2008/01/04 - 2008/01/10
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コロコロパッカーさん
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トップ画像は果てしなく続くバナナです。
年末以来、ウガンダとルワンダでは美しい景色と人々に癒される日々だった。
この二か国が本当に気にいりました。
この頃の旅はとってもPOLE POLE。観光はしなくとも。この土地のことを知ることがとても楽しかった。
・・・
ギセンニGISENYIは、ジサンイイとかギセニとか、日本語で色々な呼び方がありますが、ルワンダの人が発音したときギセンニに聞こえたのでギセンニと書きます。
ギセンニはキブ湖に面した国境の街。隣はDRコンゴ。
ルワンダ人の英語の先生に「名前は忘れたけど湖とプリムスビア工場がある街」と言ったら、「それは間違いなくギセンニだ」と即答。
どうやら”チルしに行く場所”だそう。
私が行ったのはもうだいぶ前の話だけど、リゾートには見えなかった。
でも先生によると、インナーカントリーのルワンダの人が海を見たいなーと思ったら、ここに行って休暇を楽しむって聞いたので、たぶんチルする場所ってのが一番いい表現と思います。
しばし悲しい話を忘れて、ゆっくりしましょう。
-
首都キガリからギセンニに移動。出発すると、すぐ山奥に入る。
ワンラブを歌う現地人とともに、バスは千の丘をさらに進む。
後半は、のどかな村。
家並みは、国の田舎のような土壁と河原でできていて、ひょっとすると日本の昔のような景色??
段々畑も増えてきた。途中では、茶畑の巨大プランテーションも。 -
千の丘とも言われるルワンダ。
ギセンニに行く目的は、この丘が見たかったからというのが1番大きい。
ルワンダも緑の多い国だ。
マトケが多いが、熱帯の森とは少し違う。
日本の山とも少し異なるし・・・ネパールの山が近い?
向こうには幾重にも折り重なる山々。本当に美しい国だ。
コンゴ側に近づくところでは、4000メートルを超える火山群をうっすら見ることができる。 -
これは何の作物かなぁ。ちなみに、ルワンダの主食はじゃがいもらしい。
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さらに1時間ほど走ると、もさもさのマトケ畑!
ウガンダであまり写真が撮れなかったのだが、ウガンダは国土中こんな感じ。 -
バナナだらけだ。
マトケの丘を越えるとギセンニに到着。
バスターミナル周辺でさえ、未舗装。
ぱっと見ただの田舎町で、お世辞にもリゾートチックとは言えないが、ルワンダ人には人気らしい。 -
宿は高く条件もあまり良くない。
最初の宿は決別。
教会が運営しているゲストハウスへ。安くてお湯も出て綺麗で安全そう。
おまけに管理人の男の子も親切でとてもいいところを見つけた。 -
荷物を降ろして、先ほど決裂した宿へ。
宿泊地としては条件悪かったが、ここのご飯を美味しそう。
ここもまたビュッフェ、飽きなることなく色々食べられて、いい食文化。
魚のフライを食べる。
白身魚なんて、久しぶり。湖の魚だね。
大和芋を焼いたやつもあっておいしかった。
いろいろあるけど、いつもの癖でチップスも頼んでしまう。
ビールを飲んだら疲れて終了。長い1日だった。 -
1月7日
のんびりお茶しつつ日記を書く。朝はお茶に限る。
森のようなきれいな庭付きのお宿なので、静かでとても良い。
今日はプリムスビールの工場を見学する予定。ルワンダで一番お気に入りのビール。
バスターミナルに行くも、人が来ず1時間以上待った気がする。まぁ、あるあるだわ。
バスが出発しなければ、人間観察でもして時間をつぶそう。
アフリカは、そんなたわいのないことが楽しいの。
隣にはきれいな服の人。よく笑うママと赤ちゃん、世界各国、共通の平和な景色。
ここでこぶだらけの人を見た。海外に行くと時々見る。
それでも何でも仕事はしなくちゃいけない。
そして彼を普通の工夫と一緒に扱う人々。
同じことを20年前のカンボジアでも感じたな。車いすで畑を耕す人。
厳しい現実と、人の強さだね。 -
やっと出発。湖沿いの道を行く。
もちろんバナナだらけ。
そして人だらけ。どこまでも人が歩き、きれいな花を飾る家が続く。
のどかだなぁ。
赤いきれいな花が咲いているよ。
ビール工場までは多少距離があるが、これなら歩いてもいけそうだ。 -
ビール工場には、ビールの匂いとともに汚水の匂いもする。
垂れ流しなのかなぁ?
