2019/10/06 - 2019/10/07
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さっとん姉さん
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2019年6月以降、タイとミャンマーで山岳民族が暮らす村や、観光都市の近くに作られた山岳民族をテーマにした観光客向けの村(施設)を訪れた。
これまでにラオスへは四回の旅をしたが、山岳民族の村を訪れたことは皆無であった。
今回も事前に得られる情報は少なく、大まかな旅程を計画し、ラオス入出国の方法と滞在する都市をほぼ決めた。
同じ町にできるだけ連泊することで行動の自由度を確保した。
【大まかな旅程】
バンコク
↓ ☆ラオス入国☆
ルアンパバーン 2泊
↓
ウドムサイ 2泊 ~この旅行記~
↓
ルアンナムター 4泊
↓
ムアン・シン 2泊
↓
ルアンナムター 1泊
↓
ルアンパバーン 1泊
↓ ☆ラオス出国☆
バンコク
さてさて、今回もどのようなことに相成りますことやら。
(2019.10.08暫定版)
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☆☆☆ルアンパバーンのホテルの部屋から見た朝の景色。☆☆☆
【10月06日(日)ウドムサイ到着】
ルアンパバーンのインディゴ・ハウス・ホテルにて、午前03時03分起床。
ちょっと早いがそのまま起きることにする。ゆっくりと荷物をまとめて行く。
午前05時を過ぎると外がずいぶん明るくなった。
遠くの山の方に靄がかかっているが、天気は悪くないみたいだ。
チェックアウトを済ませフロントの前で待っていると、06時59分ソンテオが私を迎えに来た。07時00分からの朝食は食べられない。
おっちゃんが「ウドムサイ!」と言ったので、すぐ分かった。
まさかこのソンテオでウドムサイまで行くわけではないと思うが。
その後、あちこちのホテルに寄っては客を拾っていく。中年男性、中年男性、欧米人の若いバックパッカー男女3人組。 -
07時28分ミニバンに乗り換えて出発。
ラオスは、タイに比べると道路の舗装状態がそれほど良くないので、ルアンパバーン市内から既に車はかなり揺れている。
しばらく走ると、中国との援助で建設中の高速鉄道の足台のあたりを通過する。
昨日訪れたタートセー滝の手前でも、同じような足台を建設中であった。 -
☆☆☆08時台後半、川沿いにしばらく走った。☆☆☆
07時50分ガソリンスタンドに立ち寄るため停車。
ルアンパバーンを出てからしばらくして、道路の工事箇所がたくさんあった。
徐行したり前の車がつかえたりしていて、速度が落ちる。
ラオスでは、今こうして幹線道路の修復工事が急ピッチで進んでいるのであろう。 -
午前10時05分、休憩所のような場所に停車するが誰も降りない。さらに二人乗って来て満員になる。荷物もたくさん積む。10時22分発車。
パークモンPak Mongを過ぎてから山が険しくなった。かなり標高の高いところを上ったり下ったりしながら進んでいく。
沿道には山岳民族らしき人々の村がいくつもあった。タイで見たアカ族や、昨日訪れたモン族の集落とよく似ている。 -
12時10分ウドムサイのバスターミナルに到着。おそらくこの車はルアンナムターへ向かうため幹線道路をまっすぐ進み、私が宿泊するホテルの近くを通るであろう。
しかし、このドライバーの雰囲気ではホテルの近くまで行ってくれと言えるような感じではないので、諦めてここで降りる 。
まあ、ローカルルールでウドムサイはここで降ろすという決まりでもあるのだろう 。
そうでなければ、バンに乗る際にウドムサイのどのホテルへ行くかを聞いてくるはずである。
停まっていた別のバンにラオス人の旅客が乗り込んでいたが、私の泊まってるホテルへ行くような様子ではない。ホテル名を言ってみたが、お兄ちゃんから無視された。
どうしようか迷っていると、すぐにトゥクトゥクが一台やって来た。ホテルまで20,000Kだという。ふっかけられている可能性はあるが、疲れているし、お腹も空いているので(朝食を食べずに出発)、相手の言い値でトゥクトゥクに乗り込む。 -
12時15分バスターミナルを出る。
地図を見ると宿泊するチャーミング・ラオ・ホテルはかなり近かった。頑張れば歩けたかもしれない。
しかし日差しが強くてかなり暑いので、まあ仕方ないだろう。
12時20分ホテルにチェックイン。 -
☆☆☆ホテルの中庭。☆☆☆
女性スタッフはとても愛想が良く感じがいい。
部屋に案内してくれたスタッフは、あまり英語は得意ではないようだが。 -
部屋の点検をし荷物を少しだけ出した後、早速外出する。
食堂やレストランを探して歩き回るが、ホテルの周りには全く見当たらない。
中国系のホテルの仰々しい外装だけが目に入る。
大通り沿いには旅行会社は一軒もない。ここは観光都市ではないようだ。
