2022/04/13 - 2022/04/13
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2022/04/13
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ツアー最終日は午前8時に湯田中温泉を出発します。迎えに来たバスも運転手さんも同じ方々でした。バスは信州中野ICから上信越自動車道を南下します。車窓からは北アルプスの山々が青空に白い姿を見せています。その多くは子供の頃に父と登ったことがあるので懐かしい気持ちになります。途中の梓川SAで1度トイレ休憩がありましたが、ここからも北側の白馬三山から常念岳と蝶ヶ岳までが見渡せます。妻を探しにお土産売り場に行くと安曇野の飲むヨーグルトが売っていました。昨年買って美味しかったのですが、これを妻が見逃すはずがないと思い、バスに戻ると大きな1瓶を持っていました。岡谷ジャンクションをさらに南下して、高遠城跡公園に着いたのは午前11時30分でした。ここでも1時間の自由時間になりますが、入場券はドライバーさんが買ってきて配られました。妻は1度来たことがありますがここへ来るのは初めてでした。山が全部桜で覆われているようで興奮します。階段を登りきると一面の桜の花です。さすがにここは桜を観に来た人でいっぱいです。妻の案内で一通り歩いて、木曽駒ケ岳の美しい姿を写真に撮ることが出来ました。1月には北海道駒ケ岳を眺め、3月には能登里山空港へ向かい機内から草津白根山の湯釜を眺めました。日本には一体いくつの駒ケ岳があるのだったか思い出してみます。高遠の千本桜を観終えるとバスは山を越えて諏訪に向かいます。諏訪にあるドライブイン「おぎのや諏訪店」で釜めしのお昼をいただきます。最後に食べたのがいつなのか思い出せないほどですが、子供の頃から大好きでした。茅野駅まではここからすぐで、帰りの列車の1時間ほど前に着いてしまいました。小さな駅で待合い室もベンチも少なかったので駅に向かうのはやめました。80人くらいの年寄りが行って座れるのは30人もいないと思います。60代の我々が最年少のようなツアーなので座るのも気が引けます。駅前には「茅野市民館」があって、ネットで調べてみるとレストランがあるのでここで時間を潰すことにします。同じことを考えた方は他にも1組いらっしゃいました。雰囲気の良い涼しいカフェでパフェをいただきましたが、480円とリーズナブルです。さらに美術館も無料開放しています。時間前に駅に向かいますが、建物が巨大なスロープになっていて坂を上がるとそのまま駅に入ることが出来ました。駅に向かった方々は暑い中、ベンチに座ってくたびれていましたが、座れない人もたくさんいました。茅野駅からは「あずさ38号」で新宿に向かいますが、到着が帰りのラッシュ時間になるので、立川で降りて中野駅まで移動して、迎えに来てくれた友人の車で家に帰ることが出来ました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ツアー3日目です。午前8時に出発なので前日より1時間早く朝食をいただきました。もちろん最後に朝風呂もいただいています。
湯田中温泉 ホテル豊生 宿・ホテル
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昨日は朝食会場のスタッフが少なかったのですが、この日は2泊した80人が出発するので若い人が多かったようです。格安のツアーなので部屋の布団の上げ下げや掃除は割愛されていましたが、この日は入れ替えですから。ホテルのベットで連泊する場合はシーツの交換などは不要だと思いますが、座敷で布団の場合は敷きっぱなしにはまだ抵抗を感じます。
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午前8時に湯田中温泉を出発します。ホテルの方々が表に出て見送ってくださいます。
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北志賀温泉の「よませ温泉スキー場」はまだまだスキーが出来そうです。
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今日もヨーロッパアルプスの村のような景色が広がっています。
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3日目のバスの座席は右側でしたが、この後の景色もこちら側の方が良いと思いました。
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北信五岳も最後に顔を見せてくれました。
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「斑尾山」
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「飯縄山」
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「黒姫山」
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「妙高山」
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信州中野から上信越自動車道に入って、松城辺りを通過すると今度は北アルプスの山々が見えてきました。
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自動車道周辺の低い山々には春が訪れて、七十二候の「霞始靆(かすみはじめてたなびく)」といった感じですが、アルプスの山並みはまだ真冬のようです。
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時速100キロ近いスピードのバスの中からなので、うまいアングルで撮影するのが難しいです。
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子供の頃から父に連れられての旅行では車窓の景色を見ておかないと怒られました。その習慣は60歳を過ぎても変えることが出来なくなっています。
