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二階堂の奥にある紅葉ケ谷に位置する錦屏山・瑞泉寺(ずいせんじ、神奈川県鎌倉市二階堂)は嘉歴2年(1327)に臨済宗の高僧夢想疎石(むそうそせき、1275~1351)を開山とし、鎌倉幕府宿老である二階堂道蘊(にかいどう・どううん、1267~1335)が建立した禅寺で当初は瑞泉院と称していました。<br /><br />室町時代になりますと足利将軍の委嘱を受けて鎌倉府が関東十ケ国を支配する体制となり、初代鎌倉府首長は足利尊氏四男の足利基氏(あしかが・もとうじ、1340~1367)が公方として鎌倉に下向します。<br /><br />基氏は夢想疎石に帰依して当寺を中興し寺号を瑞泉寺と改称、以降歴代の鎌倉公方足利氏の菩提寺として栄えていましたが、第4代足利持氏(あしかが・もちうじ、1409~1439)の頃関東管領上杉氏との対立を契機とする争い(永享の乱)により衰退します。<br /><br /><br />2022年10月8日追記<br /><br />境内に建てられた説明板には次のごとく紹介されています。<br /><br />『 鎌倉公方(鎌倉府の長)の、菩提寺として、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式ある寺院です。<br /><br />山号の錦屏山は、寺を囲む山々の紅葉が錦の屏風のように美しいことから付けられたといわれています。また境内は、四季を通じて様々な花を楽しむ事が出来ます。<br /><br />開山の夢窓国師は、後醍醐天皇や足利尊氏も深く帰依し、鎌倉~南北朝期に禅宗で重きをなした僧です。作庭にも才を発揮し、昭和45年に発掘、復元された仏殿背後の庭園は国師の作として、国の名称に指定されています。』

相模鎌倉 14世紀初頭鎌倉幕府宿老の二階堂道蘊開基で瑞泉院として建立、南北朝期に初代鎌倉公方足利基氏中興による歴代公方菩提寺の『瑞泉寺』散歩

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2013/05/05 - 2013/05/05

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滝山氏照

滝山氏照さん

二階堂の奥にある紅葉ケ谷に位置する錦屏山・瑞泉寺(ずいせんじ、神奈川県鎌倉市二階堂)は嘉歴2年(1327)に臨済宗の高僧夢想疎石(むそうそせき、1275~1351)を開山とし、鎌倉幕府宿老である二階堂道蘊(にかいどう・どううん、1267~1335)が建立した禅寺で当初は瑞泉院と称していました。

室町時代になりますと足利将軍の委嘱を受けて鎌倉府が関東十ケ国を支配する体制となり、初代鎌倉府首長は足利尊氏四男の足利基氏(あしかが・もとうじ、1340~1367)が公方として鎌倉に下向します。

基氏は夢想疎石に帰依して当寺を中興し寺号を瑞泉寺と改称、以降歴代の鎌倉公方足利氏の菩提寺として栄えていましたが、第4代足利持氏(あしかが・もちうじ、1409~1439)の頃関東管領上杉氏との対立を契機とする争い(永享の乱)により衰退します。


2022年10月8日追記

境内に建てられた説明板には次のごとく紹介されています。

『 鎌倉公方(鎌倉府の長)の、菩提寺として、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式ある寺院です。

山号の錦屏山は、寺を囲む山々の紅葉が錦の屏風のように美しいことから付けられたといわれています。また境内は、四季を通じて様々な花を楽しむ事が出来ます。

開山の夢窓国師は、後醍醐天皇や足利尊氏も深く帰依し、鎌倉~南北朝期に禅宗で重きをなした僧です。作庭にも才を発揮し、昭和45年に発掘、復元された仏殿背後の庭園は国師の作として、国の名称に指定されています。』

