
2019/05/25 - 2019/05/25
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akikoさん
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この旅行記のスケジュール
2019/05/25
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電車での移動
ヒンデローペン駅(7:15発)ー レーワルデン駅(7:27着)各駅電車
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バスでの移動
レーワルデン駅(7:30発)ー メッペル駅(8:45着)臨時便
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電車での移動
メッペル駅(9:26発)ースキポール空港駅(10:55着)Intercity
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この旅行記スケジュールを元に
ヒンデローペンを朝早く出て、電車・バス・電車を乗り継いで、スーツケースを預けていたスキポール空港まで戻りました。
スキポール空港からまず、この日宿泊するロッテルダムまで行き、ホテルにチェックイン。その後デルフトに少し立ち寄り、ライデンに向かいました。
ライデンは"大学の町"として知られていますが、オランダの絵画の巨匠"レンブラント生誕の地"でもあります。今年、2019年はレンブラント没後350年にあたるそうで、事前にアムステルダムやハーグ、そしてライデンで『レンブラント特別展』が開催されていると知り、レンブラントのゆかりの地を少しだけ巡ってみようと思いました。
ライデンはまた、"水の都"とも呼ばれているのだそうです。88もある運河はアムステルダムに次ぐ数を誇るのだとか。水辺の美しい景色も楽しみにして... 数時間だけですが、街歩きをしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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アイセル湖畔の村『ヒンデローペン』からはるばるロッテルダムを経由し、メタル・フレームとガラスを用いた近代的なデザインの駅舎の『ライデン中央駅』に午後3時過ぎに到着しました。
立派な建物が立ち並ぶ駅前通りを歩いて行くと・・・ -
最初に現れた運河に架かる橋から、風車【デ・ファルク風車(Molen de Valk)】の姿が見えました。
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これは、かつて町を城壁が囲んでいた頃の西の門(Morschspoort)。
お化粧直しがされたのか、レトロ感はなく美しい門でした。 -
西門を通り抜けると、白い跳ね橋が現れました。
跳ね橋に赤い鍵がクロスするデザインが見えますが、ライデン市の紋章には、十二使徒の一人、ペテロが天国の門の砦として持っていた鍵が使われていていて、市のオフィシャルロゴとしても使われているとのことでした。 -
西門から歩いてすぐのところに別の風車が現われました。
これは【デ・プット風車( Molen De Put)】で、ライデンで人気の風車なんだそうです。
風車の前を流れるライン川には「レンブラント橋」が架けられていて、風車とのコラボの写真スポットとなっていました。 -
レンブラント橋&デ・プット風車♪
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レンブラント橋の全景。かつては白い橋だったようですが、今はペールイエローになっていました。
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ライン川の支流だという川を運河巡りのボートが行き交います。
ここでもボートに乗っている人たちが手を振り、橋にいる人が手を振り返す微笑ましい光景が見られました(*^^*) -
レンブラント橋を渡ると、ウェッデ通り(Weddesteeg)に入ります。
右の白い建物の後ろには・・・ -
レンブラント広場がありました。
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これはレンブラントを記念した広場で、真ん中の高くなったところに、若きレンブラント像が置かれていました。
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自画像のレリーフを眺めるレンブラント青年。後方の壁にもその自画像が・・・。
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広場の木の間から、風車と跳ね橋の姿が見えていました♪
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オランダを代表する画家レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)が生まれた場所が公園の前にありました。
彼は、ここウェッデステーグ3番地で、製粉業を営む両親の8番目の子として1606年に誕生。短期間アムステルダムで修行した時期を除くと、1631年にアムステルダムへ引越すまで、ライデンで暮らしていたんだそうです。
レンブラントの生家は、すでに解体され、その場所に集合住宅が建ち、外壁にレンブラントが生まれたことを示すプレートが埋め込まれていました。 -
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グルーンハーゼングラハト通りを歩いていると、白くて立派なゲートが見えてきました。これは旧市街の門のひとつで、1645年建造の『ドゥ―レン・ゲート(Doelen Gate)』でした。
門上に模られたドラゴンを退治する聖ゲオルギオスの像は、ライデンの自警団の聖人だとか。17世紀オランダの都市部には町を守るための自警団が活動していたそうです。 -
近くに歴史案内板があり、1655年頃に描かれた《ドゥーレン門の自警団》という絵画が使われていました。17世紀の様子を見ると、自警団といえども、皆正装姿をしていて、まさにレンブラントの「夜警」に出てくる人たちのようです!
