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 慶州のレストランでの夕食を終えた後、天文台の夜景と、東洋最古の天文台と言われる瞻星台(けいしゅうだい)の見学に出掛けました。ライトアップされた夜桜も見学できました。

2013春、韓国旅行記26(2/19):4月8日(2):慶州、天文台の夜景、半月城の夜桜、慶州のホテル

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2013/04/08 - 2013/04/11

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旅行記グループ 2013春、韓国旅行記26

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 慶州のレストランでの夕食を終えた後、天文台の夜景と、東洋最古の天文台と言われる瞻星台(けいしゅうだい)の見学に出掛けました。ライトアップされた夜桜も見学できました。

  • 慶州市は、慶尚北道に位置する歴史文化都市です。東は日本海に面し、西は永川市と清道郡、南は蔚山広域市、北は浦項市に接しています。古くは、新羅王国(356~935年)の都・金城(クムソン)があった地です。

    慶州市は、慶尚北道に位置する歴史文化都市です。東は日本海に面し、西は永川市と清道郡、南は蔚山広域市、北は浦項市に接しています。古くは、新羅王国(356~935年)の都・金城(クムソン)があった地です。

  • ライトアップされた夜桜の光景です。ソメイヨシノ(染井吉野)のようでした。『新羅』の国号は、503年に正式に決まったとされます。朝鮮半島および満州に高句麗、百済、新羅の三国が鼎立した、4世紀から7世紀頃までの時代は、三国時代と呼ばれています。

    ライトアップされた夜桜の光景です。ソメイヨシノ(染井吉野)のようでした。『新羅』の国号は、503年に正式に決まったとされます。朝鮮半島および満州に高句麗、百済、新羅の三国が鼎立した、4世紀から7世紀頃までの時代は、三国時代と呼ばれています。

  • 幻想的な樹木の夜景の光景です。新羅は唐(618~907年)と結んで(唐・新羅の同盟)、660年に百済を、668年に高句麗を滅ぼし、三国時代は終焉して統一新羅の時代になりました。

    幻想的な樹木の夜景の光景です。新羅は唐(618~907年)と結んで(唐・新羅の同盟)、660年に百済を、668年に高句麗を滅ぼし、三国時代は終焉して統一新羅の時代になりました。

  • 遠くにライトアップされた樹木の光景が見えましたが、そのほかには何もない広場のように見えた、天文台の周りの光景です。

    遠くにライトアップされた樹木の光景が見えましたが、そのほかには何もない広場のように見えた、天文台の周りの光景です。

  • 大勢の観光客でにぎわっていた、慶州・瞻星台(せんせいだい:チョムソンデ)の周りの光景です。体験学習らしい、学生さん達の姿が多く見えました。

    大勢の観光客でにぎわっていた、慶州・瞻星台(せんせいだい:チョムソンデ)の周りの光景です。体験学習らしい、学生さん達の姿が多く見えました。

  • 瞻星台(チョムソンデ)の上部のズームアップ光景です。1962年に国宝第31号に指定されました。東アジア最古の天文台とも言われます。

    瞻星台(チョムソンデ)の上部のズームアップ光景です。1962年に国宝第31号に指定されました。東アジア最古の天文台とも言われます。

  • 緩やかな曲線を描き、とっくり型の愛らしい外観をした天文台の光景です。眺める方角を代えながら、繰り返し撮影しました。

    イチオシ

    緩やかな曲線を描き、とっくり型の愛らしい外観をした天文台の光景です。眺める方角を代えながら、繰り返し撮影しました。

  • 更にズームアップした、天文台の光景です。緻密な計算に基づいて造られていて、全体的に使われている石の数は全部で361個半です。これは陰暦の1年を表しています。

    更にズームアップした、天文台の光景です。緻密な計算に基づいて造られていて、全体的に使われている石の数は全部で361個半です。これは陰暦の1年を表しています。

  • 中間に四角形の窓のようなものが造られています。この窓の上段を基準に最上段までが12段、下段から最下段までも12段です。これは1年12箇月と、24節気を表現していると解釈されています。四角形の窓には、梯子を掛けて出入口として使っていた跡が残っています。

