2022/11/16 - 2022/11/20
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かるあみるくさん
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韓国旅行3日目前半の旅行記です。このパートからは一般的な韓国旅行の様な旅行記になっていきます(とはいえ、このパートではないですが保存機を見に行く事はあります(笑。)
この日向かったのは仁川。仁川というと今では2001年に開港した仁川国際空港、つまり空の玄関口のイメージですが、今から百数十年前は開港した港町でした。その仁川には開港後に中華街と日本人租界が設置され、どちらも現在は中国人・日本人はほとんど居住しておらず韓国人地域になっていますが、当時の姿を遺しているところも多いです。また仁川は朝鮮戦争時に戦況を一変させる仁川上陸作戦が実施された場所としても有名ですが、その時の指揮官のマッカーサーの像もありました。
ソウルと違いあまり観光客が多く訪れる場所ではありませんが、開港とそれによっての街の変化について知る事が出来る仁川の街並みでした。
旅行記の書き貯めをしていたのですが、少し仕事が忙しい状態でしばらくの間更新が遅くなりそうです。あと4パートだと思いますのでゆっくりと書き上げていきます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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さて3日目ですが朝食からのスタートです。
この日の朝食バイキングで選んだものです。大まかには同じようなメニューですが、少しずつ異なっているので連泊でも楽しみはある内容でした。国内の東横インとは違いおかずもしっかりあるので、宿泊費は安いですけど悪くないホテルだと思います。東横イン インチョン ブピョン ホテル
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東横イン仁川富平一階の自販機では歯ブラシセットやコインランドリー用の洗剤などを販売していて便利です。ただ現金は利用できないのでクレジットカード必須です。VISAブランドのJALカードは利用可能でした。
となりのラックには仁川の観光案内もあって、日本語のガイドも置かれていました。東横イン インチョン ブピョン ホテル
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三日目の朝、客室から見た外の様子です。ホテルの南側の部屋で13階とそこそこ高い部屋なのですが、ホテルと首都圏電鉄1号線の間にゴルフの打ちっぱなしがあり、そのフェンスであまり視界は良くないんですよね。ちなみに左手のビルが富平駅駅ビルです。
起きた直後ではなく食事から帰ってきた後なので随分と日が高くなっています。東横イン インチョン ブピョン ホテル
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ホテル横にはセブンイレブンがあり、品数はともかく近い事もあってとても役立ちました。また豊平駅近辺には他にも小さいながらコンビニがあったので観光にも利便性は高いですね。
ちなみにセブンイレブンの横には韓国国旗とスウェーデン国旗が並んでいたんですが大使館?ソウルではなくて仁川ですし、仁川と言っても空港からはずいぶん離れている場所なんですが・・・。 -
この日も富平駅から旅行は出発です。今日は地下鉄ではなく首都圏電鉄1号線に乗り仁川駅に向かうのでこの駅ビルに向かっていきます。
ソウル・仁川の路線図にもやっと慣れてきたあたりです。富平駅 駅
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富平から東仁川までは複々線になっていて急行列車がありますが、東仁川から仁川は急行列車がないんですよね。そんなわけで先に来た普通列車に乗り仁川までやってきました。内側線が急行線、外側線が緩行線という小田急の様な配置の複々線列車でした。
ちなみに複々線が東仁川までなのは、市の中心部で商業・工業で活性化されているのは仁川よりも東仁川だからだそうです。仁川中華街の目の前です by かるあみるくさん仁川駅 駅
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こちらが仁川駅の駅舎。1960年に建築された駅舎だそうでずいぶんとレトロな感じがします。当時は京仁線という路線名称でしたが、現在ではソウル地下鉄と一体運用になり首都圏電鉄1号線という名称で運行されています。京仁線は1899年に完成した大韓帝国で最初の鉄道だそうです。
仁川中華街の目の前です by かるあみるくさん仁川駅 駅
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仁川駅の正面はすぐに仁川中華街になっています。
前日の釜山中華街に続き中華風の門が出迎えてくれます。まだ早朝だからか人はまばらですね。
ちなみに仁川中華街は昨日の釜山と違い韓国政府が認めている公式の中華街だそうです。仁川チャイナタウン 散歩・街歩き
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中華街の門の下にあった男女の警官がモデルになった像。どうも交番の位置を案内しているみたいです。
交番は日本が発祥の制度でない国が多いのですが韓国は交番が設置されている国です。元々日本だったからなのかどうかはわかりません。というか韓国の警察制度って国家警察と地方警察が並立する戦後GHQが日本に導入したけど定着しなかった制度なんですよね・・・。仁川チャイナタウン 散歩・街歩き
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このお店は「GACHA SHOP」。韓国でもガチャはガチャなのですね・・・。
日本と同様いわゆるガチャガチャがたくさん設置されていました。外国人向けの物だと思います。仁川チャイナタウン 散歩・街歩き
