2019/10/13 - 2019/10/13
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さっとん姉さん
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今年の6月以降、タイ、ミャンマーで山岳民族が暮らす村や、観光都市の近くに作られた観光用の村(施設)を訪れた。
これまでにラオスへは四回の旅をしたが、山岳民族の村などを訪れたことは皆無であった。
今回も事前に得られる情報は少なく、大まかな旅程を計画し、ラオス入出国の方法と滞在する都市をほぼ決めた。
同じ町にできるだけ連泊することで行動の自由度を確保した。
ルアンナムターからは、当初の心積もりでは別のノーンキヤウという町へ行く予定であった。
しかし、ホテルもまだ予約していなかったので、ルアンナムター滞在中に更に奥にあるムアン・シンを訪れることに決めた。
※ムアン・シンとアカ族については、この旅行記のエピローグを参照。
旅と同時進行でアップしたルアンナムター旅行記には「哀愁のルアンナムター、これでいいのだ。」などと強がった表題をつけたものの、私の気持ちは沈んでいた。
※詳しくは私のルアンナムター旅行記を参照されたい。
2泊しかしないムアン・シンという町に、私はまったく期待していなかった。
到着日が土曜日、翌日は日曜日である(当たり前だが)。
貴重な情報源であるツーリスト・オフィス(ラオスではツーリズム・オフィスと言う)が閉まっている。土日なので。(社会主義国あるある。)
※タイのメーホーンソーンでたいへんお世話になって以来、 タイのチェンラーイ、ラオスのルアンパバーン、ウドムサイ、ルアンナムターと、行く先々で現地の情報を教えてもらい、なおかつ無料の地図やパンフレットをたくさん貰って大変お世話になっていた 。
博物館もしかり。土日なので。山岳民族に関する現地の情報がまったく手に入らない。
さてさて、地図も貰えず、どうしたものか?滞在は実質一日だし、部屋にひきこもるか?
しかし、Mr.Ottuの強い信念は山をも動かす?なんちって。
到着の翌朝、宿泊したゲストハウスのスタッフに相談し、思いつきとも言える当日の半日観光へ打って出ることにした。
はてさてどうなることか?
(本来なら前日中に申し込むべきところだが、ゲストハウスの食堂でビールを飲み過ぎてしまう体たらく。酔うと呂律が怪しくなるトホホな私。)
その結果を野球で例えれば、9回の裏2アウト満塁、味方の攻撃中。このまま味方が同点に追いつかなければ負けてしまう場面。 カウントは3ボール2ストライク。
投じられた最後の一球を、打席のMr.Ottu、強打しました。逆転満塁ホームラン、とまでは言わないが、逆転の決勝2ランor3ランホームランくらいにはなったかな、と私は思う。
ともあれ、カキーンと打ってスカッとしたと。
※山岳民族に興味のない方には、退屈極まりない旅行記だと思います。ご容赦下さいませ。
【大まかな旅程】
バンコク
↓ ☆ラオス入国☆
ルアンパバーン 2泊
↓
ウドムサイ 2泊
↓
ルアンナムター 4泊
↓
ムアン・シン 2泊 ~この旅行記~
↓
ルアンナムター 1泊
↓
ルアンパバーン 1泊
↓ ☆ラオス出国☆
バンコク
(2019.11.13修正)
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【10月13日(日)ムアン・シン2日目、アカ族の四つの村を訪れる】
夜中の午前02時半過ぎに目が覚めた。
しばらく起きているうちに、だんだん目が冴えて寝られなくなった。
開け方一度は寝ようとしたが諦めた。仕方なしにそのまま起きることにする。
07時00分、食事に行こうと部屋を出るとき、外の濃い霧に驚いた。この街ではこれがいつものことなのであろうか。 -
ゲストハウスの中庭にはオクラが植えられていた。東南アジア諸国ではポピュラーな食材のようだ。
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朝食は、パン(ラオスでよく出されるコッペパンの形状)一個、目玉焼き、フルーツ、インスタント・コーヒー。
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☆☆☆ゲストハウスの食堂。☆☆☆