    イチオシ

    中間に四角形の窓のようなものが造られています。この窓の上段を基準に最上段までが12段、下段から最下段までも12段です。これは1年12箇月と、24節気を表現していると解釈されています。四角形の窓には、梯子を掛けて出入口として使っていた跡が残っています。

  • この建造物が天文台であると、最初に主張をしたのは日本の気象学者で朝鮮総督府観測所所長を勤めた和田雄治(1859~1918年)とされます。日本における、暴風警報や天気予報の創始者ともされます。

    この建造物が天文台であると、最初に主張をしたのは日本の気象学者で朝鮮総督府観測所所長を勤めた和田雄治(1859~1918年)とされます。日本における、暴風警報や天気予報の創始者ともされます。

  • 少し離れた場所から眺めた天文台の光景です。『瞻星台(チョムソンデ)』のことが最初に文献に登場するのは、13世紀末に高麗の高僧一然(120~1289年)によって著された『三国遺事』とされます。この資料により、慶州瞻星台は善徳女王((632~647年)の治世下に建造されたと想定されています。

    少し離れた場所から眺めた天文台の光景です。『瞻星台(チョムソンデ)』のことが最初に文献に登場するのは、13世紀末に高麗の高僧一然(120~1289年)によって著された『三国遺事』とされます。この資料により、慶州瞻星台は善徳女王((632~647年)の治世下に建造されたと想定されています。

  • 同じく、少し離れた場所から眺めた天文台の光景です。瞻星台を天文台とする説のほか、仏教の霊山である須弥山を模した祭壇説や、太陽時計説もあります。高さは9.17メートルで、下の石の一辺の長さが5.35メートルとされます。

    同じく、少し離れた場所から眺めた天文台の光景です。瞻星台を天文台とする説のほか、仏教の霊山である須弥山を模した祭壇説や、太陽時計説もあります。高さは9.17メートルで、下の石の一辺の長さが5.35メートルとされます。

  • ライトアップされた桜の花の光景です。ソメイヨシノ(染井吉野)のようでした。韓国にはソメイヨシノは、韓国原産との主張もあるようです。

    ライトアップされた桜の花の光景です。ソメイヨシノ(染井吉野)のようでした。韓国にはソメイヨシノは、韓国原産との主張もあるようです。

  • 同じく、ズームアップしたソメイヨシノの花の光景です。日本では、遺伝子解析の結果、ソメイヨシノは、エドヒガンザクラ(母種)と、オオシマザクラ(父種)の交配によって生まれたものであるとするのが定説になってきたようです。

    同じく、ズームアップしたソメイヨシノの花の光景です。日本では、遺伝子解析の結果、ソメイヨシノは、エドヒガンザクラ(母種)と、オオシマザクラ(父種)の交配によって生まれたものであるとするのが定説になってきたようです。

  • 近くからの撮影で、やっと、ソメイヨシノの白い花が判別できました。ソメイヨシノの苗木は、接木や挿し木などの栄養繁殖によるクローン技術によって生産されています。ソメイヨシノに限らず、桜の品種のほとんどは、同様に栄養繁殖により受け継がれています。

    近くからの撮影で、やっと、ソメイヨシノの白い花が判別できました。ソメイヨシノの苗木は、接木や挿し木などの栄養繁殖によるクローン技術によって生産されています。ソメイヨシノに限らず、桜の品種のほとんどは、同様に栄養繁殖により受け継がれています。

  • 同じく、ソメイヨシノの花のズームアップ光景です。ソメイヨシノにも種子はできますが、種子から栽培した苗は、必ずしも親のソメイヨシノの性質を受け継ぐとは限らないようです。

    同じく、ソメイヨシノの花のズームアップ光景です。ソメイヨシノにも種子はできますが、種子から栽培した苗は、必ずしも親のソメイヨシノの性質を受け継ぐとは限らないようです。

  • 最後にもう1枚、ソメイヨシノの花のズームアップ光景です。ソメイヨシノと思い込んでいましたが、緑の新芽も一緒に出ていましたから、山桜や大島桜に似た別種だったかも知れません。

    イチオシ

    最後にもう1枚、ソメイヨシノの花のズームアップ光景です。ソメイヨシノと思い込んでいましたが、緑の新芽も一緒に出ていましたから、山桜や大島桜に似た別種だったかも知れません。

