2017/09/21 - 2017/09/21
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旅人のくまさんさん
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バスツアーに参加しての、姉川の戦いの古跡巡りです。元亀元年(1570年)6月、姉川を主戦場に、総勢約2万5千人の織田・徳川連合軍と、総勢約1万3千人の浅井・朝倉軍が戦いました。(ウィキペディア)
- 交通手段
- 観光バス
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バスツアーの古戦場とお城巡りに参加し、名古屋駅前を観光バスで出発し、小休止に立寄った道の駅、『浅井三姉妹の郷』です。滋賀県長浜市内保町に位置する、目的地の近い場所でした。(同上)
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道の駅、『浅井三姉妹の郷』の建物光景です。オフィシャルサイトを覗いてみましたら、2017年3月に供用開始されたばかりの道の駅でした。(同上)
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お市の方と、その三姉妹の像です。お市の方は織田信長の妹で、政略結婚で浅井長政に嫁ぎましたが、夫婦仲な仲睦まじかったと伝わります。(同上)
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イチオシ
お市の方と、その三姉妹の像のズームアップ光景です。この親子像は、お市の高の最後の地となった北庄城(福井城)でも昨年6月に目にしました。(同上)
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ブロンズ像の台座にあった、『お市の方と浅井三姉妹』のタイトルがあった説明パネルです。『小谷城落城の前夜、浅井長政公はお市の方と三姉妹を逃し、長政公の姉が実宰院で匿った』との伝承を紹介していました。信長の妹と、その娘達ですから、信長が保護することがあっても、粗略にはしなかったはずです。(同上)
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道の駅の売店光景です。レジの後ろに、『浅井三姉妹の郷』の表示がありました。お土産品を含め、地元産らしい品が豊富にありました。(同上)
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同じ構内にあった、別の建物の光景です。入店はしませんでしたが、まだカーテンが閉まっていました。レストランは、先程と同じ棟に『浅井屋』の看板のお店がありました。(同上)
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小休止を終えて、最初の見学地に到着しました。道の駅から至近場所でした。その付近の道路標識です。この通りは37号線で、国道8号線まで5キロの距離表示でした。最初の見学地は、信長が本陣を構えた小高い場所の竜ヶ鼻です。(同上)
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元亀元年(1570年)6月21日、小谷城まで進軍した織田勢は城下町を焼き払い、小谷城から南西2キロの地点にある、虎御前山に陣を構えました。それでも浅井軍は小谷城を出ませんでした。信長は作戦を変更し、横山城を攻撃するため虎後前山を引き払い、横山城を包囲しました。信長は、浅井側の小谷城と横山城の間にある、竜ヶ鼻に5千の兵で本陣を構えました。その場所です。(同上)
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標高30メートルほどに見えた、竜ヶ鼻の前を流れる川です。『春近川』の標識がありました。長浜市の春近町に因む名前のようでした。(同上)
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イチオシ
『春近川』の畔で咲いていたヒガンバナ(彼岸花)の光景です。今年(2017年)の秋のお彼岸は次の通りでした。(同上)
〇9月20日(水):彼岸入り
〇9月23日(土・祝):中日(秋分の日)
〇9月26日(火):彼岸明け -
竜ヶ鼻に登る前、現地ガイドさんの説明を聞く皆さん方です。現地ガイドさんは、従来の説に加え、最新の研究成果による新しい見解も織り交ぜながら説明してくれました。(同上)
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イチオシ
時間がありませんでしたから、歩きながら斜め前からの撮影になりました。『姉川の合戦とその周辺の歴史3・龍ヶ鼻の曲輪群(東上坂町)』のタイトルでした。元亀元年(1570年)、織田信長や徳川家康が陣を敷いた場所と紹介されていました。(同上)
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『茶臼山古墳登り口』の文字が刻まれた石標の光景です。前方後円墳の型が茶臼に見えることから、全国各地に同名の古墳があります。(同上)
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『県指定史跡、茶臼山古墳』のタイトルがあった説明看板です。全長約95メートル、4世紀後半の前方後円墳と紹介されていました。長浜平野、及び湖北一帯を統治した地方豪族の首長の墓と推測されていました。(同上)