明後日のルアンナムター行きのバスの切符をどうやって手に入れるか、思案のしどころである。 -
13時10分ホテルに戻り、1階のカフェで遅いブランチにする。
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ハンバーガーセットとミルクティーを注文。
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☆☆☆ホテルの室内。ウッディーな内装で落ち着いた雰囲気。☆☆☆
13時20分過ぎにわか雨。やや雨脚が強い。
しばらくするとスコールのような降り方になるが、すぐ止んだ。 -
18時過ぎ1階のレストランで夕食。
鶏肉のラープは、思ったより辛いが美味しい。野菜も新鮮。 -
19時00分にホテルを出て、周辺をうろつき回った。ホテルのすぐそばに、ナイトマーケットの看板があるが、屋台の数は少ない。
-
19時30分ナイトマーケットの屋台の一つに入る。
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カオ・ソーイには牛肉がたくさん入っている。新鮮な野菜がたくさん添えられている。
ルアンパバーンの屋台で食べたものよりはるかに美味しい。
野菜は少ししか食べられなかった。もう、お腹いっぱいだ。
【ウドムサイ1日目、了】 -
【10月07日(月)ウドムサイ2日目、ラオス人は計算が苦手?】
午前01時30分頃一旦目を覚ましてしまう。しばらく起きていた。明け方部屋を真っ暗にしてうとうとする。少しは眠れたようだ。
午前05時少し前のアラームで起きた。シャワーを浴びる。蛇口をひねっても、湯が出てこない。
シンクの方は少しだけ湯が出た。シャワーの方はかなり時間をかけてみたが、残念ながらほとんど湯が出なかった。 -
午前07時から1階のレストランで朝食。
アラカルト方式。ラオス式の粥を選んだ。
かなり涼しい。ホテルの前には霧が出ている。天気予報で確認すると、ウドムサイの今朝の気温は17℃と表示されていた。
部屋に戻って上に羽織るものを取って来る。閉め締切っていたので、部屋の中はさほど冷え込んでいなかったようだ。 -
昨日の日中の暑さを考慮し、遅くならないうちに観光に出かけることにする。
午前08時過ぎに出発。 -
☆☆☆ツーリズム・オフィスの前で。☆☆☆
昨日の夕方の街歩きで場所を確認しておいたツーリズム・オフィスへ行く。
応対してくれた若い男性係員は、とても感じがいい 。
明日のルアンナムター行きのバスの発車時刻、乗車するバスターミナル、チケットが買える時間を丁寧に教えてもらった。 -
☆☆☆画像はJICAがウェブにアップしている「ラオス通信」より。☆☆☆
さらに、ラオス全体の観光地図を無料でもらったほか、日本語で書かれたウドムサイ市街の観光案内用のイラストマップなども見せてもらった。
日本語で書かれた観光マップがここにある理由は、後に判明する。 -
午前中に回ろうと思っていたウドムサイ県博物館と丘の上にあるプータートPhou Thatをトゥクトゥクをチャーターして回った場合の相場がいくらかを尋ねると、50,000K(約600円)とのこと。
地図で確かめるとそんなに遠くない。時間がたっぷりあることだし、歩いて観光することにする。
博物館は車で上がる道とは別に、幹線道路からの近道となる階段があった。 -
やや急な階段を上り詰めると、見晴らしの良い丘の上に博物館が建っていた。
-
☆☆☆イラスト付き観光案内地図の英語版が掲示されていた。日本語版と同じ人物の手によるものであることは明らか。☆☆☆
出迎えてくれた係員のおじさんは、どことなく「天才バカボン」のパパに似ている。とても感じのいい人である。
入館料を払うと記帳を促された。
ノートを見ると今月に入って私が二人目の来館者である。
係員のおじさんは私の来館をとても喜んでくれて、館内の隅々まで丁寧に案内してくれた。 -
1階はラオス北部の山岳民族に関する展示が中心。各民族ごとに民族衣装を着たマネキンが男女一対ずつ展示されていてとても分かりやすい。
撮影フリーということなので、丁寧に写真を撮っていく。
これで民族衣装についてのカタログのようなものが私のスマホの中に記録されることになった。
以下、ラオス北部山岳民族コレクション2019秋に、しばらくお付き合い願いたい。 -
まずは、ラオスという国家における多数派、ラオ族Laoから。
中華人民共和国における漢民族に相当する(例えが分かりにくい?)。 -
男性のこのスタイル、私は見たことがない。
女性の服装は儀礼用の正装とのこと。
外国人対象の観光ガイドさんや、高級ホテル(私は泊まったことがないが)のスタッフさんなどが着用しているのを見かけたことがある。 -
二番手はルー族Lue。
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男性は地味と言うか、ジャージ?
