2019/12/13 - 2019/12/20
51位(同エリア148件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記694冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,036,891アクセス
- フォロワー48人
2019年12月。クリスマスマーケットを巡る11回目の旅です。
ドイツ・フランクフルトから始まり、西に進んでルクセンブルク、
南下してフランス・アルザス地方、東に向かってドイツに戻ります。
シュバルツヴァルト(黒い森)地方を周って北上し、
フランクフルトから帰国します。
5回目は、ルクセンブルクから真南にフランスに入ります。
女性の名前のような町ナンシーは、アールヌーヴォーの発祥の地で、
たいへん優美なスタニスラス広場が有名です。
ツアーでは、スタニスラス広場とカリエール広場の2つを散策して、
自由昼食となりました。オプションでコース料理を食べる人達と別れて、
自由散策の始まりです。せっかくフランスらしい町並みを歩けるのです。
出来る限り見て回らなくては。
先ずはスタニスラス広場から南にある大聖堂で美しい礼拝堂の数々を見て、
ナンシーの町をぶらぶら歩きます。とっても美味しそうなお菓子屋さんに心惹かれます。
その後は、カリエール広場の横にある聖プヴァル教会を見学して来ました。
19世紀に再建された際に、時の権力者たちから寄進されたたいへん見事な
ステンドグラスが充満している信じられない教会でした。
どちらもたいへん見応えのある教会で、
この日の昼食時間は、ほぼ教会に捧げてしまいました。
今回の後半はステンドグラス一色です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
小雨模様の中、ナンシーの町に到着しました。
フランスだと思うからなのでしょうか、
街並みがドイツとは違う気がします。なんか、オシャレ。 -
1793年創業の「メゾン・デ・スール・マカロン」。日曜休みです。
昔ながらの修道女のレシピで作るマカロンで有名です。
使用しているプロヴァンス産のアーモンドは
植樹するところから携わっているそうです。
ナンシーでは、昔ながらの伝統的なレシピを守り、
地元産やこだわりの材料を使って手作りしている伝統菓子店に
「ナンシー・パッション・シュクレNANCY PASSIONS SUCREES」
という称号を授けています。
日本でお馴染みの物とはかなり異なる伝統的なマカロンです。メゾン デ スール マカロン スイーツ
-
まるで宮殿への入口であるかのような金ぴかの門があり、
その向こうがスタニスラス広場です。
門の中は四角い広場でした。何もない石畳の広場です。
広場を囲む建物は、本当にヴェルサイユ宮殿かのように華麗です。 -
巨大なクリスマスツリーが飾られています。でも他には何にも無し。
巨大なツリーで有名なストラスブールでは、
クリスマスマーケットは広場になくても、
もう少し気分の盛り上がるデコレーションはありました。
なんだか味気ないなあ。 -
こちらがナンシー美術館です。
1793年にナポレオンの文化振興政策により作られ開館した美術館で
地方の美術館でありながらコレクションが充実しています。
14~20世紀の作品を収蔵しており、ルーベンス、ドラクロワ、モネ、
ピカソなどの有名画家や、クロード・ロランなどの近代画家、
ナンシー派のドーム兄弟のガラス工芸は約400点にものぼります。 -
ナンシー市庁舎。
毎年夏(6月中旬~9月中旬)と冬(11月下旬~12月下旬)の夜には、
この市庁舎で、音と光のプロジェクションマッピングが開催されます。
ナンシーは、ロレーヌ地方の中心都市です。
元ポーランド王のスタニスラスが、18世紀に亡命し統治・整備した街で、
フランス菓子マカロンの発祥の地でもあり、
郷土料理には、「キッシュ・ロレーヌ」があります。市庁舎 (ナンシー) 建造物
-
スタニスラス広場は、スタニスラス・レスチンスキーによって
整備されました。
彼は1704年にスウェーデンのカール12世によって
ポーランド国王に選ばれました。
前王のアウグスト2世が反スウェーデン主義だったためです。
以後、復権を目論むアウグストとの抗争が続きます。
スウェーデンがロシアに敗れ、その後ろ盾を失うと、
ロシアと結んだアウグストが復位します。
1725年娘のマリアがルイ15世と結婚してフランス王妃となります。
1733年にアウグスト2世が逝去し、
再びポーランド・リトアニア共和国の王位に就きます。
しかし翌年、ロシアがポーランドに侵攻し、
スタニスラスは娘婿のルイ15世を頼ってフランスに亡命します。
ルイ15世は、ロレーヌ公国とバル公国を、
1代限りの条件でスタニスラスに与えました。
