神津島・利島・式根島旅行記(ブログ) 一覧に戻る
離島の旅巡り・伊豆七島の神津島を2泊3日で37年振りに訪れ、レンタカーで島を巡り、天上山1日ハイキング山頂一周を妻としました。<br />(写真)ありま展望台からの天上山と村落と前浜の眺め<br />1日目はレンタカーでアリマ展望台・ジュリア十字架 千両池 灯台 三浦湾展望台 多幸湾 物忌奈命神社 郷土資料館 阿波命神社 トロッコ跡 赤崎遊歩道 温泉保養センター(水休) 村落(琴平宮 ジュリア顕彰碑 流人墓地)を走ります。<br />2日目は黒島登山口 天上山一周(オロシャの石塁 表砂漠 裏砂漠 展望地 不動池 天空の丘 ババア池 不入ガ沢白島下山口) 白島登山口まで歩きます。 <br />3日目は前浜海岸でノンビリし昼食はヨッチャレセンターで戴き、多幸湾より帰ります。<br />(流人の島)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。 <br />(おたあジュリア)16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。 <br />(物忌奈命神社)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。) <br />{旅程}<br />①2022年4月6日(水)<br />自宅(JR)新橋7:30(ユリカモメ)7:40竹芝桟橋8:50(高速ジェット船-大島 利島 新島 式根島と寄り) 12:30神津島着(送迎)12:40H神津館に着きます。<br />(神津島観光)レンタカーを借ります。13:00-17:10(4400円) <br />マルハン(昼食購入) 佐久友好碑 横道展望台を見て <br />(昼食)寿司(13:13-13:28)ありま展望台(ジュリアの十字架)で富士山を見ながら戴きます。千両池 神津島灯台 三浦湾展望台 多幸湾展望台・黒曜石オブジェ 多幸港(天上山断崖) 多幸湧水 村落付近(カトレア丸鐘 竜神様 天皇陛下行幸記念碑 物忌奈命神社 郷土資料館300円を見学します。)<br />車でえんま洞 ウズマキ岩 メッポー山 ぶっとうし岩 長浜海水浴場 阿波命神社 名組湾とトロッコ跡 赤崎遊歩道 トンネル 水がしり泉 観音様 メイシ公園展望台 温泉保養センター(水休) 村落(琴平宮 ジュリア顕彰碑 診療所 流人墓地 駐在所 ヨタネ広場 小学校 古民家 与種神社と周り、17:13車返却し17:20Hに着き 、マルハンで買物。<br />入浴(17:40-18:10) 夕日を見て 夕食(18:30-20:00)を戴きます。<br /> (宿泊)H神津館<br />

2022年4月離島(3)神津島(1)(ありま展望台 灯台 多幸湾 赤崎遊歩道 村(流人墓地 郷土資料館 前浜湾 物忌奈命神社)

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2022/04/06 - 2022/04/08

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愛猫シロネコ

愛猫シロネコさん

離島の旅巡り・伊豆七島の神津島を2泊3日で37年振りに訪れ、レンタカーで島を巡り、天上山1日ハイキング山頂一周を妻としました。
(写真)ありま展望台からの天上山と村落と前浜の眺め
1日目はレンタカーでアリマ展望台・ジュリア十字架 千両池 灯台 三浦湾展望台 多幸湾 物忌奈命神社 郷土資料館 阿波命神社 トロッコ跡 赤崎遊歩道 温泉保養センター(水休) 村落(琴平宮 ジュリア顕彰碑 流人墓地)を走ります。
2日目は黒島登山口 天上山一周(オロシャの石塁 表砂漠 裏砂漠 展望地 不動池 天空の丘 ババア池 不入ガ沢白島下山口) 白島登山口まで歩きます。
3日目は前浜海岸でノンビリし昼食はヨッチャレセンターで戴き、多幸湾より帰ります。
(流人の島)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。
(おたあジュリア)16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。
(物忌奈命神社)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。) 
{旅程}
①2022年4月6日(水)
自宅(JR)新橋7:30(ユリカモメ)7:40竹芝桟橋8:50(高速ジェット船-大島 利島 新島 式根島と寄り) 12:30神津島着(送迎)12:40H神津館に着きます。
(神津島観光)レンタカーを借ります。13:00-17:10(4400円)
マルハン(昼食購入) 佐久友好碑 横道展望台を見て
(昼食)寿司(13:13-13:28)ありま展望台(ジュリアの十字架)で富士山を見ながら戴きます。千両池 神津島灯台 三浦湾展望台 多幸湾展望台・黒曜石オブジェ 多幸港(天上山断崖) 多幸湧水 村落付近(カトレア丸鐘 竜神様 天皇陛下行幸記念碑 物忌奈命神社 郷土資料館300円を見学します。)
車でえんま洞 ウズマキ岩 メッポー山 ぶっとうし岩 長浜海水浴場 阿波命神社 名組湾とトロッコ跡 赤崎遊歩道 トンネル 水がしり泉 観音様 メイシ公園展望台 温泉保養センター(水休) 村落(琴平宮 ジュリア顕彰碑 診療所 流人墓地 駐在所 ヨタネ広場 小学校 古民家 与種神社と周り、17:13車返却し17:20Hに着き 、マルハンで買物。
入浴(17:40-18:10) 夕日を見て 夕食(18:30-20:00)を戴きます。
(宿泊)H神津館

