2019/03/15 - 2019/03/26
1105位(同エリア6062件中)
ぎnのさん
2019年3月15日から26日まで、オーストリア・チェコ・スロバキア・(ドイツ)・イタリアに一人旅したので忘れないうち(もう半年以上前ですが.......)に記念としてまとめてみました
ヨーロッパにはフランス・パリへ家族で行って以来8年ぶり。なお今回は1人ということで、一人旅の醍醐味である旅程に必要な移動手段等は全て個人手配で行いました。
旅程としては以下の通り
3月15日:成田空港→モスクワ・シュレメーチエヴォ空港→ウィーン国際空港
16日~18日ウィーン市内散策
19日:ザルツブルク市内散策
20日:ウィーン市内散策
21日:ブラウナウ・アム・イン散策→リンツ市内散策
22日:ウィーン市内散策
23日:スロバキア・ブラチスラヴァ市内散策→チェコ・ブルノ市内散策→ウィーン中央駅からNJ乗車でイタリア・ヴェネツィアへ
24日:ヴェネツィア散策→トリエステ
25日:トリエステ散策→ヴェニス空港→カタール・ハマド空港
26日:ハマド空港→成田空港
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エクスペディア
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翌朝、この日も早く起床しペンションからカールスプラッツ駅まで歩く。
左はウィーン工科大学の建物。早朝+日曜日ということもあるのか、主要道路でありながらも往来する車はほとんど見かけなかった。ウィーン工科大学 建造物
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カールスプラッツ駅からU4に乗車。まずはハイリンゲンシュタット駅に向かう。
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ハイリンゲンシュタット駅周辺には、赤色で目立つカール・マルクス・ホーフという集合住宅が建ち並ぶ。
この集合住宅は、第一次世界大戦敗戦後のウィーンを左派政党が掌握した際、政策の一環で建設したという。 -
赤文字で1920年代から30年代頭までウィーンが赤いウィーンと呼ばれていたことを記録している。
この赤文字は一つ一つの集合住宅に刻まれています。 -
ハイリンゲンシュタット公園にあるミヒャエル教会。13世紀には存在していたというので歴史を感じる。
この近くにはイラン大使館やエジプト大使館が存在。 -
近くから見た教会。創建当初はゴシック建築で建てられるも、16・17世紀のオスマン帝国の侵攻で損傷を受け、18世紀初頭に修復を兼ねバロック建築に改築。19世紀末に再びゴシック建築に建て直され現在に至ります。
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ハイリンゲンシュタット公園からベートーヴェン博物館へ行く途中、たまたま見かけたオーストリア初のユダヤ人首相ブルーノ・クライスキーの顔面像。
反ファシズム運動家として知られる政治家。オーストリア併合後にスウェーデンに亡命し戦後帰国。
彼は亡命中、後に西ドイツ首相となりワルシャワ・ゲットーの記念碑に跪いたことで有名なヴィリー・ブラントと知り合っています。 -
ベートーヴェンミュージアム。まだ開館時間ではありません。
開店待ちしようか迷いましたが今回はパス。 -
閑静な住宅街。
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Sバーンのヌスドルフ駅。
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ドナウ川。
ドナウ川 (オーストリア) 滝・河川・湖
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ウィーン市当局が管理してるヌスドルフ水門の管理施設。19世紀末の建造。
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水門の橋。
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ウィーン新市街地方面。
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川沿いから見た水門施設。
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昔からありそうな建物。
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同地区にあるカール・マルクス・ホーフ。
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ハイリンゲンシュタット駅。
この後はとある場所に向かうためまずU4でシュピッテラウ駅に向かう。てかハイリンゲンシュタット駅周辺で鉄道のレンガアーチをよく見かけた。
日本の鉄道でレンガアーチといえば新橋~神田や万世橋あたりが有名で、アーチの空白部分にテナントを設けて現在サラリーマン憩いの場と化している高架下居酒屋横丁になっていますね。
このレンガアーチ、ドイツ圏独特の建築で明治以降欧米諸国から技術を取り入れた日本が再現したもの。
当然オーストリアはドイツ圏なのでこの建築を取り入れています。 -
シュピッテラウ駅に到着。
ここからU6に乗り換えて目的地へ。 -
シュピッテラウ焼却場。20世紀のウィーンの芸術家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーが外観を手がけた施設。環境も芸術に繋げるとはさすが芸術の街。
焼却場周辺施設の見学が可能なガイドツアーが存在するらしいです。シュピッテラウ焼却場 (ゴミ焼却場) 建造物
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ドレスナー駅を降りてメンナーハイム通りに進みます。
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目的地到着。
なんでここに来たかというと、1910年から13年までアドルフ・ヒトラーがここで生活していたからです。当時ここは独身男性寮となっており近代的な設備が整っていました。今でこそドイツの独裁者として有名すぎるヒトラーは、青年時代はウィーンで無名の画家として活動しており、その売上でここに住むことが出来たそう。
ただ青年時代の彼の収入源は諸説あるので正確なことは分からんです。
現在この建物はアパートor福祉施設っぽい感じになっていた。 -
時刻もお昼になったのでランチ目的でウィーン市内中心部に移動。ランチはシュニッツェルで有名なフィグルミュラーの支店。本店は予約必須なので面倒くさがりの僕は支店に開店凸。
奥の二人席に着席し注文する。フィグルミュラー (ベッカーシュトラーセ) 地元の料理
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なおこれが本店。誰も並んでないし予約しなくても入れた説ある。
フィグルミュラー (ヴォルツァイレ) 地元の料理
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まずはウィーン名物オッタクリンガー。オッタク...オタク?僕のこと?
