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「参詣曼荼羅」とは、昔版「お寺とその周辺ご案内マップ」のようなもので、かつては布教や遠方からの参詣者集めのために描かれたそうです。<br />※申し訳ないですが参詣曼荼羅のコピー掲載はいたしません。<br /><br />現代の案内マップに描かれているのは土産物と食べ物屋ばかりですが、昔のマップには目印になるお堂や石塔などとともに、訪れた人や寺院の関係者、周辺で生活する人々の様子などが生き生きと描かれており、歴史の資料などで多く目にします。<br /><br />絵と現代の風景と照らし合わせながら当時と同じルートを歩いて見ると、令和の時代の中で戦国時代~江戸時代の扉が開きます。<br /><br />そういうわけで、当時の参詣曼荼羅(コピー)を手に、東山の町を歩き倒すツアーに参加してきました。<br /><br />清水寺参詣曼荼羅は、清水寺ホームページのコラムにて大きな図で見ることができます。<br />本文はできるだけ無難な文章にするつもりですが、何せ情報が私の知識のキャパを超えているので、おかしな点はご容赦ください。<br /><br />ちなみにこの日記にはオシャレなかき氷や懐石料理は出てきません。<br /><br />ツアーのルート<br />五条大橋→松原橋→松原通→弓矢町→六道珍能寺→轟川跡散策、三年坂→仁王門、三重塔→本堂→阿弥陀堂→奥の院→子安塔→音羽の滝→六坊跡→成就院→仁王門で解散<br />

めくるめく清水寺参詣曼荼羅の世界

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2020/09/05 - 2020/09/07

1128位(同エリア6948件中)

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puric

puricさん

「参詣曼荼羅」とは、昔版「お寺とその周辺ご案内マップ」のようなもので、かつては布教や遠方からの参詣者集めのために描かれたそうです。
※申し訳ないですが参詣曼荼羅のコピー掲載はいたしません。

現代の案内マップに描かれているのは土産物と食べ物屋ばかりですが、昔のマップには目印になるお堂や石塔などとともに、訪れた人や寺院の関係者、周辺で生活する人々の様子などが生き生きと描かれており、歴史の資料などで多く目にします。

絵と現代の風景と照らし合わせながら当時と同じルートを歩いて見ると、令和の時代の中で戦国時代~江戸時代の扉が開きます。

そういうわけで、当時の参詣曼荼羅(コピー)を手に、東山の町を歩き倒すツアーに参加してきました。

清水寺参詣曼荼羅は、清水寺ホームページのコラムにて大きな図で見ることができます。
本文はできるだけ無難な文章にするつもりですが、何せ情報が私の知識のキャパを超えているので、おかしな点はご容赦ください。

ちなみにこの日記にはオシャレなかき氷や懐石料理は出てきません。

ツアーのルート
五条大橋→松原橋→松原通→弓矢町→六道珍能寺→轟川跡散策、三年坂→仁王門、三重塔→本堂→阿弥陀堂→奥の院→子安塔→音羽の滝→六坊跡→成就院→仁王門で解散

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
  • puricの旅は現地前乗りで始まる。<br />ツアー集合場所に近い清水五条駅周辺にホテルを取り、前日の夕方にやってきました。<br /><br />四条河原町の付近。<br />人がかなり戻ってきたようです。

    puricの旅は現地前乗りで始まる。
    ツアー集合場所に近い清水五条駅周辺にホテルを取り、前日の夕方にやってきました。

    四条河原町の付近。
    人がかなり戻ってきたようです。

    四条大橋 名所・史跡

  • 四条大橋たもとで存在感ほとばしる東華菜館。<br />有名なヴォーリズ建築。

    四条大橋たもとで存在感ほとばしる東華菜館。
    有名なヴォーリズ建築。

    東華菜館 本店 グルメ・レストラン

  • 河原町から京阪線に乗り換えて、一駅、清水五条駅に到着しました。<br />1日目のホテルは駅から地上に上がってすぐ「オリエンタルホテル京都ギャラリー」です。

    河原町から京阪線に乗り換えて、一駅、清水五条駅に到着しました。
    1日目のホテルは駅から地上に上がってすぐ「オリエンタルホテル京都ギャラリー」です。

    オリエンタルホテル 京都 ギャラリー 宿・ホテル

  • チェックインします。<br /><br />コロナのせいなのか、GOTOトラベルの規定なのかよくわかりませんが、前日にいた場所、次の日の行き先など結構記入事項が多い上、体調不良が無いか確認のサイン、身分証明提示、体温測定など、結構時間がかかった…<br />というか、私はいいけどフロントの人は大変だわ、これは。

