2015/12/26 - 2016/01/02
3位(同エリア137件中)
ウェンディさん
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- クチコミ2269件
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- フォロワー354人
2015年の年末旅はメキシコの遺跡めぐり。
この旅ではデカ頭の石像が見つかったオルメカ文明、レリーフの神様が可愛らしいマヤ文明、今も民族の末裔が残るサポテカ文明、絵文字がキュートなミシュテカ文明の地を訪れました。
この旅行記の舞台;旅の5日目となるオアハカでは、高台に立つピラミッド群である世界遺産のモンテ・アルバン遺跡を訪れ、紀元前500年頃には始まったサポテカ文明の痕跡を眺め、2000年の時を経た石の声に耳を傾けてきました。
そして、夕方のOaxaca町散策では八百屋さんで赤く熟れたトマトを貰って道端で立ち喰いをしたりの街歩きも楽しみました。
私はもともとが好奇心の塊で、自分の知らない物事や面白そうな物を見つけるとそちらにフラリと引き寄せられることが多く、オアハカでも私の探究心はアチコチで発動され、色々と楽しかったのですが、この日の私の好奇心はちょっと度が過ぎていたようです。
オアハカの街角で私が興味を持ったのは、真赤なドライフルーツの様なモノを山積みにして売っていたおばちゃんのお店。
それは、ぱっと見は赤唐辛子を干したものに似ていて、私にはチリ・ペッパーを粉状にする前の物に見えました。
私は元来辛い味付けが結構好きで、メキシコ入りしてからも現地の方が使うチリソースを平気な顔をしてサラダなどにかけていたので、粉にする前のチリがあれば買って帰っても良いかな…とも思い、売り子のおばさんに「それは、どの位の辛さなの?」と声をかけました。
おばさんは味見用にと商品を一つ爪楊枝に刺し私に差し出し、私もソレを受け取ったのですが、手にして初めて赤いソレが何であるかに気が付きました。
爪楊枝の先に串刺しになっていたソイツは、ピリ辛の鷹の爪などではありませんでした。
おばさんから爪楊枝を受け取りソイツが何者であるのか気がついた瞬間の私は、きっと目が泳いでいたと思います。
それぐらい、手にしたものに衝撃を受けました。
でも、受け取ってしまった以上、味見をしない訳にはいきません。
こんな時に発揮するのが大和撫子魂。
此処で引き下がったら、日本女子の名が廃ります。
おばさんから貰ったソレが何であったのか。
ソレの写真を旅行記の表紙にしようかとも思いましたが、あまりにインパクトがありすぎてボツにしました。
本旅行記の後半にその写真を入れてありますので、この先を読まれる場合は、写真に気を付けて。
ソレが夢に出てきたとしても、自己責任でお願い致します。
☆★☆★☆旅程 2015/12/25-2016/1/2☆★☆★☆
□12/25 成田-バンクーバー-メキシコ・シティ
□12/26 ビジャエルモサ、ラベンタ遺跡、パレンケ
□12/27 ヤシュチラン遺跡、ボナンパック遺跡
□12/28 パレンケ遺跡、ミソル・ハ、アグア・アスル
■12/29 オアハカ モンテアルバン遺跡
□12/30 ミトラ遺跡、エルトゥーレ、イエルベ・エル・アグア
□12/31 メキシコ・シティ、フリーダ・カーロ博物館、国立人類学博物館
□1/1 メキシコ・シティ-バンクーバー-
□1/2 -成田
☆★☆★☆続・母さんの一人旅 メキシコ編☆★☆★☆
・デカ頭に会いに・ラベンタ遺跡 http://4travel.jp/travelogue/11091613
・暗闇のラビリンス http://4travel.jp/travelogue/11124868
・宇宙人が作った古代都市 http://4travel.jp/travelogue/11202484
・お母さんは、にわか解説員 https://4travel.jp/travelogue/11294321
・ジャングルで水遊び♪ https://4travel.jp/travelogue/11296494
・オアハカの洗礼 https://4travel.jp/travelogue/11297815
・時を止めた岩Hierve el Agua http://4travel.jp/travelogue/11311212
・フリーダ・カーロの世界 https://4travel.jp/travelogue/11314204
☆★☆★2011年 母さんの一人旅・ボリビア編☆★☆★
現地で手配!ティワナク遺跡 http://4travel.jp/travelogue/10637661
ウユニで人さらい http://4travel.jp/travelogue/10637723
チリ国境までの湖巡りドライブ http://4travel.jp/travelogue/10638094
ラパス市内観光 http://4travel.jp/travelogue/10638521
太陽の島でトレッキング http://4travel.jp/travelogue/10639292
Espejo del Cielo http://4travel.jp/travelogue/10648118
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
-
12/29の午後二時に、私が居たのはオアハカの丘陵地帯にあるモンテ・アルバンの遺跡の上。
昨日までを過ごした3日間のジャングルに囲まれた環境が嘘のような、乾燥した空気の土地だ。
この日は朝の9時半にパレンケからの夜行バスでオアハカ入りし、そのままオアハカの宿へとチェックインをした。 -
オアハカでの1泊の宿は、町の南側にあるHotel Florida Oaxaca.。
町の中央にあるソカロ広場へも徒歩10分強で行ける3☆ホテルだ。
メキシコの場合、ホテルが☆☆☆とカテゴライズされていても、その実体は1☆から3☆までと幅広いのだが、ここは本当の意味で☆☆☆の場所だった。
立地的には少し町の中央からはずれてしまうが、モンテ・アルバン遺跡へのシャトルバス乗り場へも1ブロック(徒歩5分弱)と近く、ホテルのすぐ裏にはVeinte de Noviembre(ベインテ・デ・ノビエンブレ)市場も有り、旅行者にとっては便の良い場所だった。 -
部屋もバスルームも清潔で朝食付で一泊833ペソだったので、オアハカにしては安い方の宿だ。
朝10時にチェックインし部屋で荷物の整理をしたら、オアハカ探検への出動の時間。
モンテ・アルバン遺跡へと向かう。 -
モンテ・アルバン遺跡があるのはオアハカの町から車で20分ほどの山の上で、そこまでのアクセス手段はシャトルバス。
Fco.J.Mina通りとG.Diaz Ordaz通りの交差する位置にミニバス(シャトルバス)の切符売り場(写真)がある。 -
遺跡行きのバスの発車時刻は朝8時半から15:30までの1時間に1本。
建物の中はベンチがあり、待合室の様になっている。 -
この時の時刻は11時過ぎだったので、11:30発のバスの切符を購入した。
切符は往復セット販売55ペソ(約440円)で、予約時に帰りのバスの時間も勝手に指定される。
私的には遺跡に長く滞在したかったので16時のバスが良いと抗議したのだが、切符売り場のおじちゃんは時刻案内のボード(前の写真)を指さして、出発が11時半ならば帰りのバスは15時と決まっている・・・と渋い顔。
でもその後に、遺跡に長く居たければ16時のバスでも大丈夫。ただ、乗る時には16時と書いてある切符を持つ人が優先で、空席があれば乗ることが出来るという条件になる。と教えてくれた。 -
11:30にやって来たバスは予想以上に大きなバス。
発車時刻5分前にはどこからともなく人が集まってきて、あっという間に車内は満席となり、20分後にはモンテ・アルバン遺跡のある丘の上に到着した。 -
私がモンテ・アルバン遺跡を訪れたのは12月末。
メキシコは北半球だから、季節は冬。
だから、寒い?
