2018/09/20 - 2018/09/23
3376位(同エリア6010件中)
三峯霧美さん
数年前から始めた大人の修学旅行、今回は京都と奈良の旅。
前日に一人で京都入りし二日目は早朝から東寺をお参り。
京都駅でツレと合流して奈良へ向かいます。
初日は平日じゃないと見ることができない正倉院から東大寺と春日大社をゆっくり回って、御朱印を頂きました。
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6:30 ホテル近鉄京都をチェックアウト
大きな荷物は預けて、京都駅八条口のバス停へ。
バス停まで徒歩1分、めちゃくちゃ便利なホテルです。
6:48 松尾橋行のバスで東寺にむかいます。 -
7:01 東寺東門
門の前に屋台が出てる?それに人がたくさんいる。
この日は弘法大師の月命日の21日。気が付かなかった。
東寺では毎月21日に弘法市が開かれます。東寺(教王護国寺) 寺・神社・教会
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昨日に続き、今朝も雨。
悪天候の中、こんな早い時間から、お店が設営されてます。
まずは生身供が行われる大日堂に行きます。 -
大日堂
お堂に入ってみたら、いつもの和讃を唱えているおば様たちがいない。
7時20分になってもお舎利さんはなかった。
21日は御影供の法要が10時からあるので、誰もいないのかな?
7時過ぎに若い女性が一人入ってきたけど、周囲を見回して戸惑っていらした。
雨も降ってるし、金堂、講堂の拝観開始まで、堂内で過ごしました。 -
7:50 食堂の周りは四国のお遍路のお砂踏みが行われています。
時間前だけど、御朱印を頂けるかな? -
東寺に来たのは三度目、今回は三種類頂きました。
右 愛染明王 西国愛染十七霊場 第8番
左 鎮守八幡宮の御朱印 南無八幡大菩薩 -
御影堂の不動明王の御朱印
今回の御朱印は名指しで書いていただいたもの。
隣の書き手の方に「これで全部?」と聞かれて、まだ観智院をお参りしてないので、「次回で全部かなぁ」なんて、ちょっとおしゃべりしました。 -
売店で友人たちのお土産に東寺オリジナルの塗香を買いました。
塗香は香水と同じで、使う人の手の平の温度によって香りが変わるのです。
東寺の塗香は甘い香りがします。
金堂と講堂をゆっくり拝観。立体曼荼羅は何度見ても本当にすごい。 -
いろいろなものが並ぶ弘法市
さっと店を見て歩きます。
新幹線の旅は帰りの荷物を増やさないようにしています。弘法市の誘惑に負けないようにしないと。 -
並んでいる品物を、じっくり見ると、どんどん購買意欲がわくので、さっと流して歩きました。
あぶない、あぶない、お土産が増えちゃうよ。 -
8:30 京都駅に戻るバスを待つ、雨はやみそうにありません。
昨日濡れた靴を、一晩かけて乾かしたのになぁ。
ツレから定刻に京都駅に着くと連絡が入りました。
京都駅に戻って荷物を引き取り、近鉄のチケット売り場で特急の指定席券を購入。
ツレと無事に合流しました。 -
9:30 近鉄特急で奈良に移動。
車内でコンビニおにぎりで朝食。
10:05 近鉄奈良駅到着し、ロッカーに荷物を預けて、タクシー乗り場へ。 -
10:24 まずは正倉院に行く。
私もツレも修学旅行では正倉院は見ていないのいで、やっぱり一度は見ておこうと意見が一致。
タクシーはこの場所まで、この先は一般車進入禁止です。 -
大仏殿の屋根と鹿の図。これぞ奈良!って感じだ。
宮内庁の事務所を過ぎ、さらに歩く。 -
正倉院の正式な入り口はここみたい。宮内庁の説明文があります。
でも、見学者は入れない。先に進みます。
正倉院の管理は宮内庁なので、平日しか見学できないのです!土日はお休み。 -
綺麗に清掃されていて、ゴミ一つ、枯葉一枚落ちてないってイメージです。
そういえば、皇居前広場もゴミ一つ落ちてなかった。宮内庁すげ~。