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日本でも見たことあるような中華まんのキャラクターが中華まんを持っていました。ただこの時間はお店はお休み。日中だったらここで食べ歩きをするのも楽しかったでしょうね。
ちなみにどこかで見たことあるよなと思った似ている人形は長崎の角煮まんの人形でした。自分フォートラベルのアイコンに撮った写真を使っています(笑。チャジャンミョン通り 散歩・街歩き
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いつもは活気がある中華街ですが、さすがにまだ9時前という事でガラガラですね。横浜の中華街も早朝はガラガラですしどこも一緒なんでしょう。
ただどうしてもコロナでまだ中国が一般旅行解禁していない事もあり、日中でも普段より人は少ないようですね。チャジャンミョン通り 散歩・街歩き
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昨日の釜山中華街にも壁画で三国志を解説している場所がありましたが、仁川中華街にもありました。韓国でも三国志人気なんですかね。
三国志壁面通り 散歩・街歩き
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急坂を登ってきてだいぶ高いところまで来ました。道路から右手を見ると階段で下に向かって降りれそうな道でした。そしてこちらに背を向けているのは孔子像ですかね。
じつはこの階段と道は、李氏朝鮮の開国後に仁川に造られた日本人居住区と清国人居住区を隔てる道でした。現在でも右手は中華街になっており、日本人居住区も当時の姿を出来る限り残そうとしている様です。
ここからは見えないですが階段の下の方では、中華街側は中国風、日本人居住区側は日本風の灯篭が置かれていました。清日租界地境界階段 旧市街・古い町並み
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少し下って像を見上げてみるとやはり孔子像の様です。調べてみると仁川市と友好都市になっている中華人民共和国青島市が2002年に韓国に贈った像の様です。中華街を見下ろし見守るような形で建立されていました。
清日租界地境界階段 旧市街・古い町並み
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孔子像の所からまた元歩いていた道へと戻り、さらに上の場所にある仁川自由公園へとやってきました。自由公園の名前は、この公園が朝鮮戦争の際に一度は朝鮮半島全域が北朝鮮支配下にはいる寸前まで行きながらも、仁川上陸作戦を実施し戦況を一変させたマッカーサーを記念する公園になっている事から来ていると思います。
韓国は北側が隣接する事、そして実際に激しい戦争が起きた事から自由に対しての価値観は日本より強いものになっていると感じます。高台にあります by かるあみるくさん仁川自由公園 広場・公園
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仁川自由公園に来るまでも、公園内に入ってからも急な坂で結構体力を使ってしまいましたが、坂を登ってきただけあって眺めは良いですね。昨日行った釜山もですが港町って眺め良いですよね。釜山の展望台程高さはないですけど・・・。
仁川港方面が見えます。景色は結構良いです by かるあみるくさん仁川自由公園 展望スペース 散歩・街歩き
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仁川自由公園の展望スペースはかなりの広さの広場です。展望だけではなくイベントなどでも使える様になっていましたが、ちょうど9時とまだまだ朝早いのもあって体操している人が少しいるくらいでした。
仁川港方面が見えます。景色は結構良いです by かるあみるくさん仁川自由公園 展望スペース 散歩・街歩き
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仁川自由公園にはマッカーサー像があり、ぜひとも訪れたいと思っていたのですが、マッカーサー像広場は改修工事中で入る事が出来ませんでした。この木々の奥にマッカーサーの像があるのですが・・・。
でもいい紅葉の季節で綺麗な景色を見る事が出来ましたのでそれは良かったです。韓国では英雄 by かるあみるくさんマッカーサー将軍銅像 モニュメント・記念碑
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木々の間から辛うじてマッカーサー像が見えました。朝鮮戦争で韓国軍が押し込まれ釜山橋頭保の戦いになった際に、仁川に上陸させ戦局を一変させたという事で韓国でも人気の司令官です。
ちなみにマッカーサーが人気があったのって日本と韓国、フィリピンくらいだそうで本国ではシビリアンコントロールを無視する危険人物とみなされていたとか・・・。韓国では英雄 by かるあみるくさんマッカーサー将軍銅像 モニュメント・記念碑
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マッカーサー像からそう遠くないところにあったこの石碑は仁川上陸作戦の記念碑かと思ったら、仁川学徒義勇隊の記念碑というものでした。朝鮮戦争時に仁川地区の学生が動員され従軍されたことの記念の様です。
仁川上陸作戦後一度は中国国境付近まで国連軍は戦線を押し上げますが、その後人民解放軍の介入で再度攻め込まれた際に結成された部隊だそうです。 -
ハングルの標識を覗けば正直日本の秋です、と言ってもわからないような風景です。この日も暖かかったですが、本来であれば東京より寒いソウル。紅葉は日本よりも少し早く進んでいる様に思いました。
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先ほどの孔子像があった階段とは違う階段を下り仁川自由公園から離れて仁川中華街に隣接する旧日本人租界へと向かっていきます。日本人租界は仁川開港後に設置され、1910年以降日本領となった仁川でも日本人居住地区として栄えていた場所だそうです。
