2017/07/05 - 2017/07/17
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sweetshibakenさん
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昨日Eilat~Jerusalemへバス移動し、今日はJerusalem観光、ではなく、パレスチナ自治区のHebronへの日帰りツアーに参加します。
ここも、パレスチナの他の都市と同様、アラブ人とユダヤ人入植者との間で衝突が起きている地ですが、旧市街には3宗教(イスラム、ユダヤ、キリスト)の祖Abraham(Ibrahimi)の墓があり、興味ある街でもあります。
街中に検問所が散在し、観光客は問題ないけど、居住者は交通の自由がないこの街の生活ってどうなんだろう、という興味もあり(というか、こちらがメインの理由ですが...)、ツアー利用で訪れることにしました。
ちなみに、後に知ったことですが、2017年7月7日 ユネスコは、ヘブロン旧市街をパレスチナの世界遺産として登録、更に、世界危機遺産リストにも登録する事をを決定したそうです。
ツアー中(2017年7月9日)、ちらっとUNESCOの話をしている人がいたけど、あまり気にしなかった。きっと世界遺産登録の事を話していたのでしょう。でも、その時のガイドがこの話題を膨らませなかったのは、彼がユダヤ人(イスラエル人)だったから?なんて勘ぐってしまいます。でも、アラブ人ガイドは話題にもしなかったなぁ。
とにかく、このツアーは、ガイドとツアー客間でディスカッションに割く時間がとても多い、色々考えさせられる特別なツアーでした。
※ この旅行記に書いている事は、私のにわか勉強で得た知識をつぎはぎして、勝手に解釈したものです。間違っている事も多々あると思いますが、
個人の旅行日記として読んで頂けると幸いです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
-
今日は、1日ツアー参加です。
Abraham Toursの「Hebron Dual Narrative Tour」
集合場所は、Abraham Hostelのロビー。
その為に、このホステル泊にしました。
集合時間は8:00と早かったけど、朝食もゆったり食べれたし、集合時間直前に水が無い事に気付いたけどフロントで購入できたし、朝の時間を有効活用できて便利でした。
中央で話をしている人が、今回のユダヤ人ガイド。
今回は、大グループで参加者23名。私にとっても、こんな団体行動は久しぶりです。 -
本来は、ホステル前からLRTでCBSまでいくのだけど、トラムが止まっていたらしく、徒歩で行く事に。そんなにかかりません。15分位かな。
でも、このガイド、競歩並みの速度で進むので、小走りでついて行きました。
なんせ大人数なので、CBSへ入る前にみんなを集め、プラットホームの階数と番号を何度も言わせていました。集団なので、新興宗教団体や軍隊みたいだった。
だけど、これをしないと迷子になった時 自力でバスに乗れません。
この写真は、ヘブロン行きのegged bus車内。
見た目はいうものバスだけど、ヘブロン行きのは防弾ガラス窓のバスらしい。
そんな説明はなかったけど、ツアー概要にはそう記載されていました。 -
8:40 Jerusalem Central Bus Station発。8.1NIS
エルサレムの街は大渋滞です。 -
ここは、もうウエスト バンクに入っています。
どういう訳か、尋常でない交通渋滞。
到着が遅れます。 -
10:20頃到着。
これが乗ってきたバス。
確かにカクカクしていて頑丈そう。
やはり bullet-proof settler busなのかなぁ。 -
パレスチナ自治区、Hebron以外のWest Bank(ヨルダン川西岸地区)は、
Area A:パレスチナ自治政府の完全自治
Area B:行政はパレスチナが、治安はイスラエルと共同で管理する不完全自治区
Area C:イスラエルが行政も治安も支配する地域
に分けられているらしい。
ヘブロンは、1997年に自治区に追加されたそうで、
H1:パレスチナ系住民のみが住む完全自治区域 (≒Area A)
