2023/04/30 - 2023/04/30
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kummingさん
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悲願のカテドラル詣での日、昨夜から興奮気味で眠りも浅く、それでもついに訪れたこの日
天気予報やメーデーの関係で日程はガチで決めずにパレルモIn。何はさておき、フェデリコさまの棺詣でを最優先♪
あいにく日曜日の朝早く、花屋を見つけられずにカテドラル着。赤いバラを捧げたかった(ノД`)シクシク
今思えば、この日の雨は、壮大な夢未完のまま黄泉の国へと旅立たれたフェデリコさま、と、その想いに胸打ち震えるわたくし、の『なみだ雨』だったかも?! (わ、我ながらムリなこじつけ)
Federico llさまについては↓こちらのブログをぜひご覧ください♪
比べられると、困るけど(-。-;
https://4travel.jp/travelogue/11514398
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
お部屋から見える、裏通り、下町の風景
生活感があって良い♪ -
昨夜、ずっと声が聞こえていたのは、あなただったのね?
-
宿泊税は置いておく、というお約束
鍵4個?は許容範囲
とにかく最後までスタッフとは会いません -
お馴染み、鏡selfie
軽やかに階段駆け降り
行って参ります♪ -
B&B出て右手、マグエダ通りに出るとすぐに見えるマルトラーナ教会のまあるいお屋根(←実は、まあるいお屋根は、サン・カタルド教、とは後日知る)
ここを真っ直ぐ進んで、左折、ヴィットリオエマヌエレ通りに出ても行けるのに -
しかし、Google くんはこの道を行け、という「B&B出て左手に直進せよ」
ま、いいけど -
結局、ヴィットリオエマヌエレ通りに出るんだよね
今回意外だった事
パレルモ市民のみなさまが健康志向!でいらっしゃる
早朝ランニングする姿や、翌日のメーデーにマラソン大会が開催されていた(*_*) -
さっそく見えて来ました
-
↑
ね、近い、っちゃあ近い -
朝8時半~と知って、早々到着
広い前庭を舐めるように歩きまわる -
-
で、どこで気づいたんだったか?忘れたけど
Cattedralleは8時半~
宝物庫、霊廟、クリプタ、屋上(屋根)は10時~(実際は宝物庫11時~)
そうだった、早まってもうた(-。-;
5年以上の長きに渡る悲願達成を前に、Fedeさま詣でを目前にして、はやる心を抑えられず -
創建当時のもので残る唯一のフレスコ画、だそう(4trのどなたかのパクリ)
-
Cattedralle 入場
-
一緒に待ってたドイツ女性と「どれにする?」
相談したら、やっぱりそうよね、と同じご意見♪
司教館とか要らなくない? だよねえ(1番高いのは司教部屋、大司教宮殿、教区博物館付き)
Over65対象なので、きっかり10Euro
屋根に登る、は雨天中止
この後実際、降り出したので、ギリセーフ♪ -
ミサが始まったら、観光客は入れません
Federico llは最初の(正式なのだけ、で4回結婚)結婚式をここで挙行。
1208年、14歳になったFederico ll は、成人に達したことを自ら宣言、当時早くて15歳、16~17歳で『してもらう』のが世の常だった成人式を、勝手に宣言、自分でやると公表する。
さらにそれから1か月、14歳のシチリア王はパレルモ大司教後任を選びで法王推挙の聖職者を拒否、という、権威権力とも「太陽」とみなされていたローマ法王に楯突く行動に出る。これは中世を揺るがせた叙任権を巡る抗争の根幹にふれる大問題だった。
そこで「暴馬になりきらない内に手綱をつけてしまう」必要に駆られた法王が勧めたのが、アラゴン王息女で嫁いだハンガリー王に死なれたコンスタンツアとの結婚。
法王が手はずを整えたコンスタンツアとの結婚話を、14歳のシチリア王は受けいれた。Federico より10歳年長の花嫁だった。
