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オルセー美術館の旅行記、ドガ、シスレー編です。<br />エドガー・ドガは、フランスの印象派の画家で、大胆で奇抜な構図や対象の瞬間を鋭く捉える優れた観察眼で、競馬、舞台、踊り子など都会的、風俗的なモティーフを描いています。<br />オルセーに行って知ったのですが、晩年は視力の衰えもあり、デッサン人形として使用した踊り子、馬などを題材とした塑像や彫刻作品も残しています。<br />アルフレッド・シスレーは、フランス生まれのイギリス人の画家。終始一貫、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家といえますが、印象派の画家のなかで、ただ一人生涯、最後まで成功しなかった画家でもあります。<br />カミーユ・ピサロは、印象派の最も中心的存在で、8回開催された印象派展の全てに参加した唯一の画家

オルセー美術館【4】Edgar Degas、Alfred Sisley、Camille Pissarro

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2017/08/10 - 2017/08/10

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旅行記グループ オルセー美術館

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+mo2さん

オルセー美術館の旅行記、ドガ、シスレー編です。
エドガー・ドガは、フランスの印象派の画家で、大胆で奇抜な構図や対象の瞬間を鋭く捉える優れた観察眼で、競馬、舞台、踊り子など都会的、風俗的なモティーフを描いています。
オルセーに行って知ったのですが、晩年は視力の衰えもあり、デッサン人形として使用した踊り子、馬などを題材とした塑像や彫刻作品も残しています。
アルフレッド・シスレーは、フランス生まれのイギリス人の画家。終始一貫、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家といえますが、印象派の画家のなかで、ただ一人生涯、最後まで成功しなかった画家でもあります。
カミーユ・ピサロは、印象派の最も中心的存在で、8回開催された印象派展の全てに参加した唯一の画家

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • エドガー・ドガ「カフェにて(アプサント)」1875-76年頃

    エドガー・ドガ「カフェにて(アプサント)」1875-76年頃

  • 「競馬場、1台の馬車とアマチュア旗手たち」1876-87年<br />本作品は、2014年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」に出展されていました。<br />

    「競馬場、1台の馬車とアマチュア旗手たち」1876-87年
    本作品は、2014年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」に出展されていました。

  • エドガー・ドガ「オペラ座のオーケストラ」1870年<br />オペラ座のオーケストラ・ボックスに焦点をあてた作品ですが、チュチュを着た踊り子が登場する最初の絵でもあります。1996年東京都美術館で開催された 「モデルニテーーパリ・近代の誕生 オルセー美術館展」に出展されていた作品。

    エドガー・ドガ「オペラ座のオーケストラ」1870年
    オペラ座のオーケストラ・ボックスに焦点をあてた作品ですが、チュチュを着た踊り子が登場する最初の絵でもあります。1996年東京都美術館で開催された 「モデルニテーーパリ・近代の誕生 オルセー美術館展」に出展されていた作品。

  • エドガー・ドガ「ル・ペルティエ街のオペラ座の稽古場」1872年<br />ペルティエ街にあったオペラ座の踊りの稽古場を描いた作品。別名「踊りの審査」とも呼ばれ、右側にいるダンスの教師が、踊り子の踊りを審査している場面。

    エドガー・ドガ「ル・ペルティエ街のオペラ座の稽古場」1872年
    ペルティエ街にあったオペラ座の踊りの稽古場を描いた作品。別名「踊りの審査」とも呼ばれ、右側にいるダンスの教師が、踊り子の踊りを審査している場面。

  • エドガー・ドガ「舞台のバレエ稽古」 1874年頃<br />こちらは、2014年に国立新美術館で見て強く印象に残っていた作品。

    エドガー・ドガ「舞台のバレエ稽古」 1874年頃
    こちらは、2014年に国立新美術館で見て強く印象に残っていた作品。

  • エドガー・ドガ「バレエの授業」1873-76年<br />ドガが得意としたバレリーナたちの練習風景を描いた作品。<br />画面中央の初老の教師は、かつてパリのバレエ界の大スターであったジュール・ペロー。<br />

    エドガー・ドガ「バレエの授業」1873-76年
    ドガが得意としたバレリーナたちの練習風景を描いた作品。
    画面中央の初老の教師は、かつてパリのバレエ界の大スターであったジュール・ペロー。

  • エドガー・ドガ「階段を上がる踊り子」1886-88年頃<br />階段を上る舞台裏の踊り子をとらえた作品。こちらは、2010年の「オルセー美術館展2010~ポスト印象派」に出展されていました。

    エドガー・ドガ「階段を上がる踊り子」1886-88年頃
    階段を上る舞台裏の踊り子をとらえた作品。こちらは、2010年の「オルセー美術館展2010~ポスト印象派」に出展されていました。

  • 「アイロンをかける2人の女性」1884-86年<br />華やかな都市生活の裏側で働く女性たちを描いた作品。

    「アイロンをかける2人の女性」1884-86年
    華やかな都市生活の裏側で働く女性たちを描いた作品。

  • 「青い衣裳の踊り子たち」1893年頃<br />楽屋や舞台袖など、普通の人が見ることのできない劇場の裏側にまで入り込むことができた、ドガならではの作品。

    「青い衣裳の踊り子たち」1893年頃
    楽屋や舞台袖など、普通の人が見ることのできない劇場の裏側にまで入り込むことができた、ドガならではの作品。

  • エドガー・ドガ「14歳の小さな踊り子」1932年<br />ドガが生前に発表した唯一の彫刻(第6回印象派展に出品)。オリジナルは蝋で作られ本物の衣装と靴をつけ髪にはリボンが結ばれていたそうです。こちらは後年、ブロンズ鋳造されたもの。

    エドガー・ドガ「14歳の小さな踊り子」1932年
    ドガが生前に発表した唯一の彫刻(第6回印象派展に出品)。オリジナルは蝋で作られ本物の衣装と靴をつけ髪にはリボンが結ばれていたそうです。こちらは後年、ブロンズ鋳造されたもの。

    オルセー美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ドガの彫刻の小品。

    ドガの彫刻の小品。

  • エドガー・ドガ「入浴」1886-89年頃<br />入浴する女性の姿を彫刻にした作品

    エドガー・ドガ「入浴」1886-89年頃
    入浴する女性の姿を彫刻にした作品

  • 同じくドガの彫刻

    同じくドガの彫刻

  • アルフレッド・シスレー<br />(上)「アルジャントゥイユの広場」1872年<br />(下)「サン=マルタン運河」1872年

    アルフレッド・シスレー
    (上)「アルジャントゥイユの広場」1872年
    (下)「サン=マルタン運河」1872年

  • アルフレッド・シスレー「せせらぎでの憩い、森のはずれ」1872年<br />森の中の美しい光景、派手さはないが良い作品だと思います。

    アルフレッド・シスレー「せせらぎでの憩い、森のはずれ」1872年
    森の中の美しい光景、派手さはないが良い作品だと思います。

  • アルフレッド・シスレー<br />(上)「プージヴァルの水門と船」1873年<br />(下)「マルリー・ル・ロワの雪」1875年<br />1875年にシスレーは、マルリ=ル=ロワに移り住んでいます。

    アルフレッド・シスレー
    (上)「プージヴァルの水門と船」1873年
    (下)「マルリー・ル・ロワの雪」1875年
    1875年にシスレーは、マルリ=ル=ロワに移り住んでいます。

  • アルフレッド・シスレー「モレジーの競艇」1874年  <br />1874年7月から4ヶ月間、イギリスへ渡航した際に描いた15点の中の1点。

    アルフレッド・シスレー「モレジーの競艇」1874年  
    1874年7月から4ヶ月間、イギリスへ渡航した際に描いた15点の中の1点。

  • アルフレッド・シスレー「マルリー=ル=ロワの鍛冶屋(イヴリーヌ)」1875年<br />風景画家として知られるシスレーとしては、珍しい室内画。

    アルフレッド・シスレー「マルリー=ル=ロワの鍛冶屋(イヴリーヌ)」1875年
    風景画家として知られるシスレーとしては、珍しい室内画。

  • アルフレッド・シスレー「ポール=マルリの洪水と小舟」1876年<br />1876年に起こったセーヌ川の大氾濫後のポール=マルリの情景を描いた6作品のうちの1つ。こちらは2007年東京都美術館で開催された「オルセー美術館展―19世紀芸術家たちの楽園―」と2014年の「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」で見た作品の1つ。

    アルフレッド・シスレー「ポール=マルリの洪水と小舟」1876年
    1876年に起こったセーヌ川の大氾濫後のポール=マルリの情景を描いた6作品のうちの1つ。こちらは2007年東京都美術館で開催された「オルセー美術館展―19世紀芸術家たちの楽園―」と2014年の「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」で見た作品の1つ。

  • アルフレッド・シスレー「ポール=マルリの洪水」 1876年<br />同じく1876年に起こったセーヌ川の大氾濫後のポール=マルリの情景を描いた作品。

    アルフレッド・シスレー「ポール=マルリの洪水」 1876年
    同じく1876年に起こったセーヌ川の大氾濫後のポール=マルリの情景を描いた作品。

  • アルフレッド・シスレー「雪景色、マルリ=ル=ロワの農家の中庭」1876年<br />この作品も「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」に出展されていました。

    アルフレッド・シスレー「雪景色、マルリ=ル=ロワの農家の中庭」1876年
    この作品も「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」に出展されていました。

