2013/05/05 - 2013/05/05
2953位(同エリア7313件中)
滝山氏照さん
覚園寺(かくおんじ、神奈川県鎌倉市二階堂)は薬師堂ケ谷(やくしどうがやつ)の最も奥にある寺院で、建保6年(1218)、二代目執権北条義時(ほうじょう・よしとき、1163~1224)が霊夢をみたことによって建てたといわれる大倉薬師堂が前身の由緒ある寺院です。
本尊は薬師如来像ですが「十二神将」の戌の神の話で有名です。
建保7年(1219)鶴岡八幡宮における三代将軍源実朝(みなもとの・さねとも、1192~1219)の右大臣拝賀の式典において、義時は従者として出席予定でしたが、直前になって「夢の如く白い犬が出てきて気分が悪くなった」として役目を替ってもらったところ、代役の源仲章(みなもとの・なかあきら、生年不詳~1219)は実朝と共に大銀杏の傍らで公暁(くぎょう、1200~1219)に殺害されます。白犬に化けた戌の神により命拾いをしたと思った義時はその後当寺を北条家の寺として篤く庇護することになります。
永仁4年(1296)九代目執権北条貞時(ほうじょう・さだとき、1272~1311)が父時宗時代に受けた元寇が再び起こらぬことを祈願して智海心慧(ちかいしんえ、生年不詳~1306)を開山とし覚園寺として再建するも火事で焼失します。
文治3年(1354)将軍足利尊氏(1305~1358)によって再建され、その後も小田原北条氏や徳川将軍からの篤い保護を受けています。
2022年10月9日追記
当該寺院のホームページでは次の如く紹介されています。
『 覚園寺について 「別天地」 覚園寺
1218年、北条義時公の薬師如来信仰により建てられた大倉薬師堂が、覚園寺のはじまりです。1206年、北条貞時公が、元寇の再来がないように願い、智海心慧律師を開山として、それまでの薬師堂を真言宗だけでなく、真言・天台・禅・浄土の四宗を学べる道場、覚園寺といたしました。
本堂薬師堂はを中心とする堂宇、数多くの仏像、古趣あふれる自然環境が一体となった、中世鎌倉の祈りを捧げる空間、「鎌倉らしさ」を是非、感じてください。』
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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