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父と50年前に始めた北アルプスの登山は高校生で南アルプスの縦走を経て終わりました。その当時の記憶が鮮烈で、その後自分で登ろうという気にはなれませんでした。
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海外を旅するようになって、スイスの山々でのハイキングやツェルマットやコルチナやシャモニーでのスキーも楽しみましたが、1度くらいは父を連れて行けばよかったと後悔しています。
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三角形の「常念岳」から右側に「横道岳」「東天井岳」「大天井岳」が見えます。手前にある雪を頂いていないのは「有明山」です。
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その南側に続く山々は左から「蓮華岳」「大滝山」「蝶ヶ岳」です。
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空は真っ青で午前9時前の低い太陽が東斜面に当たっているので美しいです。そして雪が残っている季節というのも大きなポイントです。
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「常念岳」
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「常念岳」から右手に「常念乗越」と「横通岳」が見えます。
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「横通岳」
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「蛙岩」から北側に「燕岳」「北燕岳」「奥燕岳」まで見渡せます。小学4年生の時に夜行列車で着いた松本から有明駅に行き、ボンネットバスに乗って中房温泉まで上がって、表銀座ルートで「燕岳」「大天井岳」「西岳」そして「槍ヶ岳」を縦走したのは50年も前のことです。
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ツアーバスは1時間ほど走ったので梓川サービスエリアで20分のトイレ休憩になりました。こんな景色を見ないともったいないのでトイレもそこそこに小高い展望台に向かいます。
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望遠レンズでじっくりカメラを構えます。200ミリのレンズだとどうしても細切れになってしまいます。「常念岳」から右手に「常念乗越」と「横通岳」。
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「蛙岩」から北側に「燕岳」「北燕岳」「奥燕岳」までが見渡せます。
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一番北側は「餓鬼岳」あたりです。
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梓川サービスエリアは上高地の帝国ホテルのような外観です。少し時間があったので店を覗いてみると「安曇野ヨーグルト」がありました。買おうと思ったのですが、妻が見逃すはずがないと思いました。バスに戻るとちゃんと大きなボトルを抱えて待っていました。
梓川サービスエリア 道の駅
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「爺ヶ岳」「鹿島槍ヶ岳」「五龍岳」「白馬三山」と続く山々にも思い出があります。白馬連峰とは一般的に「白馬岳」(2932m)と「杓子岳」(2812m)と「鑓ヶ岳」(2903m)を白馬三山と呼びます。
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小学3年生の時に始まった北アルプスの登山は猿倉登山口から大雪渓を通り「白馬岳」、「白馬鑓」を経て「鑓温泉」から猿倉に下りました。大雪渓では30センチくらいの落石が物凄いスピードで転がり落ち、岩の裏側に座っている人めがけて激突して、岩が砕け散った時の音は50年以上経っても耳に残っています。そして完全に露天の時代の鑓温泉は最高に気持ち良かったです。その当時子供が山登りなどしない時代なので写真を撮らせてほしいと頼まれることが多くありました。
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「爺ヶ岳」「鹿島槍ヶ岳」
休憩も含めて1時間弱でしたが、懐かしい山々を間近に無ることが出来てよかったです。 -
バスは岡谷ジャンクションを西宮線に入り、さらに南に向かいます。北アルプスの山々が見えなくなっても車窓の風景は美しかったです。
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桜と雪山の組み合わせを狙ってシャッターを押します。
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伊奈インターチェンジで高速を降ります。
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飯田線の線路を渡ります。ドライバーさんからこの先は花見に向かう車で渋滞するかもしれないという案内があります。渋滞すると滞在時間が短くなるかもしれないのでちょっと心配になります。
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三峰川沿いに高遠へ向かいますが堤防の桜並木がきれいでした。なるべく混まない道を進んでいるのか、桜のきれいな道を走ってくれているのかは分かりません。