そんな場所に不釣り合いなテントがあって、皇室のカレンダーなどが販売されています。 -
ここが見学の入り口、見学と言っても、外観を見るだけです。
小学生のグループがいて、スマホで写真撮影中。 -
日本人なら知らない人の無い正倉院。
想像していた以上に大きく、どっしりとした焦茶色。
私のレンズだと、フェンスからこれだけ離れないと、全容が納まらない。ギリギリです。
で、見学時間3分!正倉院正倉 名所・史跡
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東大寺大仏殿方面に南下して、東大寺のお堂を廻っていきます。
左手に東大寺の講堂跡が見えてきました。礎石だけが残っています。
大仏殿の真裏にあたります。
今でもかなりの広さの東大寺ですが、かつてはもっと広く、ここには講堂、その隣に食堂、三面僧坊があったそうで、建立されたのが756年頃といわれています。
南都焼き討ち後、それらの堂宇は再建されませんでした。 -
まずは指図堂に向かいます。
東大寺=大仏 最近まで、こんな知識しかなくて、中学生から進歩無しだ。
東大寺は正式な名を金光明四天王護国之寺 (きんこうみょうしてんのうごこくのてら)というそうです。
奈良時代に聖武天皇が建立した華厳宗のお寺で、ご本尊は大仏の盧舎那仏。 -
右手に子安神社
古くは富貴社、フキのやしろと呼ばれていて、江戸時代の記録には良弁僧正の母がここに住み、孝養社と言ったという記録もあるそうです。
子孫繁栄を願う社として17世紀に子安宮と改称したらしい。 -
10:42 指図堂
平重衡の南都焼討のあと、東大寺復興の勧進職についていた重源上人が、大仏殿を再建するための設計図(指図)を収めるお堂として使い「指図堂」と呼ばれるようになりました。東大寺 寺・神社・教会
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大仏殿再建後は法然上人ゆかりの霊場となりました。圓光大師霊場の札所です。
このお堂は1852年に再建されたものです。
重源上人は法然上人に浄土宗を学んだことがあり、法然上人は未完の大仏殿の軒下で浄土三部経の講説を行いました。 -
法然上人二十五霊場 第11番
平日はお堂は閉まっています。
御朱印は東大寺の寺務所で頂くことができます。あとで行かなくちゃ。 -
このあたりは観光ルートから外れているので、歩いてる人もいない。
728年に聖武天皇と光明皇后が幼くして亡くなった皇子の菩提を弔うために若草山麓に9人の僧が住持する金鐘寺を作りました。
その9人の中に、東大寺の開基となる良弁がいました。
742年に大和国の国分寺となり寺名を「金光明寺」に改めます。
747年の大仏が鋳造されたころから「東大寺」の寺号が使われるようになったそうです。
西側にある戒壇堂へ向かいます。 -
東大寺は国分寺として建立され、国家の安寧と国民の幸福を祈る道場で、仏教の教理を研究して、学僧を養成する役目もありました。
奈良時代の六宗(華厳・三論・倶舎・成実・法相・律)と平安時代の天台・真言が加えられ、八宗兼学のお寺となりました。 -
10:47 戒壇堂 戒壇院千手堂
出家者が戒を受けるためのお堂です。
754年に聖武上皇と光明皇太后は鑑真和上から戒を授かります。場所は大仏殿の前だったそうです。東大寺 寺・神社・教会
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戒壇院は 755年に鑑真和上を招いて、現在地に日本初の正式な受戒の場として建立されました。
白い壁に囲まれてお堂の周りは石が敷き詰められて、一部の隙も無いほどに整えられています。 -
創建時は受戒した僧が戒律について学ぶ場所で、戒壇堂と講堂、僧房、食堂などの施設がありました。
現在のお堂は1733年の再建 -
受付を済ませて(拝観は有料です)お堂の中に入ると、真ん中に宝塔があり、その四方に土で作られた四天王像が安置されています。
