金山・熱田旅行記(ブログ) 一覧に戻る
名古屋市博物館の常設展の『名古屋の古代』の紹介です。お城や遺跡巡りの一環として、関連する展示館なども訪問しました。

2021春、名古屋市博物館(1/9):地下鉄で桜山駅へ、尾張の歴史、入鹿池遺跡、旧石器時代

14いいね!

2021/02/10 - 2021/02/10

238位(同エリア633件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

名古屋市博物館の常設展の『名古屋の古代』の紹介です。お城や遺跡巡りの一環として、関連する展示館なども訪問しました。

  • 『常設展「尾張の歴史」案内図』のタイトルがあった展示室の平面図の紹介です。16項目に分類されて、展示されていました。その中の『1.狩猟・採取の時代』、『2.稲作の始まった頃』、『3.古墳とその時代』、『4.古代の尾張』、『5.窯業』、『6.中世の尾張』あたりを中心に紹介します。<br />

    『常設展「尾張の歴史」案内図』のタイトルがあった展示室の平面図の紹介です。16項目に分類されて、展示されていました。その中の『1.狩猟・採取の時代』、『2.稲作の始まった頃』、『3.古墳とその時代』、『4.古代の尾張』、『5.窯業』、『6.中世の尾張』あたりを中心に紹介します。

  • 1 狩猟・採取の時代<br /> 食料を作りだす方法を知らなかった時代には、人々は、けものや魚を捕らえ、木ノ実や貝などを集める生活をしていました。日本列島では、このような狩猟・採集を基本とする生活が、稲作の技術が伝わる2,700年前まで続きました。この時代は、約12,000年前を境にして旧石器時代と縄文時代との二つの時代に区分されています。<br />1-1:旧石器時代と旧石器時<br />1-2:縄文時代のくらし<br />1-3:縄文時代のいのり

    1 狩猟・採取の時代
     食料を作りだす方法を知らなかった時代には、人々は、けものや魚を捕らえ、木ノ実や貝などを集める生活をしていました。日本列島では、このような狩猟・採集を基本とする生活が、稲作の技術が伝わる2,700年前まで続きました。この時代は、約12,000年前を境にして旧石器時代と縄文時代との二つの時代に区分されています。
    1-1:旧石器時代と旧石器時
    1-2:縄文時代のくらし
    1-3:縄文時代のいのり

  • 最初に紹介するのは、後期旧石器時代遺跡の『入鹿池遺跡』のパネルです。歴史上に有名な『入鹿(いるか)』には蘇我氏がいますが、関係はないようです。説明文に『入鹿池』は寛永10年(1633年)に完成したことが紹介されていましたから、『蘇我入鹿(611頃~645年)』とは年代が異なります。『入鹿池遺跡』は、愛知県下で最も規模の大きな後期旧石器時代遺跡の一つと目されています。

    最初に紹介するのは、後期旧石器時代遺跡の『入鹿池遺跡』のパネルです。歴史上に有名な『入鹿(いるか)』には蘇我氏がいますが、関係はないようです。説明文に『入鹿池』は寛永10年(1633年)に完成したことが紹介されていましたから、『蘇我入鹿(611頃~645年)』とは年代が異なります。『入鹿池遺跡』は、愛知県下で最も規模の大きな後期旧石器時代遺跡の一つと目されています。

  • 『入鹿池遺跡出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。<br />○最上段:左・細石刃(2点:A地点)、右・細石核(2点:地点不明)<br />○2段目:左・木葉形尖頭器(2点:A地点)、右・木葉形尖頭器(3点:H地点)<br />○3段目:左・縦長剥片(3点:A地点)、中・縦長剥片(4点:E地点)、右・石核(1点:地点不詳)<br />○最下段(ナイフ形石器:9点):左から(A地点:3点)、(B地点:1点)、(H地点:4点)、(地点不明:1点)

    イチオシ

    『入鹿池遺跡出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。
    ○最上段:左・細石刃(2点:A地点)、右・細石核(2点:地点不明)
    ○2段目:左・木葉形尖頭器(2点:A地点)、右・木葉形尖頭器(3点:H地点)
    ○3段目:左・縦長剥片(3点:A地点)、中・縦長剥片(4点:E地点)、右・石核(1点:地点不詳)
    ○最下段(ナイフ形石器:9点):左から(A地点:3点)、(B地点:1点)、(H地点:4点)、(地点不明:1点)

