2020/12/15 - 2020/12/15
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しにあの旅人さん
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2020年6月、11月の飛鳥旅から、諸国寺社参り大和国編です。
六国史の旅でさんざんヘリクツをこね回しました。今回は4トラの旅ブログらしく、比較的素直にまいりたいと思います。安心してご覧下さい。
談山神社から。お参りしたのは6月29日。
私メは大来大津のおっかけで目が血走っておりまして、フツーの観光もしたいというBy妻の願いを完無視、飛鳥の山野を駆け巡っておりました。飛鳥最後の日、ナビ席の美女がだんだん不機嫌になってくるのを察知、「ヤバ」ということで、懐柔のためご希望の談山神社に回りました。
「たんざん神社」と読むべきところを「だんざん」と今まで思っていたくらいの準備不足で、まさに潜水艦にパラシュート、俗にネコに小判と申します。
ところが、これが予想をはるかに上回る美しい神社でありました。
加えて、へりくつをこねまわす麺棒ともいうべき日本書紀、籐氏家伝も使えるとあって、俄然ブログを起こす気になったのであります。
中大兄皇子と鎌足は、本当にここで密談したんじゃないか。あっ、こういうことを思いつくようじゃ、フツーの旅行記は書けません。フツーの観光を心がけます、かな?
今回の旅行記では次の資料を使用しました。
引用に際し僭越ながら敬称を略させていただきます。
「全現代語訳・日本書紀」宇治谷孟・講談社学術文庫
「万葉集・全訳注原文付」中西進・講談社学術文庫、引用では「万葉集中西」
「折口信夫全集第4巻・口約万葉集」中央公論社、引用では「万葉集折口」
「日本書紀」日本古典文学大系・坂本太郎他・岩波書店
読み下し文、漢文原文が必要な場合は本書を引用しました
「現代語訳 藤氏家伝」・沖森卓也/佐藤信/矢嶋泉訳・ちくま学芸文庫
「多武峰縁起絵巻 大化改新」談山神社編・梅田出版
「倭国伝」全訳注藤堂明保/竹田晃/影山輝國・講談社学術文庫
4トラベルのブログは初投稿日順に並べることができません。
この旅行記は2020年6月23日~7月1日、11月14日~23日の2回の旅の記録ですが、初投稿日順に並べるために、12月1日以降の旅行日とします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
正面鳥居からは入山できません。向かって左の社務所にまいります。
駐車場完備 by しにあの旅人さん談山神社 寺・神社・教会
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拝観料を納めました。
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境内地図を確認。
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コロナ騒ぎの間を縫った旅でしたから、人影はまばらでした。
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梅雨のさなかでしたが、幸い雨に降られることもなく、熱暑にも悩まされず、日頃の行いの良さをかみしめました。さわやかな境内です。
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権殿、だそうです。
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新廟拝所にうかがいます。正面に有名な十三重の塔。神社にお寺の塔とは不思議ですが、談山神社はもともと多武峰妙楽寺というお寺でした。1869年(明治2年)廃仏毀釈にあいました。
明治新政府の、野蛮かつ無意味な政策により、神社は廃され、そのまま談山神社という神社になりました。さいわい建物はそのままでした。十三重の塔もそのままでした。 -
拝殿を見上げております。木立に包まれた静かな神社でした。
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その拝殿から見下ろします。
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拝殿を回廊が取り巻いております。
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神社ではあまり見ないつくりです。
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拝殿から本殿。藤原鎌足をお祀りしております。
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残念ながらピンぼけ。
拝殿内部です。 -
談山神社は、もとはブログにする予定はありませんでした。気が変わったのは、11月に飛鳥の大原神社に行ったとき。
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ここが藤原鎌足生誕の地といわれております。
飛鳥時代のロマンを感じる散歩コース。駐車可。 by しにあの旅人さん藤原鎌足誕生地 名所・史跡
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このような案内板がありました。
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なぬ、ここからが談山神社への表参道だと?
