竹原旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅行11日目。<br />旅行初日から天候に恵まれたお陰で冬晴れが続いていたけど、朝起きるとシトシト雨が降っていたのに旅の天気運はまだ続いていたらしく、HOTEL出発直前に雨が止んで天気が回復したので旅行中に傘を開くことは1度も無かった。<br />今日は丸1日過ごせる最後の日なので広島市を離れて竹原市へ。<br />平安時代に京都の下鴨神社の荘園として栄えた歴史から竹原は安芸の小京都とも称され、竹原駅から歩いて15-20分ほどの本町通りと呼ばれる南北に伸びた350mの江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みがあり、この風情ある石畳みが続く“竹原の町並み保存地区(重要伝統的建造物群保存地区)”を中心に散策が楽しめるようになっていて見どころに溢れていた。<br />1月8日、旅行最終日。<br />姫路・岡山・広島を巡遊する12日間の長旅を締めくくり、新幹線で名古屋へ戻る。

白鷺城と山陽地方を巡遊する年末年始12日旅 in 兵庫・岡山・広島・山口★2022-2023 14 11-12日目【竹原・三原⇒名古屋】

3いいね!

2022/12/28 - 2023/01/08

453位(同エリア492件中)

RiE

RiEさん

旅行11日目。
旅行初日から天候に恵まれたお陰で冬晴れが続いていたけど、朝起きるとシトシト雨が降っていたのに旅の天気運はまだ続いていたらしく、HOTEL出発直前に雨が止んで天気が回復したので旅行中に傘を開くことは1度も無かった。
今日は丸1日過ごせる最後の日なので広島市を離れて竹原市へ。
平安時代に京都の下鴨神社の荘園として栄えた歴史から竹原は安芸の小京都とも称され、竹原駅から歩いて15-20分ほどの本町通りと呼ばれる南北に伸びた350mの江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みがあり、この風情ある石畳みが続く“竹原の町並み保存地区(重要伝統的建造物群保存地区)”を中心に散策が楽しめるようになっていて見どころに溢れていた。
1月8日、旅行最終日。
姫路・岡山・広島を巡遊する12日間の長旅を締めくくり、新幹線で名古屋へ戻る。

同行者
カップル・夫婦
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 明け方からシトシト雨が降り始めて、旅行中1度も天候が崩れなかった記録が11日目にして遂に終わるのかと思っていたら、HOTELを出発しようとした9:30になると雲の隙間から太陽が覗き始めて、結局傘をさすことなく三原駅まで行くことができた。<br />

    明け方からシトシト雨が降り始めて、旅行中1度も天候が崩れなかった記録が11日目にして遂に終わるのかと思っていたら、HOTELを出発しようとした9:30になると雲の隙間から太陽が覗き始めて、結局傘をさすことなく三原駅まで行くことができた。

    三原駅

  • 三原駅から9:47発のJR:呉線広行きに乗車して…<br />

    三原駅から9:47発のJR:呉線広行きに乗車して…

    三原駅

  • 10:40竹原駅に到着。<br />竹原も傘が要らないくらいの止みかけの小雨が降っていたけど、それよりも駅前ロータリーには2-3台のタクシーしかおらず、人も少なくあまりに閑散としていて驚いた。

    10:40竹原駅に到着。
    竹原も傘が要らないくらいの止みかけの小雨が降っていたけど、それよりも駅前ロータリーには2-3台のタクシーしかおらず、人も少なくあまりに閑散としていて驚いた。

    竹原駅

  • タクシーに乗るほどの距離じゃなさそうなので歩き始めたところ、竹原駅前から延びる商店街は異様に寂れていて土曜の午前中だというのに8-9割の店がシャッターを下りており、スピーカーから流れるラジオ番組やテーマソングらしき歌だけが響き渡って哀愁漂う。

    タクシーに乗るほどの距離じゃなさそうなので歩き始めたところ、竹原駅前から延びる商店街は異様に寂れていて土曜の午前中だというのに8-9割の店がシャッターを下りており、スピーカーから流れるラジオ番組やテーマソングらしき歌だけが響き渡って哀愁漂う。

  • 駅から15分弱歩いて、竹原塩田の1番浜跡を埋め立てた地に建てられた大正時代の邸宅“旧森川家住宅”に到着した。<br />ここは竹原の町並み保存地区からは離れているけど1924年-1936年に竹原町長だった森川八郎の自宅で、主屋は江戸末期から明治初期に建てられた福山市沼隈群の富豪:丸本山路家から1916年頃に移建・改築し、玄関・座敷及び台所を同時に増築した大正時代の典型的な豪邸を見学できる。<br />

