2023/05/30 - 2023/05/31
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たびたびさん
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「高松経由で関西の旅」五日間から二週間。続いてまた関西の旅「伊丹・尼崎から大阪経由で京都の旅」五日間の始まりです。前回は、ちょっと京都が足りなかった気味でしたからね。それに、京都の旅とか関西の旅とかは、ふと気が付いたらまた歩いているみたいな感じになるのが理想。あんまりはっきりした目的意識があるのではなくて、いきあたりばったりあちこち歩いていたら結果としていろんな出会いがありました的な感じになるのがいいんですけどね~
まあ、それはそれとして。。今回の旅のイントロは伊丹・尼崎。兵庫県の摂津エリア探索の延長といった位置づけ。とはいえ、神戸や芦屋、西宮と同じ摂津エリアなんですが、イメージとしてはちょっと違う匂い。その辺りもちゃんと確かめてみたいと思った次第です。けっこう広い地域を一・二日目とまるまる二日をかけて歩きましたが、やっぱり知らなかったことが続々と出てきて、とても新鮮。以下少し、新たに仕入れた情報をご披露して、旅行記の概要としたいと思います。
<伊丹>
・伊丹は伊丹空港の周辺ではない
大阪空港は伊丹空港とも呼ばれますが、敷地は豊中市、池田市、伊丹市に跨っています。空港からはモノレールでひと駅目が蛍池駅、蛍池駅からは阪急線に接続しています。いずれも基本は豊中市の交通網。大阪空港から阪急やJRの伊丹駅へのアクセスはバスしかなくて、伊丹空港とオールド伊丹は実は近くて遠い関係です。
・有岡城の歴史と清酒発祥の地
伊丹の中心部は阪急伊丹駅とJR伊丹駅の二つがあってそんなに距離は離れていないのですが、敢えて言えば旧市街は阪急伊丹駅の方。荒木村重の有岡城は阪急伊丹駅の隣りだし、清酒発祥の歴史がある伊丹酒蔵通りもこちらです。酒の歴史に育まれた文化遺産の代表は柿衞文庫。柿衞文庫のある市立伊丹ミュージアムを始め、周辺には演劇関係とかの文化施設も多くあって、これもなかなか特徴的かと思います。
<尼崎>
・戸田氏鉄の築いた尼崎城と尼崎藩の歴史
尼崎に城下町のイメージはないと思いますが、阪神尼崎駅の近くには立派に復元された尼崎城がありまして。この城を築いた尼崎藩5万石の初代藩主、戸田氏鉄は徳川家康の近習だった人物。大坂夏の陣の後、尼崎に入ってから、大垣に移るまでの20年間、治水事業の功績などで尼崎藩の基礎を築きました。ただ、尼崎藩は、その後、藩主家がいくつか変わり松平家の時代に、兵庫津、灘、西宮といった豊かな領地が幕府に召し上げられたこともあって、財政は傾いていくことになりました。
・近松門左衛門の菩提寺、広済寺とその遺産
広済寺は、平安時代、摂津の受領だった源満仲が創建したという古刹でしたが、荒れていた寺の再建に中心となって尽力したのが近松門左衛門。晩年の10年間には本堂裏に造った仕事部屋で女殺油地獄ほかの名作を生んだり、かなりの深い関係。先ほど触れた伊丹の文化遺産にも少なからず近松との縁が影響を与えたのではないかと思います。
・目を見張る充実の寺町
尼崎は、北側から阪急線、JR線、阪神線の三つの鉄道が東西に走っていて、北から南にいくにしたがってガチャガチャした街になると言われます。その中にあって、阪神尼崎駅からすぐの寺町は石畳の通りに長い塀が巡る上質な一角。景観もそうですが、例えば、本興寺は日隆ゆかりの寺。日隆は日蓮宗八品派の祖であり日蓮からもう一段教義を深めた感があって、こちらも尼崎の寺町の格をさらに高める存在になっているような気がします。
現代だと尼崎は、まっちゃん、はまちゃんのダウンタウンの街みたいなイメージも強いと思いますけど、当然、それだけではない。尼崎とお隣りの伊丹は、それぞれ興味深い歴史と文化がちゃんとある街。そこはかと摂津の匂いもあると思います。
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早朝の広島を出て、JR伊丹駅に到着。
駅を降りるとすぐに伊丹市立 観光物産ギャラリー。向かいには喫茶があるし、駅によくある売店のような外観ですが、観光案内所も兼ねていて観光客には頼りになる存在かな。街歩きの地図も置いていて、手軽に手に取ることが出来ました。 -
有岡城跡は、JR伊丹駅の隣り。伊丹酒蔵通りに向かう途中に城に上がる石段があって、ちょこっと上るとそこが城跡とあっけないほどの城跡です。
物語はとても豊富だと思います by たびたびさん有岡城跡 名所・史跡
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有岡城主だった荒木村重の経歴が詳しく紹介されていましたが、摂津国守に任じてくれた織田信長を突如裏切ったことはよく知られることであり、また疑問も多いところですよね。ちなみに、同じく信長を裏切ったことで知られる浅井長政がその決断をしたのは元亀元年(1570年)。信長は金ヶ崎の退き口で窮地に陥るのですが、この頃は信長の包囲網はかなり強固。浅井朝倉の関係もあったかもしれませんが、それ以上に、情勢は信長不利とみる長政の判断があったことも間違いないところだと思います。それに対して、荒木村重の有岡城の戦いは、天正6年(1578年)から翌年にかけて。石山合戦は続いていますが、信長の攻勢は明らかで、情勢はかなり異なりますからね。
改めて荒木村重ですが、池田城の池田氏、伊丹城の伊丹氏、芥川城の和田氏の三氏が並んだ摂津三守護の時代には池田氏の家臣という立場だったというのが始まり。池田氏の内紛に乗じて頭角を現し、とうとう摂津国守となったのは非凡な才能があったからでしょうが、最後は頼るべき先を見誤ったということでしょうか。黒田官兵衛が村重説得のためにここを訪ね、幽閉された逸話も有名な話だし、小さな城跡ですが、物語はとても豊富だと思います。 -
では、伊丹酒蔵通りの方へ進みますとこれはアイ ホール。最大300席のイベントホールを有する多目的の総合文化施設です。ハードとしての役割だけでなく、現代演劇を通じた芸術・文化の活動拠点ともなっていて、地元伊丹市では独特の存在のよう。外観も含めて子供も大人も親しめる雰囲気がいいと思います。
外観も含めて子供も大人も親しめる雰囲気 by たびたびさんアイ ホール (伊丹市立演劇ホール) 名所・史跡
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これが伊丹酒蔵通りですね。