仁川は港町だけあって階段や坂が多く景色は良いんですが結構足に負担になりますね。 -
階段下にあった案内図です。下の方が錆だか汚れだかで見にくくなってしまっているけど・・・。地図左下から入り仁川自由公園へと向かいその後教会の横の階段を下ってきています。
仁川駅周辺は見どころが多いですが割とコンパクトにまとまっているので、観光としてはしやすい場所だと思いました。 -
階段を下りてきて振り返ると右手には仁川第一教会がありました。近隣には歴史ある女子高校もあるようです。この地区も旧仁川租界の様ですが、これから向かう旧日本租界と違いあまり当時のものは残っていませんでした。
仁川自由公園近くの教会 by かるあみるくさん仁川第一教会 寺院・教会
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旧日本租界にやってきました。港町であり開港された仁川は日本人も多く居住していました。その後朝鮮併合により仁川も日本へとなりましたが、それ以降も日本人はこの近辺で暮らしていた様です。
この地区は銀行などが多かったようで、少ないながらも現在に残る建物がありました。仁川旧日本人街 旧市街・古い町並み
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こちらの建物は旧第58銀行仁川支店という銀行の建物だったそうで、現在は組合の会館か何かになっている様で立ち入りは出来ませんでした。旧第58銀行は大阪で開業した銀行で様々な合併を繰り返し現在はみずほ銀行になっている銀行です。
二階建ての擬洋風建築です by かるあみるくさん旧日本第58銀行 仁川支店 史跡・遺跡
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こちらは仁川開港場近代建築展示館。元々は1890年に長崎県に設立されていた国立第十八銀行の仁川支店として建築された建物です。第十八銀行は2020年に親和銀行と合併されるまで存続していた銀行で長崎では有名な銀行ですね。
こちらの仁川支店は第十八銀行の初の支店だそうです。仁川開港場近代建築展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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この博物館は500ウォンと入場料はとても安かったですが、展示や建物内装は素晴らしいものでした。
ここでは仁川開港後の近代化と建築についての展示が多いです。そんなわけでまずは仁川が1883年に開港された経緯やその後の仁川港ドックについての解説がされていました。仁川開港場近代建築展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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仁川港が開港されたころ仁川市街地に建築された建物の模型がいくつも展示されていました。これは仁川税関の模型で、なかなか雰囲気のある立派な建物だった事がわかります。仁川の開港は1883年なのでその頃のものか、もう少し後の物か、ひょっとしたら朝鮮併合後かもしれないですが、詳細は不明です。
仁川開港場近代建築展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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開港直後の仁川港を再現した模型になります。
開港と同時に列強、日本、清との貿易が始まり多くの船が押し寄せてきたそうです。韓国も鎖国をしており、先に開国をした日本に対してもよく思っていなかったのですが、ここから一気に激動の時代へと突入し、度重なる政変、外交の立ち往生などもあり朝鮮併合までは30年もかかりませんでした。仁川開港場近代建築展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは旧第一銀行仁川支店の建物を利用した仁川開港博物館です。ルネサンス様式の重厚な建物で1883年に完成、独立後もしばらくの間は政府庁舎としても利用されていたみたいです。入場料500ウォンなので入って見ます。
仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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中は展示室になっていて仁川開港時の歴史や金融機関、鉄道についての展示がされていました。基本的に解説は韓国語がほとんどで一部英語、スタッフも韓国語のみの対応ですが、日本統治下の資料も多くそれに関しては日本語のものが展示されているものもあるという状況になっていました。
仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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仁川開港博物館の内装なんですが、外観からは想像できない程天井が高く立派なシャンデリアや窓がついている建物でした。建築から100年以上が経ち、朝鮮戦争も経験した建物とは思えないくらい保存状態も良くてなかなか感動しました。
仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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日本統治下の英化女子普通学校の卒業証書が展示されていました。出生年と卒業年を見ると今の小学校に値する学校でしょうか?日本語で書かれている事や大正、昭和といった年号が当時日本の統治下にあった事を示しています。
仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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タイプライターが展示されていました。韓文タイプではないっぽいですが・・・。
英文タイプに比べ漢字がある和文タイプは相当に大変だったという話は聞きますが、韓国語の場合どうなるんでしょうね。仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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奥のフロアには朝鮮の鉄道黎明期に使われたものが保存されていました。左からタブレット受け、信号機、分岐器になります。
日本の物と似ていますが、京仁線自体は大韓帝国時代に建設されているので日本の物かは不明です。資本関係などを見るとまず日本は絡んでいると思いますが・・・。仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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19世紀から20世紀初頭にかけての仁川の移り変わりの写真の様です。こうやって見るとものすごい勢いで近代化しているのがわかります。
仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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開港直後、じゃなくて日本統治下だったかな。昔の仁川の街並みを描いた絵がありました。この前で写真を撮るとタイムスリップした様に写真を撮れる形になっていました。
思っていたよりも素敵な街並みだったのだと感じました。仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは朝鮮総督府鉄道局が発行した昭和4年朝鮮旅行案内の冊子です。見えるところでは釜山から京城までという事で京釜線の案内が文章で書かれていました。
その他にも日本統治下の朝鮮では現在の北朝鮮にある金剛山も名勝として有名だったそうです。仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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狭く全景を撮っていなかったのが残念なんですが、この鉄道に関する展示がされている部屋は他の展示室とは雰囲気が違うんですよね。
で、答えがこの先生と生徒の問答。ここはかつて銀行の金庫として利用されていたそうです。仁川開港博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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仁川開港博物館を出て少し進むとこの通りに出ます。この通りは先ほど孔子像があった階段の延長線上にある通りで日本人租界と中華街を隔てる通りになっていました。左手が日本人租界、右手が中華街です。
写真を撮れていないのですが日本人租界側には日本風の、中華街側には中国風の灯篭がある場所があるそうです。 -
さて再び日本租界から中華街へと向かいます。駅前程ではないですが大きな門があり観光客向けに中華街である事をアピールしています。
右手の建物にある看板は「本土」と書かれていて、隣国で過ごす中国人が望郷の念を思い付けた店名なんですかね。
ちなみに仁川中華街はもちろん当初は中国人居住区だったそうですが、現在では中国系の人が多く住んでいる地区というわけではないそうです。 -
旧日本人街と中華街の境界を再びわたり中華街方面へ来ました。さすが韓国という事で中華街にも教会がありました。天主教聖堂となっていたのでカトリックですね。プロテスタントの方が多い韓国ですがカトリックも結構多いです。
こちらもソウルの教会と同じく祈りの場としての教会だと思います。 -
中華街を歩いている最中にあったのがこの「韓中国」という庭園?ちょっとした休憩スポットなんでしょうか?中華街にあるというという事で中国風の庭園になっていました。
仁川中華街の中の庭園? by かるあみるくさん韓中園 広場・公園
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この時はまだ中華人民共和国から自由に観光で出国できる状態ではなかった事もあり、中華街もそんなに混んでいませんでしたのでここも閑散としていました。というかここは誰もいなかった。
暗く寂しい雰囲気ではありますが、落ち着ける場所の様に思います。混んでくるとどうなるかわからないですけどね。仁川中華街の中の庭園? by かるあみるくさん韓中園 広場・公園
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先ほど中華街を歩いていた時よりも人が増えてきたようには感じます。ただ上にも書いた通り中華人民共和国からは観光旅行が来られない時期だったので中国語を話している人は台湾か東南アジアの華僑の方々ですかね。
この旅行記がアップされるのは旅行から半年以上たった2023年7月ですが、今はまた当時とは変わっていると思います。 -
中華街の一角にあった壁面。中国風の面などが描かれていました。
釜山中華街もそうでしたが、中国らしさを感じやすい様にいろいろと工夫している感じでした。横浜とか神戸の中華街ってこんな感じでしたっけ? -
仁川での最後の見学地はここ、ジャージャー麺博物館にします。今までの二か所は旧日本人租界にありましたが、初めて中華街の博物館に行く形になります。
ジャージャー麺って日本でも最近はよく見る様になりましたが、発祥は中国でそれを韓国風にしたものが韓国でよく食べられるジャージャー麺の様です。韓国ではとても人気のメニューだそうです。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ジャージャー麺博物館は券売機が故障中の為か受付でのチケット購入でした。入場料は1000ウォンで先ほど見た二か所の倍ではありますがそれでも1000ウォンなのでとても安価ですね。
