白川郷旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2022年1月6日(木)お昼の12時過ぎ、白川郷バスターミナルから雪の白川郷を歩き始める。白川郷に来るのは3回目だけど、これまでの2回は車で来てたので、後ほど回るが町の南の荻町の吊橋を渡った対岸にある村営せせらぎ公園駐車場に止めて、白川郷合掌村(現在は合掌造り民家園)に行っただけなので、荻町集落を歩くのは初めて。<br /><br />白川郷は広義では白川村、高山市荘川町(旧荘川村)とそれに加えて高山市清見町(旧清見村)の一部が相当するのだが、現在では白川村のみを指すことが多い。さらに合掌造りの集落である白川郷の荻町集落が1995年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたこともあり、この荻町集落を指す言葉にもなっている。<br /><br />この世界遺産は、いずれも飛越地方庄川流域にある上流域の白川郷と中流域の五箇山のうち、合掌造りの集落が良好に残っている3集落、白川郷の荻町(おぎまち)集落と、五箇山の相倉・菅沼の両集落のみが対象となっている。集落の多様性を示すため、大規模の荻町、中規模の相倉、小規模の菅沼がセットで選ばれた。<br /><br />白川郷と五箇山の集落地帯は、有数の豪雪地帯であったことから周囲との道路整備が遅れ、結果として奇跡的に合掌造りの住居構造が残ることになったもの。しかし、戦後のダム建造や産業(養蚕)の衰退、人口の都市部流出などで17集落が消滅し、合掌造り家屋も1945年の300棟からほぼ半減した。<br /><br />文化遺産保存の機運が本格的になったのは、近年、1970年代になってから。五箇山の相倉集落と菅沼集落が1970年に国の史跡となり、1976年に荻町集落が重要伝統的建造物群保存地区に選定された。五箇山の2つの集落も1994年に選定され、1995年に世界遺産となった。人が住み続けている村落で世界遺産に登録されたのは3件目。<br /><br />ただし、いいことばかりだけではなく、後継者問題や観光地化が問題になって来ている。合掌造り家屋の減少は茅葺屋根の葺き替えを行う「結(ゆい)」の制度維持を難しくして来ており、3倍近くに増えた観光客はマナー違反も多く生活に影響を与え、高速道路の開通により日帰り客が増加し、金は落とさないが、ゴミと排泄物は落とすと云う事態を招いている。<br /><br />荻町集落がある白川村は岐阜県北西角部にある村で、西は白山を主峰とする両白山地により石川県と区切られ、北は人形山によって富山県の五箇山と区切られているが、距離的には富山県南砺市が近く、富山との結びつきが強い。現在も県庁所在地の岐阜市までは自動車で120分程度を要するが、富山県の富山市までは75分程度、石川県の金沢市までは70分程度で移動できる。<br /><br />面積の95.7%を山林が占めており、それも急峻なところが多い。山々の間を縫うように庄川が流れ、北に隣接する富山県南砺市へと続いており、庄川沿いのわずかな平坦地に集落が散らばっている。面積360平方㎞弱は岐阜県の42市町村中10番目に大きい。<br /><br />人口は1500人を切っており(2023年1月)、42市町村中で一番少ない。1960年には1万人弱いたが、その後減少、2000年にはいったん増えて2100人を超えたが、それ以降徐々に減っている。この10年では65歳以上の高齢者が増えている反面、64歳以下が大きく減少している。職業上を理由として転出する人が増えている。<br /><br />白川郷の深い谷間にいつ頃から人が住んでいたのかは明らかになっていないが、記録に残るのは鎌倉時代から。鎌倉初期に親鸞聖人の弟子である嘉念坊善俊が庄川沿いに入り、農民たちの間に浄土真宗が広まった。その後、江戸時代中頃に養蚕業が盛んになり、ようやく合掌造り民家が誕生する。現在も300年以上前に建てられた家屋が残る。<br /><br />白川の名は白山から流れる清らかな水が白く見えたことからで、平安時代にはすでに白川荘と呼ばれていた。江戸時代に白川郷となり、1875年(明治8年)に、白川郷内の42村のうち23村が大合併して白川村となり、残りの19村は荘川村と清見村になった。<br /><br />1889年(明治22年)の町村制施行に伴い、自治体として発足する。1995年から2005年にかけての平成の大合併の際に高山市に編入することも検討されたが、高山市の中心部まで遠く移動が困難なことや人口が少なく、市議会議員を選出できない可能性もあることから見送られた。なお、岐阜県にはもう一つの村が存在する。東白川村だが、白川村の東ではなく、美濃地方の東部、JRの高山本線の白川口駅がある白川町の東にある。ああ、ややこしい。<br /><br />白川村にはほとんど産業らしい産業がなく、単独の村として存続できている理由としては、合掌造り集落がもたらす観光関連収入により財政状態が良好であることが大きい。以前から合掌造り集落は観光地として有名であったが、1995年の世界遺産登録以降はさらに多くの観光客が訪れるようになった。<br /><br />村出身の著名人はいないが、復興大臣を務めた平沢勝栄氏は白川村生まれ。お母様の実家が御母衣(みぼろ)にあり、そこで生まれられたそうだ。