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意宇六社の最後熊野大社と玉作湯神社をお参りします。<br /><br />この旅行記で参照、引用した資料は、<br />「諸国神社参り山陰山陽1ー長門国」に列挙してあります。<br />https://4travel.jp/travelogue/11567638

諸国神社参り 山陰山陽10ー出雲その8、熊野、玉作湯

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2019/07/14 - 2019/07/14

123位(同エリア1014件中)

旅行記グループ 諸国神社参り 山陰山陽2019

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32

しにあの旅人

しにあの旅人さん

意宇六社の最後熊野大社と玉作湯神社をお参りします。

この旅行記で参照、引用した資料は、
「諸国神社参り山陰山陽1ー長門国」に列挙してあります。
https://4travel.jp/travelogue/11567638

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配

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  • 今回の予定は緑。

    今回の予定は緑。

  • 熊野大社<br />島根県松江市八雲町熊野2451番

    熊野大社
    島根県松江市八雲町熊野2451番

  • 県道53号の道沿いに大駐車場があります。<br />意宇川を渡ります。

    県道53号の道沿いに大駐車場があります。
    意宇川を渡ります。

  • 橋の向こうが二の鳥居です。

    橋の向こうが二の鳥居です。

  • 出雲国一宮

    出雲国一宮

  • 拝殿<br />ご祭神は、<br />神祖(加夫呂伎)熊野大神 櫛御気野命(かぶろぎ・くまのの・おおかみ・くしみけぬの・みこと)、素戔嗚尊(すさのおの・みこと)の別名。

    拝殿
    ご祭神は、
    神祖(加夫呂伎)熊野大神 櫛御気野命(かぶろぎ・くまのの・おおかみ・くしみけぬの・みこと)、素戔嗚尊(すさのおの・みこと)の別名。

  • 出雲国風土記の意宇郡(おうのこほり)の神社67社の冒頭に熊野大社(くまののおおやしろ)とあります。延喜式神名帳には「熊野坐神社 名神大」と記載され、名神大社です。

    出雲国風土記の意宇郡(おうのこほり)の神社67社の冒頭に熊野大社(くまののおおやしろ)とあります。延喜式神名帳には「熊野坐神社 名神大」と記載され、名神大社です。

  • 日本書紀斉明天皇5年(659年)の条に「出雲国造(いずものくにのみやつこ)に命ぜられて神の宮を修造させられた」とあります。意宇郡の熊野大社とされています。<br />創建が659年と、出雲でも有数の古社です。

    日本書紀斉明天皇5年(659年)の条に「出雲国造(いずものくにのみやつこ)に命ぜられて神の宮を修造させられた」とあります。意宇郡の熊野大社とされています。
    創建が659年と、出雲でも有数の古社です。

  • 本殿左

    本殿左

  • 本殿右

    本殿右

  • 堂々たる大社造りです。<br />神魂神社とともに、出雲国造の代替わりにさいしては、重要な役目をはたす神社です。<br />ウイキペディア・出雲大社より引用<br />「前国造が帰幽(死去)した際、新国造は喪に服す間もなくただちに社内の斎館に籠もって潔斎した後、燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)を携えて、熊野大社に参向する。そして熊野大社の鑽火殿にて燧臼・燧杵によって火を起こし、鑽り出された神火によって調理された食事を神前に供えると同時に、自らも食べる」<br />

    堂々たる大社造りです。
    神魂神社とともに、出雲国造の代替わりにさいしては、重要な役目をはたす神社です。
    ウイキペディア・出雲大社より引用
    「前国造が帰幽(死去)した際、新国造は喪に服す間もなくただちに社内の斎館に籠もって潔斎した後、燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)を携えて、熊野大社に参向する。そして熊野大社の鑽火殿にて燧臼・燧杵によって火を起こし、鑽り出された神火によって調理された食事を神前に供えると同時に、自らも食べる」