この広場は娘婿のフランス国王を称えて、
1755年にスタニスラスが造ったもので、
フランス革命以前は国王広場と呼ばれていました。
ナンシーは11世紀からロレーヌ公国の首都として栄えてきましたが、
スタニスラス公の死後、公国はフランスに併合されました。
広場のスタニスラス像の右手は、ルイ15世を讃えた凱旋門を
指さしています。ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場及びアリアンス広場 広場・公園
-
凱旋門(Arc Here)に向かうエレ通り(Rue Here)です。
パリのムーランルージュのような赤い風車が目立つのは、
「Bagatelle」というバーです。 -
その反対側。「Amorino」はアイスクリーム屋さんです。
-
凱旋門(Arc Here)。
フランス王ルイ15世を称えるためにエマニュエル・エーレ・ド・コーニーによって設計され、1752年から1755年の間に建てられました。
戦争と平和のモチーフを展示しており、片面には鏃と鎧が、
もう片面には小麦の耳と宝庫が飾られています。 -
頂上には、ルイ15世を指す「敵対者の恐怖、条約の作成者、
そして彼の民の栄光と愛」という碑文が刻まれています。
碑文の側面には、セレス、ミネルバ、ヘラクレス、
火星の神々の像があります。
碑文の上には、ミネルバ、パックス(平和を象徴するローマの女神)、
ファマ(栄光を象徴するローマの女神)の金色の彫像があり、
ルイ15世のメダリオンを囲んでいます。 -
凱旋門の下には、魚のオブジェが吊り下げられています。
-
凱旋門を抜けるとカリエール広場があります。
ナンシーのスタニスラス広場とカリエール広場、
そしてアリアンス広場は世界遺産に登録されています。
3つの広場が整備されたのは18世紀で、ロレーヌ公スタニスラス・
レシチニスキーによって行われた都市計画によって建設されました。
カリエール広場は16世紀に整備され、当時は馬上槍試合などが
行われていました。
アリアンス広場は、ローマのナヴォーナ広場の噴水を模したものが
中央にある、比較的小さな広場です。
さて、ツアーでは2つの広場をチラッと見に行っただけで
観光は終わりました。
これから自由時間となり、昼食は各自でとることになります。 -
スタニスラス広場に戻って来ました。
エレ通りの角にある「Cristalleries Daum」は、
ガラス工芸品を中心に販売しています。
この並びにあるレストラン「Michel Angelo」で、
キッシュ・ロレーヌがメインのコース料理を食べるオプションがあり、
翌日のストラスブールの夕食と一緒で9,500円でした。
高級料理を食べるより、より多く見て歩きたい派なので、
ご一行様とは手を振って別れます。 -
スタニスラス広場は、金細工で彩られたロココ様式の
美しい鉄柵が目を引きます。 -
アンフィトリテの噴水(Fontaine d'Amphitrite)
-
隣にあるロレーヌ国立歌劇場(Opera national de Lorraine)。
-
その隣がグラン ホテル デ ラ レーヌ(Grand Hotel de la Reine)。
どれもよく似たデザインなので、方向感覚がおかしくなります。
そういう時は、スタニスラス像を見れば、北(凱旋門)を
指さしています。グランド ホテル デ ラ レーヌ プレイス スタニスラス ホテル
-
スタニスラス広場の南東の角の門から出て行きます。
その先にある教会が気になるのです。右が市庁舎です。 -
2019年11月22日~2020年1月5日の
音と光のショーは、「聖ニクラウス(サンタクロース)」だそうです。 -
モーリス・バール通りを歩いて近付いてみると、
かなり大きなことがわかります。
ナンシー大聖堂(Cathedrale Notre-Dame-de-l'Annonciation)です。 -
大聖堂の前には、トラムの線路があり、電停があります。
この先が国鉄ナンシー駅です。 -
大聖堂の中に入ってみました。
ガランとした印象の広い身廊です。 -
大聖堂は、スタニスラス広場と同様、スタニスラス王時代の1703年に
建設が始まり、1760年頃までには、ほぼ完成しています。
バロック様式なので、外観・内観ともに、
とてもシンプルな作りとなっています。
広場があれだけ華麗な造りなのに、ちょっと不思議ですね。 -
作りはシンプルでも、側廊を数多くの礼拝堂が飾っています。
922年から962年まで司教を務めたGauzelinの礼拝堂。 -
完成度が高い上に、好みの彫像です。
イエスを抱いているのはマリアが殆どですが、これは聖ヨセフです。 -
アイルランドの聖人Saint Fiacreの礼拝堂です。
-
聖Courの礼拝堂。
-
ジャンヌ・ダルクの像かしら?