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「甲斐駒ヶ岳」と桜が美しいです。
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高遠へ登る車窓から見た中央アルプス北部の「経ヶ岳」です。
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満開の「タカトオコヒガンザクラ」越しに中央アルプスの山々が見ることが出来るとは思いませんでした。それもきれいに雪を頂いています。「高遠城址公園」での自由時間は1時間ちょっとです。ドライバーさんが入場券を買ってきてくれるのをしばらく待ちます。
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高遠の桜は明治8年頃に荒れたままになっていた高遠城址を何とかしようと、旧藩士達が馬場の桜を城址に移植したのが公園の桜の始まりだそうです。園内には巨大な石碑があり、「天下第一桜」と書かれてあります。
高遠城址公園 花見
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現在の園内には固有種である約1500本もの「タカトオコヒガンザクラ」があり、 ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みのある花を咲かせます。
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高遠には初めて来ましたが、ちょうど満開を迎えた桜だったせいもありますが、これほど見事な桜は初めて観ました。
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「本丸」や「南曲輪」などのフラットな地面に咲く桜は真上を覆い、傾斜地に植えられた桜は視線を遮るほどなので視界の中には桜しか見えない状態です。
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その隙間からたまに見える周囲の山の緑も美しいです。
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妻にはスマホでの写真撮影と友人たちへのLINEをお願いしました。
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「斑雪高嶺朝光鶯鳴いて居(はだらたかねあさかげうぐいすないてい)」
高遠出身の鉱山業者で高遠閣建設に尽力された廣瀬省三郎(俳号奇璧)の句で、遠く東の方の仙丈ヶ岳を眺めて詠んだものです。 -
鴬は鳴いていませんが斑雪の高嶺はきれいに見えました。
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「問屋門」をくぐって「桜雲橋」の方に向かってみます。この辺りは少し混雑していましたが、それ以外は人込みという雰囲気ではありませんでした。
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「問屋門」は城下の問屋役所にあったものだそうです。江戸時代には主な街道には宿駅が定められ、問屋と呼ばれる公用の荷物の継ぎ送り、旅人の宿泊、運送を取り扱う町役人を置いていました。昭和20年代に問屋役所の建物が取り壊しになる際に売却されましたが、歴史ある門が高遠から失われることを惜しんだ有志が買い戻してこの場所に移築したそうです。
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高遠城の歴史については全くの不勉強でしたが、公園内にあった看板を読むと勉強になりました。高遠城における武田氏の支配が終わるきっかけとなったのが、天正10年の1582年の織田信長軍の侵攻です。信長の嫡男信忠率いる50,000の兵に、次々と諸兵が降伏し逃亡する中、時の城主仁科五郎盛信はわずか3000の兵をもって迎え撃ったといいます。多勢に無勢で城は陥落し、仁科五郎盛信も自害したと伝えられています。織田軍の信濃侵入に際して武田軍が見せた唯一の徹底抗戦がこの高遠城の戦いで、大群を前に一歩も退くことなく戦った仁科五郎盛信は、県歌「信濃の国」にも登場するそうです。
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また江戸幕府の第3代将軍徳川家光の弟で、後に創成期の幕府を支えた名君と評されることになる高遠藩主保科正之によってその初期の体制が整えられます。保科正之はその後会津藩に移り、それから約250年後の明治維新と戊辰戦争で政府軍に徹底抗戦をした会津藩の精神的拠支柱となった「会津家訓15カ条」を定めた人でもあります。
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このような徳川幕藩体制の精神的拠り所につながる城を早々に取り壊してしまう必要が新政府側にあったのか、高遠城は取り壊されて、その後数年間は荒地となって放置されていたようです。そして旧藩士により桜が植えられたということです。桜を観るだけではなくちゃんと勉強してこないとだめだなと思いました。
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公園内は飲酒は禁止ですが、地元の黒松仙醸という酒蔵が出店を出していました。冷たい水で冷やされた「どぶろく」の文字が気になります。散り始めた桜の花びらも美しいです。ピンク色はイチゴ味だそうです。
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黒松仙醸のどぶろくは米と麹と酵母を仕込んで発酵させた醪(もろみ)そのものを瓶詰めしたものだそうです。甘みと酸味、泡の舌触り、アルコール度数6%ということで3本購入してしまい、また荷物が重たくなりました。もちろんシンプルな白い方を買いました。
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1時間でちょうど良いのか少し短いのか微妙でした。桜を観るには十分ですが、たくさん並んだ屋台で買い食いするにはちょっと短い感じです。