女性も他の民族と比べて少し地味かな。 -
しかし、彼らの綿織物の品質は群を抜いているそうだ。一部は日本へも輸出されている由。
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三番手はタイ族Tai。
お隣の国の多数派民族も、元をたどれば雲南方面から南下してきたことは周知の事実。何らかの関係があるのであろう。 -
タイ族は二対の人形が展示されている。
こちらは黒タイ族Black Tai。
男性はこれまた上下ふつーな感じ。
女性はかなり斬新。 -
こちらはワイタイ族Wai Tai。
係員さんの説明が一瞬「Wifi」と聞こえたが、ワイタイであった。 -
四番手はヤン族Yang。
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ヤン族の男性。
どうしても視線が首から上へ行ってしまう。 -
ヤン族の女性。
巻きスカート風でオシャレ。 -
五番手はクムー族Khummu(Khmu)。
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クムー三人衆。
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六番手はラメー族Lamet。
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ラメーの男性は少しオシャレ。
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七番手はビット族。
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男女のバランスがとても良いと思うのだが。
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お待たせしました。
真打ちの登場。モン族。
つい最近、ルアンパバーンからの日帰り個人ツアーでモン族の村を訪れたばかり。
ぜひ、私のルアンパバーン旅行記をご覧あれ。 -
この旅行記の表紙に使わせてもらったビューティーペア(わかるかなぁ~?)。
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民族衣装の写真ばかり載せているが、各民族の道具類の展示も充実している。
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モン族は帽子も特徴的。
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九番手はルーミェン族Lumien。
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やや地味目だが、男女のバランスはまあまあ。
女性の頭部がないのは、なぜ? -
十番手はプノイ族Pounoy。
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男女のバランスがとても良い。
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十一番手、もう一つの真打ち、アカ族Akha。
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アカ族のヘソ出しルック。
腰下のミニスカ風の衣装といい、JKみたい?
ちなみに、ヘソピはしていない模様。 -
アカ族レディの別バージョン。
渋谷のセンター街あたりを闊歩してもらいたい。
この博物館のアカ族の衣装は、かなりアグレッシブである。
もっと大人し目で年配の女性でも着られる本来の民族衣装は、私のチェンラーイ旅行記に写真を掲載している。
アカ族独特の頭の被り物の展示が無いのも意外である。 -
最後はホー族Hor。
ちなみに、もう一つの隣国のホーおじさんとは無関係である。 -
ホー族の女性の衣装は、モン族やアカ族に迫る勢いでファッショナブル。
男性の衣装は、ホテルのレストランのフロア係の制服のように見えてしまう。 -
二階の展示。インドシナ戦争とラオス内戦に関する内容。
この国の現代史を詳しく知っている日本人は少ないであろう。
ベトナムに比べて、第二次大戦後の歴史が知られていない。(日本の東南アジア史研究者はベトナム偏重の傾向が大。)
ラオスはフランスからの独立後、隣国ベトナムの南北分断の影響の下、内戦状態が長く続いた。ベトナム戦争の終結とほぼ同時に、1970年代半ば現在の政権パテト・ラオが国家統一を果たした。