    駅から15分弱歩いて、竹原塩田の1番浜跡を埋め立てた地に建てられた大正時代の邸宅“旧森川家住宅”に到着した。
    ここは竹原の町並み保存地区からは離れているけど1924年-1936年に竹原町長だった森川八郎の自宅で、主屋は江戸末期から明治初期に建てられた福山市沼隈群の富豪:丸本山路家から1916年頃に移建・改築し、玄関・座敷及び台所を同時に増築した大正時代の典型的な豪邸を見学できる。

    旧森川家住宅 名所・史跡

    現代美術家の個展が開催されていた:旧森川家住宅 by RiEさん
  • 旧松阪家住宅・旧森川家住宅・歴史民俗資料館・旧光本家住宅の4館を割引価格で見学できる町並み周遊券:900円(有効期限が無いから1日で使い切る必要が無し)を受付で購入して入館。<br />

    旧松阪家住宅・旧森川家住宅・歴史民俗資料館・旧光本家住宅の4館を割引価格で見学できる町並み周遊券:900円(有効期限が無いから1日で使い切る必要が無し)を受付で購入して入館。

  • 訪れたときは、かつて製塩業で栄えた竹原の重要伝統的建造物群保存地区選定40周年を記念して2022.11.28-2023.1.15まで、尾道市出身の現代美術家:山本基氏「時を纏う」の個展が開催中だった。<br />六曲一双の華やかな金屏風が出迎えてくれる。

    訪れたときは、かつて製塩業で栄えた竹原の重要伝統的建造物群保存地区選定40周年を記念して2022.11.28-2023.1.15まで、尾道市出身の現代美術家:山本基氏「時を纏う」の個展が開催中だった。
    六曲一双の華やかな金屏風が出迎えてくれる。

  • 制作に使われた同じ精製塩がボトルに入った塩アート体験ブースがあり、ノズルを操りながら描いてみたけどサラサラ流れてくるので難しい。<br />

    制作に使われた同じ精製塩がボトルに入った塩アート体験ブースがあり、ノズルを操りながら描いてみたけどサラサラ流れてくるので難しい。

  • 5室分ある書院造りの大座敷では、塩のインスタレーション・アートが展示されていて迫力満点。<br />このアートは先程のアート体験と全く同じ手法で制作されているため、赤い紙の上に塩を乗せただけ、つまり固定されていないので細心の注意を払いながら鑑賞する。

    5室分ある書院造りの大座敷では、塩のインスタレーション・アートが展示されていて迫力満点。
    このアートは先程のアート体験と全く同じ手法で制作されているため、赤い紙の上に塩を乗せただけ、つまり固定されていないので細心の注意を払いながら鑑賞する。

  • 気の遠くなるような広いスペースに、繊細なレース模様を思わせる渦潮が描かれていて、近くで見ると塩が均一量で細かな部分まで描かれていて美しかった。

    気の遠くなるような広いスペースに、繊細なレース模様を思わせる渦潮が描かれていて、近くで見ると塩が均一量で細かな部分まで描かれていて美しかった。

  • 途中でスタッフが障子を開けてくれたけど、固定されていないから風が強い日や、雨が酷いときは作品に負担が掛かるため室内からしか鑑賞できないそう。<br />鑑賞する位置や光によって躍動感があり呑み込まれそうになる。

    途中でスタッフが障子を開けてくれたけど、固定されていないから風が強い日や、雨が酷いときは作品に負担が掛かるため室内からしか鑑賞できないそう。
    鑑賞する位置や光によって躍動感があり呑み込まれそうになる。

    旧森川家住宅 名所・史跡

    現代美術家の個展が開催されていた:旧森川家住宅 by RiEさん
  • 恐らく通常営業の旧森川家住宅とは随分印象が異なるだろうけど、大正時代の質の高い住宅建築とアートの相性が良くて私は好きだった。<br />縁側を歩いていたら、欄間障子の可愛らしさに気付いたので室内に戻ってみる。

    恐らく通常営業の旧森川家住宅とは随分印象が異なるだろうけど、大正時代の質の高い住宅建築とアートの相性が良くて私は好きだった。
    縁側を歩いていたら、欄間障子の可愛らしさに気付いたので室内に戻ってみる。

  • 和紙越しの柔らかい光を取り込んでくれるから、ここから見る作品は少し違う印象に。

    和紙越しの柔らかい光を取り込んでくれるから、ここから見る作品は少し違う印象に。

  • 縁側はL字に造られていて庭園が眺められるけど降りられないので、大広間から眺めたあと離れ座敷前縁側から鑑賞していたところ…

    縁側はL字に造られていて庭園が眺められるけど降りられないので、大広間から眺めたあと離れ座敷前縁側から鑑賞していたところ…

  • 離れ座敷は有料の喫茶スペースだけど誰もいなかったので、招かれ見学させてもらえた。<br />高い技術が集約されているのが感じられるこの離れ座敷だけは、主屋よりやや遅れて新築されたそう。<br /><br />