そんなことはない。
確かに年末のオアハカの朝晩は長袖の羽織りものが欲しい気温だったが、日中は30℃近く迄上がる日本の夏の様な気温で、遺跡を訪れる観光客のいでたちは薄手の長袖シャツか半袖という夏の装いだ。
ただし乾燥気候で湿度が無いので、暑さはそれほど厳しくはない。
年末ということで観光客の数も多く、遺跡の切符売り場は長蛇の列。
切符を購入するのに30分近く並んだ。
(モンテ・アルバン遺跡への入場料:67ペソ(約540円)、併設博物館への入場料込) -
入場ゲートを入ってすぐの場所にあったのが、砂で出来たモンテ・アルバン遺跡の立体模型。
自分の記録の為にも、この模型図の中にポイント名を入れてみた。
こうやって地図で見ると大きそうな遺跡に見えるモンテ・アルバン遺跡だが、実際はそれほど広くはなく、ただ見て歩くだけならば1時間もあれば十分かもしれない。
でも、それは団体観光客向けの時間。
じっくりと個々のポイントを見たいのならば、少なくても3時間が欲しいところだ。 -
まずは【北の基壇】の外側ルートを通り、モンテ・アルバン遺跡を作ったサポテカ人の墳墓を見て廻る。
一般公開されている墳墓にはNo.104と103があり、写真はNo.104墳墓だ。 -
そしてこちらが、No.103墳墓。
墓と言っても現在に残るのは墓の石積みの基礎部分のみで、建物本体は残されてはいない。
さすがに2500年~1500年前の遺跡なので、残っているものは跡のみだ。 -
しかし、今は墳墓跡しかないこのNo.104墓地だが、発掘時には地下から凄いものが見つかっている。
それが、この写真の墓室。
この墓室はメキシコシティにある国立人類学博物館のサポテカ室に再現されたレプリカを撮影したモノだが、このような墓がここモンテ・アルバン・遺跡のNo.104墓地から発見されたそうだ。 -
イチオシ
サポテカの神々の姿が色鮮やかに描かれた玄室の中に、当時の壺などの副葬品と共に埋葬されたこの部屋の主の変わり果てた姿。
こんな部屋を発見した考古学者さんは、2000年近い時を経て再び扉を開けた瞬間、興奮したのだろうな。 -
墳墓を過ぎるとしばらく続くのは、何も標識のないこんな道。
本当にこの先に大きな遺跡群があるのか心配になる様な道だった。 -
砂漠気候のオアハカなので、植物も昨日までのパレンケの熱帯性の植物とは異なっていて、広葉樹は少なく、サボテンがやたら目につく。
大きな木もあったが、綿の様な実がなった枝には小さな刺がついていて、乾燥地帯の樹の特徴を備えていた。 -
墳墓から暫く歩くと、人が多く集まるエリアが見えてきた。
ようやく【北の基壇】へと到着だ。 -
【北の基壇】はモンテ・アルバン遺跡の中でも一番大きな基壇で、大きな階段ピラミッドの台座の上に、小さなピラミッド状の建物が載せられている造りをしている。
(写真:【南の基壇】から眺める【北の基壇】の全景) -
【北の基壇】の一番高い部分へと登り、そこから台座の上を眺める。
台座の上には小さなピラミッドだけではなく、まるで集会場みたいな一段下がった広場もあった。
サポテカ文明の祭礼センターとしての目的で、山の上に作られたと云われているこれらの建物だが、どのようにして使われていたのか。
実は、あまり分かっていないそうだ。 -
上から眺めた時は建築物がピョコピョコあった北の基壇の上も、その台座の高さまで降りてくると立体迷路みたいで、親に連れられて遺跡に来ている子供は基礎石の周りをクルクルまわり、鬼ごっこの様な遊びをしていた。
何処の国へいっても、子供の遊び方はおんなじだ。 -
基壇の上から見た時に一段下がって見えた部分へと降りてみる。
nmmmmm・・・ん、この景色、この雰囲気、微妙なデジャブ感がある。
どこかで見たことがある様な・・・。 -
他の観光客の方に交じり、私も石積みの縁に腰を下ろして、暫く思考タイム。
暫く考えて、ハタと思いついたのが、前回のメキシコ旅で訪れたテオティワカン遺跡の様子。 -
確か石組みの構造がこんなだった筈・・・・と思い、私の遺跡めぐりの愛読書の頁を捲り、年代を確認すると、やっぱり思った通り。
テオティワカンの文明とサポテカ文明は時期が被っており、お互いにその建築様式や神様の姿などを影響し合っていた様だ。
モンテ・アルバン遺跡の建築様式は、どことなくテオティワカン遺跡のタルータブレロ建築と似ている気がする。 -
ほら、この写真:モンテ・アルバン遺跡の石の組み方を見てみて!