談山神社は多武峰の山中にあります。
中大兄皇子と鎌足は、多武峰で乙巳の変の計画を練ったということになっております。
6月石舞台から県道155で談山神社へ行きました。
県道155は最近開通しました。でもこの道筋は古くから飛鳥から宇陀に抜ける街道で、今もハイキングコースのような旧道が途切れ途切れに残っているそうです。
貴公子2人がお供を連れて馬でパカパカ上がっていけば、ものすごく目立つ。密談なんかできっこない。2人とも女づれで、多武峰でパーティするとかという名目ならOKかな、などと不謹慎な想像。
蘇我入鹿の秘密警察はごまかせても、「お前ら、女連れで何したんだ?」と、別な話題で飛鳥ブンシュンの格好の餌食。
中大兄皇子と鎌足は肝胆相照らす仲になり、蘇我入鹿暗殺の計画を練るのですが、2人が仲がいいことから計画の発覚を恐れて、
★日本書紀皇極3年(日付不明)、
「共に書物を持って、南淵請安の所に、自ら儒教をまなぶことにした。往復の路上で肩を並べてひそかに図った」☆
というくらいに警戒していました。
蘇我の密偵の目が光っていたのです。
2人で街道をおおっぴらに行って山に籠もるのは不可能。
でも大原から多武峰に行くとすると、話が変わってくる。
あ、この辺から、観光ブログ脱線し始める。まあ、いいか。 -
このあたりを調べたくなって、談山神社発行の「多武峰縁起絵巻」を取り寄せました。なんとアマゾンで売っていました。本文23ページの冊子ですが、絵巻全体、詞書きの和風漢文の現代語訳が掲載されています。大変役にたちました。
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談山神社宮司さんの「はじめに」という序文に、
「以前からこの絵巻を手元に置いて、じっくり見て見たいという多くの人たちの要望がありました。よってここに絵巻をカラー写真で巻頭から巻末まで順に全巻掲載し、下段には縁起の詞書きをよみやすくするため、原文に即して現代文に訳しました」
そとおりです。貴重な文化財を、このように印刷物で、しかも現代語訳つきで公開する、談山神社さん、まさにGood Jobです!!
是非ほかの神社仏閣さんにも見習ってもらいたい。 -
上段に絵巻本体、下段に現代語訳です。
成立したのは神社社伝では室町時代、詞書きは一条兼良、絵は土佐光茂とされております。7世紀初めの藤原鎌足の出生から、11世紀まで、多武峰永楽寺の縁起を語った絵巻です。 -
鎌足が、中大兄皇子と、乙巳の変の計画を練ったという絵巻第八段。
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右が中大兄皇子、左の黒衣の人物が鎌足です。衣装は、飛鳥時代ではなく、平安時代のようです。
-
詞書きです。
現代語訳全文です。
「中大兄皇子は、鎌足に心中を打ち明けて、「鞍作(入鹿のこと)は暴虐だ。これをどうしたらよいか、-望むところは奇策を述べて欲しい」と・・・。
そこで、鎌足は、皇子を引き連れて都城の東の倉橋山に登り、藤花が咲いているその下で、撥乱反正(乱れた世をおさめて、平和な世にもどす)の謀ごとを談らい合った。
皇子が大いに喜んで言う。「わたしの子房(中国漢時代の重臣、張良のような人)である。わたしがもし天皇に即位したなら、あなたの名前をあらためて藤原とせよ」と・・・。
よってその談合する峯を、名付けて談峯(だんぼう)という。のちには「多武(たむ)」の二字を用いるようになった」
「多武峰」の語源です。
「其談慮号曰談峯後用多武二字」を、
「よってその談合する峯を、名付けて談峯(だんぼう)という。のちには「多武(たむ)」の二字を用いるようになった」と読むそうです。
談(だん)峯(ぼう)→多武(たむ)峯(ぼう、みね)
「桜井市観光ボランティアの会」ホームページによれば、
「後に談所の地を“談の峯”(たむのみね)と呼ばれた」
http://sakuraishi.web.fc2.com/index.html
談の峯(たむ)のみね→多武峯(たむ)のみね、こっちの方がありえる。
「談」と「たむ」と読むのですかね。