-
Saint-Sacrement の祭壇。
-
クーポラのフレスコ画。なんとなく細かく書き込まれていないような、
中途半端な感じがします。 -
主祭壇。左右の小さな礼拝堂の祭壇があれだけ作り込まれているのに、
意外とシンプルな気がします。これもバロックだからなのかな? -
主祭壇の聖母子像。
-
聖母子の礼拝堂には、クリッペが設営されていました。
-
クリッペはキリスト誕生の場面を表しますが、
クリスマス当日まではキリストの人形は置かれません。 -
こちらもクリスマス時期にだけ掲示されるようです。
-
説教壇への階段がこれだけシンプルな大聖堂も珍しいな。
ゴシック様式に慣れると、バロックは簡素に見えてしまいます。 -
玄関の上のパイプオルガン。では、そこから出て行きましょう。
-
大聖堂の前の広場にあった看板。クリスマスシーズンには街の中に
8つのポイントを設けて、イベントが行われているようです。 -
クリスマスキャンドル。12.5ユーロと16.5ユーロ。
本来は4本のキャンドルに1週間に1本ずつ灯すのですが、
1本の場合はどうするのかしら? -
近所のお菓子屋さんの店頭は美味しそうなものでいっぱい!
-
「Alain Batt Chocolats」というチョコレート屋さんです。
大聖堂の前のサンジョルジュ通り(Rue Saint-Georges)を
ナンシー駅方向に歩いて、
サンジュリアン通り(Rue Saint-Julien)と交差した角にあります。 -
サンジョルジュ通りです。
トラムの線路伝いに進めば簡単に駅に行かれます。
他に行きたい所があったので、駅には行きませんでした。
ドイツの駅は良く行くけれど、フランスの駅は縁が無いなあ。 -
時間とお金がもったいないので、私の昼食はここ(L'Epi d'Or)でした。
-
「de Neuville Chocolat français」というチョコレート屋さん。
ナンシーの町にはチョコレート屋が多いようです。 -
サンジョルジュ通りからヴィジタシオン通り(Rue de la Visitation)に曲がって北上しました。
カルノ広場(Place Carnot)です。
世界遺産のカリエール広場よりもっとずっと長い広場なので、
見に来てみたのですが、見事に何もありませんでした。 -
でも、ほら、ちょっと魅惑的な小径を見つけましたよ。
手前左がラファイエット広場で、
この道はマレショー通り(Rue des Marechaux)です。
レストランが集まった楽しい界隈です。
適当に歩いていて、ここに辿り着いた自分がちょっと嬉しいです。
ついでにここで食事を楽しめるゆとりがあるといいのですが。 -
ラファイエット広場にもジャンヌダルクの像。
ジャンヌダルクは、神の声を聞き、シャルル王太子を擁護して
イングランドを撃退し、ランスで戴冠させた
「オルレアンの乙女」と呼ばれる少女です。
19歳で異端審問によって火あぶりにされました。
1920年に列聖されて、フランスの守護聖人の一人となっています。
ジャンヌは、バル公領のドンレミ村の生まれでした。
バル公国はロレーヌ公国に併合されています。
つまり、ナンシーはジャンヌの生誕地に近いのです。 -
ぶつけなければ、絶対に車を出せないような駐車車両が続く
ラファイエット通りを歩きます。 -
ここが目的地の聖プブル教会(Basilique Saint-Epvre)です。
玄関は反対側なので、横を歩いて行きます。 -
聖プブル広場(Place Saint-Epvre)に、教会の玄関は面しています。
-
聖プブル教会はトゥールの司教である聖プヴルに捧げられています。
ロレーヌ公国のデュークティエリー2世は
1080年にここに教区教会を設立しました。
1436年から1451年の間に、建物は華やかなゴシック様式で
改築されました。
教会は1863年に取り壊され、19世紀に再建されたネオゴシック様式の
教会です。ゴシックの象徴である尖塔は87m。Saint Epvre教会 寺院・教会
-
内部はとにかく高い天井と、
数多の美しいステンドグラスが華やかに彩っています。Saint Epvre教会 寺院・教会
-
ずらっと並ぶ、最高水準のステンドグラスです。
前庭の階段は、オーストリアとロレーヌの家の相続人である
オーストリアの皇帝フランツヨーゼフ1世からの贈り物であり、
ステンドグラスの窓は
聖フランシスと聖エリザベスを装って描かれています