次に載せる写真(テオティワカンで施された小石を挟むデザイン)とよく似ている。 -
こちら写真は2012年にテオティワカン遺跡で撮影した石組み。(旅行記:https://4travel.jp/travelogue/10696246)
モンテ・アルバン遺跡(サポテカ文明)の石組み装飾と、似ているのが分かるよね。
しかし、小石を接着材(セメント)の中に埋め込んだデザインについては諸説あり、今から2000年前のメキシコで二つの文明の間で、建築様式の真似っこがあったとは言えない部分もあるらしい…。 -
メキシコシティの傍で栄えたテオティワカン文明とオアハカで栄えたサポテカ文明。
その二つの文明を隔てた距離は500km。
2000年前にその距離を人類が歩いて行き来をした・・・?と思うと、本当かなぁ…と言う気もしてくるが、ここサポテカ文明の祭事センターであったモンテ・アルバン遺跡からは、テオティワカン文明と共通する特徴を持つ神々を像が見つかっているので、二つの文明間で交流があったのは間違いのない事実だ。
神々の種類はそれぞれの文明で共通する部分と独自で発達した部分があるのだが、二文明間で共通する部分は、どの神々も被り物が好きという点だ。
この写真と次の写真は、モンテ・アルバン遺跡から出土した粘土細工や石細工の神の像(モンテ・アルバン遺跡の博物館、オアハカ文化博物館、メキシコシティ人類学博物館に所蔵)なのだが、どの神もその頭の上に自身の顔よりも大きい頭飾りを付けている。 -
特にこの写真右の神様は、テオティワカン文明とサポテカ文明に共通する神で、シペ・トテク神という名を持つ。
その顔の表情が他の3体とは異なりまるで能面のように表情筋が無いのが分かると思う。
それもその筈でシペ・トテク神の場合は、被り物は頭の上にある飾りだけではなく、神の顔を含め、彼の躰を覆うもの全てが被り物なのだ。
シペ・トテク神は春の神であると同時に死を司る神で、彼が身に着けている被り物は人間の皮膚。
春に種子が地中から目を出し種皮を脱ぎ去る様子から、人が死んだ後に再生する輪廻の様子を表すとも云われている。
このシペ・トテク神の姿はモンテ・アルバン遺跡からだけではなく、500kmの距離を経たテオティワカン遺跡からも多く出土している。 -
そんな二つの文明間の関わりについて参考書を再読したところで、この北の基壇の散歩はお終い。
急な階段を下りて、次の目的地へと向かう。 -
次に私が向かったのは北の基壇から見て右手に見える石の建造物で、奥の方に観光客が集まっている場所だ。
-
イチオシ
ここは構造物としてはシステムMと呼ばれているが、皆の目的はシステムMではなく、その脇に無造作に置かれた1mサイズの石板で、通称【踊る人】と呼ばれる石に彫刻された人の姿だ。
-
【踊る人】と呼ばれる石板には、手足を上に挙げたり、手足を体に巻き付け体をひねったりする人物像が彫り込まれている。
これらの石は、モンテ・アルバン遺跡がサポテカ文明の祭事場であったと解釈される所以ともなった石で、唇をゆがめトランス状態で祈りの舞を踊るシャーマンの姿が彫り込まれている…とされてきた。
このエリアには【踊る人】の石板が数十枚あり、私も時間をかけそれら1枚1枚を眺め写真に収めたのだが、石板の端に設置された説明ボードを読んで愕然!
そこには、私がじっくりと眺めていたこれらの石板は全てレプリカで本物は遺跡付属博物館の中にある・・・と書いてあった。
(多分、乾燥気候なので、本物を外にそのまま放置しておくとあっという間に劣化する恐れがあるのだろう) -
なので、この【踊る人】の石板については博物館の中に展示してある本物の写真で紹介したい。
先程、この石版については「シャーマンが踊る姿を現したもの」と書いたが、実は、この様に言われたのは発掘当時の話で、現在は、また別の見解が一般的となっている。
それは、これらの石版に彫られたのは踊る人間の姿ではなく、拷問を受ける戦争奴隷の姿である・・・という説だ。 -
石板をよく見ると、彫り込まれた人間の体にはウニウニとしたラインが描きこまれているものが多い。
このラインはシャーマンの刺青ではなく、男性器を切断されるなどの拷問を受けた奴隷たちが流す血や内臓を表しているらしい。
そのような視点で他の石板も見ると、手足を挙げて踊っているのではなく、拷問の苦悩を顔に浮かべ、体を捻り、もがいているようにも見える。 -
踊る人と思われていた石板が、実は拷問の様子を絵にしたものだと分かった時、当時の考古学界は大きく揺れたそうだ。
メキシコの文明は未だに謎に覆われている部分が多く、過去にはマヤもアステカも含めたメキシコの古代文明は、争いを好まない平和的で文化的な人達の集まりで、みんなが仲良く暮らしていた・・・と誤って解釈されていた時代もあったほどだ。
このように過去に栄えた文化の歴史の真相が、正確に現代に伝わってない理由。
それは、中世にスペイン人が中南米を制服した時に、各文明の持つ歴史書的な本を全て焼却し、原住民の人達の古代文明の痕跡を消し去ってしまったから。
だから、現代になっても文明や文字の解明がなかなか進まず、踊る人の石板が実は踊る人ではなかったと判明したのも1960年代のことで、決して古い時代ではない。
エルナン・コルテスをはじめとするコンキスタドールの功罪は小さくはないだろう。
歴史は事実であり、変えることはできないモノだが、中南米の民族を植民地化により支配した欧州の人達。
現代の彼等の子孫は、どんな気分でこれらの遺跡を見ているのだろうか。
中南米の遺跡を巡っていると、そんな疑問がいつも頭に浮かび、消えていく。 -
そんなことを考えていた私が向かったのは、【南の基壇】と呼ばれる階段ピラミッド。
【南の基壇】は反対側にある【北の基壇】の様に台座の上に建物がいくつもある構造ではなく、台座の上はシンプルで所々に木が生えている。
此処には特に見るべき遺構がある訳ではないのだが、【南の基壇】の石段の上は遺跡全体を見渡すには最適の場所と云われている。 -
イチオシ
時間は午後2時で、一番暑い時間帯。
太陽の光を遮るモノが何もない階段をひたすら登って、辿り着いた【南の基壇】の台座の上は、噂通り眺望の良い場所だった。往復バスの帰路は時間変更OK【モンテアルバン遺跡】 by ウェンディさんモンテ アルバンの古代遺跡 (オアハカ歴史地区とモンテ アルバンの古代遺跡) 史跡・遺跡
-