四天王像は江戸時代にお堂が再建されたときに、中門堂にあったものを移しました。
法華堂の須弥壇に残る傷跡がこの四天王の台座と似ていて、法華堂の他の仏像と作風や色彩の模様なども似てるところから、同じ時期に同じ工房で作られたという説が出てきたそうです。 -
ゆっくりと四天王像を拝観。四体とも国宝です。
四天王は古代インドの神々で、仏教に取り入れられた際、須弥山の四方にいて、帝釈天に仕える神様となりました。
それぞれの表情、全身から強い意思が感じられ、目を離せなくなります。 -
御朱印を頂きました。
四天王
大和北部八十八霊場の番外札所。 -
芝生の中の遊歩道を歩いて大仏殿方面に向かいます。
大仏殿の入り口や参道はたくさん人がいる。 -
東大寺ミュージアムの角を西に曲がると、観光客はいない。
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11:04 真言院 塔頭
南門にある真言院のインターフォンを押して、拝観をお願いしました。 -
正面が地蔵堂
地蔵菩薩像と四天王像が安置されているそうです。
外からお参り。 -
地蔵堂の左側奥が「大師堂」
お大師様の像が安置されています。
810年に弘法大師空海は東大寺の別当に任じられ、南院(真言院)を建立しました。 -
そうです!この日は大師様の月命日。
御朱印対応してくださった奥様が、お参りできますよと案内してくださった。 -
御朱印
弘法大師
大和北部八十八ヶ所 第12番 -
同じ敷地内の東側は勧学院。
弘法大師空海が別当を離任して、822年、ここに灌頂道場が造られました。
すごく広いお寺だったようです。 -
現在は、平日は毎日、講座が開かれていて、だれでも無料で聴講できるんです。
ちなみにテキスト代として年間三千円。
いいなぁ、うらやましい環境です。 -
メインの参道に戻って、南大門へ。
雨は降っていませんが、地面はまだ濡れています。
だんだん人が増えてきた。 -
11:19 南大門
天平時代の初代の門は平安時代に倒壊し、これは1203年に再建されたものです。
日本で一番大きな門で、国宝。
中国の建築方法「大仏様」で作られています。
柱を貫通する水平材を使って天井を張らずに、見上げると木材がむき出しです。東大寺 寺・神社・教会
-
南大門には国宝の金剛力士像。
左側の手のひらが見えるのが阿形
運慶が指揮を執り、快慶、定覚、湛慶ほか12人の小仏師によって2ヶ月で造られたそうです。 -
右側が吽形
門の中で向かい合って立っています。
これを2か月で・・・・。すごいなぁ。 -
修学旅行の思い出は、遠く朧げな記憶しかありません。鹿せんべい買ったような気がする。
そういえば、中学三年の時のクラスはとても仲が良くて、いい仲間に囲まれて楽しかったな。 -
鹿に餌をやる人、鹿を撮影する人、自撮りする人、南大門を撮影する人。
ワイワイ、賑やか、楽しそうだね。 -
鹿に囲まれた人がいる。
鹿せんべいを持ち歩く時間が長いと、こうなります。 -
角を切られた雄。突っ立ってる。
指図堂の御朱印をいただきに、本坊の玄関を訪ねます。
受付の女性にお願いして、御朱印帳を預ける。 -
さすがに東大寺ともなると、寺務所の中もお仕事されてる方がたくさんいて、
宅急便が届いたりと、忙しそう。 -
頂いた御朱印。
指図堂 圓光大師 -
大仏殿に向かいます。
鏡池、絵になる場所で休憩中の鹿がいます。 -
11:35 参道の突き当りは中門。
楼門で1716年頃の再建と伝わります。
元旦の8時から早朝までは通り抜けができるそうです。というのも、その時は拝観料が無料だから。東大寺 中門 名所・史跡
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回廊を西に向かって歩くと
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11:36 拝観受付があります。
受付を済まして、回廊を進むといきなり撮影スポット!