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • JR新橋駅で乗り換えます。<br />

    JR新橋駅で乗り換えます。

  • ゆりかもめ線に乗ります。 

    ゆりかもめ線に乗ります。 

    新橋駅 (ゆりかもめ)

  • 「ゆりかもめ線」新橋駅構内 

    「ゆりかもめ線」新橋駅構内 

  • 「ゆりかもめ線」新橋駅

    「ゆりかもめ線」新橋駅

  • 「ゆりかもめ線」新橋駅を出ます。

    「ゆりかもめ線」新橋駅を出ます。

  • 「ゆりかもめ線」線路

    「ゆりかもめ線」線路

  • 「ゆりかもめ線」線路と東京タワー

    「ゆりかもめ線」線路と東京タワー

  • 「ゆりかもめ線」竹芝駅で降ります。

    「ゆりかもめ線」竹芝駅で降ります。

  • ジェット船8:50発で神津島に向かいます。

    ジェット船8:50発で神津島に向かいます。

  • 東海汽船ターミナル待合室

    東海汽船ターミナル待合室

  • 東海汽船ターミナルの切符売り場

    東海汽船ターミナルの切符売り場

  • 東海汽船ターミナルの店で朝食を買います。

    東海汽船ターミナルの店で朝食を買います。

  • レインボーブリッジ

    レインボーブリッジ

  • ジェット船「大漁」に乗ります。

    ジェット船「大漁」に乗ります。

    高速ジェット船 セブンアイランド 乗り物

  • ジェット船「大漁」船内

    ジェット船「大漁」船内

  • (船外風景)レインボーブリッジを潜ります。

    (船外風景)レインボーブリッジを潜ります。

  • (船外風景)レインボーブリッジ真下

    (船外風景)レインボーブリッジ真下

  • (船外風景)レインボーブリッジを潜りました。

    (船外風景)レインボーブリッジを潜りました。

  • (船外風景)風の塔(アクアライン換気塔)

    (船外風景)風の塔(アクアライン換気塔)

  • (船外風景)大島の岡田港に入港しました。

    (船外風景)大島の岡田港に入港しました。

  • (船外風景)ジェット船「陽」<br />

    (船外風景)ジェット船「陽」

  • (船外風景)大島岡田港でタラップを外します。

    (船外風景)大島岡田港でタラップを外します。

  • (船外風景)伊豆大島近辺での富士山と手前は伊豆半島

    (船外風景)伊豆大島近辺での富士山と手前は伊豆半島

  • (船外風景)大島灯台

    (船外風景)大島灯台

  • (船外風景)大島 乳ヶ崎

    (船外風景)大島 乳ヶ崎

  • (船外風景)伊豆大島の元町港

    (船外風景)伊豆大島の元町港

  • (船外風景)大島の三原山

    (船外風景)大島の三原山

  • (船外風景)伊豆大島

    (船外風景)伊豆大島

  • (船外風景)伊豆大島(地層切断面図)いわゆるバームクーヘン<br />

    (船外風景)伊豆大島(地層切断面図)いわゆるバームクーヘン

  • (船外風景)利島に着きます。

    (船外風景)利島に着きます。

  • (船外風景)利島を離れます。

    (船外風景)利島を離れます。

  • (船外風景)鵜渡根島(無人島)

    (船外風景)鵜渡根島(無人島)

  • (船外風景)新島の若郷地区

    (船外風景)新島の若郷地区

  • (船外風景)新島の若郷地区

    (船外風景)新島の若郷地区

  • (船外風景)中心の本村地区

    (船外風景)中心の本村地区

  • (船外風景)新島の湯の浜露天風呂(ギリシャ神殿風の)後ろはガラスアートセンター

    (船外風景)新島の湯の浜露天風呂(ギリシャ神殿風の)後ろはガラスアートセンター

  • (船外風景)新島の湯の浜露天風呂(ギリシャ神殿風の)