  • 『名古屋市出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。すべて、打製石器と関連する剥片等の展示です<br />○最上段:市内竪三蔵通遺跡出土:ナイフ形石器(5点)、縦長剥片(4点)<br />○2段目:市内(守山区大塚遺跡等)出土:ナイフ形石器(12点)<br />○3段目:市内(熱田区玉ノ井遺跡等)出土:角錐状石器等(7点)<br />○最下段:市内(中区元興寺跡等)出土:縦長剥片等(5点)

    『名古屋市出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。すべて、打製石器と関連する剥片等の展示です
    ○最上段:市内竪三蔵通遺跡出土:ナイフ形石器(5点)、縦長剥片(4点)
    ○2段目:市内(守山区大塚遺跡等)出土:ナイフ形石器(12点)
    ○3段目:市内(熱田区玉ノ井遺跡等)出土:角錐状石器等(7点)
    ○最下段:市内(中区元興寺跡等)出土:縦長剥片等(5点)

  • 『上八田遺跡出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。<br />○最上段:左から細石刃(7点)、細石核(1点)、石槍(尖頭器:1点)<br />○2段目:ナイフ形石器(7点)<br />○3段目:ナイフ形石器(8点)<br />○4段目:左・彫器(3点)、右・搔器(3点)<br />○最下段:左・スクレイパー(3点)、右・縦長剥片(5点)<br /> スクレイパーとは、物の表面を削ったり、こそげとる刃状、へら状の器具です。

    『上八田遺跡出土・後期旧石器時代の石器』のタイトルの展示品です。
    ○最上段:左から細石刃(7点)、細石核(1点)、石槍(尖頭器:1点)
    ○2段目:ナイフ形石器(7点)
    ○3段目:ナイフ形石器(8点)
    ○4段目:左・彫器(3点)、右・搔器(3点)
    ○最下段:左・スクレイパー(3点)、右・縦長剥片(5点)
     スクレイパーとは、物の表面を削ったり、こそげとる刃状、へら状の器具です。

  • 左列:小牧市・『総濠遺跡出土後期旧石器時代の石器』<br />○最上段及び2段目:ナイフ形石器(7点)<br />○3段目:スクレイパー(2点)<br />○最下段:剥片(3点)<br />右列:『梅ヶ坪南遺跡出土後期旧石器時代の石器』<br />○最上段:ナイフ形石器(3点)<br />○2段目:スクレイパー(3点)<br />○3段目:縦長剥片(4点)<br />○最下段:石核(1点)

    左列:小牧市・『総濠遺跡出土後期旧石器時代の石器』
    ○最上段及び2段目:ナイフ形石器(7点)
    ○3段目:スクレイパー(2点)
    ○最下段:剥片(3点)
    右列:『梅ヶ坪南遺跡出土後期旧石器時代の石器』
    ○最上段:ナイフ形石器(3点)
    ○2段目:スクレイパー(3点)
    ○3段目:縦長剥片(4点)
    ○最下段:石核(1点)

  • 岡崎市・『五本松遺跡出土後期旧石器時代の石器』<br />○最上段:細石刃(17点)<br />○2段目:細石核(7点):細石刃を剥ぎ取った石核<br />○3段目及び最下段:ナイフ形石器(20点)

    岡崎市・『五本松遺跡出土後期旧石器時代の石器』
    ○最上段:細石刃(17点)
    ○2段目:細石核(7点):細石刃を剥ぎ取った石核
    ○3段目及び最下段:ナイフ形石器(20点)

  • 『縄文時代草創期の石器』<br />○最上段:有舌尖頭器(左から犬山市・入鹿池遺跡出土3点はじめ7点<br />○2段目:左から中区(竪三蔵通遺跡出土等)・有舌尖頭器2点、中区竪三蔵通遺跡出土・木葉型尖頭器(4点)、豊田市上川口町出土・有舌尖頭器<br />○3段目位以降:中区竪三蔵通遺跡出土・木葉型尖頭器とその剥片等。

    『縄文時代草創期の石器』
    ○最上段:有舌尖頭器(左から犬山市・入鹿池遺跡出土3点はじめ7点
    ○2段目:左から中区(竪三蔵通遺跡出土等)・有舌尖頭器2点、中区竪三蔵通遺跡出土・木葉型尖頭器(4点)、豊田市上川口町出土・有舌尖頭器
    ○3段目位以降:中区竪三蔵通遺跡出土・木葉型尖頭器とその剥片等。