寺町まで含めてけっこうコンパクトにまとまった感はありますが、間違いなく伊丹の顔となっている通りです。間違いなく伊丹の顔となっている通りです by たびたびさん伊丹酒蔵通り 名所・史跡
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本泉寺は、戦国時代の永禄3年(1560)に創建された日蓮宗の寺。
境内は塀に囲まれることなく、どこからも出入り自由といったオープンな構えですが、二重屋根の本堂や山門は厳めしい意匠。有岡城もすぐそばだし、城下町のお寺という歴史も影響しているのかもしれません。二重屋根の本堂や山門は厳めしい意匠 by たびたびさん本泉寺 寺・神社・教会
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ところで、伊丹はそれまでどぶろくしかなかった時代。清酒が初めて作られたという記念すべき地なのですが、その歴史と伝統を伝えるのが、酒蔵通りの中心に建つ長寿蔵ブルワリーミュージアム。外観からして、黒と白の巨大な蔵のような建物は重々しい雰囲気がありますね。酒造りの道具とかの展示は二階。一階はレストランのエリアとなっていて、むしろ施設としてはこちらが主体かな。塀には日本遺産認定の幕もかかっていて、ちょっとテンションが上がります。
白雪ブルワリーレストラン長寿蔵 グルメ・レストラン
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ちょっとした広場のようなところがあって、周辺が寺町。
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法巖寺は、浄土宗の寺。まだ新しそうな山門から、周囲は格式を表す四本線の入った白い塀がぐるりを取り巻いてなかなかの構え。ただ、境内は入れないように柵があってちょっと残念。ただ、外からでも見えるのは、近畿3大クスノキの一つで兵庫県の天然記念物にも指定されたという樹齢推定500年の大クス。すごい勢いのまま空に向かって伸びています。
樹齢推定500年の大クス by たびたびさん法巖寺 寺・神社・教会
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伊丹酒蔵通りを離れますが、引き続き、伊丹の中心市街。
さきほどアイホールもありましたが、ほかにも伊丹市は中心部にしっかりした文化施設がいくつもあって、このいたみホールも1200名を収容できる大ホールを有する規模の大きな施設。外観は背の高いビルだし、ホールだけじゃなくて会議室とかほかの施設も充実しているんだろうなあという感じです。 -
同じ通り沿いには、伊丹アイフォニックホールも。アイ ホール、いたみホールは演劇が中心となっているのに対して、こちらは音楽ホールという役割。500席の規模なので中規模ということかな。モダンなデザインがいいと思います。
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今度は少し北側に向かって。
伊丹市立図書館本館は、愛称「ことば蔵」。地元の郷土史家、小林杖吉が開いた私塾、三余学寮に併設された伊丹図書館がその始まりだとか。館内はロビー周りとか明るくてゆったり市民の憩いの場所になっているような感じ。ギャラリーの方では地元の方が企画展の準備をしている最中でした。 -
猪名野神社は、もともとは尼崎市猪名寺にあったようですが、延喜4年(904年)に現在地に遷座。
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伊丹市中心部の北端といった場所にあって、ここは有岡城の北側にあった岸の砦の場所にあたるよう。神社の奥の方は神社の境内らしくない荒れ地のようなことになっていて、それが砦跡。
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きしの砦と呼ばれ、有岡城の惣構の北端を警護していた砦。ここも国の史跡となっているはずなのですが、猪名野神社の境内にはなにも説明板とかなくて、北側の荒れ地のような場所がそうかなあと思えるくらいです。
有岡城は信長の初期の力攻めにも耐えた城ですからそれなりの防御能力があったのでしょうが、この場所も含めて今の市街を見る限りは想像もつかないことですね。伊丹にあってリアルに荒木村重に思いを馳せるのはなかなか難しいものがあると思います。 -
さらに進んで、これは和泉式部日記でも知られる和泉式部の墓。和泉式部の墓と言われるものはいくつかあると思いますが、伊丹にもありますよということかな。
この場所は、旧西国街道の伊丹坂の上。 -
地中に埋まっていたこの大きな五輪塔を見つけて整備したということですが、形からすると鎌倉期のもの。和泉式部の死後、後世の人が追善供養のために建てたもののようです。
傍らの説明書では、和泉式部の歌の中で伊丹に関係する歌「津の国のこやとも人を いふへきに ひまこそなけれ 芦の八重葺」を紹介。同僚女房であった紫式部も和泉式部の和歌の才能には一目置いていましたからね。 -
再び中心部の戻って、最後は市立伊丹ミュージアムへ。規模からいっても伊丹市を代表する文化施設。かつての伊丹市立美術館を中心に旧岡田家住宅、旧石橋家住宅を保存する伊丹郷町館や柿衞文庫を統合して、リニューアルしたものです。
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まずは、柿衞文庫から。
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入り口前には岡田利兵衞の紹介ほか。
つまり、柿衞文庫は酒造業を営む実業家で国文学者でもあった岡田利兵衞が寄贈した俳諧のコレクション。このコレクションは「洒竹・竹冷文庫」、「綿屋文庫」と並ぶ三大俳諧コレクションなんだとか。なお、柿衞は利兵衞の俳号です。 -
ひと部屋の展示室には、一部のコレクションだと思いますが、美しい掛け軸や書簡など。
正直言えば、あまり価値はよく分かりませんが、 -
一方で、柿衞には芭蕉、西鶴、近松、蕪村ほかの大家に関する著書もあって、なかなかの人物のよう。また、一族には音楽家や写真家など多彩な人材がいたりして、それもちょっと目を見張りました。
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旧伊丹郷町館のエリアの旧石橋家住宅は、もともとは猪名野神社の門前通りにあった江戸時代後期築の町屋。