    チェックインします。

    コロナのせいなのか、GOTOトラベルの規定なのかよくわかりませんが、前日にいた場所、次の日の行き先など結構記入事項が多い上、体調不良が無いか確認のサイン、身分証明提示、体温測定など、結構時間がかかった…
    というか、私はいいけどフロントの人は大変だわ、これは。

    オリエンタルホテル 京都 ギャラリー 宿・ホテル

  • 部屋。<br />人間はシングルなのに、部屋はダブルベッドでした。<br /><br />翌日はご馳走の予定なので、夕食はコンビニの素麺を食べた。

    部屋。
    人間はシングルなのに、部屋はダブルベッドでした。

    翌日はご馳走の予定なので、夕食はコンビニの素麺を食べた。

    オリエンタルホテル 京都 ギャラリー 宿・ホテル

  • 水周り。<br />浴槽はなくシャワーです。<br /><br />駅から1分の立地でこのお部屋、シャワーのみとはいえ一泊が宿泊税を入れても4000円足らず。<br />想像以上によかった。

    水周り。
    浴槽はなくシャワーです。

    駅から1分の立地でこのお部屋、シャワーのみとはいえ一泊が宿泊税を入れても4000円足らず。
    想像以上によかった。

    オリエンタルホテル 京都 ギャラリー 宿・ホテル

  • 空調の調節が難しく、何度も目が覚めましたが、やっと夜が明けたようです。

    空調の調節が難しく、何度も目が覚めましたが、やっと夜が明けたようです。

    オリエンタルホテル 京都 ギャラリー 宿・ホテル

  • チェックアウトして、大谷本廟にきました。<br /><br />中で上映している親鸞聖人のアニメが意外に面白くて好き。

    チェックアウトして、大谷本廟にきました。

    中で上映している親鸞聖人のアニメが意外に面白くて好き。

    大谷本廟 寺・神社・教会

  • 大谷本廟から松原通のほうへ。<br /><br />現在の五条大橋は戦国時代に架け替えられたもので、牛若丸と弁慶が出会ったのはこの橋ではない、という事は歴史に疎い私でも何となく聞いたことがあるのです。<br />でも旧五条が現在の松原通(橋)にあたる事までは知りませんでした。<br />しかし、たまたまこのツアーの前日にぱらぱら読んでいた本で偶然知ったので、大谷本廟から足を延ばし、日記に書くネタ程度のつもりで松原通を通ってみる気になったのでした。<br /><br />この通りが参詣曼荼羅と関係するのかこの時点では不明でしたが、結果としてツアー開始後またこの道を歩くことになったので、予習ができてラッキーでした。

    大谷本廟から松原通のほうへ。

    現在の五条大橋は戦国時代に架け替えられたもので、牛若丸と弁慶が出会ったのはこの橋ではない、という事は歴史に疎い私でも何となく聞いたことがあるのです。
    でも旧五条が現在の松原通(橋)にあたる事までは知りませんでした。
    しかし、たまたまこのツアーの前日にぱらぱら読んでいた本で偶然知ったので、大谷本廟から足を延ばし、日記に書くネタ程度のつもりで松原通を通ってみる気になったのでした。

    この通りが参詣曼荼羅と関係するのかこの時点では不明でしたが、結果としてツアー開始後またこの道を歩くことになったので、予習ができてラッキーでした。

  • 松原橋を渡って河原町通を南下し、五条通付近に戻ってきました。<br />久しぶりに五条楽園に寄り、お気に入りのポン酢を購入しました。

    松原橋を渡って河原町通を南下し、五条通付近に戻ってきました。
    久しぶりに五条楽園に寄り、お気に入りのポン酢を購入しました。

  • お茶屋を改築したゲストハウスが山ほどありました。<br />このご時世、流行ってるのかな?<br />このタイルびっしりの素敵建物にも売り物件の看板が。

    お茶屋を改築したゲストハウスが山ほどありました。
    このご時世、流行ってるのかな?
    このタイルびっしりの素敵建物にも売り物件の看板が。

  • さて、五条楽園散策はそこそこにして、今回のツアーの集合場所でもある「ひとまち交流館京都」にやってきました。<br />ツアーには街歩きの前に、貸会議室で1時間ほどの座学がついています。<br /><br />下見も兼ねて早めにやってきたのですが、空腹をこらえた状態であったので、館内のレストランに飛び込んでしまいました。

    さて、五条楽園散策はそこそこにして、今回のツアーの集合場所でもある「ひとまち交流館京都」にやってきました。
    ツアーには街歩きの前に、貸会議室で1時間ほどの座学がついています。

    下見も兼ねて早めにやってきたのですが、空腹をこらえた状態であったので、館内のレストランに飛び込んでしまいました。

    ひと まち交流館 京都 名所・史跡

  • 中華丼を注文。<br /><br />食後は集合場所に行って、今回のガイドの先生から参考資料を受け取り、参詣曼荼羅の概要についてしっかりとレクチャーして頂きました。