【南の基壇】。ここは現在は何もない場所だが、発掘が行われた時は一大センセーションを引き起こした場所だったそうだ。
人々に一大旋風を巻き起こしたものは、石壁から見つかった石板の数々。
【南の基壇】の石板には、漫画が彫り込まれていた。
漫画でイメージするのは、登場人物のセリフが描きこまれた吹き出しだが、【南の基壇】の石板にはそんなセリフを話す神様の様子が彫り込まれていて、その中の1枚がこの写真。
象の様に鼻の長い神がその伸びた鼻の先からなにか細長い〈にょろり〉としたものを吐き出している。
この細長い〈にょろり〉が漫画で言うところの吹き出しにあたり、神様がお喋りしているよ~という事を表しているらしい。
ところで、この象のような動物が彫られた石板だが、紀元前から紀元後600年頃に栄えたこの地に象の様な動物が存在した、または象のイメージ画像がアジアやアフリアから伝わっていたとは考えにくい。
だから、きっとこの彫り物は象ではなく、長い鼻を持つアリクイを擬人化したものだと思う。
(写真の石版は遺跡の付属博物館にて撮影) -
イチオシ
こちらのヒト型の神様の方が、口から噴き出す細長い〈にょろり〉の様子が分かりやすいかもしれない。
(写真の石版は遺跡の付属博物館にて撮影) -
【南の基壇】から遺跡全体の景色を眺めていると良くわかるのだが、モンテ・アルバン遺跡では、殆どの建物がきっちりと東西南北を向いて建てられていて、そんなところもテオティワカン遺跡に良く似ている。
しかしモンテ・アルバン遺跡には一つだけイレギュラーに斜めに建てられているヒネクレた建築物もあり、その建物の形は五角形型で、ホームベースの様な形をしている。 -
建築物の脇に会った説明板によると、この5角形の建通物は天文台で、ホームベースの先端部分は南十字星を指し、反対側はぎょしゃ座の一等星のカペラの方向を示しているらしい。
同じ北半球でも、北部の日本と南部のメキシコでは星の見え方が異なるのでちょっとイメージしにくいのだが、カペラは夏至の日を見定めるのに重要な星だったという事だ。 -
モンテ・アルバンの遺跡の中には色々と面白いものもあったのだが、祭壇と言われるこの小さな山は何に使われたのか…。
詳しい説明が無かったので分からないが、踊る人の石板のことを考えると、生贄を心臓を捧げる台だったとしてもおかしくはない気がする。 -
モンテ・アルバン遺跡には、マヤ遺跡でも有名な球戯場の姿もある。
ただ、此処の球戯場がマヤと違う点は、蹴り上げたボールをシュートするための石の環がコートに存在しない点だ。
勝利の判定はどの様にしていたのだろうか。 -
そしてここの遺跡群で忘れてはいけないのが、ミシュテカ文明の存在。
余りにもマニアックすぎてミシュテカなんていう名前を聞いたことが無い方も多いと思うが、ミシュテカ人達は、モンテ・アルバン遺跡を作ったサポテカ人たちがこの地を捨てた後に住みついた民族で、彼らは非常に優れた宝石細工・金細工の技術を持っていたらしい。
その証拠が、ミシュテカ人の墓から見つかった翡翠の髑髏(オアハカ文化博物館にて撮影)。
部族の王の髑髏を加工し、その頭蓋骨に翡翠を装飾品の様に貼り付けてある。 -
また、ミシュテカ文明で忘れてはいけないのが【判じ絵】と呼ばれるミシュテカ人のみが用いた手法で書かれたナットール絵文書で、モンテ・アルバン遺跡の墳墓の中から発掘されている。
【判じ絵】とは絵の一つ一つが言葉の読みを表し、象形文字とは異なる考え方で作られている文字のことだ。
その用法は日本語の平仮名とよく似ていて、例えば鹿の絵が描かれていた場合、その読みは「しか」だが、その意味は「鹿・死か?・○○しか・・・」など同じ読み方をする全ての言葉に用いる事が出来るという、非常に便利でオールマイティな標記文字だったらしい。
しかし、それ故に現代人の考古学者が意味を持たない判じ絵を解読するのは非常に難しく、ミシュテカ文明のナットール絵文書は、21世紀になってもその殆どが解読されてはいない。 -
イチオシ
サポテカ人とミシュテカ人が作ったモンテ・アルバン遺跡での滞在はきっかり3時間。
付属博物館を見ていたらアッと今に時間は帰りのバスの時間の10分前となってしまい、慌ててバス乗り場へと走る羽目になった。
やっぱり、遺跡滞在3時間のスケジュールは厳しかった。
そして、そのあと15:30に私がいたのはオアハカの中心部にあるIglesia de Santo Domingo(サントドミンゴ教会)の前にある広場。
この教会の北にはモンテ・アルバン遺跡から出土した発掘品がたくさん置いてあるオアハカ文化博物館があるという事で、博物館に行きたくてバス停から歩いてきた(所要15分ほど)。
でも、教会の北にあるのは大きな公園でどこにも博物館なんてなかった。
ガイドブックの位置記述に誤りがある可能性もあったので、まずは周りを歩いて探してみることに。マヤの生命の樹とキリスト教/サントドミンゴ教会 by ウェンディさんサントドミンゴ教会 寺院・教会
-
クリスマス休暇の最中という事も有り、教会の周りの広場には地元の人が沢山。
それみこして、彼方此方で青空マーケットが店を広げていた。 -
色とりどりのピーマンや、トマト、そして大きくなり過ぎたキュウリみたいな瓜。
様々な種類の野菜があった。
この日は昼食も食べずに遺跡見学をしていたのでお腹がペコペコの私は、売り子のおばちゃんにトマト一ついくら?と声をかけたのだが、おばちゃんは、1つならただで良いよ。と言ってくれた。
おばちゃん、Gracious! -
青空市場にはお菓子やフルーツの屋台もあり、カップ・フルーツも買い食い。
私の好き真赤なドライ・チリの屋台もあった。 -
こちらのおばさんもチリを綺麗に飾りつけして販売中。
乾燥した唐辛子ならば重くもないので、自分用のお土産に良いかな…なんて思い、私はチリ・売りのおばちゃんに「どれくらい辛いの?」と声をかけた。
おばちゃんは笑いながら爪楊枝にチリを一つ刺して、私に渡してくれた。
そして、その時、私は自分の大きなミスに気が付いた。 -
イチオシ
先ほどから私が乾燥唐辛子(ドライ・チリ)だと思って眺めていた赤い物体の山。
それは、唐辛子なんかじゃなかった。
それは…何かの幼虫を唐辛子ペッパーにまぶして炒った、オアハカ人のローカル・スナック:蟲だった。
そのことに気が付いた時の私は、多分顔面蒼白だったと思う。 -
でも、おばちゃんから蟲を受け取ってしまった以上、ソレを口にしない訳にはいかない。
ここで怖気づいたら日本女子の名を汚してしまう。
大和撫子の度胸のみせどころ。
この赤い塊を口に突っ込み、噛まずにゴクン。
味なんて全く分からなかった。
ただ感じたのはのは、唐辛子の鼻に抜ける風味だけ。
おばちゃんには「ちょっと辛いわ・・」と言って足早にその場を去り、建物の角を曲がったところで、ペットボトルの水をがぶ飲み。
殆ど500mLを一気に飲みきった。 -
そんな風にお店を冷やかしながら歩き、教会の北側にあるという博物館を探していたのだが、結局、教会を囲む1ブロック分の道路の周囲を一周してまた教会前の広場に戻ってきてしまった。
博物館が何処にあるのかは結局は分からなかった。
こんな時は地元の人に教えてもらうのが一番と思い、そこらへんに居る人に道を聞くと、地元人の彼が指すのは教会の建物。
私も教会は分かっているけど、教会ではなくオアハカ文化博物館に行きたいともう一度言うと、彼は私の手を引っ張って、教会の向かって左側(つまり北面の壁)の方向へと連れて行ってくれた。
ここで、私も「教会の北に博物館がある」というガイドブックの表現の本当の意味を理解した。
そこの文章が意味するのは、教会の建物の北部分に博物館が同居しているという事で、教会の建物の更に北方向に博物館の建物があるという意味ではなかったのだ。
確かに、教会の向かって左側をよく見ると、緑色の看板がかかっていて博物館の入口っぽい雰囲気かも知れない。 -
教会の中にある博物館にはサポテカ文明、ミシュテカ文明の遺跡から出土した様々なモノが展示されていた。
そんな中でちょっと珍しかったのは、猿の神様の像。
今まで見てきた他の文明では、猿をモチーフとした像は見かけなかった気がする。ヒスイの髑髏はオーパーツではありません!クリスタルスカルとは別物です。 by ウェンディさんオアハカ文化博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
博物館では、古い文書を保管した図書館も一般公開されいる。
羊皮紙の様な本当に貴重な本は鍵のついたガラスケースに入れて触れなくなってはいたが、日本だったらまず一般人が見ることのできないような貴重な書類が沢山あった。 -
博物館の入口はサントドミンゴ教会の北側部分だったが、建物自体は教会前の広場に突き出すように建てられて、博物館の廊下の窓から教会の姿を眺めることが出来た。
その教会の入口をみると、先ほどまでは閉じられていた門が開き、おおぜいの観光客が出入りしている。
サントドミンゴ教会では信者専用のお祈りの時間と観光客が入場して良い時間が分けられていて、観光客が入れる午後の時間帯は16時から20時までだ。
私も行かなくっちゃ! -
メキシコの教会は総じて装飾が煌びやかなことが多いのだが、サントドミンゴ教会も例外ではなく、天井も壁もその一面が金銀で飾られていた。
モンテ・アルバン遺跡を墓地として利用していたミシュテカ人の金細工技術が継承されて、教会の装飾技術へと応用されているのかもしれない。 -
サントドミンゴ教会の見所は生命の樹を浮き彫りにした天井装飾。
-
彫金された生命の樹には、聖人たちがたわわに実り、その周りに赤い宝石がちりばめられるように配置されていた。
きっと、この部分だけで物凄い資産価値なのだろう。 -
そんな教会の中は観光客で溢れていて、私ももっとゆっくりと教会に滞在したかったのだが、そうは行かない状態が私の体に起き始めていた。
初めは気のせいかと思っていたのだが、体が異様に痒い。
痒みは下肢に始まり、上肢、そして腹の柔らかい部分へと徐々に広がってきていた。
原因として考えられるのは、先ほど口にした赤唐辛子みたいなアイツ、または昨晩利用した夜行バスか。
アレルギーか、ダニか…。
ともかく、宿に戻り全身をチェックするのが優先事項。
教会の見学は中途半端な状態だったが諦めて、通りにでてタクシーを拾い、宿へ戻りバスルームで全てを脱ぎ捨てて、ともかくシャワーを浴びてから全身をくまなく確認。
痒みを感じていた場所には小さなぶつぶつが出来ていて、虫刺されの様な突起もあるが、全てではなかった。
原因は特定できなかったが、ともかく冷たいシャワーを浴びたことで痒みは収まった。
痒みの原因としてダニが原因の可能性も否定できなかったので、着ていた服は下着を含めて全て廃棄処分。
ちょっともったいなかったが、洗濯をしても明日の夜までに乾かないので、洋服は諦めた。 -
そんなこんなで中途半端となってしまったオアハカの町散策だったが、宿で暫く痒みが完全に落ち着くのを待ってから再開。
時刻は19時。
昼間、八百屋さんで賑わっていた路地にはもう野菜売りの姿はなく、代わりにそこでお店を広げていたのはタコス屋さん。 -
お肉を炒める香ばしい匂いにつられて、ついつい屋台に引き寄せられる。
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価格表を見ると、タコス5個で40ペソ(約320円)。
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イチオシ
私がメニューを見上げていたら、長椅子に座っていたオジサンが座りなよ。と一人分のスペースを作ってくれたので、成り行き場、ここでタコスを食べることに。
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メニューに書いてあるものが何なのか微妙に分からなかった(多分モツ系の肉)ので、隣のオジサンにどれが美味しい?と聞いたら、自分のタコスを指したので、私も同じものをオーダー。
そして、出てきたのがこちら。
さっきの赤い物体の件で懲りたのかと思いきや、数時間過ぎたらまた屋台で現地の方と同じものを食べるとは、私もかなりチャレンジャーだなぁと思いつつ、タコスを口にしたのだが、コレが美味しかった。 -
決して衛生的な環境で料理されてはいないのだろうが、トウモロコシで作られたタコスの生地の上に香草とちょっと癖のあるお肉たち。
味付けはそんなに強くは無かったので、目の前のチリソースをタラリと回しかけて食べた。
日本では食べたことが無い味だったが、一皿をぺろりと食べた私は調子に乗って、もう半皿をオーダー。
この日の夜、お腹が痛くなったかって?
・・・そんなことはなく、夜は熟睡。
私はどこの土地に行っても、生きていけそうだ。
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この旅行記へのコメント (16)
-
- muさん 2017/12/09 15:56:45
- 拍手です
- ウェンディさん、こんにちは!
メキシコシティまでのANA直行便が就航してから
一度は行って見たいと思っているメキシコ
でも敷居が高いビビりな私です
マーケットでの何かの幼虫・・・・
素晴らしい度胸に拍手です(^_-)-☆
中国などでもサソリの串とかありますよね・・・
この幼虫、何の幼虫なんだろう・・・!
テレビとかでは、たんぱく源なんだとか!
その後の体の変調・・・咄嗟の判断、
すぐにホテルに帰って、
冷たいシャワーで痒みがましになって、
その後発疹がひどくならなくて良かったです
タコスがとっても美味しそう~~☆彡
海外の屋台などのお料理を頂くのは勇気がいりますが
一度ハマったらもう、楽しくてやめられませんね(笑)
mu
- ウェンディさん からの返信 2017/12/10 20:15:36
- RE: 拍手です
- muさん こんにちは。
今回の旅行記で、私の口に入った幼虫さんは現地ではgusano(グッサーノ)と呼ばれています。
グッサーノは一般的にはイモムシの総称ですが、オアハカでグッサーノと言えばメスカル酒(テキーラみたいなお酒)の原材料となる竜舌蘭(リュウゼツラン)のみを食べるイモムシの事を指します。
オアハカはメスカル酒の産地でリュウゼツランが多く栽培されているので、そこにつくグッサーノも沢山とれ、この種のイモムシさんがスナックとして食べられるようになったようです。
因みにオアハカでは、グッサーノ入りの塩も普通に売られていました。
乾燥したイモムシの粉末が塩にまぶしてあり、メスカル酒を飲む時にライムにその塩を付けて口の中にきゅっと絞り、メスカル酒をぐびっと口に含むと口の中で酸味と塩分、そしてアルコール度の高いメスカルが混じりあい、爽やかな風味になります。
私自身もそんな風にしてメスカル酒を試してみましたが、結構おいしく感じました。
(蟲入りの塩・・・という点は気にしないことにして・・・)
メキシコは一般的にはちょっと怖いイメージがありますが、危険な場所は国境地帯の一部だけなので、観光であればお気楽に旅が出来る国です。
muさんもメキシコに行くことがあったら、是非、色々味わってみてくださいね。
屋台の蟲さん達はあんまりおすすめ出来ないですが、屋台のタコスもメスカル酒も美味しですよ。
ウェンディ
-
- 鼻毛マンさん 2017/11/17 07:54:29
- あー ダメですー 噛まなきゃー
- ウェンディさん。おはようございます。
試食蟲の旅行記見ました!
ちゃんとよく噛んで食べないとダメですよー。
そいえば、むかしテレビで、日本に来た留学生が、焼きうどんにかけられていたかつお節を箸で一生懸命に刺し、刺しても刺しても死なないって言っていたのが凄く印象的でした。
来週は4連休とって、ホイアンに行くぞーっ!
- ウェンディさん からの返信 2017/11/17 22:52:38
- RE: あー ダメですー 噛まなきゃー
- むかしむかし、まだ仔猫だったころ、食事はよく噛んで食べなさいと祖母に食事のたびに言われていました。
素直な私は祖母の言葉に従い、よく咀嚼してから食べ物を飲み込み、食事に人の倍の時間がかかっていました。
そんな私が小学生になり、ぶち当たったのが給食の壁。
学校の給食時間は食べ終わりの時間が決まっていて、たしか13時までに食べ終わるのがルールだった気がします。
でも、食べ物をシッカリ噛む私が13時に食べ終えることはなく、小学校に入学したころは何回も食事時間をオーバーしていました。
でも、そんな私が変わるきっかけとなったのも、給食でした。
学校給食では毎日、大なべの底に少しずつ余りが出て、早く食べ終わった人が早いもの勝ちでお替りできるという暗黙のルールがありました。
食べるのが遅くとも育ちざかりの仔猫であった私は、そのお替りの分が欲しくてたまりません。
どうしたら、あのお替りを貰う事が出来るのかを小さな頭脳で考え抜き、出した答えが早食い。
人より早く食べることが出来れば、美味しいカレーもシチューもハンバーグも肉じゃがも私のモノ♪。
その時以来、私は人よりも食べるのがかなり早いです。
オアハカでの真赤な蟲さん達。
噛んでいたら美味しかったのかも知れませんが、三つ子の魂何とやらで、ついつい早食いの癖で丸呑みとなってしまいました。
次回は、落ち着いて食べて味わってみますね。
鼻毛家の秋旅はホイアンですか。
ベトナムは料理も美味しいし、素敵な旅になりそうですね。
私のイメージでは昆虫食も有りそうな気もしますが、是非様々な食事を含め楽しんでいらしてくださいね〜。
ウェンディ
-
- ねもさん 2017/11/03 15:07:23
- 好奇心の塊(^o^)
- ウェンディさんはまさに旅人ですね! 尊敬のまなざしです。
虫は超盛り上がれる話題? 日本でも一昔前は、イナゴとか蜂の子とか食べましたね。でもレベルが違います!?
私は平成元年に静岡に来ましたが、前世紀には地元の集まりに参加すると結構イナゴの佃煮が出ました。殻つきの小エビのような食感でした。
でも食べる人は少なく(私もお義理、苦笑)、だいたい残ってしまうので、この10年くらいはあまり見ませんね。
ウユニ塩湖の今についてのコメントありがとうございました。訪ねてみたい気持ちは変わりませんが、またご意見聞かせてください。
- ウェンディさん からの返信 2017/11/04 10:40:47
- RE: 好奇心の塊(^o^)
- ねもさん こんにちは。
日本にも昆虫食をローカル・フードとする地方がありますね。
イナゴなどは、私が子供の頃は、普通にスーパーで売っていたのを覚えています。
祖父母と暮らしていたころ実家(新潟県)では、食卓に自家製のイナゴの甘く煮たもの(砂糖醤油煮かな?)が出ていたことがありました。
祖父母はイナゴ煮を美味しそうに食べていましたが、私と母はドン引き・・・でした。
友人の話では、長野県では蜂の子を生のまま食する習慣があり、今でも八百屋さんの店先でスライスした蜂の巣(生きている蜂+生きている蜂の子入り)が売られているそうです。
友人が子供の頃(40年位前)は、お母さんがお茶を飲みながら、食卓の上に置いてある蜂の巣の中で蠢いている蜂の子を、爪楊枝で刺して食べていたそうなので、日本における昆虫食の文化も奥が深いですね。
ウェンディ
-
- スイカさん 2017/11/03 09:16:51
- 虫が3つで。。。
- こんにちは、ウェンディさん
飲み込みましたか。。。(^_^)/
思い出したくないでしょうが、中身は柔らかかったのか(まだ未乾燥)気になります。
ところで、虫が3つで。。。てっきり本文で注釈(読み方・意味)出てくると思ったら、ありませんでした。
仕方がないので「虫が3つ 読み方」で検索しましたよ。「むし」でした。
皆さんご存知なんでしょうか。(検索結果には1949以前の表記とあり(^_^;))
ウェンディさんが1949以前に該当しないことは旅行記の写真から明らかですが、私はなぜ「虫3つ」を使ったのかがとても気になります。
(中国では金3つの文字(XIN)が名前とかによく使われています。店の看板に多いです。余談ですが、私も先日昆虫食の店(蠍、ムカデ。。)に行きました。一番食べやすそうな海馬(タツノオトシゴ)を食べました)
- ウェンディさん からの返信 2017/11/04 10:29:23
- RE: 虫が3つで。。。
- スイカさん こんにちは。
私の年齢詐称疑惑を払拭する必要がありそうですね。
「蟲」の漢字ですが、小説などで比較的よく見る字体だと私自身は思っていて、虫が一匹ではなく、山の様に沢山いる時の表現などに私は用いています。(マヤ文字同様の表意文字として)
私の勝手なイメージでは、中国漢字での金×3は【お金が増える】、金×4は【ガッポガッポ儲かる】と想像していますが、実際は中国ではどの様な意味で使われているのでしょうか。
旧字体の「蟲」ですが、その昔はいわゆる昆虫は蟲と書き、虫と言えばマムシの類を表す言葉だったみたいですね。
初めてこの事を知った時、だからマムシは蛇なのにムシという語尾になるのか…と納得したモノです。
オアハカでの飲みこんだ真赤な蟲の食感ですが、全く噛んでもいないので分かりません。
でも、売り子のおばさんはビニル袋に入った蟲をパリパリ音をたてて食べていたので、多分、沢蟹のから揚げ的な食感なのではと想像できます。
スイカさんは、タツノオトシゴですか。
タツノオトシゴは触ったことが無いので分からないのですが、揚げたらカリカリ系になりそうなので、私でもチャレンジできそうです。
ウェンディ
- スイカさん からの返信 2017/11/04 12:23:25
- RE: RE: 虫が3つで。。。
- 金×3は仰る通りたくさんお金が入るということです。
金×4なんてあるんですか?
中国人は「無い」と言ってますけど。
中国人はとにかく数字にこだわります。(携帯の番号も選ぶ(選べる)のです)
8と6が好きだそうです。4はダメ。だから、携帯(番号)を契約するとき選択可能な番号リストには4系が余っています(^_^)
スイカ
- ウェンディさん からの返信 2017/11/04 18:21:03
- 金が4つは創作文字
- > 金×3は仰る通りたくさんお金が入るということです。
> 金×4なんてあるんですか?
金×4は私の創作文字です、中国だったらありそうかと思って。
日本では車×3で轟(とどろき)ですよね。
もし、天を切り裂くような轟音を表す表現を私が作るとしたら、車×4かな・・と思います。
> 中国人はとにかく数字にこだわります。(携帯の番号も選ぶ(選べる)のです)
> 8と6が好きだそうです。4はダメ。だから、携帯(番号)を契約するとき選択可能な番号リストには4系が余っています(^_^)
日本でも車もホテルの部屋番号に4号室はないことは多いですね。
中国の方ほどではないですが、4や9は【苦しむ】につながるから嫌がる方も多いと聞きます。
数字の吉兆も国それぞれで面白いです。
-
- こあひるさん 2017/11/02 10:44:16
- 驚きの連続
- ウェンディさん、こんにちは。
毎度、わたしの知らない・・・行けないだろう世界を見せてくれて面白く拝見しています。
メキシコの古代文明は謎が多いだけに、その文明の中身には驚かされますね。絵などについては、ウェンディさんに説明されないと、そう見えないようなものがほとんどで、へ~ぇ、そんなことを描いているんだ・・・と驚きながら見せて頂いています。勉強せずに行ったら、あまり面白くないんだろうなぁ・・・とも思います。踊る人が、実は拷問で苦痛に耐える人だとは・・・ビックリ・・・でも、ますます古代文明に興味がわきますね。
赤い唐辛子ならぬ・・・蟲は・・・どうみても唐辛子に見えちゃいますよね・・・虫が超苦手なわたしからみたら、蟲でも、蜂でも(日本でも食べる地方ありますよね)同じようなもんで・・・とてもじゃないけれど、ムリ・・・です(苦笑)。
アレルギー(?)にも、さすがの素早い判断で、酷くならずよかったですね。ダニなんでしょうかねぇ・・・。
続きも楽しみにしています。
こあひる
- ウェンディさん からの返信 2017/11/02 23:19:41
- RE: 驚きの連続
- こあひるさん こんばんは。
メキシコ旅は一人旅だったので、後さき考えずに自分の行きたいところ、やりたいことをこれでもか!!!と詰め込んだ旅となりました。
だから、訪れた場所も一般的な観光地からちょっとマニアックな場所まで様々で、更に好奇心の固まりの私のやることは、あとで落ち着いて考えればちょっと無謀だったかもと思い得ることも多々ありました。
もう2年前のメキシコ旅なので、今では笑い話のネタですが、普通に考えたら、幼虫を炒ったのはさすがに口にしないですよね。
私自身もこあひるさん同様に虫は苦手で、特に蝶とか蛾は半径1mには居て欲しくない存在です。
でも、コスタリカ旅に於いて自然の中でかなり色んな虫に慣れて、鱗粉を持たない虫ならばかなり平気になりました。
メキシコの古代文明は欧州人に発見されたのがつい500年ほど前なので、まだまだ最近に滅亡したばかりなのですが、使われていた文字が各文明で共通ではなく、更にその文字のルールも複雑すぎてナカナカ解明が進まないみたいです。
故にその分、妄想、空想、憶測が浮かび、たまにとてつもないトンデモ説が出てくるのでしょう。
でも、そんなところもまた、浪漫だったりしますネ。
ウェンディ
-
- きなこさん 2017/10/31 15:41:12
- 赤い色は美味しい色?