いずれにしても「たむのみね→「とうのみね」はちょっと苦しいような。
いずれにしても知らんかった。 -
神社を覆うように談所の森と御破裂山があります。
談所の森は十三重の塔から歩いて10分だそうですが、行っておけばよかったと後の祭りです。 -
この密談については書紀には記載がありません。
「籐氏家伝」にほぼ同じ文章があります。
★「こうした中、中大兄皇子は大臣(鎌足)に、
『天皇(王)の政治が議政官(太夫)によって左右され、周王室の権威が、魯の公族、季孫氏に移ったように、皇位が重臣の手に渡ろうとしている。公(鎌足)はこの事態にどう対処しようとするのか。妙策があれば、述べて欲しい』
と言われた。大臣は、乱れた世を治め、正道に戻すことのできる計略を詳細に申し上げた。中大兄皇子はこれを喜び、
『まさに公は私にとって漢の子房(張良)のような信頼するに足る存在であると』
と言われた」☆
密談の場所についてはなにも書いてありません。「あなたの名前をあらためて藤原とせよ」もなし。
「藤氏家伝」は8世紀半ばの成立ですから、「多武峰縁起絵巻」の作者が「籐氏家伝」の文章をパクったことは間違いありません。作者は当時の多武峰妙法寺、かつ藤原氏の関係者で、自分の都合のいいように縁起を作った。
常識的に考えれば、多武峰山中の談合は、伝説ということです。
ただ、 -
これが気になる。
中大兄皇子と藤原鎌足になったつもりで考えます。
暗殺計画を実行するためには、詳細な手順を決めなければならない。皇子、鎌足、その他の参加者を集めて、シュミレーションが必要です。入鹿役もいる。10人くらいは必須でしょう。
どこでやるか。
中大兄皇子の宮はおそらく飛鳥宮の中、皇居に10人が集まって暗殺のシュミレーション?
一発でばれます。
大原の鎌足の屋敷?
そこに当時の天皇後継No1の中大兄皇子以下10人が集まるのも、やばいでしょう。
どこか目立たないところに、ばらばらに集合するしかない。
多武峰山中。どこかは別として、いろいろなルートがある。なかでも主力の鎌足の屋敷の裏口を出ればすぐ山中です。
ある日、参加者はそれぞれ別なルートで、適当な口実で多武峰に向かう。
集合は後年の談山でなくてもよい。そもそも乙巳の変実行の645年には多武峰山妙法寺は存在しません。
こう考えると、多武峰山中の談合は、史実の可能性が強いのではないか。 -
25000分の1地図です。大原神社-万葉公園-談山神社を結ぶ点線、つまり徒歩道があります。飛鳥から万葉公園に至る遊歩道は何本もあります。このあたりのハイキングのブログを拝見すると、森の中のハイキングコースです。
木の根ゴツゴツの杣道なら、当時もあったでしょう。
現在の万葉公園あたりは、飛鳥からばらばらに集まってくるには、最適です。
完全に観光ブログを脱線しました。申し訳ありませんでした。
御朱印をいただきたくて拝殿に行ったら、ここではない、どこそこ、2度たらい回しされましたが、無事いただきました。 -
最後に談山神社の御朱印で、一応フツーのブログらしくいたします。
一書に曰く、
談山神社にお参りいたしました。
大来、大津姉弟を追いかけての旅で、あちらこちらにいくみちすがら、何度も、こちら談山神社という標識を見ました。
こんな近くまで来て行かないの?
何回聞いても無視されていたのですが、なんの風の吹き回しか、行こうということになりました。飛鳥から向かいます。
週日だし、コロナだし、道は空いておりました。
広い舗装された堂々たる自動車道路です。山をめぐって道路は、先の先まで見通せます。昔からある道を広げたのでしょうか。中大兄皇子と藤原鎌足は、ここを通ったのか?だとしたら、目立ったことでしょう。
とにかく、隠れようもなく見通せるのですから。
ここを歩いて行ったのだろうか?馬だろうか?どっちにしても目立ったよねえ。
By夫は、そうだなあ。カモフラージュに女連れで行ったんじゃないか。
へえ、あんたのカモフラージュって、女かい?
刑事ドラマか!
女連れなら、時間がかかって、はかどらないことこの上ない。第一日帰りできたんでしょうか?二、三日休暇をとって、行ったのでしょうか?有給か?