オーストリアのビール・ワインは日本じゃ成城石井でも陳列されてない珍物なのでオタクビールはウィーン滞在中スーパーで買いだめして宿で飲酒してた。普通に飲みやすいからアル中まっしぐら。 -
シュニッツェル、クヌーデルスッペ(オーストリア・ドイツ語だと濁らない発音)、店員さんの勧めでサラダ。
オーストリア料理は高い?ノンノンノン。僕ら観光客の安く済まそうとするプライドが高いんだよね。歴史と郷土の味を感じさせてくれるスッペ。空腹を一瞬で満腹にさせるシュニッツェル。栄養不足を憂いた店員の気遣いのサラダ。そして地産ビール。
"エデン"はここにあったのか。
到達完了。 -
食後のコーヒー。ほんとにお口直し程度の量しかないのにいい値段する。即完飲。
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満腹になり次の目的地ベルヴェデーレ宮殿へ向かうため、WiFi回収を兼ねてシュテファンプラッツへ。
すると何やら旗を掲げてる人達が。最初はハンガリー国旗かと思ったがどうやらクルド人集団だった。
遠くから見たらまじハンガリー国旗。シュテファン広場 広場・公園
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シュテファンプラッツ駅のホーム。
Uバーンはほぼ全てこういう感じのホーム。改札がない代わりに柵にくっ付いている機械に乗車券を差し込み日付を刻む。これをしないと抜き打ち検査でひっかかり罰金払うことになります。
僕は前日に72時間乗り放題のパス(Uバーン・バス・市電)を購入し日付を刻んであるので素通りです。滞在中1度だけ抜き打ち検査している光景を目撃したのですが、プラットホームへのエスカレーター上に担当者たちが待機しており、下車してきた人たちを対象に取り締まっていました。
この検査が行われているエスカレーターは下車の人たち専用となり、これから乗車する人は別のエスカレーターと階段を使うことを強制されます。
どのタイミングで抜き打ち検査が行われるかはランダムっぽい。シュテファンプラッツ駅 駅
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ベルヴェデーレ宮殿の最寄り駅はSバーンのウィーンレンウェク駅か市電のウンターレスベルヴェデーレ駅ですが、安価で済ましちゃおうとシュテファンプラッツ駅からU1で隣駅のタウプシュトゥンメンガッセ駅へ。そこからタウプシュトゥンメンガッセ通りに入り、アルゲンティーア通りを真っ直ぐ進みます。
このアルゲンティーア通りはカールス教会のあるカールスプラッツから伸びていまして、後日そこから歩くことになるのは別のお話。
カタカナ多すぎ。 -
アルゲンティーア通りを進んだ先にあるエリーザベト教会。慶應義塾大学三田キャンパスにこんな建物あったね。
ここを右折してベルヴェデーレ通りを進むとベルヴェデーレ宮殿に到着します。 -
ベルヴェデーレ宮殿外壁。
ベルヴェデーレ宮殿 城・宮殿
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うおおおおお
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この門入って右側にチケットセンターがあります。目的地と言っておきながら今日は見学しませんでした。
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こういう建築好き。
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正門。
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いいね。
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接近。マリア・テレジエン広場らしい。
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美しい。ベルヴェデーレの元ネタがイタリア語でそこから転じてドイツ語になったそうです。美しい眺め、確かにそうだ。
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庭園中央から下宮。
ベルヴェデーレ宮殿は上宮と下宮に別れています。 -
上宮。
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オフシーズンで殺風景だったシェーンブルン宮殿庭園よりいい。ベルヴェデーレだ。
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下宮。館内は有料で入場可能です。
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今日のベルヴェデーレ宮殿散策はここまで。次はアウガルテンに向かいます。
極力旅中は徒歩ということで再びウィーン中央駅まで歩く。
そしてウィーン中央駅からU1でプラーターシュテルン駅に移動。 -
プラーターシュテルン駅からプラーター公園方面。
アウガルテンの最寄り駅はターボルシュトラーセ駅ですが、Sバーン駅ということで利用はせず。
