2022/03/31 - 2022/04/05
467位(同エリア4072件中)
ST&Gさん
カステラを求めて長崎へ。しかしただカステラを買って帰るだけというのも寂しいものがありましたので、少しだけ観光を楽しむことになりました。鎖国体制下にあった江戸時代。その中でも日本と交易を続けていたのが、オランダと中国です。長崎を訪れるのは3度目になりますが、この日は大分から長崎経由で熊本という超ハードスケジュールでしたので、ランチを食べに行きながら唐人屋敷跡へ。その後は第3期事業で復元された出島の様子を見に行った私たちでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
-
長崎の定番観光スポットと言えば、昭和生まれの私はグラバー園、大浦天主堂、平和公園、ハウステンボス、島原・雲仙などを思い浮かべますが、最近は若者たちに人気のお洒落な観光スポットなども加わり、面白さを増している長崎。
この日はロングドライブを予定していましたので、まずは長崎名物を食べに唐人屋敷と長崎新地中華街へ行くことにしました。 -
まずは唐人屋敷の痕跡を探しながら、ちゃんぽんのお店へ…。
痕跡と言っても今は普通の街並みが広がっているだけですので、出島のように復元された建物が並んでいるわけではありません。
こちらの画像は、唐人屋敷の入口に立っていた大門と同じ場所に設けられた『唐人屋敷象徴門』。唐人屋敷 象徴門(大門) 名所・史跡
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出島がオランダ人居留区なら、唐人屋敷は名前の通り中国人居留区。
オランダはキリスト教の布教活動をしないという条件で鎖国中でも交易が許されていましたが、中国人はその心配がなかったので、初めは長崎に点在して暮らしていました。
しかし貿易制限による密貿易の増加や、中国でもキリスト教が広がり始めたことを機に、彼らに対しても日本人との交流を避けるための隔離措置が講じられたのです。
それが唐人屋敷。
大門の脇には番所を設け人の出入りを監視していましたが、中国人だけでなく日本の役人でさえもみだりにこの中に入ることは出来なかったのです。 -
オランダ人居留区の出島は4,000坪弱の広さでしたが、唐人屋敷は約9,400坪。
昔の地図を見ると、現在の館内町ほぼ全域が唐人屋敷です。
鎖国の時代が終わり、中国人たちも新地中華街に移り住むようになってからは唐人屋敷は廃墟と化しました。
現在は唐人屋敷の四隅に境碑が置かれ、案内板や堀の跡、道路に記された堀跡のグリーンラインが残っている程度。
時間を掛けてじっくり探せばもっと色々見つかりますので、このエリアに残る4つのお堂(土神堂・福建会館天后堂・天后堂・観音堂)を見学しながら唐人屋敷の散策に出掛けてみるのも良いのではないでしょうか。 -
突き当りに見えているのは天后堂。
長崎ちゃんぽんの店【寿々屋】を訪れた時に歩いた裏通りから撮影したものですが、こちらは唐人屋敷の南西にあたります。
ちなみに【寿々屋】は唐人屋敷の塀のすぐ外側という場所で、暖簾や大量の皿が並んでいなければ何処が店舗なのか分からないような店構え。
それがまた魅力なのですが、この日はテイクアウトの注文が多く、開店時間がいつもより2時間ほど遅れると言われ断念。
流石に【空腹時の2時間待ち】は辛いものがありました。
食べられないと思うと、益々食べたくなるのが人間心理。 -
その寿々屋の所にあるのが画像の堀。
ここを境に十人町(寿々屋側)と館内町(唐人屋敷跡)に分かれます。 -
当時の唐人屋敷は高い塀と水堀または空堀に囲まれ、更にその外側には一定の距離をあけて竹垣も築かれていたようですが、今は案内板とこのような堀跡があるだけ。
水が豊富に流れているという訳ではありませんでしたが、ここは空堀ではないようです。
更にこの堀跡沿いに南下していくと、西南隅の境碑の所にも堀の案内板がありますが、そちらには空堀と書かれていました。 -
少し離れた所からの撮影になりましたが、先ほど紹介した天后堂。
ここに祀られているのは、航海の女神『媽祖』。
海外の中華街などでも良く見掛けます。天后堂 名所・史跡
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旧正月(春節)から小正月(元宵節)にかけて開催される幻想的な『ランタンフェスティバル』のメイン会場となるのがこの湊公園。
入り口には、中国古典建築様式の中華門(霊星門)が建っています。
中国から技術者を招いて築かれた本格的な門で、材料にも中国産の御影石や太湖石が使われていますよ。
新地中華街へ行った時は、是非こちらの公園にも足を運んでみましょう。湊公園 (長崎市) 公園・植物園
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続いては長崎新地中華街を紹介します。
日本三大そして最古の中華街。
しかし横浜中華街と比べるとかなりこじんまりとしているので、初めて訪れる方は驚くかもしれません。
新地とは、埋め立てで出来た新しい土地のこと。 -
入り口には東・西・南・北それぞれに門が置かれていますが、東門には青龍、西門は白虎、南門が朱雀で北門には玄武(蛇・亀)が彫られています。
『方位の四神』と言われる霊獣。
古代中国で誕生したものですが、この四神は日本の神社などで見掛けることもありますよ。