    (船外風景)新島の湯の浜露天風呂(ギリシャ神殿風の)

  • (船外風景)新島の間々下海岸

    (船外風景)新島の間々下海岸

  • (船外風景)昨年、訪れた式根島の野伏港に着きます。

    (船外風景)昨年、訪れた式根島の野伏港に着きます。

  • (船外風景)式根島の長掘鼻<br />

    (船外風景)式根島の長掘鼻

  • (船外風景)神津島に近づきます。

    (船外風景)神津島に近づきます。

  • (船外風景)神津島の北側(道路がありません。)

    (船外風景)神津島の北側(道路がありません。)

  • (船外風景)長浜海岸

    (船外風景)長浜海岸

  • (船外風景)神津島の温泉保養センター<br />

    (船外風景)神津島の温泉保養センター

  • (船外風景)神津島の天上山

    (船外風景)神津島の天上山

  • (船外風景)天上山の断崖

    (船外風景)天上山の断崖

  • 神津島 (神津島港に着きました。乗って来たジェット船「大漁」)

    神津島 (神津島港に着きました。乗って来たジェット船「大漁」)

  • 2連泊したH神津館

    2連泊したH神津館

    ホテル神津館 宿・ホテル

    2名1室合計 18,600円~

  • 宿泊したH神津館

    宿泊したH神津館

  • H神津館(フロント)

    H神津館(フロント)

  • H神津館(部屋)

    H神津館(部屋)

  • 神津島レンタカーで軽自動車を借りました。(5H4400円)<br />13:00出発します。島を回ります。(13:00~17:10)

    神津島レンタカーで軽自動車を借りました。(5H4400円)
    13:00出発します。島を回ります。(13:00~17:10)

  • スーパーまるはん(Hの近くにあり、何回もお世話になりました。)

    スーパーまるはん(Hの近くにあり、何回もお世話になりました。)

  • スーパーまるはん(店内)今日の昼食を買いました。

    スーパーまるはん(店内)今日の昼食を買いました。

  • 佐久市神津島友好の碑(本土より神津島に渡り、再び、本土の長野県佐久市に移住した人々は「神津」と名乗ったそうです。)

    佐久市神津島友好の碑(本土より神津島に渡り、再び、本土の長野県佐久市に移住した人々は「神津」と名乗ったそうです。)

  • 佐久市神津島友好の碑(本土より神津島に渡り、再び、本土の長野県佐久市に移住した人々は「神津」と名乗ったそうです。)

    佐久市神津島友好の碑(本土より神津島に渡り、再び、本土の長野県佐久市に移住した人々は「神津」と名乗ったそうです。)

  • 横道展望台(前浜湾が綺麗に見えます。)

    横道展望台(前浜湾が綺麗に見えます。)

  • 横道展望台からの前浜と中央上は神津島港

    横道展望台からの前浜と中央上は神津島港

  • 横道展望台より綺麗な前浜海水浴場です。

    横道展望台より綺麗な前浜海水浴場です。

  • 横道展望台(村全体が見渡せます。右の山は高処山 中央が天上山で左の所は不入ガ沢の断崖絶壁です。治山工事跡が見えます。)

    横道展望台(村全体が見渡せます。右の山は高処山 中央が天上山で左の所は不入ガ沢の断崖絶壁です。治山工事跡が見えます。)

  • 右が天上山頂(572m)と左は不入が沢よりの断崖絶壁で幾つかの横の線が見えますが、治山工事跡です。(大正15年より人力で行い始め、昭和46年に完成しました。)

    右が天上山頂(572m)と左は不入が沢よりの断崖絶壁で幾つかの横の線が見えますが、治山工事跡です。(大正15年より人力で行い始め、昭和46年に完成しました。)

  • 横道展望台前の4つのお地蔵様

    横道展望台前の4つのお地蔵様

  • 横道展望台前の月待塔

    横道展望台前の月待塔

  • ありま展望台(ジュリア十字架)の昼食を戴いたベンチです。

    ありま展望台(ジュリア十字架)の昼食を戴いたベンチです。

  • ありま展望台(ジュリア十字架)の椅子(星座のモニュメントが描かれています。)

    ありま展望台(ジュリア十字架)の椅子(星座のモニュメントが描かれています。)

  • 昼食(スーパーまるはんで買ったお寿司)ほうさん(方三)寿司と地魚寿司です。

    昼食(スーパーまるはんで買ったお寿司)ほうさん(方三)寿司と地魚寿司です。

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの村落と天上山です。

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの村落と天上山です。

    ありま展望台 名所・史跡

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの村落

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの村落

  • ありま展望台よりの左は神津島港と右は前浜海水浴場

    ありま展望台よりの左は神津島港と右は前浜海水浴場

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山全体(下に村落)