- こんにちは~
赤い色の正体は・・びっくり!
私も辛い物大好きだから興味を持って近づいていたかも
水で流し込んで終わりかと思いきや又しても遭遇するなんて
祭壇
ペトラの犠牲の祭壇もあんな感じでしたよね
段々になっていて
遥か昔の人はそんな事を日常にしていたのですね
動物界で一番残酷なのは人間って言いますものね
- ウェンディさん からの返信 2017/11/01 00:09:50
- RE: 赤い色は美味しい色?
- きなこさん こんばんは。
辛いモノ好きとしては、真赤なチリ・ペッパーみたいなものがバケツに山盛りになっているのを見たら、どの位の辛さなのだろう?って思ってしまいますよね。
私もそんな一人で、唐辛子で赤く着色された芋虫さんたちをドライ・チリと勘違いしてしまい、久しぶりに凄いものを食べてきました。
虫さんは丸のみにしてしまったので食感等は分かりませんでしたが、翌日の朝に訪れた市場のおばさんはビニル袋に入れた赤い虫の中に手を突っ込んでパリパリと食べていたので、おそらくチップスみたいな食感なのかもしれません。
メキシコの古代文明はまだ解明されていない部分が多く、ミステリーが沢山隠れています。
今回の旅行記で紹介したサポテカ文明もミシュテカ文明も、石碑に刻まれた文字の解読が殆ど進んでおらず、遺跡の説明もそんなには詳しく書いてありませんでした。
写真で紹介した祭壇、確かにヨルダンのペトラ遺跡で見た祭壇にも似ていますね。
宗教は異なれど、人間の考えることは似ているのかもしれません。
ただ、メキシコの古代文明の場合は生贄に人間を惜しみなく使うところが他の古代文明とはちょっと異なるところで、文明によりますが現在のメキシコシティのある場所の基礎となったアステカ文明では、1回の儀式で数百人が神への供物として捧げられたとのことなので、きっと物凄い大きな祭壇があったのでしょう。
人間は優しくもなれる生き物ですが、宗教が絡んでくると非情になるのは昔も今も変わらないようです。
ウェンディ
-
- fujickeyさん 2017/10/31 14:09:09
- 良かったというか、なんというか・・・
- ウェンディさん、こんにちは。
母さんの1人旅シリーズ、面白いです。
でもどの旅行記をみてもウェンディさん、逞しすぎる!!
覚悟して読み進めた蟲は思いのほか衝撃的な映像ではなくてホッとしました。
(もう少し生々しい系か丸々コロンとした姿を想像していたので・・・)
大和撫子魂、しかと見届けましたよ。
それよりも謎の痒みを発症した時に服を捨てるって判断が潔くて驚きました。
背に腹はかえられぬって感じでしょうか。。
fujickey
- ウェンディさん からの返信 2017/10/31 23:05:00
- RE: 良かったというか、なんというか・・・
- fujickeyさん こんばんは。
メキシコ一人旅の第六弾はオアハカ編となりました。
東南アジアから中国辺りを旅する時は、昆虫のから揚げなども目にするので昆虫食には結構免疫を持っている筈だったのですが、まさかのオアハカのローカル食に虫の幼虫を炒ったものがあるとは知らなく、あの赤い山盛りのバケツが全て蟲と知った時は、驚きでした。
更に、その幼虫を赤唐辛子と勘違いした私は、味見用の蟲を貰ってしまい、どうしましょう!!の状態。
郷に入れば郷に従えが私の旅のモットーなので、噛まずにいただきましたが、メキシコにも昆虫食があったとは…ビックリでした。
(日本は長野県が昆虫食で名を知られていますね)。
あの唐辛子味の幼虫たちですが、多分ですがリュウゼツランに生息するボクトウ蛾の幼虫(メキシコではグッサーノと呼ばれています)だと思います。
この旅行記の翌日に、メスカル(メキシコ産テキーラ)蒸留工房へと行き、あの幼虫を粉末にして塩と混ぜ、テキーラの肴にして飲む飲み方を教わりました。
虫を塩に混ぜると塩にコクが出るというのは、私も初めて知りました。
またその様子は次の旅行記で紹介しますね。
そして、体が痒くなった後の洋服の件ですが、私が旅に持っていく洋服は最悪、現地で処分出来る様なモノを選んで持っていきます。だから現地でつける多少の油汚れも気にしませんし、道路にだって平気で座ります。
今回は、半袖シャツを必要とする地域の残りの旅日数が翌日の1日だけだったことと、ダニの場合は他の綺麗な状態の服への汚染も考えられたため、潔く処分することにしました。
あの痒みが、虫を食べたことによるアレルギーだったのか、夜行バスでダニを拾ってきたのかははっきりとはしませんでしたが、私的にはダニの可能性が強いと思っています。
だって、翌日に粉末状の蟲塩を食べても全然平気でしたから。
母さんの一人旅シリーズの第7編は、メキシコ人ツアーに紛れ込んだ母さんの話です。
遺跡、酒、石崖が作る不思議な絶景を紹介したいと思っているので、出来上がった頃にまた、読んでいただければ嬉しいです。
ウェンディ
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