    中華丼を注文。

    食後は集合場所に行って、今回のガイドの先生から参考資料を受け取り、参詣曼荼羅の概要についてしっかりとレクチャーして頂きました。

    ひと まち交流館 京都 名所・史跡

  • 座学が終わり会場を出て、松原橋にやってきました。<br />清水寺参詣曼荼羅は鴨川にかかる旧五条の橋がスタート地点となっています。<br /><br />昔の橋はこのように立派な石柱に支えられた橋ではなく、鴨川の中州(中島)で二つに分かれた木の橋でした。<br />中島にはお堂や茶屋らしきものが描かれていますが、今その中島が無いので跡を見ることはできません。<br />また、参詣曼荼羅ではかなり立派な欄干がある橋のように描かれていますが、他の絵では普通の反橋なので、絵の中にはやや誇張表現もあったようです。

    座学が終わり会場を出て、松原橋にやってきました。
    清水寺参詣曼荼羅は鴨川にかかる旧五条の橋がスタート地点となっています。

    昔の橋はこのように立派な石柱に支えられた橋ではなく、鴨川の中州(中島)で二つに分かれた木の橋でした。
    中島にはお堂や茶屋らしきものが描かれていますが、今その中島が無いので跡を見ることはできません。
    また、参詣曼荼羅ではかなり立派な欄干がある橋のように描かれていますが、他の絵では普通の反橋なので、絵の中にはやや誇張表現もあったようです。

  • この参詣曼荼羅ツアー、五条の橋付近だけでもかなりの情報量で、「初めて通った知らん道」状態じゃあ、私の頭ではついていけそうにありませんでした。<br />さっき一度通ったので、つい先ほど見た景色に情報を上書きするだけなので助かりました・・・。<br /><br />絵の中では、五条の橋から仁王門までの参詣ルート内には、四か所の関所のような塀と木戸があり、道が隔てられています。<br />塀には城壁のように、銃だか弓矢だかを構える穴までついていました。<br /><br />第一の木戸は宮川町の路地と松原通が出会うあたりと考えられています。<br />昔の清水寺に拝観料はありませんが、木戸の付近には柄杓を持った人が座り、観進と名のいう寄付を受け取っている様子が描かれています。

    この参詣曼荼羅ツアー、五条の橋付近だけでもかなりの情報量で、「初めて通った知らん道」状態じゃあ、私の頭ではついていけそうにありませんでした。
    さっき一度通ったので、つい先ほど見た景色に情報を上書きするだけなので助かりました・・・。

    絵の中では、五条の橋から仁王門までの参詣ルート内には、四か所の関所のような塀と木戸があり、道が隔てられています。
    塀には城壁のように、銃だか弓矢だかを構える穴までついていました。

    第一の木戸は宮川町の路地と松原通が出会うあたりと考えられています。
    昔の清水寺に拝観料はありませんが、木戸の付近には柄杓を持った人が座り、観進と名のいう寄付を受け取っている様子が描かれています。

  • 第一の木戸付近は花街である宮川町があります。<br />いかにも京都の良い感じな細い路地ですが元は水路で、清水の音羽の滝から流れた水がこの下を走っているようです。<br /><br />鴨川沿いはいつ洪水にさらわれてもおかしくない立地から、長い間民家や商店は存在しないエリアでした。<br />そのような場所には癩病を患った人の集落が存在したようです。<br />参詣曼荼羅では、観進を受け取る寺院の関係者とは別に、物乞いをする癩者の姿も描かれています。

    第一の木戸付近は花街である宮川町があります。
    いかにも京都の良い感じな細い路地ですが元は水路で、清水の音羽の滝から流れた水がこの下を走っているようです。

    鴨川沿いはいつ洪水にさらわれてもおかしくない立地から、長い間民家や商店は存在しないエリアでした。
    そのような場所には癩病を患った人の集落が存在したようです。
    参詣曼荼羅では、観進を受け取る寺院の関係者とは別に、物乞いをする癩者の姿も描かれています。

  • 癩者の集落からほど近い場所には坂という集落があり、木戸周辺の警護をしたり、弓の弦を張る仕事をしたり、その他色々な雑役をこなす人たちの暮らしがありました。<br /><br />参詣曼荼羅の中では弦を背負い、行商に出かけると思しき姿が描かれています。<br />坂集落の人たちは同じような出で立ちをしており、呼ばれかたは住んでいる場所や役割によって様々あるものの、色んな洛中洛外の絵で登場することから、昔の京都において絶対になくてはならない存在であったと思われます。<br />だって実際凄いもん。