四神が揃っている土地は理想的と言われていますので、土地選びの参考にすると良いかもしれませんね。
ちなみに平安京や平城京なども、これに基づいて築かれたようです。長崎新地中華街 名所・史跡
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新地蔵跡の碑。
古地図では、新地中華街がある所は海を埋め立てて出来た島(築島)。
オランダからの品は出島に荷揚げされましたが、中国からの品はこちらで管理されていました。
そのための蔵(倉庫群)や、役人の詰所を置くために築かれたのがこの場所。
しかし出島と違い、当時の様子が分かるものと言えばこの様な碑だけ。
昔は新地中華街の周りは海でしたが、今は埋め立てが進み唐人屋敷と新地蔵跡は陸続きになっています。
知り合いの学生はこの場所を『新・地蔵・跡』と読んでいましたが、ここは『地蔵』ではなく『新地・蔵跡』。 -
今は修学旅行シーズンでもなければ、コロナ禍でインバウンド客も無し。
週末の昼時でしたが、列が出来ている店は数軒だけでした。
相変わらず厳しい状況が続いている観光地です。 -
新地中華街周辺を散策している時に見つけたこちらの碑。
唐への主要輸出品である『俵物』と呼ばれる海産物(ほしあわびやふかひれなど)を、全国から収集・加工する役所がここに設けられていたようです。
その横には、対馬藩蔵屋敷跡があったことを示す案内板。
更にその右には長崎商工会議所発祥の地と書かれた石碑も有ります。俵物役所跡 対馬藩蔵屋敷跡 長崎商工会議所発祥の地 名所・史跡
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手書きの看板が渋かった建物。
ここに書かれている甘蕉とは『バナナ』のことです。
きっと昔は、この倉庫に沢山のバナナが並んでいたのでしょうね。
現在はおでんと家庭料理の店になっています。 -
今度は、完全復元整備100年計画が進む「出島」。
唐人屋敷に隔離されていたのが中国人なら、この出島に隔離されていたのはオランダ人。
この出島も、海を埋め立ててつくられた人工の島です。
今は周囲にビルが建ち並び島をイメージするのは難しいかもしれませんが、長崎市は出島完全復元を目指していますので、2050年には水に囲まれた扇形の島が蘇ることでしょう。
画像は明治期の建物で旧出島神学校(休業中)。
出島東側のメインゲートですが、現在は西側のゲートも閉鎖されており、表門橋からの入場となります。出島 名所・史跡
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中島川、道路、線路、そしてビルに囲まれている出島。
これを島に戻すと言うのですから、思い切ったプロジェクトですよね。
完全復元が楽しみです。 -
そしてこちらが新たに完成した出島表門橋。
中島川の向こう側(県庁側)が江戸町と呼ばれていたエリアで、手前が出島。
昔の橋は5mほどの石橋で、当時の表門は川の中ほどに有ったようです。
明治以降になると川の流れを変える工事などが行われ、陸地(江戸町)との距離は約30mに広がってしまいました。 -
出島の完全復元を目指す長崎市ですが、国指定の史跡に手を加えるにあたっては様々な問題をクリアしなくてはいけません。
その一つがこの表門橋。
基礎工事のために川を掘れば、出島側では遺構が出てくる可能性がありますので、この段階で橋台の設置ができず。
また長さもかなり違いますから、元の橋に忠実…という訳にはいきません。
それらの問題をクリアして完成したのが、こちらの橋。
近代的な造りですが、出島の雰囲気を損なわないデザインになっているところがプロの成せる業。
しかしこの橋の素晴らしさは、見た目だけではありませんよ。
先程の画像を見てもかなり長さがありますし、重量もそれなり。
出島側に橋台を設けることが出来ないとなれば、江戸町側(県庁側)でこの橋を支えなくてはいけません。
そこで考えられたのが、シーソーの原理を利用した橋でした。
その支点となるのが、画像の膨らんでいる部分です。
通常は出島側にかかる負荷はゼロですが、人が橋を渡るとその重みで(出島側に)下がるという仕組み。
しかしこの上を歩いても、橋が上下していることすら気付かないでしょう。
ここを渡る時は、そのようなことも気にしながら歩いてみてください。 -
出島全体をイメージしたい時に役立つのが、このミニチュア。
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フレンドシップメモリーの彫刻。
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総合案内所兼シアターの新石倉。
出島の歴史を映像で見たい方は、こちらへ行ってみましょう。 -
拝礼筆者蘭人部屋は、オランダ人書記の長が住んでいた建物。
ここでは、出島から入った蘭学に関する展示が行われています。 -
右から二番蔵(チューリップ)、一番蔵(ローズ)、一番船船頭部屋。
そしてこの右に三番蔵(アンニェリール)が復元されています。
一番船船頭部屋の2階はオランダ船の船長やオランダ商館員の部屋で、畳敷きの部屋にはベッドが置かれていました。
1階は倉庫。 -
オランダからの主な輸入品である砂糖を納めていた一番蔵。
この建物の中では、伝統的な木造建築技術で復元された出島が紹介されています。 -
一番蔵の基礎石。
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二番蔵で見られる基礎石。