名もコンスタンツアとFederico の母と同じだったこの人は、法王の期待した「手綱」にはなれなかったが、自らも人生の苦を味わって、緊張の解けない日々を送る若い夫ので心を優しく穏やかに包み込む良き伴侶であり続ける。2年後、Federico にとって初めての男子を出産。 -
厳かにミサが始まって、観光客は入れない時間帯に。
かなり裕福そうなみなさまが、家族連れで礼拝に参加される模様を眺めておりました。大人も子供もきちんと正装、富裕層だとお見受けいたしました。 -
ここがチケット売り場
きっかり10時受付開始でした
おっ、あれに見えるは? -
ほら、すぐそこに、お棺が…あ~もどかしいったら、ないっ
-
時間潰しに
ミニチュア見たり -
裏側も見どころらしいというので
-
確かに
後ろ姿も麗しい♪ -
モンアーレに勝るとも劣らず、との噂
イタリア半島の先に浮かぶ、地中海最大の島シチリア島は、マフィアの故郷として知られ、現在はイタリア共和国の一部だが、古くから「イタリア」だったわけではない。文明の先進地域・地中海とヨーロッパの歴史を常に色濃く映し出し、多様な文化と宗教に彩られて来た。 -
さりげなく細かい
-
お父さんにおんぶ♪
雨避け付きの背負子が良い感じ -
日曜日のミサに参列するご家族、子供たち
先祖代々Catholic教徒の家に生まれ、洗礼受けてる信者なんでしょう -
時間がきて
チケット買ったら、有無を言わさず
「まずは塔に上りなさい」はいはい、分かりましたよ~
よってたかって、私の願望を先延ばしにしようと邪魔が入るシクシク -
1人1人のお顔、表情豊か
-
最初にシチリアの覇権をめぐって争った古代ギリシア人ろフェニキア人、その後ローマ帝国の「最初の属州」となり、ローマ帝国の穀倉となる。中世にはイスラム勢力が柑橘類の栽培や灌漑技術を導入し、当時の先端文明と通商ネットワークをもたらしたが、北フランス出身のノルマン人たちがこれを屈服させ「シチリア王国」を建て、栄光の時代が訪れる。
-
ここ見たら降りて霊廟に行ける!
と思っていたら -
まだ↑ 上るみたい
人数制限してて、時間がきたら一斉に↑へ
こういうのは苦手、高所恐怖症なので
極力、左は見ないで歩く -
♪
-
雨降らなくて良かった♪
-
通路、狭っ
-
-
-
てっぺんにぶら下がる聖人のみなさん
-
そろそろ降りる頃合い
-
やっと
-
じゃあ~ん
悲願の霊廟へ
まず最初にハインリッヒ6世の棺 -
ハインリッヒ6世
フレデリック・バルバロッサ(通称赤髭)とベアトリス・ド・ブルゴーニュの息子
1191年神聖ローマ帝国皇帝
アルタヴィッラ(オートヴィル)のコンスタンスの配偶者 -
平たく言えば
Federico llのお父さま -
思い出
皇帝兼シチリア王
メッサナ(メッシーナ)で死去
1194年12月ハインリッヒは、キリスト生誕祭の日にパレルモカテドラルで「シチリア王」の王冠を頭上にした。その僅か3年後、1人息子の洗礼式に立ち会ってから1年目、突然起こった体調不良から数日後、32歳の若さで亡くなった。
息子の洗礼式の日は、Federico llが父と会った最初で最後になる。 -
このような配置
1 ハインリッヒ6世 FDllの父親
2グリエルモ アテナ公爵(シチリアを引き継いだアラゴン家の一族)
3コンスタンツア・アルタヴィラ FDll の母親
4ルッジェロ2世 ルッジェロアデレードの息子 FDllの母方の祖父
5 コンスタンツア・アラゴン FDllの最初の正妻
図の解説、2、と5、が入れ替わっているという説
しにあさん、あってます? -
そして、やっと、とうとう、遂に
FD ll ことFederico ll 、フェデリコ2世
この方について私ごときが語り尽くす事など到底不可能、試みるだに不遜の極み
みなさまぜひ、塩野本「皇帝フリードリッヒ2世」をご精読あれ -
前から後ろから、縦横斜めから
それにしても、カテドラル入口入って直ぐ左手、というこの位置取りって??
ちょっと軽んじ過ぎぢゃあありませんか( ̄^ ̄)
こんな貴重な棺を、もっと尊厳ある場所に大切に保存管理すべきではないか!
と、対面して(涙)にくれるはずだった、予定が儚くも崩れ去った瞬間 -
前から
-
横から
-
後ろから
-
上から
-
下から
熱視線^o^ -
FD Ilの最初の正妻コンスタンツア
棺は壁に埋め込まれている?