昨日食堂で声をかけてくれた英語が一番話せる男性スタッフ(おそらくこの家族の長男であろう)に、今日の観光のことで声をかけた。
日帰りで行けるアカ族の村をこれから車で訪れたいと伝えた。半日ぐらい、09時半スタートで午後02時から03時に戻ってくるという条件をこちらから提示した。
もう一人のやや若い男性スタッフ(この家の家族の次男か三男だと思われる)を紹介された。
その男性が言うことには、今日はお寺のお祭りでトゥクトゥクなどの車は出払っている。自分の知り合いのバイクタクシーのドライバー兼ガイドに声をかけてみると言う。
すぐ電話をしてくれた。半日程度で料金は33万キープ(約4,125円)という条件で依頼することにした。その場ですぐに料金を支払った。
私が09時半出発と言っていたのに、09時にはバイクのドライバーがここへやって来るとのこと。あまりのんびりせずに出かける支度をする。
5分前に食堂へ行くと、今日チャーターしたバイクの男性ドライバー兼ガイドのMr.ジョイが待っていた。
挨拶の後、簡単な打ち合わせ。私の方からは、アカ族の村を二つ以上訪れたいということと、どういう村が良いか次の三つの条件を彼に示した。
famous,typical,opened for tourists
(手書きのメモを示した。)
Mr.ジョイは険しい表情で私が示したメモを見ながら何か考え込んでいた。
「地図を持っていないか?」と聞かれたが、「昨日は土曜日で、ツーリズム・オフィスが休みでもらえなかった。」とありのままに答えた。 -
☆☆☆左がMr.ジョイのオートバイ。☆☆☆
09時00分、Mr.ジョイが運転するオートバイ(125cc)の後部座席に跨って、今日の村巡りに出発した。
彼は運転がとても上手で、今日のドライブで一度も怖いと思う場面はなかった。
ムアン・シンの市街地を外れたところから山の縁に沿って登って行った。最後は、かなり標高が高い山の方へ入って行った。
ただし、二人乗りの私たちのバイクが登れないような急勾配はなかった。 -
09時33分、最初のアカ族の村、ホウアヤホイHoua Yhoy村に到着した。
来る途中に、ゴムの木、さとうきび、とうもろこしの畑が目についた。 -
この村の位置。ムアン・シン市街の北にあり、中国国境からほど近いことが分かる。
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村全体が小高い丘の上に位置しているようだ。少し離れたところにかなり高い山々の姿も見える。
この村には、275人、67家族が暮らしている由。
竹の若い穂先、メンマのようなものを広げて天日で干している家が多かった。 -
あちらこちらで干している。
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ここは13年前に他から移転して出来た村だということであった。言われてみると家はまだ新しいものが多いようだ。
けっこう活気がありそうな村であるが、村人の姿はさほど多くはない。
子どもたちはかなり元気に遊び回っているようである。大人の村人の表情も明るい。 -
わりと立派な家もある。
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ラオスの普通の農村といった風景。
この村も含めて、アカ族の人々の主要産業は農業。当然である。 -
村外れの広場の隅に、アカ族の祭礼で使われる「ブランコ」があった。(ピンクのシャツの人物がMr.ジョイ。)
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このあとさらに三つのアカ族の村を訪れたが、この村のブランコが一番美しい形をしていたと思う。
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おそらく、タイヤから下に人が乗れるブランコをぶら下げるのだと思う。
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村の学校。今日は日曜日なので開いていない。
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村から少し外れたところにバナナの畑がある。