こちらは、裏口のようですが、 -
悠々とした構えは
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確かに伊丹を代表する建物なんでしょう。
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イチオシ
書院の落ち着きも嫌味がなくて、悪くないと思います。
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その隣りは旧岡田家住宅。
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イチオシ
延宝2年(1674)、酒造家、松屋与兵衛の屋敷として建てられたもの。
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酒造りの酒蔵のエリアと店舗、住居のエリアが一体になっているのですが、
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入ってすぐの土間の広さとかかなりのもので、
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悠々とした暮らしぶりが偲ばれる。旧石橋家住宅と比較するとまた一段違うレベルかな。
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伊丹の酒造りの歴史を伝えるかなり貴重な遺産だと思います。
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改めて表通りから見た外観。
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こちらは旧石橋家住宅の外観。こうして見ると旧岡田家住宅にもあんまり負けていない感じなんですけどね。表側にはクラフトショップが入っています。
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阪急伊丹駅に向かって行くと、その途中には伊丹サンロード商店街。JR伊丹駅の方は伊丹酒蔵通りが街の賑わいですが、阪急伊丹駅の方はこの商店街が街の賑わいですね。ただ、商店街としてはいたって普通。アーケードの造りがしっかりしているのはあるんですけどね。
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阪急伊丹駅の駅ビルは、伊丹リータ。
ショッピングモールとはいっても、マツモトキヨシや王将、サイゼリア、マクドナルドなどが入っているという庶民派普段使いのラインナップ。特別感はほとんどなくて、駅ビルというだけの施設です。 -
阪急伊丹駅から阪急伊丹線で塚口駅に移動します。
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塚口駅前の塚口さんさんタウンは、1番館、2番館があって、駅前ロータリーを囲むような配置。かつては、総合スーパーのダイエーが入っていたようですが、今でもダイエーの雰囲気が残っているような感じです。例えば、2番館の一階の食堂街はどこかの駅の高架下のようなちょっと薄汚れた印象。こんなところもオールド大阪なんですが、これを貧乏くさいと捉えるか大阪のコテコテの面白さと捉えるか。微妙なところだと思います。
そこで、昼飯にしたのはうどん工房悠々。 -
さぬきうどん風で少し柔らかくてもコシがあるというタイプ。舌触りのよさもいいし、野菜のてんぷらにはトマトのてんぷらも入っていて、ちょっとしたサプライズかな。なるほど、これなら文句なしの人気店なんだと思います。
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では、ここからは尼崎市。最終的には阪神尼崎駅を目指しますが、とりあえず近松記念館までは歩きです。
歩き始めてすぐ。これはピッコロシアターです。優良ホール100選に選ばれているようですが、県立劇団兵庫県立ピッコロ劇団というのもあって、地元の青少年の演劇活動にも貢献しているのがすごいところ。催し物の案内にも手書きで甲南中学校参加の劇とか書いてあって、ここはやっぱりなにか違うなという感じ。劇団員のような人影もちらりと見えていましたが、これからもぜひ頑張ってくださいね~ -
少し進んで、これは上坂部西公園。都市緑化植物園ともありましたが、
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それなりの規模。
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公園内にはちょっとしたせせらぎがあったり、けっこうたくさんの種類の野鳥がいたりと意外に豊かな自然が確保されているよう。
あちこち出入り口がなくて、余計な通り道になっていないことも配慮がされているように感じました。 -
西正寺は、浄土真宗本願寺派の寺。
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国の登録有形文化財に登録された本堂は、享保7(1722)年に建てられたもの。桁行七間、梁行七間、入母屋造、本瓦葺き。豪壮な感じというよりも、端正な佇まいといった印象かな。奥には庫裏も見えています。
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だんだん近松記念館に近づいてきたかな~
伊佐具神社は、尼崎市で唯一の延喜式に記載された式内社。 -
主祭神の伊狭城入彦尊は、景行天皇の御子。始まりは、神功皇后が筑紫に赴く際に祈誓されたことともあって、まさに神話の世界。神仏習合の形が残っているのも由緒の一つ。なお、境内から一段高い場所に本殿があって、少し変わった構えのような気もします。
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久々知須佐男神社は、もう近松門左衛門ゆかりの寺、広済寺の北隣り。
創建は鎌倉時代。天徳元年(957)、清和源氏の一統で摂津国の国司も務めた源満仲が建立したと伝わります。ということで、この社殿も元和二年(1616)の再建ということですが、シンプルな印象でとてもそんな感じではないですけどね。 -
広済寺は、近松門左衛門ゆかりの寺。久々知須佐男神社と同じく源満仲が創建したようですが、その後、荒廃していたところを復興するのに近松門左衛門が中心となって尽力をしたという関係です。