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山全体(下に村落)

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山山頂です。

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山山頂です。

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山と治山工事跡です。

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの天上山と治山工事跡です。

  • ありま展望台より一番北方向の神戸山(269m)

    ありま展望台より一番北方向の神戸山(269m)

  • ありま展望台より右に温泉保養センターを見ます。

    ありま展望台より右に温泉保養センターを見ます。

  • ありま展望台よりの?処山(299m)

    ありま展望台よりの?処山(299m)

  • ありま展望台(ジュリア十字架)よりの秩父山(280m)

    ありま展望台(ジュリア十字架)よりの秩父山(280m)

  • ありま展望台より神津島灯台

    ありま展望台より神津島灯台

  • ありま展望台にある基本電子基準点(地殻変動などを調べる精度の高いGPSです。)

    ありま展望台にある基本電子基準点(地殻変動などを調べる精度の高いGPSです。)

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)駐日バチカン大使も訪問

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)駐日バチカン大使も訪問

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架 名所・史跡

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

  • ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

    ジュリアの十字架(朝鮮貴族の娘、おたあジュリアがキリシタン禁止令に背き、流刑後、ここで40年間信仰を貫いた。墓は村内にあります。)

  • 千両池(魚を閉じ込め、一夜で一攫千金を稼げたので千両池と呼ばれ、又、江戸時代には千石船を引き込んで所でもあります。)

    千両池(魚を閉じ込め、一夜で一攫千金を稼げたので千両池と呼ばれ、又、江戸時代には千石船を引き込んで所でもあります。)

  • 千両池駐車場より断崖を見ます。

    千両池駐車場より断崖を見ます。

  • 千両池(魚を閉じ込め、一夜で一攫千金を稼げたので千両池と呼ばれ、又、江戸時代には千石船を引き込んで所でもあります。)

    千両池(魚を閉じ込め、一夜で一攫千金を稼げたので千両池と呼ばれ、又、江戸時代には千石船を引き込んで所でもあります。)

  • 椿のトンネルを歩きます。

    椿のトンネルを歩きます。

  • 明日葉(島の至る所に生えています。天ぷらやお浸し等で戴きました。)

    明日葉(島の至る所に生えています。天ぷらやお浸し等で戴きました。)

  • 神津島灯台(昭和26年12月18日に点灯開始し、昭和33年に無人化となりました。)

    神津島灯台(昭和26年12月18日に点灯開始し、昭和33年に無人化となりました。)

  • 神津島灯台(昭和26年12月18日に点灯開始し、昭和33年に無人化となりました。)

    神津島灯台(昭和26年12月18日に点灯開始し、昭和33年に無人化となりました。)

  • 神津島灯台

    神津島灯台

  • 神津島灯台

    神津島灯台

  • 神津島灯台より左中央に微かに富士山が見えます。左下の微かな陸地は伊豆半島です。

    神津島灯台より左中央に微かに富士山が見えます。左下の微かな陸地は伊豆半島です。

  • 神津島灯台より断崖

    神津島灯台より断崖

  • 神津島灯台より天上山(左に天上山山頂 右下に高処山)

    神津島灯台より天上山(左に天上山山頂 右下に高処山)

  • 千両池駐車場(我々に車)と恩馳島(おんばせじま)

    千両池駐車場(我々に車)と恩馳島(おんばせじま)

  • 恩馳島(おんばせじま)別名アシカ島(二ホンアシカの生息地)

    恩馳島(おんばせじま)別名アシカ島(二ホンアシカの生息地)

  • 道にいた蛇(シマヘビ?)危なく車でひきそうでした。(冬眠明けで道の路面の上で体を温めています。冬眠明けが動きが鈍く、土を投げて当たっても中々、逃げませんでした。)

    道にいた蛇(シマヘビ?)危なく車でひきそうでした。(冬眠明けで道の路面の上で体を温めています。冬眠明けが動きが鈍く、土を投げて当たっても中々、逃げませんでした。)

  • 山の中のこのような道をひたすら走ります。

    山の中のこのような道をひたすら走ります。

  • 三浦湾展望台よりの三浦湾

    三浦湾展望台よりの三浦湾

  • 三浦湾展望台よりの多幸湾

    三浦湾展望台よりの多幸湾

  • 三浦湾展望台よりの多幸湾

    三浦湾展望台よりの多幸湾

  • 三浦湾展望台よりの天上山

    三浦湾展望台よりの天上山

  • 三浦湾展望台よりの三宅島

    三浦湾展望台よりの三宅島

  • 三浦湾展望台よりの微か御蔵島が見えます。(5月中旬に青ヶ島と御蔵島の旅を予定しています。)