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ライデンで最も古い通りの一つブレー通り(Bree)に入りました。
通りにはサフィニアのハンギングバスケットが飾られた街灯が並び、煉瓦造の立派な建物が軒を連ねていました。 -
可愛らしい装飾レンガがデザインされている建物。
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この建物は歴史がありそうですね~
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エントランスの上を飾るユニークな装飾
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この歴史的建造物は何かなと思ったら、『Bistro BREE56』というレストランでした。
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これは『ライデン音楽堂』だそうで・・・
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かつては劇場だったところが、今は美しいコンサートホールになっているようでした。
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音楽堂の前の美しい建物♪
この建物のように、ファサードの屋根の部分が階段状になっているものをゲーブル屋根とか階段状切妻屋根と呼ばれるのだとか。
かつては、段々になった階段で天国に昇って行けるという縁起をかつぐ意味もあり・・・金持ちは財力を誇示するために、他の家より出来るだけ飾り立て、高く大きく見せようとしたんだそうです。 -
近くにフィッシュマーケットがあるので、魚のマークが入った建物もありました。
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通りの先に市庁舎が見えてきました。
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「スタッドハウス」と呼ばれる市庁舎は、16 世紀に作られたルネサンス様式の美しいファサードを持つ建物です。1929年に火災に見舞われ大きな被害を受けましたが、ファサードはなんとか難を逃れたのだとか。
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この市庁舎を設計したのは、オランダ人建築家のリーフェン・デ・ケイ。階段を守る獅子の像や大きなアーチ形の扉、壁がんの彫像や一風変わった装飾が、建物を個性的で荘厳な雰囲気にしています。
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階段の手すりの途中で、2人の子供が時間(左)と永遠(右)を表し、入り口の両側のニッチにいる2人の女性は、正義(刀と鱗)と平和(オリーブの枝と法律書)を暗示しているのだとか。
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通りが変わって・・・バラが可愛く咲いているのは、ランゲルブルグ通りです。この通りは若きレンブラントがよく通った通りだったようです。
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ランゲルブルク89番地(2つ目の植栽がある場所)は、画家スワーネンブルフのアトリエがあったところで、、、
レンブラントが画家を志した友人ヤン・リーフェンスと共にスワーネンブルフの元で初めて本格的な絵画制作学んだ場所だそうです。この場所が今『Young Rembrandt Studio』として公開されています。 -
これはスタジオでもらったパンフレットです。写真の階段状の破風がある建物は17世紀の建物で、このスタジオが入っている建物でした。
建物に中に入ると、まずレンブラントの作品関係の物が並び・・・
その奥に「ビデオマッピング」を見るシアターがありました。 -
シアターでは7分ほどの若いレンブラントと彼が生まれ育ったライデンの町についての映像が楽しめるようになっていました。無料で、レンブラントの一生を楽しく紹介してもらえるので、時間があればぜひ訪ねてみてくださいね~
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レンブラントが生まれたとき、ライデンはまだ壁に囲まれた中世の街だったそうです。ライデンには2つの象徴的なそびえ立つ教会があり、そのうちの1つはライデンの最古、1121年築の『ピータース教会』でした。
この聖ピータース教会の "聖ピーター"は、キリスト12使徒の一人聖ペテロのことで、ペテロはキリストから神の国への鍵を与えられたことから、ライデンの最古の教会に"神の国への鍵を持つ"聖ペテロの名前が使われたのだとか。 -
ピータース教会はレンブラントの両親が1589年に結婚し、亡くなった後も埋められた教会です。 レンブラントはかなり宗教的な家庭に生まれたそうで、ほとんどの日曜日はこの壮大な教会で過ごしたということです。
*元々、この教会は1112年に伯爵のチャペルとして建てられたと伝えられているそうで、その後増改築が繰り返され、後期ゴシック様式の建物になったのだとか。建設当時はカトリック教会でしたが、宗教改革の被害を受け、1572年から1971年まではプロテスタントの教会として実際に使用されていたそうです。 -
この日、教会前のピーテルスケルクホフ広場Pieterskerkhofでは屋台が出て、たくさんの人がお祭りを楽しんでいました。何のお祭りだか不明です(笑)
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この立派な建物はレンブラントが7歳に時から通った【ラテン学校】でした。すべての授業はラテン語で教えられ、生徒はラテン語を話し、試験もラテン語で行われたそうで、法律家などになる出世コースを目指す優秀な子供たちが通っていたそうです。
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レンブラントの両親は、法律家になることを期待していたようで、幼いレンブラントをラテン語学校に通わせ、なんと14歳になると飛び級でライデン大学にも進学したのだとか・・・。
(小学校一年生の年齢でそのような学校に入学し、しかも14歳で大学進学の許可が出たなんて、レンブラントはよほど秀才だったのですね!)
