2021/11/14 - 2021/11/14
6位(同エリア177件中)
旅猫さん
旅の二日目は、以前一度訪れたことがある城下町新発田を歩く。新発田を訪れたのは、13年前の桜の咲く季節である。その時は、新発田城跡を観たけであった。今回は、紅葉が見頃だという清水園を中心に、城下町を散策することにする。とは言え、栃尾へ行く予定を急遽変更したので、地図すら持っていない。情報は、現地で得ることにした。
(2021.11.19 投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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長岡駅から乗った7時49分発の『とき301号』は、刈り取りの終わった越後平野を走って行く。燕三条駅近くからは、弥彦山が綺麗に見えていた。
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8時12分に新潟駅に到着。向かいのホームに、8時22分発の秋田行の特急『いなほ1号』が出発を待っていた。新潟駅も高架になり、新幹線と在来線の特急列車が同じホームで乗り換えが出来るようになったのだ。
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『いなほ1号』は、白新線を走り、25分足らずで羽越本線との乗り換え駅である新発田駅に到着した。とりあえず、駅近くにあった観光案内所に立ち寄り、地図を手に入れた。その後、まずは紅葉が見頃との情報を得ていた清水園へと向かった。途中、大きな神社があったので参拝する。その社は、諏訪神社であった。
新発田観光の前に by 旅猫さん新発田市観光情報センター 名所・史跡
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諏訪神社から5分ほどで清水園に着いた。この庭園は、新発田藩の下屋敷だったものである。受付脇にあった茅葺の門は、元は新発田藩家老の屋敷にあったもので、後に藩知政庁で使われていたものらしい。
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大門と呼ばれるその門を入ると、その奥にも門が見える。千宗旦の直弟子で宗旦四天王の一人である藤村庸軒が建てたもので、京都から移築されたものだそうだ。
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その門の手前に、清水谷御殿と呼ばれた下屋敷の中心的な建物の玄関があった。玄関へと続く石畳の脇には、色付き始めたもみじがあり、建物に彩を与えていた。
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寄棟造の建物の中に入ってみると、廊下からは、美しい庭が望めた。
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建物を見学した後、先ほど見えた中門を潜り庭園へと入る。入ってすぐの所には、『桐庵』と呼ばれる茶室があった。その脇に伸びる道沿いには、美しく色付いた樹々が観られた。
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御殿の脇にも、赤く色付いたもみじがあった。障子の白さに赤い葉が良く映えていた。
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御殿の前に広がる池の前に出た。この庭園は、京風の池泉廻遊式庭園で、東日本でも有数の名園だそうだ。
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池の畔に建つ『桐庵』の近くでは、もみじが見事に色付いていた。
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再び池の畔に出ると、池の向こうにも茶室が見える。『松月庵』と呼ばれるもので、色付いた樹々や緑の松などに囲まれ、とても風情を感じる。水面には、その樹々が映り込み、なかなか綺麗だった。
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池沿いに歩いて行くと、鏡のように景色が映り込む場所もあった。
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遊歩道は、池から少し離れた。そこには、鐘楼が建っていた。この庭園には、近江八景を模して造られた場所があり、その鐘楼は、『三井の晩鐘』と呼ばれている。周囲には、石畳が敷かれ、そこに木漏れ日が当たり美しかった。
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その先には、『瀬田の夕照』と言う場所もあった。池を渡る鉤型の石橋が設けられ、なかなか風情のある景色であった。
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遊歩道には苔がが生え、そこに色付いた葉が落ちている。
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腰掛待合と呼ばれる建物の前まで来ると、綺麗に色付いたもみじに出会った。この庭には緑が多いが、もみじが随所に配され、良い感じである。
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遊歩道の終点近くに、三つの茶室のある建物があった。その前にあった手水らしきものに落ち葉が浮かび、秋の風情を醸し出している。
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最後に、移築した酒蔵を利用した新発田藩関係の資料を展示している資料館を見学した。その中には、越前朝倉義景の嫡孫(自称)と伝わる溝口伊織家初代国景の甲冑も展示されていた。大坂夏の陣で着用したものと云われ、前立てには、朝倉家の『三つ盛木瓜』が施されている。