    癩者の集落からほど近い場所には坂という集落があり、木戸周辺の警護をしたり、弓の弦を張る仕事をしたり、その他色々な雑役をこなす人たちの暮らしがありました。

    参詣曼荼羅の中では弦を背負い、行商に出かけると思しき姿が描かれています。
    坂集落の人たちは同じような出で立ちをしており、呼ばれかたは住んでいる場所や役割によって様々あるものの、色んな洛中洛外の絵で登場することから、昔の京都において絶対になくてはならない存在であったと思われます。
    だって実際凄いもん。

  • 松原通を進むと、六波羅蜜寺のそばにある「幽霊子育て飴」のお店が出てきます。<br /><br />毎夜飴を買いに来る女性がおり、しきみの葉を持っていたので後をつけてみたら鳥辺山(葬地)で消えた。最近埋葬された女性の墓を掘ってみると生きた赤ちゃんがいて、飴を咥えていた、という話。

    松原通を進むと、六波羅蜜寺のそばにある「幽霊子育て飴」のお店が出てきます。

    毎夜飴を買いに来る女性がおり、しきみの葉を持っていたので後をつけてみたら鳥辺山(葬地)で消えた。最近埋葬された女性の墓を掘ってみると生きた赤ちゃんがいて、飴を咥えていた、という話。

    みなとや 幽霊子育飴本舗 グルメ・レストラン

  • 六波羅蜜寺を過ぎてしばらく歩き、現実と冥府との境目といわれる六道珍皇寺に到着しました。<br />参詣曼荼羅内にある第二の木戸は、六道珍皇寺近隣だったと推定されています。<br /><br />この一帯は広大な葬地でした。<br />死人または病気でその時が近い人をここに運び込み、ちゃんと埋葬された者もあれば、そのまま放置された人には鳥や犬が・・(略<br /><br />puric宅近隣のお盆というと、ご先祖を送る施餓鬼供養は一応あるものの、お迎えのためにお寺に行った記憶はありません。<br />しかしこの近隣では「精霊迎え」も欠かさないそうで、初日は早朝から六道珍皇寺前が大変な行列になるそうです。<br />なんとご先祖様を大切にされるのか・・・と感心したら、理由は「あそこの嫁はまだお寺に行ってない(ヒソ」などとやられるから、早くいかざるを得ないという、なんとも現実的な事情もあるそうです。<br /><br />ただ、今年はコロナ渦中につきオンラインでのお迎えになったようで。

    六波羅蜜寺を過ぎてしばらく歩き、現実と冥府との境目といわれる六道珍皇寺に到着しました。
    参詣曼荼羅内にある第二の木戸は、六道珍皇寺近隣だったと推定されています。

    この一帯は広大な葬地でした。
    死人または病気でその時が近い人をここに運び込み、ちゃんと埋葬された者もあれば、そのまま放置された人には鳥や犬が・・(略

    puric宅近隣のお盆というと、ご先祖を送る施餓鬼供養は一応あるものの、お迎えのためにお寺に行った記憶はありません。
    しかしこの近隣では「精霊迎え」も欠かさないそうで、初日は早朝から六道珍皇寺前が大変な行列になるそうです。
    なんとご先祖様を大切にされるのか・・・と感心したら、理由は「あそこの嫁はまだお寺に行ってない(ヒソ」などとやられるから、早くいかざるを得ないという、なんとも現実的な事情もあるそうです。

    ただ、今年はコロナ渦中につきオンラインでのお迎えになったようで。

    六道珍皇寺 寺・神社・教会

  • 路地の向こうに八坂の塔が見えました。<br /><br />今回は清水寺の参詣曼荼羅がメインですが、参考資料として八坂法観寺塔参詣曼荼羅(清水道の部分もある)もあわせ見ながら歩いております。<br /><br />かつて鴨川のへりから東山方面を見渡すと、どんな光景だったんでしょうか。<br />今はお寺も神社も町の中の景色の一部ですが、昔の光景を想像すると「山がお寺」「全体が伽藍」みたいな概念もなんとなくしっくり理解できそうな気がします。

    路地の向こうに八坂の塔が見えました。

    今回は清水寺の参詣曼荼羅がメインですが、参考資料として八坂法観寺塔参詣曼荼羅(清水道の部分もある)もあわせ見ながら歩いております。

    かつて鴨川のへりから東山方面を見渡すと、どんな光景だったんでしょうか。
    今はお寺も神社も町の中の景色の一部ですが、昔の光景を想像すると「山がお寺」「全体が伽藍」みたいな概念もなんとなくしっくり理解できそうな気がします。

    法観寺 (八坂の塔) 寺・神社・教会

  • 坂道の勾配がきつくなり、ときにこのように大きな石垣でできた段差に出会うようになりました。<br />昔はもっと勾配がきつかったらしいですが、川を埋めたり土木の工事を行うにあたり、この辺りから土を運び出した結果、傾斜は緩くなっていったのだそうです。<br /><br />それにしても暑い・・・ほかの人大丈夫なのかな?という気持ち。

