2012/12/14 - 2012/12/19
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ペナン島の丘の上にある極楽寺紹介の続きです。華僑として成功した人達が、大量の資金を提供したらしく、その規模と収蔵品などの立派さに驚かされました。まるでテーマパークです。(ウィキペディア、るるぶ・マレーシア)
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がっしりとした姿の、『象の像』の光景です。赤色を帯びた目がきつそうに見えるのは、発光ダイオード辺りがセットされている影響のようでした。頭にも胴体にも網目が張り巡らされていましたが、夜のライトアップ用の発光ダイオードがセットされていました。(同上)
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先程の『象の像』と一対になって置かれていた、向かって左側の『象の像』の光景です。頭にも胴体にも網目が張り巡らされたことに怒って芽が赤くなったようにも見えました。勿論冗談です。象は、ヒンドゥ教にとっても、仏教にとっても大切な動物ですから、大切にされているはずです。(同上)
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獅子像の光景です。眼の部分が赤くなっているのは、夜のライトアップの時に、よく目立つように発光させる仕組みに見えました。随分とダイナミックな造りの阿形の雄獅子のように見えました。(同上)
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同じく、一対になった獅子像の光景です。先程の獅子が、阿形の雄獅子ですと、日本ではこちらは『吽形の雌獅子』になるところですが、口を開けた『阿形の雌獅子』と紹介したほうが良さそうでした。(同上)
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先ほど紹介した、象さんや獅子のお仕事を見習い中のように見えた、丸いお目眼の可愛らしい一対の動物です。お猿さんあたりでしょうか、他に思い浮かぶ動物がありませんでした。口のあたりが、お猿さんに似ているようでした。(同上)
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観音像群の光景です。すべてステンレス風の金属製でした。推測になりますが、鋳物で大量生産されているようでした。日本の場合、一般鋼材としてのステンレスは『SUS』という記号ですが、ステンレス鋳物の場合は『SCS』というJIS(日本工業規格)記号で表示されます。『SCS』は『Steel casting stainlessの』略で、Castingが『鋳物』の意味です(株式会社モリチュウ・森代表ブログ)。(同上)
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イチオシ
同じく、ステンレス製の鋳物のように見えた、観音像群の光景です。一般のステンレス材と、鋳物用のステンレス材の違いは、鋳物の場合、流動性を増す必要があるため、シリコンの%が多くなることをJIS規格で認めているためとされます。具体的には、SUS304のシリコン成分は1.0%以下ですが、SCS13では2-0%以下です。この仏像群は、仮置きされているようでした。(同上)
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龍のレリーフ石像の光景です。『雲竜図』ではなく、波頭と竜の図のようです。正面を向いた龍は、丸い目に舌を出した癒し系の顔をしていました。龍と水の関係の起源はインドのナーガに遡り、仏教を介して中国に伝わり龍と習合しました。ナーガはコブラを神格化した蛇神でしたが、コブラが生息していない中国では、漢訳経典において龍と翻訳されました。(同上)
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同じく、石像ですが、こちらには虎がレリーフされているようでした、先程の龍図と合わせ、『竜虎図』になります。美術における竜虎の組み合わせは、古代中国より用いられていて、その意味するところは『易経』にある『龍吟ずれば雲起こり、虎嘯けば風生ず』(雲は竜に従い、風は虎に従う)に由来するとする説があります。宋の時代に『易経』の一節が絵にされて広まったようです。(同上)
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金剛力士像の光景です。先に紹介していた像のズームアップ光景になります。金剛力士像は、日本各地の寺院の入口にや拝殿、本堂などにあります。その中でも有名なのが、奈良県の東大寺南大門にある金剛力士像です。金剛力士像は阿形像と吽形像の2体で1組となります。通常、向かって右側に阿形像、左側に吽形像が配置されます。阿形像は口を開け、吽形像は口を閉じているのが特徴です。この像は阿形増のようです(小学館・HugKum編集部)。(同上)
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イチオシ
同じく、金剛力士像の光景です。こちらが吽形増です。阿形の『阿』は、宇宙の根源や永遠を象徴する文字とされ、ものごとの始まりの意味を持ちます。一方、吽形の『吽』にはものごとの終わりの意味があり、2体の金剛力士像は世界の始まりと終わりを示しているとされています。『阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)』の言葉としてもよく使われますが、これは、『二人以上で一緒に行う時、互いの微妙な気持ちやタイミングが一致する』ことを表します。(同上)
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名前:『デュランタ』
分類:クマツヅラ科デュランタ属
分布:南アメリカを中心に凡そ30種が分布。
その他:お洒落な姿の常緑樹ですが、日本の気候では低温時に落葉します。和名はハリマツリ、タイワンレンギョウ(台湾連翹)の呼び名もあります。(同上) -
広大な極楽寺の境内光景です。周りの山が借景にもなっていました。左手に見える。甍の反りが大きな建物は、休憩用の四方吹き抜けの東屋のようでした。庭園の手入れも行き届いたお寺でした。(同上)
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この辺りは、石が敷き詰められた境内敷地でした。その周りに休憩用のベンチが並んでいました。仏教の五色の幕がその周りの堂宇の入口の表示にもなっていたようです。左手に見える丸い屋根は、以前に清朝の故郷の建物の特徴とお聞きした記憶があります。(同上)
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これから入場して見学する予定の堂宇の光景です。屋根瓦の色は、濃い黄色に統一してあった、極楽寺の堂宇群でした。仏教の五色の幕の下を潜って入場するようでした。仏教の五色の幕は、濃い黄色の甍によく似合っていました。(同上)
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仏教の五色の幕で飾られた堂宇の入口付近の光景です。仏教の五色の幕のほかに、黄色と赤色の提灯で飾られていました。蝋燭も白色ではなく、赤色や黄色にされている中国の寺院の風習を受け継いでいるようでした。(同上)
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極楽寺内の売店だったようです。大小さまざまな品が並んでいました。ゆっくりとは眺めていませんが、全て仏教に関する品々のようです。大きな品では、とても持ち帰りはできそうにない坐像も置かれていました。(同上)
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左右に見える大きな線香立ての間から眺めた光景です。鋳物らしい線香立てには、側面に大きな飾りがありました。正面奥に見える扁額の文字は、右から読んで『三洲感応』でした。『三洲』がどの地域を指しているのかが、分かりませんでした。ペナン島以外かも知れません。(同上)
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緑に塗られた竹が並んだ縦格子窓の光景です。この光景で真っ先に思い出すのが、台湾の台南にある『赤嵌楼(せきかんろう)』です。『紅毛楼』とも呼ばれます。原名は『プロヴィンティア』とされ、1653年にオランダ人と漢人の衝突事件の『郭懷一事件(1652年)』の後に築城された建物です。(同上)
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明朝末期から清朝初めの武将の『鄭成功』が台湾を占拠しますと、プロヴィンティアは『東都承天府』と改められ、台湾全島の最高行政機関となりました。現在は国定古跡に指定されています。『鄭成功(国性爺)』の母は日本人で、平戸で誕生、幼名は『福松』です。近松門左衛門が人形浄瑠璃の『国姓爺合戦(こくせいやかっせん)』を創作しました。(同上)
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壁面に並んだ三尊像などの光景です。中央の像だけで三尊像を構成していましたが、左右の像を含めた三尊像かも知れません。そのことは措いて、中央の三尊像を、この後ズームアップして紹介します。(同上)
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イチオシ
合掌する脇侍を従えていた金銅仏のズームアップ光景です。脇侍は、中央に位置する中尊の左右に控える菩薩や明王、天などをいいます。脇士・夾侍(きょうじ)、脇立(わきだち)とも呼ばれ、中尊の教化を補佐する役割をもつとされます。中尊が釈迦如来の『釈迦三尊』の場合は、多くの場合、左脇侍が文殊菩薩、右脇侍が普賢菩薩となります。また、『阿弥陀三尊』の場合は、原則は左脇侍が観音菩薩、右脇侍が勢至菩薩とされます。さらに、『薬師三尊』の場合は、左脇侍が日光菩薩、右脇侍が月光菩薩(がっこうぼさつ)、他には『不動三尊』、『弥勒如来三尊』、『観音菩薩三尊』などもありますが、時代や国によって、組み合わせは異なることもあるようです。(同上)
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本殿なのか、その他の脇殿だったのか判断が付きませんでした。近代的なデザインの立派な造りの建物内の光景です。お祀りされていた仏像の数と質から言って、本殿のように見えました。参拝者の姿はほとんどなく、ゆっくりと見学・参拝出来ました。(同上)
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斜めからの撮影になりましたが、ペナン島の『極楽寺』のライトアップ光景です。その写真の左下に山号らしい四文字がありました。最初の木偏の文字が読めませんでしたが、後ろの3文字は『城鶴山』でした。ネット検索では、極楽寺の山号は調べがつきませんでした。(同上)
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『四天王像』の内の二柱の紹介です。四天王とは、持国天、増長天、広目天、と多聞天(毘沙門天)の四柱からなる仏教の守護神です。左が琵琶を手にした東方持国天、右が刀を手にした南方増長天当たりでしょうか、四天王には間違いありませんが、個別の名前は自信がありません。(同上)
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消去法で判断すれば、残りは西方広目天と、北方多聞天です。日本の唐招提寺の四天王像では、多聞天は『左腰脇で三叉戟を握り、右手は窟臂して宝塔を捧げる』、広目天は『左手に持った経巻を腰脇にかまえ、右手は胸前で筆を持つ』と紹介されています。(同上)
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ペナン島の『極楽寺』のマスコットキャラクターのような獅子像の紹介です。開けた口が笑顔のように見えました。髪が緑色、胴の部分には、虎のような縦縞がありました。台座の上に置かれていました。(同上)
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同じく、一対になっていたマスコットキャラクターのような獅子像の紹介です。こちらの獅子像も、笑顔のように口を開けていましたから、『阿吽』ではなく、『阿阿の獅子像』でした。(同上)
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『阿阿』の獅子像の師匠は、満面笑顔の大黒様か、布袋様だったかも知れません。大黒様はインド、布袋様は中国に由来する神様ですが、七福神の恵比寿様は、純日本生まれの神様になります。「えびす」の最初の記録は、平安時代末期の『伊呂波字類抄』とされます。古くから漁業の神とされ、後に留守神、さらには商いの神ともされました。(同上)
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扉越しに眺めた祭壇の光景です。先程の大黒様と布袋様の紹介です。インド生まれの『大黒天』は、ヒンドゥ教のシヴァ神の異名とされます。また、中国生まれの『布袋様』は、唐代末から五代時代にかけて明州に実在した伝説的な仏僧です。弥勒菩薩の化身ともされます。日本の七福神には、布袋、恵比寿、大黒天として名を連ねます。この建物は、『天王殿』です。(同上)
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