    離れ座敷は有料の喫茶スペースだけど誰もいなかったので、招かれ見学させてもらえた。
    高い技術が集約されているのが感じられるこの離れ座敷だけは、主屋よりやや遅れて新築されたそう。

  • 旧森川家住宅の斜め向かいには2023年1月末まで、竹原アートプロジェクトの一環として巨大な青い犬のアート作品が展示されていた。<br />【Blue Guardian】と題された久保寛子氏の作品で、目の覚めるようなブルーにボディには瀬戸内の島々が描かれている。

    旧森川家住宅の斜め向かいには2023年1月末まで、竹原アートプロジェクトの一環として巨大な青い犬のアート作品が展示されていた。
    【Blue Guardian】と題された久保寛子氏の作品で、目の覚めるようなブルーにボディには瀬戸内の島々が描かれている。

  • 町並み周遊券と一緒に貰ったMAPを見ながら次に移動する。

    町並み周遊券と一緒に貰ったMAPを見ながら次に移動する。

  • 住宅街を歩いていると時折見かけるうろこ壁の蔵や、密着し合うように建てられた建物が増えてきた。

    住宅街を歩いていると時折見かけるうろこ壁の蔵や、密着し合うように建てられた建物が増えてきた。

  • ブルーグレーのような珍しい灰色漆喰の壁が私の目を惹く。<br />その先は突き当りになっていて…

    ブルーグレーのような珍しい灰色漆喰の壁が私の目を惹く。
    その先は突き当りになっていて…

  • 本町通りと呼ばれる南北に伸びた風情ある石畳みが続く350mの“竹原の町並み保存地区(重要伝統的建造物群保存地区)”の江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みが広がっていた。<br />建物の多くは江戸時代中期から明治時代に建てられたもので、竹原の町並み保存地区は生きた街並みだから現在も多くの人が暮らしている。<br />それとさっきまでは電柱が等間隔で立っていたのに、整備された本町通には1本も無いことから時代劇のロケに使われることも多いそう。<br /><br />

    本町通りと呼ばれる南北に伸びた風情ある石畳みが続く350mの“竹原の町並み保存地区(重要伝統的建造物群保存地区)”の江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みが広がっていた。
    建物の多くは江戸時代中期から明治時代に建てられたもので、竹原の町並み保存地区は生きた街並みだから現在も多くの人が暮らしている。
    それとさっきまでは電柱が等間隔で立っていたのに、整備された本町通には1本も無いことから時代劇のロケに使われることも多いそう。

    竹原町並み保存地区 名所・史跡

    南北に伸びた350mの江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みを中心に広がる:竹原町並み保存地区 by RiEさん
  • 日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝の生家もあったけど、残念ながら見学出来不可。<br />

    日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝の生家もあったけど、残念ながら見学出来不可。

    竹鶴酒造 名所・史跡

    見学は出来ないので外観だけ鑑賞:竹鶴酒造 by RiEさん
  • 竹鶴酒造の斜め向かい建っているのは、江戸時代に塩田経営・廻船業・醸造などで財を築いた町並み保存地区を代表する豪商“旧松坂家住宅”。<br />「てり・むくり」をもった波うつような唐破風の屋根や庇、漆喰塗の大壁造りの重厚な建物は優美な雰囲気を醸し出していた。

    竹鶴酒造の斜め向かい建っているのは、江戸時代に塩田経営・廻船業・醸造などで財を築いた町並み保存地区を代表する豪商“旧松坂家住宅”。
    「てり・むくり」をもった波うつような唐破風の屋根や庇、漆喰塗の大壁造りの重厚な建物は優美な雰囲気を醸し出していた。

    旧松阪家住宅 名所・史跡

    「てり・むくり」をもった波うつような唐破風の屋根や庇が印象的:旧松阪家住宅 by RiEさん
  • 塩田経営者は浜旦那と呼ばれており、当時は競うように豪華な家を建てたそう。<br />こんな塗込めの窓額つき菱格子出窓は、今まで見たことが無い。

    塩田経営者は浜旦那と呼ばれており、当時は競うように豪華な家を建てたそう。
    こんな塗込めの窓額つき菱格子出窓は、今まで見たことが無い。

  • 中庭から眺めると、左の建物に比べて本町通り沿いの建物は趣向に溢れたデザインなのがわかる。<br />この主屋は江戸時代末期の1820年頃の建築で、その後1879年に全面的に改築された建物が現在残されている。

    中庭から眺めると、左の建物に比べて本町通り沿いの建物は趣向に溢れたデザインなのがわかる。
    この主屋は江戸時代末期の1820年頃の建築で、その後1879年に全面的に改築された建物が現在残されている。