でも、レンブラントは画家になる事を志し、大学をやめ、オランダ最高の歴史画家アムステルダムでピーテル・ラストマンに弟子入りして絵画を学んだのだそうです。 -
イチオシ
これはラペンブルク通りに沿って流れるラペンブルク運河です。
この運河は17世紀には、町でも有数の美しい運河となり・・・ 裕福な商人はここに邸宅を構えて住んだのだそうです。 -
ここにも運河巡りのボートが次から次にやって来ていました。
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水辺にお花という好きな光景です♪
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このアーチを描く橋は『ノネン橋』で、渡ったところにはライデン大学のキャンパスがあります。
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ラペンブルグとノネン通りの交差する場所に立つビルの外壁に、松尾芭蕉の句が書かれていました。
1992年より、ライデンの街中のあちらこちらに世界中の詩を詩人の言語で描くというプロジェクトが始まったそうで、日本語学科があるライデン大学の近くにもこのような句が見られるのですね。 -
運河のところに、このような歴史案内板がありました。
ライデン大学についてのもので、オランダ独立戦争の際にこの町が当時オランダを統治していたスペインに勝利したことから,それを称えオレンジ公ウイリアム から市民へ贈られたオランダ最古の大学だとのことです。
大学附属の植物園の説明もありました。16世紀にトルコにいたオーストリアの大使がチューリップの球根を持ち帰りました。彼がカルロス・クリシウスにその球根を譲り、1593年にライデン大学の植物園にその球根を植えました。それが西ヨーロッパでのチューリップ栽培の始まりでした。チューリップは人気を博し、一部の人が熱狂的になり投機に走り、チューリップバブルが起きました。その後、熱が冷め、多くの商人が破産に追いやられました。 -
ここはライデン大学植物園の入口です。1592年に園芸家として名高いカロルス・クルシウスの指揮のもと、医学の教育用に植物園、薬草園が作られたそうです。多数の植物が植えられ、その中にはトルコから持ち帰られたチューリップの球根もあったのだとか。
エントランスの上には、アムステルダムの『チューリップ博物館』で見たレンブラントがチューリップの髪飾りの妻を描いた「春の女神フローラに扮したサスキア」が 飾られていました。 -
植物園に少しだけ入ってみました。日本庭園、温室も含めた有料ゾーンがありますが、この部分は無料でした。
もともとここには医療用の植物を植えていたのですね~ そういえば、鎖国時代、オランダ医学はかなり進んでいて、杉田玄白がオランダ語医学書を翻訳、『解体新書』が出版されたと歴史で習いましたね~。 -
ここでも建物の壁に「菅原道真」の有名な句が書かれていました。
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帰国後、ライデン大学を活動拠点にしたシーボルトの胸像もありました。
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植物園を出て運河のところに戻ると、またボートがやって来たので、カメラを取り出しパチリ!