1220年ローマでの法王による神聖ローマ帝国皇帝としての戴冠式で、名実共に神聖ローマ帝国皇帝になったFederico ll、同時にコンスタンツアも皇后となった。
その後席の暖まる暇もないほど政務に没頭する夫と離れ、シチリアで穏やかで平和な日々を過ごしていたコンスタンツアは、戴冠式の2年後39歳で亡くなった。 -
FEDERICE・TVAという文字が「あなたのフリードリッヒ」という意味らしい
Federico ll は妻の死を知るや、急ぎシチリアにとって返し、カテドラルで行われた壮麗な葬礼ので全てを取り仕切る。
ただし、Federico が妻の遺体を納めさせた棺は、以前から気に入っていた古代ローマの石棺だった。 -
-
コンスタンツア皇后
シチリア王妃
ハインリッヒの妻、Federico ll の母
Federico の母コンスタンツァにつく「アルタヴィッラ(Altavilla)」は仏語のオートヴィル(Hauteville)の伊語読みで、コンスタンツアの家系を200年遡れば、フランスはノルマンディ地方のオートヴィル出身である事を表す。あの時代活動的なノルマン人は、イギリスでノルマン王朝を創設したり、シチリアを支配していたイスラム教徒を攻め、南イタリアでシチリアにノルマン王朝を創設した。
コンスタンツアはシチリアノルマン王朝最盛期の王だったルッジェロ2世の娘。 -
この方とルッジェロ2世の棺の天蓋?柱は煌びやかに修復されております
-
さらに
シチリア初代国王
ルッジェロ2世
Federico ll の母方祖父
ルッジェロアデレードの息子で1130年シチリア王国を建国
200年の間、南イタリアを支配してきたノルマン王朝は、被征服者である先住民との融和作に成功したからこそ、永きにわたる繁栄を享受できた、その代表格がルッジェロ2世 -
-
もう一度
-
ちょっとだけ、
触ってみたり
撫でてみたり -
Federico さま
お名残惜しや~(TT)
後ろ髪引かれつつ -
Federico さまをお護りして差し上げてね!
-
本丸の霊廟を出て
次、ここはサラッと流す
パレルモ大聖堂の受益者のクリプタ
聖歌隊によって楽園に呼び出された、恩恵を受けた司祭たちの遺骨がここにある -
一旦外に出て、宝物庫に向かう途中
-
-
そしたら今度は、「宝物庫とクリプタは11時からよん」
聞いてないよ、そんなこと!(私が知らなかっただけ?)
小1時間でFedericoさま詣でを終えてしまった、私の愛が足りなかった?とでも(-。-;
待ってる時に雨降り出して、隣に並んでた女性に「よろしかったらご一緒に?」
相合傘を申し出る
で、ヴェネツィアから来たというこのご夫婦のご主人が、私らの写真を撮ったのを見てすかさず、私のスマフォを渡しました♪
「For my memory!」 -
宝物庫
-
修復中
-
でも部分的でも
素晴らしい装飾 -
クリプタへ
ローマ後期の祭壇。1369年に聖コスマスS.COSMAの遺物が置かれた。聖コスマの遺体は大聖堂の礼拝堂から別の礼拝堂へ数回移動した後、地下納骨堂に安置され1910年に聖遺物礼拝堂に安置された。 -
冷んやり
-
クリプタの配置図
-
たぶん
宝物庫で1番の見どころ
パレルモ王宮のテイラーズ(織物、宝飾製造の工房) アラゴンのコンスタンツアの王冠. 金と金メッキの銀線細工、エナメル、真珠、多色石
ネスキ文字の碑文: 「In Db isa ibn gibair saffida 」1220~1222年頃
パレルモ王宮のテイラーズ(織物、宝飾製造の工房) アラゴンのコンスタンツアの3つの指輪 金と貴重な多色石 -
コンスタンツアの遺体は皇帝の色、とされていた赤色の絹地の服に包まれ、頭に冠せられた宝冠から、皇后になった時に夫が贈った宝飾品の全てが、遺体と共に棺に納められた。
-
滞在4時間、大事な事は1時間でやり終えたみたいな
-
パレルモに来た1番の目的達成♪
では、雨にもめげず、次、行ってみよ~ -
Pza.d.Victoria ヴィットリア広場
パラテイーナ礼拝堂、ノルマンニ宮殿への道を確かめつつ、モンアーレ行きのバス停はどこ?CUBA行きのバス停は?など、ついでに探しながら -
向こうに見えるは ヌオーヴァ門 P.ta Nuova
雨の日に乗る、かしこい選択 -
ヌオーヴァ門で雨宿りするみなさま
-
目指すはZISA
写真はないけど、相当歩いた気がする
雨降ってたし、余計に遠く感じられ(;o;)
そんな時に限って、Googleくん、も、彷徨うもんで
(後で、検索時にZISA入力しても何もない処に辿り着くけど、ZISA庭園だと正しい場所を示す、事が判明)
実は出発点が違えば、バスも通っています -
トイレも行きたいし、「そこ」にあったレストランに駆け込むことに
ちなみに、この一帯、Google で表示されるお店、半分以上廃業しています
このピスタチオのパスタ、ばり美味♪
と思ったのは3口目までで、5口過ぎたらだんだん重い、飽きる(ーー;)
1/3も食べられたかな -
しかも、この奥にあるお借りしたトイレに難ありで、「出してくれ~」と騒いで開けてもらうという顛末(笑笑)その時、奥の席は宴会中
店の人曰く「そっちは男性用だよん?」
そ~ゆ~問題?