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2022年の高遠の桜は4月10日頃が満開のようで、訪れた12日には風が吹くと花弁が雪のように舞ってとても美しかったです。うまく写真に撮れなかったのが残念ではありますが、見渡す限りピンク色なので難しいと思います。
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高遠まで一方通行の道を登ってきたので、バスはそのまま国道152号線を北上します。「高遠閣」の先にはくぼんだ掘割の趾が見えました。
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国道152号線にはループ橋があって、この辺りの高低差を感じました。途中ポレポレの丘という施設だと思いますが、鯉のぼりがたなびいていました。桜が終わるともう節句だなと思います。
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茅野に下る杖突峠を越えると蓼科高原の山並みが見えてきました。
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今回の旅は桜を観るのが目的でしたが、途中から日本アルプスの美しい山並みを見るのも楽しみになってきました。
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天気が良かったことと雪がたくさん残っていたのもその理由だと思います。志賀高原にはまだ220センチの雪が残っていましたが、今年は雪が多かったのだろうと思います。
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ヘアピンカーブを周りながら茅野市内へ下りていきます。下るにつれて景色が変わってしまうのでもったいない気もします。
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午後1時を過ぎたところで諏訪にある「おぎのや」のドライブインに到着しました。ここで1時間の自由昼食になります。
ツアーでお昼に立ち寄りました。 by kojikojiさん峠の釜めし本舗 おぎのや 諏訪店 グルメ・レストラン
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券売機で食券を買うとマクドナルドのようにモニターに番号が表示されるスタイルです。子供の頃は横川駅で電車の窓を開けて買っていた釜めしが立派になったものです。
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「おぎのや」の釜めしの釜は益子で作られていることを思い出しました。1950年頃には人々の生活様式の変化も相まって台所用品の需要が低下し、売れなくなった益子の窯元は活路を見出そうとします。
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その1つが駅弁の容器でした。高崎の弁当屋で断られた後に横川駅で1時間ほど停車したそうです。横川駅ではアプト式スイッチバックで峠を越える動力車の付け替えが必要でした。その停車時間で「おぎのや」に営業に出向き、採用が決まったそうです。
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子供の頃からこの釜めしが大好きで、何回食べたか記憶がないほどです。一番記憶に残っているのは家族で浅間山の登山と小諸の懐古園に行った時のことです。弟が浅間山で蛇を捕まえて、キャラメルコーンの袋に入れていたのですが、小諸の懐古園の中で右手の指を噛まれてしまいました。通りがかりの方にその蛇がマムシだと教えてもらい、救急車で病院に運ばれて緊急手術と入院になりました。母が病院に残って父と2人で東京に戻るのですが、その時も家で食べる晩御飯用に買ったのがこの釜めしでした。
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当時と変わらない中身を見るたびにその時のことを思い出します。陶器の釜は持ち帰りませんでしたが、山ごぼうなど5種類の漬物が入ったプラスチックの容器は釜の形になっているので持ち帰りました。ピルケースとして使えそうです。
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「おぎのや」を午後2時に出ると15分ほどで茅野駅に到着しました。これでツアーは解散で、各自「あずさ22号」に乗って帰ることになります。皆さん我先にエレベーターに向かいますが、列車の時間まで1時間以上もあります。
茅野駅 駅
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駅前にはC12蒸気機関車が展示されていました。このC12形式タンク機関車は昭和7年に誕生し、国内の産業や経済の発展に大きく貢献したそうです。このC1267はその67号機です。太平洋戦争中は茅野市北部にあった諏訪鉄山から軍需用に鉄鉱石が採掘されたそうです。
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その運送のために茅野駅まで専用鉄道が敷かれ、そこで活躍したのがこのC12でした。この機関車が昭和48年に廃車になる際に国鉄から譲り受けて駅前広場に展示したそうです。子供の頃にはまだ蒸気機関車が健在で、仙台から久慈まで旅した三陸の度でも機関車に乗りましたし、新潟の笹川流れにキャンプに行ったときは羽越本線を走る蒸気機関車のラストランも見ることが出来ました。50年から55年前の頃のことです。