交通手段
私鉄 徒歩
  • 瑞泉寺・石標<br /><br />「錦屏山瑞泉寺」と刻された石標が見えます。石標の右側小路を進み総門に向かいます。

    瑞泉寺・石標

    「錦屏山瑞泉寺」と刻された石標が見えます。石標の右側小路を進み総門に向かいます。

  • 瑞泉寺・総門<br /><br />総門の脇を抜けて進み、左手の受付で拝観料200円を支払います。

    瑞泉寺・総門

    総門の脇を抜けて進み、左手の受付で拝観料200円を支払います。

  • 瑞泉寺・石標と参道<br /><br />「名勝 瑞泉寺庭園」及び「史跡 瑞泉寺境内」の石標が建っているのが見えます。この先には男坂と女坂に分かれやがて山門に到達します。

    瑞泉寺・石標と参道

    「名勝 瑞泉寺庭園」及び「史跡 瑞泉寺境内」の石標が建っているのが見えます。この先には男坂と女坂に分かれやがて山門に到達します。

  • 瑞泉寺・文学案内板<br /><br />『 瑞 泉 寺<br />境内が史跡、背後の庭園が名勝に指定されているこの禅刹瑞泉寺には、多くの文人が来訪し、数多くの文学作品が創り出されているが、この案内では文学遺跡、文学碑と、ゆかりの文人を紹介する。<br />・中世文学遺跡<br />  偏界一覧亭 夢窓国師の草創で、五山文学発祥の地と伝える。<br />・文学碑<br />  大宅壮一評論碑「男の顔わ履歴書である」(昭和46年建立)<br />  久保田万太郎句碑「いつぬれし松の根方ぞはるしぐれ」(昭和54年建立)<br />  吉野秀雄歌碑「詩をいとひ生をもおそれ人間のゆれ定まらぬ心知るのみ」<br />                           (昭和43年建立)<br /><br />・ゆかりの文人<br />  大宅壮一(評論家)  大佛次郎(小説家)  梶山季之(小説家)<br />  川端康成(小説家)  久保田万太郎(小説家、劇作家、俳人)<br />  久米正雄(小説家)  高浜虚子(俳人)   立原正秋(小説家)<br />  永井龍男(小説家)  山崎方代(歌人)   吉井秀雄(歌人)<br /><br />尚、詳細は鎌倉文学館(鎌倉市長谷1-5-3・電話23ー3911)に御照会ください。    <br />       平成3年3月<br />                 鎌倉市教育委員会・鎌倉文学館 』

    瑞泉寺・文学案内板

    『 瑞 泉 寺
    境内が史跡、背後の庭園が名勝に指定されているこの禅刹瑞泉寺には、多くの文人が来訪し、数多くの文学作品が創り出されているが、この案内では文学遺跡、文学碑と、ゆかりの文人を紹介する。
    ・中世文学遺跡
      偏界一覧亭 夢窓国師の草創で、五山文学発祥の地と伝える。
    ・文学碑
      大宅壮一評論碑「男の顔わ履歴書である」(昭和46年建立)
      久保田万太郎句碑「いつぬれし松の根方ぞはるしぐれ」(昭和54年建立)
      吉野秀雄歌碑「詩をいとひ生をもおそれ人間のゆれ定まらぬ心知るのみ」
                               (昭和43年建立)

    ・ゆかりの文人
      大宅壮一(評論家)  大佛次郎(小説家)  梶山季之(小説家)
      川端康成(小説家)  久保田万太郎(小説家、劇作家、俳人)
      久米正雄(小説家)  高浜虚子(俳人)   立原正秋(小説家)
      永井龍男(小説家)  山崎方代(歌人)   吉井秀雄(歌人)

    尚、詳細は鎌倉文学館(鎌倉市長谷1-5-3・電話23ー3911)に御照会ください。    
           平成3年3月
                     鎌倉市教育委員会・鎌倉文学館 』