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どんどんやって来て・・・何枚も撮ってしまいます。
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これは17世紀当時の運河の様子だそうです。*歴史案内板より
樹木の高さは違うものの、よく似た景色のようです。 -
次に向かったのが、『シーボルトハウス(SieboldHuis)』です。
この建物は16世紀初めに設立され、ライデンに帰還したシーボルトはこの邸宅を購入し、1837年まで居住。この邸宅で彼は日本滞在中に収集したコレクションを公開。その後オランダ王家に売却された後、コレクションはライデン民族学博物館などに収蔵されたのだとか。
その後、日蘭交流400周年にあたる2000年に改装され、2005年3月に日本博物館として開館したのだそうです。 -
ドイツ人である「シーボルト」は1823年、オランダ政府によって日本の出島に送り出されました。
オランダ人は出島を出ることができませんでしたが、医者のシーボルトは往診時に出島を出る機会があり、いろいろ収集したのだとか。ここでは日用品、浮世絵、漆器などの工芸品、動植物標本、古地図などの様々なコレクションの展示を見ることができるそうです。興味はありましたが、時間の都合でパスしたのでした。 -
運河の反対側には『国立古代博物館』が見えていました。
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ライデンの街中を歩いていると、建物の壁に世界中の言語で書かれた詩や壁絵を目にします。この数式のようなのもその一つですね。
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ところ変わって、次に向かったのは『ライデン要塞』でした。
これは入口にあった『ブルグ門』です。 -
門の上には、交差する2本の赤い鍵が描かれた盾、その盾を前足で支え、剣を振り上げたライオンが飾られています。
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小高い丘があった場所にその要塞があります。これはもともと水害対策用に築かれたものだったとか。長い階段を上っていきます。
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階段の途中から、ゴシック様式の『ホーグランツ教会(Hooglandse)』という教会がまるで宙に浮いてるかのように見えていました。
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要塞の中はこのように円形に壁が築かれていました。この土丘はもともと水害対策用に築かれたそうですが、1573年の独立運動の際は、スペイン兵に包囲されて、ライデンの市民は長期間この中で籠城したのだそうです。
オランダは15世紀に神聖ローマ帝国、ハスプスブルグ家の領地になりました。しかしハスプスブルグ家が分裂すると、ここはスペイン・ハスプスブルグ家のものとなり、スペインの飛び地になったんだそうです。この頃、この地ではプロテスタント運動が盛んになり、カトリックのスペインはこれを弾圧。これにに耐えかねた市民は、1568年オラニエ公ウイリアムの指導の下独立戦争を起こします。
スペインのアルバ公はライデンに大軍を差し向け、、、
1573年から一年間、ライデンはスペイン軍に包囲されてしまいます。それで市民はこの城壁の中に立てこもり、飢えに苦しみながらスペイン軍と戦ったそうです。
その時のスペインは大航海時代で交易で栄え世界最強の軍隊を持つ国でした。対するオランダは農民や漁師が武器をとった単なる市民兵だったとか。にもかかわらず、最後にはオランダ側が水門を破ってスペイン軍を水攻めにして、世界最強の軍隊は退却したんだそうです。結果的には、市民兵が最強軍隊に勝利!大いなる粘り勝ちをしたのだそうです。 -
要塞の周囲は歩けるようになっていて、ライデン市街が一望できるようになっていました。
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ドーム状の建物は何でしょう?