チケットも前の二か所と同じような感じの腕に巻くタイプでした。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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展示のメインは二階なので中央にある階段を登り二階へとやってきました。内装はどうみても中華料理店だったので調べてみると、この建物は元々共和春という中華料理店で1908年ごろに建設されたものだそうです。1912年から1983年まで営業していましたが、その後廃業し2012年頃に現在の博物館になったそうです。
ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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韓国にジャージャー麺が広がった背景を歴史を再現しながら伝えていました。仁川が開港され列強の船には中国人クーリーが乗り込んでいたり、荷揚げなどを行っていました。主に山東省出身の彼らが簡単に食べられるジャージャー麺を仁川に持ち込み、これが朝鮮半島全土に広がった様です(韓国語力が足りなさ過ぎて正確に訳を出来ていないと思いますが・・・。日本語ではジャージャー麺を食べるクーリーとしか書かれていませんでした。)
ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ここは食卓でジャージャー麺を囲む家族の人形が展示されている部屋でした。当初は家庭での食事かと思ったんですけど、この建物が共和春という中華料理屋だった事を考えると共和春での食事の光景なのかもしれません。
ちなみにこちらに背を向けて座っている人は生身の人間です。家族の人形に混じれるという事なんでしょうけど、知らずにこの風景を取っていたらいきなりこの人が立ったのでめちゃくちゃ驚きました。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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でこちらが食事の風景のアップです。
中高生位の息子、娘と両親という設定なんでしょうけど、この人形の男性陣の表情酷すぎません???
どうしてこうなったというレベルに感じます(´・ω・`)。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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スクーターが展示されています。ではなくて岡持ちを乗せたスクーターなので、配達の様子を展示しているのでしょうね。
日本の配達とちょっと違う雰囲気ですが、韓国でも出前はあるんでしょうね。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ジャージャー麺のレトルトパックのパッケージが展示されていました。ジャージャー麺が人気の韓国という事だけあって数がものすごいですね。
日本でもジャージャー麺を見る機会は増えてきていますが、ここまではないですよね。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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1970年代、80年代の韓国の袋麺です。産まれていない、物心ついていない時期ですしそもそも韓国人じゃないのでまったくわからないですが、パッケージを見ると古さを感じますね。
ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは1990年代と2000年代の袋めんパッケージ。昔のに比べると新しさを感じます。
韓国は袋麺消費量が世界一なんていう話もありますが、製品の数もとても多いようです。ちなみに日本だと辛ラーメンくらいしか見ないですかね。カップの辛ラーメンはそんなに好きじゃないんですが袋麺は大好きです。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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2階を見終えて1階へ。何か所かでこの白い人形がジャージャー麺を作っている姿を再現されていました。ちょっと人形が怖いですが・・・(笑。
今回訪れなかったところも含め、仁川地区には博物館が多いです。ただ韓国語表記がメインでかつ歴史の話なども多いので、韓国語が読めるか予備知識が必要な博物館が多いのですが、このジャージャー麺博物館は韓国語が読めず予備知識がなくてもなんとなく楽しめるような感じの場所でした。ジャージャー麺博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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中華街の路地では日本の中華街でも売ってそうなものも販売していました。あんまり変わらないですね。
韓国語力はハングルが読めても単語があまりわからないレベルなので正確に把握することが出来ないのが残念ですが・・・。月餅らしきものもあって中華風お菓子も置いてある雰囲気でした。 -
ジャージャー麺博物館からそんなに距離はないですが、中華街の入口まで戻ってきました。混雑する前に観光を出来たのでスムーズに見たいところを見られたので良かったです。スムーズに見る事が出来たのは自分の韓国語力が足りなくて博物館系であまり解説を読むことが出来なかったのもあるんですが・・・。
この後は仁川市内をもう一か所見学して、そこからソウルへと向かいます。
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