2024/08/15 - 2025/08/10
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砂布巾さん
1945年4月30日~5月8日 ヨーロッパ戦争の終結(ドイツ)
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心からの感謝を込めて 砂布巾
2023年「砂布巾のLWほぼ完結の旅」で写真を追加するなどの改訂を行いました
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2007年4月27日付新聞各紙はヒトラーの遺骨や遺品がロシアで公開されたことを報じた。旧ソ連が情報を公開しなかったこともあり、長い間ヒトラーの最期は謎とされ、生存説や替え玉説もあった。
総統地下壕跡 史跡・遺跡
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原因は、ベルリンがソ連に解放され、7月に米英仏も含めた4カ国の占領下に置かれるまで7週間ソ連の支配下にあり、また冷戦が始まったことだった。
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西部戦線を担当する米英両国は、最後にはベルヒテスガーデンの別荘を中心とする南部のアルプス地方に国家要塞を建設し、抵抗を行うという先入観を持っており、ベルリンの重要性を認識していなかった。実際にはヒトラー、スターリンにとって心理的、政治的に最後の砦だった。
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最後は、どのようなものだったのだろう。映画「アドルフ・ヒトラー最後の10日間」(1973年 英伊合作)では、4月20日の56回目の誕生日から、4月15日に総統地下壕にやって来ていた愛人エヴァ・ブラウンと前日に結婚式を挙げ、30日に自殺を遂げるまでの10日間が、回想シーンやベルリン攻防戦の実写映像を交えて再現されている。
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誕生日にはゲーリング(後に総統の権限を要求して連合国との講和を模索し、激怒させる)、カイテル、リッベントロップ、ゲッペルスらが参加した。なお28日にはヒムラーが単独で和平交渉を行っていることが判明し、解任されている。午後には、ヒトラーユーゲンゲントの志願兵と謁見するが、これが地上に出た最後となった。
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会話が英語なのは違和感を覚えるとしても、爆撃音が鳴り響く地下壕で周囲の意見を聞き入れることなく、過去の栄光や妄想の世界に入り込んでいる姿が印象的だ。地下壕では模型を懲りずに眺めていたという。建築家でもあった軍需相シュペーアがグランドデザインしたベルリンの大改造計画「ゲルマニア」であったろう。
3月にドイツ国内の鉄道、橋、工場など全てを破壊するという恐るべき命令(ネロ指令)が出されたがシュぺーアが阻止した。実現は到底不可能だっただろう。テロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
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エイダ・ペトロヴァらによる「ヒトラー最期の日」(原書房)では、これまで出た主なヒトラーの死に関するトレヴァー・ローパーなどの著作を、モスクワで保存されていた頭蓋骨、資料と照らし合わせ、総統官邸内の心理面にも着目しながら、著者の説を打ち立てている。ヒトラーは彼が唱えたようなやり方、青酸カリを飲むと同時に銃を使い、一方エヴァは服毒して自殺した。
*かつては地下壕は幼稚園となっていると言われていた -
本にはヒトラーの頭蓋骨、遺体の写真、プライベートアルバム、自身が描いた絵などの資料が紹介されている。遺骨を確認することは重要だろうが、拳銃自殺だろうが服毒自殺だろうが、ヒュー・トーマス氏が著書「ヒトラーの検死報告」(同朋舎出版)で主張したように側近に絞殺されようが、さほど重要ではないと考える。
テロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
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エイダ・ペトロヴァらによる「ヒトラー最期の日」(原書房)では、これまで出た主なヒトラーの死に関するトレヴァー・ローパーなどの著作を、モスクワで保存されていた頭蓋骨、資料と照らし合わせ、総統官邸内の心理面にも着目しながら、著者の説を打ち立てている。ヒトラーは彼が唱えたようなやり方、青酸カリを飲むと同時に銃を使い、一方エヴァは服毒して自殺した。
テロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
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ヒトラーの死後の動きを。徹底的に破壊されたベルリンは5月2日にはソ連軍に占領された。その際、多くの女性が強姦されたと言われる。
後継に指名されたデーニッツは、デンマーク国境近くのフレンスブルクに新政府を組織した。政府は直ちに連合国側と降伏交渉を行い、5月7日フランスのランスにて降伏文書に署名。停戦が5月8日23時1分に発効すると定められ、テロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
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翌9日の11時からベルリンのカールスホルストにてソ連軍のジューコフ元帥、ドイツ軍のカイテル元帥が出席し、降伏文書の批准式が行われた。ただ停戦後も一部地域では戦闘が続き、プラハの戦いは5月11日にようやく終結した。
なおフレンスブルク政府を連合国側は認めず、5月23日には全閣僚が逮捕され、6月5日にはドイツには中央政府が存在しないことが確認された。また多くのナチス残党が主に南米に逃れた。
*この写真と1枚おいた多くの写真はカールスホルストの写真です -
ブランデンブルク門から1本旧東ベルリン側に入ったヴィルヘルム通り周辺は、ワイマール共和国時代から外務省、首相官邸などが集中していたナチス時代の政権中枢部。総統地下壕跡地は戦後、ソ連や旧東ドイツが破壊を試みようとしたが、あまりに強固な造りのために撤去することは出来なかった。跡地が東西ベルリンの境界線近くにあったことも問題を複雑にした。ネオナチの聖地になることへの懸念から、長いこと目印などは無かったが、2006年6月8日に案内板が設置された。(2023年9月30日ほか訪問)
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LWほぼ完結の旅(自分史)
コロナ禍もある程度落ち着いた2023年9月から10月にかけて急遽自分へのご褒美も兼ねて円安等の逆風の中、ロンドンに立ち寄り、開戦の地ポーランドのグダニスクに入り、終焉の地20年振りのベルリンで旅を終える約2週間の旅を敢行した。ベルリンは中央駅、新空港、ユダヤ人慰霊碑が出来、ヒトラー最期の地などを示す看板が設置されるなど変貌していた。残念だったのはラース・シュルツとの4回目の劇的再会が叶わなかったことだ。 -
*開始年が独ソ戦が始まった1941年になっているのにはやや違和感
新パスポートは北斎の富嶽三十六景。そして初の携帯持参。変圧器を購入したが、ロンドン以外は現地のケーブルに接続して辛うじて充電出来た。ベルリンは1時間の充電量が僅か10%。とにかく待ち時間の長さがストレスだった。そういえば夜の街に出なかったな~。なおベルリン関連の写真はほぼ全て改めている。 -
*5月9日以後はソ連の支配下に入ったという意味合い
ドイツ統一33周年にあたる10月3日、旧東ドイツポツダムにある西ベルリンの飛び地だったシュタインシュトゥッケン訪問を試みた。インフォーメーションでは博物館があると教えてもらったが、何人かに訪ねても皆言うことが違い、結局諦めた。
*松浦孝久氏「僕と壁とベルリンと」
https://www.berlinnet789.de/imbn789/kabe32_200406.htm -
ドームで趣が変わったライヒスターク。ガイドツアー参加を出来なかったが、新空港から飛び立つ間際にそのドームツアーに参加することが出来た。語学力の無さも再認識。
帰国直後にガザ地区での紛争が始まった。多くの犠牲者に心が痛む。 -
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*各国の軍人と民間人の死者と思われる
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*東ドイツで発売されていたソ連に感謝する歌が入ったレコード
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*独ソ戦の関ヶ原スターリングラードに関する説明と思われる
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