この家、御母衣ダム建設の際に集落が離散することになり、その時に下呂温泉合掌村に解体移築され、現在も旧大戸家住宅として公開されている。なお、平沢氏はまだ幼い頃に福島に転居されてそちらで育ったそうだ。<br /><br />荻町集落以外にもこの御母衣ダムや旧遠山家民俗館、白川郷平瀬温泉や馬狩・地球の聲温泉などの観光スポットがある。御母衣ダムに旧遠山家民俗館は行ったことがある。また、2021年10月からTBS系で放送された吉高由里子主演の連続ドラマ「最愛」の舞台にもなった。<br /><br />世界遺産の荻町集落は白川村の一部で、南北方向に約1500m、東西方向には最も広いところで350mの広がりを持つ。状態の良い合掌造り住宅59棟が残るが、明善寺庫裏の様式も合掌造りに分類されるため、これを含む場合は60棟となる。世界遺産の登録面積は45.6haで世界遺産登録面積の約3分の2を占める。<br /><br />この集落の合掌造り家屋は、おおむね江戸時代末期から明治時代末期に建てられたもの。ほかに合掌造りを改築した住居や、合掌造りでない住居群もあるが、いずれも明治時代初期から20世紀中頃までに建造されたもので、十分に伝統的な集落の景観に調和しているとされる。<br /><br />荻町の合掌造り集落は妻を南北に向けて整然と並んでいる点に特色があり、家ごとの塀がないことと相まって、それが独特の景観を形成している。集落の北側には、後ほど行くが、高台の城山城址の展望台があり荻町集落全体を見渡すことができる。<br /><br />まずはバスターミナルから南に集落の真ん中を走るメインストリートである旧国道156号線、白川街道を歩く。白川街道は郡上八幡から旧高鷲村、旧荘川村を通り庄川沿いに白川村を南北に縦走し、五箇山の赤尾までを結ぶ街道で、国道156号はさらに岐阜市から高岡市までを結んでいる。<br /><br />荻町トンネルが1989年に、小呂トンネルが1990年に開通し、この集落の中を通る道は旧道となった。また、2014年4月から集落内は観光車両通行禁止になっているので、たまに地元の方の車は通るが、少ないので安心して歩ける。<br /><br />道はきれいに除雪されているので雪道に慣れてない私でも全く問題はない。歩き出すとすぐにお食事処いろりや土産物屋のこびき屋など合掌造りの家があり、堪りません。<br /><br />お昼の時間なのでまずはお昼ご飯にする。こびき屋の少し先、右手にあるけやきと云う結旨豚(ゆいうまぶた)をメイン食材で提供するレストラン。結旨豚は2020年に誕生した白川郷の清らかな水と米で育ったブランド豚。飯島地区にある2.3haと云う広大な敷地を持つ白川農場の7棟の豚舎で、村の清らかな水と米を与えて、徹底した衛生管理のもとに育てられている。あっさりとした脂身が特徴。結旨豚を使ったミニチャーシュー丼と和風ラーメンを戴いた。美味しかった!<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9312890992114175&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />12時45分頃食事を終えて、メインストリートをさらに南に進む。左手にあるインテリア用品の奥左エ門は1914年(大正3年)に建造された合掌造りではない和風建築の伝統的建造物。合掌造りで使われていた柱を使った母屋と増築した総ひのき造りで漆喰壁が特徴の書院座敷から成っている。<br /><br />さらに進み、右手に出てくる立派な合掌造りの建物は美然ゆめろむ館と云い、幻の集落とも云われる加那良(かずら)集落より移築された明治中期を代表する合掌造り家屋。家屋内には地元作家板谷峰止氏の手による合掌造り絵画、木彫りおよび白川郷名木の数々が展示されている。<br /><br />その向かいには雪に埋もれているが水車と赤いポストがある佐藤民芸品店は「さるぼぼに特化したお店」として有名。さるぼぼは古くから雪深い飛騨の里で、おばあちゃんが子供たちのために作っていた人形。猿のぼぼさ(赤ん坊)に似ていることから「さるぼぼ」と呼ばれるようになった。猿に似ていることから猿(えん)=縁・円として、良縁・円満(縁結び)、さらに魔除け・厄除け(厄がサル、病気がサル)のお守りとしても親しまれてきた。また、子宝・安産のお守りとしても使われる。<br /><br />雪に埋もれた水車の前の三叉路を東に折れ、メインストリートより1本東側に南北に走る道に突き当たる右手には合掌造りの喫茶・落人。このお店は、あの有名な「ONE PIECE」の尾田栄一郎さんが2009年に訪問され、その後作品にも登場してることで有名。<br /><br />落人の角を右手に曲がって進むと今度は合掌造りの土産物屋、合掌庵。飛騨、白川郷の土産物が合掌造りの店内に並んでいる。合掌庵の南側の道の奥のこの日宿泊する宿に荷物を預けに行くが、その宿の手前辺りで南側、北側にはそれぞれ雪に覆われた合掌造りの家々が並ぶ。最高! この景色を見たくてこの時期にやって来た。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9312878188782122&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />宿に荷物を預けて散策を続けるが、続く