    坂道の勾配がきつくなり、ときにこのように大きな石垣でできた段差に出会うようになりました。
    昔はもっと勾配がきつかったらしいですが、川を埋めたり土木の工事を行うにあたり、この辺りから土を運び出した結果、傾斜は緩くなっていったのだそうです。

    それにしても暑い・・・ほかの人大丈夫なのかな?という気持ち。

  • 音羽の滝の水は幾筋かの川になって下っています。<br />轟川跡に出会いました。<br /><br />川は暗渠になって足元を流れていますが、一部開いている箇所では地中を流れる水の音がザアザアと聞こえるらしいので、結構水量が多く強い流れではないかと思います。<br />もはや「ブラタモリ」ですが、今回のツアーガイドさんは実際にブラタモリに出演されてガイドをされているので、さもありなん。

    音羽の滝の水は幾筋かの川になって下っています。
    轟川跡に出会いました。

    川は暗渠になって足元を流れていますが、一部開いている箇所では地中を流れる水の音がザアザアと聞こえるらしいので、結構水量が多く強い流れではないかと思います。
    もはや「ブラタモリ」ですが、今回のツアーガイドさんは実際にブラタモリに出演されてガイドをされているので、さもありなん。

  • ミニチュアあり。

    ミニチュアあり。

  • 三年坂を上ります。<br />ここまで約2キロ(たった2キロ??)歩いてきて、この坂・・・!<br /><br />絵ではかなり距離感がショートカットされているので、当時参詣曼荼羅を手にこの地を訪れた人は「遠いやん・・うせやん・・」と思ったかな?<br />でも昔の人は京都まで歩いて来てたし、大したこと無いか。

    三年坂を上ります。
    ここまで約2キロ(たった2キロ??)歩いてきて、この坂・・・!

    絵ではかなり距離感がショートカットされているので、当時参詣曼荼羅を手にこの地を訪れた人は「遠いやん・・うせやん・・」と思ったかな?
    でも昔の人は京都まで歩いて来てたし、大したこと無いか。

    三年坂 (産寧坂) 名所・史跡

  • 三年坂を上がりきって人通りがぐっと増えるのを感じつつ、清水寺のほうへ向かうと、参詣曼荼羅にも描かれている経書堂があります。<br />第三の木戸はこの経書堂近くに描かれています。<br /><br />第一木戸周辺が割と賑やかだったのに対し、第二(六道珍皇寺)~第三木戸の間にはこれといった名所的なものはありません。<br />実際、歩いていても何もなかったし・・・一帯の墓地を横目に淡々と歩くゾーンなのでしょうか。<br /><br />第二木戸から先の特徴は三本の卒塔婆が描かれていることです。<br />三本卒塔婆は沿道に実物が存在したというより、墓地を示す地図記号のような役割のようです。

    三年坂を上がりきって人通りがぐっと増えるのを感じつつ、清水寺のほうへ向かうと、参詣曼荼羅にも描かれている経書堂があります。
    第三の木戸はこの経書堂近くに描かれています。

    第一木戸周辺が割と賑やかだったのに対し、第二(六道珍皇寺)~第三木戸の間にはこれといった名所的なものはありません。
    実際、歩いていても何もなかったし・・・一帯の墓地を横目に淡々と歩くゾーンなのでしょうか。

    第二木戸から先の特徴は三本の卒塔婆が描かれていることです。
    三本卒塔婆は沿道に実物が存在したというより、墓地を示す地図記号のような役割のようです。

    清水坂 名所・史跡

  • 経書堂からまもなく大日堂。<br />第四の木戸はこのそばに描かれています。<br /><br />絵の中ではこの辺りに来ると、立て続けにの木戸が続き、四つの木戸を超えた先には、売店や茶屋のようなものが現れ、唐突に賑やかな雰囲気に変わります。

    経書堂からまもなく大日堂。
    第四の木戸はこのそばに描かれています。

    絵の中ではこの辺りに来ると、立て続けにの木戸が続き、四つの木戸を超えた先には、売店や茶屋のようなものが現れ、唐突に賑やかな雰囲気に変わります。

    清水坂 名所・史跡

  • やっと着きました、仁王門。<br />これまで漠然と見ていたこの風景も、歴史を噛みしめるように歩いてきた今日はなんか一味違う。<br /><br />ただ、ここまでの内容が色々と濃すぎて、もうここからは気が抜けてしまったというか、やや集中力が切れてしまった。

    やっと着きました、仁王門。
    これまで漠然と見ていたこの風景も、歴史を噛みしめるように歩いてきた今日はなんか一味違う。

    ただ、ここまでの内容が色々と濃すぎて、もうここからは気が抜けてしまったというか、やや集中力が切れてしまった。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 昔は仁王門の手前に子安塔があったそうですが、今は舞台の正面遠くに見える場所に変わりました。<br /><br />場所を移した理由は不明ですが、建て直す際に舞台から塔が見えたら素敵やん?みたいな発想からくるものではないか、という見解を聞きました。<br />へー。

    昔は仁王門の手前に子安塔があったそうですが、今は舞台の正面遠くに見える場所に変わりました。

    場所を移した理由は不明ですが、建て直す際に舞台から塔が見えたら素敵やん?みたいな発想からくるものではないか、という見解を聞きました。
    へー。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 一行もいったん休憩。<br />この辺から雨雲レーダーうるさく通知を始め、雨が降ってきた。

    一行もいったん休憩。
    この辺から雨雲レーダーうるさく通知を始め、雨が降ってきた。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 西門や三重塔は参詣曼荼羅の中に描かれていますが、本堂手前の付近は火事があったりして昔と現在ではかなり様子が違っているようです。<br /><br />参詣曼荼羅は横長の絵ですが、主に清水寺の伽藍を大きく描いており、その他の参道は端っこにぎゅっと詰め込まれて、実際の縮尺は無視した構図になっています。<br />今と配置がやや違うといってもさすがに見慣れた光景になると、おおむね「今と同じだ!」という感想になります。

    西門や三重塔は参詣曼荼羅の中に描かれていますが、本堂手前の付近は火事があったりして昔と現在ではかなり様子が違っているようです。

    参詣曼荼羅は横長の絵ですが、主に清水寺の伽藍を大きく描いており、その他の参道は端っこにぎゅっと詰め込まれて、実際の縮尺は無視した構図になっています。
    今と配置がやや違うといってもさすがに見慣れた光景になると、おおむね「今と同じだ!」という感想になります。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 回廊を歩き本堂に向かう。<br /><br />現在清水寺には本堂と奥の院、二つの舞台がありますが、参詣曼荼羅には三つ目の舞台が描かれています。<br />その舞台はこの回廊の屋根を見下ろす位置(写真左手)にあったそうですが、焼失し、再建はありませんでした。

    回廊を歩き本堂に向かう。

    現在清水寺には本堂と奥の院、二つの舞台がありますが、参詣曼荼羅には三つ目の舞台が描かれています。
    その舞台はこの回廊の屋根を見下ろす位置(写真左手)にあったそうですが、焼失し、再建はありませんでした。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 大雨・・・。<br /><br />本堂の裏手には恋占いの石で有名な地主神社があります。<br />昔は清水寺の一部でしたが、神仏分離により独立しました。<br />高校生の時に行ったな・・・なつかし。

    大雨・・・。

    本堂の裏手には恋占いの石で有名な地主神社があります。
    昔は清水寺の一部でしたが、神仏分離により独立しました。
    高校生の時に行ったな・・・なつかし。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 修復中の舞台。<br /><br />この後は本堂の中を見せてもらいました。<br />坂上田村麻呂の蝦夷平定の様子が壁に描かれているよと言われて天井付近の壁を見上げましたが、真っ暗で何も見えなかった。

    修復中の舞台。

    この後は本堂の中を見せてもらいました。
    坂上田村麻呂の蝦夷平定の様子が壁に描かれているよと言われて天井付近の壁を見上げましたが、真っ暗で何も見えなかった。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 阿弥陀堂。<br />もはや疲れてあまり記憶なし。

    阿弥陀堂。
    もはや疲れてあまり記憶なし。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 奥の院の舞台です。<br />正直いってもう一つ舞台があったことすら記憶が曖昧でした。<br />気づいてすら無かった気がする。<br />

    奥の院の舞台です。
    正直いってもう一つ舞台があったことすら記憶が曖昧でした。
    気づいてすら無かった気がする。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • さらに先の子安塔へ向かいます。<br />何度か清水寺に来ているけど、こちら側へ回ったのは初めてでした。<br /><br />遠足で先生に着いていったり観光客に押し流されたりする場合、本堂横の階段から音羽の滝に降りていってしまう事が多く、こちら側も清水寺の一部という意識すら無かった。

    さらに先の子安塔へ向かいます。
    何度か清水寺に来ているけど、こちら側へ回ったのは初めてでした。

    遠足で先生に着いていったり観光客に押し流されたりする場合、本堂横の階段から音羽の滝に降りていってしまう事が多く、こちら側も清水寺の一部という意識すら無かった。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 子安塔。<br />安産祈願の場所ですが、元は光明皇后の祈願所だったそうです。<br /><br />光明皇后といえば癩病者に接し、口で膿を吸い出しいたわったという話から、「もののけ姫」エボシ御前の複雑な人格モデルの一つと言われています。

    子安塔。
    安産祈願の場所ですが、元は光明皇后の祈願所だったそうです。

    光明皇后といえば癩病者に接し、口で膿を吸い出しいたわったという話から、「もののけ姫」エボシ御前の複雑な人格モデルの一つと言われています。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 音羽の滝に向かいます。<br />お墓?<br />小さな石塔がたくさん集まっていた。

    音羽の滝に向かいます。
    お墓?
    小さな石塔がたくさん集まっていた。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 「清水寺」の語源ともなった清水が湧き出て滝を作っている、音羽の滝です。<br /><br />湧き水が三本に分かれています。<br />三本の筋には功徳、清い心、長寿などの意味があり、水は口に含みすすぐのではなく飲み干すだとか、三本全部飲むと欲張った心を見透かされるだとか、色々よくわからないルールがあるうえに、人が多い時滝の前は長蛇の列であり、見ての通り衆目状態で柄杓に水を受ける状態になるので、緊張するから苦手。<br />今回はお話を聞くだけで済んだので助かった。

    「清水寺」の語源ともなった清水が湧き出て滝を作っている、音羽の滝です。

    湧き水が三本に分かれています。
    三本の筋には功徳、清い心、長寿などの意味があり、水は口に含みすすぐのではなく飲み干すだとか、三本全部飲むと欲張った心を見透かされるだとか、色々よくわからないルールがあるうえに、人が多い時滝の前は長蛇の列であり、見ての通り衆目状態で柄杓に水を受ける状態になるので、緊張するから苦手。
    今回はお話を聞くだけで済んだので助かった。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 参詣曼荼羅ではこの三本の滝の下で水垢離をする人がいて、上のお堂はもっと大きく、鳥居が描かれていました。<br />水は生活用水としても使われているようで、水を運んでいる人の姿も描かれています。<br /><br />水はこの先低地に向かって落ち、さっきの川になっていきます。

    参詣曼荼羅ではこの三本の滝の下で水垢離をする人がいて、上のお堂はもっと大きく、鳥居が描かれていました。
    水は生活用水としても使われているようで、水を運んでいる人の姿も描かれています。

    水はこの先低地に向かって落ち、さっきの川になっていきます。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 六坊跡です。<br />かつて清水寺の僧侶が住んでいた住居跡、いわゆる社宅。<br />ここからおつとめに出かけられていたそうです。<br /><br />参詣曼荼羅では、塀に囲われた小さな集落のような様子をなしていて、いい服を着た位の高そうな人が敷地内にいる様子が描かれています。<br />お坊さんて本堂内のどこかの部屋で寝起きをしていると思ってました(一休さんのイメージ)。

    六坊跡です。
    かつて清水寺の僧侶が住んでいた住居跡、いわゆる社宅。
    ここからおつとめに出かけられていたそうです。

    参詣曼荼羅では、塀に囲われた小さな集落のような様子をなしていて、いい服を着た位の高そうな人が敷地内にいる様子が描かれています。
    お坊さんて本堂内のどこかの部屋で寝起きをしていると思ってました(一休さんのイメージ)。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 最後に、仁王門から脇にそれ、喧噪の裏にひっそり佇む成就院へ。<br />応仁の乱で焼けた清水寺再建に貢献し、清水寺とともに歩んだ歴史があります。<br /><br />その側にこのような石仏の山がありました。<br />これは明治におきた強引な廃仏の運動によって捨てられ行き場を失った石仏を、放置するにしのびないとした市民がここに持ち寄って築かれた山なのだそうです。

    最後に、仁王門から脇にそれ、喧噪の裏にひっそり佇む成就院へ。
    応仁の乱で焼けた清水寺再建に貢献し、清水寺とともに歩んだ歴史があります。

    その側にこのような石仏の山がありました。
    これは明治におきた強引な廃仏の運動によって捨てられ行き場を失った石仏を、放置するにしのびないとした市民がここに持ち寄って築かれた山なのだそうです。

    清水寺 寺・神社・教会

  • 最後に雨をしのぐため仁王門に集って、挨拶をして解散となりました。<br /><br />雨がたたきつける仁王門を振り返ると「羅生門」が過った。

    最後に雨をしのぐため仁王門に集って、挨拶をして解散となりました。

    雨がたたきつける仁王門を振り返ると「羅生門」が過った。

    音羽山 清水寺 寺・神社・教会

  • 華やかに賑わったかと思えば争いごとや病気によって衰退し、また賑わい、衰退しを繰り返した歴史を持つ京都です。<br /><br />観光客が押しかけて急激に賑わったかと思えば、コロナによりあっという間に次なる変化を余儀なくされる試練に晒されていますが、これも長い長い歴史から振り返れば、さほど特異でもなく、歴史は繰り返していると言えるような気もしてきます。<br /><br />清少納言はかつて「枕草子」で「清水寺の近くに来て泊まったら田舎者が大勢で現れて騒々しい」と書いていましたが、昔も今もたいして変わらんという事だし、今後も同じような事が繰り返されるだろうと思う。