みんなスマホをかざして写真を撮影。 -
それがこの図。
大仏殿の正面はフェンスがあって、フェンスの奥に照明機材や椅子が並んでます。
ベントがあるみたい。まさかライブ?!東大寺 寺・神社・教会
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設営してるスタッフに聞いたら、明後日の夜に歌舞伎(世界遺産登録20周年記念の歌舞伎)が行われるんだそうです。
初代大仏殿は大仏さまの開眼供養の6年後に完成しました。
平安時代末期に南都焼討で焼失して再建、戦国時代に三好・松永の戦火で焼けてしまいます。
その後、大仏様は野ざらしに・・・。 -
現在の大仏殿は1708年に再建されたものです。
わたしが修学旅行で訪れた時は、昭和大修理の真っ最中で、屋根の瓦の葺き替えが行われていました。
今回はイベント設営でフェンスがあり、金剛八角燈籠の近くには行けなかった。 -
正面は立ち入り禁止なので、芝生に通路が設けられいます。
そこからぐるりと回廊を通って大仏殿に入ります。 -
盧舎那仏(大仏様)は752年に聖武天皇によって建立されました。
その頃は飢饉、疫病、災害などを、仏教の力でおさめるためでした。
技術者のべ42万人、役夫218万人、11年の歳月をかけ、現在の価値で4600億円以上の費用がかかってます。
お久しぶりです、大仏様、わたし、すっかり年取ってしまいました。
あれから、いろんな事があったんです。 -
正面から灯明を供えて、お参りしました。
大仏様の鋳造は下から段々に鋳造し、大変な労力を使ってヤスリで表面をならして、砥石で磨き、金メッキを施します。
開眼供養時はまだ未完で、光背がついて完成したのは771年でした。
創建当時の部分は台座や右側の脇腹、袖、大腿部などだけで、鎌倉、室町時代の修復時のもの、頭部は江戸時代のもので、明らかに胴体と色や質感が違います。 -
華厳経の世界が描かれた蓮弁の原寸模型。
大仏様の蓮台の周りにある連弁は同じ絵柄がエッチングされています。 -
大仏殿の大きさに合わせるように、ほかの仏像もとても大きい。
脇侍の左側は虚空蔵菩薩坐像 江戸時代1752年に完成した寄木造の木造で、30年の歳月をかけて造られました。
重要文化財 -
大仏様もキンピカだったんだよね・・・。
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広目天立像
四天王像は広目天と多聞天が大仏様の奥側左右に安置されています。 -
増長天と持国天は頭部だけが造られたそうです。
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創建時のレイアウトを再現した模型が展示されています。
1909年に日英博覧会(ロンドンで開催)用に作成されました。 -
江戸時代の柱らしい。
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「鬼瓦」や「鴟尾」 も展示があります。葺き替えした時に交換したものでしょうか。
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多聞天立像
江戸時代に造られたもので、彩色がうっすらと残っています。 -
そして多聞天のそばの柱に空いた穴。大仏様の鼻の穴と同じ大きさといわれ、通り抜けると願い事がかなうとか・・・。
拝観者が多い日は行列ができるみたいですね。
穴くぐりする人は外国人観光客ばかりで、トライするものの、頑張っても上半身も入らずに、笑い転げてました。
スリムな女性が通り抜けると周りから拍手喝采。 -
如意輪観音坐像も江戸時代1738年のもので、大仏殿復興後に造られました。
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授与所で御朱印をいただきました。
華厳
授与所、売店も広く、お守りや文房具などのお土産も取り扱っています。 -
お参りを終えて外に出ると、びんずる尊者像
今まで見たおびんずるさんの中で一番大きい。膝しか撫でられない。
1840年の作で 日本一の大きさなんですって、やっぱりね。 -
12:23 帰りは反対側の回廊を通ります。ここにも売店があって、書籍や奈良のグッズが並んでいます。
奈良は鹿のアイテムが多い。
昭和の時代、あちこちの観光地に置いてあった日付を刻印できる、記念メダルの自販機もありました。
この後は修学旅行で行かなかったお堂を廻っていきます。
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