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スピリチュアル・ゲートの下は草がいっぱい生えている。
新年にしか草を刈らないようだ。 -
☆☆☆村外れから見る遠くの山々。☆☆☆
年配の女性が一人、家の中からちらっと顔を出した。アカ族の伝統的な頭の飾りを身につけていた。 -
☆☆☆右奥の広場がこの村の中心。☆☆☆
Mr.ジョイの知り合いと思われる一軒の家に寄らせてもらう。その家のご主人がお茶を出してくれた。
玄関前で、用意してくれた椅子に腰を下ろし、しばらくの間ご主人とMr.ジョイが世間話をしていた。私も椅子に座って、その話を聞いていた。
幼い女の子が現れた。6歳くらいだろうか。かなりひょうきんな子で、私の気を引こうと我々のすぐ近くで色々とふざけていた。
その女の子ともう一人の男の子は、楽天のサッカーのユニフォームを着ていた。
観光客向けの施設のようなものはないが、アカ族の村のシンボルであるブランコやスピリチュアル・ゲートを見学できた。私は満足していた。 -
☆☆☆ボイラ村のスピリチュアル・ゲートは完全に草に埋もれている。☆☆☆
次のボイラ村には10時40分に到着した。途中までは最初に訪れた村への道と一緒だった。二つの村はかなり近い場所にある。
さとうきび畑が目につく。
村への入り口近くに、大部分が草に埋もれたスピリチュアル・ゲートがあった。とても小さい。 -
バイクを停めた場所から村の奥へ歩いて行く途中、家の前に置かれた白い大きな塊からかなりの臭気がする。
採取した天然ゴムの樹脂を洗って固めているそうである。この村の産業の一つのようだ。 -
竹を割いて竹籠などを作るのであろうか。細長く削がれた竹が、あちらこちらの家の前で天日に干されていた。
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竹を削いでいる男性。
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村外れにある大きなブランコ。この村のものは人が乗れるようになっていた。
Mr.ジョイは早速ぶら下がって見せてくれる。私にも「乗ってみないか?」と誘うが、断った。
部外者がそんなことをして、大丈夫なのか? -
村外れのブランコのそばにも小さなスピリチュアル・ゲートがあった。これも草に埋もれている 。
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この村は、かなり急傾斜な斜面に一本の未舗装の広い道が通っていて、その両側に家々が建っている。
道の奥は山の方へと続いている。 -
ゴムを固める作業をしていた。
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村の中心部に大きな商店があった。最初の村では、これほど大きな店は見当たらなかった。
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子どもたちが喜びそうなお菓子もある。
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今はやや朽ちかけているが、トレッキングに来た欧米人などのゲストが宿泊するための小屋があった。それを Mr.ジョイが教えてくれた。
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今日は何かのお祭りなのか、出会った何人かの幼い男の子たちはカーニバルのような格好をし、顔にペインティングをしていた。
この村の子どもたちはとても人懐っこいようだ。
私が一人で村の中を歩き回っていると(Mr.ジョイは知り合いの家に入って行った)、村の端の方にある一軒の家の二階に子どもたちが集まっていた。
私が挨拶をすると、いろいろな挨拶や言葉かけをしてきた。子どもたちはまだ英語を習っていないようだ。残念ながら意思疎通はできなかった。
11時30分この村を出発した。 -
ボイラ村から眺めた青空。
ムアン・シン市街を出発した時はまだ曇っていたが、最初の村に到着した頃から晴れてきた。
この旅行記の表題は、ボイラ村から眺めた空の色にちなんでいる。 -