  • 瑞泉寺・説明板

    瑞泉寺・説明板

  • 瑞泉寺境内及び庭園・説明板<br /><br />『 国指定史跡 瑞泉寺境内<br />  国指定名勝 瑞泉寺庭園<br />               昭和46年11月8日<br />               文 部 省 指 定<br /><br />創建は、嘉暦2年(1327年)、錦屏山と号し、開山は夢窓疎石、臨済宗円覚寺派に属する。<br /><br />偏界一覧亭も創建と同時に建てられ、亭の前庭を兼ねた書院庭園もそのころに造られたものと思われる。<br /><br />南北朝時代に入ると、鎌倉公方足利基氏が疎石に帰依したため公方の塔所となり、関東十刹に名をつらね、疎石派NO拠点として関東禅林に重きをなした。<br /><br />現在、寺内に古建築は残っていないが、発掘復元された池庭と、十八曲して一覧亭に至る登坂路の遺構HAよく保存されている。また、寺背の山に多くのやぐら群をふくむ境内地がほぼ全域にわたって保持されていることは貴重である。<br /><br />    平成15年3月 <br />               神奈川県教育委員会 』

    瑞泉寺境内及び庭園・説明板

    『 国指定史跡 瑞泉寺境内
      国指定名勝 瑞泉寺庭園
                   昭和46年11月8日
                   文 部 省 指 定

    創建は、嘉暦2年(1327年)、錦屏山と号し、開山は夢窓疎石、臨済宗円覚寺派に属する。

    偏界一覧亭も創建と同時に建てられ、亭の前庭を兼ねた書院庭園もそのころに造られたものと思われる。

    南北朝時代に入ると、鎌倉公方足利基氏が疎石に帰依したため公方の塔所となり、関東十刹に名をつらね、疎石派NO拠点として関東禅林に重きをなした。

    現在、寺内に古建築は残っていないが、発掘復元された池庭と、十八曲して一覧亭に至る登坂路の遺構HAよく保存されている。また、寺背の山に多くのやぐら群をふくむ境内地がほぼ全域にわたって保持されていることは貴重である。

        平成15年3月 
                   神奈川県教育委員会 』

  • 瑞泉寺境内・庭園絵図

    瑞泉寺境内・庭園絵図

  • 瑞泉寺・山門<br /><br />山門周辺は紅葉の眺めは素晴らしいとの声があります。

    イチオシ

    瑞泉寺・山門

    山門周辺は紅葉の眺めは素晴らしいとの声があります。

  • 瑞泉寺・庭園<br /><br />山門から石畳に沿った回廊を進みますと鎌倉随一の庭園が現れます。

    瑞泉寺・庭園

    山門から石畳に沿った回廊を進みますと鎌倉随一の庭園が現れます。

  • 瑞泉寺・本堂<br /><br />臨済宗円覚寺派で山号は錦屏山、寺の背後に錦の屏風のように広がることから名づけられています。ご本尊は釈迦牟尼仏となっています。

    イチオシ

    瑞泉寺・本堂

    臨済宗円覚寺派で山号は錦屏山、寺の背後に錦の屏風のように広がることから名づけられています。ご本尊は釈迦牟尼仏となっています。

  • 瑞泉寺・参道<br /><br />本堂から境内風景を捉えます。<br /><br />

    瑞泉寺・参道

    本堂から境内風景を捉えます。

  • どこもく地藏<br /><br />「どこも苦」という意味の地蔵堂があります。<br /><br />

    どこもく地藏

    「どこも苦」という意味の地蔵堂があります。

  • 瑞泉寺・池泉式庭園<br /><br />仏殿背後には鎌倉末期から室町初期にかけて政治に影響を与えた夢想疎石が造ったといわれる庭園と共に天女洞が在ります。

    瑞泉寺・池泉式庭園

    仏殿背後には鎌倉末期から室町初期にかけて政治に影響を与えた夢想疎石が造ったといわれる庭園と共に天女洞が在ります。

  • 瑞泉寺・池泉式庭園<br /><br />山腹の凝灰岩を削って造られた禅宗庭園となっています。疎石は世界遺産に登録の西芳寺(苔寺)や天龍寺の庭園の設計を手掛けています。

    瑞泉寺・池泉式庭園

    山腹の凝灰岩を削って造られた禅宗庭園となっています。疎石は世界遺産に登録の西芳寺(苔寺)や天龍寺の庭園の設計を手掛けています。

  • 瑞泉寺・鐘楼堂

    瑞泉寺・鐘楼堂

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