  • 向かって左の建物は削ぎ落したシンプルな造りで、入ってすぐに台所と土間がある。

    向かって左の建物は削ぎ落したシンプルな造りで、入ってすぐに台所と土間がある。

  • 土間からも入ることが可能なこの部屋だけは他より1段低くなっており、両壁に箪笥など家財道具が並べられ、明治天皇の肖像画が貼られた日常の空間になっていた。

    土間からも入ることが可能なこの部屋だけは他より1段低くなっており、両壁に箪笥など家財道具が並べられ、明治天皇の肖像画が貼られた日常の空間になっていた。

  • 中庭正面の入口から室内に上がって、本町通り側にある神棚が備え付けられた部屋から先程の箪笥の部屋を見た様子。<br />

    中庭正面の入口から室内に上がって、本町通り側にある神棚が備え付けられた部屋から先程の箪笥の部屋を見た様子。

  • 松阪家で実際に愛用されていたコレクションなどもガラスケースに展示されている。

    松阪家で実際に愛用されていたコレクションなどもガラスケースに展示されている。

  • 座敷は全体が数寄屋すきや風の意匠で統一されており、室内も清楚で風雅な佇まいを見せていた。

    座敷は全体が数寄屋すきや風の意匠で統一されており、室内も清楚で風雅な佇まいを見せていた。

  • 奥に進むと現れた庭園がどことなく京都の香りを感じさせたのは、北前船で近畿との交流もあった竹原に京都の文化が入り込んでいたのかもしれない。

    奥に進むと現れた庭園がどことなく京都の香りを感じさせたのは、北前船で近畿との交流もあった竹原に京都の文化が入り込んでいたのかもしれない。

  • 西方寺の石段下手前、本町通り沿いに建つ“上吉井邸 (初代郵便局跡)”は1871年に建てられた建物で1874年から郵便取扱所となり、竹原で初めての郵便局として約60年間営業していた。<br />この町並み保存地区の中では比較的新しいけど、それでも築約150年経過しているため風格が感じられた。<br />入口脇には開設当時設置された【書状集箱】のプレートが付いた黒い郵便ポストも残っていて、「ほかのポスト同様に取り集めを行うのでご利用ください」と看板があり今も現役で使用されている。

    西方寺の石段下手前、本町通り沿いに建つ“上吉井邸 (初代郵便局跡)”は1871年に建てられた建物で1874年から郵便取扱所となり、竹原で初めての郵便局として約60年間営業していた。
    この町並み保存地区の中では比較的新しいけど、それでも築約150年経過しているため風格が感じられた。
    入口脇には開設当時設置された【書状集箱】のプレートが付いた黒い郵便ポストも残っていて、「ほかのポスト同様に取り集めを行うのでご利用ください」と看板があり今も現役で使用されている。

    上吉井邸 (初代郵便局跡) 名所・史跡

    竹原で初めての郵便局として約60年間営業していた:上吉井邸 (初代郵便局跡) by RiEさん
  • 建物内は3部屋に別れてて「広島海景」と題した12名の学生によるアート作品が展示されていて、紙だけじゃなく板や布っぽい材質のものに描かれていた。<br />広島市立大学芸術学部2022年度日本画専攻地域展開型芸術プロジェクトだそうで、一部の作品を除いて基本的に写真OK。

    建物内は3部屋に別れてて「広島海景」と題した12名の学生によるアート作品が展示されていて、紙だけじゃなく板や布っぽい材質のものに描かれていた。
    広島市立大学芸術学部2022年度日本画専攻地域展開型芸術プロジェクトだそうで、一部の作品を除いて基本的に写真OK。

  • 上吉井邸 (初代郵便局跡)の建物脇を進むと、高台にある“西方寺”の長い階段が見える。<br />妙に長いこの石段はすべて1枚岩でできていて、1段の高さは10cmほどしかなく幅も広めに取ってあり上りやすかった。<br />そして一気に山門まで続いているのはなく、途中で一息つきながら街を見下ろせるスペースもあって参拝者への配慮が感じられる。<br /><br />

    上吉井邸 (初代郵便局跡)の建物脇を進むと、高台にある“西方寺”の長い階段が見える。
    妙に長いこの石段はすべて1枚岩でできていて、1段の高さは10cmほどしかなく幅も広めに取ってあり上りやすかった。
    そして一気に山門まで続いているのはなく、途中で一息つきながら街を見下ろせるスペースもあって参拝者への配慮が感じられる。

