2017/09/21 - 2017/09/21
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小谷城紹介の続きです。小谷城の天守が長浜城に、そして彦根城の西の丸三重櫓として移築されたと伝承されていましたが、現在のところ確実な証拠は見つかっていません。(ウィキペディア)
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左側に見える道案内標識には、『至赤尾屋敷、160?』の文字がありました。既に屋敷は無くなっているようでした。浅井家当主からの信頼がとりわけ厚く、小谷城内の防衛の要所に赤尾曲輪と呼ばれる居館を持ち、そこに在番していたのは、赤尾清綱(1514~1573年)とされます。(同上)
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『赤尾屋敷』のタイトルがあった説明立看板の光景です。本丸に最も近い場所にある家臣の屋敷で、浅井長政が切腹した屋敷でもあることから、赤尾家が浅井家の重臣であったことが裏付けらます。赤尾家当主の小谷城の戦いに敗れ捕虜となり、織田信長の目前で赤尾清綱は切腹したとされます。(同上)
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大きな石が固まって置かれ、その傍に説明立札があった場所の光景です。立札には、『黒金門跡』の文字がありました。『黒金』とは鉄のことです。『赤金』ですと、銅のことになります。(同上)
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『黒金門跡』のタイトルがあった説明立看板の光景です。大広間の入口に設けられた重要な門と説明されていました。『黒金門』は、『鉄を打ち付けた門』とも紹介されていました。(同上)
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『黒金門跡』に残されていた石段の光景です。これまでに何度か紹介したイラストには、石垣と土塁で囲われた『大広間』の入口には石段が設けられ、その上に『黒金門』が記されていました。(同上)
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黒金門に向かって、左手の小高い場所にあった大きな石碑の光景です。『尾谷城址(碑)』らしい題字がありました。書き出しの文字は、『正二位勲一等・公爵徳川家達・篆額』でした。家達公は、16代徳川家当主で、第4代から第8代までの貴族院議長、ワシントン軍縮会議全権大使、1940年東京オリンピックの組織委員会の委員長などを務めました。(同上)
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イチオシ
右側に、『浅井家及家臣慰霊塔』の文字が刻まれた石標があった、五輪塔の光景です。昭和47年(1971年)に建立されました。(同上)
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『浅井家及家臣慰霊塔』の中央に置かれていた五輪塔のズームアップ光景です。五輪塔は、仏塔の一種で、五輪卒塔婆、五解脱輪塔とも呼ばれます。経典の記述に基づき、日本で考案されたものと考えられています。下から方形の地輪:(ちりん)、円形の水輪(すいりん)、三角形(または笠形、屋根形)の火輪(かりん)、半月形の風輪(ふうりん)、宝珠形または団形の空輪(くうりん)により構成されます。上から空、風、火、水、土の文字は、梵字で刻まれていました。(同上)
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大河ドラマ、『江(ごう)~姫たちの戦国』の撮影記念のパネルです。第一話が、長政とお市が小谷城から琵琶湖を眺める場面だったようです。2011年1月9日から同年11月27日まで放送された、NHK大河ドラマ第50作です。(同上)
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琵琶湖方面を含めた見晴らしのよい場所に設置されていた写真パネルの紹介です。図中に番号が付され、その説明がされていました。(同上)
①伊吹山:岐阜県と滋賀県の県境の山
②大依山:合戦を前に浅井・朝倉郡が軍議を開いた場所
③横山:小谷の支城の横山城がある山
?国道365号線:伊吹山南麓から関ヶ原へ向かう道 -
纏めて紹介する写真説明パネルです。(同上)
①彦根城の遠望
②長浜城があった場所
③小谷城内の曲輪、御馬屋跡 -
同じく、纏めて紹介する写真説明パネルです。(同上)
①虎御前山:信長の小谷城攻めの拠点
②竹生島:琵琶湖に浮かぶ神の島
③山本山:小谷城の支城の山本山城がある山
?古保利古墳群:峰上に古墳130基以上
?丁野山:小谷城の支城の丁野山城と中島城がある山
?山崎丸:小谷城の曲輪 -
南側に近い方面の光景だったようです。左右に長く伸びている道路は、国道365号線のようです。伊吹山の麓を通って関ヶ原方面に通じます。右奥に琵琶湖の端の方が見えています。(同上)
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手前の樹木に視界が遮られ、あまり眺望やよくありませんでした。西南方面の光景だったようです。なだらかな山の尾根が続いていました。(同上)