    三浦湾展望台よりの微か御蔵島が見えます。(5月中旬に青ヶ島と御蔵島の旅を予定しています。)

  • 三浦湾展望台よりの漁船

    三浦湾展望台よりの漁船

  • 多幸湾展望台

    多幸湾展望台

  • 多幸湾展望台よりの天上山と多幸湾

    多幸湾展望台よりの天上山と多幸湾

  • 多幸湾展望台よりの天上山の断崖

    多幸湾展望台よりの天上山の断崖

  • 多幸湾展望台よりの天上山の断崖

    多幸湾展望台よりの天上山の断崖

  • 多幸湾の砂糠山(黒く見える所に黒曜石の層があります。)

    多幸湾の砂糠山(黒く見える所に黒曜石の層があります。)

  • 多幸湾展望台の黒曜石

    多幸湾展望台の黒曜石

  • 多幸湾展望台よりの丸島

    多幸湾展望台よりの丸島

  • 多幸湾三浦漁港船客待合室

    多幸湾三浦漁港船客待合室

  • 多幸湾のカジキマグロのモニュメント

    多幸湾のカジキマグロのモニュメント

  • 多幸湾よりの丸島

    多幸湾よりの丸島

  • 多幸湾より見た天上山の断崖

    多幸湾より見た天上山の断崖

  • 多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

    多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

  • 多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

    多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

  • 多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

    多幸湧水(東京の名湧水57選の一つ)島の至る所に湧水があります。

  • 多幸浜の海水浴場<br />

    多幸浜の海水浴場

  • 多幸浜よりの天上山の断崖

    多幸浜よりの天上山の断崖

  • 物忌奈命神社(祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王堂は神仏習合の名残があります。)

    物忌奈命神社(祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王堂は神仏習合の名残があります。)

  • 物忌奈命神社(随神門)

    物忌奈命神社(随神門)

  • 物忌奈命神社(拝殿)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。)

    物忌奈命神社(拝殿)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。)

    物忌奈命神社 寺・神社

  • 物忌奈命神社(本殿)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。)

    物忌奈命神社(本殿)祭神物忌奈命は三島大社の祭神・事代主命と阿波命との間で生まれた御子で神津島の開祖で、守護神でもあります。本殿・拝殿は格調高い造りで薬王殿は神仏習合の名残があります。)

  • 物忌奈命神社(本殿)

    物忌奈命神社(本殿)

  • 物忌奈命神社(薬王殿)

    物忌奈命神社(薬王殿)

  • 物忌奈命神社(御神木)

    物忌奈命神社(御神木)

  • 物忌奈命神社(末社)

    物忌奈命神社(末社)

  • 物忌奈命神社(大鳥居の礎石)

    物忌奈命神社(大鳥居の礎石)

  • 物忌奈命神社(大鳥居の礎石)

    物忌奈命神社(大鳥居の礎石)

  • 物忌奈命神社(御神木)

    物忌奈命神社(御神木)

  • 物忌奈命神社(コウヅジマツツジ)

    物忌奈命神社(コウヅジマツツジ)

  • サクラ

    サクラ

  • 物忌奈命神社(サクラ)

    物忌奈命神社(サクラ)

  • 物忌奈命神社(イチョウの垂乳根)

    物忌奈命神社(イチョウの垂乳根)

  • 郷土資料館(入口)

    郷土資料館(入口)

  • 郷土資料館(1F 神津島のあらましと自然)

    郷土資料館(1F 神津島のあらましと自然)

  • 郷土資料館(1F展示全体)

    郷土資料館(1F展示全体)

  • 郷土資料館(農具(水汲み))

    郷土資料館(農具(水汲み))

  • 郷土資料館(黒曜石と呼ばれる火山ガラスの標本)

    郷土資料館(黒曜石と呼ばれる火山ガラスの標本)

  • 島のあけぼの(脱穀機と石仏)

    島のあけぼの(脱穀機と石仏)

  • 郷土資料館(2F展示全体)

    郷土資料館(2F展示全体)

  • 遺跡の島(土器)

    遺跡の島(土器)

  • 昔の漁具など

    昔の漁具など

  • おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)<br />

    おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)

  • おたあジュリア関連の展示(右は洗礼の道具 右下は金杯) 

    おたあジュリア関連の展示(右は洗礼の道具 右下は金杯) 

  • パウロ2世に送られた日本人形(複製)

    パウロ2世に送られた日本人形(複製)

  • おたあジュリア(関連資料)

    おたあジュリア(関連資料)

  • おたあジュリア(関連資料)