湖の水はとてもきれいなのに、大丈夫なの?
あいにくこの日は見学の日ではなかったので、プリムスの飲み放題はできなかったが、親切な警備員さんに大変お世話になる。
警備員さんはDRコンゴ出身。この近くに難民キャンプがあったのかもしれない。
コンゴに帰りたいけど今はまだ帰れないと言っていた。
(ウィキには、逆に今後に逃れたルワンダ人の帰国が滞ってると書いてあった。それぞれ帰れない事情があるのか・・・)
日本人と結婚するにはどうしたら良いか一生懸命聞いていた。
プリムスファクトリーでIDカードをもらって働いていることは、ルワンダではそれなりにいいステイタスのように思うが・・・
何より日本はポレポレじゃないけど大丈夫? -
そんなわけで帰りは日本からのODAバスに乗って帰る。
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ラオス並みにODAが走りまくっている
(私が旅をしだした2000年頃はラオスなんかでよく見た。
今も走っているのかしら?) -
ラスタのお兄ちゃんや@マーク模様の服を着た人々をを満歳にして、120%のパワーを出しきるODAバス。
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バス待ちの一角
アフリカでは普通の光景が1番面白かったりする。
奥にいる奥さんの傘も素敵 -
きれいなドレスと、お揃いのターバンを巻いたご婦人素敵だね
褐色の肌には濃い色のサロンがよく似合う。
派手派手な服を着ている人も多い -
当時、アフリカにもインターネットが発達してきて間もない頃だと思う
@柄が流行っていたのかしら?
まだインターネットカフェが主流で、自宅でインターネットをするような時代ではなかったと思う。
このあとブルンジに行くミニバスにはyahoo!expressと書いてあったよ。 -
制服屋さん発見。公立の学校は制服らしい。
ルワンダの女の子の制服は、目の覚めるような鮮やかな青。とってもかわいい。 -
湖畔の商店のおばちゃん
青、緑、黄色の組み合わせ、いいね。 -
仕立て屋さんかしら。
皆さんの服を着ていると見ていると、布から仕立てたようなものも多い -
いちど街へ帰り、食事をし、一休みして湖を見に行く。
途中、教会や学校のグランドを通る。
ルワンダで教会を見ると、暗いイメージが湧いてしまう
ここもまた虐殺があった場所 -
でも、学校はいつだって明るい。
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サッカーをやっているのかな?
当時アフリカで空手や野球を教えているジャイカの人にもよく会ったっけ。
持続可能という点で現実的なのはサッカーじゃないかしら? -
ここでもアフリカの子供たちと戯れる。
アフリカの子たちはポーズがお好きなのかしら。
みんなあれこれポージングをしてきてくれる。 -
最後にマネー言われた。誰に教わっているんだか。
お金をくれなんて言うもんじゃないよと注意する大人がいないのか。
アラブの国なら「アイヴ!だめよ!」って言う注意の言葉があったよね。
誰かが窓からペットボトルを投げ捨てたら、前を歩くおばちゃんが「アイヴ!」って叫んでたのを思い出した。
彼ら、悪びれもしないってことは、もしかしたら悪いことでないのかも・・・ -
こちらがギセンニの湖、まるで海のように大きい
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海のないルワンダでは、ここが海のような役割らしく、旅行で訪れる人気の場所らしい
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海みたいに大きい
水もとても綺麗。のんびり散歩するにはすごくいい。沐浴をしおえたおっちゃんがいた。
夕暮れに泳いでる人はもう誰もいないが、宿の男の子もよく泳ぎに行くんだ。
そして右手のリゾートはすでにDRコンゴ。左手には入り組んだ大家ルワンダらしい光景だった。 -
-
チルする?(言いたいだけ)
2008年にはこの言葉なかったよ。
そして2038年にはもう無くなってるだろう。 -
帰りはギセンニの街をぶらり遠回りして行く。
この街は子供がとても多い。
ビールを飲んで本日も終了 -
1月8日
早起きして朝食。ローカルレストランへ。朝は7時位からやっている。
キャッサバらしき、さらっとした食感のポテトサラダ。
キャッサバのお味はさつまいもとじゃがいもの間のような感じで、ふかして砂糖と少量の塩で食べるのが一番おいしい。