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清水園を出ると、向かいに天保13年(1842)建てられた足軽長屋がある。八戸が住めるようになっていて、内部も見学できるようになっていた。清水園の駐車場に、武家屋敷である石黒邸もあったのだが、失念していて見過ごしてしまった。
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その後、寺町へ行く前に、途中で見かけた寛政年間創業の市島酒造に立ち寄る。試飲が出来るというのでお願いすると、7種類も出してくれた。看板銘柄は『王紋』であり、新宿でも何度か呑んだことがある。なかなか美味しかったが、肝心の『王紋』の純米吟醸酒や純米酒が無かった。それでも、試飲は出来なかったが『王紋 純米吟醸生原酒』を帰りに購入した。
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少し戻り、寺町通りへと入る。名前のとおり、両側に寺が並び、独特の景観である。新発田城の南に位置し、防御の一環を担っていた場所である。
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その一角に、福勝寺と言う寺があった。上杉謙信の部将柴田重家の開基による寺院だが、開山は応永元年(1394)であり、600年以上の歴史があるそうだ。山門前に、新発田重家の銅像が置かれていた。
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本堂の左手には、新発田重家の墓所もあった。謙信亡き後、景勝側に立って活躍したが、恩賞が少なかったことなどに不満を募らせ反旗を翻し、新発田城に籠城。6年余り戦ったが、最後は自刃して果て、滅亡した。立派な墓所があることから、地元では郷土の英雄なのだろう。
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近くには、新発田藩主溝口家の菩提寺である宝光寺もある。その山門は、弘化2年(1845)に再建されたもので、当時の姿をそのまま残しているそうだ。本堂の裏手には、溝口家の墓所があり、歴代藩主の墓などがあるのだが、立入禁止となっていた。
歴代藩主の墓所は立入禁止です。 by 旅猫さん宝光寺 寺・神社・教会
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寺町通りを抜けると、新発田の中心らしい目抜き通りに出た。両側にアーケード街が続いているが、昔は雁木造りの町家が建ち並んでいたのだろう。交差点の角に立つ隅切りの建物が、往時の賑わいを伝えている。
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そこから20分ほど歩くと、ようやく新発田城跡が見えて来た。新発田城は、戦国時代に新発田重家が居城とした城の跡に建てられたもので、現在は、本丸の一部だけが残されている。最初に目に付く二重の櫓は、旧二の丸にあった隅櫓で、本丸の鉄砲櫓跡に移築保存されたものだ。
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濠沿いに進むと、復元された三階櫓が望める。新発田城には天守が無く、実質、この三階櫓が天守の代わりとなっていたそうだ。伝統的な工法で復元されたものだが、自衛隊の敷地内にあるため見学することは出来ない。
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旧二の丸隅櫓の前まで戻ると、濠の中に島のようなものがある。これは、帯曲輪の先端にあった土橋門の土塁の跡である。二の丸から本丸へ向かうには、土橋門から帯曲輪に入らないとならず、本丸防御の要になっていた場所である。
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土橋門跡から帯曲輪跡に入り濠沿いに歩いて行くと、復元された本丸辰巳櫓と、現存する本丸表御門がある。新発田城は、本丸の一部しか残っていないものの、越後で唯一、建物が現存する城である。濠越しに見るその姿は、城郭らしい佇まいを残し、なかなか見応えがある。
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表御門を入ると、銅像が立っている。初代藩主溝口秀勝の像である。尾張出身で、織田信長、豊臣秀吉に仕え、新発田の領主となった。徳川の世になってからも所領を安堵され、新発田藩初代藩主となった人物である。かの織田信長に見出されたと云うから、さぞかし才覚があったのだろう。
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三階櫓は見学できなかったが、現存する表御門と旧二の丸隅櫓は内部を公開していた。江戸時代の藩士たちも歩いたであろう場所にいるのは、何とも言えないものである。
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新発田城跡を後にして、駅へと戻る。途中、蕗谷虹児記念館と言うものがあったので立ち寄ってみた。蕗谷虹児は新発田出身の画家で、童画や絵本の分野でも活躍したそうだ。個人的にはあまり気に入るものは無かったが、ちょうど館内で開催されていた『はりえ画家 内田正泰展』が気に入り、思わず画集を2冊も購入してしまった。
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往きとは違い道を辿って駅へと向かう。途中の商店街もなかなか風情があった。日曜日は、多くの商店が休みのようで、どこか寂しい。
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歩いていると、新発田市のマンホールを見つけた。中央には、市の花である菖蒲が描かれ、周囲には、桜の花弁もあしらわれている。
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しばらく歩いていると、道の奥に山門が見えた。寄り道してみると、かの堀部安兵衛所縁の寺であった。安兵衛の生家である中山家の菩提寺で、安兵衛手植えの松があったそうだが、現在のものは二代目だそうだ。本堂脇には、赤松の大木があり、なかなか見事な枝ぶりであった。