    おたあジュリア(関連資料)

  • 鈴木テル子氏の民俗人形

    鈴木テル子氏の民俗人形

  • 海底遺跡(難破船よりの遺物)

    海底遺跡(難破船よりの遺物)

  • 神津島の宗教の資料

    神津島の宗教の資料

  • 佐久市とのつながりの展示

    佐久市とのつながりの展示

  • えんま洞(5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。上部には大日如来があります。)

    えんま洞(5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。上部には大日如来があります。)

  • えんま洞

    えんま洞

  • えんま洞(全体)

    えんま洞(全体)

  • えんま洞(内部)5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。

    えんま洞(内部)5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。

  • えんま洞(5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。)

    えんま洞(5体の石仏があり、右の2体は地蔵菩薩像 右から3番目は微笑むえんまの石仏 その左もエンマ様 右の2体も摩耗している地蔵菩薩像です。)

  • えんま洞(微笑みを浮かべているえんまの石仏)日本に仏教が渡来した初期の姿を呈するえんま石仏は珍しい笑い顔をしています。)

    えんま洞(微笑みを浮かべているえんまの石仏)日本に仏教が渡来した初期の姿を呈するえんま石仏は珍しい笑い顔をしています。)

  • えんま洞(大日如来)

    えんま洞(大日如来)

  • えんま洞の隣の地蔵様

    えんま洞の隣の地蔵様

  • うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

    うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

  • うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

    うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

  • うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

    うず巻岩(海に達した溶岩が急速に冷やされて渦巻き状になった。)

  • 長浜海岸

    長浜海岸

  • メッポー岩(言い伝えで岩山は流紋岩に覆われ、日光が当たると反射して金色に輝き、めっぽう美しい岩山で名付けられた。)

    メッポー岩(言い伝えで岩山は流紋岩に覆われ、日光が当たると反射して金色に輝き、めっぽう美しい岩山で名付けられた。)

  • メッポー岩(言い伝えで岩山は流紋岩に覆われ、日光が当たると反射して金色に輝き、めっぽう美しい岩山で名付けられた。)

    メッポー岩(言い伝えで岩山は流紋岩に覆われ、日光が当たると反射して金色に輝き、めっぽう美しい岩山で名付けられた。)

  • ぶっとうし岩(自然が造り出した景観 高さ5mで長年の波の浸食により削られた穴で岩の上に松の木があります。)

    ぶっとうし岩(自然が造り出した景観 高さ5mで長年の波の浸食により削られた穴で岩の上に松の木があります。)

    ぶっとおし岩 自然・景勝地

  • ぶっとうし岩(自然が造り出した景観 高さ5mで長年の波の浸食により削られた穴で岩の上に松の木があります。)

    ぶっとうし岩(自然が造り出した景観 高さ5mで長年の波の浸食により削られた穴で岩の上に松の木があります。)

  • 長浜海岸

    長浜海岸

    長浜海水浴場(東京都神津島村) ビーチ

  • 阿波命神社(840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。)

    阿波命神社(840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。)

  • 阿波命神社(鳥居)

    阿波命神社(鳥居)

  • 阿波命神社(木々の中の参道)

    阿波命神社(木々の中の参道)

  • 阿波命神社(本殿)840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。

    阿波命神社(本殿)840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。

    阿波命神社 寺・神社

  • 阿波命神社(本殿)840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。

    阿波命神社(本殿)840年の続日本書紀に既に記載があるという神社で、伊豆諸島の起源である三島大社の本后であり、神津島を造ったされる阿波命を祀る。

  • 阿波命神社(石を積み上げるのは地元の人の願い事で置いて行きます。)

    阿波命神社(石を積み上げるのは地元の人の願い事で置いて行きます。)

  • 阿波命神社(旧蹟)

    阿波命神社(旧蹟)

  • 阿波命神社(旧蹟)

    阿波命神社(旧蹟)

  • たたみが鼻(岩が畳のように見える。)

    たたみが鼻(岩が畳のように見える。)

  • たたみが鼻(岩が畳のように見える。)

    たたみが鼻(岩が畳のように見える。)

  • 名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

    名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

  • 名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

    名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

  • 名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

    名組湾とトロッコの跡(近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

  • 名組湾とトロッコの跡(線路跡)近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

    名組湾とトロッコの跡(線路跡)近くの神戸山の抗火石を切り出した跡で昭和17年にトロッコが出来、港の先のボンブと呼ばれる所までトロッコに乗せ船に積み込みました。昭和30年頃まで使われました。)