  • 石器などの出土品の展示状況です。先ほど粗油介した、6枚の石器の写真の内の4枚は、この場所に展示してあったものです。

    石器などの出土品の展示状況です。先ほど粗油介した、6枚の石器の写真の内の4枚は、この場所に展示してあったものです。

  • 『1-1:旧石器と旧石器時代人』の説明パネルには、『日本列島が大陸と陸続きであった氷河時代に、今では絶滅したナウマンゾウ・オオツノジカなどの大型動物とともに人類が日本列島に渡ってきた。当時の人々は、石を打ち欠いて作った打製石器を使って、大型動物を集団で狩猟した。県内では、ナイフ形石器・尖頭器などの旧石器を出土する遺跡は、尾張東部の丘陵地帯・矢作川流域・豊川流域に多く分布している。』と、解説されていました。

    『1-1:旧石器と旧石器時代人』の説明パネルには、『日本列島が大陸と陸続きであった氷河時代に、今では絶滅したナウマンゾウ・オオツノジカなどの大型動物とともに人類が日本列島に渡ってきた。当時の人々は、石を打ち欠いて作った打製石器を使って、大型動物を集団で狩猟した。県内では、ナイフ形石器・尖頭器などの旧石器を出土する遺跡は、尾張東部の丘陵地帯・矢作川流域・豊川流域に多く分布している。』と、解説されていました。

  • 『1-2:縄文時代のくらし』の説明パネルには、『氷河時代が終わって温暖な気候となり、クルミ・ドングリなど実のなる広葉樹が茂り、シカ・イノシシなどの動物が増えた。こうした自然を背景に土器と弓矢などを特徴とする縄文時代が始まった。土器によって煮炊きができるようになり、食用となる動植物の種類が多くなった。漁撈が普及するのもこの時代からである。また貝類がさかんに採集され、貝塚が形成された。』と解説されていました。

    『1-2:縄文時代のくらし』の説明パネルには、『氷河時代が終わって温暖な気候となり、クルミ・ドングリなど実のなる広葉樹が茂り、シカ・イノシシなどの動物が増えた。こうした自然を背景に土器と弓矢などを特徴とする縄文時代が始まった。土器によって煮炊きができるようになり、食用となる動植物の種類が多くなった。漁撈が普及するのもこの時代からである。また貝類がさかんに採集され、貝塚が形成された。』と解説されていました。

  • 常設展の「尾張の歴史」の展示室内の光景です。ひと際目立つ赤い門は、この後に紹介する『法隆寺・東大門』の建物の一部分の復元品です。

    常設展の「尾張の歴史」の展示室内の光景です。ひと際目立つ赤い門は、この後に紹介する『法隆寺・東大門』の建物の一部分の復元品です。

  • 『古代の門(法隆寺・東大門:レプリカ)』の説明パネルです。下部に記された東大門の赤く記された部分だけを再現したことが記されていました。実物は、奈良時代の建造物で、国宝に指定されています。

    『古代の門(法隆寺・東大門:レプリカ)』の説明パネルです。下部に記された東大門の赤く記された部分だけを再現したことが記されていました。実物は、奈良時代の建造物で、国宝に指定されています。

  • 『縄文人骨』のタイトルの説明パネルです。人体を折り曲げられて土壙墓に埋設されていた、縄文時代晩期の30歳くらいの男性の人骨の紹介です。名古屋市熱田区の玉ノ井遺跡では、多くの縄文人の人骨が発掘されたようです。

    『縄文人骨』のタイトルの説明パネルです。人体を折り曲げられて土壙墓に埋設されていた、縄文時代晩期の30歳くらいの男性の人骨の紹介です。名古屋市熱田区の玉ノ井遺跡では、多くの縄文人の人骨が発掘されたようです。

  • 名称:『縄文人骨』<br />出土:名古屋市熱田区玉ノ井町・玉ノ井遺跡<br />時代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />その他:身長158センチほどの男性。

    名称:『縄文人骨』
    出土:名古屋市熱田区玉ノ井町・玉ノ井遺跡
    時代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    その他:身長158センチほどの男性。

  • 『ナイフ形石器を用いた人々の舞台ー最終氷期最寒冷期の地形』のタイトルがあった想像図と説明文の紹介です。約21,000年前の世界の平均気温は9℃と想定され、現在の平均気温よりも6~7℃低かったようです。伊勢湾・三河湾は海面低下で姿を消し、遠州灘は広大な草原だったと想定されています。