しかし社会主義諸国間の対立の影響を受け、中国やベトナムとは袂を分かち、事実上の鎖国状態となった。旧ソビエト連邦だけが唯一の友好国であった。 -
☆☆☆博物館の二階のテラスからの眺望。赤い大きな屋根は市場。☆☆☆
現在博物館が建っているこの場所には、かつてフランス軍の基地が置かれ、ラオス北部からベトナムにかけて睨みを利かせていたとのこと。
博物館の二階にあるオフィスでは、日本人の女性が JICA のメンバーとして働いていたことがある由。学校の教員だそうだ。
ここへ来る前にツーリズム・オフィスで見せてもらった日本語のイラスト観光マップの謎が解けた。(「謎はとべてすけた。」by 上田教授) -
元来た階段を一旦下りて道路を渡る。
ちょうど反対側にもう一つの丘の登り口がある。
階段を上った先にワットが建っている。 -
この日も天気が良かった。金色の仏塔が陽光を浴びて輝いている。
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仏塔の手前の広場で親子の猫に遭遇した。
子猫は親猫にあまりかまってもらえず、行きずりの私に媚を売ってくる。 -
カメラ目線をいただきやしたっ。コプチャイ(ありがとう)。
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登り口と反対側に下りて、ワットがある丘の麓の道をずっと先まで歩いた。
先程のイラストマップでお薦めとなっていた赤十字のサウナとマッサージの店があるはずだ。
ようやく入り口を見つけたが、看板には午後3時から営業開始とある。マッサージは諦める。 -
博物館の丘から赤い大きな屋根が見えた市場へ寄ってみる。衣類、雑貨、電気製品が中心である。
ヴィエンチャンのタラート・サオを一回り小さくしたような感じで、店がいっぱい入っている。人もそこそこ来ている。
ベトナムのダラットで見た市場とも似ている。 -
ウドムサイ市街の中心部では中国人向けの立派なホテルが目立っていた。
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その後、昨日の昼間と夕方に散々歩き回ったホテル近くをぶらぶら歩いてみたが、適当なカフェやレストランは見つからない。水、紅茶、ビールを売っている店はあった。
ランチは、昨日と同じようにホテルのレストランで昨日と全く同じものを食べた。
部屋で寛いでいると、午後1時過ぎくらいに激しい睡魔に襲われた。午後4時半まで、冷房を止めてベッドの上に倒れ込んで爆睡した。 -
18時過ぎ、1階のフロントへ行って明日の朝食の開始時間を20分ほど繰り上げてもらえるよう交渉する。(ルアンナムターへのバスの時刻の都合。)
英語で話がきちんと伝わったかどうか、自信がない。
昨日の経験から、外出することはやめる。
ホテル1階のレストランで夕食。一品目は豚肉入りシチューを頼んだ。香草と一緒によく煮込まれている。シチューというよりもスープに近い。やや辛い。 -
☆☆☆ホテルのレストランで夕食に食べたシチュー。☆☆☆
ミャンマーのヤンゴン滞在中に食べたカチン族料理の店のふんだんに香草が入ったスープを思い出した。(私のヤンゴン滞在記を参照。) -
☆☆☆二品目に注文したチャーハン。添えられたスープが美味しい。☆☆☆
ニ品目はお腹に優しい鶏肉入りのチャーハン。量が多いので、 先ほどのシチューと一緒に出たもち米を半分以上食べたことから、1/3は残すことにした。
会計のとき、100,000K(50,000K札を2枚)を渡したところ、 ラオスあるあるで1万K台の紙幣がなかったのであろうか、2,000と1,000の紙幣を大量に寄越した。支払い額は88,000なのに、釣りを22,000渡された。
その場で10,000分を返そうとすると、複数のスタッフが寄ってたかって電卓まで持ち出してこれで間違っていない、と言い張る。すんなり引き下がることにした。
昔のタイの旅では、お釣りを間違えられたことがしばしばあった。全ての場合で少なく渡された。
今年のラオスでも、ヴィエンチャンやルアンパバーンでお釣りの間違いがあった。
ラオス人は、昔のタイ人のように計算、とくに暗算が苦手なのであろう。フランスの植民地支配の弊害の一つかもしれない。(ラテン系民族は計算や暗算が大の苦手である。)
明日は移動日なので、ビールはほどほどにしておく。寝落ちしないように気をつける。
旅行記を書きながら起きていたら、21時30分、このホテルの一番年が若いと思われる女性スタッフが私の部屋のドアを叩いている。
会計の締めをして計算間違いに気がついたのであろう。
1万キープをすぐに渡してあげる。彼女は照れているのか、はにかんでいた。
【ウドムサイ2日目、了】
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