岐阜 白川郷 荻町集落(Ogimachi Village,Shirakawago,Gifu,Japan)

0いいね!

2022/01/06 - 2022/01/06

1427位(同エリア1461件中)

旅行記グループ 白川郷

0

0

ちふゆ

ちふゆさん

2022年1月6日(木)お昼の12時過ぎ、白川郷バスターミナルから雪の白川郷を歩き始める。白川郷に来るのは3回目だけど、これまでの2回は車で来てたので、後ほど回るが町の南の荻町の吊橋を渡った対岸にある村営せせらぎ公園駐車場に止めて、白川郷合掌村(現在は合掌造り民家園)に行っただけなので、荻町集落を歩くのは初めて。

白川郷は広義では白川村、高山市荘川町(旧荘川村)とそれに加えて高山市清見町(旧清見村)の一部が相当するのだが、現在では白川村のみを指すことが多い。さらに合掌造りの集落である白川郷の荻町集落が1995年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたこともあり、この荻町集落を指す言葉にもなっている。

この世界遺産は、いずれも飛越地方庄川流域にある上流域の白川郷と中流域の五箇山のうち、合掌造りの集落が良好に残っている3集落、白川郷の荻町(おぎまち)集落と、五箇山の相倉・菅沼の両集落のみが対象となっている。集落の多様性を示すため、大規模の荻町、中規模の相倉、小規模の菅沼がセットで選ばれた。

白川郷と五箇山の集落地帯は、有数の豪雪地帯であったことから周囲との道路整備が遅れ、結果として奇跡的に合掌造りの住居構造が残ることになったもの。しかし、戦後のダム建造や産業(養蚕)の衰退、人口の都市部流出などで17集落が消滅し、合掌造り家屋も1945年の300棟からほぼ半減した。

文化遺産保存の機運が本格的になったのは、近年、1970年代になってから。五箇山の相倉集落と菅沼集落が1970年に国の史跡となり、1976年に荻町集落が重要伝統的建造物群保存地区に選定された。五箇山の2つの集落も1994年に選定され、1995年に世界遺産となった。人が住み続けている村落で世界遺産に登録されたのは3件目。