子供のおやつにいい。日本にもあればいいのにね。
ちなみにこれは朝ごはんビュッフェで、ほかにピリピリ(スワヒリ語で唐辛子)のスープとご飯もついていた。 -
朝からお掃除中、こういう光景好きだなぁ
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こんな素敵なお庭のあるゲストハウスでした
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バイタクに乗ってDRコンゴを見に行く。
やたら背の高い兵士がいた。みんな体格が良い。
中間地帯は無いらしく、地元の人が自由に行き来しているみたい。
もしかしてルワンダ側で難民生活をしながら、コンゴに学校に行ってるんじゃないかと言う学生もいた。
車はほとんどDRコンゴのナンバー。しかもいい車ばかり。DRCの方が金持ちなんだろうか。
DRC側の方がリゾートも多いし、DRC柄の服を着たおばちゃんおじちゃんもいる。 -
バーを1本な隔てただけじゃ何も変わらないだろう。
だけどそこには国境が。旅行者には、バカ高い壁。物理的にでなく、お値段的にね。
コンゴに入った場合、ルワンダに戻るとまた60ドルのビザ代を払わなくてはならない。アフリカって誘惑も少ないから滞在費こそあまりかからないけど、なにせVISA代がかかる!
ちなみにブルンジまでの道は「誰も行ってない」みたいなことがロンプラに書いてあって、安全第一の私は国境で反対側のコンゴの様子を観察しただけでもう大満足。コンゴはもう一生行かなくていいな。
よし、帰ろう。チャリタクに乗ってギセンニに戻る。
思ったより早く帰れたので、バスの時間を変更し早めにキガリに帰ることに。
最後にキガリ市内の虐殺ミュージアムに行きたい。
帰りのバスでゆで卵に挑戦してみた。この後ゆで卵にかなりハマる。
ちょっとした軽食にとても良い。
売り子のお兄ちゃん達も皆で売りものの卵を食べまくっていた。
笑って見てたら、あっちも笑ってた。癒し。
バイバイと手を振って別れる。
そしてまたもやワンラブの合唱、ルワンダ人はBob Marleyがお好き -
ルワンダやウガンダでよく見る光景。
余談だが、空きペットボトルは子供に人気。
そしてタイヤの溝がツルツルになってしまったチャリンコを大切に使っている人がいる。 -
耕地も多いね。
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キガリからの道は4000mを越す山をいくつも見れたりして結構いいドライブコースでした。
ルワンダには茶畑がいっぱいあります -
緑豊かな山は段々畑に開墾され、やがてバナナで埋め尽くされるはず!
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キガリに戻って宿にチェックイン。いつものお店に繰り出す。遠出して色々と外食したけど、やっぱりここが1番。
今日はマトケの胡麻和えみたいにしていた。にんじんも入っていた。
野菜ばっかりてんこ盛りにしてやった。野菜は本当に貴重。
ルワンダの先生が、マトケにはナッツの組み合わせがおいしいと言っていたっけ。もしかして、これのことかも。
すぐにニューYahoo!エクスプレスと言うふざけた名前の国際バスのブッキング。そして日本に荷物を送る。
用事が全部住んだら、最後の大仕事、バイタクでジェノサイドミュージアムへ。
実はこの存在をギセンニに行きのバスの中で発見し、もう帰る予定のなかったキガリにわざわざ帰ってきたのだった。気づくの遅かった、でもここは絶対行かないと。 -
ホテルルワンダにも行ってみた。
ジェノサイドの時、ここのオーナーが大勢の人をかくまったホテル。 -
ホテルルワンダ
現・コリンズホテル -
今では由緒正しい高級ホテル。
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素敵なロビーやプールバーがある。眺めも良い。もし今度ルワンダに来ることがあったら絶対泊まろう。そして映画も絶対になくちゃ。
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そういえば、キガリにある教会では、日曜日になると大歌謡祭のような壮大なゴスペル風の合唱が聞けたっけ。また行きたいなぁ。
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ミュージアムからの眺め。
小高い丘に這いつくばるように家が並んでいて、この丘がキガリの中心。