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本堂裏に造られた近松の仕事部屋からは、女殺油地獄などの名作が生み出されたというのも素晴らしいというか歴史的な逸話といっていいでしょう。
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境内にある近松門左衛門墓はひっそりとしたものですが、やはり、そういう逸話があるだけにその価値は高い。
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イチオシ
国の史跡となっているのは当然のことだと思います。
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近松記念館は、広済寺に隣接する場所。
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それなりの建物が建っていて、なるほどという感じ。
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気が付くと広済寺やこの近松記念館の周辺はけっこう大きな公園となっていて、それが近松公園。回遊式の日本庭園で中央部には浅い池の開けた場所があって、その周辺を森のような木々が囲むという眺め。業者が入って清掃も含めたような作業をしていました。
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イチオシ
記念館の入り口は裏の方にあって、声をかけるとおじさんが出てきてざっとした説明をしてくれます。
ロビーの辺りでは、人形浄瑠璃の関係の展示物。 -
当時の華やかな文化が偲ばれます。
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イチオシ
これは近松の家紋、「丸に一文字」
さっきのお墓にもありましたね。 -
近松の年表も。
62才の頃からこちらに通い始め、ここから10年間、竹本座での上演が活発に行われます。
なお、大阪の谷町にも近松門左衛門の墓とされるものがあって、それは法妙寺にあったもの。法妙寺は移転してしまいましたが、近松門左衛門の墓だけは保存されて、そちらも国の史跡となっています。どちらが本物という論争もなくはないようですが、ここではさらりと近松が葬られたのは広済寺。法妙寺の方は後年造られた墓碑であるとありました。 -
では、展示室の方へ。
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愛用の文机、手紙などゆかりの品々が多数展示されていましたが、それらは広済寺に造られていた近松の作業部屋の様子を偲ばせるもの。リアルな感じがあると思います。
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心中天の網島や曽根崎心中の解説とかもありましたが、それらは一世を風靡した近松の代表作。義理が義理を呼んで追い詰められていく”義理詰め”の筋立てが近松の真骨頂。一般的には”義理と人情”と言われるのですが、私はそういうアプローチは少し違うのではないかと思います。
近松記念館から阪神尼崎駅はまだまだ遠いので、バスを利用することにしました。 -
阪神尼崎駅の駅ビルは、アマスタ アマセン。食品スーパーの方はイズミヤが入っていますから、地元の人にとっては使い勝手がとてもいいのではないかと思います。食堂とかも入っていますが、高架下みたいな感じも気軽さがあっていいかもしれません。
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阪神尼崎駅前の中央公園は、公園というか広場のようなスペース。中央に噴水の池があってその端に腰かけて休んでいる人がいたりしますが、基本は駅を利用する人の通り道的な役割かな。一角にあまがさき観光案内所の大きな建物があって、それもけっこう目立っています。
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あまがさき観光案内所は、中央公園の一角。建物が大きいし看板も目立っているのですぐに分かります。
スタッフも複数いたりして、尼崎ってそんな観光地ではないと思いますが、どうしたんでしょうねえ。この扱いにはちょっと驚きます。 -
では、ここからまた散策を開始。
阪神尼崎駅の南側から尼崎城址公園の方に向かったところ。赤い煉瓦のがっちりした建物がすぐに見えて来て、それが阪神電鉄旧尼崎発電所。明治34年(1901年)に竣工した火力発電所なんですが、阪神電車はこんなことまでやっていたんですね。現在は資材置き場となっているようです。 -
その先すぐが尼崎城址公園。ここまででも歩いて数分といった近さです。
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再建された鉄筋コンクリートの尼崎城天守閣を中心に美しい松が植えられた石垣やため池みたいな形だけのお堀も含めて、かなりよく整備されていますね。ここまで整備されると城址という感覚ではないですが、安全できれいという意味ではいい公園になっていると思います。
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復元された鉄筋コンクリート4層天守の5階建ての天守閣。
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入り口を入って、奥へ。
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二階からが有料のエリアですが、一階の入ってすぐの広々スペースだけでも、殿様の籠や市街の地図とかによって、なんとなく城の気分が出てきます。それに、尼崎は城下町のイメージはほとんどありませんから、ここが出来ただけでもかなり意義深いことでしょう。多くの人にかつてはここに名門の尼崎藩があったことに気づいてもらえればと思います。
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尼崎城址公園からまた少し歩いて、今度は尼崎市立歴史博物館です。
学校のような建物の二階、三階に展示室がいくつもあって、 -
尼崎の古代から今に至る歴史を解説しています。