だとしたら、バレバレじゃん。
私の疑問はつきません。
駐車場は、ふたつもありました。こんなに広いとは、来るときは来るのね。と、歩き出しましたが、これは談山神社の裏側でした。
たぶん、観光バスで来た人たちは、まず正門で降ろされて、バスだけここに駐めたのではないでしょうか。
かなり歩きました。駐車場からくだり、山に入り、宿泊施設のそばを通り抜け、登って行きましたが、コロナで人が来ないからとは思えない雑草の茂りようでした。
登っている最中は、クーデター密談した場所が昔のままに残されているのかと、少々期待しましたが、そんなはずもなく。
ご立派な寺院建築でございました。
神社なのに。
手塚治虫の「火の鳥」に、日本在来の神と、仏教の神とが戦うのがあったなあ。手塚治虫は天才です。
お参りするのに、靴を脱いで拝殿に上ります。
駐車場に車が、1、2台しかなかったから、参拝客も多いはずもなく。私たちが入って行った時に、向こう側に一組、帰るときに一組って感じでした。
こんなに空いている時なんてないでしょうね。ラッキーでした。
けれど、コロナ無しのときの初詣の時など、靴脱いで上がって参拝するのでは、さぞや混乱することでしょう。この神社の信徒さんは、皆さん、礼儀正しく謙譲の精神にあふれているのでしょうか。それとも、談山神社のスタッフが、よっぽど訓練されていて、びしっばしっ整理するのかしらん。それを見に、一度来てみたいです。
拝殿にはいると、ドドーンと談山という大きな字に圧倒されました。そして絵巻物。
更に細々と読んでいくと、蹴鞠の会のお知らせとか、維摩八講会とか。なになに?大和四座が猿楽を競った。宝生、観世、金剛、金春。なるほど、ここは能発祥の地なのだね。
団十郎までは、(今はまだ海老様ですが、)理解できるのですが、能は、眠っちゃって。
朦朧としてしまうのがいいと、小林秀雄が言いましたが。私には観劇した後の高揚感がなくて、無知でございました。
拝殿を囲んで、他所のお寺さんより、はるかに長い回廊があります。
回廊に出ると、ここは二階の高さです。
目には緑、風はそよそよ。い~いきもちです。ここで昼寝したくなります。
なるほど、女連れでバカンスって言えば、信じてもらえたかも。
談山神社行くの?うまくやんな。なんて、ウインクなんてされちゃって。
By妻
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旅行記グループ
諸国寺社参り 大和国編
この旅行記へのコメント (4)
-
- 前日光さん 2021/05/15 23:42:22
- 作戦練りの場所?
- こんばんは、しにあさん
いいね!してから時間が経ってしまいましたが、どうもパソコンの具合がイマイチ&体調不良等々、でやっとコメントできることに。
談山神社、友だちの友だちが、この近くに住んでいるらしいとの情報あり。
「飛鳥坐神社」から4キロの道、談山神社への表参道でもあるこの道が、クーデター計画を練った道?
まぁ、確かに中大兄と鎌足が、この道をヒソヒソ話しながら歩いていたら怪しまれますよね?だからといって女連れねぇ(^^;)
蹴鞠しながら相談?絵としてはサマになりますが、息切れしちゃって談合にならない。
だいたい内緒話をスポーツしながらというのは、無理ですよねぇ。
はてさて密談は、どれくらいの回数で何人が参加していたのか?
興味は尽きませんね!
談山神社は、よく標識なんかを見かけますが、まだ訪れたことはありません。
山の上の方だから腰に響くだろうなと思うと、躊躇してしまって。。。腰椎を二ヶ所ほど骨折したせいで、歩くとすぐに腰が痛くなってしまい(~_~;)
でも中大兄や鎌足絡みとなったら、無理しちゃうかもしれません。
それにしても、この談山神社、「多武峯縁起絵巻」を現代語訳付きで公開しているなんて、なんと太っ腹なことでしょう!
知りたい好奇心に対して、誠実な対応ですね!
こういう資料が入手できると、妄想がますます止まらなくなりますねぇ( ̄∇ ̄)
万葉公園は大原神社と談山神社の、やや談山神社寄りの地点にあるのですね?
ここも見晴らしがいいので、簡単には行けそうもなく。。。
早くコロナが収束してくれないと、ますます体力がなくなりますので、今年の夏頃には自由に旅ができるといいのですが。
しにあさんたちは、また奈良旅の予定もあるようで。
その旅での情報ゲットまで、しばらくは中大兄、鎌足、不比等などの話になるのでしょうか?
フツーの旅行記を作ろうとして、つい横道に入り込んでしまうしにあさんたち。
毎回楽しみなことですよ。
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2021/05/16 06:36:48
- Re: 作戦練りの場所?
- おはようございます。
このクーデター、事前にシュミレーション必ずしたはず。人数が多くて回数を重ねればバレる確率が上がるので、全員参加は直前の1回、10人くらい。「ここで俺が合図したら、お前は門を閉めろ」てな具合。
前日光さんの場合、学校で、運動会開会式の手順なんか、リハーサルしませんでしたか。
となると、やはり多武峯山中でしょうね。皇子、鎌足、石川麻呂の幹部3人くらいは、何回も散歩がてら、「やあ、皆さん、いい天気で、どちらへ?」とか言いながら、ヒソヒソやったのではないかと。
談山神社はおすすめです。オフシーズン、平日、とにかく団体観光客がいない時。わざわざ観光バス専用の駐車場があるくらいで、混む時は混むみたいです。
お隣2ヶ国の観光客が来る前、じっくりと楽しまれるのが、よろしいでしょう。コロナも恐るばかりではなく、有効利用を図るべき、あれ、不謹慎かな。
やはり車でしょう。路線バスもあるみたいですが、スポットに書いておきましたが、バス停はふくやの前で、ここから神社入り口までちょっと歩きます。坂道か、階段です。
多武峰縁起絵巻、神社では品切れでした。ダメもとでアマゾンをあたったら、あった!即ポチでした。やはり欲しがる人は日本中に多いのです。だったら、神社においておくより、アマゾンに扱ってもらったほうがいい、と神社が考えたかどうかが知りません。
640円だったかな。30ページもない冊子ですが、欲しい人はいくらでも買うでしょう。それをこの値段にしてくれたのは、神社は儲けるつもりはないということで、感謝。お決まりの無断コピー引用不可の脅し文句もなし。ご自由に研究資料でお使いください、ということで、しっかり使わせていただきました。
法隆寺もこのくらいの太っ腹でやってくれませんかね。天寿国繡帳なんか、書かれている文字の現代語訳付きで出版してくれたら、大喜びで買う人はいると思います。
コロナワクチンは、我が町では、最短7月3日に2回目が終わることになります。まあ、予定通りには行きませんね。1回目が確定したら、早速旅程を立てるつもりです。
-
- kummingさん 2021/05/13 17:17:34
- 六国史の旅 第2章 プロローグ♪
- いつも写真より文字の占める割合が圧倒的に大きい、多い、しにあさんのブログ、今回は写真が多くて大きい?
↑フツ~の観光ブログを目指す試みかとお察しします♪
談山神社、ここが父鎌足の為に息子定慧と不比等が建立したお寺(神社)なのですね。ちょっと前に、他の4traトラベラーさんのブログで拝見した時は、人出も多く、観光地化された神社みたいで、結構人気あるんだ~、と驚いたのですが、しにあさんご夫妻が訪れられた時の様子では、閑散とした静謐な雰囲気の神社に見受けられ、同じ場所とは思えない(°_°)
乙巳の変に至る経緯、しにあ節面目躍如、やはりフツ~の観光ブログで終わるワケがありません♪ 蹴鞠の席での出会いの後「これより互いに親密になって思うところを述べ、隠し隔ては全くなかった。また頻繁に接するのを他人が疑いはしないかと恐れて、二人共手に書籍を持って、周公、孔子の教えを南淵先生のもとで学んだ。そうして往還の途中に路上で肩を並べて密かに計画し、悉く考えが一致した」 日本書紀のこの場面ですが、確かにこれだけであんなに大胆な計画は練れませんね。大原神社の「ここが談山神社への表参道である」の一文にヒラメき、藤氏家伝と多武峰縁起絵巻に導かれた!さすがしにあさん、でございます♪ 実際に、談所の森、という処があるのですか?二人が密談を重ねた場所として?
大原神社~二人が初めて出会った蹴鞠の場所、飛鳥寺まで200m、入鹿を暗殺した板蓋宮まで600m、多武峰方面~石舞台古墳へ(下りて行く道が整備され、距離が縮まったそうで)、周遊ルートになりそうです。
多武峰縁起絵巻の入鹿の首が宙に浮いているシーンですが、私は何処かで入鹿の首が皇極天皇の御座に喰らい付いて(?)、恨めしげに皇極天皇を睨むの図、を見た様な気がするのですが…?入鹿と皇極天皇がただらなぬ関係で、何で私がこんな目に?みたいな入鹿の恨みが現れているシーンとして記憶してます。
しにあさんの注目点とはズレますが、軽皇子(孝徳帝)が「心ばえ高く立ち居振る舞いが優れている鎌足」の労に報いる為に、自分の寵姫に鎌足のお世話をさせて(おもてなし)、その結果生まれた長男定慧は御落胤?の疑いがあるので、長男なのに出家させ、遣唐使に出された、という説についてはどうですか?不比等にもご落胤説があるとも?いけないいけない、またとんでも説に引き込まれそうです(ーー;)
おもてなしで子ができる、古代史ロマン(笑笑) 家臣に払い下げられる寵姫の立場になってみると、今ならモラハラ、ジェンダー問題化、必須ですね!
不比等が歩いた坂道、前回の夏見廃寺、ここ談山神社にも、行ってみたい♪
今後の展開からも目が離せません♪ ヒーロー、ヒロインはだ~れ?
- しにあの旅人さん からの返信 2021/05/14 08:55:53
- Re: 六国史の旅 第2章 プロローグ♪
- 写真が多くて文章が少ない、バレたか。
次の六国史の旅がコロナ騒ぎの影響で延期中、ヒロインもヒーローも楽屋待機中です。
別の話題で当面頑張ります。
まず上恵ご落胤説。
多武峰縁起にありました。「上恵」となっています。22段に書いてある。「(孝徳天皇は)懐妊した寵姫(車持夫人)を(鎌足に)賜った。その姫は孕むことすでに6ヶ月であった。みことのりしていわれるには、「生まれた子が男ならあなたの子となし、もし女なら朕の子となそう」と固く約束して見送った。4ヶ月にして産まれた子は男だった。これがのちの上恵和尚である」
おもてなしではないようです。
26段に「貞恵和尚は、鎌足の長男だが、実際は天万豊日天皇(孝徳天皇)の皇子である」ともっとはっきり書いています。
たしか不比等にも似た話が。こっちは天智天皇のご落胤説。
好きだなあ、昔の人は、こういう話。何がなんでも天皇の御落胤なら尊い、という事らしい。
んなバカな話はない。ましてや気が強い女が多かった飛鳥時代ですよ。三千代さんにこんな話持っていったら、その場でぶん殴られると思いませんか。
専門の研究者はご落胤説に否定的だそうです。
鎌足が優秀な長男を唐に送ったのは、将来外交を任せる気だったのではないかと。今ならハーバートに留学させて、将来の大統領候補と親交を結ばせる、という感じ。唐の将来の大臣、あわよくば次の次あたりの皇帝と友達になってこい。
皇子と鎌足が談合した場所というには背後の山の中にあります。でも談山神社はBy妻のご機嫌取りに行ったので、その時は深入りする気はなし。後悔後に立たずと申します。それでもBy妻が写真を撮っておいてくれたので、ブログ1本作れました。私はカメラしまったまま。
このあとあべの文殊院にも彼女のご希望で行きましたが、こっちは気に入らなかったらしく写真なし。
取材旅行も気を一応使うのであります。
入鹿の首が追いかけてきたので、鎌足がここまで逃げたという場所があります。どこだか忘れた。気持ち悪いので深追いしません。
前日光さんやMistralさんも夏見廃寺辺りのそぞろ神に取り憑かれたみたいです。
Kummingさんも、ぜひこの辺り再訪を!
旅に行かせる気にさせる、たしか4トラのブログのねらいはここにあるはず。少なくとも少しは効果はあったみたい。
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