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左上付近に見えるのが、琵琶湖に浮かぶ竹生島です。その左が山本山、山本山の手前が丁野山です。(同上)
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見晴らしのいい場所から、思い思いに眺望を楽しまれていた、ツアーに参加の皆さん達です。時刻は午後の2時を少し回ったところです。(同上)
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『桜馬場跡』のタイトルがあった説明立看板の光景です。御馬屋の上方、大広間の前にある、左右二段の細長い曲輪と説明されていました。西側の曲輪からは、建物礎石が検出されているようです。(同上)
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『桜馬場跡』周りの光景です。琵琶湖方面の眺望を楽しんだ後、本丸方面に向かいました。本丸の手前にあるのが大広間です。前方に見える石段と石組跡は、その入口(虎口)になる『黒金門』です。(同上)
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『大広間跡』のタイトルがあった説明立看板の光景です。別名、『千畳敷』と呼ばれる、長さ85メートル、幅35メートルの敷地です。建物跡、鞍後、井戸跡などが発掘調査で検出されています。(同上)
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イチオシ
『千畳敷』とも呼ばれる、『大広間跡』の光景です。中央前方には、約4メートルの高さの石垣が積まれています。手前に見えるのは、建物跡の土台石です。(同上)
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上面が平らな、建物跡の土台石のズームアップ光景です。見た感じでは、発掘調査をしなくても、そのままの状態で確認できたように思えました。数多くの土台石が並んでいました。(同上)
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『千畳敷』とも呼ばれる、『大広間跡』の端の方の光景です。近くでの確認はしませんでしたが、大きな石碑のような光景がありました。(同上)
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『本丸』のタイトルがあった説明立看板の光景です。石垣を巡らした高さ12メートルの場所にあった、30メートル*25メートルの広さの本丸は、浅井長政が居住していた場所と説明されていました。その天守は、彦根城西の丸の三重櫓として残されているようです。(同上)
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先程の立看板の下に、『大堀桐雄趾、中の丸跡』と記されていた方面の光景です。草原の中に、細い通リ道がありました。(同上)
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『本丸』と『大広間』の題字が付いた、絵図と説明文が記された説明パネルの光景です。『大広間』には六つほどの建物が、『本丸』の天守台には、多層の建物が記されていました。(同上)
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次に向かったのは『本丸』です。小谷城の天守は秀吉に与えられた長浜城に、そして彦根城の西の丸三重櫓として移築されたと伝承されています。1955年(昭和30年)の解体修理ではそのような形跡は発見されませんでした。これは、1853年(嘉永6年)に8割近くが大修理されていて、築城当時の建築物は発見出来なかった可能性もあります。(同上)
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『本丸』に向かう、ツアー参加の皆さん達です。『本丸』の東西の裾には土塁があり、本丸下の千畳敷曲輪方向には石垣が築かれています。この写真の左側に石垣の一部が見えていますが、石垣は後ほど紹介します。(同上)
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イチオシ
『本丸』に到着しました。江戸時代中期の小谷城古絵図には、『本丸曲輪』は『鐘丸共』と記載されていますので、鐘丸として機能していたようです。二層天守が築かれていたとする説もあります。(同上)
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周りが木々で囲われているというより、中心部分の木々が切り払われたような『本丸』の光景です。南北40メートル、東西25メートルの本丸の規模です。上下二段から成り立っています。(同上)
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本丸から眺めた、『大堀切』の光景です。本丸の北側にある、深さ10メートル、幅15メートル、長さ40メートルの大規模な堀切です。現在の本丸の一番の見所です。(同上)
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