  • アルフレッド・シスレー「雪のルーヴシエンヌ」1878年<br />シスレーは、数々の雪の情景を描いています。

    アルフレッド・シスレー「雪のルーヴシエンヌ」1878年
    シスレーは、数々の雪の情景を描いています。

  • アルフレッド・シスレー「ヴヌー=ナドンの雪の季節」1880年頃<br />1880年から82年にかけてシスレーはヴヌー=ナドンに住んでいますがその頃の作品。<br />

    アルフレッド・シスレー「ヴヌー=ナドンの雪の季節」1880年頃
    1880年から82年にかけてシスレーはヴヌー=ナドンに住んでいますがその頃の作品。

  • カミーユ・ピサロ「ルーアンの港」1896年<br />1883年にピサロはルーアンを訪れていますが、その後2回同地を再訪しています。この作品は、近代化の進むルーアンの港のようすを描いたものです。

    カミーユ・ピサロ「ルーアンの港」1896年
    1883年にピサロはルーアンを訪れていますが、その後2回同地を再訪しています。この作品は、近代化の進むルーアンの港のようすを描いたものです。

  • カミーユ・ピサロ「セーヌ川とルーヴル宮殿」1903年<br />ピサロ晩年の作品。この作品を描いた1903年の11月、ピサロは73歳で生涯を終えています。1996年東京都美術館で開催された 「モデルニテーーパリ・近代の誕生 オルセー美術館展」に出展されていました。

    カミーユ・ピサロ「セーヌ川とルーヴル宮殿」1903年
    ピサロ晩年の作品。この作品を描いた1903年の11月、ピサロは73歳で生涯を終えています。1996年東京都美術館で開催された 「モデルニテーーパリ・近代の誕生 オルセー美術館展」に出展されていました。

  • カミーユ・ピサロ「ポントワーズ,グルエットの丘、畑を横切る道」1879年<br />ピサロが住んだポントワーズのグルエットの丘の道を描いていた作品。

    カミーユ・ピサロ「ポントワーズ,グルエットの丘、畑を横切る道」1879年
    ピサロが住んだポントワーズのグルエットの丘の道を描いていた作品。

  • カミーユ・ピサロ「小枝を手にして座る若い羊飼いの娘」1881年<br />ポントワーズの若い農婦を描いた作品。

    カミーユ・ピサロ「小枝を手にして座る若い羊飼いの娘」1881年
    ポントワーズの若い農婦を描いた作品。

  • カミーユ・ピサロ「白い霜」1873年<br />第1回の印象派展に出品している作品です。

    カミーユ・ピサロ「白い霜」1873年
    第1回の印象派展に出品している作品です。

  • カミーユ・ピサロ「モンフーコーの収穫」1875年<br />1874年から76年にかけて、ピサロは、ブルターニュ地方のモンフーコーの農場を訪れ、画家リュドヴィク・ピエットの家に滞在しています。その時の作品。

    カミーユ・ピサロ「モンフーコーの収穫」1875年
    1874年から76年にかけて、ピサロは、ブルターニュ地方のモンフーコーの農場を訪れ、画家リュドヴィク・ピエットの家に滞在しています。その時の作品。

  • カミーユ・ピサロ「赤い屋根」1877年<br />2007年東京都美術館で開催された「オルセー美術館展―19世紀芸術家たちの楽園―」に出展されていた作品。

    カミーユ・ピサロ「赤い屋根」1877年
    2007年東京都美術館で開催された「オルセー美術館展―19世紀芸術家たちの楽園―」に出展されていた作品。

  • カミーユ・ピサロ「ポントワーズの春」1877年<br />

    カミーユ・ピサロ「ポントワーズの春」1877年

  • カミーユ・ピサロ「ポントワーズの裁判所」1872年<br />ピサロは、1866年から82年にかけて、1870年の普仏戦争の前後にルーヴシエンヌとロンドンに滞在した時期を除き、ポントワーズに住んでおり、この作品は、1872年にポントワーズに戻った頃のものです。

    カミーユ・ピサロ「ポントワーズの裁判所」1872年
    ピサロは、1866年から82年にかけて、1870年の普仏戦争の前後にルーヴシエンヌとロンドンに滞在した時期を除き、ポントワーズに住んでおり、この作品は、1872年にポントワーズに戻った頃のものです。

  • カミーユ・ピサロ「エルミタージュの丘、ポントワーズ」1873年<br />ポントワーズはオワーズ川沿いにある村で、この地の風景を気に入った印象派の創始者の一人ピサロは、1866-68年の間ここに住んでおり、多くの作品を残しています。

    カミーユ・ピサロ「エルミタージュの丘、ポントワーズ」1873年
    ポントワーズはオワーズ川沿いにある村で、この地の風景を気に入った印象派の創始者の一人ピサロは、1866-68年の間ここに住んでおり、多くの作品を残しています。

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