H2:ユダヤ系とパレスチナ系が住む地域で、イスラエルが支配する区域 (≒Area B+C)
に分離されています。
バスはH2 へ到着しました。 -
2時間近くバスに乗っていました。
バス停すぐ近くの売店&カフェ(Hebron Heritage Center) で、まずはトイレ休憩です。
予想というか、覚悟していたけど、心配無用です。そこそこキレイなトイレでした。 -
ここで、ゲストのほぼ全員、恐らく私を除く全員が、コーヒーだったりジュースだったりを購入。中にはサンドイッチを買っている人も居た。
これから歩くのに、列に並んで待ってまでも買いたい程、喉が渇いていたのか???なんてとぼけた事を思いながら、みんながレジを終えるのを待っていました。
でもこれは、トイレを使うので何か購入してあげて、とガイドが言っていたからなのです。
バスを降りた時に、ガイドがみんなを集めて言っていたのを、私は勝手に「カフェがあるから、飲みたければコーヒーや紅茶があるよ。」と言っていたと勘違いしていた。
みんな購入を終え、出発する時になって気付きました。
英語が不得意な日本人がやる、とっても恥ずかしい失敗。やらかしてしまいました。 -
ここのカフェにこのポスターが貼っていました。
兵士の為に、「ファミリーサイズのピザ+飲み物」と交換できるクーポン(65NIS=約2000円)を購入して下さい。
との、訪問者へ向けてのポスターです。
ここでいう兵士とは、イスラエル兵士の事。ここはH2ですから。
う~ん、ちょっとした違和感を感じちゃいました。 -
Tomb of the Patriarchs
ユダヤ教徒からはThe Cave of the Patriarchs 又は The Cave of Machpelah と呼ばれる(ヘブライ語で "cave of the double tombs"の意味) 、ムスリムからはThe Sanctuary of Abraham 又は The Ibrahimi Mosqueと呼ばれる旧市街の中心にある3大宗教の聖地です。
ユダヤ教側の入口
エルサレムから引率していたユダヤ人ガイドが、少しここを説明して、
すぐにバトンを渡します。 -
またバス停近くに戻ってきて、私達はアラブ人ガイドに託されました。
-
彼がアラブ人ガイド。
顔を覚えられないので、迷子になった時の為に写真を撮りました。
ただ、場所が悪かった。
Check Pointでした。知らなかったもので...。
すかさず、「no photo」とガイドと兵士両方に言われました。 -
さっきのcheck pointを通過して、ムスリム側の入口からIbrahimi Mosqueへ向かいます。
-
入口で、女性はこのねずみ男の様な服を渡されます。これで全身を覆う必要があります。Gパンに長袖シャツ、頭をスカーフで覆ってもダメでした。
-
全貌はこんな感じ。
肌が出ていない、という事でははく、身体の線が出ていない、という所が重要なのでしょう。 -
モスク内部
アーチ型の天井、イスラムカラーのグリーン、クリーム色とレンガ色のストライプ、
一つ一つにイスラム文化を感じます。 -
過度にきらびやかではなく、はがれかけたシンプルな壁も味があります。
-
入口正面の最も大きな祭壇。
メッカの方向へ向いています。 -
これは、メッカの日付・時間と各地の現在時間が記されているものだったと思う。
-
このグリーンの四角い構造物、これ、お墓なのでしょうか...。
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柵をされて触れなくされていました。
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内部には大理石のこの様なものが置かれていました。
南京錠をされていたので、なにか重要なものなのでしょう。
でも、これはごく最近の施工ですね。キレイな南京錠なので。 -
メインの祈祷所以外にも、小部屋がいくつかありました。
-
ここは、小さく質素です。
女性用の祈祷場所でしょうか。 -
イブラヒム モスクの見学を終え、出てきました。
-
旧市街の観光に向かいます。
H2を歩きます。この様なcheck pointがいくつかありました。
ガイドからは、check pointを無事に(no checkで)通過できるか保障はない、