  • トロッコの車輪

    トロッコの車輪

  • トロッコの跡より見る赤崎遊歩道<br />

    トロッコの跡より見る赤崎遊歩道

  • うたたねの平石

    うたたねの平石

  • うたたねの平石

    うたたねの平石

  • 踊り岩(褶曲した地層)

    踊り岩(褶曲した地層)

  • 踊り岩(褶曲した地層)

    踊り岩(褶曲した地層)

  • 踊り岩(褶曲した地層)

    踊り岩(褶曲した地層)

  • 赤崎遊歩道(ごつごつとした岩場に囲まれた入江に約500mの遊歩道が整備され、吊り橋や飛び込み台があります。夏には海水浴で賑わい、美しい魚も見られます。)

    赤崎遊歩道(ごつごつとした岩場に囲まれた入江に約500mの遊歩道が整備され、吊り橋や飛び込み台があります。夏には海水浴で賑わい、美しい魚も見られます。)

  • 赤崎遊歩道(ごつごつとした岩場に囲まれた入江に約500mの遊歩道が整備され、吊り橋や飛び込み台があります。夏には海水浴で賑わい、美しい魚も見られます。)<br />島まで橋が架かっています。

    赤崎遊歩道(ごつごつとした岩場に囲まれた入江に約500mの遊歩道が整備され、吊り橋や飛び込み台があります。夏には海水浴で賑わい、美しい魚も見られます。)
    島まで橋が架かっています。

  • 赤崎遊歩道(海への階段)

    赤崎遊歩道(海への階段)

  • 赤崎遊歩道(飛び込み台)

    赤崎遊歩道(飛び込み台)

    赤崎遊歩道 名所・史跡

  • 赤崎遊歩道(遊歩道が先に伸びています。)

    赤崎遊歩道(遊歩道が先に伸びています。)

  • 赤崎遊歩道

    赤崎遊歩道

  • 赤崎遊歩道

    赤崎遊歩道

  • 赤崎遊歩道

    赤崎遊歩道

  • 赤崎遊歩道よりの島々(右の手前の平たい式根島 奥に新島 左に利島 中央奥に霞んで大島が見えます。)

    赤崎遊歩道よりの島々(右の手前の平たい式根島 奥に新島 左に利島 中央奥に霞んで大島が見えます。)

  • 神戸山(抗火石より出来ています。)

    神戸山(抗火石より出来ています。)

  • 水がしりの泉(水は枯れていました。)

    水がしりの泉(水は枯れていました。)

  • 神津島の北の行き止まりのトンネル近くの観音様

    神津島の北の行き止まりのトンネル近くの観音様

  • 神津島の北の行き止まりのトンネル(村落に戻ります。)

    神津島の北の行き止まりのトンネル(村落に戻ります。)

  • おおだちの入江

    おおだちの入江

  • めいし公園遊歩道

    めいし公園遊歩道

  • めいし公園遊歩道(入口)

    めいし公園遊歩道(入口)

  • 温泉保養センター(水曜日は休みです。)

    温泉保養センター(水曜日は休みです。)

  • 温泉保養センター(内湯)(水曜日は休み 島に到着後10日間経たないと入れません。)(コロナの為)

    温泉保養センター(内湯)(水曜日は休み 島に到着後10日間経たないと入れません。)(コロナの為)

    神津島温泉保養センター 温泉

  • 温泉保養センター(足湯)

    温泉保養センター(足湯)

  • 温泉保養センター(露天風呂 水着着用)

    温泉保養センター(露天風呂 水着着用)

  • 温泉保養センター(展望露天風呂)(水着着用)

    温泉保養センター(展望露天風呂)(水着着用)

  • 温泉保養センター(3つの露天風呂)(水着着用)

    温泉保養センター(3つの露天風呂)(水着着用)

  • 神津島港の龍神様(神木という岩場に祀られています。漁民の守り神です。)

    神津島港の龍神様(神木という岩場に祀られています。漁民の守り神です。)

  • まっちゃーれセンター(観光協会や東海汽船の会社があります。)

    まっちゃーれセンター(観光協会や東海汽船の会社があります。)

  • かとれあ丸の鐘

    かとれあ丸の鐘

  • 天皇両陛下行記念碑

    天皇両陛下行記念碑

  • こんぴら様(琴平宮)漁業者の信仰が厚い。

    こんぴら様(琴平宮)漁業者の信仰が厚い。

  • こんぴら様

    こんぴら様

  • こんぴら様(内部)拝殿には天狗の面が掲げられています。

    こんぴら様(内部)拝殿には天狗の面が掲げられています。

  • こんぴら様(内部)拝殿には天狗の面が掲げられています。

    こんぴら様(内部)拝殿には天狗の面が掲げられています。

  • 琴平宮(奥の祠)