    西方寺 普明閣 寺・神社・教会

    街並みが一望できる高さにある:西方寺 普明閣 by RiEさん
  • 西方寺はもともと田中町の地蔵堂の隣にある禅寺だったそう。<br />現在この場所には妙法寺という別の寺院が建っていたけど、1602年の火災で焼失したため、翌年に移転して浄土宗に改宗した。

    西方寺はもともと田中町の地蔵堂の隣にある禅寺だったそう。
    現在この場所には妙法寺という別の寺院が建っていたけど、1602年の火災で焼失したため、翌年に移転して浄土宗に改宗した。

  • 山門をくぐると斜めに石畳の参道が続いていて、江戸中期のこの地方の仏堂の典型的形式をもつ本堂が建っている。

    山門をくぐると斜めに石畳の参道が続いていて、江戸中期のこの地方の仏堂の典型的形式をもつ本堂が建っている。

  • 白地に金色の文字で【西方寺】と書かれた扁額と、見事な欄間彫刻。<br />

    白地に金色の文字で【西方寺】と書かれた扁額と、見事な欄間彫刻。

  • 山門脇には守護堂があり、特別公開の時期しか公開されない県重要文化財である室町時代に制作された「木造十一面観音立像」が安置されている。

    山門脇には守護堂があり、特別公開の時期しか公開されない県重要文化財である室町時代に制作された「木造十一面観音立像」が安置されている。

  • 守護堂前の左にある階段は石垣で固められていて、上へ上へと続いていた。

    守護堂前の左にある階段は石垣で固められていて、上へ上へと続いていた。

  • 石垣の上には瓦屋根が葺かれた塀が優美なカーブを描きながら続いていて、どことなく城っぽい雰囲気を感じた。

    石垣の上には瓦屋根が葺かれた塀が優美なカーブを描きながら続いていて、どことなく城っぽい雰囲気を感じた。

  • 結構高い位置まで来たので振り返ると手前は西方寺の鐘楼と守護堂が、奥に広がるのは竹原の街並みが一望できた。<br />

    結構高い位置まで来たので振り返ると手前は西方寺の鐘楼と守護堂が、奥に広がるのは竹原の街並みが一望できた。

  • 二重屋根の舞台づくりで朱色の柱が目を惹く“普明閣”は1758年に京都の清水寺を模して建立され、その当時ここに木造十一面観音立像が祀られていた。<br />竹原市の景観の中心として描かれることの多い普明閣は、靴を脱げば舞台造りに上がることができる。

    二重屋根の舞台づくりで朱色の柱が目を惹く“普明閣”は1758年に京都の清水寺を模して建立され、その当時ここに木造十一面観音立像が祀られていた。
    竹原市の景観の中心として描かれることの多い普明閣は、靴を脱げば舞台造りに上がることができる。

  • 横の階段を上って普明閣に上がってみようと思ったけど、先客がいたので…

    横の階段を上って普明閣に上がってみようと思ったけど、先客がいたので…

  • 後で寄ろうと思ってそのまま階段を上っていく。

    後で寄ろうと思ってそのまま階段を上っていく。

  • 普明閣の屋根をと変わらない高さになると道が細くなり、墓地が広がっていた。

    普明閣の屋根をと変わらない高さになると道が細くなり、墓地が広がっていた。

  • さらに上は未舗装で周囲は墓地だらけ、流石にここまで上がると街並みが遠い。<br />戻りがてら普明閣に上がるつもりが結局忘れてしまった。

    さらに上は未舗装で周囲は墓地だらけ、流石にここまで上がると街並みが遠い。
    戻りがてら普明閣に上がるつもりが結局忘れてしまった。

  • 竹原町並み保存地区には高い建物が無いため、山門を下りながら街並みが楽しめた。

    竹原町並み保存地区には高い建物が無いため、山門を下りながら街並みが楽しめた。

  • 本町通りに戻って少し北に歩くと、憧憬の広場と名付けられたスペースにウィスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝・リタ夫妻の等身大の銅像があった。<br />設置されたのは2015年なのでまだ新しいけど作者は竹原出身の陶芸家:今井眞正氏で、企業や市民の寄付を中心に造られたそう。<br />銅像が見つめる先に建っているのは…

    本町通りに戻って少し北に歩くと、憧憬の広場と名付けられたスペースにウィスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝・リタ夫妻の等身大の銅像があった。
    設置されたのは2015年なのでまだ新しいけど作者は竹原出身の陶芸家:今井眞正氏で、企業や市民の寄付を中心に造られたそう。
    銅像が見つめる先に建っているのは…

    マッサンとリタの像 名所・史跡

    企業や市民の寄付を中心に造られ設置された:マッサンとリタの像 by RiEさん
  • 西方寺の階段から見えた“竹原市歴史民俗資料館”で、1930年に建築された擬洋風建築の町立竹原書院図書館(1972年に移転するまで活用)を再生しているのでモダンな雰囲気。<br />こちらが本町通り沿いから見た正面だけど、建物中央に位置するマッサンとリタの像側の入口からも入ることができた。<br />