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奈良から平安時代のコーナーでは
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浄光寺縁起図や
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源平合戦の
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源頼朝に疑われ都落ちを決意した義経が西国を目指して船出した大物浦も尼崎でしたよね。
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ただ、その中心は、尼崎藩の関係かな。
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徳川家康の近習だった戸田氏鉄が、大坂夏の陣の終わった元和元年(1615年)、膳所藩から摂津尼崎5万石へ移封となり、寛永12年(1635年)、美濃国大垣10万石に移るまでの間に、
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尼崎城築城や治水事業によって尼崎の基礎を築く。
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その後、藩主家は青山、松平と続きますが、松平家の時代に、現在の西宮、御影、兵庫といった豊かな地域が幕府に召し上げられ、財政が傾いていくというのはなかなか厳しい流れですね。
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いずれにしても、尼崎の歴史を学ぶならここという施設。
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イチオシ
展示も美しいし、想像以上の充実ぶりでした。
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また尼崎城址公園の方へ戻って。
契沖の碑は、尼崎市立中央図書館の南側の通り沿い。
古学の祖、契沖の遺徳を偲ぶ碑。碑には寛永17年(1640)、尼崎藩青山家に仕えた下川元全の三男として誕生したというところから始まって、詳しい生涯の功績が書かれています。ただ、万葉集の全注釈書を表したとかくらいしかよく分かりません。 -
桜井神社もその向かい側。割とこじんまりした地味な構えの神社です。
幕末まで尼崎藩の藩主家であった桜井松平家の初代信定から16代忠興までを祀る神社。明治になってから藩主家を祀る神社の創建がブームとなった時期があり、この神社もそのような中での創建だと思います。 -
さらに阪神尼崎駅の方に戻って、今度は寺町です。
ところで、尼崎は北から南に下がるにしたがってガチャガチャした街になっていくというのですが、その南のエリアのガチャガチャと一線を画すのがさっきの尼崎城址公園とこの寺町。尼崎城下の街割りの遺構だと思いますが、それぞれ立派な構えの11の寺院が集まって、石畳の通りや長い塀が巡る。予想外と言っていいほど格調の高い街並みが広がっていました。 -
例えば、この本興寺。その創建は、1420年(応永27年)。室町幕府11代管領で、摂津国・土佐国・讃岐国・丹波国守護だった細川満元が男子を授かった際、その祈願を依頼した日隆のために建てた寺です。
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現在は、法華宗本門流の大本山。三門から入ると正面の本堂、日隆聖人像、
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霊水井戸を過ぎて、
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一番奥が開山堂。そこかしこに教学の中心地であったという伝統を感じさせる凛とした空気を感じます。
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と、これはたこ焼 岡。尼崎の寺町の真ん中にあって、地元ではけっこう知られたお店なんだとか。小さな店ですが老舗らしくて、たまに行列ができたりもします。
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たこ焼きはちょっと小さめですが、ソースの味やベースの出汁味も濃いめですね。温かいうちはいいですが、冷えると味の濃いのがちょっと気になるかもしれません。
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尼崎から、今夜の宿の三宮へ。
サンサイドホテルは、三ノ宮駅からもさほど遠くない2号線沿い。立地はいいと思いますが、けっこう安いんですよね。フロント周りもまあまあなのにどうしてかなあと不思議でしたが、部屋の入ってみるとやっぱり微妙なチープ感。値段相応という評価です。 -
晩飯はグリル一平。電話を掛けると今は空いているということで、さっそく伺いました。
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イチオシ
いただいたのはオムライス。ひと口目で微かにチーズの香りが口に広がって、なるほどねという感じ。ただ、卵のふわふわとか濃厚なデミグラスソースの味わいを期待していたのに対して、これはずいぶん簡単なオムライス。手早くささっと作りましたというものですね。人気のお店には違いないのですが、私的には少し塩分もきつめだし、そこまでのオムライスではないように思いました。
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二日目は、神戸。まだまだ気になるところが多いですからね~
まず向かった長田神社は、神功皇后の三韓征伐ゆかりの官幣中社。 -
神戸では、生田神社や湊川神社と並ぶ代表的な神社です。赤い大鳥居から入って、右斜めに進んだ先が本殿。立派な中門も雰囲気があるし、
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背後に緑の松の木が立つ本殿も落ち着いた風情。朝から参詣者の姿がポツポツ見えました。
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元町の方に戻ってきて。