さらに丘の向こうまで町が広がっているけれど、ナイロビなどと比べるととても小さい首都でした -
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見晴らしの良い坂の途中に立つジェノサイドミュージアム。
こじんまりとしてて、普通のおうちのようだった。
再び緊張しながら中へ。
最初は虐殺の背景。ヨーロッパが入ってきてこの地を融合した歴史を。
虐殺の背景を知るには、土地の人をコントロールしたヨーロッパの存在が欠かせない。
内容はフランス語、英語、現地語で解説もある。ビデオもあり、かなり見せる工夫があった。
そしてそれは始まる。
あの光景を一生忘れない。
旅で会った人たちがみんなつぶやく言葉。
涙をこらえて経験を語る人々。
昨日まで仲良くやっていた親戚や友人が、ある日突然”知らない奴”になり、自分の兄弟や妻子を殺した。
”抹殺せよ”と、広く新聞やラジオで人々を煽った人物、
何千もの女性がレイプされ、心に傷を打った。もちろんそのまま殺された女性も多い。
エイズに感染した女性もいるし、自分がエイズと知りつつレイプをした男もいる。最も憎むべき犯罪の一つだ。
彼女たち犠牲者の心のケアは今もなお続けられている。
女性はいつでも二重の恐怖に襲われている。
日本に帰ったら女性を助ける活動に何らかの形で参加できれば良い。 -
マリーと言う名前の小さな女の子。
好きな飲み物はミルク。
好きな事は歌うこと。
ベストフレンドは彼女の姉妹。
バスルームにて、鈍器で殴られ死亡。 -
ミイラ化した母の傍で泣き叫ぶ子供
殺害された子供たちの愛くるしい写真
こんな小さく無邪気な子供まで。
子供たちのほとんどは、鈍器で頭を殴られたことが死因。
無抵抗な子供に手を上げるなんて、狂っているとしか言いようがない。
悲しいことに、事実として虐殺に加担した人々は、政府やメディアに踊らされ、完全に狂っていた。頭がおかしくなっていた。
本当の犯罪者は、虐殺を煽った1部の指導者たち。
今だって、明白だ。
虐殺に加担した人々は、その後捉えられ裁判にかけられたと言う。
犯行の様子を尋問する光景もビデオで記録されていた。
男の目は光を全てを失ったように、ぼんやりと一部始終を語っていた。
自分のやったことが正しかったと思う人間はもはや誰1人もいないだろう。
すべての人が後悔し、罪の意識にさいなまれている
この当たり前の結果を世界中の人々にわかってほしい
人が人を殺すことの悲しみ、そんな当たり前のことをわかってほしい。
決して二度と同じことを繰り返さないで。 -
しかし世界では今もなお同じような事件が繰り返されている。
ミュージアムの2階は、世界中の悲しい犯行の様子を生々しく伝えている。
まるで地獄のような場所だった。 -
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今夜はルワンダ最後の夜。
いつものレストランでプリムスビールを。
そしていつものバーでも一杯引っ掛けて帰る。
やっぱりルワンダのおじちゃんたちはいい感じだ。
この街とお別れするのは寂しいというか、ルワンダが好きだ。 -
なんでかな、この、平和を噛み締めている雰囲気なのかな。
同じ間違いはもう繰り返さないと信じたい。
花と緑を愛でる美しい人なたちなんだから。 -
1月9日
きれいな朝焼け
6時位だったかな、ドーンパープルを眺めた。
何とかバイタクを見つけ、バスターミナルへ。
これからNEW Yahoo!エクスプレス号でブルンジに移動する。
朝はひんやりしているキガリ、ドライバーさんはかなり厚着。
今日は日曜日、日曜移動厳禁のアフリカの鉄則を完全無視しているんだが。
ナイロビや南アの大都会とは緊張度がちょっと違ったかな。
すぐに朝ご飯休憩でいきなり牛串。うまい。
どうやらミルクバーらしく、地元の人は牛乳をテイクアウトしていた。
卵とチャパティーとドーナツなど軽食も。ザンビアと比べるとだいぶ豊かだ。
走り出して、再び山道へ。
千の丘ともお別れか。
折り重なる丘を見ながら、きれいな一本道を行く。
ドライバーが面倒をよく見てくれて、出国スタンプを押した後、私たちだけをバスに乗せてくれて、手厚くブルンジ側に移送してくれた。
最後の最後まで本当にお世話になった。
いつもご覧いただきありがとうございます。
日記に書きなぐったことをそのまま文字お越ししているので、まとまっていない部分が多い記録でした。何卒ご容赦を。
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