と言われていたけど、観光客は問題ありません。
ただ、アラブ人はイスラエル兵士に止められている所を何度か見ました。 -
ヘブロンの旧市街、一番賑やかな通りです。
-
ヘブロンについては、個人ではどこが危険か分からないし、余りに情報が少なすぎて何処を観て回ればよいか分からなかったので、最初からツアー利用を決めていたけど、この様な看板があるので、個人旅行者も普通に居るのでしょう。
-
ここは旧市街のアラブ人経営のカフェです。
ここで、お茶(ミントティー NIS4)を飲みながら1時間以上、アラブ人ガイドによるヘブロンでの生活(特にイスラエル統治のH2エリア)と歴史についての話、私達ゲストとのディスカッションがありました。
ゲストのうち、数名は積極的にアラブ人としての意見を聞くためにガイドに質問していました。当然、その人達は聖書についても、歴史についても知見があり、自分の意見も持っていました。
物知りだなぁ...なんて思っていたら、そのうちの数名か全員かは分からないけど、
ユダヤ教徒だという事を、ツアーが終わってから知りました。 -
パレスチナは、まだ国とは認められておらず、自治区なのだけど、パスポートはパレスチナ人としてのパスポートでした。
これは、ガイドのパスポートです。
海外旅行者のガイドを務めるから、特別に持ってきたのではなく、H2での生活では、check pointを通る度、そして普通に道を歩いていても、兵士に要求されると提示する必要があるから、日常生活の中で携帯しているのです。
本当の海外旅行に関しては、ほとんどの国でビザが必要で、そのビザもほぼ取得困難なので、実質国から出るのは難しいそうです。 -
話は座って聞いていたけど、そろそろ観光へ行こう、とみんなで立ちあがりました。それでもまた話が始まり、数十分話が続きます。
ちなみに、ここのトイレは使えたものではありませんでした。 -
再び、旧市街のメインストリート。
お土産屋さんが多いです。 -
ここは、穀物や豆類のお店。
-
ミシンを置いているので、洋裁店なのでしょうか。
おじさんに写真撮ってもいいか聞くと、わざわざ立ちあがってカメラ目線をくれた。
ヨルダンやモロッコでは、写真を撮られるのをとても嫌っていたので、断られるだろう、と思いながら聞いたので、この対応にはちょっとビックリした。 -
陶器のお店。素焼きのシンプルなものでした。
-
ここはH2、アラブ人とユダヤ人(イスラエル人)が住んでいます。
元よりアラブ人が商売をしていた所に、イスラエル人が入植して住みだしています。
この建物の上の階にはイスラエル人が住んでいて、その住人が商売をしているパレスチナ人に向けて生ごみ等を投げつけているらしい。
そのゴミを受ける為に、ネットが張られている、とパレスチナ人は言います。 -
このネットが張られている通りで長年商売をしている、ヘブロン在住のパレスチナ人です。
ここでの生活がどんなに不便かを、穏やかな声で話してくれました。
アラブ人ガイドが話をしていた時は、結構アグレッシブで感情的な印象があったけど、この人はとても優しい穏やかな声でゆったりと話します。
それが逆にこなれた感があって、私には違和感を残しました。
その違和感が決定的になったのが、この人でさえ、というか、この人もアジア人差別と思わせる私に対して非常に不快な行動を取るのです。
イスラエルに来て、都会で会う人達は日本人並に親切だけど、特に宗教色のつよい地域の人達からは、ヘイト・アジア人な扱いを多々受けました。
ちなみに、さっきお茶をしたカフェでもそう。小学生位の男の子が飲み物を持ってきてくれるのだけど、その小さな子でさえ、アジア人差別心はしっかりと植え込まれていました。
末恐ろしい...と感じた一面です。 -
パレスチナ人は、イスラエル人から投げ捨てられるゴミを受ける為のネットと言い、
イスラエル人は、パレスチナ人による投石から身を守る為のネットと言っています。
これがこの国の実際。一つの事象について、お互い相容れない意見を持っています。 -
更に旧市街を進みます。
これは、チーズを使ったスイーツのお店。
ツアー客の中に食べている人が居たので、少し貰いました。
中東のお菓子にしては、甘さはギリ許容範囲で美味しかったけど、これからランチなので、一皿買う事はありませんでした。 -
ラム肉のお店。