  • 航空写真を使った観光案内地図のようでしたが、照明が暗くてはっきりとは分かりませんでした。推測も入りますが、かつての月城(ウォルソン)跡が表示されているようでした。

    航空写真を使った観光案内地図のようでしたが、照明が暗くてはっきりとは分かりませんでした。推測も入りますが、かつての月城(ウォルソン)跡が表示されているようでした。

  • 見学を終えて、バスに戻る途中のツアー参加の皆さん達です。辺りが真っ暗ですから、後に付いていかないと、迷子になりそうです。

    見学を終えて、バスに戻る途中のツアー参加の皆さん達です。辺りが真っ暗ですから、後に付いていかないと、迷子になりそうです。

  • 帰り道で最後に見学した遺跡です。朝鮮時代の天然冷蔵庫だったとされる、『半月城・石氷庫(パヌゥオルソン・ソッピンゴ)の光景です。冬の間この石氷庫に氷を保管し、1年間大事に使ったと伝わります。

    帰り道で最後に見学した遺跡です。朝鮮時代の天然冷蔵庫だったとされる、『半月城・石氷庫(パヌゥオルソン・ソッピンゴ)の光景です。冬の間この石氷庫に氷を保管し、1年間大事に使ったと伝わります。

  • 石氷庫(ソッピンゴ)の内部の光景です。石氷庫自体は新羅時代から使われていましたが、この半月城に残る石氷庫は、18世紀に造られたものです。

    石氷庫(ソッピンゴ)の内部の光景です。石氷庫自体は新羅時代から使われていましたが、この半月城に残る石氷庫は、18世紀に造られたものです。

  • 少し高台になった場所から眺めた街の明りです。池か川に、その明りが写り込んでいました。

    少し高台になった場所から眺めた街の明りです。池か川に、その明りが写り込んでいました。

  • バスの駐車場近くで珈琲店を開いていた、日本の軽四輪のような車です。韓国で見るこの種の車では、『春のワルツ』のウニョンのピンクトラックを連想してしまいます。アクセサリーを販売していた車です。

    バスの駐車場近くで珈琲店を開いていた、日本の軽四輪のような車です。韓国で見るこの種の車では、『春のワルツ』のウニョンのピンクトラックを連想してしまいます。アクセサリーを販売していた車です。

  • 今日の見学を終えて、慶州で泊まるホテル向かう途中の光景です。右手に見える道路標識の上向きの矢印がポハン(浦項)、右が普門湖リゾートでした。

    今日の見学を終えて、慶州で泊まるホテル向かう途中の光景です。右手に見える道路標識の上向きの矢印がポハン(浦項)、右が普門湖リゾートでした。

  • 慶州で泊まったホテルの自室の紹介です。泊まったホテルは、ハンファ・リゾート・キョンジュホテルです。

    慶州で泊まったホテルの自室の紹介です。泊まったホテルは、ハンファ・リゾート・キョンジュホテルです。

  • 泊まったホテルの部屋から眺めた外の光景です。慶州の歴史地区に立地しています。

    泊まったホテルの部屋から眺めた外の光景です。慶州の歴史地区に立地しています。

  • 一人部屋を頼んでありましたが、リゾートホテルの一家族用の複数の部屋がありました。5~6人は泊まれそうでした。この部屋は、オンドル部屋かも知れません。

    一人部屋を頼んでありましたが、リゾートホテルの一家族用の複数の部屋がありました。5~6人は泊まれそうでした。この部屋は、オンドル部屋かも知れません。

  • 洗面室やトイレがあった部屋です。それぞれに仕切られて、ドアも付いていました。

    洗面室やトイレがあった部屋です。それぞれに仕切られて、ドアも付いていました。

  • 大きなテーブルとソファーが置かれた、居間もありました。居間から眺めた外の光景です。

    大きなテーブルとソファーが置かれた、居間もありました。居間から眺めた外の光景です。

  • 炊飯器具や食器類が揃った台所などの光景です。日本で例えれば、3LDKクラスのマンションの1室を借りたような設備と広さでした。

    炊飯器具や食器類が揃った台所などの光景です。日本で例えれば、3LDKクラスのマンションの1室を借りたような設備と広さでした。

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