    『ナイフ形石器を用いた人々の舞台ー最終氷期最寒冷期の地形』のタイトルがあった想像図と説明文の紹介です。約21,000年前の世界の平均気温は9℃と想定され、現在の平均気温よりも6~7℃低かったようです。伊勢湾・三河湾は海面低下で姿を消し、遠州灘は広大な草原だったと想定されています。

  • 名称:『矢の復元模型』<br />時代:不明<br />その他:金属製の鏃や、鳥の羽を使った造りなど、中世以降の屋の復元模型のようです。

    名称:『矢の復元模型』
    時代:不明
    その他:金属製の鏃や、鳥の羽を使った造りなど、中世以降の屋の復元模型のようです。

  • 『縄文時代の主な遺跡』のタイトルがあった説明パネルです。30か所以上の遺跡の場所が記されていました。主な遺跡を随意に紹介しておきます。<br />○北部方面(現名古屋市より北部):北替地遺跡、馬見塚遺跡、織田井戸遺跡、西北出遺跡、堤下遺跡、梅ケ坪遺跡、朝日遺跡(名古屋市・清須市)<br />○中西部方面(現名古屋市):牛牧遺跡、長久寺遺跡、竪三蔵通遺跡、白川公園遺跡、旧紫川遺跡、古沢町遺跡、下内田貝塚、大曲輪遺跡、粕畠遺跡、上ノ山貝塚、鉾ノ木貝塚、雷貝塚<br />○中東部方面(現名古屋市より東):品野西遺跡、八王子遺跡、大六遺跡、神郷下遺跡、酒呑ジュリンナ遺跡、船塚遺跡、丸根遺跡<br />○南部方面:芋川遺跡、八ツ崎貝塚、天子神社貝塚、中手山貝塚、本刈谷貝塚等。

    『縄文時代の主な遺跡』のタイトルがあった説明パネルです。30か所以上の遺跡の場所が記されていました。主な遺跡を随意に紹介しておきます。
    ○北部方面(現名古屋市より北部):北替地遺跡、馬見塚遺跡、織田井戸遺跡、西北出遺跡、堤下遺跡、梅ケ坪遺跡、朝日遺跡(名古屋市・清須市)
    ○中西部方面(現名古屋市):牛牧遺跡、長久寺遺跡、竪三蔵通遺跡、白川公園遺跡、旧紫川遺跡、古沢町遺跡、下内田貝塚、大曲輪遺跡、粕畠遺跡、上ノ山貝塚、鉾ノ木貝塚、雷貝塚
    ○中東部方面(現名古屋市より東):品野西遺跡、八王子遺跡、大六遺跡、神郷下遺跡、酒呑ジュリンナ遺跡、船塚遺跡、丸根遺跡
    ○南部方面:芋川遺跡、八ツ崎貝塚、天子神社貝塚、中手山貝塚、本刈谷貝塚等。

  • ○下段右:『骨鏃(上)及び釣針(下)』<br />出土:緑区雷貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />○下段左:『弓はず形角製品(2点)』<br />出土:緑区雷貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />○上段右:『根ばさみ』<br />出土:緑区雷貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />○上段左:『石鏃(せきぞく:25点)』<br />出土:瑞穂区大曲輪遺跡<br />年代:縄文時代

    ○下段右:『骨鏃(上)及び釣針(下)』
    出土:緑区雷貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    ○下段左:『弓はず形角製品(2点)』
    出土:緑区雷貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    ○上段右:『根ばさみ』
    出土:緑区雷貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    ○上段左:『石鏃(せきぞく:25点)』
    出土:瑞穂区大曲輪遺跡
    年代:縄文時代

  • ○上段に展示の石器類(8点)<br />名称:『石匙(いしさじ)』<br />出土:名古屋市内の遺跡及び貝塚<br />年代:縄文時代早期~晩期<br />○下段に展示の石器類(6点)<br />名称:『石錘(せきすい)』<br />出土:豊田市万場垣内遺跡及び田原市伊川津貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)

    ○上段に展示の石器類(8点)
    名称:『石匙(いしさじ)』
    出土:名古屋市内の遺跡及び貝塚
    年代:縄文時代早期~晩期
    ○下段に展示の石器類(6点)
    名称:『石錘(せきすい)』
    出土:豊田市万場垣内遺跡及び田原市伊川津貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)