ここにはありました。
エルサレムでは、他のイスラム圏とは違い「ラム肉は高級だから、ファストフード店では扱っていない。」と言われました。 -
Fight Ghost Townのサインは、至る所で目にしました。
-
ヘブロンで、初めて女性を見かけました。
在住者なのか、他国からの観光客かは不明ですが...。 -
子供が遊んでいました。
扉が開いて向こうが見えたので、その先を写真に収めようとカメラを構えると、
丁度走り込んできた子供が、わざわざ私の為に立ち止まって、にっこり微笑んでいました。
子供を撮るつもりでなかったので、ビックリしてカメラをはずすと、隣にいた別の人がすかさずパシパシ撮っていました。
さっきのミシン前のおじさんにしても、この子供にしても、一体この対応は何だ?と考えてみました。
おそらく、私の想像だけど、ヘブロンのこの状況を写真に撮って世界に拡散して貰おう、という事ではないでしょうか。
その成果が、今回のパレスチナとしてのヘブロン旧市街世界遺産登録に繋がった、という事なのでしょう。 -
これは、ゴミというよりは、建築資材の印象です。
-
スパイスのお店。
ここにもザタール売っていたけど、このオープンになっているスパイスは、お互いの香りが移ってしまい、味が微妙になる、というのをこれまでの経験で学びました。 -
高い位置から、イスラエル兵による監視が行われています。
-
check pointの入口。
-
再び、check point通過です。
ここを越えたところで、ツアー参加者が1名いない事が判明。
ガイドは本気で焦っていた。
ツアー参加者の中に、アブラハムホステルでボランティアスタッフをしていた人がいて、その人がけっこうしっかりと参加者を管理していました。
彼は、誰が居なくなったか覚えていて、ガイドと二人で再度check pointを通って探しに行きました。
幸い、迷子の人はすぐに見つかり、check pointで止められる事もなく、3人で戻ってきました。
ちなみに、H2からH1へのcheck pointです。
これを逆行してH1からH2へ人を探しに行ったのだから、ガイドもドキドキだったでしょう。
check pointで止められると、どれだけ時間がかかるか誰にも分からないのだから。 -
これから待望のランチタイム。
ムスリムの一般家庭で、家庭料理を戴けるそうです。
とはいえ、23名の大所帯。どんな所に連れて行かれるのでしょう...。 -
随分お腹すいたし、観光もディスカッションもしてとても遅いランチか、と思ったら13時過ぎでした。
ここでランチを戴きます。
1Fは土産屋になっている、今回のガイドの自宅だそうです。
ここはリビングルームでしょう。
満員状態だったとはいえ、23名が壁際に並んで座れました。
イスラム圏のリビングといえば、長いマットに布をかぶせたソファーが壁伝いにあるのを想像するけど、ここはどこからかの寄せ集めと思われるバラバラのソファーが並んでいました。 -
始め、ヨーグルト、サラダ、ピラフが並べられ、みんなお腹すいてたから勢いよく無くなっていきます。
しばらくして、結構お腹が膨れ出してからメインのチキンが出てきました。
チキンも美味しかったけど、この状態。各自お皿を持っていないと置く場所がありません。
手も汚れているから、写真は撮れず。
とても美味しいランチでした。
最後にシェフである、ガイドのお母さんにお礼を言って次へ進みます。
ちなみに、料金はツアー代金に含まれず別途NIS30を払います。
だから、全員強制ではないので、ツアーの最初に、ユダヤ人ガイドがランチ要らない人の人数を数えていたのに、結局全員食べていました。
というか、「食べない」という選択肢はツアーの流れ上、なかった。
私は楽しみにしていたから問題ないけど、最初断っていた人はどうだったのでしょう。
料金は、1Fの土産屋の親父に払います。
当然、全員が丁度NIS30を持っているワケでなく、釣が足りません。
私もNIS50渡したけど、釣は待て、と言われ、最終的に釣はもういいだろ?みたいにうやむやにされかけました。
冗談じゃない!ちゃんと、受け取りました。何人かはユーロやドルで受け取っていました。 -
食後は、ユダヤ人ガイドに託されて、Jewish quarterの観光開始です。
ここは、Avraham Avinu Synagogue。