チェックしてみると、『マーレ教会』で、オランダでプロテスタントの礼拝のために建てられた最初の教会なんだとか。 -
煉瓦色の大きな建物は、市庁舎(Stadhuis)を反対側からみた姿でした。ブレー通りから見た正面(ファサード)とは全く雰囲気が違っていました。
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要塞を見終えたあと、次は町の中心部に向かいました。
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この大きな建物と尖塔は、要塞からも見えていた市庁舎の一部です。尖塔がある建物が新しく見えるのは、1929年の火災で建て替えられた部分だと思います。
この市庁舎(裏側)前は『フィスマルクト広場』で、かつて魚のマーケットがあったとのことです。 -
これはフィスマルクト広場に立つ『魚の噴水』です。
昔は、この噴水は魚市場で売られていた魚の掃除に使われていたそうです。 -
フィスマルクト広場の前には水路、新ライン川(Nieuwe Rijn)、が流れていました。写真奥に見えるレモンイエローの建物は、屋根付きの橋です。
美しい橋だったので、近くからの姿を撮りたかったのですが、この日、土曜日だったためか、橋には屋台がたくさん出ていて写真は撮れませんでした。 -
両岸には遊歩道があり、土曜日の午後を多くの人が楽しんでいるようでした。
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イチオシ
ここは新ライン川(ニーウェ・レインNieuwe Rijn)と、旧ライン川(アウデ・レインOude Rijn)との合流ポイントになっていて、水路が広くなっている場所でした。
水上に浮かぶはしけ船などが、気持ちのいいテラスになっているカフェなどがあり、とても賑やかで活気のある場所でした♪
この水辺の景色が気に入って、表紙の写真にしました^ ^ -
地図で見ると、こんな位置関係になります。
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フィス橋からもう一度屋根付き橋方面を眺めて・・・。
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こちらは計量所方面を見たところです。
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計量所に行ってみます。
この建物は、1657年に建てられたWaag 計量所です。
昔からライン川の水はライデンの主要な動脈だったそうで・・・ 商品は小船で市内に到着。 その後、貨物は埠頭に積み降ろされ、商品は、計量所で計量されたんだとか。 重量は公式に調整されているため、購入者は安心して物を買うことができたそうです。 -
建物の上には、計量している様子が描かれたレリーフがありました。右にいる役人が天秤を見て計量しています。
今も感じることですが、オランダの人は、いつの時代も公平・公正を昔から重んじていたのですね! -
計量所は、今はカフェとして使われているようでした。
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艀船を利用したカフェ♪ 気持ち良さそうです。
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少し進むと、カタリーナ橋があります。後方にハルテブルグ教会(Hartebrugkerk)が見えています♪
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カタリーナ橋から見た旧ライン川方面
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反対側、合流後の水路方面です。
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土曜日の夕方、少し早めのディナーでしょうか。どこも水辺の席は満席で、食事を楽しんでいるようでした♪
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カタリーナ橋から見えていた『ハルテブルグ教会(Hartebrugkerk)』の前にやって来ました。
教会は、当時同じ名前の橋にちなんで名付けられたそうで、教会はファサード入口の上にラテン語で「ここには神の家、そして天国の門です」と書かれているそうです。 -
次に訪れたのが、マーレ教会(Marekerk)です。ライデン要塞からドーム状の部分が見えていた建物を見に来てみました。
1649年、オランダでプロテスタントの礼拝のために建てられた最初の教会だそうで、ドームのように見えた建物は実際は八角形でした。 -
マーレ教会の先には、マーレ橋(Marebrug)という、スタイリッシュな青緑色の跳ね橋がありました。
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橋の上から水路を眺めてみると、3、4階建ての美しい建物が建ち並んでいました。
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対岸にある建物のうち、左のレトロなものは、Scheltemaという1817年に設立された毛布工場だったそうです。工場は当時の急速な機械化と近代化に追いつくことができなくなり閉鎖され、現在は文化イベントが開催される複合施設になっているそうです。
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『ラーケンハル美術館』が見えてきました。このあたりでは、かつて繊維取引の中心地だったということで、この建物は1640年に建てられ、繊維会館として利用されていたそうです。
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湾曲した水路に沿って歩いてくると、『ベーステンマルクト(Beestenmarkt)広場』に出ました。この水辺に面した広場は、人々の憩いの場であり・・・
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運河クルーズ船の発着場にもなっていました。
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広場から風車が見えていたので、近づいてみると、【デ・ファルク風車(Molenmuseum de Valk)】でした。
この風車は、1743年に建てられ1964年まで実際に使われていたとか。現在は『市立風車博物館』として使われているとのことでした。
風車内部の仕事場や風車内の生活を見学できるらしく、上まで上ればライデンの町並みを一望できるのだとか・・・。 -
またベーステンマルクト広場に戻り、暫し水辺の景色を眺めていました。
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ライデンを数時間、街歩きをしてみて・・・
同じオランダの水辺が美しい街でもそれぞれ違っていて、都市部のアムステルダムとも違い、コンパクトで、数時間でも主要な見どころをのんびり巡ることが出来る街だという印象を受けました。
帰る頃にはすっかりお天気も回復し、このあと、この日宿泊するロッテルダムに戻りました(*^^*)
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