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「茅野市民館」のイベントスペースの建物は閉鎖されていましたが、屋上からは八ヶ岳の雄大な風景が見渡せるそうです。片側の壁と天井は板張りになっていますが、これは元々駅前にあった寒天倉庫の木材を再利用したものだそうです。寒天は長野県茅野市を中心とした諏訪地域で製造される特産品です。もちろん信州には海は無いので、天草(てんぐさ)などは国内国外の海で採集されたものです。寒天を作るのには高地信州の冬の気候がどうしても必要な話を小学生の社会科の授業で教わった記憶があります。
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インドネシアのバリ島から1日ツアーでレンボンガン島に行ったことがあるのですが、島内を巡るエクスカーションで海岸で海藻を干してあるところに行きました。現地のおばさんに何なのか尋ねると「これは全部日本に送られる。」と教えてくれました。それが天草(てんぐさ)でした。
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1時間以上時間があり、駅に向かっても小さな待合い室と4つほどのベンチしかないことは到着時に確認していました。そんなところに80人の人が殺到しているのですから座れるとも思えませんでした。我々より年配の方ばかりなので、その方々を立たせて座るのも気が引けます。駅に直結した「茅野市民館」に行けば喫茶室でもあるだろうと考えました。
ツアーの復路で茅野駅で電車を待つにはここがおすすめ。 by kojikojiさん茅野市民館 名所・史跡
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「茅野市民館」の設計は建築家の古谷誠章で、2007年に日本建築学会賞と日本建築家協会賞を受賞し、2011年には日本芸術院賞も受賞しています。1階には「アンダンテ」というレストランがありました。お昼時間も過ぎたので店内はガラガラでした。同じツアーの方が1組いらっしゃいましたが、その後は誰も来ませんでした。
茅野市美術館 美術館・博物館
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せっかく素晴らしい建築を見る機会に恵まれたので館内を散策してみます。コの字になった建物の駅側は長大なスロープになって、駅舎の2階の連絡通路の高さまで伸びています。楕円形の筒はトイレです。パリ市内に点在する「サニゼット(Sanisettes)」という公衆トイレを思い出させます。
カフェ・アンダンテ グルメ・レストラン
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スロープの途中から「アンダンテ」を見てみます。重圧的な壁の1階部分だけが全面ガラス張りになっています。
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左に目をやると天井が高くなった分だけ、外構のガラスの面積も広くなっています。
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その天井の高い部分には「茅野市美術館」もあり、無料で開放されていました。特に受付も無く、観覧者もいません。この時は「いのちの輝き・生誕120年 小堀四郎」という常設展示が開催されていました。
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席に戻るとすぐにデザートが届きました。ミニベリーパフェは全然小さくなくて、茅野の名産の寒天にバニラアイスと生クリームにベリーがたくさん乗っています。これで480円なのは市営の施設だからでしょうか。
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妻は茅野産の寒天あんみつです。せっかく茅野に来たのですから寒天も食べておかないと。こちらは600円です。
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午後3時を過ぎたので駅に向かいます。このままスロープを上ればよいのですが、キャリーバックと肩掛けのバックには小布施で買った四合瓶2本に、味噌に野沢菜に栗の瓶物、高遠のどぶろく3本…。ずっしり肩に食い込み、キャリーバックは重力が2倍になったようです。
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このスロープを下るときはたぶん気持ちよいと思います。駅構内の入ると同じツアーの方々で混雑していました。冷房も効いていないので皆さん暑そうです。
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そのまま改札からエレベーターでホームに降ります。そして長いホームの端から端まで歩きます。予約されている座席は最後尾の1車両です。そしてそこに80人が殺到します。
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座席は往路と同じAB席だったので車窓の景色は同じです。逆側のCD席はこの時間では逆光なのでこれで良かったのだと思います。
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妻は前日湯田中の駅前のコンビニで買った氷を魔法瓶ポットに入れておいてくれたので氷入りの檸檬堂を飲むことが出来ました。このところ旅の最初と最後はいつも檸檬堂です。
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車窓から見える山々を最後に楽しんで、「あずさ22号」は新宿駅に向かいます。
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新宿駅に到着するのが午後5時半頃なので通勤ラッシュに巻き込まれるのは間違いありません。立川駅で途中下車して中野駅に迎えに来てくれた友人の車で快適に家まで帰れました。最初の松本の蕎麦屋とホテルの従業員さんには困ったものでしたが、結果は楽しい旅として終わりました。
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