関帝廟は、中華街というイメージがありますが、神戸の場合は中華街とは関係なく、中心部からちょっと外れの寂しい場所。 -
通りに面した入り口から奥に入って行きますが、
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限られた場所に例によって派手派手の構え。
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建物が少しサイズが小さいのは否めませんが、一通りは揃っています。
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宮城道雄生誕の地碑は、神戸の旧居留地。神戸市でも中心部の方ですから、ちょっと驚きました。春の海であまりにも有名ですが、碑文には、特にフランス人バイオリニスト、ルネ・シュメーとの合奏による春の海のレコードで世界的な名声を得るとありました。そんな合奏があったなんて認識していませんでしたが、気になります。
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宮城道雄生誕の地碑を見ていて、それにしてもこの通りは雰囲気がいい通りだなあと思ったら、それが旧居留地浪花町筋でした。ケヤキの街路樹のようですが、緑が美しいし、あまり太い木になっていないので、軽やかな感じ。歩いていても気持ちの良い通りです。
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旧神戸居留地15番16番標柱は、通りの脇にひっそりと。コンクリートの標柱にレンガの塀が続いていて、傍らには説明書の碑があります。
安政5年(1858年)締結された修好通商条約により設けられた外国人居留地の跡。居留地は西洋の土地計画手法により整然と126区画に分けられていたそうです。 -
今度は神戸市立博物館へ。
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初めてではないはずなんですが、記憶がほとんどありませんからね。
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常設展のエリアを拝見します。
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五色塚古墳から始まって、
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大和田泊から兵庫津は基本としても
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幕末の開港以降からの神戸の発展、居留地の模型もけっこう圧巻。
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居留地の賑わいは
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明治、大正、昭和の始め。戦前まで続きます。
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美しい銅鐸、銅矛の展示室もありまして
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レプリカなのかなあとも思いますが
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それでもこの美しさは
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一見の価値ありです。
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また、フランシスコザビエルの時代からの古地図の数々。
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大和田の泊りに着目し、福原遷都を強行した平清盛像に
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古代寺の瓦のコレクションもいいですね。
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古代寺の瓦はけっこう撮影禁止のところも多いのですが
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ここは問題なし。
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古墳時代から一気に大寺の時代に移行したんですが
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埴輪の世界からすると隔世の感があります。
地元出身の方のコレクションのようですが、こうしたものにちゃんと目を向けるというのも良しでしょう。 -
秀吉の書状も神戸には関係が深い。秀吉とは、信長に命じられて、摂津・播磨に派遣された時からの縁になります。
どっちにしても、神戸の歴史の多彩さを語るにはこれくらいがんばらないと無理ですね。さすが神戸に相応しい内容だと思います。ただ、これほどの内容ですから、一度見てそれで終わりということにはならないかな。見るたびに新たな発見があるような内容だと思います。 -
続いては神戸市立博物館のはす向かい。
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KOBEとんぼ玉ミュージアムは、ビルの二階の小さな美術館ですが、常設展示の珠玉のコレクションは驚愕の美しさ。とてもガラス玉という範疇ではないですね。
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ここで紹介するのは撮影可とされた企画展の展示品の方。
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これでも十分な美しさがあると思いますが
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それでも
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とにかく常設展の方はちょっとレベルが違いますので、念のため。
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南の方、国道2号線の方に歩いて。
海軍操練所は、元治1年(1864)、当時の軍艦奉行、勝海舟によって、徳川幕府が神戸に設置した海軍士官養成機関。坂本龍馬もここで学んだという歴史の場所です。碑は巨大な錨とともに由来の分厚い書物のモニュメント。しっかり記憶にとどめてほしいという願いのようなものも感じます。 -
神戸電信発祥の地は、海軍操練所跡の碑の隣り。こちらは題を書いただけのシンプルな石碑です。
神戸電信局の開局は、明治3年。神戸と大阪の間で電信が通じました。今では何のことはないように感じますが、維新のすごさを感じる一つだったようにも思います。 -
ここから東に向かって。
神戸震災復興記念公園は、JR貨物神戸港駅の跡地を利用した都市公園。高速道路の高架下から広がる多目的芝生広場を中心にジョギングもできる遊歩道が整備されて広々した印象。芝生広場の一角ではお弁当を広げている人の姿も見えました。 -
そこからまた南。海岸の方に少し向かうと神戸税関。
貿易の街、神戸にあっては、その歴史とともにあった施設でしょう。昭和2年に竣工したという旧館は、地上4階建に時計のある塔屋を正面にして、花崗岩・煉瓦張り。レトロであっても、今でも威風を感じる堂々とした外観です。 -
広報展示室の方にも入って拝見しましたが、
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入り口入ってすぐの吹き抜けホールとかも素晴らしい意匠。
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中庭があって
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その先が展示室。
展示品は税関で押収された品々です。 -
神戸税関の脇の道が国道174号線。この神戸税関前から、国道2号線の交点までの延長187.1m の国道で、日本で一番短い国道の標識もありました。まあ、正直言えばそれがどうしたという感じはしなくもないですけどね。車の通りはけっこう多いです。
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この国道を挟んで向かい側に建つのはデザインクリエイティブセンター神戸。神戸税関と同じく昭和2年に輸出生糸の検査を行う施設として建設されたビルですし、生糸の輸出は神戸の花形ですから、これも神戸の歴史に関係する建物ですね。
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ちなみに、デザイン・クリエイティブセンターという方そうな名前でも、出入りは自由。内部は木製のフローリングだったり、天井にはむき出しの配管が巡っていたりとちょっと独特の雰囲気です。
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気分がよくなったこともあって、ビル内にあるキイトカフェの方でランチをすることに。
人気のカフェのようで、オーガニックカフェっていうんでしょうか。低いソファーの席もあって、そこだと自宅で食べるような気楽な雰囲気もあるかもしれません。 -
イチオシ
いただいたのは日替わりのランチですが、これがまたいいですね。おかず毎にメリハリがあるし、家庭的な味付けで手作り感がすごくあって、毎日でも通いたくなるようなお店です。
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では、この辺で三宮の方に帰ります。
花と彫刻の道は、神戸市役所から阪急三宮駅へ続く道。道には30以上の彫刻作品があって、神戸のハイセンスな雰囲気造りに一役買っています。 -
これは、木内克作の「エ-ゲ海に捧ぐ」。憧れだったギリシャの地を訪れ、その後に制作された作品のようで、両手はありませんが、違和感もまったくないというのがまたすごいところです。
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三宮から、今度は六甲アイランドへ。
住吉駅から六甲アイランドのマリンパーク駅に至る路線がこの六甲ライナーです。途中、大型船も通行する神戸港を渡るからだと思いますが、走行する高架の高さがものすごいですね。眺めがいいと喜ぶ人が多いかもしれませんが、私はちょっと怖いくらい。かなり緊張してしまいました。 -
六甲アイランドで楽しみにしていたのは、この小磯記念美術館。想像以上に立派な施設で、ちょっとびっくりですけどね。
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明るいエントランスを進むと
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復元された小磯良平のアトリエなんかもありまして。
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小磯良平は、文化勲章も受章した神戸市の名誉市民ですが、地元でいかに愛されているかがよく分かると思います。
展覧会は、「KOISOポートレートミュージアム 肖像画の終結&兵庫県内めぐり」。小磯良平は女性の絵の印象が強いですが、男性の絵も迫力がありますね。館内は撮影禁止なのでこれ以上はお伝え出来ませんが、この迫力と上質感はやはり小磯良平の感性だと思いました。 -
小磯記念美術館からは、アイランド北口駅からアイランドセンター駅までの間を歩いて神戸ゆかりの美術館も訪ねます。
六甲ライナーの高架下を歩いて向かいますが、その途中が六甲アイランドリバーモールといって六甲アイランドの中心を貫くように伸びる水辺の広場。緑も適度にあるし、気持ちがいいことこの上なしですね。 -
ただ、商業施設のモールの方はあまり存在感がないような気もします。
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イチオシ
六甲ライナーアイランドセンター駅に到着すると目の前には神戸ファッション美術館。途方もなく大きな建物で、そのインパクトだけでも一見の価値はあるように思います。
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この入り口もすごいですよね。