ただし、いいことばかりだけではなく、後継者問題や観光地化が問題になって来ている。合掌造り家屋の減少は茅葺屋根の葺き替えを行う「結(ゆい)」の制度維持を難しくして来ており、3倍近くに増えた観光客はマナー違反も多く生活に影響を与え、高速道路の開通により日帰り客が増加し、金は落とさないが、ゴミと排泄物は落とすと云う事態を招いている。

荻町集落がある白川村は岐阜県北西角部にある村で、西は白山を主峰とする両白山地により石川県と区切られ、北は人形山によって富山県の五箇山と区切られているが、距離的には富山県南砺市が近く、富山との結びつきが強い。現在も県庁所在地の岐阜市までは自動車で120分程度を要するが、富山県の富山市までは75分程度、石川県の金沢市までは70分程度で移動できる。

面積の95.7%を山林が占めており、それも急峻なところが多い。山々の間を縫うように庄川が流れ、北に隣接する富山県南砺市へと続いており、庄川沿いのわずかな平坦地に集落が散らばっている。面積360平方㎞弱は岐阜県の42市町村中10番目に大きい。

人口は1500人を切っており(2023年1月)、42市町村中で一番少ない。1960年には1万人弱いたが、その後減少、2000年にはいったん増えて2100人を超えたが、それ以降徐々に減っている。この10年では65歳以上の高齢者が増えている反面、64歳以下が大きく減少している。職業上を理由として転出する人が増えている。

白川郷の深い谷間にいつ頃から人が住んでいたのかは明らかになっていないが、記録に残るのは鎌倉時代から。鎌倉初期に親鸞聖人の弟子である嘉念坊善俊が庄川沿いに入り、農民たちの間に浄土真宗が広まった。その後、江戸時代中頃に養蚕業が盛んになり、ようやく合掌造り民家が誕生する。現在も300年以上前に建てられた家屋が残る。

白川の名は白山から流れる清らかな水が白く見えたことからで、平安時代にはすでに白川荘と呼ばれていた。江戸時代に白川郷となり、1875年(明治8年)に、白川郷内の42村のうち23村が大合併して白川村となり、残りの19村は荘川村と清見村になった。

1889年(明治22年)の町村制施行に伴い、自治体として発足する。1995年から2005年にかけての平成の大合併の際に高山市に編入することも検討されたが、高山市の中心部まで遠く移動が困難なことや人口が少なく、市議会議員を選出できない可能性もあることから見送られた。なお、岐阜県にはもう一つの村が存在する。東白川村だが、白川村の東ではなく、美濃地方の東部、JRの高山本線の白川口駅がある白川町の東にある。ああ、ややこしい。

白川村にはほとんど産業らしい産業がなく、単独の村として存続できている理由としては、合掌造り集落がもたらす観光関連収入により財政状態が良好であることが大きい。以前から合掌造り集落は観光地として有名であったが、1995年の世界遺産登録以降はさらに多くの観光客が訪れるようになった。

村出身の著名人はいないが、復興大臣を務めた平沢勝栄氏は白川村生まれ。お母様の実家が御母衣(みぼろ)にあり、そこで生まれられたそうだ。この家、御母衣ダム建設の際に集落が離散することになり、その時に下呂温泉合掌村に解体移築され、現在も旧大戸家住宅として公開されている。なお、平沢氏はまだ幼い頃に福島に転居されてそちらで育ったそうだ。

荻町集落以外にもこの御母衣ダムや旧遠山家民俗館、白川郷平瀬温泉や馬狩・地球の聲温泉などの観光スポットがある。御母衣ダムに旧遠山家民俗館は行ったことがある。また、2021年10月からTBS系で放送された吉高由里子主演の連続ドラマ「最愛」の舞台にもなった。

世界遺産の荻町集落は白川村の一部で、南北方向に約1500m、東西方向には最も広いところで350mの広がりを持つ。状態の良い合掌造り住宅59棟が残るが、明善寺庫裏の様式も合掌造りに分類されるため、これを含む場合は60棟となる。世界遺産の登録面積は45.6haで世界遺産登録面積の約3分の2を占める。