駅からノルド鉄道通りを歩き回る。プラターシュテルン駅 駅
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ブリギッテナウ地区にあった案内板。
直訳して「記憶を奪われたブリギッテナウを通じて」。ブリギッテナウ地区を含むレオポルトシュタット界隈が、20世紀初頭はユダヤ人地区だったという歴史。1938年までは人口の20パーセントがユダヤ人家族で占めてて平穏に過ごしていた。
ところが、アンシュルスでオーストリアが併合されると、ナチス・ドイツ政府のユダヤ人迫害がドイツ領となったオーストリアまで拡大。平和に暮らしていたユダヤ人たちを死へと追いやった。
今現在、ドイツ人(オーストリア人)や当時の生き残りユダヤ系住民、旧ソ連系住民、中東やバルカン半島にルーツを持つ人々が暮らしています。
多分ウィーン市内にはこういうホロコースト関係の案内板が多く存在すると思うので、見かけたら立ち止まってみるのもいいかもしれません。ドイツ語読めなくても理解出来ると思うので。 -
そんなこんなでアウガルテンに到着。来た方向に入口が存在せず柵に沿って歩くと無事に入れた。
来た時は2基存在する高射砲塔を見ることで精一杯だったので、アウガルテン宮殿見学し損ねることに。公園が広すぎる。アウガルテン公園 広場・公園
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アウガルテンに現存する高射砲塔の1つ。柵が設けられているが結構近くから見れる。
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高射砲塔、上から見るか下から見るか。
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地元の少年たちがサッカーしてる。
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先程の高射砲塔を遠くから。公園に似つかわしいなと思うけど地元の人達はどう思ってんだろ。日曜日ということもあって家族連れが多かったし聞いてみればよかった。
日曜日に家族で公園で遊べるのいいね。 -
もう1つの高射砲塔。やはり初めて見ると威圧感ある。
それでも公園に馴染んでるようにも見えなくはないのでただのモニュメントと化してそう。 -
近くから。
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高射砲塔としての役割の他に、シェルターとしての機能を持つこれ。あまりに頑丈に設計されるためか、解体出来ずに今に至ってる。
戦争遺跡だけど国主導で建造され、大多数の市民を収容でき、通気性も考えてるのに比べ、自治体や個人で土や岩に穴掘って劣悪な環境下で耐えることを強いられた戦中日本さん...。 -
ドナウカナル川を渡り、今日最後の目的地に行くべく、U4のロサウアーレンデ駅からレンゲンフェルトガッセ駅へ。そしてU6に乗り換えマイトリング駅に行きます。
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マイトリング駅に到着後、駅のそばにお墓は密集してるエリアがあります。その横のウンターマイトリンガー通りを道なりに進むと右手にこのような建物が見えてきます。
ここが本日最後の目的地、国立浮浪者施設です。ついに旅先で浮浪者の仲間入りか?いいえ、ここはヒトラー縁の場所なのです。
100年以上前から浮浪者施設として存在し、ウィーンで下宿生活を行っていたヒトラーが下宿先から飛び出して収監された施設です。なおここの施設で彼は同じ芸術家で銅板画師のラインハルト・ハニッシュという男と出会います。
ハニッシュはヒトラーに商売話を持ちかけ、ヒトラーが絵を描きそれをハニッシュが売り、売上金を山分けするというもの。実際、絵はかなり売れたらしいが売上金の分配で揉めて裁判沙汰に。結局ヒトラーとハニッシュは喧嘩別れしヒトラーは収容所を抜けることに。ウィーン マイドリング駅 駅
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収容所裏側。
ちなみにこの収容所を抜けた後にヒトラーが向かった先が、先程のドレスナー駅にあった独身男性寮です。 -
最後の最後にマイトリング駅からU6でウィーン西駅へ。
ウィーン西駅からマリアフィルファー通りへ向かい、シュトゥンパー通りに入るとヒトラーがリンツからウィーンに上京し、初めて下宿したアパートがあります。黄色のアパートではなく右のアパートです。
下宿は彼一人ではなく、後に音楽家として活動しヒトラー唯一の友人と呼ばれたアウグスト・グビツェクがいます。 -
逆から撮影。
音楽家として着々と才能を開花させ始める友人と、美大受験に何度も失敗する自分が同じ空間にいる。そりゃコンプ感じるわ。
コンプを感じた彼が次に向かったのがあの浮浪者収容施設なのである。
この日もウィーン西駅周辺のスーパーで惣菜を買ってペンションで食事、そしてオタクビールを飲んで睡眠。翌日は軍事史博物館に行くよ~ん。
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