  • ○上段に展示の石器類(7点)<br />名称:『磨製石斧(せきふ)』<br />出土:瑞穂区大曲輪遺跡及び緑区雷貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />○下段に展示の石器類(5点)<br />名称:『打製石斧(せきふ)』:鍬に近い使い方をされたようです。<br />出土:豊田市万場垣内遺跡<br />年代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)

    ○上段に展示の石器類(7点)
    名称:『磨製石斧(せきふ)』
    出土:瑞穂区大曲輪遺跡及び緑区雷貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    ○下段に展示の石器類(5点)
    名称:『打製石斧(せきふ)』:鍬に近い使い方をされたようです。
    出土:豊田市万場垣内遺跡
    年代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)

  • ○中央奥の二段重ねの石(長野県内出土)<br />名称:『石皿と磨石(すりいし)』<br />年代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)<br />○発掘された4種類の果実等(京都府・桑飼下遺跡出土)<br />年代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)

    ○中央奥の二段重ねの石(長野県内出土)
    名称:『石皿と磨石(すりいし)』
    年代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)
    ○発掘された4種類の果実等(京都府・桑飼下遺跡出土)
    年代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)

  • 名称:『浅鉢(あさばち)』<br />時代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)<br />出土:愛知県西尾市上町・八王子貝塚

    名称:『浅鉢(あさばち)』
    時代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)
    出土:愛知県西尾市上町・八王子貝塚

  • 名称:『貝塚断面』の標本(その1):田原市・伊川津貝塚<br />○表層(撹乱土層)<br />○貝層(縄文時代晩期の層):1:アサリ、2:ハマグリ、3:イタボガキ、4:アカニシ、5:ミルガイ、6:シカの下顎の骨、7、土器片<br />○褐色土層<br />○貝交じりの土層(縄文時代晩期の層):1:アサリ、2:ハマグリ、3:シカの下顎の骨<br />○基盤

    名称:『貝塚断面』の標本(その1):田原市・伊川津貝塚
    ○表層(撹乱土層)
    ○貝層(縄文時代晩期の層):1:アサリ、2:ハマグリ、3:イタボガキ、4:アカニシ、5:ミルガイ、6:シカの下顎の骨、7、土器片
    ○褐色土層
    ○貝交じりの土層(縄文時代晩期の層):1:アサリ、2:ハマグリ、3:シカの下顎の骨
    ○基盤

  • 名称:『貝塚断面』の標本(その2):田原市・伊川津貝塚<br />年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />○表層<br />○貝層(1~7番号表示)<br />○褐色土層<br />○貝交じり土層(1~3番号表示)<br />○基盤

    イチオシ

    名称:『貝塚断面』の標本(その2):田原市・伊川津貝塚
    年代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    ○表層
    ○貝層(1~7番号表示)
    ○褐色土層
    ○貝交じり土層(1~3番号表示)
    ○基盤

  • 名称:『発掘された動物の骨』<br />時代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)<br />出土:緑区鳴海町・雷貝塚<br />その他:左:シカ(鹿)、右:イノシシ(猪)

    名称:『発掘された動物の骨』
    時代:縄文時代晩期(3200年前~2400年前)
    出土:緑区鳴海町・雷貝塚
    その他:左:シカ(鹿)、右:イノシシ(猪)

  • 名称:『深鉢(ふかばち)』<br />時代:縄文時代早期(1万1500年前~7000年前)<br />出土:名古屋市緑区鳴海町・上ノ山貝塚

    名称:『深鉢(ふかばち)』
    時代:縄文時代早期(1万1500年前~7000年前)
    出土:名古屋市緑区鳴海町・上ノ山貝塚

  • 名称:『深鉢(ふかばち)』<br />時代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)<br />出土:名古屋市瑞穂区巻町・瑞穂遺跡

    名称:『深鉢(ふかばち)』
    時代:縄文時代中期(5500年前~4400年前)
    出土:名古屋市瑞穂区巻町・瑞穂遺跡

  • 名称:『深鉢(ふかばち)』<br />時代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)<br />出土:愛知県西三河地方<br />

    イチオシ

    名称:『深鉢(ふかばち)』
    時代:縄文時代後期(4400年前~3200年前)
    出土:愛知県西三河地方

14いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP