2017/09/21 - 2017/09/21
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姉川の合戦では、浅井・朝倉軍の約1万8千人、織田・徳川軍の約2万8千人が、姉川を挟んで対峙したとされます(従来説)。一方、遠藤直経による奇襲戦で、小規模な戦いとする新説もあります。(ウィキペディア)
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『姉川古戦場跡』から眺めた南東方面の光景です。姉川に架かる橋は、先程渡った野村橋です。(同上)
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走る車からもよく見えるように設置された案内標識の光景です。『ここは野村町です』と、『須賀谷温泉』の標示がありました。近江鉄道の『姉川古戦場』のバス停も同じ場所にありました。(同上)
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イチオシ
花壇のように石で囲われた中にあった句碑の光景です。その傍らには句碑の説明プレートも設置されていました。(同上)
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句碑のズームアップ光景です。『春風や麦の中ゆく水の音』の木導の一句です。芭蕉が初の句の『姉川や』を『春風や』に添削し、『木導が春風、景曲第一の句也、後代手本なるべし』と称賛したことが、この後紹介する説明プレートに記載されていました。『景曲体』は、和歌・連歌・俳諧で、景色・情景などをありのままに表した詠みぶりを意味します。(同上)
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句碑の説明プレートのズームアップ光景です。平成10年(1998年)3月、浅井町野村区名での説明プレートでした。木導(1666~1723年)は、芭蕉(1644~1694年)の晩年の門人で、英才、彦根藩士と紹介されていました。(同上)
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『元亀庚午古戦場』の文字が刻まれた古い石標の光景です。『元亀庚午(げんき・かのえうま』は元亀元年(1570年)、姉川の戦いがあった年を指します『庚午』は、『こうご』とも読みます。干支の組み合わせの7番目で、前は己巳、次は辛未です。一番新しい庚午の利は1990年(平成2年)で、次は60を足して2050年になります。(同上)
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『元亀庚午古戦場』の古い石標があった周りの光景です。この一角には、様々な石碑、石標などがありました。(同上)
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今は秋のお彼岸の季節、あちらこちらでヒガンバナ(彼岸花)を目にしました。ヒガンバナは異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)をはじめ、別名と方言が千以上はあるようです。(同上)
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イチオシ
『姉川戦死者之碑』の文字が刻まれた、立派で大きな石碑の光景です。姉川の南にあった案内標識の姉川古戦場の碑は、これらの石碑を総称したものだったかも知れません。(同上)
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まだ新しい手水舎の水盤の光景です。その側面に『姉川古戦場417回忌供養記念』の文字がありました。寄贈された日付は昭和62年(1987年)でした。(同上)
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『姉川の合戦とその周辺の歴史9・血川と野村の史跡(野村町)』のタイトルがあった説明看板の光景です。浅井長政が陣を敷いた野村集落の南に当たる場所と紹介されていました。(同上)
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先程の説明パネルにあった、姉川の戦いの両軍の配置の紹介です。従来説の大規模な戦いが起こったとする配置のようです。姉川を挟んで三田地区では、北に朝倉軍、南に徳川軍が対峙し、野村地区では、北に浅井軍、南に織田軍が対峙していました。(同上)
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黄色とオレンジのツートンカラーの野草の花は、マルバルコウ(丸葉縷紅)です。ヒルガオ科サツマイモ属の1年草です。北アメリカが原産地です。マルバルコウソウ(丸葉縷紅草)とも呼ばれます。(同上)
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マルバルコウ(丸葉縷紅)と一緒に咲いていた、ヒルガオの仲間らしい野草の光景です。ベニバナマメアサガオか、ホシアサガオのようです。どちらもヒルガオ科の植物です。(同上)
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野村地区の姉川古戦場の見学を終えた後、振り返って眺めた姉川古戦場の碑や看板、説明パネルが集まった一角の光景です。(同上)
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姉川の北岸から眺めた姉川と南西側方面の光景です。従来の説では、『開戦当初は浅井・朝倉軍が優勢で、織田方は、13段構えの陣を11段まで突破されましたが、徳川軍の力戦によって朝倉軍が後退し、浅井軍は右翼から崩れはじめ、これに乗じて織田軍も総攻撃に転じ、浅井・朝倉軍は小谷城へ敗走した』と語りますが、11段まで突破されたこと等に異を唱える新研究もあるようです。(同上)
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姉川の北岸から眺めた姉川と南東側方面の光景です。この戦いによる戦死者は両軍で2500人程とみられ、この3倍におよぶ負傷者が出たとされます。姉川は血で真っ赤に染まったといわれ、血原(ちはら)、血川橋(ちかわばし)という地名が今も残ります。(同上)
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野村地区にある『姉川古戦場』の見学を終え、一旦観、観光バスに戻りました。それほど距離はありませんが、バスに乗って、三田地区への移動です。(同上)
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観光バスを降りた近くにあった町内・地区表示です。『ここは三田です』の文字と案内矢印でした。姉川の戦いの時、家康軍と朝倉軍が戦った場所です。(同上)
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刈入れの時期が近付いていた稲穂の光景です。台風の影響でしょうか、倒れてはいませんでしたが、強風を受けたような穂の並びでした。(同上)
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今は整備された圃場や、民家の姿もありますが、姉川合戦の頃には広大な原野だった風景も目に浮かびます。殊に、地元の浅井軍や朝倉軍が地元の田圃を戦場に選ぶ筈はありません。原野でなければ、姉川の河川敷が戦場になったのかも知れません。(同上)
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遠くからは飾り物の人形にも見えた光景です。近寄って眺めると、古い電気設備のポールに蔦が伸びた光景でした。近くに工場があったのか、高圧で受電していた開閉器が、人形の顔に見えた部分でした。(同上)
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整備された圃場の中を一直線に流れる疎水の光景です。結構な水量があり、水は澄んでいました。(同上)
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イチオシ
『七十士の墓』には、五輪塔や宝篋印塔があったようですが、今はその姿がありません。代わりに置かれていたお地蔵さん達です。五輪塔や宝篋印塔は、三田村一族の墓の可能性があるようです。(同上)
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『姉川の合戦とその周辺の歴史12・七十士の墓(三田町)』のタイトルがあった説明看板の光景です。姉川の合戦での戦死者を葬ったとされる場所にあった石塔群と紹介されていました。元々の場所は西三昧にあった正伝寺の旧地で、正伝寺は三田村屋敷跡に移転したとも紹介されていました。(同上)
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『七十士の墓』には、五輪塔や宝篋印塔があったようですが、今は散逸してしまったようです。その脇に置かれていたお地蔵さんです。(同上)
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『浅井町三田住宅案内図』のタイトルがあった大きな看板です。すべてのお宅が氏名入りで表示されていました。目指す三田村屋敷跡には、『正伝寺』の表示がありました。左側が北方向の地図でした。(同上)
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小さい頃はナツズイセン(夏水仙)の名前で憶えていた、タマスダレ(玉簾)の白い花です。ヒガンバナ科(クロンキスト体系ではユリ科)タマスダレ属の球根草です。葉や鱗茎に毒性を持つ、リコリンというアルカロイド成分が含まれています。(同上)
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武家屋敷を思わせる立派な門の光景です。右側に表札がありましたので、正伝寺の西向かいのお宅であることが町内地図で確認できました。(同上)
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通り脇にあった石碑の光景です。『風樹院』らしい文字が刻んでありました。辺りは空き家跡か荒れ地のような場所でした。町内地図を参照しますと、正伝寺に近い西側の位置でした。(同上)
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