    華やかに賑わったかと思えば争いごとや病気によって衰退し、また賑わい、衰退しを繰り返した歴史を持つ京都です。

    観光客が押しかけて急激に賑わったかと思えば、コロナによりあっという間に次なる変化を余儀なくされる試練に晒されていますが、これも長い長い歴史から振り返れば、さほど特異でもなく、歴史は繰り返していると言えるような気もしてきます。

    清少納言はかつて「枕草子」で「清水寺の近くに来て泊まったら田舎者が大勢で現れて騒々しい」と書いていましたが、昔も今もたいして変わらんという事だし、今後も同じような事が繰り返されるだろうと思う。

    清水坂 名所・史跡

  • 大雨になって足元が滑るので、はらはらしながら五条通の方面へ向かいます。<br /><br />何年か前にここを通った時はオール英語表記の和食店など、もう町中が外国人の呼び込みに必死やなという印象でしたが、今はその店がどこだったのかわからないほど様子が変化していました。<br /><br />私は外国に行って日本語の看板の店に入りたいとは思わないわ。

    大雨になって足元が滑るので、はらはらしながら五条通の方面へ向かいます。

    何年か前にここを通った時はオール英語表記の和食店など、もう町中が外国人の呼び込みに必死やなという印象でしたが、今はその店がどこだったのかわからないほど様子が変化していました。

    私は外国に行って日本語の看板の店に入りたいとは思わないわ。

    清水坂 名所・史跡

  • さて、今夜の宿「ホテル呉竹荘 京都清水五条」にチェックインしました。<br />人間はシングルなのにベッドはツインです。<br /><br />薄暗いのはカメラの設定が暗めのままだっただけで、実際はもう少し明るいです。

    さて、今夜の宿「ホテル呉竹荘 京都清水五条」にチェックインしました。
    人間はシングルなのにベッドはツインです。

    薄暗いのはカメラの設定が暗めのままだっただけで、実際はもう少し明るいです。

    京乃宿 清水五条 呉竹荘 宿・ホテル

  • 仕出し弁当を部屋で食べられるというのが魅力でこのプランを選びました。<br />お吸い物とワンドリンク(お酒あり)付きで、想像以上に豪華で美味しかった!<br /><br />この後はヤクルト対中日を見て、寝ました。

    仕出し弁当を部屋で食べられるというのが魅力でこのプランを選びました。
    お吸い物とワンドリンク(お酒あり)付きで、想像以上に豪華で美味しかった!

    この後はヤクルト対中日を見て、寝ました。

    京乃宿 清水五条 呉竹荘 宿・ホテル

  • 朝ごはん。<br /><br />これにさらに天ぷらが出てきてびっくりした。<br />真ん中のみりん干しがおいしかったです。

    朝ごはん。

    これにさらに天ぷらが出てきてびっくりした。
    真ん中のみりん干しがおいしかったです。

    京乃宿 清水五条 呉竹荘 宿・ホテル

  • チェックアウトの後はさっさと帰るつもりでしたが、疲れた足を引きずりつつ前日の集合場所だった「ひとまち交流館京都」を再訪しました。<br />地下に洛中洛外屏風絵の展示(本物ではなくコピー)があったのですが、前日はゆっくり見る時間が無く気になっていたので、この日は気が済むまで見ることができました。

    チェックアウトの後はさっさと帰るつもりでしたが、疲れた足を引きずりつつ前日の集合場所だった「ひとまち交流館京都」を再訪しました。
    地下に洛中洛外屏風絵の展示(本物ではなくコピー)があったのですが、前日はゆっくり見る時間が無く気になっていたので、この日は気が済むまで見ることができました。

    五条大橋 名所・史跡

  • 帰ろ。<br /><br />駅まで歩こうかと思いましたが日差しが強いので、バスで京都駅に戻ってきました。

    帰ろ。

    駅まで歩こうかと思いましたが日差しが強いので、バスで京都駅に戻ってきました。

    京都駅

  • 楽しかった!<br />ひじょうに充実していた!<br /><br />事実としては「五条駅から清水寺に行った」というだけなのに、レクチャーを受けながら街歩きをするという事が、こんなに楽しいなんて!<br /><br />という事で、あまり遠出もできない状態が続くので、今後は町歩きツアーにどんどん参加していこうと思います。<br /><br />ではまた。

    楽しかった!
    ひじょうに充実していた!

    事実としては「五条駅から清水寺に行った」というだけなのに、レクチャーを受けながら街歩きをするという事が、こんなに楽しいなんて!

    という事で、あまり遠出もできない状態が続くので、今後は町歩きツアーにどんどん参加していこうと思います。

    ではまた。

    京都タワー 名所・史跡

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