出会いの静けさと静けさとは対照的です。この夢のような場面では自然主義的に描かれた薬草が2人の足元に芽を出しています。 -
残念あガラ美術館の見学はここまでで、モネ、ド・スタール、ピカソ、デュビュッフェなどの20世紀の主要な芸術家の作品を観ることは出来ませんでした。コートと荷物を持って表に出ると1時間前とは全く違った雪景色になっていました。
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集合時間前に「モノプリ」の前に戻りましたが、1人参加の方が集合時間を30分間違えて戻ってきませんでした。その30分があったらもう少しゆっくり美術館を見学できたのにと思うと…。駐車場でバスに乗り込んで、次のリグヴィルへと向かいます。
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旅行記グループ 2023スイス・アルザス クリスマス・マーケット
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