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2021年12月23日(木)4時過ぎ、友人との忘年会で思い付きで来ることになった清水寺、あの舞台から本堂の東側を回り込んで進むと、突き当りに石段と鳥居がある。地主神社の入口。江戸時代までは清水寺の鎮守社だったお宮で、縁結びの神さまとして人気のスポット。ただし、現在(2023年3月)は2022年8月から始まった社殿修復工事のため閉門されている。工期は約3年の予定。<br /><br />社伝によれば創建は神代(かみよ:日本の建国以前)とされ、あまりの古さにその歴史は定かではなかったが、近年の科学的な年代測定で、本殿前の「恋占いの石」が縄文時代の遺物であることが確認された。<br /><br />この神社の鎮座する辺りは、古来「蓬莱山(宝来山)」と呼ばれ、 不老長寿の霊山として信仰を集めてきた。京都盆地が湖となっていた数万年前からこの蓬莱山は陸地で、信仰の場であったと伝わっている。<br /><br />平安時代には嵯峨天皇、円融天皇、白河天皇が行幸した。970年の円融天皇行幸の際、勅命により臨時祭が行われ、現在の例大祭「地主祭り」の起源となった。鎌倉から室町時代に掛けては謡曲や有名文学にたびたび登場し、地主権現の名が、ご利益ある神様として全国に知れ渡った。<br /><br />戦国時代から江戸時代に掛けては「恋占いの石」に興じる老若男女で境内が一日中にぎわったと古文書に残る。また、祈り杉での「丑の刻参り」が大流行したのもこの頃。豊臣秀吉が花見の宴を催し、出雲の阿国が歌舞伎を奉納した。<br /><br />1633年に徳川家光により清水寺の再建と合わせて社殿が再建。1822年には本殿屋根が修復されている。幕末にも厄除子孫繁栄の守り神としてますます信仰を集めたとの記録が残り、有栖川宮幟仁親王が「地主権現」御神号を御筆奉納されている。<br /><br />明治に入り神仏分離令により清水寺より分離独立。名称も地主権現社から地主神社へと改められた。1886年(明治19年)に建都1100年を奉祝して奉納された絵馬には、当時の風俗と共に良縁祈願に訪れる若い女性の様子が生き生きと描かれている。 <br /><br />1966年に本殿、拝殿、総門が国の重文に指定され、1993年には境内地も追加指定された。1975年には本殿、拝殿、総門の昭和の大修理が行われている。そして、1994年に歴史的経緯から清水寺の一部という形で世界遺産「古都京都の文化財」に登録された。<br /><br />縁むすびの神さま大国主命を主祭神として、その父母神である素戔嗚命(すさのおのみこと)と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、さらに奇稲田姫命の父母神である足摩乳命(あしなずちのみこと)と手摩乳命(てなずちのみこと)を正殿に祭祀。三代続きの神々をお祀りしていることから、子授け安産の信仰も集めている。ただし地主神社という社名から、本来はこの地の地主神を祀る神社であるとする説もある。<br /><br />また、大田大神(芸能と長寿の神)、乙羽竜神(旅行安全・交通安全の神)、思兼大神(知恵と学問、受験の神)を相殿に祭祀。末社には商売繁盛にご利益のある栗光稲荷社の他、祓戸社、おかげ明神、撫で大国、水かけ地蔵、良縁大国を祭祀している。<br /><br />石段を上がって鳥居を抜けて境内に入る。「えんむすびの神」に「良縁祈願」の看板がとても目立つ。ちなみにこの神社、拝観料はないが、清水寺の境内からしか行けないので、清水寺の拝観料が必要。<br /><br />鳥居の先右手に社務所が続き、種々のお守りを販売中。すごく種類が多い。その奥の栗光稲荷社は2004年に修復されたもの。社務所の向いの手水舎はその翌年の2005年に新しくなったもの。その手前には主祭神の大国主命の像が建つ。<br /><br />大国主命の像の前を通って重文の境内に入ると左側が拝殿で、右側が本殿。共に国の重文。拝殿は南側正面が崖になっているため懸造りとなっている。内部の天井は平板を並べて張った鏡天井で、そこに狩野元信の筆による丸竜が描かれている。夜ごと天井を抜け出し、音羽の滝の水を飲むために、竜の目に釘を打ちつけたという伝説で知られているこの竜は、いずれの方角から眺めても自分の方をにらんでいるように見えるところから、八方にらみの竜とも呼ばれ、清水七不思議のひとつに数えられている。<br /><br />本殿の形式は、法隆寺と同じ双堂建築で、日本最古の神社建築様式。山形天井になっており、神社本殿の天井としては珍しい。本殿内外の極彩色や金箔を施した装飾金具は、目の覚めるばかりに鮮やかで、円柱のひとつひとつに描かれた金蘭巻文様が、柱によってそれぞれに異なっている。図柄はめでたい「のし」模様や、宝づくしの模様に特色がある。<br /><br />本殿にお参りする前に正面左手の祓戸社の祓串で心身を清める。その隣では人間のかたちをした紙の人形(ひとがた)に息を吹きかけ、お祓いしたいことを書いて水に溶かす「人形祓い」で厄除けをお祈りすることもできる。<br /><br />本殿と拝殿の間の通路には10mほど離れた2つの守護石「恋占いの石」があり注連縄が巻かれている。目をつぶって、片方の石からもう一つの石に辿り着けば恋が叶うとされており、既婚者がすると危険!。前述のように縄文時代のもので、祭祀遺物らしい。<br /><br />拝殿の奥、境内の南西角にあるのがもう一つの国の重文である総門。横から見ると个(か:小型の屋根の意味)の形をした簡素な造りだが、正面は柱が鳥居の形となっており、総門としては大規模な部類に属する。上部に並んだ瓦の菊の文様が、古い時代の天皇との関わりを物語っている。門は閉められており、通れないが、かつてはこの門に続く石段から上がって来れた。<br /><br />総門と拝殿の間にあるのが地主桜。古来より名桜と謳われ、一樹に八重と一重の花を持つ。平安時代の初め、嵯峨天皇は、あまりの美しさに二度、三度と車を引き返しては見事に咲く花を眺めたことから「御車返しの桜」とも呼ばれる。「地主権現の花ざかり・・・」と謡曲「田村」や「熊野」にも謡われた。<br /><br />本殿の奥にある芸能と長寿の神、大田大神の社の前の大国さんは、いつからともなく「撫で大国さん」と呼ばれ、願いを込めてその身体を撫でる、手が触れた箇所に応じてそれぞれのご利益がいただけると伝えられている。<br /><br />そして、さらにその奥、境内の北西角には水をかけて祈願するとご利益がいただける水かけ地蔵。このお地蔵さんは境内の地中に埋まっていたもの。その前にはどんな願い事も一つだけなら必ず「おかげ(御利益)」がいただけるという一願成就の神様、おかげ明神。特に女性の守り神として、昔から厚い信仰を集めている。<br /><br />後方にあるご神木は「祈り杉」もしくは「のろい杉」と云われ、江戸時代に女性の間で流行した丑の刻参りに使われたと云う。今も、のろいの願をかけ、五寸釘を打ち込んだ跡が無数に残っている。その隣には恋の願掛け絵馬がずらりと並んでいるのは何とも云えない。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9096529717083638&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />上ってきた石段を下りて、清水寺奥の院へ進むが、続く