    西方寺の階段から見えた“竹原市歴史民俗資料館”で、1930年に建築された擬洋風建築の町立竹原書院図書館(1972年に移転するまで活用)を再生しているのでモダンな雰囲気。
    こちらが本町通り沿いから見た正面だけど、建物中央に位置するマッサンとリタの像側の入口からも入ることができた。

    竹原市歴史民俗資料館 美術館・博物館

    内容がかなり浅いので消化不良:竹原市歴史民俗資料館 by RiEさん
  • 受付をして右手にある建物後方から見学スタート。<br />道路沿いの各種資料が置いてある1階の正面ホールスペースは無料エリアだけど、他は有料になっていて町並み周遊券で入館できた。<br />竹原塩田を中心に竹原の歴史・文化・民俗に関する資料を展示してるけど、内容が浅いので時間が無ければ正直パスしても良いかも。<br />

    受付をして右手にある建物後方から見学スタート。
    道路沿いの各種資料が置いてある1階の正面ホールスペースは無料エリアだけど、他は有料になっていて町並み周遊券で入館できた。
    竹原塩田を中心に竹原の歴史・文化・民俗に関する資料を展示してるけど、内容が浅いので時間が無ければ正直パスしても良いかも。

  • 古い建物なので階段の傾斜が急。

    古い建物なので階段の傾斜が急。

  • 2階の展示では、この場所はもともと江戸時代中期の儒学者である塩谷道碩の旧邸宅だったことや、頼山陽の叔父:儒医である頼春風が志を受け継いで学問所にしていたことを紹介していた。<br />頼山陽の父:儒学者である頼春水と、儒学者である頼杏坪と、来春風の三頼を輩出した頼一門の発祥の地であることが説明されている。

    2階の展示では、この場所はもともと江戸時代中期の儒学者である塩谷道碩の旧邸宅だったことや、頼山陽の叔父:儒医である頼春風が志を受け継いで学問所にしていたことを紹介していた。
    頼山陽の父:儒学者である頼春水と、儒学者である頼杏坪と、来春風の三頼を輩出した頼一門の発祥の地であることが説明されている。

  • 建物の2階同士は繋がっていないので一旦下に降りて受付前を通過してから、道路側の建物2階(ここも有料エリア)へ。<br />縄文時代から中世という幅広い時代を2階の1室にまとめているので、アバウト過ぎる内容だからサッと見て退散。

    建物の2階同士は繋がっていないので一旦下に降りて受付前を通過してから、道路側の建物2階(ここも有料エリア)へ。
    縄文時代から中世という幅広い時代を2階の1室にまとめているので、アバウト過ぎる内容だからサッと見て退散。

  • 頼山陽の祖父である頼惟清が紺屋(染め物屋)を営んでいた、1775年頃の旧宅“頼惟清旧宅”を無料で見学できる。<br />

    頼山陽の祖父である頼惟清が紺屋(染め物屋)を営んでいた、1775年頃の旧宅“頼惟清旧宅”を無料で見学できる。

    頼惟清旧宅 名所・史跡

    染め物屋を営んでいた頼山陽の祖父の住宅:頼惟清旧宅 by RiEさん
  • 宅内には上がれないけど広い土間から室内が見渡せるようになっていて、江戸中期の竹原の町屋の様子をよく残しており、この位置から見て入口右手に4間・右手に2間あり立派な梁が目を惹き、離れた奥には茶室もあった。<br />頼家が儒学者となった背景には竹原塩田が大きな富を生んで竹原の上層町人の文化活動が盛んになり、文化的な水準が高くなったからだそう。<br />

    宅内には上がれないけど広い土間から室内が見渡せるようになっていて、江戸中期の竹原の町屋の様子をよく残しており、この位置から見て入口右手に4間・右手に2間あり立派な梁が目を惹き、離れた奥には茶室もあった。
    頼家が儒学者となった背景には竹原塩田が大きな富を生んで竹原の上層町人の文化活動が盛んになり、文化的な水準が高くなったからだそう。

  • 本町通りの北端にある“胡堂 (恵比須社)“が町並み保存地区の終点。<br />映画「時をかける少女」や様々なCMにも登場しているから見覚えがある人もいるかもしれないけど、屋根の先端には縁起物の鶴が配置し他に亀・茄子・蕪の装飾があり、この辺りの商業繁盛の神とされている。

    本町通りの北端にある“胡堂 (恵比須社)“が町並み保存地区の終点。
    映画「時をかける少女」や様々なCMにも登場しているから見覚えがある人もいるかもしれないけど、屋根の先端には縁起物の鶴が配置し他に亀・茄子・蕪の装飾があり、この辺りの商業繁盛の神とされている。