この集落の合掌造り家屋は、おおむね江戸時代末期から明治時代末期に建てられたもの。ほかに合掌造りを改築した住居や、合掌造りでない住居群もあるが、いずれも明治時代初期から20世紀中頃までに建造されたもので、十分に伝統的な集落の景観に調和しているとされる。

荻町の合掌造り集落は妻を南北に向けて整然と並んでいる点に特色があり、家ごとの塀がないことと相まって、それが独特の景観を形成している。集落の北側には、後ほど行くが、高台の城山城址の展望台があり荻町集落全体を見渡すことができる。

まずはバスターミナルから南に集落の真ん中を走るメインストリートである旧国道156号線、白川街道を歩く。白川街道は郡上八幡から旧高鷲村、旧荘川村を通り庄川沿いに白川村を南北に縦走し、五箇山の赤尾までを結ぶ街道で、国道156号はさらに岐阜市から高岡市までを結んでいる。

荻町トンネルが1989年に、小呂トンネルが1990年に開通し、この集落の中を通る道は旧道となった。また、2014年4月から集落内は観光車両通行禁止になっているので、たまに地元の方の車は通るが、少ないので安心して歩ける。

道はきれいに除雪されているので雪道に慣れてない私でも全く問題はない。歩き出すとすぐにお食事処いろりや土産物屋のこびき屋など合掌造りの家があり、堪りません。

お昼の時間なのでまずはお昼ご飯にする。こびき屋の少し先、右手にあるけやきと云う結旨豚(ゆいうまぶた)をメイン食材で提供するレストラン。結旨豚は2020年に誕生した白川郷の清らかな水と米で育ったブランド豚。飯島地区にある2.3haと云う広大な敷地を持つ白川農場の7棟の豚舎で、村の清らかな水と米を与えて、徹底した衛生管理のもとに育てられている。あっさりとした脂身が特徴。結旨豚を使ったミニチャーシュー丼と和風ラーメンを戴いた。美味しかった!
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9312890992114175&type=1&l=223fe1adec

12時45分頃食事を終えて、メインストリートをさらに南に進む。左手にあるインテリア用品の奥左エ門は1914年(大正3年)に建造された合掌造りではない和風建築の伝統的建造物。合掌造りで使われていた柱を使った母屋と増築した総ひのき造りで漆喰壁が特徴の書院座敷から成っている。

さらに進み、右手に出てくる立派な合掌造りの建物は美然ゆめろむ館と云い、幻の集落とも云われる加那良(かずら)集落より移築された明治中期を代表する合掌造り家屋。家屋内には地元作家板谷峰止氏の手による合掌造り絵画、木彫りおよび白川郷名木の数々が展示されている。

その向かいには雪に埋もれているが水車と赤いポストがある佐藤民芸品店は「さるぼぼに特化したお店」として有名。さるぼぼは古くから雪深い飛騨の里で、おばあちゃんが子供たちのために作っていた人形。猿のぼぼさ(赤ん坊)に似ていることから「さるぼぼ」と呼ばれるようになった。猿に似ていることから猿(えん)=縁・円として、良縁・円満(縁結び)、さらに魔除け・厄除け(厄がサル、病気がサル)のお守りとしても親しまれてきた。また、子宝・安産のお守りとしても使われる。

雪に埋もれた水車の前の三叉路を東に折れ、メインストリートより1本東側に南北に走る道に突き当たる右手には合掌造りの喫茶・落人。このお店は、あの有名な「ONE PIECE」の尾田栄一郎さんが2009年に訪問され、その後作品にも登場してることで有名。

落人の角を右手に曲がって進むと今度は合掌造りの土産物屋、合掌庵。飛騨、白川郷の土産物が合掌造りの店内に並んでいる。合掌庵の南側の道の奥のこの日宿泊する宿に荷物を預けに行くが、その宿の手前辺りで南側、北側にはそれぞれ雪に覆われた合掌造りの家々が並ぶ。最高! この景色を見たくてこの時期にやって来た。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9312878188782122&type=1&l=223fe1adec


宿に荷物を預けて散策を続けるが、続く

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

白川郷

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP