2018/09/20 - 2018/09/23
2180位(同エリア3571件中)
三峯霧美さん
中学の修学旅行で一度行っただけの奈良に、もう一度行ってみようと、ツレと出かけることにしました。
わたしは一日早く京都に入って、ひとりで洛陽三十三観音霊場の札所巡りをしました。
適当に廻っていると、いつまでたっても結願しそうにないので、今回は気合を入れました。
ほぼ終日、雨に降られ、天候はさんざんでしたが、札所巡礼はどんどん進んみました。
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いつものように新幹線で京都入り。自宅からの所要時間4時間弱。
9:22 京都駅到着、今夜宿泊のホテル近鉄京都に大きな荷物を預けて、新幹線の中から続く悩ましい腹痛を何とか収めて、市営バスで移動。旅に出る前から食べるモノには気を付けなければ・・・。
大宮松原バス停下車、ぽつぽつ雨が降る中を歩いて
10:17 延命山 無量壽院 長圓寺
この一角は小ぶりなお寺が集まっています。長円寺 寺・神社・教会
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山門を入って左奥にかわいいお地蔵様がいる手水
創建は1587年 大譽上人浄阿清巌は三河国の永安寺の住職でしたが、応仁の乱で京都のお寺の荒廃を嘆き入京。
清水寺の観音の霊夢によって 比叡山に安置されていた聖観音を、小さな観音堂を建立して安置したことが始まりです。 -
本堂 御本尊は阿弥陀三尊像
1608年 清巌に帰依していた京都所司代の板倉勝重(三河出身で出家して僧だったが父と家督を継いだ弟が戦死したため、還俗して家督を継ぐ)が、観音堂に土地と、慈覚大師円仁が彫った阿弥陀三尊像を寄進し、本堂や庫裡が整備されました。
勝重が亡くなりその法諱から「長圓寺」としました。 -
1931年に火災で本堂を失いますが、阿弥陀三尊像と聖観音像、観音堂、山門は無事でした。
本堂は1932年の再建。 -
観音堂 洛陽三十三所観音霊場 第24番 聖観音菩薩
聖観音像は972年に平安京で疱瘡(天然痘)が流行り多くの人が亡くなったことに心を痛めた大納言の藤原親衡が恵心僧都源信に聖観音像を彫らせたもので、宮中に祀って祈祷を行ったところ、疱瘡が治まったという、霊験あらたかな観音様。 -
庫裡でご住職の奥様に御朱印対応していただきました。
もうお彼岸に入っているので、お墓詣りにいらしてる方もいて、冷たいお茶をいただきながら、ちょっとおしゃべり。 -
御朱印 大悲殿
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御本尊の阿弥陀如来の御朱印も頂きました。
一緒に「はい飴ちゃん」とうれしい差し入れまでいただきました。 -
10:26 ここから歩いて次の壬生寺に向かいます。
雨はぽつぽつ降って、短い距離なら傘は要らない。 -
途中に新選組の貸衣装屋さんがありました。
一時間2500円で、あの衣装が借りられるらしい・・・グループならいいけど、一人で着るには度胸がいるね。 -
10:33 壬生寺
創建は991年、三井寺の僧が地蔵菩薩を本尊とし小三井寺がちょっと離れたところに造られ、
1213年に信者の平宗平によって現在地に移されるも、火災によってすべての伽藍を焼失します。
表門の前に修学旅行の中学生のグループがいて、写真撮影中。また雨が降ってきた。壬生寺 寺・神社・教会
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1259年に平政平と円覚承認によって中興、寺名を宝幢三昧寺としましたが、このあと地名の壬生が寺名として定着していったようです。
江戸時代に入っても、ご本尊の厄除開運の信仰は厚く、塔頭は10を超えます。
天明の大火(1788年)で全山焼失。1811年に本堂が再建され、次第に復興してきます。 -
幕末は新選組の屯所が隣接する八木邸に置かれ、屯所が西本願寺に移動した後も、境内は新選組の兵法調練所に使われました。
明治の廃仏毀釈で塔頭は中之坊(中院)が残っただけとなり、1962年には放火によって本堂と本尊、四天王像などが焼失。 -
本堂は1967年の再建。
延命地蔵菩薩 本山の唐招提寺からうつされたものです。
10の願を聞き届けてくれるそうです。
身体健全をお願いしました。 -
一夜天神堂 菅原道真が太宰府に流される前に、壬生の親族を訪ねて一夜を過ごしたという言い伝えがあり、一夜で知恵が授かるそうです。
学業成就のご利益があります。 -
阿弥陀堂と手前に夜泣き地蔵
新しい阿弥陀堂 2002年再建。
阿弥陀如来三尊像が安置されて、地下の資料展示は有料。
お寺や新選組の資料が判りやすく展示されています。 -
手水舎 弁天堂の地下から引いた水なんだそうです。
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弁天堂と水かけ地蔵堂
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壬生寺中院 唯一残る塔頭です
1829年に再建されたお堂
こちらが札所本尊
洛陽三十三所観音霊場 第28番
十一面観世音菩薩 -
洛陽の御朱印。大悲殿
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京都十二薬師霊場の歯薬師如来像も安置されています。
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千体仏塔 区画整理や地下鉄工事で集められた石仏でパゴタ型になっています。
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御朱印は寺務所で。
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前に若い女性が二人待っていらして、御朱印を嬉しそうに胸に抱き、微笑みあっていたのが印象的でした。
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右がご本尊の地蔵尊の御朱印
左は歯薬師の御朱印。
歯科治療の無い時代、歯の痛みに悩んだ人が多かったでしょうね。
つい半世紀前まで歯磨きは一日一度、朝起きて顔を洗う時だけでしたから。 -
阿弥陀堂の奥は放生池で橋を渡って新選組の壬生塚があります。
こちらも拝観は有料。 -
橋を渡ると正面に「あゝ新選組」の石碑。三橋美智也が歌う。
右にあるボタンを押すとフルコーラス流れた。ええ、もちろん押しちゃった!
うんちゃ、うんちゃ、うんちゃかちゃっちゃっ・・レトロなリズム。
昭和30年作だそうですよ。昭和十年生まれの亡母は三橋美智也の歌は「どれも下品」だったと言っていた。まあ、オシャレじゃないことは確かだね。 -
阿弥陀堂の地下資料館の年表に、幕末の新選組の屯所になったことは「めいわく」と記載されていました。
ですよね~。 -
近藤勇の像 新選組に関しては、あまり興味がないんで、感慨もなにもない。
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お寺には壬生狂言という無言劇が伝わっていて、重要無形民俗文化財。
1300年に円覚上人が始めたと伝わり、当初は仏教の教えをわかりやすく説くためでしたが、江戸時代には大衆娯楽として発展したそうです、なかなかドラマチックな演出があり、今でも楽しめそうですね。 -
雨がやんできました。
壬生寺の隣には新選組ゆかりの八木家に由来する和菓子屋さんがあります。
京都鶴屋 鶴寿庵 「屯所餅」という壬生菜の入った餡の大福が気になりますね。
屯所の旧跡として見学ができますが、時間がないし、新選組はあまり興味がないのでパスしました。 -
歩いて北上し、京福嵐山本線の踏切を超えると梛神社と隼神社。
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11:10 左側が梛神社 右側が隼神社
境内は手入れが行き届いていて、交通量の多い四条通に面していることを忘れるほど清々しい。元祇園 梛神社 寺・神社・教会
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式内社の隼神社
祭神 建甕槌神
創建は不明 日本三代実録に後院隼神と記載があり、延喜式神名帳では式内大社。
1918年に現在地に遷座しました。
江戸時代は隼がハヤクサと読まれて、「クサ」(皮膚病)の平癒のために信仰されたそうです。 -
梛神社「元祇園社」
社伝によれば、869年に疫病がはやり播磨國広峰神社から牛頭天皇を勧請して鎮疫祭りを行った際に、牛頭天王の分霊を乗せた神輿を梛の林中に置いて祀ったのが始まり。
その後牛頭天皇を祇園社(八坂神社)に祀る際に 花飾りの風流傘を立て、鉾を振って楽を奏しながら神輿を送ったのが祇園会の起源とされ、「元祇園社」と呼ばれるのだそうです。
小さな祠だったものを、明治と昭和に復興されて、現在の形になったそう。 -
梛神社、隼神社ともに、最近は期間限定の色鮮やかな御朱印が領布されることでちょっと有名。
ですが、お参りしたときは限定御朱印のない時期で、通常の御朱印をいただきました。 -
四条通を渡って向かい側から鳥居の写真を撮影して、歩いて次の正運寺へ。
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雨が上がる、四条通の次の信号を北上。
路地を小学生が歩いてる。低学年の子たち、もう下校時間なのかな。 -
11:30 長栄山 佛照院 正運寺
創建は1600年 熊本藩の加藤清正の重臣、飯田覚兵衛(直景)が浄土宗の深誉を開山として勝軍寺を創建。
しばらくして正運寺へ改名。正運寺 寺・神社・教会
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飯田覚兵衛は加藤家三傑とよばれ、槍の使い手。お城の普請奉行で隈本城、名古屋城、江戸城の築城にも関わりました。
京都に隠棲し70歳で亡くなりました。
門まわりを撮影していたら、原付に乗ったお坊さんが正面の門を開けて入っていった。 -
開いた門から入って、境内を見回していたら、お坊さんが霊場巡りならこっちと観音堂を教えてくださった。
たぶんご住職。
で、こっちが本堂 まずはこちらをお参り。 -
本尊は阿弥陀如来
天明の大火で伽藍が焼けましたが、観音様と厨子は無事残ったそうです。
観音様にお参りした身重の女性が、このお寺で無事に子供を出産したことがあり、安産寺ともよばれ女性の信仰が篤かったそうです。 -
観音堂 洛陽三十三所観音霊場 第26番
十一面観音菩薩は運慶が奈良の長谷寺の十一面観音菩薩像と同じ木でつくったもので、絶対秘仏で一度も御開帳されたことが無いそうです。
両側におびんつるさん。
脇にお稲荷さん。 -
境内は石が敷き詰められ、植木はキレイに刈り込みされて、手が入っている印象。
書院脇の御朱印対応の札がかかった引き戸を開けて、中で御朱印をいただきました。
玄関にはご住職が乗っていらした原付 -
御朱印を頂きました。 大悲殿
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普段はこちらの通用門からお寺の中へ。
道路の外側から見ると、オープンな感じはありませんが、本堂の扉も開いて、お参りできたし、寺務所のご対応も丁寧にしていただきました。
歩いて御院通りまで戻って 壬生操車場前のからバス移動。雨降ってきたな~。 -
千本出水のバス停下車 歩いて西に向かい。
12:05 竹林山 宝寿院 正光坊 福勝寺(ふくしょうじ)
弘法大師により、河内国古市郡(大阪府羽曳野市)に創建されますが衰退。
1257年ごろ覚済僧正によって京都に再建され、その後三度の移転を経て、江戸中期に宝永の大火にあったあと、現在地に再建されました。福勝寺 寺・神社・教会
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正面の門は閉ざされているので、庫裡の前の通用門から入ります。
豊臣秀吉は武運を願ってひょうたんを奉納し、戦に勝った秀吉は寺領を寄進したと伝わります。
毎年節分の日だけ、ひょうたんのお守りが授与されます。所願成就にご利益があります。 -
ご本尊 薬師如来 京都十二薬師霊場の6番札所です。
薬師如来像は愛知県新城市の鳳来寺の薬師如来と同じ木で利修仙人の作と伝わり、東大寺大仏の再建の際、重源僧正に授与されて諸国を回った後、奉安されました。 -
後陽成天皇が勅願され病気が平癒したので、天皇より「薬師如来」の名号と菊の御紋が寄付されて勅願寺となりました。現在も峰薬師と呼ばれます。
後西天皇は左近の桜を分栽して桜寺の別称で呼ばれるようになりました。 -
本堂の脇壇に 洛陽三十三所観音霊場の聖観音菩薩が安置されているそうですが、拝観することはできませんでした。
現在は観光として拝観は行っておらず、毎月1日と16日の歓喜天の縁日は、本堂、聖天堂の拝観ができます。
雨が降っているときは、屋根がついているとありがたい。 -
寺務所で御朱印をいただきました。
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御朱印を頂きました。
洛陽三十三所観音霊場 第9番
聖観音 -
御本尊の御朱印 峰薬師
雨がぽつぽつ降ったりやんだり。
歩いて清和院へ向かいます。 -
観光客とは無縁の住宅と小さな事業所が入り組んだ普通の町が続きます。
雨の降り方が本格的になってきた。
12:28 河崎山 感応寺 清和院
清和天皇(在位858~876年)ゆかりのお寺。
平安初期に藤原良房の邸宅の南にあった仏心院をもとに、清和天皇譲位後の後院として清和院が設けられたのが始まりです。
京都御所の東北に「清和院御門」が名残をとどめています。清和院 寺・神社・教会
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本堂ってどこなんだろう、門を入るとすぐ左手に収蔵庫のような建物がある。
清和院は代々皇子や親王が住しましたが、その後廃れ、1308年仏心院が再建されて「清和院」の号を朝廷より賜り、仏寺化しました。
清和天皇が清和源氏の祖であることから、足利氏が深く帰依し、保護受けて栄えますが、1661年の御所炎上の際に類焼し、後水尾院によって現在地に移転しました。 -
本堂がどこか分らなくて、寺務所の呼び鈴を押す。
御朱印の対応後、さっきの建物の扉を開けてくださって、お参りすることができました。
とても小さな敷地です。 -
重そうな厳重な扉を開けてくださった。
雨が降っているのに、ちょっと恐縮。
ゆっくりお参りくださいと、寺務所に戻って行かれた。
ご本尊は木造地蔵菩薩像 鎌倉時代作 洛陽四十八所地蔵霊場札所本尊 -
洛陽三十三所観音霊場 第33番 清和院 結願所。
現在地に移転する際、一条鴨川西岸にあった感応寺の聖観音(河崎観音・平安時代作)も一緒に祀られました。
残念ながら聖観音像は九州国立博物館にあり、写真が安置されています。 -
おびんつるさん、にっこり笑ってる。
あっちこっちさわって、祈願しました。 -
御朱印を頂きました。
洛陽三十三所の御朱印 三十三番 聖観世音菩薩
札所の結願所ですが、順番に巡っていないので、まだまだ道のりは長い・・・。
また雨が降ってきました。 -
御本尊の御朱印
清和地蔵尊
寺務所に参拝のお礼とおいとますると声をかけて、ランチのお店に向かって北野天満宮方向に歩いて行きます。
雨は本降り。
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