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竜ヶ鼻へ向かっての登山開始です。登山といっても、僅か数十メートルの丘ですから、5分はかからなかったようです。(同上)
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後方を振り返っての撮影です。右側が竜ヶ鼻になります。足元には、今年実ったドングリがあちこちに落ちていました。それを記念に持ち帰る人もいました。(同上)
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『李王垠殿下御台臨・姉川古戦場御覧之處・昭和6年5月19日』らしい文字が刻まれた石碑の光景です。李垠(リ・ウン:1897~10970年)は大韓帝国最後の皇太子で、日本の王族でした。その妃は日本の梨本宮守正王の第一女子の方子(1901~1989年)さんです。ソウル市内の世界遺産・昌徳宮(チャンドックン)に住まわれ、1970年(昭和45年)、李垠と死別しました。障害児教育に取り組まれ、1989年(平成元年)4月に逝去、享年87歳でした。葬儀は旧令に従い、韓国皇太子妃の準国葬として執り行われ、日本からは三笠宮崇仁親王夫妻が参列しました。後に韓国国民勲章槿賞(勲一等)を追贈されました。(同上)
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龍ヶ鼻から眺めた北部方面の光景です。6月26日、虎御前山を引き払い、無事に陣替を完了し横山城を包囲した織田信長に、三河国から徳川家康の援軍5千が合流しました。(同上)
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同じく、龍ヶ鼻から眺めた、東寄りの北部方面の光景です。織田信長が率いた軍は約2万人、その主な武将は、柴田勝家、佐久間信盛、森可成、丹羽長秀、池田恒興、佐々成政と木下藤吉郎の錚々たる顔ぶれです。(同上)
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三河から家康が率いてきた兵は約5千、その主な武将は、酒井忠次、本多忠勝、榊原康政や石川数正です。こちらも歴史に名を遺した武将達です。(同上)
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龍ヶ鼻から眺めた、小谷城などがある北部方面の光景が続きます。1570年当時の信長と家康についての紹介です。織田信長(1534~1582年)はこの当時37歳の働き盛り、天下人としての歩みを確実に登り始めていました。一方、徳川家康(1543~1616年)は、信長より9歳年下の29歳でした。今川方だった桶狭間の戦い(1560年)の時には、まだ19歳でした。(同上)
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枝垂れ桜らしい苗木が植えられていた、龍ヶ鼻の頂上の光景です。家康も参戦した、元亀元年(1570年)4月の朝倉征伐では、信長を驚愕させた浅井軍の裏切りがありました。信長が窮地に陥った『金ヶ崎の退き口』と呼ばれる出来事です。緊急事態に際し、同盟者であった家康にも、撤退の通知がされていなかったようです。それから2カ月後の出陣でしたから、家康も相当に緊張していたようです。(同上)
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龍ヶ鼻から眺めた、小谷城などがある北部方面の光景です。左端に見える山が虎御前山、その右側が小谷山になるようです。(同上)
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龍ヶ鼻から眺めた、小谷城などがある北部方面のズームアップ光景です。小谷山の一部かも知れませんが、山の名前は特定できませんでした。(同上)
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信長が本陣を構えた場所、『杭の柳(じんごのやなぎ)』方面かと思ってズームアップしましたが、違っていたようです。(同上)
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前方に見えるこんもりとした林は、徳川家康が布陣をした場所とお聞きしました。徳川家康が美川から率いてきた兵は5千の精鋭、信長に対する忠誠を証明するため、死に物狂いで戦ったとされます。(同上)
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龍ヶ鼻の見学と、周りの眺望を終えて、下山の始まりです。雨上がりで、滑りやすくなっていましたので、十分に気を付けながらの下山です。(同上)
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『横山古墳群と、戦国の城・砦群入山口』の表示があった案内標識の光景です。下部には、『長浜地区・田園空間博物館』の文字もありました。(同上)
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『縦走路』の文字が記された道案内標識です。先ほど見学した龍ヶ鼻の脇を通る道のようです。(同上)
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