    琴平宮(奥の祠)

  • こんぴ公園のおたあジュリア顕彰碑

    こんぴ公園のおたあジュリア顕彰碑

  • 診療所

    診療所

  • 南駐在所

    南駐在所

  • 流人墓地(ジュリア墓地)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。 <br />おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)<br />

    流人墓地(ジュリア墓地)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。
    おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)

  • 流人墓地(ジュリア墓地)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。 <br />おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)<br />

    流人墓地(ジュリア墓地)724年、流刑の地にされたが島の生活が荒れるので除外された。1742年、徳川幕府が伊豆諸島が遠島流刑地に定め、明治4年まで続いた。明治11年諸島の行政が静岡県より東京府に移され、最後の流人が許されて出島した。神津島には83名の流刑者がおり、主に政治犯や宗教的な罪人で、墓地にはこれらの人々が眠っています。多くは江戸時代に流刑となった日蓮宗不授不施派の僧侶で日照大徳は村民の師として崇拝を受けた。
    おたあジュリア(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)

  • おたあジュリアと言われる墓(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)

    おたあジュリアと言われる墓(16C小西行長によって連れてこられた朝鮮貴族の娘・おたあジュリアは徳川家康の寵愛を受けてもキリスト教を捨てなかった為、神津島に流刑された。流刑後40年も信仰を貫き、島民に深い感銘を与えた。篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓と伝えられています。)

  • 流人墓地(中央に篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓があります。)

    流人墓地(中央に篋塔様と呼ばれる石塔が彼女の墓があります。)

  • 流人墓地(ジュリア像)

    流人墓地(ジュリア像)

  • 流人墓地

    流人墓地

  • 流人墓地

    流人墓地

  • 流人墓地

    流人墓地

  • よたね広場(星空が美しく見渡せます。)

    よたね広場(星空が美しく見渡せます。)

  • 神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

    神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

  • 神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

    神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

  • 神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

    神津島の古民家(大正から昭和初期の家屋が保存されています。)

  • 図書館

    図書館

  • 神津島小学校

    神津島小学校

  • 与種神社(青木昆陽を祀る神社 サツマイモ栽培を広め、神津島にも伝えたという。サツマイモが主食となり飢餓に苦しんだ島民が救われた。)

    与種神社(青木昆陽を祀る神社 サツマイモ栽培を広め、神津島にも伝えたという。サツマイモが主食となり飢餓に苦しんだ島民が救われた。)

  • 与種神社(青木昆陽を祀る神社 サツマイモ栽培を広め、神津島にも伝えたという。サツマイモが主食となり飢餓に苦しんだ島民が救われた。)

    与種神社(青木昆陽を祀る神社 サツマイモ栽培を広め、神津島にも伝えたという。サツマイモが主食となり飢餓に苦しんだ島民が救われた。)

  • 与種神社より村落を見ます。

    与種神社より村落を見ます。

  • 神津島中学校<br />

    神津島中学校

  • 神津島レンタカーの会社(車を返却します。)

    神津島レンタカーの会社(車を返却します。)

  • H前のバス停(翌日、9:07のバスで黒島登山道入口に行きます。)

    H前のバス停(翌日、9:07のバスで黒島登山道入口に行きます。)

  • H神津館(浴場)温泉ではありませんが、良く、温まりました。

    H神津館(浴場)温泉ではありませんが、良く、温まりました。

  • H神津館(脱衣場)

    H神津館(脱衣場)

  • H神津館の前の景色と夕日

    H神津館の前の景色と夕日

  • H神津館(部屋よりのオーシャンビューの景色)

    H神津館(部屋よりのオーシャンビューの景色)

  • H神津館(部屋よりの夕日)

    H神津館(部屋よりの夕日)

  • H神津館(食堂)

    H神津館(食堂)

  • 左は地ビール(日向葵)770円と右は地焼酎の「盛若」660円を戴きました。

    左は地ビール(日向葵)770円と右は地焼酎の「盛若」660円を戴きました。

  • 夕食(金目鯛の煮付と刺身(海老 目鯛 金目鯛)等です。左上はサラダ 中央左は明日葉のお浸し)を美味しく戴きました。

    夕食(金目鯛の煮付と刺身(海老 目鯛 金目鯛)等です。左上はサラダ 中央左は明日葉のお浸し)を美味しく戴きました。

  • 夕食(金目鯛の煮付け)

    夕食(金目鯛の煮付け)

  • 地のりの茶碗蒸し 鯵のつみれ

    地のりの茶碗蒸し 鯵のつみれ

  • イワシのつみれ汁とパッションフルーツ

    イワシのつみれ汁とパッションフルーツ

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