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ただ、企画展の方はあまり面白そうではなかったので、フリースペースのKH FASHION BOXを拝見。名誉館長であるコシノヒロコの感性が詰まっているような鮮やかな色彩感覚の作品。世界的なデザイナーはやっぱり違うなという感じです。
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神戸ファッション美術館の1階に神戸ゆかりの美術館があって、こちらの方へ。巨大なホールの先に入口があって、館内もまた悠々の広さです。
名前の通り、神戸にゆかりの画家の作品を展示しているようですが、だからといって統一感があるものではないですよね。そういう意味ではいろんな作品が集められてるなというくらいの印象。そういうことで、やはりこの悠々とした空間がインパクト大だと思います。 -
美術館つながりで、最後は兵庫県立美術館の方に回ります。
神戸ミュージアムロードは、兵庫県立美術館から王子動物園までの南北の道の愛称だとか。岩屋駅を降りると北側が王子動物園、南側が兵庫県立美術館となるのですが、通しで歩くと坂道だし、愛称のイメージとは違って、実はけっこうハードだと思います。岩屋駅から兵庫県立美術館までの間には緑とオレンジ色のアート作品があったりして、そのハードさをちょっと和らげてくれました。 -
兵庫県立美術館は、屋上のカメレオンのモニュメントがシンボルです。
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では、ここも常設展を拝見します。
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さてさて、絵画と彫刻がミックスされたゾーンから
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これは李禹煥ですね。
直島で李禹煥美術館を拝見しましたが、私的には儒教の匂いを感じるもの。現代アートの自由さよりもベースには秩序を重んじる考え方があるような気がします。 -
彫刻の展示室の
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先には
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イチオシ
小磯良平のコーナー。
小磯記念美術館と並んでこちらにも豊富なコレクションがあるんですね。
で、さらにこちらは撮影可。
これなんかは、いかにも小磯良平。どっしりとした落ち着きというか重厚感があるのですが、それでいて一方では肩の力が抜けた軽妙さのようなものもあって、そのバランスが独特の上質さを生んでいるように感じます。 -
文化勲章を受けた画家だからと言って誰でも地元に愛されるわけではない。やはり、愛される画家はそれなりの魅力がないとダメですよね。
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そして、小磯良平の上質さもいいのですが、それを愛した神戸市民の感性がないとこうした関係は生まれません。
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つまり、小磯良平の作品を味わうことは、一面、神戸市民の感性を理解することにもつながるのかな。
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神戸で拝見する小磯良平は、いろんな視点で楽しめるような気がします。
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書の作品も
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ちょっと中国風。
これも国際色豊かな神戸に合っていると思います。 -
美術館の裏手、海岸端には少女の巨大オブジェ「なぎさ」。現代美術作家、ヤノベケンジの作品で、名前は公募で付けられたもの。高さ6mもあって、なかなかの迫力です。
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では、兵庫県立美術館もこれでおしまい。三宮に帰りましょう。
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今日の宿は、R&Bホテル神戸元町。大丸にも近い元町の中心部。便利な場所なのにけっこう安いんですよね。入口はそれなりに都会らしくてきれいなデザイン。ただ、部屋は最低限の広さで本当に寝るだけといった感じ。やっぱり、安いからと割り切って利用するホテルかなと思います。
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晩飯はミント。
京鼎樓はあちこちにお店がありますが、まあ、それなりに人気がありますよね。 -
コースをいただきましたが、いろいろ変化が楽しめる工夫をしています。ただ、敢えて言えば、ここまで品数はなくていいかな。正直、ちょっと面倒くさいです。
なお、街を見下ろす窓の景色はなかなか。日が暮れるにしたがってきれいに見えてきて、これはお勧めです。
さて、明日は甲子園から大阪市内。いくつか長年の念願だった施設も予定していて、また楽しみです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- masaさん 2024/05/08 07:31:50
- 伊丹、尼崎へようこそ
- おはようございます。
またコアな処にいらっしゃいましたね(^^;)伊丹と尼崎とは!
タコ焼き岡さんをご存じとは、なかなかの通じゃないですか(^-^)
尼崎城ができて、阪神尼崎周辺もちょっと文化的になりました。歴史博物館は、無料のわりに充実してますね。尼崎商店街に行かずに、この辺りを回られるとはさすがです。
最近は尼崎もオシャレになりつつあって、かつてのダークなイメージから脱却しようとしています。(なかなかですが(^^;))
またいらしてくださいね(^-^)
masa
- たびたびさん からの返信 2024/05/09 08:02:10
- RE: 伊丹、尼崎へようこそ
- コメントありがとうございます。地元の方からのコメントは特にうれしいですね。
神戸というか摂津エリアというか。もうしばらくはがんばってみたいと思っています。よろしくお願いします。
たびたび
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