オリジナルは、1540年に建てられたシナゴーグで、1648年に出版されたEmek HaMelech(Valley of the Kingという意味)の聖書のカバーページになっていて、紹介もされている、歴史あるシナゴーグだそうです。
その後、イギリス統治下となり、ヘブロンはアラブ人の居住区として長年経過します。
1967年の6日間戦争の後、ユダヤ人がヘブロンへ戻ってくると、このシナゴーグは破壊されていたので、現在の姿は修復後のものです。
にもかかわらず、祭壇に安置されている経典は、400年以上前の羊皮に書かれたものが残っています。
ユダヤ教徒にとっては、とても重要なシナゴーグだそうです。
ちなみに、ランチ前に迷子になっていた人は、この手前に写っている人で、リュックからはみ出している大きな木製スプーンを買うのに値段交渉していたそうです。 -
シナゴーグなので、造りはとてもシンプルで質素です。
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このベルベットのカーテンの向こうに、羊皮の経典が安置されています。
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ガイドが、祭壇の扉を開けてくれています。
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この様な形で、かなり近くで見る事ができます。
本当に、400年前のオリジナルなの?と疑う程、保存状態は良好でした。 -
ここを観ると、「Fight Ghost Town」の意味が分かります。
昔は賑やかな通りだっただろう所が、今は廃墟です。 -
なんて悲観的なアートなのでしょう...。
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兵士が休憩しています。
くつろいでいる時の顔は、普通の若者のそれです。 -
この壁画、こういうのを観ると、ユダヤ教とキリスト教は繋がっている、というかおなじルーツなのだな、と思います。
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Beit Hadassah Visitor Center and Museum
そろそろ炎天下での観光が本気でやばくなってきたなぁ...と思っていた所でした。
ガイドから「エアコンが効いてる部屋でユダヤ人の歴史を説明する。」と言われ、みんなのテンションが一気に上がりました。 -
地下へ降りると、歴代のユダヤ教司祭(というのかな?)の写真とイラストが飾られていました。
先へ進むと、各時代のヘブロンの様子が壁画と写真、絵画で紹介されていました。 -
ここは、また違う時代の部屋。
-
ここでは、ユダヤ人サイドからヘブロンでの生活、自身や家族が受けた迫害の話を聞きます。
この女性はここの館長で、ユダヤ人がヘブロンを取り返した当初、まだヘブロン中心はアラブ人が多く不安定だった時期からここで生活をし、何かの事件で父親を殺された、当時の事を知る最後の人だそうです。
とても感情的に、涙を流しながら自分の幼少期の生活について話をしていました。
でも、この頃になると、頭は英語ばかりでフル稼働し、身体は炎天下での観光で疲れ切っていたので、もう話にはついて行けませんでした。
正直、うとうとしていた時もあって、はっとしたけど、周りを見渡すと、同じ様な人が他にもいたので、罪悪感がちょっと緩和されました。 -
クーラーが効いて快適なビジターセンターを出て、観光再開です。
Hebron Observatory
ここは、ヘブロン市街を見渡せる展望台としてルーフトップが開放されている様です。
建物そのものは、普通のアパートにこのプレートがはめ込まれていただけだったので、ガイドに連れて来られないと分からないと思います。 -
こちらは、H2のJewish settler。
建物が新しく近代的です。 -
一方、こちら(特に中央)は、Muslim part。
明らかに、建物の高さに違いがあります。 -
更に住宅街を歩き、ついには家もない原っぱの様な所をガイドはどんどん進んでいきます。
私はスニーカーだったから問題ないけど、サンダルの人なんて、怖かったと思う。