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この画像も二番蔵ですが、砂糖や染料に使われる木の枝など貿易品が展示されています。
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砂糖や個人商売用の脇荷の収納に使われていた三番蔵。
麻袋の中身は昔は砂糖…今は何が入っているのやら? -
長崎港に面していた水門。
オランダ船が運んできた輸入品は、ここで荷揚げされました。
出入口が2ヶ所あるのは、南側が輸入用で北側が輸出用。
建物の前に置かれているのは、輸入品の砂糖などを計量する天秤量りです。 -
その当時の様子を描いたのがこちら。
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出島の中でひと際目立っているのが、カピタン部屋。
ここはオランダ商館長カピタンの事務所兼住居でしたが、日本の大名や役人を接待する場としても使われていました。
出島最大の建物。 -
カピタン部屋は洋風の造りで、窓はビードロ。
手すりや窓枠にグリーンのペンキが使われていますが、これは当時オランダで良く使用されていたペンキの色です。 -
カピタン部屋の1階では、出島の歴史や生活の様子を学ぶことができますよ。
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2階は商館長の生活の場でしたので、畳の上にはテーブルと椅子。
天井を見上げればシャンデリア。
壁紙に使用されているのは中国から伝来した唐紙で、江戸時代にはこの唐紙作りが盛んに行われていました。
ちなみにミュージアムショップになっているへトル部屋へ行くと唐紙のカードが買えますので、出島のお土産に如何ですか? -
数人の筆者(オランダ商館員)が住んでいた筆者蘭人部屋。
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テーマは「世界・日本とつながる出島」。
貿易や文化交流を通じて、出島と世界各地との繋がりを学ぶことができます。 -
手前の建物は乙名詰所。
表門から出入りする人を監視するために、出島の管理者である乙名が詰めていたのがこちらです。
建物の前には、乙名に扮した出島のスタッフが立っていました。
乙名詰所の隣にあるのが組頭部屋(組頭部屋の建物後方は銅蔵)。
組頭は乙名の補佐役の名前ですが、ここでは日本人とオランダ人が立ち合い銅を計量したり梱包が行われていました。
2階は鮫皮を保管するための場所。
「何故鮫皮?」と思ったら、刀の柄やさやに用いられていたのですね。
本物の刀など持った事がなかったので、軍事用に用いられていたことに驚いた私です。
組頭部屋の左の建物は旧長崎内外クラブで、長崎在留の外国人と日本人の社交の場として設立されたもの。
今はトルコライスなど、長崎グルメが楽しめるレストランになっていますよ。 -
組頭部屋・銅蔵の内部。
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乙名部屋。
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ここは出島乙名が貿易期間中に居住したり、金庫番役人や見張り番人の詰所として使われていました。
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他にも紹介したいものはまだ沢山残っていますが、私が想像していた以上に展示が充実していた出島。
暗記地獄だった歴史の授業よりも、このような施設で学ぶ方が数倍楽しいですね。
大人の学びなおしをしたい方は、是非出島へ足を運んでみましょう。 -
続いては、私が大好きな『食』。
中国から伝わった蝦吐司(ハトシ)は、海老のすり身を食パンに挟んで蒸し、それを油で揚げたもの。
蝦=エビ、吐司=トースト。
長崎を代表する郷土料理の卓袱料理(しっぽくりょうり/宴会料理)にも使われますよ。
角煮まんや肉まんは、説明しなくてもお分かりですね。 -
長崎ザボンの【紅まどか】。
購入する時は、重量感のあるものがお勧めです。
出来るだけ甘味が強いものが良ければ、皮に張りがあるものよりも皺になりかけているくらいの方が良いでしょう。 -
ぶたまんの人気店で「桃太呂」。
子どもでも食べやすいサイズのぶたまんを販売していますよ。桃太呂 中央橋店 グルメ・レストラン
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こちらは立山公園の近くにある高評価の店【じゅん】。
お店の前に軽自動車が停まっていますが、基本的に駐車場はありません。
また席数も少ないため、待つのが嫌いな方は予め混雑する時間帯をチェックしておきましょう。
この日は【じゅん】にも入れず、別のお店へ移動。 -
長崎の郷土料理の【ちゃんぽん】。
『ちゃんぽん』は沖縄の『ちゃんぷるー』と同じで、ごちゃ混ぜを意味します。 -
麺がパリパリの皿うどん
最近は皿うどんの麺の代わりに、ちゃんぽんの麺を炒めて食べるのが地元では流行りだとか。 -
ということで、弾丸長崎観光はこれにて終了。
次回は復旧・復興が進む熊本を紹介します。
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