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中国西部の日本百名城巡り、島根県西部にある津和野城の紹介です。津和野城は、津和野盆地の南西部にある標高367メートルの霊亀山に築かれた山城です。築城時から室町時代後期(戦国時代)までは、三本松城(もしくは一本松城)と呼ばれていました。

2018春、中国西部の百名城巡り(10/28):4月3日(10):津和野城(1):リフトで山上へ、堀切、津和野城址碑

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2018/04/03 - 2018/04/04

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旅人のくまさん

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中国西部の日本百名城巡り、島根県西部にある津和野城の紹介です。津和野城は、津和野盆地の南西部にある標高367メートルの霊亀山に築かれた山城です。築城時から室町時代後期(戦国時代)までは、三本松城(もしくは一本松城)と呼ばれていました。

交通手段
観光バス 新幹線

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  • 観光部巣を下り、歩いて向かった津和野城のロープウェイ乗り場です。津和野城の歴史紹介です。鎌倉時代、元寇の翌年の弘安5年(1282年)、吉見頼行は沿岸防備のため西石見地方の地頭としてこの地に赴任しました。吉見氏は当初、木薗(木曽野、現在の津和野町木部)に屋敷(吉見氏居館跡)を設け、その北方に御嶽城や徳永城を築いていました。

    観光部巣を下り、歩いて向かった津和野城のロープウェイ乗り場です。津和野城の歴史紹介です。鎌倉時代、元寇の翌年の弘安5年(1282年)、吉見頼行は沿岸防備のため西石見地方の地頭としてこの地に赴任しました。吉見氏は当初、木薗(木曽野、現在の津和野町木部)に屋敷(吉見氏居館跡)を設け、その北方に御嶽城や徳永城を築いていました。

  • ロープウェイ乗り場に到着しました。昭和46年(1971年)に完成した観光用のロープウェイです。津和野城の歴史紹介に戻ります。江戸時代には津和野藩亀井氏の居城でしたが、藩庁は急峻な山城を避け、山麓に置かれました。明治時代に廃城となりましたが、山上には石垣や堀(堀切、堅堀、連続堅堀など)の遺跡が残ります。

    ロープウェイ乗り場に到着しました。昭和46年(1971年)に完成した観光用のロープウェイです。津和野城の歴史紹介に戻ります。江戸時代には津和野藩亀井氏の居城でしたが、藩庁は急峻な山城を避け、山麓に置かれました。明治時代に廃城となりましたが、山上には石垣や堀(堀切、堅堀、連続堅堀など)の遺跡が残ります。

  • 『津和野城跡観光案内』のタイトルがあった観光案内図の光景です。津和野城跡に復元想像された建物群が記されていました。

    『津和野城跡観光案内』のタイトルがあった観光案内図の光景です。津和野城跡に復元想像された建物群が記されていました。

  • 『ツバキ(椿)』<br />ツバキ科ツバキ属の常緑高木<br />花期:冬から春<br />原産地:日本では本州、四国、九州、南西諸島、国外では朝鮮半島南部と台湾<br />その他:原種ではないヤブツバキ(藪椿)のようです。

    『ツバキ(椿)』
    ツバキ科ツバキ属の常緑高木
    花期:冬から春
    原産地:日本では本州、四国、九州、南西諸島、国外では朝鮮半島南部と台湾
    その他:原種ではないヤブツバキ(藪椿)のようです。

  • 『ツバキ(椿)』<br />ツバキ科ツバキ属の常緑高木<br />花期:冬から春<br />原産地:日本では本州、四国、九州、南西諸島、国外では朝鮮半島南部と台湾<br />その他:古事記、万葉集にも登場し、江戸時代には左官に品種改良されました。

    『ツバキ(椿)』
    ツバキ科ツバキ属の常緑高木
    花期:冬から春
    原産地:日本では本州、四国、九州、南西諸島、国外では朝鮮半島南部と台湾
    その他:古事記、万葉集にも登場し、江戸時代には左官に品種改良されました。

  • リフトを下りてから眺めた、津和野の町の光景です。

    リフトを下りてから眺めた、津和野の町の光景です。

  • リフトを下りてから眺めた、津和野の町のズームアップ光景です。黒い屋根瓦ではなく、ほとんどが赤色系統の屋根の色でした。

    リフトを下りてから眺めた、津和野の町のズームアップ光景です。黒い屋根瓦ではなく、ほとんどが赤色系統の屋根の色でした。

  • 更にズームアップした、リフトを下りてから眺めた津和野の町の光景です。軍医を務めた、大文豪の森鴎外(1862~1922年)が、石見国津和野町田村(現・島根県津和野町町田)の出身です。現地ガイドさんが、その旧家の場所を教えてくれました。

    更にズームアップした、リフトを下りてから眺めた津和野の町の光景です。軍医を務めた、大文豪の森鴎外(1862~1922年)が、石見国津和野町田村(現・島根県津和野町町田)の出身です。現地ガイドさんが、その旧家の場所を教えてくれました。

  • 『ヤマツツジ(山躑躅)』のようです。日本全国の山野に普通に見られる代表的なツツジで、ツツジの仲間では最も背丈が高くなります。暖地では常緑性、寒地では落葉性となります。ツツジ科ツツジ属 の植物です。

    『ヤマツツジ(山躑躅)』のようです。日本全国の山野に普通に見られる代表的なツツジで、ツツジの仲間では最も背丈が高くなります。暖地では常緑性、寒地では落葉性となります。ツツジ科ツツジ属 の植物です。

  • 『堀切(ほりきり)』のタイトルがあった説明看板の光景です。

    『堀切(ほりきり)』のタイトルがあった説明看板の光景です。

  • 『国指定史跡・津和野城跡・本丸250m』の表示があった道案内標識の光景です。

    『国指定史跡・津和野城跡・本丸250m』の表示があった道案内標識の光景です。

  • 『国指定・史蹟・津和野城跡』のタイトルがあった図面入りの説明看板の光景です。

    『国指定・史蹟・津和野城跡』のタイトルがあった図面入りの説明看板の光景です。

  • 逆光での撮影になりましたが、『津和野城址』の文字が刻まれた石標の光景です。側面に『昭和19年(1944年)3月建設』の表示もありました。

    逆光での撮影になりましたが、『津和野城址』の文字が刻まれた石標の光景です。側面に『昭和19年(1944年)3月建設』の表示もありました。

  • 左右の方向が記してあった、中国自然歩道の道案内標識の光景です。

    左右の方向が記してあった、中国自然歩道の道案内標識の光景です。

  • 『中世山城・津和野三本松城跡』のタイトルがあった説明看板の光景です。

    『中世山城・津和野三本松城跡』のタイトルがあった説明看板の光景です。

  • 『この先5分・本丸城跡』の文字が記された案内標識の光景です。距離ではなく、時間での表示になっていました。距離では表現し難かったのかも知れません。

    『この先5分・本丸城跡』の文字が記された案内標識の光景です。距離ではなく、時間での表示になっていました。距離では表現し難かったのかも知れません。

  • 『東門跡』のタイトルがあった説明看板の光景です。

    『東門跡』のタイトルがあった説明看板の光景です。

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