    胡堂 (恵比須社) 寺・神社・教会

    町並み保存地区の終点:胡堂 (恵比須社) by RiEさん
  • 中を覗いてみると、浮き上がるように胡面が飾られていて驚いた。

    中を覗いてみると、浮き上がるように胡面が飾られていて驚いた。

  • 竹原町並み保存地区は景観に配慮されているので、大きな水路には犬矢来風な竹を曲げた転落防止用柵が設置されていた。

    竹原町並み保存地区は景観に配慮されているので、大きな水路には犬矢来風な竹を曲げた転落防止用柵が設置されていた。

    竹原町並み保存地区 名所・史跡

    南北に伸びた350mの江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みを中心に広がる:竹原町並み保存地区 by RiEさん
  • 1863年から酒造業を始めた藤井酒造の使わなくなった江戸時代末期の旧仕込蔵を、地域の交流の場として開放している“藤井酒造酒蔵交流館”へ。

    1863年から酒造業を始めた藤井酒造の使わなくなった江戸時代末期の旧仕込蔵を、地域の交流の場として開放している“藤井酒造酒蔵交流館”へ。

    藤井酒造酒蔵交流館 グルメ・レストラン

  • 蔵の中では藤井酒造の日本酒の試飲・和食器や雑貨などの販売・不定期にコンサートなども開催されている。

    蔵の中では藤井酒造の日本酒の試飲・和食器や雑貨などの販売・不定期にコンサートなども開催されている。

  • 私がテーブルウェアのコーナーで箸置きを選んでいる間に…

    私がテーブルウェアのコーナーで箸置きを選んでいる間に…

  • 4種ある無料試飲をさせてもらった夫。<br />話を聞いているうちに、先日広島から発送した12本の日本酒の中に組み込んでいた中に藤井酒造のも入っているのに気付いて喜んでいた。<br />

    4種ある無料試飲をさせてもらった夫。
    話を聞いているうちに、先日広島から発送した12本の日本酒の中に組み込んでいた中に藤井酒造のも入っているのに気付いて喜んでいた。

  • 少し歩いていくと、眩しいくらいの白いなまこ壁が囲む“旧光本家住宅”があり、ここも町並み周遊券で入場できる。

    少し歩いていくと、眩しいくらいの白いなまこ壁が囲む“旧光本家住宅”があり、ここも町並み周遊券で入場できる。

    郷土の至宝今井政之陶芸の館 美術館・博物館

    旧光本邸に併設された土蔵を利用:郷土の至宝今井政之陶芸の館 by RiEさん
  • “郷土の至宝今井政之陶芸の館”では、光本邸敷地内の土蔵を郷土作家で象嵌技法の第一人者である今井政之氏の作品を展示していて、こちらも一緒に見学可能だけど撮影禁止。<br />魚や蟹など海のモチーフを題材とした作品が並んでいたけど、電車の時間が迫っていたのでササッと鑑賞して敷石を渡る。

    “郷土の至宝今井政之陶芸の館”では、光本邸敷地内の土蔵を郷土作家で象嵌技法の第一人者である今井政之氏の作品を展示していて、こちらも一緒に見学可能だけど撮影禁止。
    魚や蟹など海のモチーフを題材とした作品が並んでいたけど、電車の時間が迫っていたのでササッと鑑賞して敷石を渡る。

  • 旧光本家住宅は江戸時代に建てられた復古館の離れ座敷にあたり、後年に光本家が居住し竹原市に寄贈された。

    旧光本家住宅は江戸時代に建てられた復古館の離れ座敷にあたり、後年に光本家が居住し竹原市に寄贈された。

  • 家の中は至って普通の続き間の邸宅で、ガラス窓が大きいから明るい日差しが差し込んでいた。

    家の中は至って普通の続き間の邸宅で、ガラス窓が大きいから明るい日差しが差し込んでいた。

  • 庭には砂利に敷石が敷かれたシンプルな造り。

    庭には砂利に敷石が敷かれたシンプルな造り。

  • レトロモダンな町並みに後ろ髪惹かれつつも、ただでさえ本数が少ない電車の時刻(1時間に1本、通勤通学時間だけ1時間に2本)が迫っていてヤバいので可能な限り早足で竹原駅に向かった。<br />最初に訪れた森川家住宅まで15分の距離だったこともあり、延々と続く商店街がムダに長く感じてしまい発車時刻3分前からは駅までダッシュ!

