2019/01/01 - 2019/01/01
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ドクターキムルさん
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鎌倉市扇ガ谷1に鎮座する八坂神社(https://4travel.jp/travelogue/10476945)は建久3年(1192年)に創建され、素盞鳴尊(すさのおうのみこと)を主祭神とする神社である。相馬天王とも呼ばれていた。
相馬氏の祖である相馬師常(そうまもろつね)(保延5年(1139年)~元久2年(1205年))が鎌倉屋敷内に守護神を祀ったことに始まる。鎌倉幕府創設時の有力御家人である千葉常胤の次男で、相馬氏の祖となった。墓は相馬師常墓やぐら(https://4travel.jp/travelogue/10479889)と呼ばれ、線路を隔てた鎌倉市扇ガ谷2にある。その斜め上にはお堂もある(https://4travel.jp/travelogue/10726386)。大型やぐら(https://4travel.jp/travelogue/10943965)が並ぶ崖である。この師常やぐらの墓前でお経を読むのは、壽福寺の住職だという。この辺りは浄光明寺の檀家かと勘違いしていたが、師常が亡くなった時に創建されていたのは壽福寺であり、その後、約半世紀後に創建された浄光明寺であるはずがないことに気が付いた。
桓武平氏の一族らしく、桓武天皇、葛原親王、高望王が祀られている。しかし、葛原親王(かずらわらしんのう)(延暦5年(786年)~仁寿3年(853年))は葛原岡神社の裏山にも祀られ(https://4travel.jp/travelogue/10810240)、葛原岡の名の由来にもなっている。今は葛原親王の墓は忘れ去られ、その下(、くびれ部分?)に日野俊基を祀る葛原岡神社が明治21年(1888年)に創建されている。
相馬天王の旧地は現在の巽神社がある場所とされる。壽福寺本堂の南には山裾に並ぶ大型やぐらが残っており、かつての壽福寺塔頭跡であるが、平安末期から鎌倉時代初期の御家人の屋敷が山裾の平地にあって当然であろうか。
(表紙写真は八坂神社社殿)
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