  • (このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。作者小池隆さん)<br />鑽火(きりび)殿<br /><br />火燧臼(ひきりうす)火燧杵(ひきりきね)とはどんなものか。<br />「日本の面影」の「杵築(きづき)-日本最古の神社」(杵築の大社は出雲大社の別名)の章で、ハーンは時の国造にして大社の宮司・千家尊紀(せんげ・たかのり)より直接火燧臼火燧杵を見せてもらっています。<br />ハーンは出雲大社の本殿に上がった最初の西洋人だそうです。<br />引用します。<br />「それらの宝物を拝見し、一通りその由来などを伺う、宮司が立ち上がり、『それでは、杵築の御神火をおこします。古い火燧臼火燧杵をお見せいたしましょう』と言われた。階を下り、再び拝殿の前を通って、境内の横手に立つ、拝殿に劣らぬほどの大きな建物の中へ入った。驚いたことに、案内された大広間の奥には、西洋人の私のためであろうか、マホガニーの美しい長テーブルが据えられ、その周りには来賓用の、同じくマホガニーの椅子が並んでいる。私もアキラも、それぞれの椅子に案内され、宮司や神官も席に着いた。すると従者が、私の前に長さ一メートルほどの立派な青銅の台を置いた。その上には、純白の布で丁寧に包まれた長方形のものが載っている。宮司が覆いの布を取ると、そこには、東洋最古といわれる火燧臼火燧杵が姿を現した。臼といえど、厚くて堅い白木の板で、全長が八十センチ近くあり、板の上端に穴が一列に並んでいる。板の側面の上の方まで開口したその穴に棒を差し、両手でこすって火をおこすのである。杵の方は、軽めの白木でできている。長さは六十センチほどで、普通の鉛筆ほどの太さである。(中略)<br />大社には毎年新しい火燧臼火燧杵が届けられる。これは杵築ではなく、出雲の熊野で作られているのだが、そこでは、その作り方が神代からの伝統として、厳然と守られてきている」(二重括弧『 』は筆者挿入、原文は「 」)<br />新しい火燧臼火燧杵が作られるのは、この熊野大社です。<br />現代では多少の変更があるかもしれませんが、ハーンの記録は1890年、129年も前のことです。こちらの方が古代に近いのは当然です。この129年間の変化は、それ以前の1000年に相当するのではないか。<br /><br />この鑽火祭のときに亀太夫神事なるものがおこなわれるそうです。熊野大社のガイドブックには必ず書いてありますから、ご存知の方も多いでしょうが、祭の初めに出雲大社から1メートルもある一種の神饌が供せられ、熊野大社社人亀太夫が、それにあれこれ苦情を申し立てるのだそうです。<br />おもしろいですね~<br />姑の嫁イビリ、お局さんの新入社員イジメ?<br />能の合間に狂言が入るように、厳粛な行事のほっと息継ぎに入れたのでしょうか。<br />今や絶大なる権威となって、力とお金のある出雲大社をいびる熊野大社。いびったって文句言われないくらいこっちだってえらいんだゾ。ってことですかね。<br />By妻がしばらく続きます。<br /><br />そういえば、オオクニヌシさんの結婚のきっかけは、スサノオさんにヘビやらムカデやらの部屋に入れられたりして、いじめられたことです。<br />そのあげくスセリヒメとオオクニヌシは駆け落ちしてしまいます。手に手をとって逃げて行く2人にスサノオパパは「許すぞー」と叫ぶのですが、やーぱり父親としては面白くなかったのかな。<br />オオクニヌシさんは恋多き男神さんで、女性関係多すぎだもんね。娘のかわりにいびったのかしらん。<br /><br />熊野大社と熊野古道の熊野本宮大社は関係があるのかないのか?! こっち側の人が紀州に移住したときに神社も一緒に引っ越した説もあるらしいですが、熊野大社の御由緒には、クマクマしいから熊野だそうです。<br />「神稲」「神代」は「クマシロ」と読み、「熊」は聖地ということだそうですけど、紀州のほうも相当クマクマしくしていますけれどね。<br />それでは熊本はクマクマしいか? 本家だと言っているぞ・・・ウーム。<br /><br />熊野大社は中世頃上宮、下宮と二つに分かれていたそうです。これは伊勢神宮、諏訪大社を連想させるではありませんか。<br />けれどこの二宮制は本来の姿ではないと、明治になって現在の一宮に戻ったそうです。<br />そこで妄想妻の考え。<br />熊野大社は神魂神社とともに杵築大社(出雲大社の古名)だったのではないか。その記憶が中世に二宮制を作った。<br />諏訪大社だって諏訪湖をはさんで上社と下社。杵築大社は宍道湖をはさんで・・・少し離れすぎかな。でも元が一つの神社だとしたら、あの亀太夫神事の不思議さも、分かるんじゃないですか。亀太夫さんが、今業績を伸ばして華々しい支店の出世著しい元同僚に、懐かしさとヨカッタなあとの気持ちで、ふざけてからんだ、って感じ。<br />いかがでしょう?<br />だって、神様がイビるって、あんまりですよね。全国のいじめられっ子は熊野大社をボイコットしよう! ってなったら、どうする?!<br />By妻おしまい

    (このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。作者小池隆さん)
    鑽火(きりび)殿

    火燧臼(ひきりうす)火燧杵(ひきりきね)とはどんなものか。
    「日本の面影」の「杵築(きづき)-日本最古の神社」(杵築の大社は出雲大社の別名)の章で、ハーンは時の国造にして大社の宮司・千家尊紀(せんげ・たかのり)より直接火燧臼火燧杵を見せてもらっています。
    ハーンは出雲大社の本殿に上がった最初の西洋人だそうです。
    引用します。
    「それらの宝物を拝見し、一通りその由来などを伺う、宮司が立ち上がり、『それでは、杵築の御神火をおこします。古い火燧臼火燧杵をお見せいたしましょう』と言われた。階を下り、再び拝殿の前を通って、境内の横手に立つ、拝殿に劣らぬほどの大きな建物の中へ入った。驚いたことに、案内された大広間の奥には、西洋人の私のためであろうか、マホガニーの美しい長テーブルが据えられ、その周りには来賓用の、同じくマホガニーの椅子が並んでいる。私もアキラも、それぞれの椅子に案内され、宮司や神官も席に着いた。すると従者が、私の前に長さ一メートルほどの立派な青銅の台を置いた。その上には、純白の布で丁寧に包まれた長方形のものが載っている。宮司が覆いの布を取ると、そこには、東洋最古といわれる火燧臼火燧杵が姿を現した。臼といえど、厚くて堅い白木の板で、全長が八十センチ近くあり、板の上端に穴が一列に並んでいる。板の側面の上の方まで開口したその穴に棒を差し、両手でこすって火をおこすのである。杵の方は、軽めの白木でできている。長さは六十センチほどで、普通の鉛筆ほどの太さである。(中略)
    大社には毎年新しい火燧臼火燧杵が届けられる。これは杵築ではなく、出雲の熊野で作られているのだが、そこでは、その作り方が神代からの伝統として、厳然と守られてきている」(二重括弧『 』は筆者挿入、原文は「 」)
    新しい火燧臼火燧杵が作られるのは、この熊野大社です。
    現代では多少の変更があるかもしれませんが、ハーンの記録は1890年、129年も前のことです。こちらの方が古代に近いのは当然です。この129年間の変化は、それ以前の1000年に相当するのではないか。

    この鑽火祭のときに亀太夫神事なるものがおこなわれるそうです。熊野大社のガイドブックには必ず書いてありますから、ご存知の方も多いでしょうが、祭の初めに出雲大社から1メートルもある一種の神饌が供せられ、熊野大社社人亀太夫が、それにあれこれ苦情を申し立てるのだそうです。
    おもしろいですね~
    姑の嫁イビリ、お局さんの新入社員イジメ?
    能の合間に狂言が入るように、厳粛な行事のほっと息継ぎに入れたのでしょうか。
    今や絶大なる権威となって、力とお金のある出雲大社をいびる熊野大社。いびったって文句言われないくらいこっちだってえらいんだゾ。ってことですかね。
    By妻がしばらく続きます。

    そういえば、オオクニヌシさんの結婚のきっかけは、スサノオさんにヘビやらムカデやらの部屋に入れられたりして、いじめられたことです。
    そのあげくスセリヒメとオオクニヌシは駆け落ちしてしまいます。手に手をとって逃げて行く2人にスサノオパパは「許すぞー」と叫ぶのですが、やーぱり父親としては面白くなかったのかな。
    オオクニヌシさんは恋多き男神さんで、女性関係多すぎだもんね。娘のかわりにいびったのかしらん。

    熊野大社と熊野古道の熊野本宮大社は関係があるのかないのか?! こっち側の人が紀州に移住したときに神社も一緒に引っ越した説もあるらしいですが、熊野大社の御由緒には、クマクマしいから熊野だそうです。
    「神稲」「神代」は「クマシロ」と読み、「熊」は聖地ということだそうですけど、紀州のほうも相当クマクマしくしていますけれどね。
    それでは熊本はクマクマしいか? 本家だと言っているぞ・・・ウーム。

    熊野大社は中世頃上宮、下宮と二つに分かれていたそうです。これは伊勢神宮、諏訪大社を連想させるではありませんか。
    けれどこの二宮制は本来の姿ではないと、明治になって現在の一宮に戻ったそうです。
    そこで妄想妻の考え。
    熊野大社は神魂神社とともに杵築大社(出雲大社の古名)だったのではないか。その記憶が中世に二宮制を作った。
    諏訪大社だって諏訪湖をはさんで上社と下社。杵築大社は宍道湖をはさんで・・・少し離れすぎかな。でも元が一つの神社だとしたら、あの亀太夫神事の不思議さも、分かるんじゃないですか。亀太夫さんが、今業績を伸ばして華々しい支店の出世著しい元同僚に、懐かしさとヨカッタなあとの気持ちで、ふざけてからんだ、って感じ。
    いかがでしょう?
    だって、神様がイビるって、あんまりですよね。全国のいじめられっ子は熊野大社をボイコットしよう! ってなったら、どうする?!
    By妻おしまい

  • 説明板

    説明板

  • 舞殿

    舞殿

  • 完璧に掃き清められていました。

    完璧に掃き清められていました。

  • 狛犬はやはりお尻上げ狛犬です。正確にはたてがみがあるので、狛犬ではなく唐獅子、出雲構え獅子です。<br /><br />「阿」<br />

    狛犬はやはりお尻上げ狛犬です。正確にはたてがみがあるので、狛犬ではなく唐獅子、出雲構え獅子です。

    「阿」

  • 「吽」

    「吽」

  • 熊野大社にはおもしろいものがいました。多分牛だと思います。木彫の神馬というのは神社でよく見かけましたが、石の神牛(?)というのははじめて。

    熊野大社にはおもしろいものがいました。多分牛だと思います。木彫の神馬というのは神社でよく見かけましたが、石の神牛(?)というのははじめて。

  • 子牛でしょう。

    子牛でしょう。

  • これ、なんだと思います?

    これ、なんだと思います?

  • 牛、かば?

    牛、かば?

  • 入口左右

    入口左右

  • 南イタリア、バーリのサン・ニコラ大聖堂の入口を支えている牛(?)さんです。<br />熊野牛さんとルーツが同じだなんて、言う気はないですよ。そんなことあるはずがない。絶対違う。違うってば・・・<br />

    南イタリア、バーリのサン・ニコラ大聖堂の入口を支えている牛(?)さんです。
    熊野牛さんとルーツが同じだなんて、言う気はないですよ。そんなことあるはずがない。絶対違う。違うってば・・・

  • 御朱印をいただきました。<br /><br />☆☆☆<br /><br />玉作湯神社に向かいます。

    御朱印をいただきました。

    ☆☆☆

    玉作湯神社に向かいます。

  • 拝殿<br />出雲では最後の神社、玉作湯(たまつくりゆ)神社。<br />島根県松江市玉湯町玉造508

    拝殿
    出雲では最後の神社、玉作湯(たまつくりゆ)神社。
    島根県松江市玉湯町玉造508

  • 出雲国風土記では意宇郡(おうのこほり)に玉作湯社(たまつくりゆのやしろ)とあります。延喜式神名帳でも玉作湯神社。<br />出雲では、風土記や神名帳に名のある神社はどこにでもある。感覚がマヒしてきて、驚かなくなりました。これはとんでもないことで、1300年も前に、この場所に神社があって、私が立っているこの場所に古代人もまた立っていた、ということです。

    出雲国風土記では意宇郡(おうのこほり)に玉作湯社(たまつくりゆのやしろ)とあります。延喜式神名帳でも玉作湯神社。
    出雲では、風土記や神名帳に名のある神社はどこにでもある。感覚がマヒしてきて、驚かなくなりました。これはとんでもないことで、1300年も前に、この場所に神社があって、私が立っているこの場所に古代人もまた立っていた、ということです。

  • 本殿<br /><br />櫛明玉神 (櫛明玉命、くしあかるたまのみこと)<br />大名持神<br />少彦名神<br />五十猛神

    本殿

    櫛明玉神 (櫛明玉命、くしあかるたまのみこと)
    大名持神
    少彦名神
    五十猛神

  • 神社由緒によれば、<br />「当地、花仙山は、製玉の原石たる瑪瑙に富み、この玉造郷は櫛明玉命の起業地として、その御子孫代々此の地に居住し、製玉事業を世襲したまいて・・・」とあります。はっきりと製玉に特化した神様だと宣言しています。<br />境内からは古代の玉類がたくさん発見されており、境内の収蔵庫に保管されています。

    神社由緒によれば、
    「当地、花仙山は、製玉の原石たる瑪瑙に富み、この玉造郷は櫛明玉命の起業地として、その御子孫代々此の地に居住し、製玉事業を世襲したまいて・・・」とあります。はっきりと製玉に特化した神様だと宣言しています。
    境内からは古代の玉類がたくさん発見されており、境内の収蔵庫に保管されています。

  • 上代玉類収蔵庫

    上代玉類収蔵庫

  • 出雲構え獅子です。

    出雲構え獅子です。

  • 御朱印をいただきました。<br />書き置きでした。印刷物ではなく、手書きですが、書き置きというとありがたさが半減してしまうのは、私たちだけですかね。

    御朱印をいただきました。
    書き置きでした。印刷物ではなく、手書きですが、書き置きというとありがたさが半減してしまうのは、私たちだけですかね。

  • 玉を造る職能集団の神様ってことですね。<br />玉というのは勾玉のことですが、ここは瑪瑙の産地だとか。勾玉には翡翠、水晶、滑石、琥珀、鼈甲、土器製、ごく稀に青銅製のものもあるとか。人工のものもあることを考えると、重要なのは何でできているかではなく、形態なのでしょうか。あの形、牙のような、魂のような、胎児のような、長く伸びた巴型のような、三日月のような・・・<br />いやいや、貴金属あってのあの形。両方そろってこその価値。<br />最高級品質ダイヤのハリーウインストン、カルチェ、ヴァンクリーフ&アーペルetc。(夫よ! これは念仏などではなく、世界有数の宝飾屋さんの名前ですゾ)ということは、まあ、ここは古代のティファニーだったってこと?キャ、すてき!<br />ティファニーではオードリー・ヘップバーンが朝食をとりますが、古代日本のティファニーでは、隣の温泉の女性が瑪瑙の曲玉をウインドーショッピングしながら、黍団子でも食べていたのかしら。あら、どんぶらこ、どんぶらこ。<br />By妻<br /><br />どんぶらこ? 桃が流れてどんぶらこ、ね。ここは吉備じゃないぞ。桃太郎は関係ねー。黍団子もなし、出雲ソバじゃ。<br />By夫。

    玉を造る職能集団の神様ってことですね。
    玉というのは勾玉のことですが、ここは瑪瑙の産地だとか。勾玉には翡翠、水晶、滑石、琥珀、鼈甲、土器製、ごく稀に青銅製のものもあるとか。人工のものもあることを考えると、重要なのは何でできているかではなく、形態なのでしょうか。あの形、牙のような、魂のような、胎児のような、長く伸びた巴型のような、三日月のような・・・
    いやいや、貴金属あってのあの形。両方そろってこその価値。
    最高級品質ダイヤのハリーウインストン、カルチェ、ヴァンクリーフ&アーペルetc。(夫よ! これは念仏などではなく、世界有数の宝飾屋さんの名前ですゾ)ということは、まあ、ここは古代のティファニーだったってこと?キャ、すてき!
    ティファニーではオードリー・ヘップバーンが朝食をとりますが、古代日本のティファニーでは、隣の温泉の女性が瑪瑙の曲玉をウインドーショッピングしながら、黍団子でも食べていたのかしら。あら、どんぶらこ、どんぶらこ。
    By妻

    どんぶらこ? 桃が流れてどんぶらこ、ね。ここは吉備じゃないぞ。桃太郎は関係ねー。黍団子もなし、出雲ソバじゃ。
    By夫。

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