男性用なら鍵壊れても開けっぱで良いって事?
もう一個は◯◯者用のマークだったけど、女性用と◯◯者用が兼用、ってトイレ、この後にもありました。
以後、気をつけました(-。-; -
ようやく正しい位置を把握してくれたGoogleくんに導かれ、
入口に到達♪
と、ところが、恐らく私同様雨の中ここを尋ね、近くにたむろってたおねえさん方が「本日は閉店なり」ですと(°_°) -
↑
ちょうど出て来たスタッフさんに頂いたメモ
明日は月曜日だから9:00~13:00オープン
水曜日~は9:00~18:30 オープン
私として1番確認したかった「明日はメーデーだけど、本当に開いてるのか?」
には、答えてもらえず(-。-;
ソコはっきりしないと、もう無駄足運びたくは、ないっ!!んですけど… -
今日の第2弾、不発につき
振り出しに戻る
雨も観光客には関係なさそう -
時間あるし、で近場のマルトラーナ教会と、サン・カタルド教会へ行ってみよう
Googleくんがサン・カタルド教会を示すので、先にそちらから
で、階段上って左手にある建物、閉まっていたので、もう一つのまあるいお屋根の方に行ってみた -
この時、閉まったドアの横に貼られた一枚の紙←を見なかったばかりに訪れる不運
を、この時はまだ知らず(;o;)
もちろん、ここがマルトラーナ教会だなんて夢にも思わず -
こっちがサン・カタルド教会ね
入口で「Over 65」割引あるはず、と言ったら「ここじゃやってないよん」だって
教会も値上げしてます
ほんとはマルトラーナ教会の『ルッジェロ2世がキリストに王冠を授けられるの図』と、『宰相ダンテイオキア(ゲオールギオス)が亀みたいに聖母マリアの足元にひれ伏すの図』
だけ、見たかった(笑)
と、バチ当たりな事思っていたから、当たってもうたのかも? -
シンプルだけど厳かな雰囲気
-
この時、この2つの教会がこんなに近くに、隣合わせてあるなんて、誰が知る?
私の思い込みが邪魔をして、Google くんの謎の迷走に戸惑うばかり
左の、閉まってた方がマルトラーナ教会だと、最後まで気づかず(-。-; -
B&Bから直接バスで行ける!
-
そしてZISAから歩いてCUBAへ行けるみたい♪
-
今日もいっぱい歩きました
そして
ブログも長くなりましたm(._.)m
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この旅行記へのコメント (2)
-
- しにあの旅人さん 2023/06/16 15:56:51
- パレルモ散歩
- え、塔に上がったのですか?
私たちの時は、選べました。当然お墓だけ行きました。
昔は内陣の右にあったのですから、ずいぶん冷遇されています。
写真からは分からないのですが、FD2のお墓の前にバラの花はありましたか?
有志の方が捧げているみたいでしたが。
Zisaは私たちもヌオーバ門から往復歩きました。
パレルモでも雨が降るんだ。
サン・カタルド教会は屋上のたこ焼きの内部が見られたでしょう。たこ焼きはパレルモでときどき見かけました。通風口らしいけれど、この教会は未完成なので、内部がよく分かって、珍しいそうです。
- kummingさん からの返信 2023/06/18 01:15:12
- Re: パレルモ散歩
- Catedralleのチケットは 8種類あるみたいで、ブログに写真載せています。塔、というか屋根ですよね、登りました。一応、屋根→霊廟→クリプタ→宝物庫→クリプタの順に決められていたので、その順番で廻りました。
王家の墓、霊廟の場所は、失礼だと思います、あまりにもひどい(;o;)
バラのお供えはありませんでした、私も供えたかったのですが、お花屋さんが見つからず(-。-;
Zisaまでこの日は歩いたけど、後日出直した時は、バスで行き、そこからCubaまで歩きました。
パレルモに滞在中、この日ともう1日雨降りましたが、どうしても晴れてもらわないと困る所へ行く日が晴れて良かったです♪
しにあさんのブログurlの紹介の仕方が、そっけなすぎるかな?次もこんなにさりげない紹介でよろしいでしょうか?
今回、私もノーマスクで過ごしたせいか、色んな人と喋る機会が増えて、楽しかったです。やっぱり表情が見えるのと見えないのとでは、親近感が違いますね。
ではでは、しばらくパレルモ編続くのでよろしく~♪
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