一旦ムアン・シンの市街地に戻った後、最初の二つの村とは違う方角へ向かった。
舗装された幹線道路を、バイクはかなりの距離進んで行った。このままどこへ行くのかな、と少し不安になる。
途中の幹線道路近くにあったアカ族の別の村を通り抜けて、少しだけ山の方へ入って行った。
この後訪れた二つの村は、最初の二つの村に比べると舗装された幹線道路から近く、アクセスはかなり容易なように思われる。
途中通過した村は、中国国境までわずか2kmくらいである由。(上は三番目の村の位置。) -
12時20分、三番目の村パヤローに到着した。
着く直前から雨が降り出した。かなり大粒になった。
未舗装の斜面を泥土色をした雨水がザーザー流れ落ち始めた。 -
Mr.ジョイは一軒の家の床下(一階部分はスカスカになっている)の広い空間にバイクを停めた。
そこでしばらく雨宿りをする。
ほんの少し雨脚が弱まった時に村の奥の方へ連れて行かれた。 -
☆☆☆立ち寄らせてもらった家の飼い犬。☆☆☆
Mr.ジョイの知り合いと思われる一軒の家にお邪魔した。
玄関先に椅子を出してもらい、リンゴを食べるよう勧められた。
ここでもしばらく歓談する。お父さんと娘さん三人のようだ。
私もいくつか質問された。
年齢、 今まで何か国を旅行したか、日本からバンコクまでの航空券の値段はいくらか。 -
すぐ隣の家の二階に、お父さんのお母さんにあたる82歳の女性がいた。頭にはアカ族の伝統的な立派な飾りをかぶっている。
ビニール(ペットボトルをリサイクルして作られたプラ樹脂)の袋を縫っていた。二階に上がらせてもらい、息子さんを交えて少し話をした。
息子さんに断って、おばあさんの頭の飾りの写真を撮らせてもらった。暗い中の撮影なので、あまりよく撮れなかった。(掲載した写真は明るさ等を補正した。)
雨が降り続いていたので、村人や子どもたちの姿はほとんど見かけなかった。皆家の中でおとなしくしているのであろう。
小降りになったのでこの村を出発することにした。途中で雨は止み、スカッとした青空が広がった。 -
☆☆☆四番目に訪れた村の入り口付近。☆☆☆
一旦幹線道路に戻り、少しだけムアン・シンの方向へ走った後、再び山の方へ入った。
13時20分、最後の村ダムデュエットマイクラに着いた。 -
村の入り口手前のグラウンドのような場所で男の子たちがサッカーをして遊んでいた。
-
村の中ではあまり人に出会わなかった。閑散としている。
Mr.ジョイによると、皆離れた場所にある畑の作業に出かけているとのこと。
他の三つの村と比べ、活気がないような印象である。
どこの家にも寄らなかった。この村での滞在が一番短かった。 -
この村のスピリチュアル・ゲート。
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☆☆☆夕方外出すると、ムアン・シンの町中でお供えの花が売られていた。☆☆☆
14時00分ゲストハウスに戻る。Mr.ジョイに手厚くお礼を言い別れた。 -
☆☆☆昨日作成中だった飾りが完成していた。☆☆☆
部屋にいると15時台に雷鳴が聞こえた。
ワットのお祭りはまだ続いているらしく、遠くの方で大きな音量で音楽が流れているのがわかった。
16時台に少し長い停電があった。
17時に外出した。雨は降っていなかった。
昨日訪れたワットへ行くと、大きな星形の飾りが完成していた。門の近くには屋台が出ていた。
ワットでのイベントは終わっていた。人がいない。ちょっと残念。 余韻を楽しむかのように、近くの屋台で大勢の人が食事をしていた。 -
昼食をとっていなかったので、かなり空腹であった。夕食は昨日の昼に食事をした四川飯店に再び入った。
今日も食材が入っているケースの中を見せられて、食材を指定した。烏賊(こんな山深い町なのに!)と牛肉を選んだ。
この店を切り盛りしているらしい少し年のいったおねいさんがカラオケの練習でもしているのか、スマホに付けたイヤホンで音楽を聞きながら熱唱していた。
日本の演歌に似たようなこぶしの効いた曲を歌っている。
食事中に一度停電があった。 -
出された料理は、烏賊と牛肉が野菜と一緒に炒められていた。ほんのり辛い。昨日の料理よりは辛くなかった。
ビールによく合う。ビアラオを大瓶で2本飲んでしまった。
昨日寄った店で紅茶と缶ビール3本を買ってゲストハウスへ帰った。 -