そして、ここが目的地。
Abraham's Spring
Adam & Eve や Abraham & Sarahの時代から利用されていた、ずっと湧き続けている泉だそうです。
実際の泉というか井戸というか...はこの階段の下です。
暑い日だったので、近所の子供達が沢山遊びに来ていました。 -
私達は、反対側から泉にアプローチしていたけど、この道からは、表示があるし、距離も少しです。
-
Abraham's Springの原っぱを抜け、更にゴースト化した住宅地のトタン壁にこんな絵が描かれていました。
これは、チキンを色んな種類のユダヤ人に見立ててアニメにしたものです。
ユダヤ人の彼も、良く書かれていると1羽ずつ説明してくれました。 -
大勢の人が集まっていました。
結婚式らしいです。しばらく待っていたけど、主役は出て来なかったので先へ進みます。 -
そして、ここに戻ってきました。
Tomb of the Patriarchs,
ここでガイドが、「バスが来るまで後15分。ユダヤ教側を観に行きたかったら行ってもいいけど、check pointを通る必要があるので、止められるとバスの時間に間に合うか分からないし、中に入れる保証もできない。それでも行きたければ行っていいよ。」と。
もちろん、行かないワケありません。
ツアー参加者の内、1/3位が一気に走り出しました。
一人ではトラブルになった時に困るので、ダッシュして一人の男性に追いつき「あなたに付いて行くから、一緒に連れて行って。」とお願いした。
その人も「いいよ、バスに遅れるのイヤだもんね。」と返してくれた。
それを聞いていた他の人も結局一緒、一塊になってチェックポイントへ突入。
当然、兵士は一度に走ってきた私達に停まる様に命令します。
どこから来たのか、誰と一緒なのか色々聞いていたけど、各々自分の国名を言い、みんな同じグループでツアーで来ている、と焦っている感をアピールしながら言うと、そのまま通してくれた。
一緒に行ってよかった。 -
H2、しかもユダヤ教側の入口付近で、アラブ人による撮影が始まる様です。
じっくり観ていたかったけど、なんせ時間がありません。
走りながら撮った写真。 -
マクペラの洞窟、ユダヤ教サイドです。
こちらでは、男性がみんなキッパを被る必要があります。
女性は、常識的な服装ならそのままOKです。 -
ゆっくり観ていきたい所だけど、先を急ぎます。
-
趣の違う部屋がいくつかあります。
-
シナゴーグは、祈祷するだけの場所ではなく、経典を読んで勉強する場所でもあるそうです。
-
こちらでも、信者が経典を音読していました。
-
こちらでは、Ultra Orthodoxが歩きながら、そして頭を揺らしながら経典を音読しています。
-
この衝立は、どういう意味なのでしょう。
人に邪魔されず、静かに祈祷・勉強したい人は衝立の後ろで、という感じなのでしょうか。 -
ここは、一際趣が異なります。
イスラミックのストライプとイスラミックカラーのグリーン。
でも、ユダヤ教から派生したイスラム教なので、源は同じ。
こういう事もあるのでしょう。
イスラム教側に比べると、ユダヤ教側は少し手狭であった印象です。(但し、私が観た範囲ですが。) -
時間がありません。
急いで戻ります。 -
上からイスラエル兵に監視されている感をひしひしと感じながら。
-
さっきの撮影、正に本番中って所でした。
私は写り込まない様に気を使って端を通っています。 -
状況はこんな感じ。
イスラエル兵がつきっきりです。 -
17:50発のバスに、みんな遅れずに乗れました。NIS8.1
始発駅なので、ちゃんと座れました。
19:15着予定が、約30分遅れてJerusarem CBSへ到着。
くたくたになったけど、ツアーメンバーにも恵まれて、とても充実した1日でした。
ただ、勉強不足!ツアーの間はどこへ連れていかれているのか、あまり分からずついて行ってただけ。
旅行記を書くのに、色々調べてようやくヘブロンの一部が分かった気がします。
是非、もう一度行って、今度は私も一杯質問したい! -
エルサレムからの移動。
-
ヘブロンでの移動。
たっぷり歩いた気分でいるけど、移動したのは旧市街のメイン通り沿い+α。
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