京都 東山 地主神社(Jishu-jinja Shrine,Higashiyama,Kyoto,Japan)

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2021/12/23 - 2021/12/23

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旅行記グループ 東山

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年12月23日(木)4時過ぎ、友人との忘年会で思い付きで来ることになった清水寺、あの舞台から本堂の東側を回り込んで進むと、突き当りに石段と鳥居がある。地主神社の入口。江戸時代までは清水寺の鎮守社だったお宮で、縁結びの神さまとして人気のスポット。ただし、現在(2023年3月)は2022年8月から始まった社殿修復工事のため閉門されている。工期は約3年の予定。

社伝によれば創建は神代(かみよ:日本の建国以前)とされ、あまりの古さにその歴史は定かではなかったが、近年の科学的な年代測定で、本殿前の「恋占いの石」が縄文時代の遺物であることが確認された。

この神社の鎮座する辺りは、古来「蓬莱山(宝来山)」と呼ばれ、 不老長寿の霊山として信仰を集めてきた。京都盆地が湖となっていた数万年前からこの蓬莱山は陸地で、信仰の場であったと伝わっている。

平安時代には嵯峨天皇、円融天皇、白河天皇が行幸した。970年の円融天皇行幸の際、勅命により臨時祭が行われ、現在の例大祭「地主祭り」の起源となった。鎌倉から室町時代に掛けては謡曲や有名文学にたびたび登場し、地主権現の名が、ご利益ある神様として全国に知れ渡った。

戦国時代から江戸時代に掛けては「恋占いの石」に興じる老若男女で境内が一日中にぎわったと古文書に残る。また、祈り杉での「丑の刻参り」が大流行したのもこの頃。豊臣秀吉が花見の宴を催し、出雲の阿国が歌舞伎を奉納した。

1633年に徳川家光により清水寺の再建と合わせて社殿が再建。1822年には本殿屋根が修復されている。幕末にも厄除子孫繁栄の守り神としてますます信仰を集めたとの記録が残り、有栖川宮幟仁親王が「地主権現」御神号を御筆奉納されている。

明治に入り神仏分離令により清水寺より分離独立。名称も地主権現社から地主神社へと改められた。1886年(明治19年)に建都1100年を奉祝して奉納された絵馬には、当時の風俗と共に良縁祈願に訪れる若い女性の様子が生き生きと描かれている。

1966年に本殿、拝殿、総門が国の重文に指定され、1993年には境内地も追加指定された。1975年には本殿、拝殿、総門の昭和の大修理が行われている。そして、1994年に歴史的経緯から清水寺の一部という形で世界遺産「古都京都の文化財」に登録された。

縁むすびの神さま大国主命を主祭神として、その父母神である素戔嗚命(すさのおのみこと)と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、さらに奇稲田姫命の父母神である足摩乳命(あしなずちのみこと)と手摩乳命(てなずちのみこと)を正殿に祭祀。三代続きの神々をお祀りしていることから、子授け安産の信仰も集めている。ただし地主神社という社名から、本来はこの地の地主神を祀る神社であるとする説もある。

また、大田大神(芸能と長寿の神)、乙羽竜神(旅行安全・交通安全の神)、思兼大神(知恵と学問、受験の神)を相殿に祭祀。末社には商売繁盛にご利益のある栗光稲荷社の他、祓戸社、おかげ明神、撫で大国、水かけ地蔵、良縁大国を祭祀している。

石段を上がって鳥居を抜けて境内に入る。「えんむすびの神」に「良縁祈願」の看板がとても目立つ。ちなみにこの神社、拝観料はないが、清水寺の境内からしか行けないので、清水寺の拝観料が必要。

鳥居の先右手に社務所が続き、種々のお守りを販売中。すごく種類が多い。その奥の栗光稲荷社は2004年に修復されたもの。社務所の向いの手水舎はその翌年の2005年に新しくなったもの。その手前には主祭神の大国主命の像が建つ。

大国主命の像の前を通って重文の境内に入ると左側が拝殿で、右側が本殿。共に国の重文。拝殿は南側正面が崖になっているため懸造りとなっている。内部の天井は平板を並べて張った鏡天井で、そこに狩野元信の筆による丸竜が描かれている。夜ごと天井を抜け出し、音羽の滝の水を飲むために、竜の目に釘を打ちつけたという伝説で知られているこの竜は、いずれの方角から眺めても自分の方をにらんでいるように見えるところから、八方にらみの竜とも呼ばれ、清水七不思議のひとつに数えられている。

本殿の形式は、法隆寺と同じ双堂建築で、日本最古の神社建築様式。山形天井になっており、神社本殿の天井としては珍しい。本殿内外の極彩色や金箔を施した装飾金具は、目の覚めるばかりに鮮やかで、円柱のひとつひとつに描かれた金蘭巻文様が、柱によってそれぞれに異なっている。図柄はめでたい「のし」模様や、宝づくしの模様に特色がある。

本殿にお参りする前に正面左手の祓戸社の祓串で心身を清める。その隣では人間のかたちをした紙の人形(ひとがた)に息を吹きかけ、お祓いしたいことを書いて水に溶かす「人形祓い」で厄除けをお祈りすることもできる。

本殿と拝殿の間の通路には10mほど離れた2つの守護石「恋占いの石」があり注連縄が巻かれている。目をつぶって、片方の石からもう一つの石に辿り着けば恋が叶うとされており、既婚者がすると危険!。前述のように縄文時代のもので、祭祀遺物らしい。

拝殿の奥、境内の南西角にあるのがもう一つの国の重文である総門。横から見ると个(か:小型の屋根の意味)の形をした簡素な造りだが、正面は柱が鳥居の形となっており、総門としては大規模な部類に属する。上部に並んだ瓦の菊の文様が、古い時代の天皇との関わりを物語っている。門は閉められており、通れないが、かつてはこの門に続く石段から上がって来れた。

総門と拝殿の間にあるのが地主桜。古来より名桜と謳われ、一樹に八重と一重の花を持つ。平安時代の初め、嵯峨天皇は、あまりの美しさに二度、三度と車を引き返しては見事に咲く花を眺めたことから「御車返しの桜」とも呼ばれる。「地主権現の花ざかり・・・」と謡曲「田村」や「熊野」にも謡われた。

本殿の奥にある芸能と長寿の神、大田大神の社の前の大国さんは、いつからともなく「撫で大国さん」と呼ばれ、願いを込めてその身体を撫でる、手が触れた箇所に応じてそれぞれのご利益がいただけると伝えられている。

そして、さらにその奥、境内の北西角には水をかけて祈願するとご利益がいただける水かけ地蔵。このお地蔵さんは境内の地中に埋まっていたもの。その前にはどんな願い事も一つだけなら必ず「おかげ(御利益)」がいただけるという一願成就の神様、おかげ明神。特に女性の守り神として、昔から厚い信仰を集めている。

後方にあるご神木は「祈り杉」もしくは「のろい杉」と云われ、江戸時代に女性の間で流行した丑の刻参りに使われたと云う。今も、のろいの願をかけ、五寸釘を打ち込んだ跡が無数に残っている。その隣には恋の願掛け絵馬がずらりと並んでいるのは何とも云えない。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9096529717083638&type=1&l=223fe1adec


上ってきた石段を下りて、清水寺奥の院へ進むが、続く

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