    レトロモダンな町並みに後ろ髪惹かれつつも、ただでさえ本数が少ない電車の時刻(1時間に1本、通勤通学時間だけ1時間に2本)が迫っていてヤバいので可能な限り早足で竹原駅に向かった。
    最初に訪れた森川家住宅まで15分の距離だったこともあり、延々と続く商店街がムダに長く感じてしまい発車時刻3分前からは駅までダッシュ!

    竹原町並み保存地区 名所・史跡

    南北に伸びた350mの江戸時代後期の雰囲気を残す古い町並みを中心に広がる:竹原町並み保存地区 by RiEさん
  • 発車時刻1分前に竹原駅に着いたので滑り込みセーフで間に合った!と喜びながら改札を通過すると、ホームは上り・下りともに共有のため陸橋を渡らないと電車に乗れないことが判明。<br />最後の力を振り絞って長い階段を駆け上がり、転げそうになりながら階段を降りる。

    発車時刻1分前に竹原駅に着いたので滑り込みセーフで間に合った!と喜びながら改札を通過すると、ホームは上り・下りともに共有のため陸橋を渡らないと電車に乗れないことが判明。
    最後の力を振り絞って長い階段を駆け上がり、転げそうになりながら階段を降りる。

    竹原駅

  • すると、ちょうど電車が滑り込んできたところに間一髪で間に合って13:08発のJR:呉線三原行きに乗車できた。<br />2023年最初の心臓破りのダッシュだったけど、毎日相当な距離を歩いて筋力がついていたお陰で息が上がる程度で済んだのは幸い。<br />三原駅に着いたのが13:45だったためランチ難民になってしまい、三原駅近くのイオンで適当に済ませて、夜はパッキングがあるから三原駅前に広がる居酒屋で三原名物のタコの天ぷらなどをテイクアウトして、旅行最後の夜を締めくくった。

    すると、ちょうど電車が滑り込んできたところに間一髪で間に合って13:08発のJR:呉線三原行きに乗車できた。
    2023年最初の心臓破りのダッシュだったけど、毎日相当な距離を歩いて筋力がついていたお陰で息が上がる程度で済んだのは幸い。
    三原駅に着いたのが13:45だったためランチ難民になってしまい、三原駅近くのイオンで適当に済ませて、夜はパッキングがあるから三原駅前に広がる居酒屋で三原名物のタコの天ぷらなどをテイクアウトして、旅行最後の夜を締めくくった。

  • 旅行12日目、最終日。<br />夫は朝イチで三原城天主台跡を1人で散策に行き、私は残って最終パッキングをしていたら思ったよりも早く準備が出来たため、指定席に空きがあったので新幹線の時間を早めて9:00過ぎにチェックアウトを済ませ三原駅へ向かった。<br />三原駅前の商店街:マリンロードに並ぶユニークなタコのオブジェは10種類あるそう。

    旅行12日目、最終日。
    夫は朝イチで三原城天主台跡を1人で散策に行き、私は残って最終パッキングをしていたら思ったよりも早く準備が出来たため、指定席に空きがあったので新幹線の時間を早めて9:00過ぎにチェックアウトを済ませ三原駅へ向かった。
    三原駅前の商店街:マリンロードに並ぶユニークなタコのオブジェは10種類あるそう。

  • 今日も見事な晴天が広がる広島だけど、2022年クリスマス辺りは大雪や大寒波で大変だったことを思い出すと、12日間1度も傘をささずに旅行できるなんて奇跡。

    今日も見事な晴天が広がる広島だけど、2022年クリスマス辺りは大雪や大寒波で大変だったことを思い出すと、12日間1度も傘をささずに旅行できるなんて奇跡。

    三原駅

  • 改札を通って2階に新幹線のホームへ。

    改札を通って2階に新幹線のホームへ。

  • 三原城天主台跡は天守台・石垣・濠が残っていて、2階部分と同じ高さにあるから私も最後に見ることができた。

    三原城天主台跡は天守台・石垣・濠が残っていて、2階部分と同じ高さにあるから私も最後に見ることができた。

    三原城跡 名所・史跡

    三原駅2階にある新幹線のホームからも見える:三原城跡 by RiEさん
  • 9:30発の840号こだま岡山行きに乗車して、岡山で慌ただしく乗り換え10:29発506号ひかり東京行きに乗りこみ、12:40に名古屋駅に到着。<br />国内旅行では最長の日数だったけど、じっくり山陽を満喫できたお陰で行きたい場所が見つかり、次のGW旅行へと繋がることになる。

    9:30発の840号こだま岡山行きに乗車して、岡山で慌ただしく乗り換え10:29発506号ひかり東京行きに乗りこみ、12:40に名古屋駅に到着。
    国内旅行では最長の日数だったけど、じっくり山陽を満喫できたお陰で行きたい場所が見つかり、次のGW旅行へと繋がることになる。

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