世界の最高権力者が贈ったステンドグラスです。
その芸術作品は半端ではありません。Saint Epvre教会 寺院・教会
-
ひれ伏したくなるほどの精巧さ。
これ程に完成されたステンドグラスは見たことがありません。Saint Epvre教会 寺院・教会
-
聖プブル教会の見取り図です。
身廊の長さは84mあります。 -
ここのクリッペはかなり豪華です。
-
クリッペの上のステンドグラス。
-
ナポレオン3世と皇后ウジェニーもステンドグラスの窓を寄贈しました。
-
この教会は、最も美しいステンドグラスが信じられない枚数、
飾られている、世界でも稀有な存在です。
ここまですごい質の高さは、類を見ないです。
これから、しばらくはステンドグラス三昧になります。 -
ステンドグラスが1枚欠けています。失われてしまったのでしょうか。
-
ステンドグラスは素晴らしい出来栄えなのですが、
ちょっとモデルの表情が残念。 -
大写しにしてみました。
どれだけすごい作品か、大写しにしてみると尚一層わかります。 -
これらの素晴らしいステンドグラスは、2階にもあるのです。
-
聖人たちが居並んで、教会を守っています。
-
あまりに素晴らしいので、これも大写しにしてみました。
聖プブル教会が再建された19世紀後半には、
ステンドグラスの技術は飛躍的に進化しました。
更に、20世紀に入るとルイス・C・ティファニーが豊富な資金を使って技術革新を積極的に進め、絶頂期を迎えるのです。
その作品は、小樽の似鳥芸術村のステンドグラス美術館と
似鳥美術館で見ることが出来ます。 -
説教壇を近くで見ると、これもまた見事な細工です。
19世紀という時代は、富があり、技術のあった最後の
そして最高の時代だったのでしょう。
第2次世界大戦以後に修復された教会などは、技術が稚拙で悲しいです。 -
これだけ作品があって、どれも同じデザインではないのが凄いです。
-
う・わ~。こちらのデザインもすごくいい!
-
自分の信仰している聖人が描かれていたら、毎日祭壇ではなく、
ステンドグラスに通って祈りを捧げてしまいそう。 -
この緻密なデザインと言ったら!
とてもガラスで出来ているとは思えません。 -
無信心な私でもここは「至福の空間」です。
-
この教会には美しいステンドグラスだけでなく、木製の羽目板があり、
その一部はバイエルンで作られました。 -
絵の題材が珍しいですね。普通、女性は3人組が多いものですが。
-
ああ、本当に祈りを捧げる向きを間違えてしまいそう。
-
聖プブル教会の天蓋は、第一次世界大戦中に砲弾の爆発によって
破壊されました。
その後、ロレーヌとアルザスの統一を象徴する聖プブルと
聖オディールの像に置き換えられました。 -
ハレルヤ!バラ窓に乾杯!
-
イチオシ
ここが美術館ではないなんて。
-
ここに来られて、本当に幸せだったなあ。
-
ガイドブックには名前しか載っていない教会が、これ程のものとは。
下調べは本当に大事だなあ。 -
パイプオルガンがありました。
オルガン製作者のヨーゼフメルクリン(「メルクリンシュッツェ」社)
によって製作され、アントンブルックナーによって完成しました。
このオルガンは、 1867年にパリで開催された万国博覧会で金メダルを
獲得し、パリの有名なオルガニストのほとんどが演奏しました。 -
珍しく、聖書の場面が描かれています。
-
それにしても、これだけの教会なのに、人が少ないなあ。
ミサの時間にしか参拝しないんだろうか。 -
今回の表紙です。この聖人は、一人だけで描かれています。
羽根を持ち、右手に剣を携えているので、
大天使ミカエルかもしれません。 -
「受胎告知」
-
すっかり19世紀のステンドグラスの虜になってしまいました。
-
これだけ色彩豊かなのに、ケバケバしくならないのがさすがです。
-
主祭壇。聖プブルの聖遺物は、この祭壇の聖骨箱に保管されています。
-
司教席の背板が、背後のステンドグラスが見えるように、
透かし彫りになっています。 -
あれ?玄関の上にもパイプオルガンがあります。
パリ万博に出品されたのはどちらなんだろう? -
ずっと読めなかった名前が、これだけはわかりました。
「大天使ガブリエル」受胎告知に現れる天使です。 -
2012年12月、ロレーヌ公国の子孫であるハプスブルク=ロレーヌ大公
クリストファーがここで結婚式を挙げました。 -
こんな感じだったのかな?