帰る途中、商店や民家の門の近くにろうそくが灯されているのに気がついた。
空を見上げると、何やら黄色く光る発光体がいくつも浮かんでいる。 -
ゲストハウスに戻ると、門の手前のところでゲストハウスの家族が紙で作った行灯のようなものを空へ打ち上げている場面に出くわした。
-
日本で言えば、今日はお盆の送り火か迎え火のような感じなのであろうか。
この町の伝統的な行事の一場面に遭遇することができて、とても良かった。
部屋で缶ビールを飲みつつ、まったりと過ごした。
【2日目、了】 -
☆☆☆ルアンナムターのツーリズム・オフィスで貰ったパンフレット。☆☆☆
【エピローグ(又の名を蛇足と言う)】
今回ムアン・シンでの訪問先として、私がアカ族の村に固執したのには理由があった。
ルアンナムターのツーリズム・オフィスでもらった一枚のパンフレットに、次のような一節があるのを見つけた。(翻訳 by Mr.Ottu)
「アカ族は、ムアン・シンMuang Sing地区とムアン・ロンMuang Long地区において最も人口が多い(ラオス全土の中で)。
アカ族の村の多くは山岳地帯に位置しており、そこを訪れるためにはガイドが必要である。
しかし、アカ族の村の中には、旅行者がアクセスしやすく、ガイドを必要としない村もある。」
ムアン・シン二日目にバイクで出かける時、Mr.ジョイは「これから訪れる村は、バイクで20分から30分の距離である。」と私に告げた。
まさに上の説明の後半部分と符号している。
山岳地帯にあるアカ族の村は、トレッキングでしかアクセスできない村と、ムアン・シンの市街地からバイクで20~30分でアクセスできる村、の二つのタイプがあるということである。
さらに、ルアンナムター滞在中、二日がかりであちらこちらの村を見て回って気づいたことがある。
ルアンナムターのツーリズム・オフィスでもらった観光地図に記載されている山岳民族(アカ族以外の民族も多い)の村々の大多数は、盆地状の地形をしているルアンナムターの山の縁(山の中ではない)、もしくはファイサーイへ向かう舗装された幹線道路の沿線に位置している。
山岳地帯ではないのである。
Mr.ジョイの説明の中で、例えば最初に訪れたアカ族の村は13年前に今の場所へ移転してきた、という文言があった。
その事と考え合わせると、ルアンナムター盆地の周辺もしくはファイサーイへ至る幹線道路沿いの村々は、山岳地帯から移り住んで今の場所に作られた比較的新しい村であると考えられないだろうか。
私がルアンパバーンから訪れたモン族の村も幹線道路沿いにあり、同じことがあてはまるのではないか。チェンラーイから訪れた、観光客の受け入れに積極的なアカ族の村もまた幹線道路沿いに位置している。 -
☆☆☆パンフレットの中のアカ族に関する記述。☆☆☆
今回の旅は、ラオスに入ってからルアンパバーン、ウドムサイ、ルアンナムター、ムアン・シンと、ラオス北部の内陸部から、次第にミャンマーや中国との国境に近い山岳地帯の方へ足を伸ばした。
訪れた村での経験は、山岳地帯に近づけば近づくほど、手応えのあるものとなっていった。
最後に訪れたムアン・シンでは、Mr.ジョイの優れたガイドのおかげで、ゲストハウスを出発してから戻るまでのわずか5時間で、アカ族の興味深い村を四箇所も訪れることが出来た。
とくに最初の二つの村での経験は群を抜いていた。 これまでタイ、ミャンマー、ラオスで山岳民族の村を訪ねてきた私の経験の中でも、タイのメーホンソーンから訪れたパドゥン・カレン族のナム・ピアン・ディン村での経験、ミャンマーのロイコーから訪れたリス族の村での経験に匹敵すると思う。
これら(今回のアカ族の二つの村を一つと数える)が今のところ私の中では、山岳民族の村での経験内容のベスト3である。
これらの村の共通点を挙げてみると、大人も子どもも表情が活き活きとしていること、村の中を歩き回ると人々が従事している産業の具体的な様子がよく分かること、我々外国人に対するホスピタリティが高いこと、である。
トレッキングに参加せず、日帰りで訪問可能な山岳民族の村を訪れることでも、このように充実した経験が得られることを確信できた。
今回のラオス北部の旅は、私にとって実に意義深いものであった。
【旅行記、完】
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