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長徳寺から裏道沿いに歩いていると、前回訪れた時、朝倉家の子孫の墓を観た記憶が唐突に思い起こされた。そこで、急遽調べてみると、寺町にある瑞雲寺だと分かり訪れてみた。そこは、新発田藩の重臣である溝口伊織家の墓所で、初代が越前朝倉氏最後の当主義景の嫡孫と云われる国景なのである。自称らしいが、滅亡した朝倉宗家の血筋が越後の片隅に残っていたと言う話は、なかなか面白いと思う。
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新発田駅から、13時43分発の特急『いなほ8号』に乗り、新発田を離れる。久しぶりに訪れたが、街の風情は大きく変わって無く、懐かしかった。新潟駅で、14時14分発の『とき324号』に乗り換え、旅を終える。列車は長岡駅を出ると、大宮駅まで停まらず、僅か1時間20分ほどで着いてしまった。紅葉を観に訪れた越後路への旅。紅葉を満喫とまでは行かなかったが、美しい鏝絵や美味しい地酒、歴史に触れられた旅となった。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- hot chocolateさん 2021/12/21 03:07:38
- 新発田
- 旅猫さま
こんばんは。
ご無沙汰しているうちに、未読の旅行記が増えていました。
この秋は、コロナも落ち着いて、ようやく旅が楽しめるようになってきましたね。
もちろん、マスクに消毒、三蜜などに気を付けながら。
新発田の名はよく聞くのですが、未踏の地であり、どんなところかよく分かりません。
清水園の庭園も御殿も情緒があって見事ですね。
新潟はお酒が有名な所、紅葉も楽しめて、かなり良い旅になったようで何よりです。
hot choco
- 旅猫さん からの返信 2021/12/21 18:12:39
- RE: 新発田
- hot chocoさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
ようやく旅が出来るようになり、毎週のように出歩いています。
しっかり、対策はとっていますが、周りの人がワクチンを接種したからと、車内でマスクもしないで喋りまくっているのを見かけるので困ったものです。
新発田は、城下町ですが、かなり地味です。
お城と庭園以外は、あまり見どころがありません。
歴史好きなら、少しは楽しめますが。
旅には出ていますが、まだ旅先で外食するのは控えています。
とは言え、先日訪れた盛岡では、地ビールに釣られて入ってしまいましたが。
東北や西日本では、かなり落ち着いてきていますので、今の内に訪れておきたいです。
旅猫
-
- 前日光さん 2021/11/21 16:29:29
- 懐かしい!
- 旅猫さん、こんにちは。
お久しぶりです。
何が懐かしいかというと、旅猫さんはイマヒトツ感心されなかったらしい「蕗谷虹児記念館」の建物を見かけたからです(^_^)v
蕗谷虹児は、おそらく私と同じ年代の女性だったら、あら~っと目をとめると思います。
なぜなら、幼児期の絵本で頻繁に見かけていた絵を突然目の前にして、遙か昔の幼年時代が甦るからなのです。
同じ時代の同じような画家に、高畠華宵、大日向明といったような方もいます。
今から30年以上も前、山形の旅に出た時に新潟を通り、ここ新発田市を少しばかり巡ったことがあって、その時にこの記念館に立ち寄りました。
私は「花嫁人形」の絵はがきを買って、今も大切に持っています。
昭和30年代の絵本といえば、この蕗谷のような叙情的かつ浪漫的な絵に満ちていました。
私たちの世代が、キティちゃんよりもどこかリアルな、瞳の大きな少女の絵に惹かれるのは、幼児体験からきていると思いますよ。
いやぁ、今でもこの記念館存続しているのですねぇ。
清水園の紅葉の美しい建物もすばらしいのですが、私にとっては蕗谷虹児の記念館は、胸を締め付けられるような郷愁の念を呼び覚ますものとなりました。
ありがとうございます<(_ _)>
前日光
- 旅猫さん からの返信 2021/11/24 08:53:52
- RE: 懐かしい!
- 前日光さん、こんにちは。
お久しぶりです。
蕗谷虹児は、これまで観たことはありませんでした。
知らずに観ていたものはありましたが。
高畠華宵、大日向明、どちらも初めて耳にしました。
ある一定の年代の女性の方には懐かしい存在なのですね。
30年以上前に、既に記念館はあったのですね!
郷土の芸術家なので、市が頑張って存続させているのでしょう。
清水園の紅葉は、とても綺麗でした。
予定を大きく変更してまで訪れて良かったです。
思い出の場所などがずっと残っていると嬉しいですよね。
旅猫
-
- salsaladyさん 2021/11/20 09:37:00
- 新発田(新発田)~珍しい紹介~
- ☆新潟の主要都市としては昔の様子をリアルに残した城下町(本当に江戸時代から保存されてるの?)旧二の丸櫓。。。
☆大学時代の寮友が新発田出身だったので、ちょっと興味を引きました。
☆それよりも「蕗谷紅児」記念館がある?女流文学の創生者平塚雷鳥と一時同人誌を発行していた(明治時代!)童画家ですね。あの時代に集まって、貧乏にもめげず同人誌を作った気概有る女性(彼女の実家は金持ちだったらしいけど)尊敬に値します。
- 旅猫さん からの返信 2021/12/01 20:12:56
- RE: 新発田(新発田)?珍しい紹介?
- salsaladyさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
すっかり遅くなりすみません。。。
新発田は地味な城下町ですが、なかなか風情があります。
櫓と城門は、しっかり江戸時代のまま残っています。
あとは、伝統の工法で木造により再建されたものです。
蕗谷紅児記念館にも訪れましたが、実はまったく知りませんでした。
ただ、絵は観たことがありました。
まだ女性が活躍するには大変だった時代に頑張った方なのですね。
旅猫
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