-
紫色が印象的なステンドグラスです。
-
紋章のような物が描かれています。いろいろバリエーションがあるなあ。
-
そろそろお暇(いとま)いたします。夢のような空間でした。
スタニスラス広場も豪華だったけれど、
私はこの聖プブル教会のステンドグラスが見られて、大満足です。 -
聖プブル教会の前から東に行くとすぐにこの門があり、
その向こうはカリエール広場です。 -
カリエール広場の突端には13世紀に建てられたロレーヌ公宮殿
(Palais des Ducs de Lorraine)があります。
ゴシック建築様式の優美で豪華な建物です。
一部がロレーヌ歴史博物館となっています。
ロレーヌ歴史博物館は、4500㎡という広大な敷地に、
先史時代から19世紀までという、長いロレーヌの歴史を
3つに分けて展示しています。
宗教的彫刻、絵画、版画、調度品などの展示物が豊富です。
この先に進むと広大なペピニエール公園(Parc de la Pepiniere )です。ロレーヌ公の館(ロレーヌ歴史博物館) 城・宮殿
-
カリエール広場を南下すると、観覧車の向こうに凱旋門があり、
スタニスラス広場に至ります。
世界遺産の広場ですが、拍子抜けするほど何もありません。
地元の人にとっては単なる駐車場? -
カリエール広場の途中にスタニスラス広場の門と同じ、
金装飾の華麗な門があります。
クリスマスシーズンなので、ライトアップも綺麗なのでしょうね。 -
なんだか、19世紀末のアンティークで魅惑的な景色です。
-
凱旋門に近いエリアで、クリスマスの遊園地が出来ていました。
カルーセル(回転木馬)かと思ったら、空中ブランコでした。 -
ミニ列車もあります。
-
アルザス・ロレーヌ地方は、ドイツだったこともあり、
ドイツのクリスマス文化がありますが、
ナンシーのクリスマスマーケットは、ごく小規模です。 -
焼き栗を売っています。
-
凱旋門脇のこの道を行けば、先程見たレストランの並ぶ
マレショー通りになります。 -
凱旋門をくぐって、エレ通りをスタニスラス広場に向かって
歩いています。 -
大きなクリスマスツリーの下が集合場所です。
これからストラスブールに向かいます。
このツアーはストラスブールに2連泊です。
次回はコルマールとリクヴィルです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
アルザスと黒い森のクリスマス
-
前の旅行記
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(4) ルクセンブルク
2019/12/13~
ルクセンブルク
-
次の旅行記
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(6) コルマール
2019/12/13~
コルマール
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(1) マインツ
2019/12/13~
マインツ
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(2) ベルンカステル・クース
2019/12/13~
ベルンカステル・クース
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(3) トリーア
2019/12/13~
トリアー
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(4) ルクセンブルク
2019/12/13~
ルクセンブルク
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(5) ナンシー
2019/12/13~
ナンシー
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(6) コルマール
2019/12/13~
コルマール
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(7) リクヴィル
2019/12/13~
リクヴィール
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(8) ストラスブール前編
2019/12/13~
ストラスブール
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(9) ストラスブール後編
2019/12/13~
ストラスブール
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(10) ゲンゲンバッハ
2019/12/13~
その他の都市
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(11) トリベルクとシルタッハ
2019/12/13~
シュヴァルツヴァルト
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(12) ホーエンツォレルン城
2019/12/13~
テュービンゲン
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(13) テュービンゲン
2019/12/13~
テュービンゲン
-
アルザスと黒い森、ホーエンツォレルン城の旅(14)ミヒェルシュタット・フランクフルト
2019/12/13~
ミッヒェルシュタット
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
この旅行で行ったグルメ・レストラン
ナンシー(フランス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ アルザスと黒い森のクリスマス
0
108